●リプレイ本文
●村とは
「募集人数や農地の規模とはどのぐらいのものでしょうか?」
ウィルに着いたばかりの大神トモエ(eb7808)は、はるか以前にウィルに着いていた富島香織(eb4410)に聞いてみた。天界とこちらでは定義が違うような気がする。先にウィルに着いた者たちは、受け入れ態勢が画一的でなかったこともあって、疑問を抱くよりもそのまま受け入れるしかなかった。
「村って山奥ぐらいしかないから」
「それは行政上の区分。こっちの村は人が集まって生活する集落のことだよ」
「基本的生活単位ってところだ」
もう一つの天界から来たジーン・グレイ(ea4844)が、説明する。地球よりはジ・アースの方がアトランティスには近い。
「だいたい一つの村は300人、大きいところでは500人まででしょう」
アリア・アル・アールヴ(eb4304)が、こちらのことを説明する。
「多ければいいってわけじゃないのですか?」
皇天子(eb4426)は今更ながらに尋ねた。
「以前からいても、そっちの方面の依頼に接して実態を良く調査していないと」
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)も鎧騎士でアトランティスの出身だが、実際に自分の領地を経営したことがないと実感が沸かない。
「今度の依頼はエーザン”殿下”が任せられたんだ。細かいことは聞きに行こう」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)は依頼主に尋ねることをまとめると、エーザンの元に向かった。
●アトランティスの農業
「ここが依頼主の家か?」
「家というよりも、集合宿舎のような」
リオン・ラーディナス(ea1458)はギルドから提示された場所をみて、間違えたのではないかと思った。あのエーロンの子供のはずだ。もっと良いところに住んでいても。
「一介の騎士ならこのくらいは」
とリュドミラも言うものの。庶子とはいえ、相手はエーロンの子。他と同レベルかそれ以下。
「君たちが、ギルドの依頼を受けてくれた冒険者か?」
「初めまして、アシュレー・ウォルサムといいます。若輩者ですがどうぞよろしく‥‥、固くならず自然体でできる限りのことをしますので頑張りましょう」
アシュレーが開口一番に言った。言ってみてどうも変に感じる。
「まだ修行の旅から戻ってきたばかりだ。ここは仮屋住まいだ。ここではなんだから、場所を変えよう」
「はい」
香織が少し呆然と、口にした。エーロンを良く知る香織は、どうもエーロンによく似た顔で言われると変な気がする。
「ここは確か」
連れて行かれた先は竜のねぐらという酒場。ジーンは来るつもりだったから、手間が省けた。
「奥のテーブルは、空いているか?」
「はい」
「繁盛しているな」
「選王会議があるってことで王都に集まる人が増えて、本当は困るんですよ。お得意さんが来られなくなるから」
テーブルに着くと、料理とワインが運ばれてくる。
「干物とはいえ海魚か」
「海沿いでゴーレムシップ持っている領主の方が、王都に来る時に満載して来たらしくて」
「聞いたことあるような」
リュドミラは治療院の調査で行った港町を思い浮かべる。ゴーレムシップを所有している人は少ない。
「多分、ドレニック卿だろう」
アリアもその名前を言うと、突然、背後から誰かが肩に手を回してきた。
「呼んだか?」
「ドレニック卿、うわー、酒くさい。酔ってますね」
「祝杯だ」
そう言って立ち上がると、木製の杯を高々と掲げて叫ぶ。
「エーロン陛下、万歳!」
すると、あちこちからも立ち上がって同じようにする者や座って居ながらも唱和する者がいる。
「酔っ払いが、迷惑かけてすまん」
とドレニック卿を引き取る手を伸びた。
「セク‥‥ルー」
「ジーンか」
目が疲れている。
「苦労しているような」
「ヘッポコバードに呼び出されたが、いまだに姿を現さない。そのうち酔っ払いに捕まった。船乗りってのは底無しだな。船に底がなければ沈むはずなのに、いつまでも沈まない」
「ちょうど良いところに。混ざっていただいてはいかがでしょうか」
リオンはエーザンに提案した。
「もし、差し支えなければ」
「天子。この人、大丈夫に見えるか?」
アシュレーはドレニック卿の様子を見て、医者である天子に尋ねた。
「急性アルコール中毒の可能性はないが、長生きすればあちこちに影響がでるでしょう」
そのくらいしかいえない。こちらの穀物は天界に比べると、炭水化物の割合が低いから糖尿病の危険は少ない。繊維質が多いから腹持ちは良い。天界ならダイエット食として売れるだろう。
アシュレーが、まとめたことをエーザンに聞いていった。
「村の人口は300人以上は確保したい。王都に流れ込んでいる北部出身者を減らすという目的が、エーロン陛下にあると思われる以上は」
リオンが皆から集めた資金を渡す。
「助かる。当面の生活費に家畜、農耕具。入り用な物が多くて困っている」
特に農耕具には既製品はなく、すべて手作り。あちこちの鍛冶屋に頼んで数を揃えている。
「人数はもちろんだが、各種技能を持つ職人も必要だ」
村一つで、自給自足できなければならない。
「農業を営む以前に、衛生面に関しては問題ないのでしょうか」
天子が医者らしい不安を口にする。
「ルーケイやフォルセではどうだった?」
田舎は天界人から見れば、よく病気にならないようなところ。王都とて同じような場所はある。
「王都で病が流行っていない以上は」
とりあえず安全らしい。天界人よりも抵抗力が強いだけかも知れない。
「さきほど家畜と言われましたが、将来的に畜産なども一緒に行う事により、農業だけだと不作に陥った場合などに不安が残ると思います。今後、牛などの手配はできるでしょうか」
「すまない。意味が良く分からないのだが」
エーザンは天子の提案の意味を分かりかねた。
「天界の一部では、農耕と牧畜を分化しているところがあるのですよ」
オブザーバー的に加わっていたルーが説明を加える。
「アトランティスでは畑を耕すには、畜力を用いる。これは天界人の農業知識の受け売りだが、深く耕すことによって、土の中にチッソが多く含まれるようになる。植物には土の中にチッソがないと育たないそうだ。休耕地には牛を放っておく。そして牛は別の役割もある。暖房だ」
「は?」
今度は天子が分からなかった。牛乳なら分かるが、暖房? 牛の油を燃やすのかと思ったが、いくらなんでも。
「ルーケイでは、農民の家には入らなかったのか」
「いえ」
「一般的な農民の家には、牛を入れておく場所があって。冬は牛の体温が家の中を温める」
「衛生面では」
「最悪です。臭いも」
香織がつけ加えた。井戸水にもピロリ菌がいっぱい。医者だけに天子は実態を知って、今更ながらに恐怖を感じた。豚は森に放し飼い。家禽類だって放し飼い。いくつもの感染症名が浮かんでくる。
「エーロン陛下の治療院は、こちらの世界では画期的な物なのよ」
「でも牛は?」
「禁止すれば、凍死する者が出る」
「暖房は、木を伐れば」
「森は生活手段を得るためのもの。森の木を限界以上に伐れば、人は生きていけなくなる。そうならないための生活の智恵だ」
今更ながらに、世界の違いを感じる。アトランティスに来てから1年近くになる天子でさえその状況だ。狂王子のしもべとしてあちこち見て歩いた香織も期間は同じくらいだが、まだ状況を知っている。
「こうしてみると、エーロン陛下が天界人を組織のトップに置かないという方針も分かる」
アシュレーが言った。もし先王なら天界人を領主として村を作らせただろう。天界人は衛生面から、牛を家の中で飼うことを禁じる。凍死者を出し、木を燃料のために伐採しすぎて、村が立ち行かなくなる。結果天界人の悪名が伝わる。しかし、組織のトップが状況を理解して、できることから始めれば反発は少なく、成功すれば受け入れる。結果、王は名君と呼ばれ、天界人は賢者と言われるようになる。
幸いにもルーケイは、招賢令に応じる者達だけのことはあって、賢明にもアトランティス人の統治者を取り込む事によってその害を免れてきたのだ。
「半年や1年で、こっちの世界を理解しろと言う方が、土台無理な話です」
リュドミラが言った。アトランティスに生まれた者たちでさえ、自分たちの周囲以外には知らないことが多い。領地経営をしたことがない騎士階級ではしかたない。
「エーザン・ヒライオン。私も天界の農業技術には非常に興味を持っている。すでに生産力を上げた方法があるのでお教えしよう。いや習得した技術者を同行させよう」
ルーが申し出でた。今回の冒険者の中に、農業に詳しい者がいないと思ったらしい。
「それは助かります。ありがたく」
その後、ルーが小声で何か言った。
「はい。今後とも、ご指導くださりますよう」
エーザンは謙虚にそう応えた。その態度は、先王ともエーロンとも違う。
「相当苦労してそうだ」
アシュレーは、エーザンの姿を見てそう思った。先王から見れば、エーザンは孫で、エーロンの子。いずれも王の庶子だろうに、マリーネ姫のお子とはかなり待遇が異なる。
「北部の民を集めるに、”殿下”という名前を使うのが良いそうだ」
エーザンが、たぶんエーロンから言われたことを伝えた。
(「そういう意味だったのか」)
リオンも言われて分かった。エーザンの名において集めよとは、そういう意味だったのかっと。北部における”殿下”は、エーロンが行った酔狂な行いの結果得た名声なのだろう。北部においては王子などという肩書よりも、遥かに価値がある。
「最後に、村の名前はどのようなものに?」
天子が尋ねた。
「こちらでは、村人の生活範囲が狭いから村を名前で区別する必要もあまりない。よほど大きくならない限り。しかし、今度は別だ。村の名前は希望」
「つまり、『殿下とともに希望に向かう者を募る』というわけですね」
香織が言い換える。
その会話の脇で、ジーンがルーと話していた。そしてルーが頷く。
「北部の者たちを集めるのに良い場所がある。ルシアン、エーザン殿を案内して差し上げるように。くれぐれもルーフェスに注意しろ」
控えていたルシアンという線の細い騎士見習いに言いつける。
「ルーフェス! あの男のところか」
ジーンが以前、剣を交えた男を思い出した。
「強いのか?」
「かなり。それに」
ジーンが言い掛けた時に、ルーが首を横に振った。
「それに?」
「いや。ばりばりの武闘派だ」
「テロリストと手を結んでいると考えた方がいいだろうか?」
リオンが不安そうに言った。
「ゼロではないが、あり得ないだろう。むしろ逆だ」
ジーンはそう言った。姑息な手段を講じる男の太刀筋ではなかった。
●危険な男
「このあたりはひどいな」
ルシアンに案内されてきたが、ひどいものだ。
「これでも以前よりはマシになっている」
「しかし農民だったかどうかは、どうやって見分けるの?」
トモエは、見た目では区別できない。
「手、特に指先を見れば良い。それに筋肉の付き方も違うだろう」
アトランティスでは地球と呼ばれる天界とは違って、機械化されているわけではない。小さい頃から土を弄って生活していれば、色素も定着する。そして小さい頃から農民をやっているとそれに見合った筋肉が発達する。しかし冬では見えにくいだろう。
「北部かどうかは」
「訛りっていいたいけど」
精霊の働きで、意思疎通してしまうから訛りを認識できない。とくに天界人にはなおさら。
「話題で聞き出せば良い」
北部出身者が興味を示すような話題とそうでない話題を織りまぜていけば
アシュレーは、人を集めるためにローレライの竪琴の準備を始めた。
「北部の歌って、知っている人いないかな?」
リオンはまず歌で人集めをしようと思っていた。北部の歌なら表情に違いが出るだろう。しかし、歌詞を教わったとしても、歌いかたが分からない。
「殿下当面のことですが」
アリアは特に最低限の生活(当面の減税を含む)、盗賊からの防衛が保障可能であれば集めることそのものは容易くなり、あとはいかに絞るかそれとも増やすかに移れるかを言った。
「当面、金銭収入があるとは思っていない」
エーザンは最初の収穫を終えるまでは、持ち出しだけだと考えていた。
「税というと語弊があるが、ようは領主も領民も食っていくために目一杯に働くことになるだろう」
「なるほど」
「牛馬の手配は」
アシュレーは、一番費用のかさみそうな部分を尋ねた。馬はともかく、牛は王都ではあまり売りに出ていない。
「問題はそこだ。エーロン陛下が用意してくれることになっているが、集まるかどうか」
通常の農家であれば、畜力として馬(あるいは牛)4頭から8頭に犂を牽かせて畑を耕す。30家あれば120頭から240頭必要になる。数が多ければ安定して深く耕すことができる。
「二毛作とかはどうでしょうか?」
香織は言ってみたが、二毛作は米と麦を作ることだが、米を作るには大規模な灌漑設備があるか、年間千ミリ以上の降水あって、梅雨に集中する必要がある。いずれも北部にはない。それに土地が肥沃でなければできない。
「それは無理ではないか?」
天子が言った。
「ある程度人が集まったら、冒険者の酒場を借りて、説明をしようよ」
トモエは、幾人か集まってくる人たちを見て言った。
「それは無茶だな」
アリアが冒険者の酒場がある冒険者街には、一般のアトランティス人の出入りが禁止されていることを教える。なんせ危険なペットがいる区画だ。一般人が容易に入ってきたら、出て行く人数の方が明らかに少なくなる。その点ではまだこちらの世界になじんでいないトモエは、非常に危ない日常を知らずに過ごしていたことになる。虎や狼やパイソン、グリフォンやロック鳥の朝飯になっていた可能性もある。
飼い主達はかなり頑張っているようだが、必ずしも『他者に対して』躾が行き届いている魔獣・猛獣だけとは限らないのだ。
「それで食われるようなら、冒険者としては生きていけない」
ジーンがつけ加える。トモエの背中を冷や汗が流れた。その時清らかだが、力強い歌が聞こえてきた。
「ジーン、へっぽこバードを連れてきたぞ。礼には及ばん。近々、役に立ってもらう」
ルーが、エストゥーラを連れてきた。ジーンは詩酒『オーズレーリル』を謝礼に用意していたが、もっと高いものにつきそうだ。その方がやりがいもあるが。
「こう歌うのか」
リオンは、歌い方が違っていては、逆効果になると感じた。エストゥーラの歌唱力のせいか。歌そのものの効果か。北部の人が集まってきた。歌が途切れるのを待って、リオンが口を開く。
「殿下とともに希望に向かう者を募る」
エーザンの顔がエーロンに似ていたことが、ここで意味を持ってくる。
「殿下? ちょっと若いような」
「そうか? 最後に見た時は‥‥変わっていない。若づくりか?」
「2代目だ。俺は北部に行って村をつくる。滅んだ村を再び人が住める村にしたい。親父も、それを望んでいる。ウィルに流れ込んで来たはいいが、結局ここで暮らす技能もなく、どうにか生きている状態だろう。もう一度土とともに生きてみないか?」
豊かな都市に出てくれば食って行けると思ったが、そんなに甘くはなかった。職人も商人もギルドの枠組みによって徒弟なり丁稚から入らなければならない。農民としてはともかく、別の道となれば駆け出しの子供と同列に扱われる。しかもウィルに住んでいた者なら当たり前に知っている常識も知らない。長続きせずに貧民街に身を落とす。
「このままここで、一生を終えるつもりか。せめて自分の子供に誇れる生き方をしろ」
そのとき、大声が響いた。
「人のシマで何をしていやがる!」
ジーンが前に出て、いつでも得物を抜けるように構える。
「人集めだ。邪魔するんじゃない」
エーザンが言い返す。人垣が割れて声の主が見えた。ルーフェスが幾人かの手下を連れて現れた。
「こいつらは俺のもんだ。かどわかすんじゃない」
ルーフェスには、ルーフェスの言い分がある。仕事にあぶれていた者たちを、生かしておけるくらいのことはしてやっている。
「行くのはこいつらだ。こいつらに決めさせれば良い」
結果は見えていた。
「勝手につれていけ。てめぇら、こんなところに、二度とツラを出すなよ」
ルーフェスはそれだけ言うと、戻っていった。途中でルシアンとすれ違う。
●一時しのぎ
「出立までここに寝泊まりしてもらう。王都で準備のあるものは早急に準備を終えるように」
エーザンは集まった者たちを、ある屋敷に連れて行った。建物は寒さと雨露を凌げる程度だが、広い庭には、すでに牛や馬が集められ始めている。
天子は集まった者たちの健康診断を行った。テロリストが混じらないようにという確認もある。
「ルーフェスって男、けっこうまともな食事をさせていたみたいね。ロウドウシャの健康診断は半年に一回は行った方が良い」
天子にはそう思えた。アトランティスの身分制では、労働者は当面現れそうにない。身分的に自由で、互いの自由意思で労働契約を結べなければ労働者ではない。そのためには身分制を排して基本的人権を保障しなければならないが、それは現行の社会制度すべてを否定してしまう。それに平民である労働者一人一人に、騎士に匹敵する契約遵守の倫理が求められる。そうしないと近代的な労働契約は成立しないのだ。
「血は争えんか」
ジーンはそれを聞いて呟いた。ルシアンに聞いたところ、変なのは混じっていないと言ったそうだ。
「準備ができるまであと僅か。今回はみなご苦労だった。王都ではもうすぐ、選王会議が開かれる。次のウィル国王になるのが誰であれ、領主は領民を守り、王に忠誠を尽くすのみ。健康診断を行うのは、医師がいなければできない。エーロン陛下の治療院で医師の養成人数を増やすように、しもべのかたたちには進言してもらえるとありがたい。一介の騎士よりも影響力は大きいだろう」
「はい」
アリアは約束した。血のつながった親子であろうと、今のエーザンにはそれを進言する資格はない。
「堅苦しいのね」
トモエは言った。
「上が身びいきをしたら、下もそれに習う。エーロン陛下も、エーザン殿もそのあたりのことを十分に理解しているのですよ」
リュドミラは、希望の領民全員分の戸籍を作製していた。