魔獣の森〜黒竜と金竜舞う月夜
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月18日〜02月21日
リプレイ公開日:2007年02月28日
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●オープニング
開拓村に朝が来た。
「も〜〜〜〜〜」
朝の光を浴びて牛が鳴く。
「やあ! やあ! やあ!」
朝っぱらから元気な打ち合いの声。
棒きれで打ちかかって来るのは子ども達。やはり棒で受けて立つのは、稽古着姿のご老人。
「よし、今日の稽古はこれまで。朝飯とするか」
出来たばかりの開拓村だが、既に公会堂が建っている。子ども達と老人が中へ入ると、朝食の用意はすっかり出来ていた。焼きたてのパン、熱々のスープ、一欠片のチーズ、温かいミルク。ついでにテーブルには渋い顔をした旦那も一人。
「まったくお父上ときたら」
渋い顔の旦那、リボレー・ワンド子爵が老人に言葉を投げかけた。ついさっきまで開拓村の子ども達相手に、護身術の稽古をつけていた老人こそ、リボレーの父親バーゼルである。
リボレーはこの開拓村が存在するワンド子爵領の当主。バーゼルはもう何年も前に家督を息子のリボレーに継がせて、今は悠々自適のご隠居生活。
「七十をとっくに越えたそのお歳で。こんな寒い日に朝っぱらから無理せずともよいものを」
「儂(わし)は無理などしておらぬぞ。稽古をつけるうちに体など温まってくるものじゃ。さあ、おまえも食え」
息子に朝食を勧めつつ、バーゼルは子ども達を見回してさらりと一言。
「ところで皆の衆、魔獣の森の話を聞きたくないかな?」
子ども達は大喜び。
「聞かせて! ご隠居様!」
ところがリボレーは思わず額を手で押さえて愚痴る。
「いやはや! また魔獣の森とは!」
去年の秋。バーゼルは冒険者を伴って魔獣の森の探検に出かけた。探検とは言っても、バーゼル自身は冒険者の理不尽な命令により、キャンプでずっと待機する羽目になったわけだが。それでもバーゼルは退屈などしなかった。
「‥‥というわけでな。冒険者達が森の探検に出かけている間、儂はキャンプでどっしり構えていたわけだが。どっしり構えているだけでも、色々な面白い事が向こうからやって来るものじゃ。まず魔獣の森のミミズ、これがこんなにもでかい」
話しながら50cmほども手を広げてみせると、子ども達がわっとどよめく。
「最初見た時は、蛇かと思った程じゃった。で、大河の水面を見ておるとな。何やら大きな生き物の背中らしき物が、ゆらゆらと通り過ぎて行くのじゃ。あれは大魚か? 大蛇か? それとも竜か? ふと儂は思った。あのでかいミミズを釣り針に付けて、この魔獣の森の川辺で釣りをしたらどんな獲物が釣れるかとな。生憎とそれ相応に大きな釣り針も釣り竿も無かったので、試せなかったのが実に残念じゃった。他にもな、雀ほどもあるでかい蜂が飛んで来たり。夜中に目を覚ましてキャンプの外に目をやると、何やら不思議な光が森の中でゆらゆらと揺れておったりとな。いや、魔獣の森はあっと驚く物がいっぱいじゃ。そして探検も終わりに近づいた日のことじゃ。儂と冒険者達がキャンプで語り合っているとな。‥‥それはちょうど、夕闇迫る頃合いじゃった。ふと空を見上げるとな。ますます暗さを増す空から巨大な影が迫って来たのじゃ! なんと、それは信じられぬくらいに巨大な、黒いドラゴンだったのじゃ!」
子ども達の聴衆は話に引き込まれ、全員で感嘆の吐息。
「昼の光が僅かに残っていたから、辛うじて形は判ったが。さもなくば夜の闇とまったく見分けがつかなかったであろうな。その黒いドラゴンは何度もキャンプの周りを回り続け、やがて夜の闇の中へ飛び去って行ったのじゃ。魔獣の森から帰った後、儂は街にやって来る物知り達に黒い竜の事を尋ねて回ったが。恐らくはそのドラゴン、月の属性を持つシャドウドラゴンではないかということじゃった」
話は終わった。子ども達はお礼を言ってぞろぞろと公会堂から出て行き、後に残ったのはリボレーとバーゼルの親子。
「また魔獣の森にお出かけになるおつもりですな?」
「当たり前じゃ。ずっと楽しみにしておったのだからな」
「まったく年甲斐もなく。行きと帰りのフロートシップ使用料も馬鹿にならぬと言うのに」
「良いではないか。費用は全て儂が自腹を切っておるのだ」
ちなみにワンド子爵領から魔獣の森までの移動には、ワンド子爵領がトルク分国とも主従関係を結ぶ誼で、トルクのフロートシップを使わせて貰っている。ウィルにとって主要な交通ルートである大河の上を飛んで西に向かい、魔獣の森の端っこで下ろしてもらうのだ。帰りにはその場所で船に拾ってもらう。
「しかし、こんな道楽を続けて金が出て行く一方では、お父上の葬式を出す金も尽きてしまいますぞ!」
「葬式に金ばかりかけてどうする? 金は生きているうちに使わねば楽しくなかろうが? そうじゃな、いっそのこと儂の墓も魔獣の森に‥‥」
「そんな所に墓など建てたら、魔獣に掘り起こされて骨まで喰われるのが関の山ではありませぬか!?」
いきり立つリボレー。
「いや、それも困るが‥‥」
空っとぼけた顔で答えると、バーゼルは真顔になった。
「先の魔獣の森の調査でな。キャンプの遙か北の方に、謎の遺跡が見付かったであろう? シフールの冒険者が森の木の遙か上まで飛んで行って、見つけてきたアレじゃ。観察によれば竜の住処になっておるらしいが、儂はあの遺跡の話を聞いてふと思い当たったのじゃ。『竜に滅ぼされた都』の伝説をな」
「また、そのような!」
リボレーは呆れ果てた。『竜に滅ぼされた都』といえば、リボレーも幼い頃より耳にしている古い伝説。何でも魔獣の森の奧深くには、竜の怒りに触れて滅ぼされた都の跡があるという。それは最古の英雄伝説ロード・ガイの時代にも遡ろうかという古い古い時代の物語。かの地に壮大なる都を築いた人々は、自らの繁栄におごり高ぶり人の道を忘れて悪徳にふけり、終いには大いなる竜の怒りを買って都ごと滅ぼされたのだという。今も都の廃墟には巨大な竜が居座り、余所者が近づかぬようしっかりと番をしているのだとか。
もっとも出所不明の伝説だ。真偽の程は定かではない。
「まさか、森の奧深くまでフロートシップを乗り入れさす気ではないでしょうな?」
「いくら儂でもそこまで無謀をやらかすか。船が竜に襲われて全壊でもしたら、その弁済で領地全てが吹っ飛んでしまうわ。ともあれ、儂も伝説の真偽を確かめたくはある。そこで、今回は2ヵ所に当たりをつけるのじゃ。うち1ヶ所は、先の調査でキャンプを設けた場所じゃ。あそこでシャドウドラゴンの出現を待つ。相手は温厚な月属性の竜じゃ。前回も我々に興味がありそうな素振りを示しておったし、歌や踊りで楽しく盛り上げて招いてやれば、きっと話にやって来ることじゃろう。交渉がうまく行けば何か手がかりを教えてくれるかもしれぬし、北にある謎の遺跡まで護衛を引き受けてくれるかもしれぬぞ。もう1ヶ所は、先の調査で冒険者達が発見した、キャンプからさほど遠くない場所にある遺跡じゃ。今はフォレストドラゴンのねぐらになっておるが、北の遺跡と何やら関係がありそうな場所じゃ。是非とも探りを入れてみたい」
「そこまでおっしゃるのならば、もう私は何も言いませぬぞ」
リボレーはとうとう根負け。
「ともあれ魔獣の森では十分にお気をつけ下さい。帰ってきたその日が葬式の日では話になりませんからな」
その言葉をバーゼルは豪快に笑い飛ばす。
「儂の葬式の事を考えるなど10年早いぞ! では早速、準備にかかるとするか!」
●リプレイ本文
●出発
「酒運んだか〜? 水運んだか〜? 食材運んだか〜?」
気分はまるで小学校の遠足? いやいや、依頼人のバーゼル老がすっかり若い頃の自分に返っているのは確かだが。冒険者各自との挨拶を済ませ、物資をフロートシップに運び込むと、バーゼルは冒険者達を集めて最後のチェック。
「では所持品の点検を行うぞ。魔獣の森は危険がいっぱいじゃ。ちょっとした忘れ物が命取りになるぞ」
ところが、防寒着なしでやって来た冒険者が多数いることが判明。
「やれやれ。今はまだ冬じゃろうが」
さすがは冒険者。冬の森を防寒着なしでうろつくのも冒険のうちか。しかし無謀な冒険で死人が出ても困るので、バーゼルは人数分の防寒着を貸し出した。
「次からは忘れぬようにな」
気分はまるで小学校の先生のようで?
●魔獣の森
送り迎えのフロートシップは魔獣の森に到着した。
「さて皆。何が起こるか判らないから、気だけは抜かないようにね」
クレア・クリストファ(ea0941)にとっては初めての魔獣の森だ。船の着陸地点である中州から小舟に乗って対岸へ移動。ここは魔獣の森が大河と接する場所である。
岸辺に立って見渡せば、頭上には鬱蒼と生い茂る巨木の枝。その下に開けたささやかな草地がキャンプを張る場所だ。
フロートシップは既に飛び去り、森の中の遺跡探索に向かう仲間達を見送ると、冒険者はキャンプの準備に取りかかった。
「おや? 何をやっておるのじゃ?」
手持ちの紙巻タバコをほぐして水で湿らせた物を、布で足に巻き付けている時雨蒼威(eb4097)を見てバーゼルが尋ねる。
「毒蛇や蛙避けに」
「蛇も蛙も今は冬眠中だと思うが、用心するに限るじゃろうな」
今は冬場。虫もほとんど見かけない。
「煙草は余分に持ってきたがバーゼル殿は吸えるクチかね?」
「では一つ、頂くとするか」
蒼威は余分の煙草を進呈した。
天幕を張って寝場所とし、煉瓦を組んだ即席の調理場を設けて初日の仕事は終わる。
日が暮れる前に皆は車座になって簡単な食事を取り、後は気ままに時を過ごす。
フィ〜♪ フィ〜♪
素朴なオカリナの音色が、木々の合間に吸い込まれて行く。吹いているのはティアイエル・エルトファーム(ea0324)。吹き方はまだまだ素人。どこかの山の村人が吹いているようでもあるが、柔らかい音色は森によく似合う
ふと、演奏を止めて彼女はつぶやく。
「この魔獣の森にもパピィはいるのかな?」
森の奧に目を凝らすと何かが潜んでいるようでもある。何がいるのだろう? 踏み込んで確かめたい好奇心と、襲われたらどうしようという恐怖心の間で心は揺れ動く。森の恐怖と森の神秘はすぐ目の前だ。
●宴の準備
翌日は朝から宴の準備だ。
ここは魔獣の森だから井戸は無い。飲料水は全て樽詰めで持ち込まれた。食材も食器も調理器も依頼主が自前で用意してくれたので、お料理担当のリーン・エグザンティア(eb4501)にとっては大助かりだ。
作るなら季節がら体が温まるものということで、宴会メニューには季節の野菜のスープを用意。他にもローストチキンや魚の塩焼きなど、色々。
「はい、味見よ。あ〜んして」
「あ〜ん」
味見させる相手はペットのエレメンタラーフェアリー、アウレア。
「おいしい?」
「おいしい」
フェアリーの口には合うようだ。
「ドラゴンの口にも合えばいいけど」
ふと疑問が心を過ぎる。
「あんな大きな体をしたドラゴンは、普段は何を食べているのかしら?」
世界の謎だ。
「ん〜、ドラゴンの好物ねぇ」
モンスターには詳しいと自認するアシュレー・ウォルサム(ea0244)も、流石にそこまでは判らない。
「そういえば、以前ワンド子爵領でムーンドラゴンを見たわね」
キャンプ設営の仕事がてら、リーンはふと呟く。あれは去年の夏。ワンド子爵が魔獣の森に住む蛮族オーガ達を招き、領地の外れで宴を開いた時の夜のこと。
「シャドウドラゴンにムーンドラゴンかあ‥‥ムーンドラゴンの方は最近卵から孵ったのが進化したりしてると聞いたことがあるけどシャドウドラゴンはどうなのかなあ‥‥まあ、仲良くなれるのが一番だけど。」
それはアシュレーの呟き。
‥‥ちょっと待て。冒険者のペットの異常進化でスモールドラゴン種がちらほら出現しているらしいが、ミドルドラゴン種まで出現するようになったら世も末だ。
話しているうちに香ばしい匂いが漂って来た。
シフールのディアッカ・ディアボロス(ea5597)が手持ちのホットケーキミックスを使い、フライパンで試し焼きをしている。フライパンは人間用だが、ディアッカは器用なもので、フライパンの上で羽ばたきながらへらを使ってケーキを巧みにひっくり返す。でも火の上を跳び続けていると、流石に熱い。
「さて、味の方は‥‥」
シフールサイズに焼いたケーキを試食してみると、まずまずの味。ワンド子爵領で新鮮な牛乳が手に入って、本当に良かった。
●月の竜
宴の準備も整うと、冒険者達は夜の訪れを待つ。
クレアがデティクトライフフォースで辺りを調べてみると、地面の下に冬眠中の生き物が色々。しかし大型の魔獣が森から現れる気配は無い。イコン・シュターライゼン(ea7891)はカオスの魔物を警戒していたが、こちらも心配はなさそうだ。
夜が訪れ、月精霊の光が森を照らし始めると、バードのケンイチ・ヤマモト(ea0760)はリュート「バリウス」を爪弾き始める。かつてケンイチは竜人ナーガの長老の前でリュートを披露した事がある。そして今宵、リュートを聴かせる相手はドラゴン。気に入ってくれるといいが。アシュレーもローレライの竪琴で演奏を始めた。本職はレンジャーだが、竪琴の腕前もなかなかのもの。さらにイコンも自らのローレライの竪琴を奏で始めた。
冒険者3人による三重奏、月の光を思わせる優しい調べに耳を傾けつつ、リーンが夜空を見上げればそこには満天の星。
「綺麗な月に星空。さらに美しい音楽とダンス。ドラゴンではなくても、思わず誘われてしまうわね」
「あっ! 見て!」
誰かが叫ぶ。空を見上げれば月光を浴びて夜空を飛ぶ金色の竜が2匹。ムーンドラゴンだ。リュートの音に引き寄せられたか、竜達はキャンプの上空をぐるぐると旋回している。その姿を美しいと思いつつも、ケンイチはひたすら演奏に没頭。時が経つのも忘れる程に。
突然、その巨大な姿は夜空から舞い降りた。ムーンドラゴンよりもさらに巨大な黒い竜、シャドウドラゴンだ。続いてムーンドラゴン2匹も舞い降りる。3匹の巨大な姿の出現で、キャンプ場は一気に狭くなった。三重奏を披露した3人は竜の出現に物怖じすることもなく、微笑みで迎える。
(「崇拝する大いなる父と共に、同じく敬愛する誇り高き月。その偉大な月の精霊の力を持つ、美しきドラゴン達。一度‥‥一度逢いたいと思っていた‥‥」
感動に打ち震えてクレアは竜達に歩み寄り、朗々と詩を謳いあげた。
森の獣は闇夜に安らぎ
月の光は慈愛に満つ
夜の闇は安らかな母の胸にも似て
人は安息を得て眠り夢を見る
月の光は温かな母の眼差しにも似て
人の傷つきし心を癒し涙を拭う
黒竜よ、そなたの輝きは冷たく美しい黒曜石の輝き
夜の闇に似て我が心を惹きつける
金竜よ、そなたの煌めきは眩く気高い月光の煌き
我が心はその輝きに打ち震える
詩を歌い終えると、クレアは竜達に一礼。
「こんな良き夜に出逢えた事、嬉しく思うわ」
「この森に人間がやって来るのは珍しい」
黒竜は答えた。
「でも、私はおまえ達を気に入りました。おまえ達の歌と言葉には、私達の心にも響くものがあります」
続いて深螺藤咲(ea8218)が竜達の前に進み出る。
「ドラゴンは、この世界では八百万の神に等しきお方。そのお方と直にお会いし、言葉をかけられるとは光栄です」
藤咲はジ・アースの、それも精霊を八百万の神として崇める独特の文化を持ったジャパンに生まれた志士だ。今、彼女は故国ジャパンの衣装である京染めの振袖に着替え、手には扇子を携える。
「故郷の踊りを捧げたいと思います」
そして藤咲の踊りが始まった。とはいえ、藤咲は本格的に舞踊の修練を積んだ訳ではない。幼い頃、実家で踊りを習った時の記憶があるとはいえ、拙いことは自分でも認める。それでも全ての精霊への感謝の思いを込め、竜達の前で一心に踊る。
その思いは竜にも伝わったようだ。
「心のこもった踊りをありがとう」
藤咲に告げると、さらに黒竜は藤咲の背後にいたもう一人にも告げる。
「あなたも、楽しい踊りを見せてくれてありがとう」
そこにはペットのジュエリーキャットともども、飛び入りで踊りの加わった時雨蒼威がいた。
「ご満足頂けて幸いです」
と、言葉を返す蒼威。もっとも一番満足しているのは本人のようだ。
「それではドラゴン様にもお食事を」
リーンが手ずから作った料理が竜達の前に並ぶ。
「おやおや。今宵は至れり尽くせりですね」
大きく開いた黒竜の口に、リーンは料理を運ぶ。スープもローストチキンも魚の塩焼きも、あっという間に一飲み。2匹の金竜もお相伴に与る。
「えぇと‥‥味の方はどうでしょうか?」
「この料理は火を通してありますね」
「ええ。料理ですから」
「火を通すと変わった味になります。でも悪くはありません」
「今後のために好みの物を教えていただけますか? 種族の壁を越えて一緒に食事を楽しめたら、それはとても素敵なことでしょう?」
「シェリーキャンを知っていますか?」
黒竜は問いかける。シェリーキャンとはブドウの葉の衣をまとった羽を持つ妖精。気にいった者のために果物から酒を作ることもあるという。
「私は時々、シェリーキャンの宴に招かれます。そこではシェリーキャンの作った酒が振る舞われるのですが、それはそれは美味しいものです」
ディアッカも作りたてのホットケーキと、水割りのウォッカを竜に振る舞った。
「お味の方は?」
「これも変わった味ですね。でも、ありがとう」
ついでに金竜達に尋ねてみる。
「あなた方は以前、オーガとの宴会の時に上を飛んでいたのと同じドラゴンさんでしょうか?」
「おや、オーガとの宴会と言えば‥‥」
金竜は顔を近づけた。
「賑やかだったので覚えていますよ。あの時は随分と楽しそうでしたね」
やはり、あの時のドラゴンだった。
●光の巫女
「さてドラゴンよ。儂(わし)はこの近くに領地を持つ領主の父親じゃが」
軽く自己紹介したその後で、バーゼルはルリ・テランセラ(ea5013)を竜に紹介した。竜が現れるまで、ルリは焚き火の前でずっとバーゼルと話し込んでいた。
「この娘がそなたと友達になりたがっておる」
最初はおずおずしていたルリだが、
「大丈夫。僕がついてるから」
イコンにエスコートされて、ようやく竜達の前に進み出た。
「あの‥‥ルリの歌を聴いて下さい」
ルリは竜の前で歌う。その旋律は春の太陽の光のように柔らかく暖かで。竜達はその歌にじっと耳を傾けていたが、歌い終わると黒竜が言う。
「あなたは陽精霊の申し子のような娘ですね。でも、卵からかえったばかりの竜の子のように足取りがおぼつかなく、その心には迷いがあります」
「‥‥え?」
「歌には自ずと、歌う者の心が現れるものです」
実は、ルリには竜に尋ねてみたい事があった。
「光の巫女の意味、知りたいんです」
これまでに自分の身に起きた出来事を、ルリは竜達に話して聞かせた。ジ・アースからこの世界にやって来た経緯や、西ルーケイの『陽島』で謎の存在から託された杖の事も。「その話が本当だとすれば、あなたは大いなる陽精霊の力と浅からぬ縁があるということです」
と、黒竜は言う。
「私、どうしたら‥‥」
「あなたは既に最初の一歩を踏み出しているはず。たとえゆっくりでも、そのまま歩み続けなさい。たとえあなたの行く手に道が無くとも、あなたが歩んだその後に道は生まれます」
●カオスの影
竜達もすっかり冒険者とうち解けた様子。質問する頃合いと見て、アシュレーは黒竜に尋ねる。
「ところで、この北には遺跡があるよね。森の中に塔があって、その周りを銀色のドラゴンが飛んでいたっていうけど、あそこは何なのかな?」
「あれは、遠い昔に人間達が犯した過ちの名残。あそこに住むのはサンドラゴンです」
「ドラゴンに滅ぼされたという都ですか? 人間の間ではそのように伝えられていますが、ドラゴン達の方ではどのように記憶されているのでしょう?」
「遺跡といえば‥‥」
時雨蒼威もやはり例の遺跡が気になる。
「竜の怒りを招いたなら、それ相応の技術や文化があったはず。あるいはカオスとの戦いで滅んだのか? もしそうなら、遺跡を調べることでカオスと戦うためのヒントが得られるかもしれない」
しかし黒竜は静かに答える。
「あなた達にそれを知る準備が出来ていますか? 何かを知れば、知ったことの責任を背負うことになるのですよ。でも、もしもあなた方に十分な心構えがあるのなら、あそこを訪ねてごらんなさい。あなたにそれを知る資格があるのなら、サンドラゴンが全てを語ってくれるでしょう」
さらにディアッカは尋ねる。
「あともう一つ。このところのカオスの魔物の不穏な動きは、ドラゴンの方にも何か影響を及ぼしていませんか?」
イコンも言い添えた。
「カオスが徐々に表に現れている事と、竜の方々がこうして現れる事の意味、恐らく危機が近づいている前兆なのではないかと」
黒竜は答える。
「確かに、この世界におけるカオスの気配は強まりつつあります。しかし人と竜とがこうして交わる機会が増えたのは、人が手にした新たな力によるところが大きいのです」
「ゴーレムですね」
蒼威はすぐに思い当たった。思えばフロートシップがあればこそ、冒険者達もこの地を簡単に訪れることが出来たのだ。
「ついでだが天界人(地球人)が召還される原因を知らないか? 俺は今更、天界人が救世主だなどというおめでたい与太話はカケラも信じとらん。一部、意図的に呼ばれた人間も居るようだが、全体的に見ればあまりにも呼び込む人材が無節操だ。つまり天界人が召還される現象の大半は予期せぬ自然災害のようなもので、それはこの世界に何か大きな異常が発生したという事ではないのか?」
黒竜は暫し瞑目。やがて意を決して告げる。
「今から1年ほど前、この世界の精霊力のバランスが大きく崩れました。その事だけはあなた方にも明かしておきましょう」
1年前といえば、地球人の大量出現が始まった頃だ。
「そうか、やはり‥‥」
「その頃には聖山シーハリオンに血塗れのヒュージドラゴンの羽根が降るという異変も起きています」
その事を口にしたのは深螺藤咲。彼女もまた黒竜に尋ねた。
「かつてロード・ガイ様が、カオスによって侵された精霊様の聖地、このアトランティスを救われたと聞きました。この世界は精霊様の聖地。故郷のジャパンも精霊様を崇めております。聖山の異変にカオスの跳梁と、再び精霊様の聖地が汚され始めているのでしょうか? 悪心こそがカオスを呼び込み精霊様を汚すなら、また悪心を封じる為に魔獣の森が出来て遺跡を封じているなら、禊を行い浄化する事が出来ないでしょうか?」
さらにクレアが問う。
「偉大なるドラゴン達よ‥‥願わくば示して、私達が進むべき道を。願わくば教えて、ドラゴンの目から見たこの国の様子を。何か不穏な気配が、邪悪な種が芽吹いていないかを。それを祓い、滅するが己の生きる道。遥か伝説に残る過ちを、再び繰り返さない為。そしてこの世に生きる、全ての命が為に‥‥」
黒竜は答える。
「カオスの気配は人の住まぬ森よりも、むしろ人の住む場所で強まりつつあります。私たち竜は空を飛びながらその気配を感じはするけれど、人の住処は人自身の手で守るべきもの。この世界の浄化を願うなら、まずは人であるあなたが暮らす場所を清める事から始めなさい」
その言葉を受けてイコンは誓う。
「僕は守るべきものを守る盾となります。カオスの力に対する盾です」
イコンの傍らにはルリの姿。
●竜に乗って
皆の質問は終わったが、ティアイエルが何やらそわそわしている。
「どうした?」
バーゼルに尋ねられ、
「ドラゴンの背中に乗って空を飛べたら、風が心地よいかな〜って思ってたの」
そう答えた彼女の言葉を聞いて、ルリもはにかみながら言う。
「私も、一緒にお空飛んでみたいです。夢かも‥‥」
バーゼルはにっこり笑い、
「そうかそうか。実はな、わしも竜の背に乗って空を飛んでみたかったのじゃ!」
早速、竜達ににお伺いを立てると、あっさりと了解してくれた。
「楽しい宴のお礼です。でも、落ちないように気をつけて下さい」
「僕も一緒に」
ルリのエスコート役、イコンも同乗を申し出る。こうしてティアイエル、ルリ、イコン、バーゼルの4人、竜に乗って夜空を飛ぶことになった。落ちない用心のため、竜の首にはロープを巻いてもらって手綱とし、背中には毛布を敷いて乗り心地を良くする。そしてルリとイコンは黒竜の背中に、ティアイエルとバーゼルは金竜に。4人を乗せた竜達は、翼を大きく羽ばたかせて夜空に舞い上がる。
「わ〜! すごい!」
月精霊の光に照らされた森は幻想的。隣を見れば仲間を乗せた竜の姿。翼の羽ばたきと共に上下動する巨体は力強さを感じさせ、竜に乗れた興奮で夜風の冷たさも忘れるほど。
眼下の森を見下ろしながら、ティアイエルが金竜に問う。
「この魔獣の森にもパピィはいるのかな?」
「パピィも森のどこかにいますよ」
「風の属性を持つ竜もいるのかな?」
「風の属性を持つ竜は、森よりもむしろ山の高いところに。でも、気の荒い兄弟だから会う時には気をつけてね」
●別れ
楽しい時はあっという間に過ぎ、お別れの時が来た。
別れ際、アシュレー達はお別れの曲を奏で、ティアイエルもオカリナで別れの曲を披露。曲が終わると竜達は頭を寄せてきた。ティアイエルは握手代わりに自分の頭を竜の頭にすりすり。皆もそれに習って竜達の頭を撫でたり頬ずりしたり。
「運命の導きがあれば、また会いましょう」
その言葉を残して竜達は飛び去る。世界は朝を迎えようとしていた。
「行っちゃった‥‥」
竜達を見送りながら、どこか寂しそうなルリ。イコンは彼女に言葉をかけてやった。
「世界や人の心には闇が確かにあるけど、ならばルリさん自身が闇を照らす光になれば良いと思うよ。スレナスさんや周りのみんなも、そして竜の方々も、これからもきっと力になってくれるよ」