領主の義務

■ショートシナリオ


担当:マレーア2

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月12日〜01月15日

リプレイ公開日:2007年01月19日

●オープニング

「こんな形式だけのものなど」
 エーロン・フオロは、形ばかりに継承された品々を眺めてくだらなさそうに呟く。こんなことに時間と金をかける余裕はない。先代の時に比べると大幅に削りに削ったが、それでも華美に思える。先代の発病と隔離が急だったこと、季節柄降雪によって閉ざされる地方もあって、フオロ分国内すべての領主が集まれたわけではない。それでも、フオロ分国王の戴冠式はつつがなく行われた。あるいはそのように見えた。
「サザン・ノースウェルが生きていれば、楽ができたのに」
 自分自身で討伐を命じたのだから、いたしかたない。
「首都の領民に触れを出せ。7日後、日の出より日の入りまで館にて直接訴えを聞いてやる。言いたい事がある奴は来い、と」
 エーガン・フオロ治世下、長らく開かれていなかった領民からの直接の訴えを聞くことにした。天界であれば聴聞会とか公聴会が、それに似ているだろう。もちろん、エーロンの口調そのまま布告するわけではなく、ふさわしい言い回しに修正して布告される。
 王城ではなく、エーロンの館で聞くという辺りは警備の手薄さを思わせる。しかもこのところ第一の側近と目されるルーカス卿の姿は見えない。
「警護をつけた方がよろしいかと」
 分国王戴冠式に出席したヴァンパの領主リド卿が、それを聞きつけてやってきた。ヴァンパも雪深きところであるが、騎獣を選べば来られない事はない。魔獣を扱うのが、冒険者だけの専売特許ではない。
「何者かが襲撃するとでも、思っているのか?」
「いえ、ずっと行われてこなかったものです。領民の中にも当然知っているべき作法を知らぬ者も多いでしょう。混乱が起これば、負傷する者もおりましょう」
「領民にそのような者がおるとは、嘆かわしい」
「それゆえ良き行いは、継続していくことが重要です。ルーカス卿がいないのでは人手が足りません」
「ったく誰かがしくじって感染したのかも知れん。完全武装と言っておいたのに。足りない人手は、冒険者ギルドに依頼する」
 そこで頭に浮かんだのはペットの扱い。フオロ家は数多のゴーレムを有するトルクの対抗手段として、フオロ寄り冒険者の魔獣の所有に寛容であった。否、内心奨励すらしていた。しかし、凶暴なペットを同行させて問題を起こす事件は過去にはあった。判断の甘さで事故を招くこともある。小さな犬でも人が多くなれば、興奮して吠える。このことを鑑み、今では冒険者ギルドでも冒険者のルールを導入し、事故を未然に防いでいる。
 エーロンは熟慮の末、ペットの同行を一切認めない条件を付けた。

●今回の参加者

 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb4181 フレッド・イースタン(28歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4844 毛利 鷹嗣(45歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

黒 者栗鼠(ea5931)/ 信者 福袋(eb4064

●リプレイ本文

●まずはルールから
「ゾーラク、遺体の処理ご苦労であった」
 エーロンは、感染症という言葉の意味を理解しているゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)に反逆者の遺体処理を任せた。
「そのようなこと、陛下の提唱した治療院に賛意する者として、当然のことをしたまでです」
「謀叛人を晒すことは、無知なる者共に善悪の区別を知らしめる意味があった。謀叛とは、あのように死後も酷く扱われるほどの罪状と思えば、軽々しく謀叛を起こす者などいない。とはいえ、晒す場所は選ばねばならん」
 先王が謀反人として公開して処刑し、晒す場所まで決めたもの。それを軽々しく変えることはできない。王命の朝令暮改は、王を軽んじさせることになる。エーロンの立場でできることといえば、治療院長の権限である感染症の予防措置として遺体処理を命じることだけだった。王国が与えた権限によって。
「拷問死させぬが、拷問のプロ。拷問死させるような素人はいらない。あの者共も反逆者と裁定されたが、事情は分かる。とはいえ、一度下された王命を軽々しく取り消すことはできん。風習の違う天界人には理解しかねる部分はあるだろうが、王命が軽んじられれば王を軽く見る者が現れ、ひいては戦乱を引き起こす。一時の情理に惑わされるわけにはいかぬ。一部には俺を冷酷と謗る者がいようが、温情が篤いがゆえに戦乱を招くよりも、冷酷と言われようが無秩序な戦乱は減らしたい。柄にもない事を言った、忘れていいぞ。さて他の者たちも集まっていよう。まずはルールを確認しておかねばならない」
 エーロンはゾーラクを引き連れて、今回の現場となる場所に向かった。と言っても、表に出ただけだが。
「陛下、すでに下調べに入っています」
 アリア・アル・アールヴ(eb4304)がさりげなく、エーロンに近づく。
「金塊銀塊を献上します。ゴーレムの対価にでもお使いください」
 そう小声で言った。
「ありがたくもらっておこう。ただし、今ではない。最も効果的なところで献上してもらう。それまで持っていてくれ」
「深いお考えがあるものと推察します」
 金塊銀塊と言っても、価値的にはそれほど高くはない。しかし使い方を選べばもっと大きな価値に成りうる。
「領民たちを、この庭に入れるのでしょうか?」
 フレッド・イースタン(eb4181)は、事前に作法を領民たちに知らしめる時間を取ることを提案した。
「よかろう。その前に、冒険者も知らなかろう」
 今回行うのは、エーロンの館。日の出とともに門を開き領民を入れる。領民はこの庭で待機する。2階からせりだした広いバルコニーにエーロンが立ち、そこから領民の訴えを聞くことになる。
「作法というのは何も難しいことではない。先を争うな、ということだ。譲り合うことを美徳とし、我先に己の訴えを聞いてもらおうとするのは、図々しく恥じるべき行為ということだ。その行為自体に罰を受ける訳ではないが、人の評判は後々本人に跳ね返ってくる。商売を行うものは客がいなくるだろうし、職人なら親方から暇を出されるかも知れない」
 法で裁かれるのではなく、人によって裁かれることになる。それが守られるなら、領主に大勢が殺到することなく整然と行われることだろう。
「モラルの問題か」
 グレイ・ドレイク(eb0884)は、それでもボディチェックの必要性を訴える。富島香織(eb4410)も同意見。
「心配してくれるのはありがたいが、今回は首都の領民と限っている」
「首都の領民? 全員ではないということでしょうか?」
 マリウス・ドゥースウィント(ea1681)は、その微妙な違いを考えた。
「領民として地代を納めている者たちだけだ」
「つまり一般の領民ならば、武器を所持する権利はありません」
 アリアがすかさず、説明を加える。武器を持つ権利があるのは、騎士やそれに準じる階級である。
「天界人は全員騎士ないし騎士階級相当として扱われるため、全員が武器を持つ権利を所持している。トルク分国王の強い要請でそうなった。知ろうが知るまいが、世間はそれに応じたモラルを求める。一般人には持てない武器を所持しているわけだ。丸腰前提の連中を疑って所持品検査ってわけにはいかない。もっとも、領民であるかどうかは、門を入るところでチェックすることになっている」
 エーロンが説明を加える。
「とすると、問題はその領民たちを狙った攻撃ですか?」
 フレッドが確認のために聞いた。刑場での騒動のこともある。あれの目的は謀反人を奪うことであったから、今回とは設定条件が違う。
「逆に同じ手は、使わないでしょう」
 ゾーラクは狙撃の可能性を言った。
「それにテロリストは魔法を使う。それへの対策も必要だ」
 オルステッド・ブライオン(ea2449)は、刑場では魔法による攻撃が確認されていることを言った。武器よりもその方が厄介だ。
「領民の安全をすべてに優先させろ。テロリストを捕まえることよりも」
 エーロンは、そう厳命した。
「陛下を守ることよりもですか?」
 香織は異議を唱えた。
「心配はありがたいが、そう俺を見くびるな。領民が優先だ」
「香織、陛下を簡単に倒せる者がいるか? 陛下のお力は、私たちが一番良く知っているはずだろう」
 アリアが言った。狂王子のしもべとしての知識。
「狂王子から狂王になるスケールの大きな方が、簡単に倒れるわけないだろ。俺は領民の中に混じって守るようにします」
 毛利鷹嗣(eb4844)は、そう言った。
「手配させよう」

●凍死者を出すな
「こういうのを徹夜組というのか?」
 前日の夕刻、すでに館の門の前に集団がいた。
「追い返せ。意味は分かるな」
 エーロンに報告すると、一言それだけだった。昼間、館の前では作法についての説明が行われていた。しかし、この寒空に徹夜組などという天界の風習が行われるとは、想定外。
「ただちに護送します」
 アリアはそう言って、冒険者に手分けして家まで護送するよう手配した。
「7年ぶりで喜ぶのはわかるけど、凍死者が出たら大変だ」
 マリウスは完全に暗くなった頃、護送から戻ってきた。
「それだけじゃない。この付近だって夜になれば追剥くらい出ることだってある。天界は平和なんだろ?」
 フレッドが尋ねた。
「天界だって、真夜中の渋谷や新宿は危険です」
 香織も言い返す。
「いずれにしろ危険なことには変わりない。しかし徹夜組が出るほど浮かれることか?」
 オルステッドは、手荷物預かり所を用意しつつ疑問に思った。
「どうだった?」
 アリアは、ゾーラクに時間をかけて行ったパーストの結果を尋ねた。
「使用人たちは問題ないみたい。ロクデナシーズだっけ? あの人たちも王への二心はないようです」
「では問題ないか」
 エーロンが王になってから、館の使用人も増えた。
「冷えてきた。外壁の外にはもう誰もいない。このまま外で夜を過ごしたら本当に凍死者が出る」
 グレイ・ドレイクと鷹嗣が、念のために見回ってきた。
「偵察だったのかも」
 オルステッドは呟いた。ウィルの住民ならこの寒さは知っている。火もなく夜を過ごせるほど甘くは考えていまい。
 早速手分けして護送した先を確認してみると、送り届けたはずの者たちはいなかった。
「そうか。仕方あるまい。鎧騎士といえども、領民の顔まで見分けられまい。とすると‥‥」
「陛下。それにみなさん、温かい飲み物を用意しました」
「待ってました」
「魅力的ではありますね。陛下」
 寒い夜に温かい飲み物は魅力的だ。
「館を切り盛りできる女性がいるのは助かる。こういうのをヘッドハンティングというのだろう? 夜は衛兵に任せるなり交代で見張るなりして、休養をおっておけ。明日は休む時間もないぞ」

●開門
 夜明けの2時間前、すでに中庭ではかがり火が焚かれていた。すでに準備は始まっている。暖を取るためのたき火も盛んに燃やされている。
「マフラーって寒さ防ぐにはいいな」
 冒険者は、全員赤のマフラーをしている。香織が用意したもの。
「でもなぜ赤?」
 グレイは目立つだろうにと思った。ま、目立った方が識別は付け易いが。
「本物のマフラーは赤で、偽物は黄色とか」
 ゾーラクなりの推測。
「え、それ何?」
 香織は寒い中、気分だけでも赤なら高揚しようとか考えただけ。
「いいから、忘れて」
「眉毛を赤く染めるよりは、いいでしょう?」
 外の様子を見てきたマリウスが戻ってきた。
「派手なのがいっぱい来ている」
「派手なの?」
 フレッドがそれを聞いて見に行く。
「娼館の女郎が牛太郎を連れて来ている。あんなのまで来るのですか。あれも領民?」
「遊び慣れていないな。花街の姐さんが若い衆連れてって言うんだ。それにああ見えても、全員公認娼婦で立派な領民だ。おろそかにするなよ」
 エーロンが説明する。他の世界ならともかく、ここでは娼婦も立派な職業の一つ。戦争でもあれば、公認の従軍娼婦という働き場もある。
「奇麗事を言っても、あっちの欲望は消えないからな。現地調達されないようにするには、禁じるだけでなく、代替手段も講じないと」
 それをしなければ、今のハン南部の状況になる。
「そろそろ刻限だ」
 陽精霊の力が空を支配していく。門が開かれると同時に派手な一団を先頭にして、領民たちが庭に入ってくる。
「さて、先王の時代は開かれていなかった。先王は優秀故に領民の声を聞かないでも政を行えた。あいにく俺は先王ほど優秀ではないので、皆の声を聞くことにした」
 エーロンの声は寒空に響いた。緊張した面持ちだった者たちの表情が和らいだ。
「陛下、あたしを買った客が金払わずにやり逃げした」
「名前と人相、知る限りのことを、そこの記録係に言っていけ。生死を取わず、捕まえてやる」
「最近、あたしの客が少なくて」
「だったら自分を磨け。精進が足りないぞ。素材はいいんだから、磨けばもっと稼げる」
 エーロンは軽く公認娼婦の一団を難なくさばく。そして帰り際に声をかける。
「月に1回は治療院に来い。病気になっていないか検査してやる。病気になっていたら、ただで治療もしてやる。無理せずに、身体を大事にしろよ」
「陛下もたまには遊びに来てね。いっぱいサービスするから」
「分かった。今度寄らせてもらおう」
 門の外では、領民であることを確認して中に入れている。しかし全員が顔を見知っているわけではない。やはり手荷物を持っている者はいない。
「食料の安定供給について」
「それには買い占めている者を捕らえるしかないな」
「そ、それは」
「そういえば、どこぞの商人の倉庫に大量の小麦があるらしいな。早速没収して価格の安定を図るか。それともその商人は食料の安定供給のために積極的に協力してくれるであろうか?」
「もちろん、そうでしょうとも。そういえば私の倉庫にも多少の備蓄がありますので」
「食料の安定供給のために無償で供出してくれるか、それはありがたい。竜と精霊の加護が、そなたとともにあらんことを」
「あの、はい」
 強欲商人がエーロンにやり込められて、密かに喝采を送る者がいる。
「好意的か」
 鷹嗣は目深にかぶったフードから周囲の気配をさぐる。敵対的な者がいれば、それなりの気配を感じるはずだ。
「まだ人が少ない。騒ぎを起こすとしたら、もっと人が多くなってからだろう」
 グレイは門を入る領民たちをしっかり監視していた。服装は質素ではあるが、騎士としての品格を持たせている。領民たちにしてみれば、今までは国王の顔など見た事も無い。それが代替わりした途端にこのような機会をつくった。一張羅ともいえるほど着飾っている。
「そっちの天界ではどうかわからないが、こっちの天界では安息日のミサに行く時には着飾る」
「アリア、マリウス。衛兵を手配して終わった領民を無事に送り届けてもらいたい」
 実際には金持ちではないものの気張ってきた者たちは、追剥には格好の鴨。
「しかし、それでは館の警備が」
「手配するだけで良い」

●襲撃
 正午を過ぎると、人も増えてくる。平時のアトランティスは一日2食。とはいえ、働き詰めでは戦時も同じ。
「食事が用意してある。交代で食べて来い」
 領民に混じっている鷹嗣を除いて、交代で食事に入る。鷹嗣は非常に奥ゆかしく、後から来る人に順番を譲っていた。フードから僅かに覗く赤いマフラーのみがそれと分かる印。
「陛下は立ちっぱなしで、話しっぱなし、水すら飲んでいない。タフだな」
 オルステッドは、感想をもらした。
「狂王子と呼ばれて、ウィル中あちこちをサバイバルしてきたような方だから」
 アリアがロクデナシーズから聞いたことを伝えた。
「人は見かけによらない」
「まったく」
 マリウスとグレイは、エーロンの真っ当な態度に好感を感じた。城にこもりきった先王とは違う。
「敵に回せば怖い人になるんじゃないかしら。天界人はもちろん、鎧騎士を含めた冒険者にしても、ウィル王国内で知っている範囲はかなり限られるでしょう?」
 依頼で行った範囲もまだまだ狭い。
 香織は、エーロンの方をじっと見ている。時折エーロンと視線があう。
「大丈夫だって」
 香織は心配しているのかと思って、アリアが声をかける。
「そうじゃなく、陛下の後ろ妙に揺れていない?」
 空間そのものが、揺れているように見える。
 なんらかのマジックアイテムで反対側を見せているような。
「庭を探せ! 一人とは限らない」
 小声で指示する。こちらが気づいたことを、まだ悟らせてはならない。領民の安全が第一、自分の姿が見られないなら、領民に混じる必要はない。
「わずかな気配も見逃すな」
 今までどおりの通常警備をしつつ、領民を自然に安全を確保した方向に向かわせる。
「さて、領民たちよ。ここで少し中断してアトラクションでも見てもらおうか。領民達の身は、領主たるこのエーロンが守る。もしエーロンを信頼するならば、しばしそのまま動くな。始めろ!」
 エーロンの合図に、一斉に行動を起こす。オルステッドは、すでに気配を感じた場所に向かって、庭で燃えていたたき火を蹴り飛ばす。燃え盛る木が飛んで行って、姿を隠した襲撃者に燃え移る。姿の見えた襲撃者に鷹嗣がコアギュレイトをかける。
 マリウスは別方向に走った。もう一つの襲撃者に向かう。
「冒険者を信頼して警護に当たらせていただいた。その信頼に応えるのは今」
 何もないかのような空間を、オーラパワーを込めた日本刀が切り裂く。
「浅かったか」
 僅かに鮮血が飛び散る。
「カオスの魔物かも知れない。武器に魔法をかけるか、魔法で」
 アリアが言い掛けたとき、領民が悲鳴をあげる。エーロンの背後に最初に見つけたのが迫っていた。エーロンはゆっくりと振り向く。そのエーロンと襲撃者の間に誰かが立ちはだかった。しかし何らかの攻撃によって崩れ落ちる。ただでは死なず、引き換えに襲撃者の姿もさらされた。
 香織が援護に、ムーンアローを放つ。しかし、正午。月精霊の弱い時間では効果が弱い。しかし次の瞬間、エーロンがかざした掌から放たれた輝きによって襲撃者は、外壁の向こう側まで吹き飛ばされた。高いところから、落下した鈍い音が伝わってきた。
「コアギュレイトに抵抗するなんて」
 鷹嗣は、仲間たちの手によって切り刻まれた襲撃者の遺体を見る。
「捕らえる余裕は無かった」
 オルステッドも、肩で息をしていた。
 それはもう一人に向かったマリウスやグレイも同じ。
 アリアと香織はバルコニーに向かった。
「この男は?」
 エーロンをかばって襲撃者に殺された者がいた。
「自分の身をもって王を守った忠臣だ」
 そこに倒れていたのは、あのギーデンだった。処刑場襲撃阻止に失敗した男。エーロンは怪我を治させてあった。
「領民たちよ。襲撃者から己の身を盾にして、命を捨てて王の身を守った忠臣の名を知りたいか!」
 領民たちは、襲撃者を倒した冒険者の手腕に、恐れ魅了なされながらも、その声を聞いた。領民が自ら守られる立場で、冒険者の活動を見る機会は少ない。
「誰だ?」
「忠臣とは?」
「その者の名は、皆の中で知らぬ者はいなかろう。ギーデンだ」
 驚きの声が上がる。
「残念ながらギーデンは、先王の信頼を良いことに、悪行を行った者だ。しかしそのような者でも、その場にいたれば、命を捨てて王の身を守る忠臣なのだ」
 つまり王に対して、忠誠を尽くせぬ者はギーデン以下となってしまう。
「一時とはいえ怖い思いをさせたが、エーロンは領主としてそなたら領民を、命をかけて守るであろう」
 その後、陽精霊の力がとって代わられるまで続いた。
「閉門!」
 最後の領民が門の外に出ると、門が閉められる。
「こいつら、一体何者だったのでしょうか?」
 襲撃者2名の遺体は、館の中に保管してあった。
 外壁の外に落ちた者は、調べに行った時にはすでにいなかった。おそらく幾人かの共犯者がいたことだろう。
「処刑場を襲撃したテロリストとか言う者共とは別のようだ」
 すでに効果を失っているが、こいつらがまとっていたマントは姿を見えなくしていた。
「ウィザードギルドにかようなマジックアイテムの記録があるか問い合わせると共に、深手を負った者の行方も探さねばならない。放置しておくには危険な相手だ」
 領民たちはエーロンに好意をいだくとともに、冒険者にも好意を抱いた。実際の活躍を見せるのが、相手を尊敬させる。
「陛下。この者の肌。入れ墨でしょうか?」
「メラニンもかなり」
 香織とゾーラク・ピトゥーフが遺体を調査していた。
「司法解剖したいところだけど」
 こちらの世界では禁忌とされている。かなり切られているから、ある程度は中身を見られる。
「少し小柄だが、カオスニアンかもしれない」
「カオスニアンはカオス界の住人です。しかしウィルでは滅多に姿をみないはずです」
 フレッドは知っていることを言った。
「だとしたら、月道使って来たのではないか?」
 グレイは言った。恐獣騒ぎもあった。もしかしたら、地下で何かが動いているのかも。
「いずれにしろ、無事に終わった。皆ご苦労だった。ささやかだが、晩餐を用意した」
 質素だが、味は良い。特に出来立てというのが。
「もうすぐ選王会議だ。次の国王が誰になるかは会議次第だが、冒険者の処遇が悪くならんようには努力しよう」
 冒険者の保護は、エーガン王が命じたこと。次の国王が方針転換をしない保証はない。エーロンには努力するとしかいえない。
「ウィルカップを通じて、それぞれの分国王とは誼は通じているから、問題ないとは思うが」
 ウィルカップはゴーレムを使った遊びだと思われていたが、冒険者と分国王達を近づける効果もあった。もちろん、民衆とも。
 狂王の最初の試みは、成功に終わった。誰にとって、何にとっての成功だったかは、もっと後になってからわかるだろう。