●リプレイ本文
●ひっそりと旅立つ
冒険者酒場の一角。ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の話を聞くイーダとオークルの姿がある。驚きのあまり呆然としているオークルに対して、事の流れを理解しているイーダは落ちついたものだ。
「‥‥と、いう訳なのじゃ。だから今度の件は我らしふしふ団に任せて、おぬしらは生徒達を守っていて欲しいのじゃ」
イーダはひとつ溜息をついて、そうするつもりだよ、と頷いた。
「ワルダーのとこにすっ飛んで行きたいのは山々だけどね。あたいはゴドフリーさんと、仲間達と、あんた達とも約束をして『先生』ってやつになったんだ。だから、この学校が必要なくなるまでは、少しでもヤバい臭いのする話に関わる訳にはいかないのさ」
うむ、と頷くユラヴィカ。オークルに視線を移すと、彼は眉間に皺を寄せて、むー、と唸っていた。
「ミックのやつ、どうして話してくれなかったのか‥‥水臭いっ」
ぷりぷりとご立腹。
「オークル、それは‥‥」
「分かってる。分かったらもう、どうしたって手伝いになんて行けないじゃないか。あいつは水臭くて卑怯なやつだ」
彼はそう呟いて、肩を落とした。彼らは知る限りの‥‥とはいっても数年前の情報ではあるのだが‥‥村々の様子や地勢、生活の中で利用していた抜け道や隠れられそうな場所などをユラヴィカに伝える。
「まあ、あんた達がヘマやらかしてマズい立場に置かれても安心していいよ。ちゃんと見捨てて、学校だけは守ってやるからね」
ひどいのじゃ、と大袈裟に嘆くユラヴィカに、イシシと、イーダが笑って見せた。
学校に戻ったイーダは、ユラヴィカから新たに贈られたスプレー缶を、他のスプレーと共に並べる。美しい七色を前にして、彼女は思案を始めた。
バンゴとしふしふ団の面々は、かつて生徒達と楽しく歩いた道を辿り、更にその向こうへと進む。あの時とは違い、なるべく顔を見られぬようにしながらの足早な旅では、同じ風景も全く違って見えた。
一行は深夜になるまで歩を止めなかったが、マウロ領の手前で足を止め、キャンプを張った。この辺りはフラル家の領地になる。干し肉を出し合い、燕桂花(ea3501)が豆と一緒に火を通して温かな食事を作った。皆で白い息を吐きながらお腹の中に納める。
「ミックが言っていた『隣領』とは、恐らくこのフラルのことだと思います。‥‥出来るならば、話を他所にまで広げる事無く終わらせたいものです」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が呟く。
(「アレクシアス様が気にかけていらっしゃるオスカー様を、こんな面倒に巻き込むわけにはいきません。火種は小さな内に潰しておかなければ」)
真剣に思案を巡らせるディアッカだ。が、ちなみにフラル家の嫡子はオスカーではなくてオットーだ。今頃何処かの貴公子がクシャミでもしていそうだがそれはさておき。
「あたしは、領主様に話を通しておくアルよ」
じゃーん、と孫美星(eb3771)が取り出したのは、一通の書状。
「シャリーア・フォルテライズ男爵閣下様に書いて頂いたヨ」
バンゴがゲホガハと咳き込んだ。
「な!? お前、貴族と知り合いなのか!」
案外あなどれん奴だ、と驚くバンゴに、美星、鼻高々。
「結構な難物という話じゃ、カチンと来てもぐっと我慢なのじゃぞ?」
ユラヴィカに言われ、美星、が、がんばるアルよ、と拳を握る。
「んー、あたいには難しいお話は良く分かんないけど、美味しい料理を作って場を和ますのがお仕事かな〜って考えてるよ」
と、おかわりをよそいながら、桂花。
「あたしはお話と歌で宴を盛り上げまっす〜♪」
るる〜と竪琴を鳴らしながら、ま、いつも通りだよね、とファム・イーリー(ea5684)が笑う。モニカ・ベイリー(ea6917)はバンゴに向き直り、頼みたいことがあるんだ、と切り出した。
「シャリーさんに確認したいことがあるの。直接接触できないかな。もちろん、それで危険が増すというなら、無理にとは言わないけど」
バンゴはそうだな‥‥と首を捻り、なんとかしよう、と請合った。
「じゃあ、俺はワルダー達と合流して、お前らの動きをミックとシャリーに伝えておくからな。後はもう、その場での勝負になっちまう‥‥ヘマするなよ」
あなたもね、とモニカ。
「ああ? 俺はいつでも完璧だろーが」
嘯いたバンゴは、汁まで啜ってから、美味かったぞ、桂花にと木皿を返した。
「驚いた。バンゴ君が素直に料理を褒めてくれたのって、初めてだよね?」
つまんねーこと覚えてる女だな、と相変わらず口の悪い彼。だが、その感謝の気持は、素直に受け取っておくことにする。
暫し焚き火に当たって体を温め、旅装を調えてから飛び立つバンゴ。彼は夜通し飛んで、一足先に現地入りしておく手筈だ。
「みんな、もう休め。明日は忙しくなる、休息を取っておかないと働けないぞ」
ワルダー達も同じ様なことを話しながら明日に備えているのだろうか、と考えると、なんだか可笑しい。飛天龍(eb0010)は最初の火の番を買って出、皆を先に眠らせた。水の中を漂う様なゆっくりとした速度で、いつもの様に、十二形意拳の型をなぞり始める。
●小心領主の巡行
薄寒い、どんよりと曇った陰気な日和だった。領地を見回る領主トーエン・マウロは威勢を示そうと考えたのか、まるで王様にでも会いに行くかの様な立派ないでたちで、美しい体躯の馬に跨っていた。周囲には、良く言えば戦い慣れしていそうな‥‥悪く言えば大層ガラの悪い騎士達がずらりと並び、出迎えた村の人々を威圧している。
「騎士達のあれは、今すぐにでも斬り合いが出来る装備じゃの」
ユラヴィカの評に、美星はごくりと息を飲む。両頬をぺちっと叩いて気合いを入れ、彼女は彼らの前に進み出た。ユラヴィカとディアッカも彼女に続く。
「ご領主様、始めてお目にかかるアル」
美星の礼は華国式のものではあったけれども、相手を敬う気持は伝わった筈だ。立ちはだかる騎士に美星が差し出した書状を、トーエンはこちらに遣せと仕草で指示する。最初は胡散臭げに封の紋章など眺め、いぶかしみながら斜めに書状を見遣っていた彼だったが、読み進めるにつれ、次第に表情が緩んでいった。どうやら文面が甚くお気にめした模様。
「使わされたのがお前達の如き翅付きというのが些か解せぬところだが、紳士たる者、教えを請う者を無碍に扱ったりはしないものだ。よかろう、存分に学んで行くが良い」
「ははーっ。有り難き幸せーっ」
三人して頭を垂れる。
(「お前達の如き翅付きって何ヨ、あたし達はお正月のゲームじゃないアル!」)
(「我慢じゃ、我慢なのじゃ」)
美星を宥めるユラヴィカだ。
「んん? そういえば後ろの二人には見覚えがある。確か罪人どもの反乱騒ぎの時だったか‥‥。あの折、少しは役に立ったのか? いやいや良い良い、何処ぞで震えておったとしても咎めはせぬ」
トーエン、膝を打って大笑い。騎士達もそれに倣って笑い出す。
(「何が可笑しいのじゃこのトウヘンボクども、おぬしらがあの騒動の引き金を引いた様なものじゃというのに!」)
(「我慢、我慢です‥‥」)
ユラヴィカを、今度はディアッカが宥める。シフール達の気持ちなど分かろう筈もなく、さあ有難がれと言わんばかりに胸を張るご領主様。
「なんでも今日は、ご領主様をみんなが宴で労う趣向と聞いたアル。ぜひぜひ、あたしたちもおもてなしをお手伝いさせて欲しいアルよ」
「ふむ、そうか? それは実に楽しみだな」
若干引き攣りながらもにこやかフェイスで話を進めた美星の努力を、ぽん、と両側から肩を叩いて、ユラヴィカとディアッカが労った。
この突然の珍客に、村の人々は大いに慌てた。村長がトーエン一行を案内せねばならない中、こそこそと足早に走り去る村人は、きっとこのことを他の村の長やワルダー達に報せに行くのだろう。
「そういう訳なので〜、よろしくお願いしまっす! 一緒に宴を盛り上げちゃいましょ〜っ」
ファムが面白可笑しい符丁で歌いながら飛び回るものだから、子供達は無邪気に喜び彼女の後をついて回る。荒っぽい行動に出る者が無いかと気を配るモニカだが、今のところその気配は無し。ワルダー達の姿も見えず、村人達は平静を装いながらも困り果てているばかり。
持て成しの場となる屋敷では、庭まで使って人々が宴の準備に励んでいた。
「やってるねー。あ、端っこの方使ってもいいかな? いいよね? うん、ありがとう☆」
桂花は返事を待たずさっさと陣取ると、てきぱきと調理の準備を進めてしまう。
「みんな、何処か上の空だな」
手伝いに加わった天龍が、村人達を一瞥しぽつりと漏らした。やはり企みを胸に擁いてのこと、そこに客を持て成そうとする熱意は見て取れなかった。仕事を機械的にこなしながら、ただその時を待っている‥‥そんな印象だ。
「お客を持て成すっていうのがどういうことか、あたい達がしっかり教えてあげなきゃね」
そうだな、と頷いた天龍。しかし、他にも難題が。
「地の物で何か特産品でもあればと思ったんだが、季節が季節だし、保存の効くものしかない様だ。後は家畜を縊るか‥‥」
「今日は寒いし、温かなものがいいよね。新鮮なお肉と、熟成させたお肉、ほこほこの根菜とお豆にしっかり肉汁を吸わせて‥‥。スープはとろみをつけて冷め難くしとこうかな。秘密兵器もあるしね」
桂花、しゃきーん、と万能包丁ニ刀流。彼女の包丁捌きに、天龍も思わず感嘆。村人達も目を止め、目を丸くして見入っている。
トーエンは村々を視察しながら、美星達を相手に誇らしげに自らの仕事を語る。切り開いて農地とするに適した森の見分け方、弱い土壌を改良する方法、森や林を利用して風を避ける工夫、水捌けの調整などなど、どれだけ腐心し命じているのか‥‥。
(「しかし、どう見ても上手く運んでいる様には見えませんね」)
理由はディアッカにもすぐに分かった。計画実現の為に働き、そこで作物を育てるべき人々にまるで活気が無いのだ。
「‥‥どんなに働いても絞り取られるばかりじゃないか、ばかばかしい」
誰かが、ぼそりと呟いた声が耳に入った。領主殿の耳には届かなかった様で、胸を撫で下ろす。ユラヴィカがイーダやオークルから聞いた風景は多くが荒地に変じており、意味を成さなくなっている。どうやら、開拓を始めても途中で逃亡してしまう者が後を断たぬらしい。
すっかり鬱々たる気分になって最初の村に戻り、やっと終わると安心した矢先、美星は周囲の林の中で蠢く影に気付いてしまった。よくよく目を凝らして見れば、其処此処に武装した兵士が身を伏せているではないか。
「けしからぬことを企む者がおらんとも限らんのでな。用心だ」
まさか計画を察しているのか、と疑ったが、どうもそうではないらしい。さすがに、自分が恨まれ、いつ襲われてもおかしくないと心得ている様だ。
「どうしてアルか、もっと話し合って‥‥」
「あやつらに、この私の苦労など分かるものか」
その言葉の突き放す様な響きに、本当に彼と人々を繋ぐことが出来るのか、じわじわ不安が込み上げてくる。
「‥‥だ、だめアル、弱気になっちゃ!」
ぺしぺし頬を叩いて気合を入れる。両のほっぺがヒリヒリと痛んだ。
●魔物の宴
村人達の企みも、着々と進行していた。穏やかな笑顔で領主を迎えた各村の長達は、彼を宴の準備が整った広間へと案内する。付き従うのは、主だった家来数名。他は別室で持て成される。
用意された酒や料理は、量が多いばかりの田舎料理だ。しかし、貧しい村人達が貴重な蓄えを出し合ったもので、決して粗末にして良いものではなかった。だが、皆ぴりぴりと互いを牽制し合うばかりで、広間の宴は表向き賑わっていても、酒も料理も余り進まず、場には何とも白々しい空気が流れている。そんな様子を覗き見て、桂花はがっくりと肩を落とした。
「ああ、料理がどんどん冷めちゃうよ‥‥」
料理人を殺すのに、刃物はいらない。
「むうう、しょっぱなからこの空気は想定外。仕方ない、あたしが頑張らないと──」
ファムが進み出ようとした、その時。ふわりと舞い降りトーエンの目の間に着地するや、大仰な仕草で頭を垂れたシフールがひとり。そして、無造作にどすんと落ちて来た、こちらは眼帯のバンゴ。
「よく来たな。あまりに豪華な食事を前に食が進まぬ様子だが、このワルダーが取り分けてやろう、感涙するがいい」
そのゴテゴテと全身に纏った装飾品の数々、尊大な態度。間違いなくワルダーだった。ただ、この日の彼は何処か道化じみていて、不思議と警戒感を抱かせなかった。当たり前の様に近付く彼に、家来達は無警戒。と、新しい料理を運んで来た天龍が割って入る様に皿を置き、トーエンに切り分け出した。ワルダーは、完全に間合いを潰された形。
「礼儀を知らぬ使用人だ。これをやるから下がるがいい」
指輪を引き抜き、ぽいと投げ渡す。
「ほう道化、ずいぶんと気前が良いな」
トーエンが言うと、ワルダーはふっと笑う。
「何、この様なもの、いくらでも湧いて出る」
ワルダーが軽く指を擦ると、今し方外した筈の指輪が彼の指に戻っていた。これは魔法ではなく、手品の一種だ。広間に、驚きの声が漏れる。
シャリーとミックは、村人達と共に給仕として、別室で飲食する護衛達を持て成している。バンゴに言われ、指定された部屋の壁を背に待っていたモニカは、コンコン、と壁を叩く音に顔を上げた。壁越しに聞こえるのは、確かにシャリーの声。モニカは手短に話を進めた。
「あなたが言ってたのって、『石の中の蝶』のことよね? つまり‥‥」
ええ、と彼女は答えた。
「話を聞いて、確信したの。ゲールがカオスの魔物に違いないんだってね。でも、彼女を信頼してるワルダーにそれを分からせるには、もっとはっきりとした証拠が必要なの。でも、ゲールはとても用心深くて神出鬼没で‥‥未だに尻尾を掴めていないわ」
「今、ゲールは何処に?」
「村外れの小屋に篭ってる」
「‥‥ありがとう、怪しまれない内に戻って」
とにかく、引きずり出さねば始まらない。モニカは美星と共に、村外れの小屋へと向かう。
静かな牽制が延々と続き、事態が膠着したと思われたその時。屋敷の外から幾つもの怒号が響いて来た。村の外で伏せていた兵達が、黒翅の襲撃を受けて混乱を来し、怒りのままに追い回しているのだ。
「まずい‥‥」
ディアッカが即興で、心落ち着かせるメロディを爪弾き奏でる。いきなり人々の感情が爆発する事は避けられたが、しかしこの状況は如何ともし難い。
「トーエン様、これはどうしたことでしょうか」
お互い様ではあるのだが、この際理屈は関係無い。人々の怒りの視線が一斉にトーエンを射抜く。身の危険を感じたトーエンは、大声で護衛を呼んだ。主の呼ぶ声に、別室の騎士達が立ち上がる。
「これはまずい、どうするシャリー!?」
「‥‥」
彼女はスクロールを手に取り、するりと開いた。
モニカとユラヴィカは、ゲールが居る筈の小屋に踏み入った。狭く薄暗い小屋の中には、得体の知れない道具が犇き、香の匂いで咽返るよう。犬の鼻には厳しかった様で、美星の連れて来た影虎は一目散に飛び出して、可哀想に、その日はずっとくしゃみをしていた。当のゲールは何処にもいない。モニカはデティクトアンデットで辺りをくまなく探ったが、反応は無し。
「‥‥小屋にはいなかったそうです」
テレパシーで状況を把握したディアッカが、皆に伝える。広間は一発触発の空気。
「領主は民の歓待を剣で汚した! この償いは如何にするべきか!」
ワルダーが人々を煽り立てる。騎士達は剣に手をかけ威嚇するが、どうにも数が違いすぎる。トーエンの護衛達が駆けつけないのが唯一の救いだった。そうなったらきっと、酷いことになるだろう。どうしよう、とファムが助けを求める様に彼を見る。
「三度目の正直なのじゃ」
ユラヴィカは、苦しい時の陽妖精頼りとばかりに金貨を掲げ、ゲールの居場所を問うた。と、願いが通じたか返答が。
「村の中じゃと、そんな馬鹿な!」
示された方角に舞い、辺りを見回すが、それらしい姿は何処にもない。空にはモニカのペット、ホークのローと、ディアッカのペット、隼のギルガメッシュ。他には、木の上から村を見下ろす鳥が一羽、いるだけだ。が。
「空に猛禽が舞っているのに、逃げない鳥!?」
駆けつけたモニカが呼ばわると、高く空の上を舞っていたローが急降下し、逃げようとした鳥の出鼻を挫いた。アヴァロンの滴を飲み干し、モニカは再度デティクトアンデットを使う。魔法は、その烏が命持たぬ者である事を告げていた。
「絶対に逃がさない!」
羽ばたいて追い縋り、ホーリーを食らわせる。翼を打たれ、広間の庭先に落ちた鳥は、むくりと起き上がった時、黒いフードを目深に被ったシフールに変じていた。そこに間髪を入れず更なるホーリーが叩き込まれる。フードが外れ、白い肌と赤い瞳の異相が露になった。
「尻尾があるヨ、カオスの魔物ある!」
美星が叫ぶ。カオス‥‥その忌わしい名に全員が振り返った。千切れ飛んだフードの下から、鉤の尻尾が覗いている。
「何してるの、逃げなさい、巻き込まれるわよ!」
モニカの声に弾かれる様に、村人達が一斉に逃げ出した。騎士達は面子もあるのだろう、果敢に飛び出して来たが、正直邪魔にしかなっていなかった。ゲールは忌々しげに彼らを睨むと、黒く輝く光球を生み出し、叩き付ける。だがそれは、美星の高速詠唱ホーリーフィールドによって弱められ、致命傷を与える事は出来なかった。
目の前で繰り広げられる『わるしふ』同士の戦いに立ち尽くすワルダーの頬を、バンゴが拳でぶん殴る。
「しっかりしろワルダー! あんたが頭目なんだろーが!」
飛び出したバンゴに、美星がバーニングソードを付与。シャリーとミックも加わり‥‥別室の騎士達は、皆、シャリーに固められてもがいていたが‥‥皆の追撃を受け、さすがにゲールの顔にも焦りの色が浮かぶ。
「ま、待ってくれ、占い師様を傷つけるなんて何てバチ当たりな!」
飛び出して来た村長の行動は、恐らくゲールの悪しき技によるものだろう。
「か、火事だ──!」
逃げ惑っていた人々が、立ち込める煙に更に混乱を来す。右往左往する人々の中に、ゲールの姿は消えてしまった。
「黒翅の兄貴‥‥」
煙の合間にバンゴは一瞬、彼の姿を見た。振り返った彼だったが、すぐに踵を返し、煙の向こうに消えてしまった。
●一蓮托生
幸い火事は大したものではなく、すぐに鎮火された。
「酷いことになっちゃったね」
滅茶苦茶になったご馳走を眺め、悲しそうに首を振る桂花。彼女は悄然として座り込む人々の前に、村人が普段使っている質素な木皿を、ひとつひとつ置いて回った。そうしてから、よいしょと持ち出したのは魔法瓶。
「天界の人から貰った魔法の瓶だよ。これに入れておくと一日くらいなら、温かいものは温かく、冷たいものは冷たいままなんだって」
どうかな? とフタを開け、抱え上げて中身を出す。と、木皿の中に、ほわりと湯気を立ながら、とろとろのスープが毀れ落ちた。
「うん、大成功! 少しづつになっちゃうけど、みんなで飲もう!」
天龍がもうひとつ魔法瓶を抱えて来て、二人して居並ぶ人々に分けて行く。
「今度はちゃんと温かい内に味わってね」
軽く皿を傾ければ、すぐになくなってしまう程の量。けれど、その温かさがどん底の気持を、幾許かは持ち上げてくれた。トーエンも、木皿からスープを飲み干した。その目に、じわりと涙が滲む。
「も、もう駄目だ、領内にカオスの魔物を飼っていたなどと、そんなことが知れたら‥‥新王がろくに面識も無い私を切り捨てるに何の躊躇があるというのか! 前領主の様に全てを失うか、フラルの如く長い冷遇の時を耐えねばならぬか‥‥あるいは、ご、獄につながれてしまうかも‥‥」
頭を抱え、呻く彼。
「少し前とは、国の体制ががらりと変わってしまいました。不安に思うお気持は分かります。で、あればこそ、あなたはご自分の財産である領民を慈しむ、統治者の正道に立ち返るべきです。それでこそ私は、あなたを助けるべきだと然るべき立場の方に報告することが出来る」
ディアッカは伯の存在を匂わせつつ、ここぞとばかりにトーエンを説得する。
「領主殿の技術は実に素晴らしかった。強引に進めるのを止めて皆の力を結集すれば、きっと豊かな土地になると思うのじゃ。さすれば、きっと新しい王様の覚えもめでたくなると思うのじゃがのう」
ユラヴィカがすかさずもう一押し。ただ、騙されていたとはいえ、カオスと結託していたことになるわるしふ達。村の人達だってそうだ。そして、それに気付かず良いように弄ばれた間抜けな領主。これはトーエンが言う通り、如何にも拙い事だった。
「無かった事にすればいい」
口を開いたのは、ミック。
「こんなことは無かった。カオスの魔物なんてそんな馬鹿なものは知らない。領主と領民は語らって和解し、明日から力を合わせて頑張ろうと誓った。そういうことにしてしまえばいい。手段なんか知ったこっちゃない、全ては結果だ。‥‥そうだったよね、ワルダー?」
「この男を、もう一度信じろと?」
「信じるも信じないも無いよ、ワルダー。もう、みんな共犯なんだもの。ねえ、ご領主様」
シャリーが、くすりと笑う。トーエンが生唾を飲み込んだ。ゲールの術に囚われていた村長は、未だ自分が信じられないという面持ちだ。この提案を呑むということは、彼を許すという事でもある。
「‥‥良かろう。後々のことはまた後日、語らおうではないか。魔物の事については『偶然の遭遇』という事で報告しておく」
まだ双方、どうして良いのか分からない、そんな面持ちだ。
「それじゃ、皆さんの新たな門出に一曲贈りまっす!」
♪冬は、とっても寒いけど
もうすぐ春の日差しが降り注ぐ
寒い冬を耐えた草花が 春の日差しを受けて咲き誇る
春が来たら、お弁当を作って出かけよう
きっと嬉しい事がまっている♪
ファムの歌をしみじみと聞く彼らの姿といったら、しょぼくれていて煤だらけで酷いものだったが、少なくとも、ファムが最初に出会った時にくらべたら、ずっと穏やかな顔をしていた。
しふ学校では、今日も生徒達が元気に学んでいる。
イーダと生徒達がスプレー缶を使って、学校の壁に模様を描く。色とりどりの、シフールの翅。その全てが、右と左の色が違う。心の片翅を無くして飛べなくなったシフール達が、新しい片翅を探す場所。それがこの、しふ学校。
「あいつらは、自分の行く道を見出し、歩み始めているぞ。お前はどうするんだ?」
向かいの家の屋根の上。問う天龍に、ワルダーは、ゆっくりと考えるさ、あいつらと同じ羽ばたきで、と答えた。全身に纏っていた装飾品は、今やひとつも残っていない。
「全財産を掛けて、嘘をひとつ買った。馬鹿馬鹿しくていいじゃないか」
ワルダーはそんな風に嘯く。
「帰ったぞー」
バンゴとミックが門を潜ると、何も知らない生徒達は、いつもの調子でおかえりーと微笑みかける。イーダだけが、お疲れ様! と彼らを労った。
※この依頼のカオスに関する部分は、一般民衆への箝口令が布かれました。