●リプレイ本文
●竜のねぐら
「6人とも変な依頼を受けてくれてありがとう。これは些少だが」
竜のねぐらの店主ルイン・ルイセは、6人に1日分の弁当を用意してくれた。もちろん6人だけではなく、今回の依頼に同行するルティン商隊全員分が用意されていた。
その弁当をルティン商隊に弁当を配っている間に、本当の依頼主が冒険者に接触してきた。今回の依頼は手紙を運ぶことだが、それを渡す相手についての情報が乏しい。間違って手紙を渡したのでは、首縊りモンってことだろう。
「手紙を渡す相手は、エストゥーラという名前のバードだ。バードと言っても見かけどおりに弱々しくなく、実際のところけっこう腕っぷしは強い」
そう言った途端、酒場の中から笑い声が聞こえた。どうやら件の人物はこの酒場でも知られた人物らしい。
「この酒場、いったいどういうところなのですか?」
アハメス・パミ(ea3641)は、思わずルイン・ルイセに尋ねた。
「いろいろな人がきている。今回の依頼に敵対する人物は、今日は来ていない。そのあたりは不文律でね。とはいえ、店の外までは保障できないから十分に気をつけて」
言われるまでもなかったが、表向き今回は商隊の護衛ということになっている。6人以外にも護衛兼人夫やら怪しげな素性の人夫もいる。その中にあの手紙を狙う者が混じっている危険もあるのだろうか。
「おい、護衛さんたちしっかり頼むぜ」
ルティンが声をかけて商隊の出発の合図を送る。商隊のオーナー、ルティンは荷が増えたため、いつもの人足以外にも、急遽集めた者たちがいる。
「嫌な目つきで見るものがいる気をつけた方が良い」
アハメスはスニア・ロランド(ea5929)にこっそり耳打ちした。
「さっきから視線が気になっていたけど、そっちの意味?」
一旗あげようと、村を飛び出して来たはいいが、結局、旗はあげられず白旗をあげたような者たち。結局生きる為に定職につかずに、その日ぐらしを強いられている。ジ・アースに限らず、アトランティスでも都市の一部にはそのような者たちが住み着き、都市労働の一翼を担うことになる。とはいえ、その生活は非常に苦しい。
農耕馬よりは、馬力のありそうな馬が馬車を牽いている。馬車は普通の荷物輸送用の馬車で、あまり早く走ると振動が酷くなって厳重にしばってある荷物でも落ちるかも知れない。その程度の馬車だ。ジ・アースから来た冒険者には相変わらず、もっと馬車の改良はできないものかと思わせるような代物だが、このようなところにアトランティスの基礎技術力が現される。日常的に使う物に技術力の向上が見られない場合には、ゴーレムのような機器が発達しても国全体の技術力向上にはつながらない。
「アトランティスは物流が少ないから馬車の改良も遅いのだろう」
首都に限らず、大きな都市の周辺では、都市が消費する分の食料などが都市に運び込まれるが、あくまでも周辺に限られる。領地があちこちに点在する領主は、あちこちの領地から収穫を運ぶよりも、家臣を引き連れてあちこちの領地を回って食いつなぐような国の状態である。当分、馬車の発展は行われないだろう。
今回自分の戦闘馬をもって参加しているのはアハメスとイェーガー・ラタイン(ea6382)の二人のみ。レング・カルザス(ea8742)はライディングホースを持ち込んでいるが、まだ幼く本来の力は発揮できないだろう。ルティンの指示しだいだろうが、アハメスとイェーガーは斥候に出される可能性もある。
●交流
首都ウィルの西の城門から出て6時間。ようやく最初の休憩に入る。
「この調子なら今夜は安全な場所で野宿できるか」
古参の商隊の人足が空を見上げながら言う。このところ雨も降っておらず、道も緩まっていないため、車輪も問題なく進めることができる。そうでなければ、馬車に満載した荷の重さで車輪が埋まって今頃かなり大変な事態になっていただろう。
「天気が持つのは明日までらしい。できるだけ距離を稼いでおきたいところだ」
ルティンは北西の方角を眺めた。シーハリオンの方角からの雲の動きで天気がわかるのだろうか。
「明日の夕暮れまでにはいつも立ち寄っている村につきたい。雨の中荷運びをしたくなければ、今夜はできるだけ進んでもらうぞ」
冒険者6人は別格として、この商隊は3つのグループに別れる。商隊のオーナーのルティンとその古参の人足、幾度か雇われたことのある人足、そして今回人手が足らずに慌てて雇われた者たちで非常に見すぼらしいなりをしている。
一回の商隊でかなりの利益をあげる品を運んでいるらしく、ルティンの羽振りは良い。別の目的があるとはいえ、冒険者を6人も護衛につけているというのはその羽振りのよさをアピールするには丁度良い。蛮族討伐や山賊討伐のような戦闘が行われたこともウィルではすでに知れており、冒険者を護衛に付けられるのは極限られた特権階級しかないという噂も流れている(実際にはそのような事は無いが、冒険者の報酬を捻出するのは一般人には無理な金額になっている)。
「あいつらこちらの目を気にしている」
エリーシャ・メロウ(eb4333)は見すぼらしい集団を眺めた。
「気があるんじゃないのか」
レングがサングラス越しに、集団を眺める。サングラスをかけているとこちらの目の動きが見えない。
「そんな意味じゃない」
「鎧騎士はアトランティスでは生粋の騎士階級だろう?」
ジ・アースや地球からの天界人も騎士階級として扱われているが、それは天界人の冒険者ギルドを作ったお偉方の都合である。
「ウィル騎士団付属騎士養成学院を出ているのだろう。騎士学校とか呼ばれている奴」
レズナー王時代に作られた施設で、ウィルの騎士の水準を高めるべく創設された。もちろん、騎士道の概念も騎士学校での基準がかなり影響している。騎士学校出の騎士が増えれば増えるほど、騎士道の考え方もそれが主流になってくる。メロウ家は代々トルク分国王家に仕える家柄で、エリーシャ自身は、ジーザム分国王に心酔している。
「そうかも知れない。今回の依頼は、ケルス家の仕事のようだ」
「ケルス家? どういう家だ」
「ケルス家は分国王ほどの力はないが、けっこう大きな力を持つ家だ。特に各国との外交関係筋に接点がある。セレ分国の北にリグという国がある。ウィルはリグと不可侵条約を結んでいる。その仲介を行ったのがケルス家だ。もっとも不可侵条約自体は前の当主の代の出来事らしいが、コネクションは残っている」
「とすると、今回の手紙は外交がらみか」
ウィエ分国には山脈の西に抜ける山道がある。その先にはチの国がある。
「今回はチとの外交か? ところで、手紙は大丈夫か」
「ああ、ちゃんと、入っている。封印されているから中身は分からないけど。盗み読みする趣味はないけど」
「本物かどうかってことだろ?」
アハメスがいつのまにか横にきていた。
「やっぱりそう思うよな」
その日は完全に日が暮れるまで進み、暗くなってなら野営の準備に入った。
「今回はたき火ができるでござる」
音羽朧(ea5858)は山賊討伐戦に参加していたことがある。あの時は今以上に寒かったが、山賊に存在を知られないために暖を取ることも制限された。それに比べれば。
「夜の護衛はまかせる。夜はゆっくり休ませてもらう」
ルティンは、そう言うと自分の簡易テントに入った。間もなくイビキが聞こえてくる。
「豪胆なのか、油断しているのか」
冒険者と商人の違いを感じた。他の人足たちも次々に昼間の疲れで睡眠に入る。
「呑気というか、けっこういい物運んでいるはずだろうに」
ルティンにしてみれば、護衛がいるということで安心している。天界から来た冒険者の存在が安心感をもたらすようになりつつあるということだろう。
「今回は馬車で眠れなかったから」
スニアは馬車で昼間のうちに睡眠をとることを前提に考えていたが、今回のはあくまでも荷物用。人が乗って寝る余裕はスペース的にも重量的にもない。
6人が2人ずつ3交代で見張ることになったが、特に異常は起こらなかった。翌朝の出発は早い。ルティンが予想していたとおり、雲行きがおかしくなりつつあった。
「今夜はいつも宿泊に使っている村まで行く」
古参の一人ロワンが、先に向かって村につなぎを取りにいく。夜になって村の入れてもらえないことのないように。
「疑えばきりないけど」
イェーガーは、ルティンに言ってみた。
「あいつが山賊の手引きでもするってか。それじゃ一緒に行ってくれるか」
と、同行するように言われた。イェーガーはブリッツに跨がって先行したロワンを追いかける。
商隊は地面に気をつけながら着実に進んでいく。
●村の夜
道を知っているロワンが前を行く。左右から森が迫っていて襲撃の危険を感じる。しかし、森からは野鳥のさえずりが聞こえてくる。それを聞いてイェーガーも安心して馬を進める。野鳥のさえずりが聞こえてくるということは、野鳥が警戒していないということだ。
森が開けると村が見えてきた。森を開墾して畑にしている。すでに犂入れが始まっている。耕し終わった畑がすでに半分以上ある。とはいえすべての耕地を毎年種植えするわけではないから、ほとんど終わったと見るべきだろう。耕されていない畑にはクローバーが一面にあった。
村に入ると、騎乗した一団がすでにきていた。
「もうルティンは到着するのか?」
声をかけてきたのは、そのうちの一人。
「夜には到着します」
「宿泊所は用意してある。明日は多分雨で動けないだろうから、ゆっくり休めるぞ」
「できれば降らないでほしいですね。足止めされるとその分人足の手当てが増えますから」
夜遅くなって商隊が村に到着した。3日の行程を2日に短縮したため全員かなり疲れているようだ。
「今夜は屋内で眠れるぞ」
荷物を積んだ馬車を倉庫にしまい込む。
「ではご領主様、荷物の保護をよろしくお願いします」
「領主として約束しよう」
ルティンはたまたま、滞在していた領主に荷の保護を依頼する。そのあとは旧友らしく。冗談を言いながら館に入った。
「今夜は安心して眠れそうだ」
偽手紙も準備したが、今のところなんら異常はない。冒険者にも館に部屋を用意される。外は雨が降り始めていた。
「雨は足音も消す、注意は怠らない方がいいでござる」
雨のために外の音は、余りよく聞こえない。
「ここの館の大きさを考えると、ここの領主はこの館にたまたま来たようだ。偶然にも商隊の来る時に」
レングは、夜には目隠し代わりになるサングラスを外して言った。
「罠とか? いやあのルティンにも別の目的があるんだろう」
イェーガーは、ルティンを今まで観察していてただの商人ではないと感じていた。
「あの領主誰だか分からないか?」
この質問はエリーシャに向けられたもの、ある程度人脈があるはず。そして部屋を見回す。壁にあった紋章に目が止まる。
「セクテ家?」
その夜は領主とルティンは、遅くまで話していたらしい。翌朝は予想どおり大雨のままだった。
「これで今年も豊作が望める」
領主が館に村人たちを集めて、いろいろ意見を聞いていた。陳情を受けていると言っても良い。
「けっこう人気あるわね」
スニアが感心したようにつぶやく。
「あのお方は特別だ。俺たち下々にも分け隔てなく接してくださる」
そう言ったのは、この仕事に急に雇われた人足の一人。以前首都でも会った事があるという。
「こんな領主様なら俺たちだって村を捨てずにいられたのに」
フオロ家によって謀叛とされて、領主を殺されて、フオロ家の代官たちによって食うや食わずの状態に置かれたものたちばかり。そのため、村をすてて首都に入った。首都ならば仕事もあるだろう。しかし首都に行っても定職はなく、臨時的な仕事しかない。
「仕事が終わった後の話だが、もしこの村に定住したい者は申し出ろ。今じゃないぞ」
雨の上がった翌朝、ルティンが新顔の人足の前で言った。
「仕事が無事に終わったらだ。ここから先は山賊が出るという噂もあるから命懸けだ」
雨でぬかるんだ道で馬をせき立てて進んでいく。冒険者たちは襲撃に備えて周囲の警戒を怠らない。本来なら先に出て偵察した方がいいのだろうが、ウィエまでの道は冒険者だけでは分からない。道を知っている商隊の者は悪路に悪戦苦闘していて、一緒にいける状態ではない。
「士気が上がってなかったら、この道進めないだろう」
アハメスはぬかるみに馬の足を取られないように注意していた。
道の向こうから幾人かの集団が近づいてきた。あちらも大きな荷馬車を伴っていた。
「そっちは下りだから避けてくれ!」
ルティンが叫ぶ。しかし、反応はない。
「きたか」
アハメスが馬から飛び下りて、スニアととにも前に出る。レングが手近にいたエリーシャのサンショートソードにバーニングソードをかける。
イェーガーは荷車の近くに下がり、朧は音を消して側面から回り込もうとしていた。
「あいつら荷車を放すぞ」
ルティンが無理を承知で駆け上がる。その勾配なら速度は簡単には出ない。速度が出ないうちに止めるなり方向を変えるなりしなければ、こちらの荷物が巻き込まれる。ルティンを追う様に人足たちも走り出す。
「荷を狙う荷しては変だ」
ルティンが荷車をつかむ。そのルティンを切ろうとした賊をアハメスが阻止する。スニアがラージハンマーでルティンを押しつぶそうとしている荷車の車輪を殴りつける。そこに他の人足たちが追いついて荷車を止める。その騒ぎで後方に取り残されるようになった。イェーガーとエリーシャに背後から賊が忍び寄ってきていた。
振り返って賊に気づいたレングがファイヤーバードを使って攻撃をしかける。振り返ったエリーシャが炎をまとったサンショートソードで反撃にうつる。イェーガーは防御に専念している。前の敵を片づけたアハメスとスニアが応援に来てどうにか捕獲することができた。
●受け渡し
「さてどうにかウィエの村までたどり着いた。お前さんたち護衛はこの村までだったな」
「エストゥーラというバードと会うことになっている」
エストゥーラという名前を出せば、ルティンなら顔を知っているかも知れない。
「ああ、エストゥーラがここに来ているのか。俺も会っておくことにする」
ルティンは酒場に行って中を見渡した。
「トゥーラ、お前さんに客人だ。冒険者、何を運んでいるかしらないが、やばい品ならこっちにも話を付けてくれ」
頼まれた手紙をエストゥーラに渡す。
「雨で一日遅れか。無事に着いて良かった」
エストゥーラはそう言うと、手紙を持って席をたった。
「これで役目は終わった。ウィルに帰ろう」