マリーネ姫と王国の試練〜敵は極悪バード
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月19日〜01月22日
リプレイ公開日:2007年01月30日
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●オープニング
●悪女
ここは冒険者街に近い下町の酒場『妖精の台所』。
「フオロ王家ももうおしまいだね」
辺り憚らず王家の行く末を悪し様に云々しているのは、店の中だというのに外套のフードを深めに被って顔を見づらくした、見るからに陰気な女。その側にいるだけで、その体から滲み出る陰気が伝染しそうだ。
女にはシフールの連れがいる。シフールは女の肩に腰掛け、無邪気にくすくす笑いながら女の言葉に相づちを打っている。
「王宮には伝染病が蔓延して、悪王は腐れ病に倒れて隔離されちまった。だけど、これで終わりじゃない。お次はマリーネ姫の番だよ。知ってるかい? マリーネ姫も腐れ病に体を蝕まれて、城の中から一歩も外に出られないのさ」
「本当かよ、その話?」
悪い話は殊更に好奇心をかき立てるもの。話に釣られた隣の客が女の顔を覗き込むと、なかなかの色白美人。その唇は夜の商売女のように真っ赤なルージュで染められている。周りの客達も女の話に耳をそばだてる。
「本当さ。私は王宮に出入りする侍女達の話を立ち聞きしたんだよ。ワガママな腐れ女のマリーネは、お腹の子もろとも生き腐れの病に冒されて、腐った死体のような醜い姿に変わり果ててしまったのさ。だから王宮の奥の部屋に閉じこめられて、死ぬまでそこから出られない。それは城に出入りする者なら誰でも知ってる王家の秘密さ」
「そう言えば‥‥」
客達は妙に納得した顔に。この所、マリーネ姫はずっと公の場に姿を現していない。もしや、女の言う事は本当では?
「だけど、文字通りの腐れ女になっちまったマリーネの代わりは見付かったのさ。それは王都の娼館で体を売っていた、マリーネによく似た娘。赤ん坊の方も捨て子を拾って来て、身代わりに据え付けるのさ。今度、マリーネが大勢の前に現れる時は、その顔をよく見てごらん。良く似てるけど、これまでのマリーネとはどこかが違う‥‥」
「いい加減におしよっ!」
ゴンッ! 見せの女将が投げつけた皿が女の頭を打つ。
「おまえはいつぞやも店に来ていた女だね! 出鱈目な話ばかりぐだぐだと! さっさと出て行きな! 二度とこの店に入らせはしないよ!」
女は女将を睨み付けていたが、やがてぞっとするような笑みを見せて席から立ち上がる。
「マリーネを恨む者がどれほどいるか、おまえは知っているのかい?」
その言葉を残し、店を出て行く女。連れのシフールもその後を追っていく。
●あやかし
冬は夜の訪れが早い。
「いけねぇ、すっかり遅くなっちまった」
王都で商いを営む商家の旦那は一日の仕事を終え、お供を連れて家路を急ぐ。暗い夜道をいつまでもうろうろしていても、ろくな事にはならない。夜が来たらさっさと帰って寝るに限る。
フオロ城の近くを通りかかった時、
「旦那、ありゃ誰でしょう?」
お供が言う。目の前に若い娘が立っていた。見るからに高価なドレスを纏い、赤ん坊を抱いている。
おああ、おああ、おああ‥‥。
さっきから聞こえてくるこの声は赤ん坊の泣き声か? しかし何という不気味な泣き声だろう。まるで死に行く者の呻き声のようだ。
「どなたで?」
言葉をかけたが娘は動かない。ただ、夜空にかかる月を見つめている。その顔は長い髪の毛に隠され、旦那の方からは見えない。
「私を‥‥知らないの? 王様に一番愛されていたこの私を」
旦那は娘の声は聞いた。まるで老婆のように掠れた声。
「もしや、高貴な御身分のお方で? お顔を拝見しても宜しいでしょうか?」
「こんな私の顔を見て‥‥どうするの?」
娘はふらふらと旦那の方に近づいて来た。顔は垂れ下がる髪の毛の下に隠れている。
「私はあんなに美しかったのに‥‥病気のせいでこんな醜い顔になってしまった。病気は王様にも伝染して、王様は離宮に隔離されてしまったの。病気の私は城の隠し部屋に閉じこめられて、それっきり。みんな私の事を忘れて、私が死んだ事も知らない。今、お城をうろついているマリーネは私じゃない。あれは私の事を隠すために連れて来られた、私にそっくりな偽物。娼館で体を売っていた卑しい娘」
「も、もしや貴方はマリーネ姫‥‥」
「抱いて‥‥私の赤ちゃん」
娘の腕が差し出した赤ん坊。その姿を一目見るなり、
「ひぃぃ‥‥!」
旦那とお供はその場に凍り付いた。月の光に照らされたその姿は、全身ぶよぶよに腐り果てた肉の塊。それがもぞもぞ動いて泣いている。
「抱いて‥‥私の赤ちゃんよ」
赤ん坊から娘の顔へと目をやった二人は、恐怖のあまり絶叫した。
「うわあああああああああ!!」
娘には顔が無かった。ただ、どろどろに腐った肉だけが顔にへばりつき、二人に向けられたその目は髑髏の眼窩のごとくぽっかり開いた黒い穴。
「た、助けてくれぇぇぇーっ!!」
叫んで逃げ出す二人。それを物陰から見つめ、嫌らしい笑いを顔に浮かべるバードがいる。
「いひひひ、これで11人目。こういう仕事は楽しいねぇ」
娘と赤ん坊の姿など何処にもいない。
●エーロンの決断
広まった噂は侍従長を通じてエーロンの耳にも届いた。
「また随分と、面白い噂が流れているな」
エーロンはせせら笑ったが、侍従長は真顔そのもの。
「たかが噂と軽んじてはなりませぬ。先王陛下に続きマリーネ姫までもが病を得たという噂は、今や王都の至る所で囁かれております。しかも、マリーネ姫とその赤子の幽霊を見たという者まで現れる有り様でございます」
「幽霊か。また随分と手が込んでいるな」
相変わらずのエーロンの態度に、侍従長は困惑気味。
「事態は深刻でございます。既に噂を耳にした大勢の貴族達からも、噂の真偽を問い質されているのです。このまま放置すれば王国の一大事に‥‥」
「分かっている。悪しき噂がこれだけ広まるのは、噂を広めて回る不逞の輩が存在するからに違いない。ならば、姫の出産を堂々と公開しようではないか。根拠なき噂はそれで全て吹き飛ぶ」
「は!?」
エーロンの言葉に侍従長は目を白黒。王族の出産には立会人が付き添うものだし、公開出産自体も珍しいものではない。しかし政情不安定な現在の国情下にあって、出産を公開することは危険を伴う。衆人環境の中での公開出産となれば、姫の命を狙う者達も姫に接近し易くなる。
「しかしつい先日も、死刑囚を叛徒に奪われる大事件が起きたばかりで‥‥」
「臆病風に吹かれてどうする? ますます敵の思う壺だ。フオロ王家の威信がぐらついている今、正々堂々と立ち向かう以外に威信を取り戻す方法があるか? それに公開は彼女と子供の立場を公に認めた証にもなる」
マリーネ姫の公開出産はここに確定した。
●捕縛命令
「悪い噂を元から断つには、噂を広める張本人を引っ捕らえるのが一番だ」
バードの操る月魔法の中には人に幻覚を見せる物もある。増える一方の幽霊目撃事件は、金で雇われたバードの仕業であろう。エーロンはそのように推察した。
「不届き者のバードは城の近くに潜み、通りかかった者達に幻覚を見せて誑(たぶら)かしている。城の周りをくまなく調べ、即刻引っ捕らえろ。冒険者であればバードの魔法に対抗する術も持っているだろう」
エーロンの命令は冒険者ギルドを通じ、冒険者達に伝えられた。
●リプレイ本文
●極悪バードを捕まえろ
華岡紅子(eb4412)は怒っていた。
「ひどい話。確かにお姫様は色々恨みを買ってるかもしれないけど、こういう手を使うのは気に入らないわね」
エリーシャ・メロウ(eb4333)も義憤を感じている。
「フオロ王家とマリーネ姫の行末に意見を述べる立場にはありませんが‥‥無関係の民に累を及ぼし混乱させるとなれば、騎士として見過ごす事は出来ません」
アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)は神聖騎士らしく、厳かに所信表明。
「母親になる、と言う事柄は女性において最大の試練‥‥産みの苦しみは正に父なる神の与え給う試練に他ならず。‥‥試練を乗り越えんとする者に手を差し伸べんとすは我ら黒派の、父に仕えし者の務めなれば。せめて、悪しき噂を鎮めて出産までを無事に過ごせるように出来ればいいのだが‥‥」
そんなこんなで冒険者達は幽霊目撃事件の真相究明に乗り出したが、騒ぎを引き起こしている張本人はどうやらバードらしい。
「まず、最初に姫の亡霊が現れた場所と時間を特定しよう」
キース・ファラン(eb4324)は率先して聞き込みを行い、姫の幽霊が目撃された場所と場所を割り出した。時間は夜空に浮かぶ月精霊の光が次第に高くなり、かつ人々が完全に寝静まるにはまだ早い頃合い。場所は王城の南側に集中している。
パースト魔法の使える仲間の協力が得られたので、キースは現場の過去を見てもらった。
「で、これが件のバードの似顔絵だ」
仲間の証言を元に作った似顔絵である。描かれているのは帽子を深く被って目元を隠し、口元にいやらしい笑いを浮かべた細面の男だ。
「人を喜ばせるのがバードの本分なのに魔法を悪用するような者は、見た目や雰囲気が煤けていたり、商売が成り立たなかったりしているはず」
マリウス・ドゥースウィント(ea1681)はそう推察する。
「そういうバードがいないか聞き込みしてみよう」
似顔絵の助けを借りて聞き込みを行った結果、一人のバードが容疑者として浮かび上がった。シンナー・ナルコという男で、数々の悪事を働いたお陰でまともな仕事にありつけなくなり、今では闇の稼業で生計を立てているらしい。
「まったく、悪趣味な悪戯やりやがって」
シン・ウィンドフェザー(ea1819)はつくづく呆れた。
「とっ捕まったら不敬罪は免れないだろうねぇ? ‥‥いや、悪戯で済んでる内ならだが」
悪戯で済まなくなれば反逆罪だ。
「で、バードがこういった悪事をした場合はどんな処罰を受けるのかしら?」
冒険者ギルド総監のカインに紅子が訊ねると、こんな答が得られた。
「これを悪戯と呼ぶには度が過ぎています。王国の体面を失墜させかねない悪質な犯行、しかも金目当てとなれば情状酌量の余地なし。軽くて長期に渡る苦役刑、重ければ死罪です。もっとも利用価値のある男であれば‥‥おっと、ここから先は言わぬが花ですね」
●調査はしっかりと
今は昼。幽霊の目撃現場を始め、王城周辺での調査は続く。
「因果応報というか、なんというか。マリーネ姫サンもこの機会に謝ったらどうなのよ。でも、生まれてくる赤ちゃんに悪さしようってのはよくねぇよなぁ」
そんな事を言いながら調査に付き合うヘクトル・フィルス(eb2259)だったが、ふと気掛かりに感じた事を口にした。
「バードは厄介な月魔法を使うからな。ムーンシャドゥを高速詠唱で使われたとしたら、囲みや罠に気づいた時点でさっさと逃げられるし、王都は建物だらけだから一度視界から消えてしまったら追う事は至難の業だろうな」
「そういう事もあろうかと、今ここで調査をやっているわけだ」
伊藤登志樹(eb4077)が答えた。彼はあちこち歩いては空を見上げたり、王城周辺の建物を一つ一つ観察したり。その手の中にあるのは王城周辺の地図。シャルロット・プラン(eb4219)が王宮警邏関係者から借り受けた地図の写しだが、その地図に登志樹は何やら色々と書き込んでいる。
「そりゃ何なんだ?」
「後でゆっくり説明する」
調査に同行するエリーシャは、王城周辺の建物を一つ一つしっかり観察。身を潜められそうな箇所、ムーンシャドゥによる逃走に使われそうな場所があれば、しっかりと覚え込んだ。
調査から戻ると、登志樹は調査結果を元に新たな地図を作製し、仲間達に示す。
「まず、バードがイリュージョンの幻覚を見せる際に、身を潜めていそうな場所をチェックした。建物の陰で感づかれ難く、かつ通りを窺いやすい場所だ」
その場所には×印が印されている。
「また、バードがムーンシャドウの魔法を使う際、その対象物となりそうな建物も洗い出してみた。いずれも大きな建物だからその影も大きく、しかも遠くからでも目立つ」
それらの建物は赤く染められている。
「それらの建物の配置から、バードが逃走に使用するであろう経路も割り出してみた」
逃走経路もやはり赤い色で示されている。
「犯人の捕縛をするためには、少人数ごとに散開配置で監視し待ち伏せするのがいいと僕は思う」
その場に集った冒険者は全員、地図の内容をしっかり頭に叩き込んだ。
●囮作戦
夜が来た。今宵は月夜。極悪バードのシンナーは今夜も王城に近い路地裏に潜み、獲物を待つ。
「いひひひひ、獲物が来たぜ」
その目に映った獲物は、見たところ割と裕福そうな商家のご婦人にその従者。
「ああ、すっかり遅くなってしまったわ」
「ご主人様、夜ともなると寒いね。おいらも早くおうちに帰ってあったまりたいよ」
「そうね。早く帰りましょう。悪い人達と出合わないうちに」
「大丈夫だよ。悪い奴はおいらがやっつけてやるよ」
ランタンを下げた従者はまだ子どものようだ。
「世間知らずな奴らめ、た〜っぷり驚かせてやる」
獲物が十分に近づくと、シンナーはイリュージョンの魔法を唱えた。獲物2人が立ち止まる。彼らの目にはマリーネ姫の幻覚が映っているはず。
「あなたは誰? こんな所で何をしているの? ‥‥え? ‥‥あなたはまさか、姫様?」
「怖いよ。この人、まるで幽霊みたい」
ご婦人と従者の言葉を聞き、シンナーはにんまり。獲物は完全に罠にかかった。
「いや‥‥こっちに来ないで‥‥」
「怖いよ‥‥怖いよ‥‥」
怯えた獲物達が後退り。次第にシンナーの隠れ場所まで近づいて来る。
さあ、見て驚け! 幻覚はついにクライマックスへ。
「いやあああああ!」
「うわあああああ!」
闇夜に叫びを響き渡らせ、ご婦人と従者は逃げ出した。
「‥‥何いっ!?」
2人は通りを走って逃げて行くと思いきや、シンナーが身を潜める路地裏に飛び込んで来たではないか。
「助けてぇ!」
ご婦人がシンナーに飛び付いた。
ぐさり!
「ぎゃあああっ!」
ご婦人の手に握られたバタフライナイフが深々とシンナーの背中に埋まった。思わず背中に伸ばした手に、今度は従者がダガーを突き立てる。
ぐさり!
「うぎゃあああっ!」
実はご婦人の正体はエリーシャ、従者の正体はキース。冒険者の囮作戦にシンナーはまんまと引っかかったのだ。
●大捕物
物陰に潜んでいた冒険者達が一斉に飛び出す。マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が真っ先にシンナーに組み付いた。魔法印を作らせまいと、その両手をがっしり握って指の動きを封じる。
「観念しろ!」
「放せ! 放せぇ!」
「往生際の悪い奴め!」
ダガーを投げつけてやろうかとキースは思ったが、今の有り様ではマリウスが巻き添えを食う。
「ここは私に任せるがよい」
アルクトゥルスがシンナーの前にすっくと立つ。
「父よ! 悪しき者に裁きを!」
放った呪文はブラックホーリー。黒い光が悪を撃つ。
「ぎゃあああ! ぎゃあああ! ぎゃあああ!」
1発、2発、3発‥‥。黒い光に撃たれるたびに、苦痛に叫ぶシンナー。しかしシンナーの体を掴むマリウスは何ともない。ブラックホーリーは善なる者を決して傷つけず、悪しき者にのみダメージを与える神聖魔法なのだ。
「おお、これは便利だ」
見守るキースも思わず感服。
さらに頭上から歌声まで流れて来た。この大捕物をさらに盛り上げんとするかのように。
惑わす詩人よ♪ 月の光りは真実を照らす光り♪
月の輝きある限り♪ 汝の紡ぐ呪文は成就せず♪
月の輝きは真実の徒を祝福す♪
さぁ勇者達よ♪ その心に勇を♪
いざゆけ勇雄の唄を高らかに♪
歌にメロディーの魔法の力を込め、歌っているのはファム・イーリー(ea5684)。これでシンナーが自分の魔法に自信をなくせばしめたもの。しかし彼女の姿に気付くなり、シンナーは罵った。
「うるせぇぞ! 下手くそが!」
「いい加減、観念しろ!」
シンナーを両手を掴むマリウスの手に力がこもる。シンナーは首をねじ曲げ、思いっきりその手に噛みついた。
「うっ!」
一瞬、力が緩んだ隙をついてシンナーはマリウスの手を振り解き、即座に魔法印を結んで高速詠唱の呪文を唱えた。
ぼんっ! 月の光によって作られたマリウスの足下の影が爆発した。シャドゥボムの呪文だ。マリウスは体勢を崩して転倒。シンナーは体の自由を得て、目の前にある建物の影の中に転がり込む。続いて高速詠唱で呪文が放たれ、シンナーの体はすうっと消えた。
「しまった!」
ムーンシャドゥの呪文で逃げられた。
●空より
待機していたペットの狩猟犬エドを、エリーシャ口笛で呼び寄せる。
「血の臭いを探って! 逃げた先は、恐らく‥‥」
フライングブルームで上空から監視していたシンも動き出した。
「いたな」
案の定。シンナーはあらかじめ目星をつけておいた建物の影の中にいた。やがてシンナーは、月の光に照らされた通りを駆け出した。
上空からラーンの投網を投げつけようと、フライングブルームに乗ったシンはシンナーに接近。しかし彼より一足早く、大きな影が悠々とシンナーの頭上に迫る。巨大なフクロウだ。並の人間よりも大きい。その正体はミミクリーの魔法で大フクロウに変身したヘクトル。その大きな影が地上のシンナーに覆い被さる。
「待て! 何てことを!」
シンは焦った。が、時既に遅し。またしてもシンナーは高速詠唱で呪文を唱え、その姿が影の中に消えた。
(「何!」)
これにはヘクトルも焦る。シンの足下の影をより大きな影で消せば、ムーンシャドウの魔法では逃げられまいと踏んでいたが、フクロウの影も所詮は月の光によって生まれた影なのだ。
すると、離れた場所から夜空に向かってファイヤーボムの火球が打ち上げられた。
「あれは登志樹の合図だ!」
別所より見張っていた登志樹がシンナーを発見した合図だ。
建物の屋根の上からシンナーを発見するや、登志樹はファムから借りたフライングブルームで追跡を開始。やはりファムから借りた双眼鏡で逃げる姿を追う。その後ろからファムも歌いながら飛んで来る。
登志樹はインフラビジョンの魔法が使えるから、暗闇の中でもシンナーの姿を見失う恐れは少ない。
シンナーが駆けて行く先の大きな建物に目をやると、そこには既に仲間達が先回りしていた。
●捕縛完了
空からまたあの歌が聞こえて来た。
惑わす詩人よ♪ 月の光りは真実を照らす光り♪
月の輝きある限り♪ 汝の紡ぐ呪文は成就せず♪
「うるせぇ! うるせぇ!」
シンナーは焦っていた。空から追いかけて来るヤツを何としてでも振り切らねば。
「早いとこ、あの建物の影に‥‥」
ムーンシャドゥの魔法で逃げおおせようと、シンナーは目を付けた建物の影に飛び込んだ。‥‥はずだったが、そこに影は無かった。何故か建物の軒下にはランタンがぶら下げられ、その光が建物の影を消していたのだ。そして目の前の塀にはこんな文字が書かれた板きれが。
『これを読んで振り返ると死ぬ』
「何だと‥‥?」
シンナーが恐る恐る後ろを振り返ると‥‥。
どげしっ! 強烈な一撃を食らって、その体が吹っ飛んだ。
チャージングで助走をつけ、シンナーに跳び蹴りをお見舞いしたのはシャルロット。
「ち、畜生‥‥」
顔面から地面に突っ込み、顔じゅう土埃だらけになったシンナーがよろよろと立ち上がりかけると、目の前に妙齢の女性がいるではないか。華岡紅子である。
「もう逃げられないわよ」
隙を逃さずシンナーの服を掴んだ紅子は、高速詠唱でヒートハンドの魔法を発動。掴んだシンナーの服に火がついて燃えだした。
「うわぁ! あぢぢぢぢ!」
もはや呪文を唱えるどころではない。服に火がついたままシンナーは駆け出す。火のついた人間は闇の中では恰好の標的だ。頭上からヘクトルの変身した大フクロウが急降下し、もろにシンナーに大激突!
「ぐああ!」
シンナーは突き飛ばされて地面に伸び、そのまま動かず。
フライングブルームで追いかけて来たシンと登志樹がシンナーを縛り上げ、その口に猿ぐつわを噛ませた。
「本来なら即座に首を飛ばしたいところですが‥‥貴方には色々証言して貰わないといけません。無論ご協力いただけますね?」
にっこりと笑いを浮かべて問い詰めるシャルロットだが、シンナーの答は、
「‥‥‥‥」
ひたすら沈黙。噛まされた猿轡のせいで喋れないのは勿論だが、ボロボロに傷ついて意識まで失ってしまったらしい。その情けない顔を紅子は携帯電話のカメラでしっかり撮影。
「逃げたら指名手配してやるわ」
やがて知らせを受けて駆けつけた衛兵に、紅子は言った。
「拷問で死なせないよう注意してね」
そして紅子は携帯電話を仕舞いながら一言。
「怪談話をするにはちょっと早かったみたいね」
ふと、キースが口にする。
「あのバードの背後にはクレアが関わっているんじゃないか? そう俺は踏んでいるんだが」
吟遊詩人クレア、それはウィンターフォルセの乱を画策し、ウィルに揺さぶりをかけたと目される人物だ。
「吟遊詩人クレアとは同系統の魔法が使えるだけに、効果的な悪用法を伝授するなどの形で関わっている可能性はあると思うんだよな。背後関係は徹底的に洗いたい」
これにて一件落着。と、思いきや‥‥。
「見て! あそこに!」
その姿を最初に見つけたのはファム。夜空を舞い、様子を伺っているシフールがいた。
「皆、その子を捕まえてぇ!」
シフールのお尻から伸びる尖った尻尾が、ファムの目にちらりと映ったのだ。それはカオスの魔物である黒いシフールの目印。逃がしてなるものかとファムが高速詠唱でスリープの呪文を放つ。が、黒いシフールの動きは阻めなかった。ファムの力ではまだまだ、高速詠唱で魔法を確実に成功させるところまでいかない。気がつけぱシフールの姿は消え失せていた。
「逃したか‥‥魔物め」
アルクトゥルスが口惜しそうに呟き、そして言い放つ。
「父の御技と福音を愚弄する者‥‥必ずや相応しき制裁を受けてもらう!」