●リプレイ本文
●竜のねぐら
アリアン・アセト(ea4919)は、多くの情報が集まる「竜のねぐら」を訪れ、世の中の反応をうかがうことにした。そこで。
「招賢のこと聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。数年に渡って北部を荒し回っていた山賊を捕縛したら、その助命と更生を教会とかが請け負うとか言ったことだろう」
「山賊つったら、全員縛り首だろうが? それが助命されたら、山賊になる奴一杯でるんじゃないか」
「だろうな。まじめに暮らして不幸にも山賊に襲われた者たちよりも、襲った山賊を助けるってのは教会ってのは山賊の味方ってことか?」
アリアンの耳には、教会に対する不信や批判の声が聞こえてきた。
「冒険者の方がここに見えるのは珍しいな。単独行動は制限されていると聞いたが」
アリアンに話しかけてきた男がいた。
「相席してもかまわないか。この時間は混んでいてね。ジュネ、こちらの方にワインを」
「はいはい」
竜のねぐらの看板娘ジュネ・ルイセが、男の注文した料理とアリアンにワインを運んできた。
「一杯だけだが、遠慮なくやってくれ。以前ジュネを助けてもらった礼だ」
かなりの上物。礼とはジュネという看板娘を悪者に捕まったのを救い出した時のことだ。
「教会は、山賊たちの身代金を請求されたそうだな」
男は料理を口にしながら何気ない口調で、しかし、眼光はアリアンを捉えていた。
「どなたでしょう?」
こちらの正体を見抜き、かつ話しかけてくるルーというこの男。一体誰か。マリーネ姫にははぐらかされてしまったが。
「知恵者の私生児。と言えば」
「まさか。ルーベン・セクテ」
アリアンは翡翠の間でアレクシアス・フェザントがある人物を国王に推挙した人物に対して、国王の口からでた言葉を思い出していた。
「ここではルーで通っている。私のような出自だと貴族の間では、不利だ。ここなら関係ない。私が他の貴族と異なるのは、民の声をダイレクトに聞いているという点だ」
招賢のことはすでに噂になっていた。その反応は、アリアンがすでに耳にしたとおり。
「あの山賊たちはこの数年来、北部を荒し回って多大な被害を与えてきた。討伐の時に国王陛下は全員殺すよう命じられた。討伐を請け負った冒険者には、投降を呼びかけた者がいたという噂を聞いたが、天界からきた冒険者は犯罪者にまで慈悲をかけるのかと感心していた。その結果、重傷を負った者も多かったとか。そのためか討伐が終わってみれば、予想以上に捕縛者が多い。厄介なことにならねばいいがと思っていた」
ルーベン・セクテは、すでにザモエ・モンより山賊の処遇についての相談を受けていた。セクテの領地は分国王ほどでないにしろ、それに近い財力を持ち豊かになっている。しかしそれは、領民との信頼関係や人口増加といった基本的な積み重ねによってであり、一朝一夕になったものではない。村を飛び出して首都に出てきたが、思うに任せず不遇になっている者のうち有望そうな者を見繕って、自領で再び働く機会を与えていた。そのためにはある程度の豊かさがなければ受け入れることができない。加害者を救うために使う金ではないし、救えるのならばもっと別なところを救うだろう。
「投命状という言葉を知っているだろうか?」
「いいえ」
アリアンの聞いたことの無い言葉がルーの口から出た。
「山賊たちに限らず、組織だって襲撃を行なう者たちは、内部に裏切りが起こるのを恐れる。そのため、引き返せないよう条件を付ける。仲間になりたければ、人を一人殺してこい。と」
「そんな」
「討伐状況は聞いている。山賊たちが戦意を喪失するまでかなりの激戦だったと」
ゴーレムの存在が、山賊達の戦意を大きく喪失させたことは間違えない。もし、ゴーレムが投入されていなかったら? 東攻撃隊に参加したアリアンはその時がどのような状況だったか熟知していた。南からのゴーレムの侵攻がなければ、もっと被害を受けていただろう。殺人を犯していれば、捕まっても絞首刑が待っている。抵抗できるだけ抵抗する。
「たとえ国王陛下の提示した金を集めたとしても、北部の領主たちや被害にあった領民たちを納得させるのは容易ではないぞ」
まずは被害者のことを考えてからだ。
●助命のもたらすもの
エリザ・ブランケンハイム(eb4428)は、ザモエ・モンの元を訪れていた。白クレリックのラヴィ・アン・ローゼス(ea5780)をお供として。討伐戦に参加し赤備準団員の称号を得たエリザにとっては、赤備団長たるザモエ・モンの元を訪れるのに何ら障害はない。
「投降者を殺しちゃったら、誰ももう投降なんてしないじゃない! 戦で最後の一人まで殲滅なんて…コッチの犠牲も時間も資金も大変よ! 相手構わず虐殺も精神衛生上最悪! 良い事無しよ! 大体…討伐戦で投降を呼びかけた私の格好が付かないじゃない!」
相変わらずの声だ。会うのは簡単だったが、目的は簡単ではない。それに相手かまわずではない。ラヴィにしてみれば、国家の重鎮たる人物に簡単に会えたことで拍子抜けしたが、そのあとの難解さは変わらなかった。
「自分の格好のために助命したいのか?」
山賊はもともと殲滅すべき存在だった。実際にエリザも投降したようにみせかけた山賊によって、危うく窒息させられる寸前だった。
騎士の戦いでない以上、投降を認めること自体が問題なのである。そのため犠牲を出しても殲滅して、山賊行為が行なわれないように犯罪を抑制するしかない。山賊を助命することによってより多くの山賊が発生し、より多くの被害者が出ることになってはならないのだ。
「今山賊たちは、北部領主たちが分割してそれぞれの土牢に入れている。出入り口が狭いから逃げ出すのは容易ではないし、何者かが助け出そうとしても無理だろう」
山賊たちには黒幕がいた。討伐の最中に黒幕の使いを捕らえた。専門の拷問吏による厳しい拷問が行なわれたが、黒幕まではたどり着けなかった。
「拷問が生ぬるかった?」
「どんな拷問が行なわれたか聞きたいか」
ザモエの口より聞いた拷問の内容に、エリザは吐き気を抑えることができなかった。ラヴィも、拷問はセーラ神の意向には沿わないと思った。
「セクテ殿にお会いしたいのですが」
ザモエ・モンは、協力してくれる見込みはない。老人ゆえの頑固さよりも、彼なりのやり方でウィルの民を守るという意思がはっきりしている。ならば、ルーベン・セクテを頼る方が良い。
「ルーベン・セクテならば、この時間ならば竜のねぐらに行けば会えるだろう」
竜のねぐらといえば大衆酒場だったはず。そこにトルク分国王の異母弟がなぜいるのだろうか? とにかく行ってみるしかない。
その後、龍宮殿真那(ea8106)もザモエのところに来た。ザモエにエーガン陛下への陳情の取り次ぎをお願いしにあがったのだが、エリザのお供として来たのならともかく、準団員でない真那では、ザモエに取り次いでももらえずに、門前払いされてしまった。そこで教会に向かいエーロン王子が教会に現れるのを待つことにした。
●集まるのは竜のねぐら
昼時をやや過ぎて客の入りが減り始めていたところに、エリザとラヴィが到着した。
「おいおい、神の使いとかいう山賊の味方がやってきたぜ」
店に入るなり、ラヴィに向かって罵声が飛んだ。
「セーラ神の教えは、全ての者へ救済の手を差し伸べる事。利害や負の感情に囚われる事無く敵をも愛すこの教えを遵守するからこそ、クレリックは皆様を癒す奇跡の御業を使えるという事実。アトランティスの方々が神の愛を欲するならば、我々も皆様の理解を欲します」
ラヴィはそう言ったものの、好反応は全くない。食べ物や皿を投げつける者はいなかった(そんなことをしたら店の敷居が跨げなくなる)が、ラヴィの説教を真に受ける者はいない。
「だったら、まず山賊に殺された人たちを蘇らせたらいいじゃないか」
北部を荒し回った山賊、殺した人間だけでも千人以上はいるだろう。まずは被害者を救ってから出直してこいという。
「こっちにこい」
声のした方を見ると、アリアンが誰かと相席していた。
「こんなところに、ルーベン・セクテがいるって聞いてきたけど」
エリザにはこのような下流階級の集まる様な店に、トルク分国王の身内がいるとは思えなかった。
「こんなところで、悪かったわね」
エリザの口調に、『こんな所で』働いている看板娘が憤慨し、水の入った杯をテーブルに叩きつけるように置いた。
「ここはいい店だぜ。誰でも入れるし、妙に詮索されることもない。ところで、ルーベン・セクテに何のようだ?」
「直接会ったら話すわよ。偉そうに、あんた一体誰よ?」
「エリザさん。こちらが、ルーベン・セクテその人です」
アリアンが小声で言った。
「え?」
「相手を見かけで判断するなよ」
どうみても、町のちょっと年のいった兄ちゃん風の風体。
「金の無心か」
「う!」
最初からみすかされている。
「教会への融資をお願いしたいのです」
「おやおや、昨今の鎧騎士は教会の使いッ走りに成り下がったのか?」
「なんですって!」
「で、教会に融資する目的と条件はなんだ? まさか、山賊の助命資金や教会の癒しの力を提供しますじゃないだろうな」
「う!」
これも半ば図星。
「山賊を助命する目的はなんだ?」
「それはセーラ神の」
ラヴィが遮るように言った。
「神などどうでもいい。500人近い山賊。弓矢の訓練がされている。それを使ってなにをしでかすつもりだ? 反乱か、それともより大きな戦争でも起こそうというのか」
「まさか、そんなつもりは」
「ない。と言いたいのだろうが、誰が額面どおりに受け取るかな? 45000Gと言ったら見たことも無いな大金だ。それだけの投資を求めるなら、それに見合った収益がないとな」
「そんなことは?」
「例え資金があっても、エーガン王にそう思われたらこっちは身の破滅だ。それとも、冒険者全員が我と我が民のために、ウィル全ての領主を相手に戦って勝ってくれるのだろうか? 山賊を助命するというのは、ウィルの全領主を敵に回す危険がある。鎧騎士エリザ、騎士学校で何を習ってきた!」
「しかし」
「まずは北部の領主や領民と話してこい。加害者を救うことより、まずは被害者を救済する方が先じゃないのか? その上で説得できたなら、もう一度来て見ろ」
「分かったわよ」
「まさか、エーロン王子やエーガン王に金の無心に行った者はいないだろうな? もし行ったとしたら命も危ないかも知れないぞ。ああそうか、死んでもセーラ神に蘇らせてもらえるのだったな」
●サイケンってなんだ?
フレッド・イースタン(eb4181)はアトランティス人のエルフ、鎧騎士にしては奇妙な言葉を知っていた。債券、有価証券、定期預金どこぞの天界人から聞きかじったことだろうが、アトランティスにはそのような概念すら存在しないことを知らなかったようだ。ジーザス教の教会首脳部も、その言葉には首を傾げた。唯一意味が分かったのは天界人のルネ・ヴィレムセン(eb4806)ぐらいだろう。本当に分かっていたかどうか。
「そのサイケンというのは、どのようにして作るのだ?」
ウィルには紙はない。作れるとしたら素材は羊皮紙だろうか。
「木でも石でも、販売した相手を教会で控えておけば」
「しかし、サイケンは勝手に売買されるのだろう。控えの相手でない相手にわたった場合にはどうする?」
「通し番号を書いておけば」
「同じ番号を持ってきた時には最初の一人が本物を持ってきたとか限らないんじゃないか。偽物で同じ番号のサイケンを持ってきた者が後から現れたら?」
流通性を高くするためには、サイケンそのものが偽造できないくらい等価の素材で作る必要があり、それでは資金を集めることはできない。
「地球とかいう天界では、ギンコウとかいうところの発行した紙切れを金貨の代わりに流通させているらしいが、アトランティスにはそのような制度はない。下手にそのようなことをすれば、民衆をまどわしたとして大変なことになるぞ」
ところが、教会首脳部が説得できるものとして、債券発行のことを噂でながすと同時に分国王とかにも打診する準備をしてしまっていた。
「エーガン王に後ろ楯になってもらえばいいでしょう。教会を味方にする利を説けば」
しかし、ここで冒険者たちは現在の教会の置かれている立場を理解していなかったことを後に痛感する。教会建築や運営は、教会の領地運営や治療で賄われているわけではない。そもそもウィルには教会の領地はない。国王や分国王、あるいはその下にいる領主達から資金をもらって運営されていた。その見返りとして冒険者達が、教会を味方にする利である治療などがすでに提供されている(されることが約束されている)のであった。つまり、あたらめて教会から提供すべき利はないのだった。
●それはゆすりではないか!
「これはこれは新進気鋭の男爵様」
シド・レイズ(eb4312)はルーケイ伯与力の男爵の称号を出すつもりは全くなかったが、相手側はすでに招賢のことを知っていた。久しく行なわれなかった招賢。それが行なわれて、その顔ぶりはウィルでは有名になっていた。それはルーケイの地で行なわれることに注目していることだろう。ルーケイの地に跋扈する山賊に対してどのように振る舞うのか。北部を荒し回った山賊の助命を願い出ている。まさかルーケイでも同じことをするのか。
「本日はどのような御用でしょうか?」
シドの目的は教会から一定或いは永続した教会が関与する建築の委託を条件に数千Gからの寄付を求めること。交換条件に今後一年工房の人間は無料で教会の治療を受けられるようにするというもの。
「興味ありませんね」
「え?」
「ご存じなかったのでしょうか?」
「何をですか?」
「内部の装飾品などは我々とは別。材料費はともかく。建物そのものは部分分けしてほぼ無償でやらされています。国王陛下の賦役です。さすがに内部の装飾は美術品ということで、高値で取引されているようですが、その分の半分は、こちらに回して欲しいものです。羽根の生えた人の像にどのような御利益があるのでしょう? ところでもし委託を受けた場合、どの程度の報酬が約束されるのでしょうか? 数千Gを寄付せよということはその賄賂でしょう。単純に儲けだけでもその額以上が必要。ところで、金を無心する教会にそのような財力があるのか誰が保証してくれるのでしょう。こちらも職人から見習いまで多くを食わせていかなければいけないのですよ。こう言ってはなんですが、あなた個人の財力ではとてもとても」
「では別の工房に頼むことにするが」
「どうぞ、ご自由に」
どこに行っても、交渉結果は同じだった。結局ルーケイ伯与力の男爵シドが、教会建築の賄賂として金をゆすりに歩いているという情報が、ウィル中に流れて、責任者に会うこともできなくなった。
教会に寄付を行なっていない領主たちにしても、同じだった。オーラリカバリーを習得している者や神聖魔法は便利だが、もともと存在しなかった神聖魔法がなくてもかまわないと断る者ばかりだった。神聖魔法の便利さよりも、まずはジーザス教への信仰心を浸透させていなければ寄付を募るのも容易ではない。教会が真に行なうべきは神聖魔法の普及よりも信仰心を広めること。神聖魔法が便利だからジーザス教への信仰が生まれるわけではない。ジ・アースにおけるジーザス教は冒険者の提案を千年に渡って広め深めてきた信仰心によってなし得るだけの基盤を持っていた。何人もの殉教者の血によって。しかし、アトランティスでは基盤そのものがない。そんなものがあれば、教会首脳部が悩むこともなかったのである。
●被害者
アリアン、ラヴィ、エリザの3人は連れ立って山賊たちが荒し回ったフォロ分国北部にいた。もう種まきを行なう季節なのに、まだ畑を耕すことも終わっていない。
「さぼっているってわけじゃなさそうね」
わがままなお嬢様エリザもアトランティス人である。この状況がどんなことかは分かる。村の耕地を耕すことのできる労働力や家畜が大幅に減ってしまっているということだろう。これは酷い。現王による暴政の噂、それに加えて山賊の襲撃がこのようなありさまにしてしまったのだろう。
「まずはこのあたりの領主達に会ってみよう。被害の規模を知っておかなければ」
ラヴィはこの段階でも今回集めた金だけで賠償を納得させることができると思っていた。被害者が納得すれば、賠償金額は減らせる。最終的には山賊の裁判を行なうのは、この地の領主たち。王と言えども、彼らが同意なくしての介入は難しい。一人当たり金貨100枚の賠償金なら、領主達を納得させられるべき額としていたのである。
「ご領主様たちは」
農作業をしていた農民に領主の居場所を訪ねると、最も勢力の大きい領主の館で共同して領民たちの訴えを聞いているという。
「直訴ってことね?」
「そうじゃない。領主様はもともと1月に1回は領民を訴えを聞くことになっているんだ。そんなことも知らないなんて、あんたら何者だ?」
たちまち農民から不審がられた。3人は領主たちに会うために、領主が集まっているという館に向かった。エリザとアリアンは山賊討伐に加わっている。その時のことを持ち出せば、領主たちに会うのは別に問題はない。領民たちの訴えを領主たちが聞き終えるまで待たされ、彼らも脇で見ていた。
「畑を耕す家畜が足りません」
「軍馬を貸し出す。大切に扱え」
「隣村から嫁をもらうことになったが、ご領主様が違うので」
当事者の領主間で交渉が行なわれる。
「お前の嫁はあちらの領主から買い取った。初夜権の買い取りの値段は後日、話し合うこととする」
日常的な些細なことも、もっと重要なこともあるが、村人は問題点を訴え、領主は解決していく。
「こんなことが行なわれているのね」
エリザは感心していた。
「ご領主様、山賊達は縛り首に出来ないんですか?」
10歳ぐらい子供が、発言した。
「国王陛下から処刑の延期を命じられている。山賊について賠償金を支払って身柄を買い受けるという話がある。お前は両親を殺されていたな。賠償金が出たら、両親が残してくれるはずだった財産にすればいい」
「金なんかいらない。ご領主様の館で面倒を見てもらっているから、金なんかいらない。そんなことよりも両親の仇を。討伐の時に殺されていると思ったのに」
その子は両親の死を山賊を憎むことで乗り越えてきた。このままではその先には進めない。
「安心しろ。賠償金が支払われなければ、縛り首にする」
その一言で納得したようだった。しかし、その子に限らず山賊を縛り首にかけられないといういらだちが、領民の間に広がっていた。
「遅くなって申し訳ない。討伐の折りには助勢いただきかたじけない」
「山賊たちはどうしていますか?」
山賊たちは土牢の中に閉じ込めていた。陽も届かぬ土牢は体力と精神力を奪い取っていく。出入り口は狭く、頑丈だ。
「処刑までは生かしておかなければいけないから、食い物も水も与えている」
3人を案内したのは、ここの領主。その脇にはさっきの子供がいた。
「皮肉なことだが、ここに閉じ込めることによって山賊が脱出できない反面、村人が山賊をリンチすることもない。王命だからな」
王命によって領主裁判権が侵害されている。これはフォロ分国のあちこちの領主たちの間で問題になっていくことだろう。王といえど、個々の領主の領地の裁判権を保証していた。それが破られた。アリアンは、予想外の状況に青ざめていく。フォロ王家とフォロ分国内の領主たちとの間が険悪になっていく。
「王からの助命があると聞いて、まだ抵抗心を残している。王命に逆らってまで殺す勇気がないと思っている」
●勇気の代償
アルフレッド・アルビオン(ea8583)、アリア・アル・アールヴ(eb4304)、ルネの3人はエーロン王子の元を訪れていた。
アルフレッドとアリアは狂王子のしもべであるからだ。
「金策はできたか?」
面会の目的は、今のところそれぐらいしかないことを王子は知っている。噂は入ってきている。
「その事で王子に有用な提案があってまいりました」
「村人であれば憎い山賊はただ助命ではない、更正の為に賦役の毎日、罪の重い者は死より辛い監獄送りもありえよう。村1つに金貨100あれば冬が楽に越せ、200あれば滞った税も払え農具も揃います」
アリアが発言した。さらに、アルフレッドも続ける。
「冒険者のあげるいくつかの案の現実的な物だけでも後押しをし、教会に恩を売ることをお勧めします。どうせなら、殿下のお力になれたら幸いです」
「(ジ・アースとかいう天界の世界観とアトランティスの世界観、教会との力関係を理解しておらんな)もう一人は何を言いたい?」
エーロンはしもべ二人の発言を聞いて、かなり不機嫌そうになっていた。ルネは山賊助命に反対していそうなエーロン王子の同意は、他の領主達を動かす事に繋がると思っていた。礼服を着用し、子供なりに礼儀正しく。
「借り入れの対価は、教会所属のクレリックによる神聖魔法の優先的な支援です。教会では債券を発行しようとしています。山賊の助命よりも、賠償金を寄付する事による教会の生き残りの為の援助をお願いします。万一の時であっても、教会の魔法で支援を受け窮地を脱する事が出来ることになります」
「そのサイケンというのはなんだ?」
アトランティスでは精霊の働きで言語が違っても、意思疎通はできるが地球には存在しても、アトランティスに概念の無いものは伝えることできない。貨幣経済さえあまり発展していない。兌換紙幣すらないアトランティスで債券を理解させるのは無理というもの。さらに発行元の教会に、債券を保証しうる財政基盤がない状態ではなおさら。
「どうやら誤解しているようだが、山賊助命に反対なのは私だけだと思っていないか?」
エーロンは、3人を見据えた。
「山賊助命を招賢で王を説得したようだが、教会に実行するだけの力がなければ助命はできない」
エーロンの言葉に反応したのは、ルネだった。
「そうですか。貴重なお時間を僕の為に割いて下さりありがとうございました。他の御方を当たろうと思います」
丁寧にお辞儀をし、去ろうとする。
「誰のもとへ行くつもりだ」
ルネが、予想した声。
「もう一人の王子様とルーベン様にお願いしに参ろうかと。この話に興味を持たれているご様子でしたので」
これならエーロン王子は何らかの反応を示すはず。しかし王子のしもべの二人は、王子がそのような性格ではないとうっすらと分かっていた。もっと悪いことが起こるような。
「カーロンやルーベンのところに行く前に、先に行かせたいところがある」
「(しめた)喜んで行かせていただきます」
ルネは二つ返事で従った。
そして1時間後、3人は王都ウィルの市場にいた。
「これどういう言うこと?」
ルネは泣きそうになりながら、周囲を見た。3人は市場の一角にさらされていた。山賊助命のために奔走している冒険者という題目が書かれている。アリアはセトタ語で書かれている表札を見た。そうでなくとも彼らの横で、市場に来る人たちに彼らのことを説明する声があげられる。文字が読めない人のために、告示があるとそれを声で知らせるようになっている。3人はさらし者になっていた。
「山賊の助命なんて。何を考えているんだ」
「山賊を助ける前に、被害者を救ったらどうだ」
「教会は山賊の黒幕なんじゃないのか」
北部を荒らした山賊の話は、王都ウィルでもかなり広まっていた。数年にわたる悪行がやっと終止符を打って安全になったと思ったら、今度は縛り首にするはずの山賊を助命しろという。王は賢者の声ゆえに賠償金を条件に認めたが、民衆の声は助命に否定的。招賢は民衆の声が届かないところで王に山賊助命を勧めたことになる。3人に対する民衆の怒りは直接山賊に向けられない分、苛烈であった。もちろんアルフレッドは使える限りのリカバーを唱えて自分と仲間を回復させたが、エーロン王子が3人を引き取りにきた時には、瀕死状態だった。しかも、アイテムもかなり無くなっていた。意識を無くした時に、奪われたのだろう。
アルフレッドはバックパックを無くした程度だったが、ルネは持ち物を全部奪いさられていた。教会関係のものはアトランティスの追剥も価値が分からなかったのだろう。
「これで多少は民意というものが分かったか? 山賊の助命によってフォロ家は民意を介さぬ王家という風評が出ている。天界から来た賢者たちは私よりも民意を無視されるようだ」
助命のために金を出させることはできなかった。
●玉座は‥‥
「エーロンよ。招賢で過ちが起こったようだ」
エーロンが教会で真那より預かった書状を手に、王宮に上がった。
「例の山賊の助命と更生という件でしょう。所詮常識しらずの天界人にやったこと。ということで片づけるのが良いかと。ここにも1枚天界人から預かった書があります。読んでみれば、彼らの常識の程度が分かるというもの」
エーガン王に真那の書き綴ったものを手渡した。
「さきほど、天界人が来ていた」
マリー・エルリック(ea1402)のことだ。直接拝謁できるコネがないため、教会の使いという体裁と取ってのことだが、セーラ神の教えを説いていった。
「つまり教会に国王陛下よりも上の法皇とか聖女を祭り上げたいということですか? いっそ、教会そのものを国王陛下に対する反逆者としてしまった方がいいかもしれませんね」
エーロンがいうと冗談には聞こえない。
「天界人だけならともかく、それに毒された鎧騎士までが出た」
エルシード・フーチュナー(eb4398)の記した書面をエーロンに渡す、さらにフレッドの提案も話した。
「これは面白い。ギムキョウイク(義務教育)とはどのようなものでしょうか。コッコ(国庫)というのは、フォロ家の財布という意味でしょうか?」
「わからん」
「しかし、直属の騎士を教会に寄越させ、しかも領主と庶民に新たな負担を強いる。いやはや、陛下はウィルのフォロ家を含めてすべての領主から恨みを買いますね」
国王の権力が絶対的に強いのならそれも可能だろうが、フォロ家と対等な分国王すら5人もいる状況で絶対的な権力などもてるわけが無い。エーガン王は、それを実現できるために天界人の賢者を招いたのだ。フォロ家が絶対的専制的に支配するウィル、それがエーガン王の理想だった。
「こちらも笑えます。お会いになりますか」
エーガン王は一読して、真那を呼び寄せた。
「被害者の税を軽減というのは、領主たちがもらうべき領民からの地代を減らせということか?」
今回の被害地域の領主は領民が害されたことで被害を受けているのに、さらに領主を王命で圧迫しろという意味かと。
「税を軽減すれば、被害者も立ち直ることができましょう」
領主が自分の領民からどの程度の地代を払わせるかは、基本的に領主の裁量。フォロ家の財政が苦しくなることはないが、北部一帯が連携して反乱を起こせと言っているようなものだ。
「フォロ家を窮地に立たせるつもりか。その前に」
領主たちに我慢させるより前に、まず自ら我慢しろということで、アイテム、所持金すべてを被害者救済にあてさせた。他に王に金策を頼んだ者たち、教会建設で賄賂をとろうとした者たちはかなりの負担を強要された。中には重傷になるまで鞭打ちを行なわれた者もいた。
●村でのできごと
アリアンが山賊達に面会している間、村をみてまわっていたラヴィとエリザは村人の説得にかかった。セーラ神の慈悲を説いて回ったのだ。しかし被害者よりも加害者、そして教会のありようのみを説いたため、領民たちが大挙して二人を取り囲んだ。命までは取られなかったが、発見された時にはボロボロの状態だった。
期日までに冒険者たちの金策はできなかった。400人の山賊が処刑場に引き立てられていく。冒険者の集めた金によって多少処刑される人数が減ったようだが、山賊たちの間では処刑される者たちからの不満が上がっている。また助命される者の中にも同じよう感情があった。子供だけが助命されその親が目の前で処刑される。助命された者も冒険者に恨みを感じていた。
処刑は公開で行なわれる。その場所と時間は大々的に知らされる。首都ウィルからも処刑見物の者たちが訪れるほど。処刑は数少ない娯楽でもある。アリアンはその光景を見守っていた。
そこに幾頭もの軍馬に跨がった者たちは走り込んできた。そして処刑の準備をしていた者たちに襲いかかる。何者かが山賊救出の実力行使に出たようだ。
「ご領主さまたち、下手に戦わない方が良い。見物人に死傷者が出れば厄介なことになる」
頭目とおぼしき者が見物人を人質にして、山賊を用意してきた馬車に詰め込むと連れ去った。処刑される者も助命された者も一人残らず。追いかけようにも、すぐに手勢は準備できない。