試練の姫君〜さようならフオロ城

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月07日〜02月10日

リプレイ公開日:2007年02月18日

●オープニング

●夢幻境
 ここはどこ‥‥?
 気がつけば、体は宙に浮いていた。支える物は何一つ無いというのに、まるで雲のようにふわふわと。
 ここはどこ‥‥?
 下を見下ろせば白い闇。いや、それは夜闇の中に浮かぶ白い雲。どこまでも広く、どこまでも深く広がる雲。
 ここはどこ‥‥?
 上を見上げると、そこには月精霊の輝き。奇妙なことに、その輝きは地上で見上げた時よりも遙かに大きく、見ている自分までもがその輝きの中に呑み込まれてしまいそう。
 あ‥‥!
 目の前に巨大な影。月精霊の輝きは翼を広げた大きな影に遮られたが、今度はその巨大な姿に月精霊の光が宿ったかの如く、きらきらと美しい輝きを帯びる。
 それはヒュージドラゴン。羽毛の生えた翼持つ巨大な竜。世界の監視者とも言われる偉大なる存在。
 もっともこれまでは話に聞くばかりで、その姿を直接に見たことは無かった。
 それでも目の前に現れたその姿を見た時、なぜか分かった。その巨大な竜はアトランティスの守護者たる7匹のヒュージドラゴンのうちの1匹。月精霊の力を司るルナードラゴンであることに。
「あの‥‥!」
 思わず、ルナーに問いかけようとした。
 何を?
 問いかけようとして気付く。
 私、何か大切な物を何処かに忘れていない?
 それは何だったのだろう?
 懸命に思い出そうとしても、何故か思い出せない。
(「人の娘よ、よくお聞き‥‥」)
 ヒュージドラゴンは語り始めた。頭に直接響いて来る不思議な言葉で。長く続くその言葉を聞きながら、ふと思う。
 ルナー、あなたはどうしてそんな悲しそうな目をしているの?

●現身(うつしみ)
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
 その産声が姫の意識を、夢の世界から現実へと引き戻した。
 閉じていた目をゆっくり開くと、産まれたばかりの赤子を抱いた主治医がいた。
「‥‥産まれたのね」
「はい。元気な男の赤ちゃんです」
 胸に暖かい温もり。産湯で身を清められた赤子は今、姫の胸に寄り添っている。
 ‥‥私の大切な物って、これだったのね。
「私の赤ちゃん‥‥」
 姫は安心したように目を閉じると、再び眠りに落ちる。それは夢の無い安らかな眠り。

●夢に見たルナー
「夢を見たの」
 二度目の眠りから覚めたマリーネ姫は開口一番に告げた。
「ルナードラゴンの夢よ。ルナーは私に語ってくれたの」
 そこまで言って、はっと気が付く。姫はルナーの語った言葉をすっかり忘れていた。
「ああ、どうしたらいいの!? ルナーが語ってくれた言葉を忘れてしまうなんて!」
「姫、それは夢です。夢というものは、目が覚めてしまえば大抵は忘れてしまうものでしょう?」
 出産の立会人としてずっと姫に付き添っていたリシェルが、慰めるように言葉をかけた。セレ分国のエルフ貴族である彼女は、姫が幼い頃より慕い続けた数少ない者の一人。
「でも、あれはただの夢じゃないような気がするの。ルナーは私に何か大切な事を伝えたかったのかもしれないのに‥‥」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないし」
 リシェルは謎かけのように言葉を口にする。
「もしもそうだと信じるのならば、その事を忘れることなく心に留めておきなさい。いつかルナーが再び、夢の中で語りかけてくるかもしれないわ」

●名付け親
 産まれて来る赤ちゃんの名付け親に。そう頼んだ相手のルーケイ伯が姫の前に現れた。
「お生まれになったお子の名は『オスカー』です」
 ルーケイ伯にとっては思い出深き少年の名。その名を口にすると、故郷ジ・アースでの数々の記憶がふと甦る。
「オスカー? オスカー!」
 姫はその名前が気に入った様子で、何度も何度も口にする。が、姫は何を思ったか、ふと押し黙る。
「お気に召しませんか?」
「いいえ、素敵な名前よ。とても気に入ったわ。でも‥‥何かが足りないような気がするの」
 暫し姫は考え、そして決めた。
「この子にもう一つ名前をつけてあげましょう」
「もう一つの名前を!?」
 いきなりそんな事を言われて、流石にルーケイ伯は驚いた。
「そうよ。もう一つの名前はルーネス。ルナードラゴンのルナーに因んだ名前です。力強くて頼もしい勇者である貴方がつけてくれた名前に、この世界で最も偉大なドラゴンにあやかった名前。この2つの名前を付けてあげたなら、この子もきっと人と竜の力を兼ね備えたような強い子に育つでしょう?」
 突然にこんな突拍子もない事を言い出し、さっさと決めてしまうところは何処の誰に似たのだろう。
 そういう経過があって、産まれたばかりの姫の子どもの名はオスカー・ルーネス・アネットとなった。伝え聞かされた話によれば、このマリーネの振る舞いを知ったエーロン分国王は、
「贅沢にも産まれた子に二つも名前を贈ったか。多少はマシになったとは思ったが、あの欲張りな性格は早々には治らぬようだな」
と、皮肉っぽく口にしたとか。

●姫様のお引っ越し
 突然の話だが、姫はフオロ城から引っ越す事になった。エーロン分国王の意向を受けてのことである。
「貴族街には長らく使われず空き家のままになっていた、アネット家の屋敷がある。今後はそこに移り住むがよい」
 住み慣れたフオロ城を去るのは寂しい。しかしアネット家の屋敷と言えば、幼少のマリーネ姫が今は亡き母君と共に暮らしていた、懐かしき我が家でもある。城に移り住んだのは母君マルーカが反国王派と目される暗殺者に殺害され、先王エーガンが姫の身を案じて身近に住まわせることを望んだからだ。その我が家に戻れる事を考えれば、寂しいばかりの話でもない。
 但し、懐かしき我が家とはいえ長年使われずにいた屋敷だ。再び人が住めるようにするのには時間がかかる。準備が整うまでの間、姫はお付きの者たち共々、どこか別の場所に滞在しなければならない。
「ロイ子爵のお屋敷はどうかしら?」
 冒険貴族の異名を持つロイ子爵は、これまでのドラゴンにまつわる様々な冒険で、姫と行動を共にした仲。ルナードラゴンの夢が気になっていたこともあり、姫が人を遣わしてロイ子爵の屋敷に滞在したい旨を伝えると、ロイ子爵からは喜んで姫をお招きするとの返事が届いた。これで姫のご滞在場所は決定。但し、フオロ城と比べたら小さな屋敷なので、衛士長や侍女長はじめ多人数の随行者を同行させる姫にとっては、いささか狭い思いをすることだろう。
 折りしもフオロ城では魔物の巣くう部屋が見付かり、魔物退治の為に冒険者達が呼び集められた。万全を期したとしても、部屋から逃げ出した魔物が姫に悪さをしでかす恐れもある。よって姫の一行は魔物退治が本格化する前に、城を離れる事になった。
 引っ越しには冒険者が護衛として付き添い、フオロ城からロイ子爵の屋敷までの短い道中ではあるが、有り得るかもしれない謀反人や魔物の襲撃から姫を守ることになる。もっとも姫にとっては護衛としてだけではなく、安心できる話し相手としても側にいて欲しいことだろう。
 なお、ロイ子爵の屋敷に到着後には、ささやかな晩餐会が行われる予定である。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

ウルリカ・ルナルシフォル(eb3442

●リプレイ本文

●ルナーの夢
 マリーネ姫の御子の名前を知り、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)は驚いた。ルナードラゴンに由来する「ルーネス」、そして彼にとっては懐かしい「オスカー」という名前。
「ルーネスという名は、姫がルナードラゴンの夢を見たことから付いた名です」
 と、姫に付き添うリシェル子爵が彼に話してくれた。
「とまれ、アトランティスの人にとって天界人とドラゴンそれぞれに由来する名を持つ事は象徴的な気がします」
 そう言うと、
「私もそう思います。あの子は運命の子なのかもしれません」
 と、リシェルも相づちを打つ。
 空戦騎士団団長のシャルロット・プラン(eb4219)も、フオロ城にリシェルを訪ねて来ていた。
「本当にありがとうございました」
 出産に付き添ってくれた事への礼を述べ、
「これからもあの少女のご友人として、懇意にお願いできませんでしょうか」
 求めると、
「勿論です。これからもずっと。そして貴方とも」
 リシェルは快く答えた。
 マリーネ姫は今、赤子と共にベッドの上。姫の前には2人の訪問客の姿。
「友人のイコンが云うには、『姫様は竜と友好の約定を交わした大切なお方の一人』。わしも友人と共に、姫様と御子様の御多幸を祈らせて頂きたいのぅ」
 客の一人、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)がそう言葉を向けると、姫は少し残念そうに言う。
「でも、まだ思い出せないの。夢でルナーが話してくれた言葉を」
 言って、姫はもう一人の客のカルナックス・レイヴ(eb2448)を見つめる。
「ふうむ‥‥確かに夢の内容を覚えておくというのは、なかなかに難しいかも知れませんね」
 と、彼は答えておいた。シュタールも言葉を添える。
「それが重要なものであるなら、時が来れば必ず思い出すのではないかのぉ?」
 姫は宙に視線をさまよわせ、ぽつりと言う。
「今はまだその時ではないのね」

●城を離れる日
 今日は姫が城を離れる日。
 出発に先立ち、アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)はアメジストリングを姫に献上した。
「紫水晶には、古くから魔除の力があるといいますので。ともあれ、母子共にご無事で何よりでした。平坦な道程ばかりでは御座いませんでしょうが、姫様とオスカー殿下に『大いなる父』の加護がありますよう、祈らせていただきます」
「貴方にも竜と精霊のご加護がありますように」
 と、姫も彼女に言葉をかける。
 出発の準備が整うまでの間、カルナックスは専ら姫の話し相手を務めた。話題は主に、引越し先のお屋敷のこととオスカーのこと。
「春には色とりどりの花が咲きますが、姫はいかなる色がお好みでしょうか? 赤? 黄色? それとも‥‥」
「赤かしら? でも、すぐに散ってしまう花は嫌」
「では折りを見て、長持ちする花を探して参りましょう。時に、男の子が元気に遊べるような庭や、木登りのための大樹も用意した方が良いかと」
「大樹なら、私の子どもの頃から生えているわ。あの頃から一段と大きくなったでしょうね」
 果ては食器や子ども服にまで話は及び、気がつくともう出発の時刻。
「貴方と一緒にいると、時の経つのも忘れてしまうわ」
 と、姫はにっこり。

●チャリオット
 冒険者の発案により、姫はフロートチャリオットに乗って移動する事になった。
「何故にチャリオットなのだ!?」
 衛士長はこの案が気に入らない。
「屋根付きの馬車ならいくらでもあるだろう!?」
「しかし、首がすわるかどうかの赤子と、産後間もない女性が馬車に揺られて旅するというのは、只でさえ大変な話です」
 マリウスが反論する。
「そこに襲撃の恐れありとなったら、無茶もいいところ。フロートチャリオットならば揺れや狙撃から守るのも易いでしょう」
「本気で言っているのか?」
 衛士長はマリウスをチャリオットの保管場所まで連れて行き、現物を見せながら言い聞かせる。
「そもそもチャリオットは武装した人間を乗せる為に作られた、戦いの道具だぞ。ご覧の通り、車体に屋根が無い。高所から矢を放たれたり、投石された場合に守りが手薄になるではないか。それにチャリオットは車体を傾斜させて移動するのだ。スピードが増して傾斜が高まれば、姫の乗り心地が悪くなる。スピードを出さずにいれば斜体の傾斜も僅かになろうが、のろのろ走っていてはかえって襲撃時の危険が増える。そもそも移動は城から王都の貴族街までだ。丸一日、馬車で揺られる旅とは違う。屋根付き馬車の内側にクッションを敷き詰めて、姫にお乗り頂けばそれで済む。馬車を使え」
 しかし、姫をチャリオットに乗せるつもりでいた冒険者は、マリウスだけでは無かった。
「おまえ達、どうあっても馬車は使わん気だな!?」
 困った衛士長は姫にお伺いを立てに行った。その結果。
「私は構いません。チャリオットに乗るのも面白そうです」
 姫のこの一言で全てが決まった。

●出発
 チャリオットの積載量は約500キロ。先ずは姫と赤子のために簡易寝台と多数のクッションが運び込まれた。移動中、斜体の傾斜でベッドがずれないよう、床には横木のつっかい棒も渡された。姫と赤子とベッドで丁度、人間2人分の重さだ。
 同乗者は運転手が1人に護衛が3人。体重軽めの者達を選ぶ。
「よりによって、お前が運転するのか!?」
 運転手として名乗りを上げた山下博士(eb4096)に、衛士長は不満顔。
「万事、セーフティーな運転を心掛けます。非常時以外は飛ばしたりしません」
 正直言って博士、チャリオットの運転はうまくない。もう一人の運転手、ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)にしてもそれは同じだ。
 それでも目的地は貴族街。人の歩く速さで走行したとしても、半日もかからずに到着だ。
 ついでに言えば、衛士長の心配の種がもう一つ。護衛としてチャリオットに乗り込んだレン・ウィンドフェザー(ea4509)のことだ。歴としたウィンターフォルセ領主ながら、
「おねーちゃんがまもってあげるの!」
 とばかり乗り込んだ彼女。血は繋がっていないが、先王の養女である彼女にとって、立場上オスカーは義弟となる。それはいいがレンは何を何を思ったか、妙な輝きを放つ球で赤子をあやそうとする。
「お戯れは勘弁!」
 何かの魔法アイテムか、はたまた妖精の卵なのか? 衛士長には判断つきかねたが、万が一の事を考えて衛士長は自粛を願った。
 出発に先立ち、マリウスは姫に「船乗りのお守り」と「家内安全のお札」を献上。今回はちょっと場違いな感じもするが、姫は彼の気持ちを汲み取って受け取った。
 そろそろ城で魔物退治が始まろうという頃、姫一行は出発の時を迎える。
「時は来ました。短い道中ではありますがこのアレクシアス、姫の守り刀として常にお側に」
 サーコートで礼装したアレクシアス・フェザント(ea1565)は一礼し、姫に出発の時を告げる。その頭上には彼と面識あるシフールの冒険者。姫に励ましの言葉を贈ると、姫はその言葉を聞いて彼女に求めた。
「カッツェのお友達なの? カッツェに宜しく伝えておいて」

●魔物襲来
 屋根の無いチャリオットには利点があった。それはチャリオットに乗る姫の姿が、道に立って見送る人々から見やすくなることだった。地球で言えば、さしずめオープンカーに乗った有名人。馬に乗った衛士達に先導され、チャリオットは都の通りを行く。
 有名人の顔見せということでは、今回のささやかなお引っ越し道中も豪華なメンバー揃い。先ず、武勲の誉れ高きルーケイ伯アレクシアスに、空戦騎士団団長シャルロット、このお二方が姫の護衛となって騎行し、チャリオットの右と左を守り固めているのだ。
 チャリオットの上にもぱこぱこ子爵にフォルセ領主、さらに姫の公開出産で名を上げたルエラ。しかし何といっても一番目立つのはマリーネ姫で、赤子を抱いて寝台の上に身を横たえつつ、クッションを背もたれにして上半身を起こした姿勢で、道の両側に立ってお見送りする人々に笑顔を向けたり手を振ったり。これで観衆が沸き立たない訳がない。
「マリーネ姫様万歳!」
「姫様に竜と精霊の祝福を!」
 歓声に包まれ、姫もとても嬉しそう。
 姫のチャリオットの後には馬車の列が続くが、これらの馬車には姫に仕える侍女達に、赤子を養い育てる為に雇われた乳母が乗る。マリウスはチャリオットの後方を守る形で騎行していたが、身につけた『石の中の蝶』に絶えず注意を払っていた。これはデビルの接近を警告するアイテム。果たしてこの世界のカオスの魔物にも効き目があるだろうか?
 蝶が羽ばたいた。羽ばたきは次第に激しくなる。
「魔物が近くに!」
 即座にマリウスは警告を発する。
「チャリオット! 速度そのままで前進! 後続の馬車は速度落とせ! 護衛は抜刀して襲撃に備えよ!」
 アレクシアスの指示が飛ぶ。戦いには手慣れたものだ。
「これを」
 ルエラは『微風の扇』を姫に握らせ、自らは聖剣「アルマス」を構えて襲撃に備える。
 魔物は空から襲って来た。王城での魔物退治から逃げて来た、コウモリの翼を生やした醜い小鬼どもだ。それが3匹、嫌らしい叫びを上げながらマリーネ姫に向かって来る。
 姫の側を守るレンが、高速詠唱でアグラベイションの魔法を放つ。魔物全部にかけたつもりが、動きが鈍ったのは1匹のみ。効き目が悪い。さらに高速詠唱でもう1発。護衛として同乗するカルナックスもコアギュレイトの魔法を放つや、魔物の1匹が固まって落ちて来た。それを下から迎え撃ったのが、ルエラの聖剣「アルマス」デビルスレイヤー。聖剣は魔物を貫き、魔物は絶命。その体が瞬時にして灰と化す。
 残る2匹の魔物もアグラベイションで動きを鈍らされ、チャリオットの周りをふらふら飛び回っている。
 アレクシアスのサンソード「ムラサメ」が閃いた。オーラパワーで力を満たされた剣だ。一撃で魔物は葬られ、これも空中で灰と化す。もう一匹の魔物はと見れば、ゴチゴチの石像と化して地面に転がっている。レンがストーンの魔法を放ったのだ。
 アルクトゥルスが駆けつけ、石と化した魔物にディストロイの魔法を放つ。魔物は瞬時にして砕け散った。
 マリウスが『石の中の蝶』を見れば、蝶の羽ばたきは止まっている。魔物は全て片付いたのだ。
「姫、お怪我は?」
 念のためカルナックスが問いかけると、姫はにっこり。
「魔物は手も足も出なかったわね。この子も無事。皆が守ってくれたお陰よ」
 言って、赤子の頭をいとおしそうに撫でる。
 それはほんの短い時間の出来事。見守る聴衆にしてみれば、最初は何が起きたのかも分からず。全てを理解したのは、魔物全てが打ち倒された後だった。
 後に話は広まり、魔物にも決して動じなかった姫の勇気と、手際よく魔物を退治して姫を守った冒険者達の気概が讃えられたのは言うまでもない。

●館へのご到着
 魔物襲撃の後はさしたる事件もなく、一行はロイ子爵の館に到着した。
 あれから『石の中の蝶』が羽ばたく事もなく、近づいて来る虫も小動物もなし。もっとも今は虫のほとんどいない冬場だ。これが夏だったら、虫が気になるアルクトゥルスなどは、大忙しとなったことだろう。
 ルエラはロイ子爵とリシェル・ヴァーラ子爵への礼を忘れず、二人にそれぞれ皆紅扇と香水「フォレストノート・オータム」を献上。
「今後ともマリーネ姫様及び御子様との、末永いご交流をお願い申し上げます」
 ちなみにこれらの献上品を、二人はとても気に入ったようである。
 シュタールは内密にロイ子爵の許可を貰い、ヘキサグラム・タリスマンを発動させて、姫の宿泊場所に結界を張る。さらなる魔物の襲撃があったとしても、これなら安心だ。
 姫の泊まり支度も終わると、シャルロットは姫に頼んで赤子を抱かせて貰った。
「オスカー様。男の子ですね‥‥。今は可愛らしいですが、これがあっという間に大きくやんちゃになりますよ。なにせ‥‥前に抱いたカーくん。あのしわくちゃの赤子がもう立派な‥‥カーロン殿下の家臣ドイトレ殿ですから、今では実に可愛げがない」
 その間、色々な運命の流転があった。ふうっとシャルロットは大げさにため息。これに姫は笑いを誘われた。
「シャルロット、あなた何年生きているの?」
「かれこれ77年にもなりましょうか」
 エルフの寿命は人間の3倍。
「それじゃ、まるでおばあさん‥‥」
 自分の言葉に姫は吹き出し、流石にその後でごめんなさいと謝ったが、それでも笑いを堪えるのに四苦八苦。
 折りを見て、山下博士は姫に進言する。
「カオスがマリーネ様と殿下のお命を狙ってきたと言うことは、殿下の存在が奴らにとって脅威なのだと思います。賤の女(しずのめ)では無く、高貴なマリーネ様のお乳を吸うことが、殿下のおんためだと思います」
 博士が故郷の地球で仕入れた知識によれば、初乳には免疫物質が含まれ、病原菌に対する新生児の抵抗力を強める。しかしこの進言に姫は困った顔をした。未成熟な体による出産のため、お乳の出が悪いのだ。それでも、可能な限り自分の乳を与えようとするマリーネであった。

●月精霊の光の下で
 その日のささやかな晩餐会で、姫は安楽椅子に座ってのご出席。
「もっと体が元気なら、ダンスも踊れたのに」
 と、姫は残念そう。長いこと城に篭もりきりで、ベッドの上の生活ばかりが続いたから、体力が相当に落ちている。ご出産の日から半月ほどが過ぎたが、体はまだまだ本調子ではない。
 それでも姫は晩餐会を楽しんだ。ダンスは見る側に回ったが、シャルロットとマリウスのダンスする有り様を食い入るように見つめ、ダンスが終わるとこんな感想を。
「あんなシャルロットを見たのは初めて」
 言って、くすっと笑う。ちなみにシャルロットは始終、マリウスにリードされっ放し。続いて姫はマリウスを呼び寄せ、
「いつか貴方とダンスを」
 と、その耳に囁く。マリウスは姫に一礼して、
「いつまでいられるか判りませんが、御子が人と竜の架け橋になるまでお守りしたいと思います」
 と告げた。
 シャルロットはそっと晩餐会を抜け出し、屋敷のバルコニーへ。外はとうに夜。空からは月精霊の柔らかな光。
 暫く月を眺め、これからの自分の戦いを思い決意と覚悟を新たにしていると、姫の声がした。
「こんな所にいらしたの?」
 おぼつかない足取りで姫が近づく。
「ただ暖かい晩餐とはいえ、外はまだ肌寒い季節。姫、ご自愛下さい」
 言葉をかけ、姫に連れ添って大広間へ戻る。
 丁度、大広間は皆の冒険話で盛り上がっていた。ロイ子爵の隣にはフォルセ領主レンの姿が見える。ロイ子爵とレンはすっかりうち解けた様子。
「これからも、とーさまをよろしくおねがいするの」
「フォルセ領主殿のお言葉、確かに聞き届けましたぞ」
 ふと、シャルロットは思い出す。
 そもそもの冒険の始まりとなった、血痕にまみれた竜の羽、そして竜の力を凌駕する暴力の存在を。
(「強力なカオス出没の話も聞く。‥‥確かに引っかかるが」)
 何かを結び付けるにはあと一要素、何かが足りないような気がする。

●諫言
 翌日。姫はアレクシアスと話をする機会を得た。
 話が終わってアレクシアスは部屋を退出し、その後でルエラが様子を見に行くと、姫はいつになく神妙にしている。
 あまりにも黙りこくっているので、お体の調子でも悪いのかと思った程。
「どうかなされましたか?」
「アレクシアスより‥‥」
 一瞬口を噤み、その後で姫はさらりと言ってのけた。
「‥‥私の身を思っての諫言を」
「そうでしたか」
 相当、耳に痛い事を言われたに違いない。しかし姫もこれから自分が何を為すべきか、徐々に判ってくるだろう。
「ところで、あれから竜の夢を?」
 尋ねると、姫は首を振る。
「ルナーの言葉をまだ思い出せないの。私の心掛けが悪いからかしら?」
「今は忘れてしまっていても、必要な時期がくれば必要なことは必ず思いだせるはずです。今は竜からのお告げがあったということだけを心に留め、『自分はここにいます』と姫様に呼びかけていらっしゃる御子様を育て、交流されることが一番かと存じます」
 ルエラはそう助言する。
 耳を澄ますと赤子の泣き声、そして赤子をあやす乳母の声がする。
「オスカーをここに呼んで」
 姫はルエラにそう求めた。

●親衛隊
 マリーネ姫も屋敷に馴染んだ頃合いを見て、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)は姫にエーガン隔離の件を打ち明ける。
「やはり、そういうことだったのね」
 姫も薄々は気付いていたのだろうが。
「陛下はまだこの子の顔をご覧になっていない‥‥」
 腕の中の赤子を見つめる姫の姿があまりにも不憫に思え、
「このベアル、マリーネ様、オスカー様が安心して住める国を築く為の捨石となる所存。陛下の病状については逐一、姫がお知りになれるようエーロン王子にも願い出ましょう。エーガン様の病症は私も詳しい事は存じておりませんが、必ずや回復するものと信じております」
 姫にそう告げ、さらに高級石鹸を献上。
「天界製の上質な石鹸です。オスカー様の御身体を洗う時にぜひ御使い下さい」
 姫の前より退出すると、ベアルファレスは衛士長の元に向かう。親衛隊のことで相談せねばならぬ事があったのだ。
 親衛隊の人員増に紋章の作製、やらねばならぬ事は沢山ある。