試練の姫君〜気分はもう革命!?
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月12日〜02月15日
リプレイ公開日:2007年02月22日
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●オープニング
●お屋敷が大変だ
ぎぃ〜〜〜。
閉ざされていた門が軋んだ音を立てて開く。遙か向こうに建つでっかいお屋敷を見て、新米衛兵のジーン君は思わずくら〜っときてしまった。
「うわ‥‥なんて大きなお屋敷なんだ」
行くぞ。と、古参の衛兵が目線で促す。まだまだ新米衛兵のジーン君21才も、同僚達と一緒におそるおそるお屋敷の敷地内に足を踏み入れた。
「あれが、マリーネ姫様がこれからお住まいになるお屋敷か‥‥」
貴族街の一画に建つこのお屋敷は総石造りの3階建て。貧民街の粗末な家なら十も二十も中に入ってしまいそうな程にどでかい。しかもお屋敷の建つ敷地には大きな木が生えていたり、大きな池があったりで、流石は先王陛下の寵姫マリーネ姫が、幼い頃にその父君母君と暮らしていたお屋敷だけのことはある。
母君亡き後、父君は田舎の領地に引き籠もり、自分は先王と一緒に長いこと城で暮らしていたマリーネ姫だが、もうじきこのお屋敷に帰って来る。それに先立ち、ジーン君の所属する衛兵隊に、長年使われずにいたお屋敷の調査命令が下った。だからジーン君はここにいる。
(「うら寂しい景色だな」)
お屋敷の入口へと通じる石畳を歩きながらジーンは思った。かつては小綺麗に手入れされていたであろう広々としたお屋敷の庭も、ずっと手入れする者もなく草ぼうぼう。
「あれ?」
枯れ草の影で何かが動いた。
「どうした、ジーン?」
「草の陰に何かが‥‥」
枯れ草の隙間を通してじっと目を凝らし、その正体が分かった。
兎だ。ふわふわもふもふした白兎。
「あっ‥‥!」
小さな白い手が伸び、兎を抱き上げる。隠れていたその者は貧しい身なりの小さな女の子。衛兵達の姿が怖かったのだろう。兎を抱いて無我夢中でお屋敷の方へ駆けて行く。
「不審者だ! 捕らえろ!」
古参の衛兵が叫ぶ。
「そんな‥‥あんな小さな子が不審者だなんて‥‥」
呟いたジーン君はどやしつけられた。
「貴様もさっさと後を追わんか! お屋敷に忍び込むなど盗人に決まっておるわ!」
逃げる女の子を衛兵達がどやどやと追いかける。
「待てぇ!」
「逃がさんぞぉ!」
追いかけながらお屋敷の間近に迫る。
突然、上から何かが落ちて来た。
ぼわっ!
「うわあっ!」
落下地点から燃え上がる炎。衛兵達がたじろいで足を止めるや、
ぼわっ! ぼわっ! ぼわっ!
落下物が飛来するたびに炎が燃え上がる。屋敷3階の窓から飛んで来るのは火炎ビンだ。酒のビンにランタンの油を満たし、ボロ布を押し込んで栓をしたお手製の攻撃兵器だ。ボロ布に火を点けて投げれば、落下と同時にビンが割れて油に火が点く。
さらに、衛兵達の頭上からけたたましい女の声が響いた。
「ブルジョワの手先に告げるわ! この建物は我々革命勢力が占拠したわよ! 私は革命戦士サヨリーナ! ブルジョワの手先は無駄な抵抗をやめてさっさと出て行きなさい!」
真っ赤なメガホンを口に当てて、3階の窓から叫んでいるのはうら若い娘である。彼女の仲間らしき連中も窓からぞろぞろと身を乗り出し、赤旗を振りながら一斉にシュプレヒコールを浴びせまくる。
「出てけ! 出てけ! 出てけ! 出てけ!」
思わず古参の衛兵が怒鳴り返した。
「出て行くのはおまえらだ! 謀反人どもめ! 全員とっ捕まえて絞首台送りにしてやる!」
「まってください! あんな可愛い娘が絞首刑なんて、僕は嫌です! それに子ども達だって沢山いるじゃないですか!」
窓を指さすジーン君の言う通り。大騒ぎしている連中の半分は子どもだ。
「穏便に立ち退いてもらえるよう、僕が交渉してきます」
「馬鹿野郎! 勝手な行動は許さんぞ!」
止めようとした古参の声にも聞く耳持たず、ジーン君は建物の玄関先まですたすたと歩いて行く。
ずぼっ!
「うわああっ!」
足下の地面がジーン君の体をすっぽり呑み込んだ。落とし穴だ。
「おのれ! よくもジーンを!」
衛士達が玄関口にどっと押し寄せるや扉が開き、そいつが現れた。
「うわあっ! グリフォンだ!」
「どうしてこんな所にグリフォンが!?」
「知るか!」
ライオンの胴に鷲の頭と翼を持つ獰猛な魔獣グリフォンに衛兵達は襲われ、さらに追い打ちをかけるように頭上からサヨリーナの叫びが。
「人民を虐げるブルジョワの手先は革命戦士が許さない! 必殺、サンレーザー!!」
続く呪文詠唱でレーザー光のごとき攻撃魔法の光が、頭上から衛兵を撃つ。
「おのれ謀反人どもめ! 覚えておれ!」
捨て台詞残して逃げて行く衛兵達。その姿を見てサヨリーナの隣に立つ少年が言う。
「サヨちゃん、やりすぎじゃない?」
「レフト君、ブルジョワの手先に情けは無用よ。ところで落とし穴に落ちたのが一人いたわね」
外に出て落とし穴を覗き込むと、ジーン君は中で伸びていた。
「ふぅん。よく見たらいい男じゃない? 屋敷に運んで手当てしてあげなくっちゃ!」
●討伐命令
報告はエーロン分国王の元にも届いた。
「つまり屋敷を乗っ取った謀反人どもは火攻めに魔法に魔獣を使い、あまつさえ卑劣な手段で衛兵の一人を人質に捕らえたというのだな?」
「はい。カオスニアンもかくやと思える程の凶悪ぶりです。ゴーレムの力でも借りねば討伐は困難かと」
衛兵達の言葉を聞き、分国王は決断する。
「ならばこの一件、あの命知らず共に任せてやる。冒険者達を呼べ。ついでにバガンとグライダーの使用も許可してやる」
かくして討伐命令は下された。
●戦いはこれから
「食べて。お腹すいたでしょ?」
寝室のふかふかなベッドの上。横たわるジーン君に差し出された食事は焼きたてのパンに温かいスープに香ばしい鳥肉のステーキ。
「捕虜になった僕にこんな食事を?」
「ええ。あなたは悪い人には見えないから」
「でも、どこから食料を調達してくるんだい? あれだけの人数、養うのは大変だろ?」
問うと、サヨリーナは謎めいた微笑みを見せる。
「私達には強力な支援者がいるのよ。お肉は兎を放し飼いにしたり、カラスを罠で捕まえたり」
「あのグリフォンは?」
「元々はありふれたペット。親切な福袋売りさんにちょっとばかりご協力してもらって、貰った進化アイテムで魔獣に育てたの」
「ああいうのを普通は脅迫と言いませんか? ‥‥うっ!」
口にしたレフト君、サヨリーナからひじ鉄喰らった。
しばらくジーン君は食事をパクついていたが、ふとサヨリーナの目をまじまじと見つめて、
「君は天界人だって言ったね?」
「そう。地球から来たの」
「とても謀叛を企むような悪い人には見えないよ」
「私が企んでいるのは謀叛じゃなくて革命よ」
「でも、どうしてマリーネ姫様のお屋敷に居座っているのさ?」
途端、サヨリーナの表情が厳しくなる。
「それはマリーネが贅沢にふけって人民を苦しめるワガママ女だからよ! この子達を見て!」
サヨリーナの周りには何人もの幼い子ども達。
「みんな悪い政治のおかげで家を失ったり親を失ったりした子ばかりよ! 私と共に戦う仲間はみんな、誰もが同じ思いをしているわ! でもこの部屋はどう? いたる所、贅沢品ばかり! 人民を餓えさせておいて、あのワガママ女が贅沢三昧にふけっている証拠だわ!」
「だからってこんな事は良くないと思う。考え直さないか?」
「いいえ、もはや後戻りは出来ない。私は革命戦士! この屋敷が瓦礫の山になるまで戦い続けるわ!」
《アネット邸見取り図》
裏門
┏┫┣━━━━━━━━┓
┃−−−−−−馬舎■■┃
┃木−−−−−−−木木┃
┃木−┏━━━━┓○←┃
┃−┏┛屋敷\\┗┓井┃
┃−┃\\\\\\┃戸┃
┃−┗┓\\\\┏┛−┃
┃−−┗━━━━┛−−┃
┃木−−−−−−木木−┃
┃木木−−−−−/\−┃
┃/ ̄\−−−−\/−┃
┃\_/−−−−−池−┃
┃池−−−−−−−−木┃
┃−−−−−−−−−−┃
┗━━━┫正門┣━━━┛
●リプレイ本文
●下賜品
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)はカーロン王子に拝謁する機会を得た。先の依頼でバガンを下賜された事への感謝を述べ、自分が支払うはずだった3千Gと金塊・銀塊をルエラは献上するつもりでいた。
「今後のゴーレム購入にお使いください」
しかし王子は受け取らなかった。
「ゴーレムを個人所有するとなればこれから先、金はいくらあっても足りなくなる。格納庫の建設にゴーレムニストの雇い入れ、さらには盗難防止のために警備兵もつけねばならぬ。戦闘で壊れれば買い替えの金も必要となろう?」
ルエラは改めて、ゴーレムを個人所有する負担の重さを知らされる。しかし王子の言葉には続きがあった。
「思えば我が父君は多くの事を冒険者任せにした。ゴーレム所有についても然り。安心してゴーレムを任せられる人間が、他に見つからなかったからでもある。しかしこれからは違う。新国王陛下はゴーレムについて、父君とは異なるお考えをお持ちであるとも聞く。遠からず新たな施策が打ち出され、その時にはゴーレムの所属先もはっきりと定まろう。だがそれまでの間、そなたにはフオロ王家のゴーレムの1騎を預けよう。これは長らくフオロに忠義を尽くしてくれたそなたへの、私からの感謝の印と受け取って欲しい」
●根回し
早速、現場に出向いてみた華岡紅子(eb4412)とゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)だが、見ると聞くとでは大違い。
「ブルジョワの手先は出て行けーっ!!」
屋敷の敷地内に踏み込んだ二人を見て、屋敷からシュプレヒコールを浴びせてくる謀反人どもが確かにいる。
「でも、半分は子どもじゃない?」
残りは見るからに気弱そうな田舎者の大人達。出てけコールの音頭を取っているのも、年端もいかぬ地球人っぽい娘だ。
「つまりはそういうことね」
事情を察した二人は屋敷から戻ると、根回しを開始した。まずはマリーネ姫。
「謀反人とは言っても子供達が大半。ちょっとした勘違いからお姫様に不満を持っているみたいね。子供達は巻き込まれただけみたいだから、お姫様の名前で保護して欲しいの」
同情ではなく、誠意を見せるための行動だ。
これまでのマリーネ姫のイメージを払拭するいい機会と思い、ゾーラクも口添えした。
「子供達に対する寛大さを見せて頂けるよう、私からもお願いします」
しかし彼女達の求めを聞くや、姫にお付きの衛士長が言ってのける。
「全員牢屋にぶち込み、裁きが下るまで手厚く保護する。そういうことでいいな?」
「ちょっと待って、私が言っているのは‥‥」
「牢屋の中なら、悪人にそそのかさされて利用される事もないぞ」
「ひとまずその話は置いといて。子供達を保護した後はネバーランドとも連携して、出来る限り良い形で事を収めたいの」
チルドレンギルド・ネバーランドについてはオラース・カノーヴァ(ea3486)が詳しい。根回しに付き合う彼も姫に求める。
「この際だ。姫の屋敷をネバーランドに登録し、押し寄せた子ども達を別のコロニーに当てられるよう計らってもらおう。その辺りのところは、仮のギルドマスターであったドイトレに相談すりゃ、上手くやってくれるはずだ。今後、子供達が屋敷に押し寄せた時の備えにもなる」
「ちょっと待て! 勝手に話を進めるな!」
衛士長が声を張り上げた。
「ネバーランドの事は良く知らぬが、子供とはいえ相手は素性の知れぬ連中だぞ! たかが子供でも盗人の手引きをしたり、脅されて食べ物に毒を仕込むくらいの事はやってのけるものだ! 後で問題が起きたらネバーランドが責任を取るのか!?」
すると、姫が静かに口を開く。
「任せてみましょう。冒険者達の望むように」
「しかし、姫様に万が一の事があっては‥‥」
「これまでに命がけで何度も私を守ってくれた冒険者達が言うのです。任せてみようではありませんか」
衛士長に告げると、姫はオラースや紅子に言葉を向ける。
「謀反人のうち子供達については決して乱暴な扱いをせず、十分な食事と休息を与え、後の面倒はネバーランドに任せます。これでいいですね?」
●潜入
夜更け。アシュレー・ウォルサム(ea0244)はグレイ・ドレイク(eb0884)を連れて、屋敷に潜入する。入ろうとした裏門は中から閉じられていた。そこで塀によじ登り、後続のグレイの手を取って引っ張り上げ、素早く敷地内に飛び降りた。
月精霊の光の明るい夜だ。屋敷の窓辺に立つ見張りの姿が見える。が、見張りは眠りこけているようだ。
「シロウトだな」
落とし穴に注意。鳴子にも注意。グレイをリードしつつ、アシュレーは楽々と屋敷に接近を果たした。
盗賊用道具一式を使い、勝手口の鍵を開ける。
キィ〜。軋んだ音を立てて扉が開いた。
「何だ!?」
中で番をしていた男が、眠そうな目を見開いた。
「おかしいな。鍵が開いてるぞ」
不審に思い男が近づくや、扉の陰からグレイが飛び出し、男の鳩尾に当て身をして気絶させる。
「さあ、今のうちに」
広い屋敷だから部屋数は多い。その一つ一つを調べて行くと、中から人の寝息の聞こえる部屋がある。鍵を開けて踏み込むと、中にジーンがいた。
「おい、起きろジーン」
軽く体を揺するとジーンは目を覚ます。
「君は誰?」
「君を助けに来たんだ」
「あの、お願いが‥‥。あの人達に手荒な真似はしないで下さい」
「判ってる。君が逃げられるよう用意はしておくよ」
話していると部屋の外が騒がしくなる。
「屋敷に侵入者よ! 見張りがやられたわ!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
「ここにいたわ!」
部屋に飛び込んで来たのはサヨリーナにレフト君。部屋の中のグレイは逃げようともせず、穏やかな口調で芝居を始めた。
「初めまして。私は長年、この屋敷に勤めて来た使用人です。屋敷が心配になったので戻って参りました。私のご主人のことで誤解があるようですが、姫様はずっとウィルで暮らしていた為、領内で酷い取立てはしていません。姫様の振る舞いも母君を失った悲しみによる一時的な病のようなもの。その姫様も今は一児の母となり、試練を乗り越えて強くおなりになりました。人は変わるものです。革命を起こさずとも、上の者が変わることで下々の人々の暮らしは良くなって行くことでしょう」
「あなた、何か嘘をついてるわね! 私の勘は当たるのよ!」
サヨリーナが言う。確かに使用人だと嘘をついているが。
「あなたは別の部屋に監禁よ」
サヨリーナの取り巻き達に、グレイは引っ立てられて行く。
その様子を背後からアシュレーはじっと見つめていた。咄嗟にインビジブルのスクロールを使って姿を透明化したから、連中は彼の存在に気付いていない。
(「グレイ、もう暫くの辛抱だ」)
心の中で仲間に囁くと、グレイは次の行動に移った。
●説得
朝が来た。冒険者達は屋敷の正門から堂々と乗り込む。まずはサヨリーナ達の説得だ。
案の定。冒険者達の姿に気付いたサヨリーナ達は、屋敷に立て籠もって徹底抗戦の構え。その姿を見て、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が真っ先に呼びかける。
「私はマリーネ姫親衛隊隊長を務める者だ。私の言葉を信じるも信じないも貴公ら次第だが、大人しく投降すれば危害は加えん。抵抗を続けるのであれば、貴公らだけでなくそこに居る子等を危険に晒す事になるぞ。その様な事は望んでおるまい」
サヨリーナ側にざわつきが起きる。どうする? 言うこと聞けば助かるかもしれないよ? しかし仲間達に広がる動揺を見て、サヨリーナがぴしゃりと言ってのけた。
「騙されてはだめ! きっと、これは罠よ!」
「投降すれば、マリーネ姫と会話する機会を提供してもよい」
ベアルファレスが畳みかける。一応、マリーネ姫の了解は取り付けてある。但し、条件があった。
「姫と会話させるに当たっては連中の手足をふん縛り、足には鉄の重りをつけて牢屋にぶち込め。さすれば鉄格子の向こうから、姫様にお目通りする事を認めてやろう。そうでなければ姫様との会話など、この俺が絶対に認めん!」
と、強行に主張したのは衛士長。やむなくベアルファレスも彼の求める条件を呑んだ。
(「形はどうあれ、会話をさせる事には違いないからな」)
黒畑緑郎(eb4291)も呼びかける。
「暴君だった先王は引退したし、ここに住む人は今はひどい事はしてないぞ。子供達が住む所は何とかするが、ここに居座るのはなぁ‥‥。おとなしく出て行くなら、大人も不問にできると思うぞ」
「きゃあああ!」
突然、子供の悲鳴が。
「うわっ! 大変だ!」
緑郎は見た。白旗を掲げ、草茫々の庭に立ちすくむ小さな女の子の姿を。投降の呼びかけを聞いて、こっそり屋敷を抜け出して来たのだ。だが、女の子の目の前には大蛇がいる。緑郎の連れて来たペットだ。体長5mの大蛇は女の子を餌と勘違い。鎌首もたげて勢いよく飛びかかった。
「あぶねぇ!」
護衛として同行していたオラースが、咄嗟に大蛇と女の子の間に割り込む。屋敷は大騒ぎだ。サヨリーナが声を張り上げる。
「これがブルジョワのやり口なのよ! 投降すれば大蛇の餌食よ!」
もはや説得どころではない。オラースが大蛇に盾を叩きつけて牽制している間に、ベアルファレスが女の子を大蛇の前から引き離す。
「勘違いするな! 餌じゃないんだ!」
緑郎は大蛇を鎮めるのに大わらわ。それでも彼の言うことを聞くだけ大したものである。一般的な爬虫類の脳は、口に入れてみるまで餌か異物か判らないのが当たり前と言う常識からすれば、真に躾が行き届いていると言えよう。
「どうしてこんな物連れて来た!?」
仲間にもどやされる。緑郎を慕って勝手に付いてきたと言うのが正解だろう。
「まあ、こちらにも人質を一人確保できた訳だがな」
しかしあと少し遅かったら。女の子は今頃、大蛇の腹の中だったかも知れない。
●子供を巻き込むな
屋敷の近くにバガンが到着。ルエラが個人所有するものだ。
冒険者に希望する物があればグライダーも貸し出される予定だったが、生憎と王都には先王の定めた飛行制限がある。選王会議で新国王は定まったものの、今はまだまだ国王交代の移行期にあるので、従来の飛行制限に代わる新たなルールもまだ定められていない。もしもグライダーの使用を希望する者がいたならば、やむなく軍馬かチャリオットが代わりに貸し出されただろうが、幸か不幸かグライダーの使用を願う冒険者はいなかった。
ともあれバガンの姿は目立つ。屋敷からは見えない位置に待機させているが、早くも野次馬達がその周りに集まり始め、これから何が起きるのか興味津々で見守っている。
「これで交渉が決裂したら、突入あるのみだな」
シュバルツ・バルト(eb4155)はバガンを横目で睨みつつ屋敷へ向かう。一人では無い。彼女は大蛇の目の前から救出された女の子の手を引いている。
「またブルジョワの手先がやって来たわね!」
サヨリーナは玄関口に立ち、罵りで出迎えた。シュバルツが言葉を返す。
「ここまで来た以上、覚悟は出来ているな? だが、一つだけ言っておきたい。大人の争いに子供を巻き込むな! 大人が自分で考えて選んだ道なら、そいつの勝手だ。だが、子供は違う! 子供が1人で生きていくのは難しい、大人に付いて行くしかない。子供は生き方を選べないんだ。だから、子供を巻き込むな!」
「そんな事言ったって、あなたは子供を人質にしてるじゃない!」
「騎士の誇りにかけ、そのような行為はしない」
言ってウィル航空騎士章を投げつける。これはサヨリーナに騎士たる事を証すもの。そして連れて来た女の子に促す。
「おまえは自由だ。おまえの好きな大人に付いて行くがいい」
しかし女の子はシュバルツの側を離れず、その体にぴったり寄り添っている。
「またうまい事言って騙したんでしょう!」
サヨリーナは罵ると、目の前に落ちている航空騎士章を拾い上げ、自分のポケットにしまい込んだ。
「子供の代わりにこれは貰っておくわ」
「後で返して貰う。だがその前に‥‥」
シュバルツは門に注意を促す。こちらにやって来る2人の女性の姿があった。
「あのお二方と話をしてもらおう。ウィル空戦騎士団団長、それにあなたと同じ天界人の女性だ」
●さらなる説得
華岡紅子を伴ってやって来たシャルロット・プラン(eb4219)は、先ず丁寧な口調で名と立場を名乗る。そしてサヨリーナに質問。
「革命戦士、一つお訊きします。あなた方は『アルタイル』という組織に所属する方でしょうか?」
「アルタイル? えーと、えーと‥‥」
なぜか口ごもるサヨリーナ。素振りが実に怪しい。すると彼女に代わり、背後に控えていたレフト君が答えた。
「今はまだその質問には答えられません」
シャルロットは笑みを絶やさず続ける。
「ではもう一つ。あなた方は姫の年齢をご存じですか?」
「どーせ30過ぎのオバンでしょ!」
サヨリーナの言葉に思わずシャルロットは吹き出す。姫の種族は人間なのだ。
「何がおかしいの!?」
「14歳です。多分、貴方よりお若い。その子供ともいえる年齢で、今年の初めにお子をお産みになりました」
「‥‥じ、14歳!?」
サヨリーナは絶句。
「そんな被保護者を搾取者と安易に非難する姿勢が、天界の貴方の国の道徳では認められているのでしょうか? 他にもこちらの理を学ぶ必要が在りそうですね。天界の方」
尤もこれは幾分かの錯誤を期待しての事。ウィルに於いて14歳は子供とは言えない。アトランティス人やジ・アース人の年齢感覚を地球人のそれに変換する式がある。年齢に1.43を乗じるのだ。14歳は地球の感覚で言えばおよそ20歳に相当する。全年齢では必ずしもぴったりと当てはまるとは言えないが、社会通念の目安としてはおおよそこんな感じになる。
いずれにせよ、姫の年齢も知らないほど彼らは不正確な情報しか持っていない事だけははっきりした。
屋敷に立て籠もる者達は皆、シャルロットとサヨリーナの会話に耳を傾けている。紅子はサヨリーナとの交渉をシャルロットに任せ、自分はサヨリーナの取り巻き達に笑顔を振りまく。
「要求があれば聞く用意はあるわよ」
一瞬、レフト君と紅子の目線が合った。にっこり微笑むと顔を赤らめるレフト君。こいつ、もしかしてシスコン?
「そんな言葉に騙されないわよ!」
サヨリーナがいきり立って怒鳴るが、レフト君は冷静に尋ね返した。
「もしも僕達が投降を拒み、戦う方を選んだら?」
「容赦はしません。ですが衛兵を解放し屋敷から立ち退くなら、罪が減免されるよう計らいましょう」
シャルロットのその言葉を聞き、レフト君はサヨリーナの耳に何事か囁く。サヨリーナは頷き、屋敷に立て籠もる取り巻き達に向かって叫んだ。
「最後の戦いを始めるわよ! 命が惜しい者はこの場より去りなさい!」
その言葉を聞いて取り巻き達は‥‥ぞろぞろぞろぞろ。
「え? え? え?」
サヨリーナは茫然自失。取り巻き達はぞろぞろとサヨリーナに背を向けて離れて行くではないか。気がつけばレフト君まで。
「レフト君! あなたまで!」
「悪いけどサヨちゃん、後は一人で戦って」
「臆病者! 意気地なし! 私は最後まで戦うわよ!」
叫んで手を振り上げるサヨリーナ。魔法の呪文を飛ばそうとしたのだが、その手に縄ひょうのロープがからみついた。
「あっ!」
背後から縄ひょうを投げつけたのはアシュレー。ずっとこの時を待っていたのだ。反撃の機会を与えず、アシュレーはサヨリーナに組み付く。
「おまえなんかに負けないわ! 私は革命戦士よ!」
「寝言は寝て言え! マリーネ姫が我侭なら、今お前がしていることはなんだ? 子供まで巻き込んで居直り強盗紛いに立て籠もるどこが正義だ!! 革命戦士? 子供の遊びは遊びの中だけでしろ!!」
取っ組み合うことしばし。
「遊びは終わりだ!」
オラースが駆けつけ、サヨリーナを押さえ込む。
「痛ぁい! なにすんだ変態親父! はなせ! 変態! 変態! 変態親父ぃ!」
「いっちょまえに色気づくか? イタズラ娘よ。ガキのイタズラは昔からこうするものと決まっている」
大向こうに聞こえるように叱責するオラース。がっちりと押さえつけ、剣の平で尻を思いっきり打ち据える。見物人から笑い声がわき上がった。あくまでも過ぎたイタズラを懲らしめる形を取らねば面倒になる。
その騒ぎを聞きつけ、屋敷の中からグリフォンが飛び出して来た。グレイが相手をしているが、スタンアタックをかけようにもグリフォンの急所が見極められないでいる。
咄嗟にアシュレーはアイスコフィンのスクロールを取り出し、広げて念じる。グレイが牽制してくれたおかげですんなりと魔法発動。グリフォンはあっという間に氷漬けになった。
●一難去って
これにて一件落着。しかしゾーラクは念のため、パースト魔法で屋敷の調査を続ける。
「サヨリーナ達を支援していた黒幕の正体を突き止めないと」
過去見を続けるうちに、ゾーラクはその光景を目撃してしまった。
なんと、屋敷を取り巻く石壁の中から男の姿がぬうっと現れたのだ。
「これは黒幕との連絡員?」
出現の様子からして、男は魔法の使い手だ。
一方、解放されたジーン君だが、彼は衛兵の詰め所で古参の衛兵に怒鳴られていた。
「あれは謀叛ではなく遊びだったと言うのか!?」
「はい。僕は屋敷で一部始終を知りました。だから証言します」
「謀反人の肩を持つなら、貴様も縛り首だ!」
怒鳴った後で、やって来たシャルロットの姿に気付く。
「下手な嘘で俺の目は誤魔化されんぞ。首をきれいに洗って待っているがいい」
そう言い残して古参の衛兵はジーンの前より去る。何か言いたそうなシャルロットにジーンは言った。
「そういうことで話はつけておきました」
ジーンは冒険者達が望んだように、口裏を合わせたまで。
「気にしないで下さい。たとえ縛り首になろうとも、貴女のために死ねれば本望です」