開かずの間の魔物

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月06日〜02月09日

リプレイ公開日:2007年02月14日

●オープニング

 フオロ城は王都ウィルのシンボルだ。堅固な城だが、幾つもの尖塔が立ち並ぶ様は美しく、およそ王都内の開けた場所からならどこでも、その堂々たる姿を仰ぎ見ることが出来る。
 勿論、外側だけでなく内側にも目を見張るものがある。謁見の間や大広間に一度でも足を踏み入れた者は、その重厚にして壮麗な佇まいを一生忘れることはないだろう。
 だが、フオロ城の内側には、煌びやかで見た目に麗しい場所ばかりが存在するわけではない。王城内の隅っこにある階段を下りれば、その先には陰気な地下牢や、壁に血の痕が残る拷問部屋の入口がぞろりと並んでいたりする。
 そういった数々の陰気な部屋の中に、これから取り上げる事になる世にもおぞましき部屋は存在した。
「陛下、お待ちを! 陛下!」
 階段を下りて部屋に向かうエーロン分国王を追いかけて来るのは、長年フオロ王家に仕えて来た侍従長。しかしエーロンはお構いなし。歩調を緩めることもなく、部屋の入口に達して足を止めた。
「この部屋は何だ?」
 扉を開けようとしたが、頑丈な扉はびくともしない。鍵がかかっている。
「鍵を持って来い」
「鍵はありませぬ」
 侍従長の言葉を聞き、エーロンは眉根を寄せる。
「どういうことだ?」
「ここは開かずの間でありますが故に」
 エーロンは吹き出した。
「開かずの間だと? そんな代物がこの城の中にあったのか!」
 そもそもエーロンがこんな気の滅入る場所にやって来たのも、自らが命じたフオロ城の大掃除のついで。城の中を歩き回るうちに、これまで足を踏み入れたこともない場所があるのに気づき、様子を見に来たのだ。
「この部屋は、先王陛下がさる錬金術師殿にお貸しになられた部屋でございまして。錬金術の実験部屋として使用されていたようでございます」
「そんな話はこれまで全然聞いていなかったぞ?」
「それは‥‥錬金術の秘密が絡むが故に、部外者への口外を固く禁ずるとのお達しが先王陛下より下されていたのでございます」
「王子だったこの俺にも教えずにか? とにかくこの扉を開けろ。鍵は誰が持っている?」
「鍵をお持ちなのは錬金術師殿。そして恐らくは先王陛下も予備の鍵をお持ちかと」
「その錬金術師はどこにいる?」
「それが久しく行方知れずでして‥‥」
 エーロンの口からため息。錬金術師は手がかり無し。自分が強制退位させたエーガン前国王も伝染病の患者ということで、今は遠きシム海の離宮に隔離の身。すぐにでも先王から事の真相を洗いざらい聞き出したいところだが、時間と手間が掛かりすぎる。
「面倒だ、扉をぶちこわせ」
 付き従う衛士達に命じるや、侍従長が慌てた。
「陛下、それはいくら何でも‥‥」
 ギィィ‥‥。唐突に扉が開く。さっきまで鍵がかかっていたのに、いつの間にか鍵は開かれていた。
 不可思議に思いながらも、エーロンは開いた扉の向こう側に足を踏み入れる。途端、猛烈な悪臭に襲われた。
「うっ‥‥! 何だこれは!?」
 部屋は見るもおぞましき代物で埋め尽くされていた。ミイラ化した動物の死骸の山、見るからに邪悪な魔物の像、人骨を寄せ集めて作られた禍々しき呪物、さらに床には正体不明の骨や、ミイラ化した肉片が所狭しと散らばる。
「何が錬金術師の実験部屋だ! これではまるで魔物の巣ではないか!」
 ぎひひひひ! ぎひひひひ! 怒りを現すエーロンをあざ笑うかのように、不気味で耳障りな笑い声が響く。見れば、部屋のそこかしこを醜悪な物がうろついている。翼の生えた醜い小鬼だ。
「魔物ごとき! この俺が退治してやる!」
 たかがちんけな魔物ごときを恐れるエーロンではない。剣を抜き、衛士達を連れて部屋の奥へ進む。
「陛下、危険でございます! ここはお戻りくださ‥‥うわあっ!!」
 エーロンの身を案じて追いかけてきた侍従長が、床に置かれた壺に蹴躓いて転倒。その途端、部屋を徘徊していた子鬼どもが、わっと侍従長に襲いかかった。
「ひええええ!」
「侍従長!」
 倒れた侍従長にエーロンは駆け寄り、剣を振り回すと小鬼どもが逃げて行く。
 ぼっ、ぼっ、ぼっ。突然、部屋のあちこちに置かれた油壺に炎が点る。燃えているのは嫌な臭気を放つ油。そして、小鬼よりも一段と醜悪な存在がエーロンの前に現れた。まるで空気の中から出現したかの如く。
「俺様の住処へようこそだ。俺様は貴様を歓迎するぞ」
 嫌らしいしわがれ声を発したそれは、身の丈2mもある魔物。背中には黒い翼を生やし、さらにその身には炎をまとっている。並の人間ならその姿を見ただけで逃げだしかねないが、エーロンは不敵にも言い放った。
「こんなでかいヤツまで巣くっていたとはな。さっさとここから出て行け! 出て行かぬなら退治してやる!」
 すると、魔物は答えた。
「先王との契約を知らんのか? 俺にはこの部屋の使用権がある。先王がそれを認めたのだぞ」
「でたらめを言うな。契約を交わしたというのなら契約書を見せろ」
 魔物は威圧するように笑う。
「わっはっはっは! 何も知らぬ身の程知らずな新分国王よ! この俺様を敵に回して、困るのは貴様の方だぞ! 俺様はカオスの王に仕えるカオス界の密偵。この城で起きた事は何から何まで知っているぞ。先王が為した山ほどの悪行の数々も、また貴様が先王に対して為した悪事の全てもな! 俺様の意に従い、先王からの契約を貴様が引き継ぐならよし。さもなくば貴様の一族が抱え込んだおぞましき秘密の数々を、王国中に暴露してくれるぞ!」
「魔物め! これが答だ!」
 剣を振りかぶり魔物に打ちかかろうとした。その途端、魔物はエーロンの目の前からすうっと消えた。見回しても姿は見えず。ただ魔物の声だけが響く。
「貴様にいい事を教えてやろう。この部屋に足を踏み入れた貴様らは、恐るべき伝染病の毒に冒されたのだ。その最初の兆候は3日後に現れ、やがて貴様の体は生きたまま腐り果てて、大いなる苦しみの果てに死を迎える。本物の伝染病の恐ろしさを、貴様は身をもって知ることになるのだ。その恐るべき運命を回避する方法はただ一つ。俺様と先王との間に結ばれた契約を貴様が受け継ぎ、引き続き俺様をこの部屋の主として認めることだ。いいか、期限はあと3日だぞ。忘れるな」

 部屋から戻ったエーロンが真っ先に命じた事は、自分を含めて部屋に入った者達全員を徹底的に消毒する事だった。
「陛下。先ほど魔物が口にした言葉の数々を、一体どのように受け止めたら良いものか‥‥」
 同行した衛士達が不安を隠せず訊ねる。
「気にするな、たかが魔物のたわごとだ。耳を貸すだけ馬鹿を見るぞ」
 エーロンの方は剛胆と言うべきか、それとも面の皮が厚いと言うべきか。あんな事があった後だと言うのに、まるで動揺というものを見せない。
 それにしても魔物とは厄介な敵だ。あんな敵の相手が出来るのは‥‥そう、冒険者しかいない。
「この際だ。部屋の壁に大穴の一つや二つ開けたり、開かずの間を丸ごと燃やすぐらいは大目に見てやろう」
 エーロンはそう言うが、あんな魔物の巣が火事になれば、強烈な悪臭を放つ煙が城中に充満しかねない。それはそれで後で問題になる。石造りで耐火性のある城とはいえ、部屋を燃やすのは最後の手段にした方がいいだろう。
 斯くして、冒険者への依頼は出された。

『開かずの間に巣くう魔物を退治せよ。尚、この依頼で見聞きした一切の事を、許可なく外部に漏らす事を固く禁ずる』

●今回の参加者

 ea0393 ルクス・ウィンディード(33歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565)/ シュタール・アイゼナッハ(ea9387)/ ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270

●リプレイ本文

●全員異常なし
 エーロンからも一目置かれる医師ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が先ず行ったのは、開かずの間に入ったエーロンと衛士達に入念な健康診断を行うことだった。
「診断の結果、何らかの感染症に冒されたような兆候は誰にも見られませんでした。皆様全員、健康体であることを医者である私が保証いたします」
 この結果に衛士達は安堵の吐息を漏らす。
「ご苦労だった」
 エーロンも彼女を労う。
「件の部屋は徹底的な消毒をする必要がございます。そのための大量の石灰の用意をお願いしたく」
「手配しよう」
 エーロンからは、開かずの間で起きた一部始終を伝えられている。当然、魔物が何を話したのかも。
「まさか、フオロ城内にカオスの魔物が巣食っていようとは‥‥」
 エリーシャ・メロウ(eb4333)ならずとも衝撃を受ける事実。しかし魔物の言葉に惑わされる彼女ではない。
「病? 先王陛下の契約? 彼奴等の言に、耳を貸す価値は一片も無し。汚らわしき魔物ども、二度と再び現れ出ぬよう討ち滅ぼしてくれましょう!」
 思いは誰もが同じだ。
「新しきフオロ王家の未来の為、この一件を闇に葬ります」
 と、イリアも言い添えた。
「神に誓いて此度の件は外部に漏らさぬ。しかし打てる手は打っておく。お許しの件、お聞き届け願いたく」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)がエーロンに対し願い出たのは、魔物退治後の過去見魔法と探知魔法の使用。エーロンは秘密厳守を条件にこれを認めた。

●カオスの魔物
 アトス・ラフェール(ea2179)は昔、デビル退治の使命に携わる者としてある老人に手ほどきを受けた。アトランティスに来て敵はカオスに変わったが、使命は現在も継続中だ。
「開かずの間の主も醜い小鬼もデビルの特徴が強い。特に小鬼はインプそのものではないか」
 デビルとカオスは良く似ている。そう思うのは彼ばかりではない。
「その姿形からして『開かずの間の主』はネルガルのようですが‥‥」
 シルバー・ストーム(ea3651)は率直に意見を述べた。かつて異世界ジ・アースに出没したデビルにも、そっくりなのがいる。
「残念ながら、宮廷図書館では大したことは判りませんでした」
 と、レイ・リアンドラ(eb4326)は報告。似たような事件が過去にもあったらしいが、正確なところは不明。恐れられ忌み嫌われるカオスの魔物も、アトランティスではまだまだ謎の存在だ。
「念の為に、シュタールさんにマリーネ姫の下に云って貰います」
 まだ城内に残る姫の身を案じ、イコン・シュターライゼン(ea7891)は姫の元に仲間を遣わす。エリーシャの求めで、消火用の水と灰も樽詰めで用意された。準備は整い、やがて姫も王城を退去。いよいよ魔物退治の時は来た。

●突入
 冒険者10人、開かずの間の入口に立つ。
「周りに気をつけて。虫に変身した魔物に注意を」
 背中の武具を置いて身軽になり、仲間達に注意を促すエリーシャ。魔物は虫にだって変身する。先の姫襲撃の際にはその手を使われた。彼女は四方に目配せするが、薄暗い城の中のこと。石組みの壁の隙間にじっと潜んでいる虫がいても、発見は至難の業だ。
「ここは任せるのじゃ」
 魔物を探す役目をヴェガが引き受けた。ホワイトクロスを手にデティクトアンデットの呪文を唱える。‥‥魔物はすぐ側にいた!
「そこに一匹」
 壁の一画を指さして小声で囁く。
 先制攻撃! イリア・アドミナル(ea2564)がウォーターボムを放つ。水球は潜んでいたハエを直撃した。
「ぎゃあああっ!!」
 ハエは断末魔をあげて正体を現す。翼の生えた醜い小鬼。ハエに化けたはいいが耐久力までハエ並に低下し、体は水球に潰されてぐちゃぐちゃ。そのまま空中で絶命し、床に落ちるとそのまま灰と化して消えた。
 ゾーラクが皆に、酒で消毒した布を配る。
「部屋に入る際はマスク代わりにそれで鼻と口を覆って下さい」
 イリアは聖なる釘に念を込め、部屋の扉の前の床に打ち付ける。これで10分間、魔物は部屋の扉から出入りできなくなるはず。
 ヴェガは自分を含めた全員にレジストデビルの呪文をかけ、魔物に対する防御力を付与。そしてソルフの実を飲み込み、魔力を回復させる。
「扉は向こうの意思で空くようだ。突然空くかもしれんから、備えだけは怠らないように」
 オルステッド・ブライオン(ea2449)がそう口にした途端、ギィィ‥‥と扉が開く。入って来いと言わんばかりに。
「では、行くか」
 その言葉が合図。
 即座にイリアが先制攻撃。扉の奧に向かって強力なアイスブリザードをぶちかます。猛吹雪が扉の奧へと吹き抜けるや、小型ライトを携帯するイコンを先頭に立て、冒険者達は開かずの間へ雪崩れ込んだ。
 ぼわっ! ぼわっ! ぼわっ! 足下から次々と火柱が吹き上がる。ファイヤートラップ、魔物の仕掛けた罠だ。冒険者が何人も火柱と化したかに見えたが、ヴェガの付与した防御力のお陰で蛙の面に水、サラマンダーに炎。防備が無かった場合被ったであろう損害への思いが、取るに足りない僅かな傷を闘志に変じ、進撃は止まらない。
「火遊び程度で、俺は焼けねぇよ!」
「ぎいいっ!!」
 醜い小鬼が牙を剥いてルクス・ウィンディード(ea0393)にかかって来たが、イコンのオーラシールドに阻まれた。オーラを付与したイコンの聖剣「アルマス」が小鬼を斬る。体を切り裂かれた小鬼はぎゃっと叫び、部屋を埋めるガラクタの陰に身を隠す。

●醜い小鬼
 部屋の中は薄暗く、明々と炎が燃えている。おぞましいガラクタが所狭しと押し込められた部屋は、それ全体が一つの祭儀場であるかのようだ。但し、祀られているのは神ならぬ魔物。部屋を照らす炎は邪悪の祭壇に供えられた灯明の炎。嫌らしい臭気を放ち、炎は燃え続ける。
 さっきまで部屋を飛び回っていた小鬼どもは、一匹残らず物陰に身を潜めている。
「インプに近い種ならば嗜好も似ているはず。誘いをかけてみますか」
 アトスがビール代わりの発泡酒を取り出す。
「これが好物でしょう? 姿を見せなさい」
 いや待て、ビールを好むデビルはインプではなくグレムリンだったか?
 ゴトッ。頭上で物音が。あらかじめかけておいた探知魔法でいち早く接近に気付き、アトスは咄嗟に飛びすさる。落下して来たのは油の壺。どろりとした油が床に広がるや、小鬼が物陰から燃える木切れを投げつけた。
 炎がわっと燃え広がる。
「これはまずいです!」
 イリアがウォーターボムを飛ばした。一瞬だけ炎が弱まるが、すぐに盛り返す。周囲を見回し、冒険者達は炎に囲まれている自分たちに気付いた。小鬼どもがあちこちのガラクタに火を点けて回っている。イリアはアイスコフィンの魔法を使い、周囲の可燃物を片っ端から氷り漬けにしたが、対象物が多すぎて能率が上がらない。
 小鬼が燃えるボロの塊をイリアに投げつけた。当たった頬が焼けるように痛い。ヴェガのかけた魔法の防御効果が切れたか? 燃える炎など意に介さぬように小鬼は飛び回る。翼を炎に焼かれようが、まるで平気だ。
 小鬼どもを相手にエリーシャが剣を振り回すが、部屋には黒い煙が立ちこめて視界を妨げる。おまけに煙はひどく眼にしみる。それに息苦しい。
「シルバーは何処だ!?」
 誰かが叫ぶ。そう言えば彼の姿が見えない。
 突然、部屋の中の炎が一瞬にして消えた。禍々しい炎の赤は消え、代わりに清らかな魔法光が部屋を満たす。そして息苦しかった部屋の空気は、どこからか湧き出した新鮮な空気に取って代わった。
「お待たせしました」
 姿を消していたシルバーが皆の前に立っていた。その手にクリエイトエアーとライトとプットアウトのスクロールを携えて。
「こういう便利な物があったのを思い出して、馬の所に取りに行っていました」
「魔物が逃げるぞえ!」
 ヴェガが叫ぶ。壁の隅っこにネズミの穴ほどの小さな穴が開いていた。魔物が作っておいた抜け穴だ。小鬼達は次々にネズミに化け、1匹、2匹、3匹と穴に飛び込んで行く。しかし4匹目と5匹目が穴に近づいた時、先回りしたヴェガがホーリーフィールドを発動。退路を断つとホーリーの連続攻撃。イリアとシルバーもウォーターボムで加勢し、2匹が灰となるまでさほど時間はかからなかった。
「不覚でした」
 イコンは残念がる。こんな小さな抜け穴からでは、後を追って行く事も出来ない。逃げた魔物は、今は他の仲間に任せるしかない。

●開かずの間の魔物
「さて。残るは最後の大物だけだ」
 オルステッドは言って、部屋をでんと占める邪悪の祭壇を睨めつけた。そこに魔物の影は無い。しかし、デティクトアンデットで存在を感知したアトスが警告する。
「気をつけて! 透明化したヤツがそこに!」
 樽に詰めて持ち込んだ石灰を、ゾーラクがばら撒こうとした。石灰によって、透明化した魔物の姿が浮き出るように。
「危ない!」
 アトスの警告の叫びも間に合わず。ゾーラクは見えない魔物に跳ね飛ばされた。倒れたその頭上に石灰の樽が持ち上げられ、中味が盛大にぶちまけられた。
 ぶわわわわわっ! 部屋中、石灰の嵐。誰もが咳き込む中、勝ち誇った魔物の声が。
「ひざまずけぇ! 俺はこの部屋の主だぁ!」
 だがその声は、瞬時にして絶叫に代わる。
「ぎゃああああああ!」
 声めがけて突き入れたルクスのロングスピア「黒十字」が、魔物にぐさりと突き刺さったのだ。たまらず魔物は姿を現して威嚇。
「貴様ぁ! よくもぉ!」
「やれやれ、饒舌な奴だ。ちっとは静かにできないのかね‥‥」
 ざぐっ! 続いて魔物を切り裂いたのはレイの霊刀「ホムラ」。
「ぎゃあああ! お、おのれぇ! 貴様らに伝染病の呪いをくれてやる!」
「伝染病? いいね、そういうの大歓迎」
 と答えて、ルクスはまたしても黒十字でぐさり。
「ぎえええ! ま、待てぇ‥‥、俺を殺せばカオスの王が黙っていないぞ!」
「へぇ、カオスの王の‥‥知ったこっちゃないね。後のことは起こってから考える」
 と言いつつもう一度、ぐさり。
「ぐああああ! よくも俺を怒らせたな! 王家の悪事を国中にばらしてやる!」
 そこへ進み出たオルステッド、イシューリエルの槍デビルスレイヤーで魔物をぐっさり。
「うぎゃああああ!」
 これは強烈に効いた。のたうち回る魔物にオルステッドは言い放つ。
「‥‥王の悪事? それがどうした。王の行為は善悪の彼岸にあるものだ。それを裁けるのは後世の歴史家だ。私や貴様ではない!」
 実際問題、必要が有れば悪を為せないようでは王は国を、領民を守れない。そしてその行為の是非は結果でのみ裁かれるものである。どんなに悪徳に満ち、私欲のままに振る舞おうが、彼が国や領民に幸福をもたらすならば善王と歴史に記されるものである。また、人の子に全き者など一人も居ない。オルステッドは知っている。ダビデ大王は忠実なる部下を殺してその妻を奪った。しかし、ジ・アースでは未だに聖王と崇められている。
「‥‥よくも‥‥よくもカオス界の密偵の俺様を‥‥」
 魔物の姿が変化する。細長いヘビに姿を変えると、魔物はガラクタの隙間の中へ逃げ込んだ。しかし間一髪、魔法のブーツを履いたエリーシャの足が、ヘビの尻尾を踏んづけて取り押さえる。
「ほっほっほ、何が密偵か。正確にパシリと名乗れパシリと」
 ヘビに向かい、勝ち誇って言い放つヴェガ。
「待て、取引だ。俺を助けてくれたらお前達をウィルの王に‥‥」
「知らないよ、俺の仕事はあんたを消すこと。以上さよなら」
 もはや魔物の言葉に耳貸さず。ルクスの黒十字がヘビの頭を貫いた。
「ぎゃああああああああっ!!」
 大絶叫。ヘビの体は膨れあがって魔物の正体を露わにする。間髪を置かずオルステッドの槍が魔物の急所を貫く。魔物は息絶えたそのままの姿勢で灰と化し、空気の中に溶け込んで消えた。
 暫しの沈黙の後に、ヴェガが一言。
「情けないやつじゃ」
 それが、滅びし魔物に贈る言葉。

●ヘビの眼
 戦いは終わったが、これで全てが片付いた訳ではない。
 戦闘後、ヴェガは魔法で城内を探査。探査の範囲は限られていたが、魔物の存在はもはや探知されなかった。
 ゾーラクはパーストの魔法で開かずの間の過去見を行う。何度か試すうちに彼女は奇怪な光景を目にした。邪悪なる祭壇の真上に黒い霧が立ちこめ、そこに巨大な白い顔が浮かんでいる。その顔は人間のようでいて人間ではない。何故なら、こちらに向けられたその顔の眼はヘビのような不気味な眼だったのだ。
 開かずの間の主は巨大な顔の前に平伏していた。
 念のため祭壇と周辺を調べたが、もはやそこに魔物はいなかった。
「あそこに現れていたのは幻? とすれば、この祭壇は一種の通信装置の役割を果たしていて、上級の魔物との連絡に使われていたのでしょうね」
 結果をエーロンに告げると、この情報を冒険者内で共有する事を許可してくれた。
「お前が見た上級の魔物の特徴や、祭壇の形態などは詳しく伝えて構わん。寧ろその方が後々役に立つ。但し、祭壇のあった場所が王城の中だった事は秘密だ」
 調査が終わると祭壇は解体され、開かずの間に詰め込まれていた数々の禍々しき物と共に、消毒用の石灰をまぶして外に運び出された。

●カオスの標的
 オルステッドはエーロンに告げる。
「デビルとカオスは似ている。上級デビル退治経験者の所見として、できれば内々に奏上したい事が‥‥」
「言ってみろ」
「先王とカオスが繋がっていた、或いはこれからつながる可能性について。連中は高貴な魂の衰弱に付け込むのが得意であり、好みである。病気療養中に篭絡されねば良いが。それに昨今の騒ぎの頻発、カオス界の王が本格的に攻勢をかけてくる可能性もある」
 続いてイリアが進言。
「魔物の契約と先王陛下に対する言動は虚言と考えていますが、虚言を信じさせる為によからぬ呪いをかけているかもしれません。ですから神聖魔法での解呪の試みと、口が堅く神聖魔法に長けた者を陛下の治療院に招き、治療としてカオスを祓う事を提案します。また先王陛下の身辺警備は信頼出来る方に。そしてこれを」
 差し出したのは、魔を寄せ付けない結界を張る事が出来る『聖なる釘』。
「先王陛下の身を守る為に献上致します」
 イコンは寧ろ、マリーネ姫が気掛かりだ。
「カオスの最大の目的はマリーネ姫ではないかと思います。ある事無い事吹き込んで、姫様とエーロン陛下との溝を作ったり、姫自身や御子様の健康を害させたりして、フオロ家や国を混乱させる為に‥‥」
 最後はレイの進言。
「ともあれ、従来ウィルではあまり見られなかったカオスの魔物の、目撃証言が増えているのは事実のようです。天界の冒険者や教会関係者は類似するデビルについて詳しいようですから、彼らの意見を採り入れて抜本的に警備の仕方を再構築した方が良いかと」
 彼ら一人一人の話を聞き終えると、エーロンは告げる。
「進言に感謝する。遠からず、俺も数々の決断を為さねばなるまい。但し、俺から正式な要請があるまでは、くれぐれも早まった行動はするなよ。その時が来たら、お前達の力を借りる」

●戦いはこれから
 任務を終え、冒険者達はフオロ城を後にする。
「この一件、あの部屋のみで終わるとも思えません。王都、或いは他の城や町にどれ程カオスの手先が潜み、魔手を伸ばしているか‥‥。このウィルをカオスから護る為、我等に竜と精霊の加護のあらんことを!」
 と、戦いの決意を新たにするエリーシャ。その言葉を聞き、アトスは彼女に告げる。
「魔物と戦う為の三箇条を教えておきましょう。
 一つ。焦らず待ち確かな兆候を見極めよ。
 二つ。己の弱さを知り、その弱さから目をそむけることなかれ。
 三つ。信頼こそ最も強き武器なり。
 忘れていませんよ、ヴィンセンスさん」
 最後に呟いたのは、その教えをアトスに授けし者の名。
「退く事は出来ない。カオスバスターと呼ばれるその日まで!」