殿下の赴任2〜館建設

■ショートシナリオ


担当:マレーア2

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月05日〜03月11日

リプレイ公開日:2007年03月12日

●オープニング

 エーロンは、北部に向かわせたエーザンからの手紙を読んでいた。冒険者とセクテ候の協力によって北部へ連れて行く領民は425人集まった。この中には老人や子供も含まれる。子供でも6歳になれば、十分に働ける。生きていくためには、この年齢からでもできることをしていく。エーロンがかき集めた家畜牛馬合わせて300頭を伴って出発し、北部に向かった。
 ハンからの難民を一時的に受け入れた宿舎の一部を寝泊まりに使って、村の再興に入っていた。
 殿下の呼び名は伊達ではなく、北部では互いに苦しいながらも助け合って、すでに第一回目の犂入れが終わっていた。セクテ候(公)から派遣された農業技術者の指導によって、改良を加えたという。
「レーガー卿の動きは、一行に潜ませた者たちによって監視させている。どのように動いたかは追って分かるだろう。王室調査室には、その後評価を突き合わせてもらうとして」
 感染を疑われたハンからの難民は、隔離された丘の上からの移動の日程も決まった。北部との約束により、丘の上に館を設けねばならない。
 あの地を討伐したザモエ伯に丘の上への建設については諮問する。
「陛下。あの丘には水源と呼べる物が不足しています。殿下の臣下に水を操れるウィザードがいるならともかく」
 丘の上は、下を完全に囲まれれば干上がる。籠城には良い条件とは言えない。
「ウィザードにはあてがないこともない。ところでザモエ伯は、ゴーレムの能力をどうみる?」
「どうとは?」
 怪訝そうな顔でザモエが聞き返す。
「いや、ウィルカップでゴーレムの動きを見て考えたのだが、乗り手次第で人の動きにかなり近づける」
「もともとゴーレムは、そのためのもの。逆に人型以外ではどう動かして良いか分からぬでしょう」
「そこで、ゴーレムを使った野戦築城を試してみたくはないか?」
「それはまた、面白くもありますな」
 過去においても幾度か、考えられたことはあったが、そこまでの動きができるほどゴーレムの製造技術も高く無かった。今までゴーレムを使った経験からのフィードバックで動きも良くなっている。可能ではなかろうか。
「往復はフロートシップ。ゴーレムは前線での防御と同時に、防御用の堀を作る。到着から展開までも迅速に行う必要があるだろう。そしてこれらは、防御であると同時に目立つ囮。その後方ではフロートシップから運んだ資材と連れてきた技術者によってできるだけ短期間に、館を立てる」
「朝になって明るくなると、丘の上には館が出来ているというわけですか。たしかに面白い。天界人たちに聞いた話ではそのようなことをやった者がいたと」
「では天界人にその手順を聞き出し、試してみてはどうであろうか。伯が自らゴーレムを動かすことはない。依頼に応じた冒険者の中より、次の世代を担うと思う者に今回の指揮を任せれば良い。うまくいけば、ジーザム・トルク国王陛下に推挙しようと思っている。いずれゴーレムによる騎士団を大規模化するはずだ。有能な中級指揮官は数多く必要だろう。実績を上げたものと伯が認めるならば、他の分国の鎧騎士たちとて文句は言うまい。むろん、伯の評価に手心を加える必要はない。辛く判定しなければ、将来のウィルに禍根を残す。他の分国の鎧騎士に見下されるような者では共同作戦もうまくいくまい。ま、辛すぎても困るが、そこは、人を育てるのに長けた年長者の経験でお願いしたい。ウィルのために」
 ゴーレムの数が増えても、一人で指揮できる範囲は限られる。指揮できる能力のある者が複数いなければ、戦場での混乱が起こるだろう。
「陛下の意向がそうであれば、言う事はありますまい。おとなしく評価するだけに止めましょう」
「誤解されては困るが、決して伯の身体を気づかってのことではない。伯の老いてなお盛んなことは知っている(ここで機嫌を損ねられては困る)。赤備騎士団へのゴーレム増数も近々行われる」
 エーロンといえども、丁重に対処する相手はいる。
「フロートシップはフォロ家の新型を使う。キャリアスペースは資材を入れても余裕がある」
 バガン4体は、今回用の試験品を使う。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8583 アルフレッド・アルビオン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))
 eb4428 エリザ・ブランケンハイム(33歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4578 越野 春陽(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec1674 ムーア・アトラス(18歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

●国王への謁見
 依頼を受けた冒険者たちはエーロンに伴われて、新国王となったジーザムに謁見した。
「国王陛下ご覧ください、今回の困難な依頼を受けた者たちでございます」
「うむ、戦場において味方の士気を維持するのは重要。この依頼には大いに期待している」
「は、国王陛下より多大なる期待を寄せられ、全力で取り組むことを誓います」
 エリーシャ・メロウ(eb4333)はまさか、国王へ謁見があるとは思わず緊張しまくりであった。
「エーロン陛下、これをお納めください」
 アリア・アル・アールヴ(eb4304)は、兼ねてから用意しておいた金塊と銀塊を差し出した。それとは別に200Gも用意してある。
「ゴーレムの代金なり、表面加工なりにお使いください」
「ありがたく使わせてもらおう」
 エーロンは多少芝居がかって、ジーザムから良く見えるように受け取った。
「エーロン陛下。次代を担う者たちが育っていると見える」
 ジーザムは、そう評した。
「この者たち、いずれウィルを担う者たちとなりましょう」
 エーロンは、誇らしげにジーザムに紹介した。
「モン伯爵、こたびはそなたが評価すると聞く。そなたなら正当な評価をくだすであろう」
「恐れ入ります」
 今回同行するモン伯爵ザモエが頭を垂れる。もちろん、ザモエとジーザムも旧知の中。おそらく、ジーザムも若い頃は、ザモエより厳しく鍛えられた一人のはず。
「北では大きな火種がすでにある。己が強いだけでなく、将たるを求められる時期は近い。伯の僅かな仕種からでも、自分が今他人からどう思われているかまで読み取って精進してほしい」
 ジーザムの右手にいたセクテ公がつけ加えた。技能は教わるのではなく盗み取るもの。時間があれば自然に身につくのであるが、今はその余裕がないようだ。最近ハンの情勢を探りに行った者がいたようだから、何らかの情報が入っているのだろう。どうやらハンの情勢は、厄介な段階になっているようだ。

●資材搬入
「これから言うやり方は、僕の母国で言う所の”プレハブ工法””ユニット工法”だ」
 篠崎孝司(eb4460)は、アトランティスとジ・アースの出身者に館を幾つかの部品に分けて作り上げ、それを現地で組み合わせることを提案した。
「部品の組み合わせ作業にゴーレムを用いれば、かなり時間が短縮できるはずだ」
「一夜によって砦を築いた伝説もありますが。実際には心理的効果を狙った物で、準備はそれなりにありました」
 富島香織(eb4410)も地球にあった歴史上の伝説の裏を説明する。
「それじゃ私たちは作業者の怪我や健康管理にあたりましょう」
 皇天子(eb4426)とアルフレッド・アルビオン(ea8583)は、顔を見合わせて頷いた。これはこれで重要な役目である。土木作業なら怪我が出るのは覚悟しなければならない。人が神経を集中できる時間は限られる。個人差は、あっても大きな差ではない。
「すでに設計には入っているよ」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)は、作業の区分けを行っていた。互いに競わせることよって、さらに報奨を与えることによって時間を短縮させる。越野春陽(eb4578)の提案だが、それによって手抜きにならない設計にしなければならない。早いだけでなく合格点を出せなければ意味はない。エリーシャが、防御拠点としての強度を後から追加できる設計にするように助言する。
「北部かぁ。山賊に首絞められたり、キレた領民達にボッコボコにされたり、北部にはロクな思い出ないのよね〜」
 エリザ・ブランケンハイム(eb4428)は、北部との相性の悪いさを思い返していた。しかし、赤備準団員として良い仕事をしなければならない。気負いの方が先に立ってしまう。
「もう少し落ち着けば」
 エリザの行動を見て、思わず不安を感じるザモエ。
「皇天子、エーロン陛下からの話だけど」
 富島香織が話しかけた。現在のエーロン治療院に郊外の大規模な分院を作る計画があるらしい。特に入院患者の収容はそちらにするという。今までウィル市街地以外の患者も運び込んでいたが、それではウィルに感染症を持ち込む可能性もある。そのため、外の患者は郊外に分院を作ってそちらに収容するという。治療院用のフロートシップも発着できるスペースを確保して。
「それはすごい」
「堀はゴーレムで掘る。今回は敵はいないが、実際には敵の目前で作業することもある」
 越野春陽が、ゴーレム用のスコップに代用できるシールドをバガンで持ち上げて見せる。どのような敵の攻撃を防ぐ目的で作られたか分からないが、かなり強靱な造りになっている。バガンは通常の物と同じように見える。柵を縛るなどの手作業は、まだまだ人の手によることになるだろう。しかし、メインをゴーレムで作業すれば作業時間が短縮できるし、作業中も攻撃に対する防御が高い。ゴーレムの手先も、きっと今回の作業でもデータ取りするはずだ。それが次の改良につながる。同じバガンでも1年後には、性能は大きく違うものになるだろう。ランクアップだけが、総合的な戦力の強化につながるわけではない。戦争はゴーレムだけでできるものでもない。ゴーレムの数の多いウィルでこそ、考えつく逆転的な発想。
「堀はどのくらい?」
「堀の深さはそれほど必要ではない。1メートルもあればいい」
「それくらいならカオスが出ることはない?」
 皇天子が色っぽい割烹着姿で現れて会話に加わった。不安は健康面にも悪影響を及ぼす。これほどの人数になると給食だけでも大変。もっとも、ほとんどは村の老女たちがやってくれる。天界人とアトランティス人では味覚も違う。味付けを皇天子に任せるには、やはり不安がある。塩や酢はまだしも、砂糖とか香辛料とかここではとてつもなく高価な調味料が安価で大量に手に入る天界人では自然と濃い味になってしまうのだ。それをウィルで簡単に手に入る食材で庶民的価格で実現しようと奔走してきたファミレス諸氏の苦労が忍ばれる。
「カオスなんて、出たら倒せばいいだけよ」
 エリザは胸を張った。全員が顔を見合わせて笑った。
「何よ。文句あるの?」

●北へ
 資材とゴーレムを乗せたフロートシップは、エーザン・ヒライオンの村に向かった。すでに村では領民が準備して待っていた。エーザンの日頃の薫陶か、士気は高い。
「ここからが準備期間。設計図にしたがって各パーツごとに作製、すべてのパーツが出来上がったところで、フロートシップを使い丘の上まで運んで一気に作り上げる」
 戦場で行う場合には、これらの準備期間に行う作業は、事前にパーツを造り置きすることで必要となくなる。本来はこの準備期間にはもっと時間をかけたいところだが、今回の場合はそうもいかない。作るだけではなく、今後も考えておかなければならない。
「フロートシップが来たことで、周辺の領主たちが物見を出してきている」
 すでにエーザンからの連絡があったため混乱はない。むしろ興味深げに観察している。手を振ると、振りかえすが、近寄っては来ない。
「だろうね。こっちにはない建設方式だ。知らない物は怖いんだよ。ゴーレムだって北部ではあまりみていないはずだ」
 掘っ建て小屋なら、一晩でも建つこともある。村には村人全員が利用できる共有地がある。全員が利用できる反面、誰の者でも無い。不文律として、村人以外がその共有地に一晩のうちに家を建てると村に住む権利が発生する。
「それを拡大解釈するなら、ハンの国境線の向こう側でも、誰の領地でもない土地に一晩で砦を建てれば、食い込むことができるわけだ」
「先が続けばな」
「囲碁の死活みたい」
「砦だけ建てても、意味がない。その土地を耕して収穫があがる領地にしなければ」
 今のエーザンのおかれている立場は、北部という今までフォロ家と関係が悪化していた土地の真ん中にフォロ家の領地として村一つを作ってしまったという点では同じだ。もちろん北部の諸侯とフォロ家は封建契約を結んでいるが、少し前までは破綻寸前だったことを考えれば、非常に胆力もいる場所。しかも、領民は先王に対してかなり敵対的。庶子とはいえ直系。いつ寝首をかかれるか。
「アシュレー、おまえだったら領地と領民をくれるからってこんな状況におかれたいと思うか?」
 アリアは段取りを終えたアシュレーに話しかけた。
「あ? ここの領民は良く働くねぇ」
 天然か? あるいは言及を避ける知恵か? アシュレーは大ボケした。
「聞く相手を間違えたか(ハンとの戦いとなれば、あっちに領地を獲得する可能性もあるか)」
 アリアはアシュレーに聞くのを諦めて、張り切って領民に指示を出した。初めて計画的作業に従事する者たち。図面を見ながらの作業さえも初めて、自分の家を建てるのには細かい計算などしない。逆に細かい計算などしない程度の家しか建てたことはない。王都ともなれば、専門のも職人もいるが、田舎では自分の家は自分で建てるのが基本。ただし、ここの者たちの一部は下働きとはいえ、王都で建築に携わったことがある。
「ちょっと、そこのあなた!」
 エリザは、その経験者を僅かな仕種から見つけていく。その人選を元にして班を再編成する。昔日の権勢が影も形もないとは言え、伊達に名家の流れではない。生まれながらに指導者としての教育を受けて来ていたのだ。
「やりますね、エリザ殿」
「当然よ。ザモエに褒めてもらいたいもん」
「呼び捨てなとど、ザモエ様は双璧の」
 エリザが相手では、エリーシャも空回りしてしまう。
「怪我人は居ませんか?」
「病人もなし。こっちの人はタフね」
 アルフレッドと皇天子は作業する領民たちの健康状態を見たが、最初の戸惑いが消えればかなり慣れたものだ。さらに寒いのに、平気で動いている。
「篠崎さん、進行状況はどう?」
 休憩に戻ってきた篠崎孝司に声を掛けた。
「順調だ。あとは丘の上で実際に組み立ててどうか。この計画は事前に地盤の分からない地域でもやるってことだ。丘の上はデコボコに踏み固めてあるはずだ」

●着手
「そろそろ開始時刻だ」
 準備を終えて、すべてのパーツはフロートシップに積み込んである。
「手順を確認する」
 アシュレーは全員を集めた。すでに領民はエーザンに率いられて、丘の上に移動を始めている。
「バガンは4体で、フロートシップの船倉から大きなパーツを運び出す。その後、バガン2体は北の斜面から下りて、丘の北側に防御陣地として堀と柵を設置し、そのまま防御につく」
 残った2体のバガンで館の大きなパーツを組み上げる。重いものを持ち上げるのには有効だ。
 アリアやエリーシャからも確認事項の質問が飛び出す。
 皇天子からもゴーレムの稼働時間や交代のタイミングの質問があった。皇天子以外でゴーレムを操れる者全員がウィルカップで高機動における限界時間を知っている。
「立っているだけなら、時間は長くなる」
 はずだが、敵が黙ってみているわけではない。
「エリーシャ、気づいているか?」
 アリアは暗闇に、視線を向けた。ゴーレムからでも暗闇は暗闇。いずれは夜間でも見通せるような目も開発されるだろうが、今はまだない。堀と柵を設置した防御陣地には、アリアとエリーシャがゴーレムで待機していた。
「分かっています。監視されています」
 北部の領主たちと、おそらく暗闇の中を川を渡ってきたハンの物見。
「明日一日、監視の目をこちらに引きつけるのは予定どおり」
 その頃丘の上では、作業の明かりが丘の下にもれないように注意しつつ、作業が進んでいた。
「良く見えるな」
 篠崎孝司も越野春陽も、こちらの人たちの採光の良さに驚く。光を使うのに慣れた地球人との差は、このような場面だと出てくる。
「早く、巧くできた班には”殿下”からたんまりとご褒美が出る。気張れよ」
 そうやって急かす一方で、皇天子は無理をするなと落ち着ける。慌てて怪我人が出ると作業のマイナスになるし、今後の領地経営にも差し支える。
 夜明け近くなると休憩をとっていた富島香織とエリザが作業監督に加わり、篠崎孝司と越野春陽が防御陣地に、アリアとエリーシャが休憩に入る。それに応じて領民も交代の班が到着、休憩に入った者に給食が出される。
「まぁ、こんなものか。冒険者酒場のメニューに比べるべくもないけど」
 皇天子は、用意された給食の中身を確認する。カロリー的にはどうにか。周囲を見渡すとそんなもの程度でも、確実に食べられる食事は働くものにはありがたいらしい。ウィルの基準では贅沢に慣れた天界人とは異なり、お湯に近いスープでも僅かに入れた肉の味が彼らには分かるらしい。
「どうしたのですか? 少し休んだ方が」
 アルフレッドがぼんやりと眺める皇天子に声を掛けた。
「この人たち見てて思いました、給食って必要です」
 ジ・アース出身のアルフレッドは給食を、成長に必要な栄養素を適切に配分した食事として理解した。
「アトランティスの作物は、地球の現代の食物とは同じ小麦でも栄養成分が違う。野菜も全て違うでしょう」
「僕には良く分かりませんけど。食事が人に影響を与えるのは大きいでしょう」
 一般人の食べ物は自給自足。良く言えば、地産地消。それでもあれだけの作業を問題なくこなせる。ウィルの民の健康を保つ食べ物も医学上の研究には必要だろう。病に対する抵抗力を高めるとか、ガンに対する抵抗力を高めるとか。こちらの食物には、それがあるのかも知れない。

●ラストスパート
「順調?」
 越野春陽は、少し時間よりも寝過ぎたようだ。暗い時間に起きるのは難しい。
「少し遅れぎみかな。エリザは元気に励ましている」
 疲労気味のアシュレーが走り回っているエリザを指さす。指揮しているとは言わない。
「怪我人が幾人か出た。やはり疲労で集中力が低下している」
 アルフレッドのリカバーで回復させたが、そのまま休養させた。蓄積された疲労までは回復しない。
「そろそろ時間か」
 北の防御陣地からゴーレムが、2体道を上がってくる。北と西からは幾本かの木が邪魔して館は見えない。その邪魔している木にはすでに切れ目を入れてある。
 篠崎孝司が気合もろともに、ゴーレムで木をなぎ倒していく。
 交代してゴーレムに乗り込んだエリザは精神集中しているように見えた。一気に助走し、伝家の宝刀最終兵器オデコによるダイビングヘッドバッド! ドミノ倒しのように次々と木が倒れていった。
 一気に見晴らしが良くなった。

●館
 空が陽精霊によって明るくなっていくと同時に、姿を現した館。内情を知る者には、張り子の虎。しかし遠くから見た者には、突如出現した巨大な城砦に見える。丘の高さも、心理効果には加わっている。
「歴史上の安土城も丘の上だったって」
 防御拠点でゴーレムに乗り込んでいた富島香織が、丘の上を見上げて呟いた。
 完成の使者を北部の領主達に送り出す前に、幾人かは早馬を飛ばして乗り込んできた。
「陛下は、一夜にして約束を果たされたのか」
 この丘に砦を築いて、庶子を置く約束を完全に果たしたことになる。
「ゴーレムの偉力と冒険者の智慧とは、すごいものだ」
 山賊の処遇を巡って対立の影響は徐々に消えて行ったとはいえ、僅かながらも残っていたわだかまりが、今回の件で完全に消え去ったようだ。かつてエルザ達に酷い仕打ちをした連中も、この偉業を成し遂げた彼女らの前にひれ伏さんばかりに畏れた。
 約束を守る王とそれを果たすために尽力する冒険者。その結果が遠くからでも見えるとあれば。
 しかし、北に潜む者たちも、この砦を眺めていたことだろう。

●王都で
「越野春陽、アリア・アル・アールヴ、富島香織、エリーシャ・メロウの4名に、中級指揮官推薦状を与える。慢心することなく精進してほしい。指揮官の判断一つで救える命も救えなくなる」
 ザモエは今回の活動の状況でそう評価したもの。エリーシャは、すでに空戦騎士団副長になっているからあまり意味はないとエリーシャ自身は思っている。しかし、名だたる地上の騎士達に対する睨みとしては、実の伴う職権を得たことになる。相応の責任と共に。
 なお、エリザは落ち着きが出るまで自分の目の届くところに置いておかねば心配で、独立した指揮は任せられないと。
「落ち着いたエリザって想像できるかしら?」
「難しい。残念ながら、想像力が追いつかない」
 篠崎孝司は、越野春陽に問われてそう答えた。
「アルフレッド・アルビオン、皇天子の2名はエーロン治療院付として活動してもらう。国力の安定と増強には、衛生環境と基礎健康度の向上が必要と思うのだが、どうだ?」
 エーロンは、皇天子に問いかけた。
「陛下も良く学ばれているようで」
 皇天子は、エーロンが話の分かるアトランティス人で良かったと思う。
「衛生環境の向上には、今の継ぎ接ぎのような都市では限界がある。ウィルを内部は住みやすく、外部からは攻めにくい都市に造り変えたい。一件矛盾する課題には、アシュレー・ウォルサム、篠崎孝司そなたたちに当たってもらいたい」
「大仕事ですね、眠い」
 アシュレーは限界に近い。
「ああ。やりがいはある」
「何世紀も掛かって増設に増設を重ねてできた都市だ。ゆっくり時間をかけてよい。一生かけるつもりでもよいぞ」
「地球ではナポレオン3世の都市改造前のパリをさらに大きくしたようなものです。こちらにやってきた頃、依頼以外で冒険者街を出るなと言われて反発もしましたが、下手に町中に入ろうものなら道に迷う。今では保護するためと分かりました。住民に負担をかけずにやる方法まで含めて、ゆっくり考えることにします。アシュレー、しっかりしろ」
 篠崎孝司は、眠さで意識が朦朧としているアシュレーを支えながら答えた。
「皆の者ご苦労であった。そなたたちが用いた策は、今後ウィルで活用していくこととなろう。今後もなお精進し、ウィルのために活躍することを期待する」
 ウィル国王ジーザム・トルクが最後に労いの言葉を掛けた。
「そのお言葉、どのような財宝宝石にも勝ります。必ずや陛下のおんために」
 エリーシャ・メロウが真っ先に口に出した。トルク城から戻ると全員疲労のために爆睡したのは、言うまでもない。

記録SK