●リプレイ本文
●初学者達
(「小さいな」)
それがキース・ファラン(eb4324)の第一印象。Dとは異なり露出している操縦席。ゴーレムと言うよりは天翔る騎馬と言った感じである。
風の中を征くその勇姿は、Dとはまた別の感動を覚えずには居られない。空を飛ぶと言う意味では、Dよりも高い技量が要求されるのだろう。キースはそう判断した。
「キース殿か?」
「ああ‥‥」
声を掛けられ反射的に答える。振り返るとリール・アルシャス(eb4402)が立っていた。
「今回は今まで空と無縁だった人は少ないようだな」
落ち着いているというか、気負いが無いと言うか‥‥。内なる闘志に溢れている者は居ても、概して平静な者が多い。
「Dでは制御胞と言う胸壁に護られてるせいか、自分が飛んでいると言う実感が少なかった。風の匂いが感じられるクライダーは、もっと生の感覚なんだろうな。リールさんは何度か乗られているそうだが」
「限定的な飛行許可は貰っているが、正規の講習は初めてだ。何事も自己流だと伸び悩むものだ。で、壁に突き当たる前に寄らせて貰うことにした」
リールはマントの紐を結び直した。まだ冬の最中。羽織り健康管理に留意せねば。
今回の初心者コースは山本綾香(eb4191)とルーフォン・エンフィールド(eb4249)。二人とも今までグライダーと縁遠かった者達だ。
「ブランクが長いから、身体が忘れてしまってるかも‥‥」
不安げな綾香。それでも彼女は一度正規の講習を受けている。
「落ち着いて。俺なんか初めてじゃん」
但し、ルーフォンはグライダーこそ初めてだが、チャリオットでの実戦経験とWカップで限界までゴーレムを動かした経験がある。ただ飛行経験がないだけだ。そう言う意味では場数を踏んできている。
基礎練習の器具を見て、
「ほんとに航空兵の訓練だぜ」
ラッパの音に血が騒ぐのは男の性(サガ)。一度も空に憧れた事のない奴は稀だ。
あちらでは、リディリア・ザハリアーシュ(eb4153)と皇天子(eb4426)が言葉を交わしている。
「ゴーレムグライダーに乗るのも久しぶりです。自動車もそうですが、講習期間をあけるのは良くなかったです」
「私も2回目で、飛行時間も知れたものだ。まだまだ初心者と変わりない。特に飛ぶ機会も無かったしな。いっそ、。また体験飛行からやり直すか?」
軽口を叩くリディリアに、天子はきまじめに
「‥‥そこまでは必要ないと思いますが」
言って二人は顔を見合わせる。双方判った上での問答故、どちらからともなく笑い出した。
「お互い今回も頑張りましょう!」
天子はメガネを直しながら握手した。
●ナチュラルハイ
「あの、その、私は、その、ソーク・ソーキングスといいます。あの、その、よろしくお願いします‥‥」
謙虚と言うよりは寧ろ卑屈にさえ感じる低姿勢。予備教官を仰せつかったソーク・ソーキングス(eb4713)のおどおどぶりにざわめく声。
「あの、その、体験飛行ですね。あの、その、こ、今回どなたから‥‥」
「はい。俺は初めてだぜ」
名乗りを上げるルーフォン。
「あ、ルーフォン君。あなた‥‥」
なにやら注意しようとする綾香の言葉は間に合わず、副座グライダーの前の席へ。
「あの、その、普通にやっていきますね。あの、その、あ、あまり驚かないでください」
と、おぼつかない足取りで後部座席に座ったソークであったが、
「は、はは、はははははははははっ!」
グライダーに跨るなり、ハイパー化した。
グガガガーっと轟音を上げて急発進。垂直上昇と滑走を同時に行う急上昇。グライダーの吐き出す風がものすごい音をかき鳴らす。敵襲来に対抗するスクランブル。疾風の如く駆け抜ける。高速でのバンク無しの急旋回。機体が横滑りするドリフト状態だ。
「しっかり掴まっててください」
ぐいっと旋回方向に真横にバンクして、風を機体の裏に噴射する。最少旋回半径での急旋回だ。高度を急激に失いながらもあっという間に機首を変ずる。実戦さながらの機動に、風は激しくうなりを上げる。ルーフォンはしっかりと目を見開きつつも声も出ない。
(「こいつがそうか。下手なジェットコースターより怖いぜ」)
しがみつくのがやっとの状態でそんな事を思っていた。
「あーあ。ソークさんハイになってる」
綾香唖然として実戦想定の体験飛行を眺めていた。
●技術と技能
既に飛行経験がある参加者については、別途カリキュラムが設けられた。
リディリアやキースもその一人である。
既にDを操縦した経験を持つキースは、
「こっちの方が飛んでるって感じだな」
但し加速はこちらの方がよい。その分、風の影響も受けやすいようだ。
(「反応が過敏だな」)
ちょっとした体重移動で、飛行の状態がガラリと変わる。この感覚のズレは早めに修正しないと危険かも知れない。Dとは違う飛行の理(ことわり)を、頭と身体に叩き込む必要があるだろう。
降りてきたキースにドイトレが声を掛けた。
「初のグライダー体験とは思えないな」
「なんと言うか。こっちが思う先に反応しすぎて‥‥。野生馬に跨っているような気がした。今後はどう修練すればいい?」
「理屈で知るのは技術(テクニック)を知ると言うことだ。身体で悟るのが技能(スキル)を持つと言うことだ。既に基本は出来ているから、原理を理解し実践して行くことだな」
ドイトレはキースが差し出した手を堅く握りしめた。
「教官」
呼び止めたのはリール。単独飛行に先立ち、いろいろと助言を求める。
「グライダーは輪乗りのようにも旋回できるが、現在様々な新戦術が編み出されている。機体を横転させると旋回半径が縮む。この時さらに垂直上昇の要領で足下に風を噴射するとさらに急旋回できる。但し、この時急激に高度を失うので要注意である」
頷きながら聞き入るリール。
「丁度、あんな感じですか?」
見ると、轟音を立てて体験飛行の複座機が実戦さながらの急旋回。
「おい! 貴様何をやっとるのだ!」
ドイトレは慌てて飛び出した。
●安全基準
「どうやら、運動不足の様です」
天子は基礎訓練の鳥かごから出て心地よい汗を拭いていた。
「あ、リディリアさん。ちゃんと汗を拭かないと駄目ですよ。まだ肌寒いから汗を冷やすと風邪をひいちゃいます」
「なんのこれくらい」
「過信は禁物です」
体力がなければ風邪すら命取りになることもある。彼女自身は服の下にタオルを垂らしてあり、冷えてきたら抜き取ればOK。医者の不養生では洒落にならない。
話をしながら乾いたタオルを押しつける天子。
「私から見れば、ウィルの安全は基準は危険すぎます。病気に対する考え方もそうですが、グライダーの安全性もです」
「そうんかな? 空を飛ぶグライダーは、墜落する危険を伴うが、それ以上に便利な乗り物だと思う。いわば空飛ぶ馬だ。騎士たる者は乗りこなせるのが当たり前だろう」
「墜落したら、自分だけじゃ済まないかも知れませんよ。大使館にでも突っ込んだら、戦争になって死ななくても良い人が死んで行きます。だから必要もない無茶をしたら駄目ですよ」
「判った。判ったが、無茶と言うのは、例えばあんな風か?」
「そう、あれ! えぇぇぇぇ!」
天子の目は、古典的な少女漫画の10倍の目。体験飛行の機体が、急加速急減速急旋回をしきりに行い、見る間に失速した。いや、あれは故意の失速落下からの建て直し、すなわち木の葉落としではないか!
やがて地上に降り立つ体験飛行のグライダー。そこから降りてくるソークとルーフォン。ドイトレが物凄い剣幕で怒鳴っている。
「あ、あの、その‥‥。どう‥‥でしたか?」
よたよたと数歩歩いてルーフォンはへたり込む。
「‥‥‥‥」
流石に彼は無口だった。
騒がしかった彼らと対蹠的に静かな体験飛行はライナス・フェンラン(eb4213)の機体。
「どうだ? 飛ぶと言うことは」
空中で穏やかに言葉を交わすほど。スピードをセーブして巡航していると、比較的うるさくない。エーロン王のり元に騒音問題が起こるかも知れないと言う提言があったそうだが、綾香の見るところグライダーの音はバイク程度。但し、ソークのように実戦さながらの操縦をすれば族の違法改造車並みで、ライナスやっている体験飛行のようにセーフティーを心掛ければ、地球人の感覚では昼間ならあまり気にならない。尤も、産業革命を経験している地球人の騒音に対する耐性は、ジ・アース人よりもアトランティス人よりも高いかも知れない。
●上級者
初心者達の教官補佐の後に、上級者達の訓練が始まる。
「お〜いで、お〜いで、こっちこっちこっちにゃんにゃん」
手を丸め招き猫ポーズ。ルヴィア・レヴィア(eb4263)はちょっとご機嫌。方位磁針が機能しないこの世界。太陽が存在しないこの世界に於いて、地文法が唯一の航行方法だ。
体が覚えてくれていたのだろう。暫くぶりだというのに単独飛行も危なげない。少なくとも巡航飛行はもう大丈夫だ。
「呼びました?」
カテローゼ・グリュンヒル(eb4404)が機体を寄せてきた。彼女は公式訓練は初参加なので、実力はあるものの正式な流儀を渇望している。
速度を合わせてぴったりと寄せてきた。
「にゃ。にゃにゃにゃん」
ルヴィアはパニック寸前。これ以上近づくと危険。とエトピリカのノートに書かれているぎりぎりまで幅寄せしてくるカテローゼ。
「降下だルヴィア!」
咄嗟のリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)の声に、慌てて高度を下げて待避する一幕もあった。
●座学
自分の一挙手一投足にいくつもの視線が注がれる。
(「うわぁ。どうしよう?」)
エリーシャ・メロウ(eb4333)は内心冷や汗。
無論そこそこに出来るが、グライダー乗りとしてさして技能が抜きんでている訳ではない。派閥人事じゃないかと自分でも思う。しかし、ただ強いだけで人の上に立てるとしたら、世の王様はみんなレスラーじゃなければ不可無い。仮にも副団長に任ぜられるには相応の理由がある。それが何であるのかまでは、今の自分には判らない。
きっと凛々しく威儀を正し、講習生を迎える。彼女の受け持ちは座学である。緊張の面持ちで受講生を見渡し、その一人の吐く息吸う息を確認する。
「(‥‥吸った‥‥吐いた‥‥吸った‥‥吐いた)」
それが確認できると、自然と頭がクールに為ってきた。
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グライダー以前、戦場を見渡す高地を確保することが大規模な戦の鉄則でした。敵の陣立てや城塞の縄張りが手に取るように判ると、戦いがとても有利に為るからです。時には戦略高地を奪取しただけで敵が敗北を認めて撤退したり降伏したりすることも有るほどです。
今、私たちはグライダーを駆ることによって、容易く鳥の目を得ることが出来ます。しかし、徒に他領の上を飛ぶ事は、戦時でもなければ諸侯の主権を侵しかねない行為なのです。例えて言うならば、他人の畑を馬を乗り入れて踏みにじるようなものです。地上を移動するとき、必要もないのに道を歩かず他人の畑を進む者が居るでしょうか?
このため、非常時以外は飛行ルートが制限されています。公道たる河川や街道の上を進むのが一般的です。他領の余計なものを見なくても済むように、飛行高度も安全高度を保った上で低めに設定されています。
現在、ウィル王直属である空戦騎士団は、関係諸侯の協力を仰ぎ、航路・基地・中継基地の設置を進めています。まだ計画段階で実際の設置は遅れていますが、これは大ウィルに奉仕する騎士団として、諸侯の要請に応えるためです。
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彼女が知る限りのあらましが説明された。
●納得できるルールとは?
人数も集まったところでエリーシャが会議開始を宣言した。空戦騎士団副団長の肩書きを持つ彼女が成り行きでまとめ役になってしまっていた。
「まず、お手元の資料を見てもらいたいのですが、私がこれまでの経験から必要と思われるルールを並べてみました。これに対しての皆さんの意見を求めたいと思います」
出席者に配られた羊皮紙には、五点の案が書かれていた。
・紋章旗・塗装等による所属の明確化
・地区の重要度・安全性を鑑み、王都内にも許可航路を設定
・速度・高度の制限
・所持の届出・認可制度導入
・違反グライダー等に対する空戦騎士団の非常発進体制整備
一通り目を通したライナスがピンッと羊皮紙を指で弾いた。
「だいたいは俺の考えと同じだが、飛行ルートに関しては全ての地区に飛んでいい場所といけない場所を決めておくべきじゃないか?」
「そもそもゴーレムの個人所有じたいが時期尚早と思うけど」
リディリアが問題の底辺にあることを指摘すれば、ルーフォンとソークが頷いた。
もっともルーフォンの考えは少し差があり、彼はゴーレムグライダーの保有権は各分国王家並び大ウィルに所属し、使用権は各所持者に一任されると考えている。
それらの意見をエリーシャが余白に書き込んでいると、カテローゼが首を傾げつつ言った。
「鎧騎士が言うのも何ですが、異界の魔法の箒や絨毯のほうが移動手段としてははるかに扱いやすいんですよね。それをあえてグライダーを使うというのは‥‥あ、そうか」
カテローゼはポンと手を打つが周りの人間は彼女の言いたいことがわからない。
注目を受けたカテローゼはペロッと舌を出していたずらっぽく続けた。
「見栄っ張りの貴族様は体面でゴーレムを持ちたがりますねということです」
つまり、リディリア達とは異なり、所有者はそれなりに縛り付けるものが必要、ということだった。
「個人所有か公的機関所有かはともかく、それが空戦騎士団のものなのか治療院のものなのか等を識別する方法は必要でしょうね。誰が見てもわかるようにしないと」
リュドミラの意見には大方が頷きを返した。
羽ペンの先でこめかみをかきながらエリーシャはメモした意見を頭の中で整理していく。
「ゴーレムの所有権の行き先はもう少し考えるとして、航路は? 王都内の飛行については私とシャルロットさんとは微妙に違うのですよね」
どちらも原則禁止だが非常時等のため特別に許可航路を作り、そこを使う場合には飛行税をかけたらいい、というのが空戦騎士団団長シャルロットの意見だった。
ルーフォンが小さく手を挙げた。
「王都はそれでいいとしても、それ以外の地域は? さっきのライナス君の補足みたくなるけど、市街での飛行は通常の道の上のみにしたらどうかな。街道があればそれに沿うってことで」
「それはいいけど、実際どれだけ守れるかが問題だな」
キースの言う事は、このことだけでなくこの話し合いで出た結果にも関わることだった。どんなに素晴らしいルールを作ったとしても、誰も守れないようなルールでは意味がない。
「確かに空に道はないし、監視もないね。じゃあ風信器の購入を義務づけたらどうかな」
「あるいは光の明滅で情報伝達をする信号灯を覚えるのもいいかもしれませんね」
守れそうなもの、としてルーフォンとリュドミラが例をあげた。信号灯を導入するなら良い人物がいる、とリュドミラはルエラを紹介した。
「航路が重なりそうな時はそれで回避できそうですね。後は、それでも接触しそうな時ですが、現状ではゴーレム操縦のほとんどが騎士だと思いますから、戦闘訓練にならって右に回避することに統一すれば最悪の事態になる確率は減ると思いますが、どうです?」
羊皮紙のメモを確認しながらゆっくりとエリーシャは案を出す。
航路問題は保留となったが、最低限のかわし方については特に反対も出なかったので、エリーシャはこれに大きくマルをつけた。
続いて決められそうなのは、ゴーレムの所持についてだ。先ほどは意見が別れていた。
個人所有を認めるか否か。
「どんなふうに所有するにしろ、登録は必要だと思うな。機体のタイプとか」
「自分もそう思う。ついでに飛行時も許可を申請してから飛ばすといいと思うな。そうなるとそれらを管理する機関も当然必要だね」
ライナスの意見に同意しつつリールが付け足した。
ここまでの大方の意見では、ゴーレムは登録制での所有とし、どこに所属しているのか、乗り手の技量はどれほどなのかをどこから見てもわかるようにするべきだ、ということだった。
余計なトラブルを防ぐためにも、あったほうがいいだろう。
それに伴い、乗り手への規則のことも問題となった。
乗り手の技量をはかる方法をどうするか。教習を定期的に開いてほしい、という話をエリーシャは酒場で耳にしていた。
そのことを話すとずっと話を聞くだけだった皇 天子(eb4426)が口を開いた。
「有資格者でも数年に一回は試験を受けて実力をはかってはどうでしょう。後は、これは天界のルールなのですが、資格にはランクがありまして、そのランクによって使用できる乗り物の範囲が決められているんです。ゴーレムにもいろいろなタイプがありますから、それぞれに必要な技術を習得した人のみ使用許可証を与え、それなしに使用した場合は重い罰金と罰則を課せば、より安全になると思います」
基本的に徒歩か馬車で移動の世界に比べ、機械の乗り物が発達している天界はそれなりにルールも確立しているらしいことを、地球出身以外の冒険者は知った。
まだ決定というわけではないが、良い案だとエリーシャはこれも書き込む。
「あとは‥‥これは馬車・ゴーレム問わずに求められる大前提ですが」
天子は真面目な顔で一同を見回した。
「不健康状態や飲酒状態での操縦は認められません!」
意外と見落としやすいが、とても大事なことだった。
反対する者は、当然いない。
最後にルヴィアが期待するような目で言った。
「もしあたしが所有できたら、自分のパーソナルカラーで塗ったり、角や飾りなどモールドできたらいいな。組織所有のものでも、上級騎士やエースに認められた場合は、管轄権を手に入れて能力や倫理に問題ないレベルで改造できればいい気がするね」
それが実現するのはいつのことかわからないが、良い夢であった。
「副団長!」
退出するエリーシャに声を掛けるキース。
「何か揉め事が起こった時には言ってくれ。可能な限り力になる。いや、俺自身も助けになれるような実力を付けて行きたい。お互い頑張ろう」
「こちらこそお願いする」
これから始まるウィルのゴーレム時代を見据えて、キースとエリーシャは剣を合わせて誓うのであった。