魔物憑き

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月28日〜03月03日

リプレイ公開日:2007年03月11日

●オープニング

●貧民街の魔物騒動
 もうじき春が来るというのに、その日は冷え込みが厳しかった。
 王都の治安を司る衛兵隊はいつものように仕事をこなし、日中は大した事件もなくそのまま夜を迎えようという頃。貧民街から事件の報せが飛び込んで来た。
「隊長殿! 貧民街で魔物騒ぎです!」
「何!? 魔物だと!?」
「はい! 魔物に取り憑かれた者が出たとの噂が広まり、恐怖にかられた民衆がその者の家を取り囲んで火を放とうとしています! このままでは死人が出かねません!」
「なんたることだ! 即刻やめさせろ!」
 報せを受けた衛兵隊長が配下の衛兵達を引き連れて貧民街に来て見れば、手に手に松明を持った民衆が、今にも崩れそうなあばら屋を幾重にも取り巻いている。
「魔物憑きは街から出て行けぇ!」
「出ていかねぇなら家ごと燃やしてやる!」
 罵声を浴びせる者、石を投げつける者。その全ての者の目に恐怖の色が宿っている。
「静まれ! 静まらんか!」
 衛兵隊長は一喝。衛兵達をあばら屋と民衆の間に割り込ませるや、人々は口々に訴えた。
「あの家に巣くう魔物を何とかしてくだせぇ!」
「このままでは俺達まで魔物に殺されちまうですだ!」
 隊長があばら屋に目を向ければ、戸口や窓の隙間から外を窺う異形の者どもがいる。コウモリの翼を生やした醜悪な小鬼だ。
「踏み込むぞ!」
 部下の中から選んだ手練れの者達と共に、衛兵隊長はあばら屋に踏み込んだ。
 家の中は真っ暗だ。ランタンの光で家の中を照らすと、人の姿が灯火に浮かび上がる。みすぼらしいなりをした中年男に中年女。そして、ぼろぼろの服をまとった子供が2人。このあばら屋を住処とする一家だ。
「助けてくれ‥‥」
「助けてください‥‥」
「助けて‥‥」
「ここから出して‥‥」
 掠れた声で口々に救いを求める。もう何日もまともな食事にありついていないのだろう。彼らの誰もが憔悴しきっている。
「ぎゃはははははは! おまえらの一人たりともこの家から出すものか!」
「おまえらは死ぬまで俺達のしもべだ!」
 だみ声でけたたましく笑い、小鬼どもが家の中を飛び回る。
「おのれ!」
 衛兵隊長は剣を振り上げ、小鬼に斬りつける。剣は小鬼を切り裂いた‥‥はずなのに、小鬼はまったく傷ついていない。
「げへへへへへ! そんな、なまくらな剣じゃ俺達を倒せねぇ!」
 それでも隊長はしゃにむに剣を振るう。小鬼を追い回すうちに一瞬、その視線が床に逸れる。
 そして気付いた。
 床に人が横たわっている。
 ぼろぼろの敷物の上に身を横たえているのは、若い娘だ。
 娘は眠っている。その寝顔はとても安らか。しかし娘の顔には生気が無い。血の気を失った顔はまるで死人のよう。寝息と共に微かに上下する胸の動きで、かろうじて生きていると分かる。
「これは何だ!?」
 隊長が娘に近づくと、その体に異変が起きた。
 娘の体から霧のような白い物が立ちこめる。やがてその霧のようなものは人の姿に形を変えた。
 若い男だ。しかも、年頃の娘なら一目惚れするような美男子。
「魔物め!」
 隊長は毒づく。彼が看破した通り、目の前に出現した男はカオスの魔物だった。
「うふふふ」
 見目麗しき魔物は小馬鹿にしたように笑う。
「私は夢を紡ぐもの。お前達は目障りだ。さっさとここから出て行くがいい」
「その娘に取り憑いて何をする気だ!?」
「私はこの不幸せな娘に安らかな夢を見せているのさ。そして娘をこの世の苦しみから解放する。娘をあの世に連れて行くんだよ」
 すると娘が目覚め、かぼそい声で訴える。
「‥‥ねぇ、どこにいるの? ‥‥あたしを一人にしないで」
「愛しい人よ、私はここだよ」
 魔物は屈み込み、娘の顔を愛撫してその耳に囁く。あたかも恋人にそうするかのように。
「私がお前を見初めてから今日で4日目。あと3日で私とおまえの愛は成就する。おまえは私と添い遂げる。おまえはもはや、この世の苦しみに悩まされることはない」
「‥‥うれしい」
「おのれ!」
 やにわに衛兵隊長は剣を突き入れた。剣は魔物の喉元に深々と埋まる。しかし魔物は苦痛に顔を歪めることもなく、邪悪な笑みを向ける。
「私の楽しみを邪魔するな」
 言い放つやその体が先ほどと同じような霧と化し、娘の体に吸い込まれて行く。
 娘は再び眠りに落ち、ただ死人のように横たわるのみ。
「引き揚げるぞ」
 魔物に対して打つ手は無し。あばら屋を後にすると、衛兵隊長は部下に命じる。
「この家を包囲しろ。民衆を家に近づけるな」

●冒険者求む
 この騒ぎの直後。付近の住民から聞き込みを行ったところ、あばら屋に住む一家は貧民街の鼻つまみ者だと分かった。
「夫も妻も手癖が悪くて、奉公先を何度もクビになったような奴らです。しかも子供には盗みの手伝いをさせ、娘には口にするのも憚れる裏稼業で働かせていたとかで」
「カオスの魔物に取り憑かれたのも、奴らの自業自得というわけだ。奴らの不徳が魔物を誘き寄せたのだ」
 部下の報告を聞き、思わず衛兵隊長は口にしていた。
「とにかくカオスの魔物が相手では‥‥」
「冒険者を雇って退治させるしかあるまいな。こんな汚れ仕事にこれ以上、我々が関わることはない」
 こうして冒険者ギルドに魔物退治の依頼が出されたが、依頼主である衛兵隊長は冒険者達に注文をつけた。
「あの家に住むろくでなしどもの命を救うことよりも、カオスの魔物を確実に仕留める方を優先しろ。カオスの魔物を取り逃がして、善良な街の住民が危険に晒されるのには我慢ならん」

●今回の参加者

 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

リオン・ラーディナス(ea1458)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ ヴェガ・キュアノス(ea7463

●リプレイ本文

●会見
「何で空戦騎士団がやって来る?」
 衛兵隊長は渋い顔。依頼に応じて冒険者がやって来たのはいい。しかし冒険者の中には空戦騎士団の団長もいれば副団長もいる。二人ともお偉い肩書きがついても冒険者ギルドに籍を置く身。一介の冒険者として依頼に参加するのは当人の自由だが、衛兵隊長にとってはやりにくい。が、来てしまったものは仕方がない。
「此度は斯様な魔物退治にご足労頂き、恐縮の極みであります」
 いつもの衛兵隊長らしからぬ恐縮な態度で、空戦騎士団団長シャルロット・プラン(eb4219)と副長エリーシャ・メロウ(eb4333)を出迎え、懇切丁寧に状況を説明した。
「つい先日もマリーネ姫のご一行が魔物に襲撃されたばかり。こうも王都に魔物が蔓延るとは嘆かわしい。このままでは王都が魔物の巣になりかねませんぞ」
「いいえ、今回の一件はむしろ逆に考えるべきでしょう。カオスの魔物がこうもあからさまに出現するということは現在、彼ら低級魔物を統制し制御する上位者がいないか、最低でも謀を企ててない状態であると見られます」
「は?」
 騎士団長のその言葉を聞き、衛兵隊長は思わず彼女の顔を見返した。悲観論をうち消すための言葉とも取れるが、聞いていてしっくりこない。そこで隊長は騎士団長の隣に座す副長にも尋ねた。
「副長殿も騎士団長殿と同じ見解をお持ちでしょうか?」
「この魔物自身は意図せず本性のまま暴れているだけとも見えますが、実はウィルを侵す企ての一端かもしれないと私は想います。憑かれた者を人が殺すという土壌を作る事こそ、カオスの目的だとしたら?」
「成る程!」
 隊長にとってはむしろその言葉の方が納得できた。
「流石は副長殿。その慧眼、官服致します」
「では作戦に入りましょう」
 既に冒険者達は魔物の討伐作戦を立案しており、シャルロットは衛兵隊長に協力を要請した。王都の治安維持は衛兵隊の管轄。たとえ空戦騎士団長といえども、彼女自らが直接に陣頭指揮を取る訳にはいかないが、衛兵隊長にその要請を拒む理由は無い。
「我々も全面的に協力致しましょう。今日の所はこれでお帰りを。魔物退治の結果については、後ほど報告に参ります」
「いいえ、私達2人も魔物退治に加わります」
 と、シャルロット。
「しかし‥‥」
「結局、いかに無駄が多く見えようとも。湧いて出る魔物は見つけ次第、虱潰しにする以外に根絶する方法は無いのです。そして、それを行える者はまだまだ限られており、人手が足りなくなっては困ります」
 彼女のその言葉は、半分は自分に言い聞かせる為のもの。
「ところで隊長殿。護民官リオン殿からの預かり物がある」
 会談に同席するリューズ・ザジ(eb4197)が、護民官から預かった手紙とナイフをシルバーナイフを衛兵隊長に手渡した。

 衛兵隊長へ
  この様な事件、そして原因たる民を生んだのは、
  私の不徳の致す所だ。申し訳無い
  そんな護民官であるが、従ってくれるのならば、
  この銀刀を携行して以降警備に従事してほしい

 衛兵隊長は手紙を一読したが、
「護民官はいつから俺の上官殿になったのだ? 護民官の仕事は民の声を陛下に伝えることで、衛兵を動かすことではなかろう? 好意と責任は理解したが、陛下を通して欲しい」
 そう答えて手紙だけを受け取り、ナイフをリューズの手に返した。管轄違いと言うことか。

●魔物に憑かれた家
 お偉いさんと言えば、衛兵達の元には何故かルーケイ伯まで現れて魔物退治の助言を為したり。ともあれ、カオスの魔物が銀または魔法の武器、もしくは魔法攻撃でしか傷つけられない事は誰もが理解した。
 そして冒険者達は衛兵達と共にあばら屋へ。
(「夢を見る事すら喰い物にされ、哀れな娘だ。例え彼女にとってはそれが望ましい事だとしても、カオスの魔物を野放しには出来ない‥‥」)
 娘への憐憫を感じつつも討伐に臨むリューズ。彼女は先ず近隣の住民を集めて命じた。
「これより魔物の討伐を行う! 万全を期すが危機に瀕した魔物が手当たり次第お前達を狙う可能性があるゆえ、各自自宅に引き上げ待機するように!」
 魔物が逃亡した際に周辺住民への被害を防ぐ為と、魔物を追撃しやすくする為だ。シャルロットと衛兵達は緊急時に住民の避難誘導を行えるよう、あばら屋周辺に待機。エリーシャの方は仲間の冒険者と共にあばら屋へ乗り込む。
「私もあなたと同意見です」
 マリウス・ドゥースウィント(ea1681)がエリーシャに告げた。
「女性を魅了して命尽きるように仕向けるカオスの魔物。女性の命を狙うのは勿論、その所業で人々を惑わすのも奴等の狙いでしょう。恐怖に駆られた余りに人々が悪しき事を為さしめれば、その心に不和と不信が生じ、それは魔物の付け込む隙となります。人々がこれ以上の過ちを犯す前に、禍根であるカオスの魔物達を討ち取りましょう」
「この『眼のある剣』にかけて」
 エリーシャは帯剣した剣の柄に手をかけて誓う。
「分かっているとは思うが、家の者の救出よりも魔物退治が優先だ」
 衛兵隊長はそう念押ししたが、アトス・ラフェール(ea2179)は主張した。
「おっしゃる事は分かりますが、私は一家を助けますよ。仮にも向こうの世界(ジ・アース)では筋肉騎士団名誉騎士の誉れを受けた私です。信念に基づいて騎士としての行動を取るのみ!」
 そしてエリーシャも。
「彼らが本当に悪人であっても、これ以上ウィルの民を汚らわしきカオスの魔物どもの自由にはさせません!」
 衛兵隊長は彼らの言葉に対しては何も言わず。
「竜と精霊のご加護を」
 その一言でもって、冒険者達を送り出した。

●魔物
 シン・ウィンドフェザー(ea1819)はかつて、故郷のジ・アースでデビルと戦った経験がある。
「カオスの魔物とやらがデビルと変わらない存在だってんなら、ワルプルギスの紋章剣士としちゃ放っておけんわな‥‥尤も、肝心の紋章剣が無いんじゃ只の剣士だがな」
 紋章剣は無くとも、今の彼は聖剣「アルマス」デビルスレイヤーを所持している。
 あばら屋に踏み込む前に、シンは聖なる力を秘めた護符ヘキサグラム・タリスマンを使い、あばら屋の入口を中心に結界を張った。これで魔物の動きが多少は鈍くなるはずだ。
 いざあばら屋に踏み込むと、時は昼間だというのに中は薄暗い。全ての窓は閉め切られ、壁や窓の隙間から漏れる光が家の中をぼんやりと照らしている。
 手元を照らすにも冒険者達はランタンの灯りを必要とした。指にはめた『石の中の蝶』の指輪をマリウスが見れば、宝石の中の蝶はさかんに羽ばたき、デビルがすぐ近くにいることを告げていた。
 ランタンの灯りが家の中の者達を照らし出す。中年の男と女に子供2人、もはや助けを求める気力も失ったかのようで、無気力に蹲ったまま動かない。床には魔物に憑依された娘が横たわる。そして冒険者達は2匹の醜い小鬼の姿を目にした。1匹は中年男の頭上に止まり、もう1匹は床に横たわる娘の腹の上に座っている。
「げへへへへへ!」
 威嚇するように小鬼が大声で笑う。耳障りな声でひたすら笑い続ける。
 戦いに備え、手に持つランタンをエリーシャは壁にかけようとした。一瞬、小鬼から目線が逸れる。小鬼の1匹がそれを隙と見て飛びかかって来た。だが結界の効果が及んだか、その動きは心なしか鈍い。
 エリーシャは小鬼の動きを見切った。眼前に迫った小鬼を『目のある剣』が迎え打つ。
「ぎゃあ!」
 斬りつけられて小鬼は叫び、エリーシャから離れる。だが逃げたその場所には『破邪の剣』持つリューズが待ち構え、第2撃を小鬼に喰らわせた。深手を負った小鬼は、無気力に蹲る子供に向かって飛ぶ。彼らを盾にする気だ。
 高速詠唱でアイスコフィンの魔法を放つイリア・アドミナル(ea2564)。子供達は魔法の氷に包まれ、攻撃から守られる。
 シンが聖剣「アルマス」デビルスレイヤーで小鬼に斬りつけた。
「ぎゃああああああ!」
 体を深々と切り裂かれ、小鬼はぞっとする絶叫を上げる。その絶叫が終わらぬうちに、シンの『アルマス』が止めの一撃。絶命した小鬼は灰と化して消滅した。
「もう一匹は!?」
「そこです! 逃がしませんよ!」
 その問いに答え、部屋の隅を指さしたのはアトス。その探知魔法デティクトアンデットがそこに逃げ込んだ小鬼を感知していた。
 魔物には変身能力がある。小鬼はドブネズミに姿を変え、壁の穴からあばら屋の外へ逃げ出した。
「しまった!」
 壁の穴は小さくて人間にはくぐり抜けられない。
「ここは任せてください!」
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は体の小さなシフール。何とか壁の穴をくぐり抜けてドブネズミを追う。さらにエリーシャも愛犬エドを追跡に加勢させた。
 ドブネズミは路地の側溝を伝って逃げる。それを飛びながら追いかけるディアッカに、路地を全力疾走して追いかけるエド。入り組んだ場所の追跡なら人間よりも上手くやれる。
「魔物が逃げます!」
 待機する衛兵達に呼びかけつつ、高速詠唱でシャドウバインディングの魔法を放つ。しかし魔物は魔法抵抗が高いせいか、なかなかうまくかからない。3回目にしてようやく、魔物は自分の影に足を捕らわれ動けなくなった。
「魔物はそこか!?」
 声を聞きつけ、シャルロットが衛兵達を引き連れて現れた。魔物は醜悪な小鬼の姿に戻り、近づく者に牙を剥いて威嚇する。
 シャルロットは魔力を帯びたサンショートソード「カスミ」の狙いを魔物に定め、渾身の力でもって振り下ろした。二度、三度、四度と刃を突き入れ、魔物は絶叫。その絶叫もやがて止まる。魔物は息絶え、その体は灰と化して消滅した。

●夢を紡ぐもの
 醜い小鬼どもは倒された。
「もう大丈夫です」
 魔物の虜となっていた家族にイリアが告げ、家の外に避難させようとするが、彼らは衰弱しきっていて体も思うように動かせない。仲間の手を借りて外に連れ出したが、敵意をもった人々に襲われる危険もあるので、ディアッカが彼らの護衛として付き添う。
、残るは『夢を紡ぐもの』のみ。冒険者達は床に横たわる娘を取り囲む。
 今日は依頼の初日。実は一日だけの助っ人ということで、リューズが連れて来た冒険者仲間がいた。
「ヴェガはアトスの手伝いを」
「宜しく頼みます」
 アトスは助っ人に一礼し、仲間達にも告げる。
「聖なる光には耐えられ無いはず。出てきたところを狙ってください!」
 そして神聖魔法の呪文詠唱が始まった。
「母なる慈愛神セーラよ! 我等に魔を滅ぼす力を!」
 放たれたホーリー魔法の白い光が娘の体に吸い込まれる。聖なる光は幾度も放たれ、その度に娘は身をよじり口から苦悶の叫びを迸らせた。
「やめろ! やめろ!」
 しかし叫んでいるのは娘ではない。娘の表情は人形のように変わらない。苦しんでいるのは娘に取り憑いている魔物だ。
 やにわに娘の口がかっと開き、霧のようなものを吐き出す。
 憑依していた魔物が娘から離れたのだ。霧は這い寄るような動きでエリーシャに近づき、その面前で人の姿に形を変えた。目鼻立ちの整った美男子の姿に。
「私の負けだ。私を許してくれ」
 魔物はぞっとする程に魅力的な眼差しでエリーシャを見つめ、うっとりするような優しい声で囁く。
「あなた達は選ばれた者。私はあなた達の力の前にひざまずき、あなた達の僕として仕えよう。さあ麗しき騎士よ、私の手を取って。私はあなたの前に服従を誓おう」
 差し出される魔物の手。魔物の甘い囁きに、エリーシャはついその手を取りたくなる衝動にかられたが、それをイリアの叫びが押し止めた。
「手を取っては駄目! これは魔物の『魅了』です!」
 エリーシャは魔物の手を取る代わりに『眼のある剣』の刃を喰らわせた。体重をかけての一撃、魔物は体を深く切り裂かれて絶叫する。
「おのれ! よくも!」
「魅了など、無駄なこと!」
 さらにマリウスとシンが左右から魔物を挟み撃ち。共に繰り出した二人の剣は聖剣「アルマス」デビルスレイヤーだ。魔物は致命傷を負い、うめき声を上げながらよろよろとうずくまる。その勢いでマリウスは止めの一撃を繰り出そうとしたが、攻撃の邪魔が入った。何者かがマリウスの体にしがみついたのだ。
「‥‥やめて! ‥‥この人を殺さないで!」
 さっきまで床に横たわっていた娘だ。憑依した魔物が離れ、意識を取り戻したのだ。
「騙されないで! あれは恐ろしい魔物です!」
 娘を正気づかせようとマリウスが叫ぶ。他の冒険者の注意も一瞬だが娘に集中。その隙を魔物は逃さなかった。
「ふふ‥‥死なばもろとも!」
 魔物の体が霧と化して娘に迫り、再び実体化したそれは牙を剥いた人狼の姿に変わっていた。
「!!!!」
 間一髪。高速詠唱でイリアがアイスコフィンの魔法を放ち、魔法の氷が娘を包み込む。娘の喉笛に食い付こうとした人狼の牙は、魔法の氷に阻まれた。
「がああああ!」
 魔物の断末魔。その体を貫いたのはシンの聖剣。
「‥‥例え紋章剣が無かろうと、俺がワルプルギスの剣士である以上、貴様等の跳梁を赦しちゃおけねぇんだよっ!!」
 シンのその言葉が終わると同時に、絶命した魔物の体は灰と化し、空気の中に溶け込むように消滅した。

●民衆を前に
「カオスの魔物は無事に討ち取りました。被害者ももう大丈夫でしょう。しかし、カオスの魔物の企みは完全に打ち崩せた訳ではありません。奴等は人を堕落させる事を目的にしています。被害者にカオスの影を見て、酷い扱いをしようとする事こそ奴等の企みに落ちたことになります。どうか、その企みを打ち破ってください」
 近隣の住民達を呼び集め、マリウスは宣告する。次いでエリーシャも。
「心に闇を持たぬ者はおらず、彼奴等は僅かな心の隙に潜り込む。彼等の災難が明日は我が身でないと断言出来ようか。元凶は取り憑かれた者ではなく、魔物ども。魔物を呼んだと互いを疑わせ、相争わせる事こそ彼奴等の狙い。そのような企みに負けるな。徒に責めるのではなく、互いに慈しみを持って欲しい。衛兵隊の方々は、そして我々も、魔物どもからウィルの民たる貴方達を守る為に日々身を砕いているのだから」
「しかし、また魔物が現れたらどうすれば‥‥」
 人々はまだ不安から抜け出せない。
「例のナイフを頂けるか?」
 衛兵隊長がリューズに囁き、彼女からシルバーナイフを受け取るとそれを高々とかざして宣言した。
「これは護民官殿より贈られし銀の武器! 今日より俺は、魔物を破る力を秘めたこのナイフを携えて町を警備しよう! 魔物が現れたら俺を呼べ!」
 この言葉に人々の不安は吹き飛び、人々は喜びの歓声を上げた。
 その後で衛兵隊長はリューズに囁く。
「こうでもしないと人々の不安が鎮まらんのでな。護民官殿には宜しく伝えてくれ」
 その後、魔物が住み着いたあばら屋は取り壊され、救出された一家は冒険者達があれこれ手を尽くした末、ガンゾの町の貧民村に送られることになった。彼らの今後については別の報告書で書くことになろう。