マリーネ姫と王国の試練〜怨恨の悪女
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月19日〜01月22日
リプレイ公開日:2007年01月30日
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●オープニング
●懸念
ウィルは変わらねばならない。エーガンの残した負の遺産はあまりにも大きいが、分裂と内乱の危機に瀕したこの王国を、次なる国王の元で再び一つにまとめなければならない。
間もなくフオロ分国王に即位するであろうエーロン王子は、戴冠式を前にして分国北部の視察を行った。これは王国再生のための第一歩だ。
その視察の帰り道。
「俺やカーロンが暗殺されず、マリーネの身が脅かされるのは、なぜかわかるか?」
同行するマリーネ姫親衛隊隊長に向かって、エーロンは唐突に言った。
「アネット家の勢力拡大を快く思わぬ者が居る。しかしそれなら暗殺という手段は使わない。個人として怨みを買っているからだ。マリーネに近いなら分かっていよう」
親衛隊隊長は、出合った最初の頃のマリーネ姫の行動を思い出す。エーガンの寵愛を受けるマリーネ・アネット姫は、素行不良な冒険者を宴会で晒し者にし、命がけで直訴にやって来た娘を殴り飛ばそうとした。子供故の残虐さ、そしてそれを実行してしまう力を併せ持った、我が儘な寵姫。
「しかし、最近の姫君は」
「多少マシにはなったが、過去7年分のツケは大きいぞ。今まで見てきた北部。滅んだり、離散した村。村が無事でも餓死者の数。正確な数は分からないが、1万はくだらないだろう。自分の子供を餓死させてしまった親、家族の為に娘を売った親。この怨みは深い。離散した者たちの一部は深い怨みを抱いたまま、ウィルに潜んでいるかも知れない。いや、行く先はウィルしかなかろう」
「しかしその全てがマリーネ様のせいではない」
「そうだ‥‥根本問題として父上の政策にある。が、彼らは北部領地での命ぎりぎりの生活からウィルに流れ込み、マリーネの姿をみて憎しみを持った。母を失った心の隙間を埋めるためにしてきた、彼女の贅沢が際立っている。相応の仕事をしていれば、納得はしよう。しかし、今はともかくかつての行動は暴君そのものだった。憎しみの象徴には十分だ」
「しかし、あのお年では‥‥」
「赤子を餓死させられた者にとって年齢が関係あるのか? 妊婦を放り出したりはしないし、待遇を極端に悪くしたりする心配は無用だが、くれぐれも楽観視するな。生まれた後も」
●悪女
ここは冒険者街に近い下町の酒場『妖精の台所』。
「聞いたかい? 処刑場での騒ぎを。フオロ王家ももうおしまいだね」
辺り憚らず王家の行く末を悪し様に云々しているのは、店の中だというのに外套のフードを深めに被って顔を見づらくした、見るからに陰気な女。その側にいるだけで、その体から滲み出る陰気が伝染しそうだ。
女にはシフールの連れがいる。シフールは女の肩に腰掛け、無邪気にくすくす笑いながら女の言葉に相づちを打っている。
「王宮には伝染病が蔓延して、悪王は腐れ病に倒れて隔離されちまった。だけど、これで終わりじゃない。お次はマリーネ姫の番だよ。知ってるかい? マリーネ姫も腐れ病に体を蝕まれて、城の中から一歩も外に出られないのさ」
「本当かよ、その話?」
悪い話は殊更に好奇心をかき立てるもの。話に釣られた隣の客が女の顔を覗き込むと、なかなかの色白美人。その唇は夜の商売女のように真っ赤なルージュで染められている。周りの客達も女の話に耳をそばだてる。
「本当さ。私は王宮に出入りする侍女達の話を立ち聞きしたんだよ。ワガママな腐れ女のマリーネは、お腹の子もろとも生き腐れの病に冒されて、腐った死体のような醜い姿に変わり果ててしまったのさ。だから王宮の奥の部屋に閉じこめられて、死ぬまでそこから出られない。それは城に出入りする者なら誰でも知ってる王家の秘密さ」
「そう言えば‥‥」
客達は妙に納得した顔に。この所、マリーネ姫はずっと公の場に姿を現していない。もしや、女の言う事は本当では?
「だけど、文字通りの腐れ女になっちまったマリーネの代わりは見付かったのさ。それは王都の娼館で体を売っていた、マリーネによく似た娘。赤ん坊の方も捨て子を拾って来て、身代わりに据え付けるのさ。今度、マリーネが大勢の前に現れる時は、その顔をよく見てごらん。良く似てるけど、これまでのマリーネとはどこかが違う‥‥」
「いい加減におしよっ!」
ゴンッ! 見せの女将が投げつけた皿が女の頭を打つ。
「おまえはいつぞやも店に来ていた女だね! 出鱈目な話ばかりぐだぐだと! さっさと出て行きな! 二度とこの店に入らせはしないよ!」
女は女将を睨み付けていたが、やがてぞっとするような笑みを見せて席から立ち上がる。
「マリーネを恨む者がどれほどいるか、おまえは知っているのかい?」
その言葉を残し、店を出て行く女。連れのシフールもその後を追っていく。
●エーロンの決断
広まった噂は侍従長を通じてエーロンの耳にも届いた。
「事態は深刻でございます。既に噂を耳にした大勢の貴族達からも、噂の真偽を問い質されているのです。このまま放置すれば王国の一大事に‥‥」
「分かっている。悪しき噂がこれだけ広まるのは、噂を広めて回る不逞の輩が存在するからに違いない。ならば、姫の出産を堂々と公開しようではないか。根拠なき噂はそれで全て吹き飛ぶ」
「は!?」
エーロンの言葉に侍従長は目を白黒。王族の出産には立会人が付き添うものだし、公開出産自体も珍しいものではない。しかし政情不安定な現在の国情下にあって、出産を公開することは危険を伴う。衆人環境の中での公開出産となれば、姫の命を狙う者達も姫に接近し易くなる。
「しかしつい先日も、死刑囚を叛徒に奪われる大事件が起きたばかりで‥‥」
「臆病風に吹かれてどうする? ますます敵の思う壺だ。フオロ王家の威信がぐらついている今、正々堂々と立ち向かう以外に威信を取り戻す方法があるか? それに公開は彼女と子供の立場を公に認めた証にもなる」
マリーネ姫の公開出産はここに確定した。
王城正面の広場に天幕が張られ、寝台や調度品が運び込まれる。この天幕が暫くの間、臨月を迎えたマリーネ姫の住まいとなるのだ。
この天幕の中にはマリーネ姫の他、王家が認めた者のみが出入り出来る。出産の立会人となる者達に、姫の身の回りの世話をする者達。そして親衛隊隊長や主治医を始め、姫を支え続けて来た冒険者達。
広場は一般民衆にも開放され、人々は天幕を囲んでご出産の時を待つ。天幕の周囲は警備兵が固く守り固め、人々は天幕から一定の距離を置くよう命じられる。無事にご出産の報が伝えられれば、広場は喜びの熱狂に包まれるだろう。
‥‥だが、集まる人々全てが姫の幸福を願うとは限らない。
●策動
王都のあちこちの店先から油が消えていた。
「まったく。この寒い時に誰が買い占めているんだか」
愚痴を垂れる客のすぐ横を、貧しい身なりの男達がごろごろと樽を転がして行く。
「その樽は何だ? 出産祝いのワインか? よし、通れ」
町を守る衛兵達もまだ気付かない。ウィルの裏側で進行中の恐るべき策動に。
「あのワガママ女のせいで、俺は何もかも失った」
「必ず息の根を止めてやる」
「たとえこの俺の命を失っても、あの女だけは‥‥」
「エーガンの牝犬にむごたらしき死を」
「死んでカオス界に落ちるがいい」
暗がりで囁かれる怨みに満ちた言葉。それを聞いて、真っ赤な唇を歪めてほくそ笑む女がいる。
「これがマリーネにとって最高の、そして最期の晴れ舞台。‥‥楽しみにしているがいいわ」
●リプレイ本文
●隠れ家制圧
「衆人環視の中で出産って、女としては微妙よね‥‥。ちょっとかわいそう。安産だといいわね」
話の輪の中に加わりつつ、ディアドラ・シュウェリーン(eb3536)は周囲で交わされる会話に集中する。ここは下町の胡散臭い酒場。さっきから街人相手に酒を振る舞っている薄汚い男は、冒険者仲間のリュード・フロウ(eb4392)。
「美人の連れに乾杯」
酒場の男達がディアドラに目線を送って杯を鳴らす。
「しかしあんた、このあたりじゃ見かけねぇ顔だな」
相手の男がリュードに言う。それっぽい身なりをしていても、勘のいい相手には見抜かれてしまう。
「その筋の者かい? なら、いいことを教えてやる。おかしな連中が貧民街の空き家に出入りしているぜ。大きな樽をいくつも運び込んでな」
「そうか。ありがとう」
礼を言い、酒代を払おうとしたが相手に拒まれた。
「払いは俺でいい。その代わり何かあった時には、この店の俺達にはお咎めが及ばぬように頼むぜ、旦那」
他の冒険者仲間達も情報集めに奔走してくれたお陰で、怪しい一味の居場所はすぐに突き止められた。
「集まった情報から推察するに、連中が企むのは公開出産を狙っての火計のはず」
オルステッド・ブライオン(ea2449)のその読みは後に正しいと判る。
「ワイン樽の中味は恐らくは火攻めに使う為の油。犬を使って探しましょう」
イリア・アドミナル(ea2564)が提案した。都合よくレン・ウィンドフェザー(ea4509)がボルゾイ犬の『るぅちゃん』を連れている。ペットとはいえ立派な狩猟犬。ランタンの油の臭いを嗅がせて貧民街周辺を探らせるうちに、一軒の空き家へと辿り着いた。
「シュバインにヴァンダルギオン。空から偵察して、不審な人物がいたら知らせてくれ」
連れて来たペットの鷲と鷹にアッシュ・クライン(ea3102)は指図する。しかし、
「?」
「?」
鷲も鷹も指図の意味が分からず、きょとんとしている。狩りをサポート出来る程に賢い猛禽だが、人語を逐一理解するわけではない。
「仕方ない。俺の側で待機だ」
そしてアッシュはイリアと共に、空き家へ足を踏み入れた。
途端、彼らは敵に気付かれた。
「誰だてめぇらは!?」
怒鳴り声と共に斧が飛んで来た。が、狙いが甘くアッシュは余裕で回避。
「てめぇらぶっ殺すぞ!」
2人を取り囲むのは殺気立った男達8人。部屋の隅には大小の樽が並ぶ。
やにわにアッシュは日本刀「霞刀」を引き抜いた。
「やあっ!」
気合いの掛け声と共に放つソニックブーム。一撃、また一撃と放たれる衝撃波を身に受け、男達はばたばたと倒れて行く。
「うがっ!」
「うがあっ!」
所詮、敵は戦いの素人。半分が倒れると、残る半分は早々に戦意を喪失。
「や、やべぇ! 樽を持って逃げろぉ!」
うち2人が樽に向かおうとして、その足が止まる。
「な、何だこりゃあ!?」
そこに樽は無かった。あるのは樽の形をした石ばかり。イリアがストーン魔法のスクロールを使い、中味の油ごと石化してしまったのだ。危険物はさっさと処分するに限る。
2人の背後からアッシュが迫る。その気配に気付いて振り向いた時には、アッシュの日本刀が男の肩に振り下ろされていた。
ガッ! 強烈な峰打ち。峰打ちを喰らった男の方は肩を砕かれてぶっ倒れ、もう1人の男は腰を抜かして右往左往。その体の上からまたもアッシュが峰打ちを決めた。
空き家の外に目をやれば、残り2人の敵が逃げて行く姿。
「行け!」
アッシュが声と身振りで命じると、ペットの鷲と鷹が敵を追う。狙った獲物は逃さない。かぎ爪が敵の髪の毛を掴み、嘴が敵の顔を突っつき回す。
「うわあ! やめてくれぇ!」
逃亡は阻止され、やがて追い付いたアッシュに捕らえられた。
●会場の警備
公開出産の会場警備を担当する衛兵隊長にとって、警備にあれこれ口を出す冒険者達の存在は煩わしかった。しかし先の処刑場襲撃事件の事がある。あの時のように冒険者の言葉に耳を貸さず、後で恥をかくのも御免被る。
だから衛兵隊長も本音はともかく、冒険者の要望には出来る限り応える姿勢を貫いた。
「警備兵には全員にヘビーシールドを装備させてくれ。天幕を守る壁として動かしたい。それから放火対策に、水を染み込ませた毛布の用意を」
これはオルステッドの注文。
「ついでに鎮火用の砂や水も。警備員は信頼置ける者を事前に登録して配置し、広場に持ち込まれる備品もリストを作り、共に定期的にチェックした方がいい」
これはリュードの注文。
「姫様の警護のために魔法の使用を許可願います」
これはイリアの注文。
「処刑場襲撃事件の時のような、馬暴走による襲撃が二度と行われぬよう、当日は会場へ馬などを乗り入れる事を禁止しましょう。冒険者の馬も含めてです」
これはセオドラフ・ラングルス(eb4139)の注文。さらに彼は会場のあちこちに、水を入れた樽を多数用意する事を提案した。
「馬の代わりに、人間が燃えながら走ってくる危険も否定できません。『樽の水を使え!』と叫べば、パニックも多少抑えられましょう。但し、油を混ぜられぬようご注意を」
さらにもう一つ提案。
「何かあった時、多数の者が『助けてくれ』と叫びながら抱きつき、警備兵を無力化する危険もあります。民衆と天幕の間に二重の柵を立て、第1と第2の防衛線としましょう。第1防衛線は、大型の盾と棍棒を持った警護兵に群集の足止めを。第2防衛線は、第1を越えて来た暴徒の鎮圧をお任せします」
そしてシュバルツ・バルト(eb4155)からも。
「赦せぬ『悪』とはッ! 何も知らぬ者を自分の利益だけの為に利用する事だ!」
内心の怒りを隠さずに切り出し、彼女は提案する。
「処刑場襲撃の二の舞とならぬ為にも、衛兵・騎士・貴族・冒険者以外による武器持ち込みの禁止を。そして見物人の持ち込み検査の実施、及び避難経路の準備と見物人への事前説明を願います」
最後に毛利鷹嗣(eb4844)。
「避難に際しては人々が一ヶ所に殺到しないように配慮を。また人々が流れ矢などに当たらぬよう、警備兵の盾で守りを固めて欲しい」
衛兵隊長は冒険者達の要望を全て聞き入れた。但し、
「要望は全て聞き入れたのだ。何かあったらそれ相応の責任は取ってもらうぞ」
と、最後に付け加えるのも忘れなかった。
●警戒厳重
会場警備に携わる冒険者の中に、ウィンターフォルセ男爵たるレンがいたことには衛兵隊長も驚いた。
「危険です。警備は我々に任せ、男爵殿は安全な場所にお留まり下さい」
意味深な言葉である。レンが暴徒に襲われかねないから危険なのか、それともド派手すぎるレンの魔法が危険なのか?
それでもレンは言い張った。
「レンとちはつながってないけど、うまれてくるあかちゃんはレンのきょーだいなの。きょーだいをまもるのは、おねーちゃんのやくめなの!」
しぶしぶ隊長はレンの言い分を認め、その代わりレンの周囲を警備兵でがっちり固めることにした。
公開出産の会場となる広場はディアドラ、リュード、毛利鷹嗣の3人で徹底的にチェック。
「公開出産か‥‥貴人とはなかなか大変なものだな。まだお若い姫が無事ご出産できるよう、厳重に警備をせんといかんなぁ」
仕事の合間にそんな呟きを漏らしつつ、鷹嗣はくまなく広場を見て回る。彼らの他にも警備に気をつかう冒険者仲間が力を尽くし、お陰で広場の佇まいはすっきりした物になった。見物人の避難経路は整えられ、必要な物品は全て定められた場所に。余計な物品が見付かればすぐに撤去。
「これをみてほしーの」
描いたばかりの似顔絵を持ってレンがやって来た。
「ほう、上手いものだな」
こう見えても、レンの絵画の腕前は達人級。似顔絵はあちこちで武器や油を買いあさっていた者達のもので、その中に妖艶な顔立ちの女とシフールの姿がある。
「調査によれば、この女とシフールはカオスの魔物である可能性がある。こいつらが姿を見せたら気をつけろ」
オルステッドが皆に注意を促した。
●謀議
ここは、とある秘密の場所。
「用意した油が、見張りもろとも台無しになっちまった」
「会場の警戒も厳重で、手も足も出ねぇ」
男達の愚痴を、首謀者たる女の声が制する。
「用意した油はあれで全部じゃなくてよ! おまえ達には最後まで付き合ってもらうからね!」
●説得
マリーネ姫も無事に出産の天幕入りを果たし、後はお子の誕生を待つのみ。広場には見物人が大勢詰めかけ、広場に入りきれない者もいち早くご誕生の報せを耳にせんと、王城に近いあちこちに寄り集まる。中には噂話に興じる者も。
「聞いたかい。姫のお命を狙おうとする奴らの話を」
「ああ、冒険者の旦那から話は聞いたよ。物騒だねぇ」
そんな会話の交わされる背後を、陰気そうな男が歩いて行く。男はとある路地裏に入り込もうとしたが、その足がはたと止まった。
男の目の前にヴェガ・キュアノス(ea7463)が立っていた。
「何だね?」
「例のもの、引き渡して貰うぞえ。おぬしが罪を犯さぬうちにな」
やにわに男は背中を見せて逃げ出した。が、機を逃さずヴェガが高速詠唱でコアギュレイトの呪文を飛ばす。男は彫像のように固まってぶっ倒れた。
「おい、何だありゃ?」
騒ぎに気付いた街人達が集まって来たが、
「ただの行き倒れじゃ。心配はいらぬぞえ」
ヴェガはそう言って固まった男をずるずると引きずり、路地裏に並ぶ家の一軒に引きずり込む。
魔法が解けるとヴェガは男に告げる。
「話はこの者達から聞いたぞえ」
家の中には女と子ども。不安そうな眼差しを送っている。彼らは男の身内、姫の襲撃に加わろうとしていた者達。ヴェガは酒場の聞き込みで彼らに出合い、襲撃を止めるよう説得したのだ。
「兄さん、もう一度考え直して」
女が言う。子どもはただ男を見つめている。
「仕方ねぇ‥‥」
男は渋々、家の中に隠してあった武器と油をヴェガに引き渡した。
●襲撃
ブゥン、ブゥン。広場に鳴り響くのはオルステッドとアッシュがかき鳴らす長弓「鳴弦の弓」の音。
「鳴弦の儀‥‥ジャパンの風習だったな、確か」
2人が行っている儀式はその真似事のようなものだ。2人の故郷のジ・アースにおいて、この「鳴弦の弓」の音にはデビルやアンデッドの動きを鈍らせる効果があった。アトランティスのカオスの魔物にも通じればよいが。
見物人達はこれを単なる儀式と思い、物珍しそうに眺めている。
報せによれば姫の陣痛は本格化している。それでも赤ん坊はまだ産まれない。待つうちに夜の帳が下り、広場は焚き火や篝火の炎に明々と照らされている。火の側には衛兵や冒険者の番人が付き、しっかり見張っている。
「おい、あれは‥‥!」
騒ぎは突然に起きた。城門から火の手が上がる。地面に油がぶちまけられ、火を放たれたのだ。
「下がれ! 下がれ!」
衛兵達の怒声。皆が燃え盛る炎を恐れて退き、城門の周辺はがら空きに。と、いきなり炎が消えた。その隙を突き、暴徒の群れが城門から広場になだれ込む。
「あれはプットアウトの魔法!?」
イリアは見た。暴徒の頭上を飛ぶシフールの姿を。あれが魔法の使い手か!? 暴徒は手に手に火のついた松明や武器を持ち、ご出産の天幕めがけて突進して来る。
「牝犬を焼き殺せ!」
彼らを扇動するのは妖艶な色白の美女だ。
暴徒の前に縦横1mの石の壁が現れる。
「あそこに姫が!」
暴徒の1人があらぬ方向を指して叫ぶが、そこには誰もいない。これらはイリアの放ったスクロール魔法の仕業だが、小さな石壁は簡単に避けられ、イリュージョンも多人数が相手では効き目が薄い。
暴徒達の数は約40人。密集して押し寄せて来たが、それが冒険者達には幸いした。
「うわあっ!」
暴徒の先頭数名がいきなり空中に舞い上がった。重力反転魔法のローリンググラビティーをレンが放ったのだ。しばし間を置き、またしても暴徒の数人が舞い上がり、後に続く暴徒達の真上に落下。それが何度も続き、暴徒達の体勢は乱れに乱れた。
「落ち着け! 教えた通りに避難しろ!」
シュバルツが見物人を避難経路へと誘導。堂々としたその姿は見る者に安心感を与え、目の前で戦闘が繰り広げられる最中にも、人々はパニックに陥ることなく指示に従う。
リュードとディアドラがペットの鷲と鷹を放つ。焚き火と篝火の炎に照らされた広場なら、鳥目でも用をなせる。たちまち数名の暴徒が鷲と鷹とに突撃を阻止された。
それでも向かって来る暴徒には、
「アイスコフィン!」
ディアドラが魔法を飛ばして次々と氷り漬け。アッシュも日本刀の峰打ちを叩き込み、リュードもロッドでタコ殴り。第2防衛線を越えた暴徒はセオドラフが相手だ。
「そこを越えるならば、死を覚悟してもらいましょう」
ご出産の天幕を守ろうと、ヴェガがホーリーフィールドの呪文を飛ばす。しかし何度やっても発動しない。実は、天幕の中にはカオスの魔物が潜んでいたのだ。範囲内に効果を嫌う者がいると神聖抵抗により結界は完成しない。
やむなくヴェガは暴徒にコアギュレイトを連発。
「この方が手っ取り早いのじゃ」
●カオスの魔物
オルステッドの目が敵のシフールを捉える。
「‥‥カオスの魔物よ、覚悟」
放った矢はシフールを射抜き、石畳の上に落下したシフールをよく見れば、その腰からは先端が矢尻のように尖った尻尾が伸びていた。
「こいつ、黒いシフールだったか」
仲間の鎧騎士が呟く。黒いシフール、それはシフールによく似たカオスの魔物。
「やはりな」
オルステッドは得物をエペタムに持ち替え、とどめとばかり魔物の上に振り下ろす。魔物は絶叫して絶命。その体は灰の塊のように崩れて消滅し、後には体に刺さっていた矢だけが残った。
「もう一人はどこだ!?」
「あそこだ!」
毛利鷹嗣が首謀者の女を発見。形勢不利と見たか逃走を図り、避難する人々の中に紛れ込もうとしている。
アッシュが長弓「鳴弦の弓」をかき鳴らす。心なしか女の足が鈍る。オルステッドと鷹嗣が女に駆け寄り取り押さえる。
「放せ! 放せ!」
女は最初暴れたが、急に大人しくなる。
「‥‥何!?」
女の姿が二重写しに。いや、女に取り憑いていた別の何かが女の体から抜け出そうとしている。やがて、それは女の体から抜け出した。それもまた女の姿をした者。しかし人ではない。
「カオスの魔物か!?」
出現した魔物にオルステッドがエペタムを叩きつける。魔物はぞっとする叫びを上げて逃げだし、よろめくような足取りで避難する人々の中に紛れ込む。
鷹嗣がホーリーを放つ。聖なる光が人混みの中の魔物を撃ち、またも不気味な叫びが。周りの人々は動揺し、悲鳴を上げた。
「静まれ! 静まれ!」
誘導役のシュバルツが駆けつけ、人々に場所を空けさせた。だが、もはやそこに女の姿をした魔物はいない。致命傷を受けて消滅したのか、それとも逃げおおせたのだろうか?