とちのき通りのしふ学校〜奥様の小さな針子

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2007年03月22日

●オープニング

「縫い物お安く承ります〜つぎあて裾上げお直しも、お気軽に申しつけ下さいませ〜」
 しふ学校の裁縫しふ達が市の片隅に場所をもらい、繕い物などして腕前を披露していたそのとき。大通りを通りかかった立派な馬車が止まり、中から若く美しい貴婦人が顔を覗かせた。
「ああ、これだから街を流すのは大好きよ」
 高貴なお方の目に止まったことなど、もちろん裁縫しふ達が知る由もない。

 翌日、良い身なりをした中年の女性がしふ学校に訪れた。
「裁縫の技を持つシフール全員を、当家にて針子として召抱えたい‥‥と、これが奥様のご希望です。支度金はここに用意しましたが、不足があれば申し出なさい。仕事は二週間の後からですが、その前日までには屋敷に入っておく様に」
 家政を仕切るお局様といったところだろうか。有無を言わせぬ迫力に、生徒達はみんな呆気に取られるばかり。彼女は生徒達を見渡して、溜息交じりに首を振った。
「可能な限り早くおいでなさい。教えておかなければならないことが山ほどありそうですから」
 お局様、口上を述べると返答も聞かず、そそくさと帰ってしまった。もっとも、こんな良い話を断る筈がないと考えて当然だし、生徒達だって呼び止めもしなかったのだけれども。
「わ、100Gも入ってる!」
 支度金も大盤振る舞い。
「で、どうすんだお前ら、この話受けるのか?」
 バンゴに問われた裁縫しふ達、むむむーと腕組みをして考え込む。
「‥‥どうしよう」
 突然の話だ。戸惑うのは仕方ない。どう思う? とバンゴ、今度はワルダーに問う。ワルダーは、ふん、と鼻を鳴らした。
「気にいらんな」
 彼が視線を送ると、ミックがにやりと笑った。
「んじゃ、ちょいとお屋敷の様子を探って来るよ」
 いってらっしゃーい、と手を振るシャリー。
「ちょっとちょっとあんた達‥‥厄介事を仕出かさないでおくれよ?」
 イーダ先生が釘を刺すものの、わるしふ幹部連、そっぽを向いてしらんぷり。
「ねえねえ、何よ今の偉そうなオバサン!」
 飛び込んで来た仕立て屋の娘さんに事の次第を話したところ、数時間後には通りの住人誰一人として、この話を知らない者はいなくなっていた。
「めでたいことだ、お祝いをしなくちゃいけないな」
 会う人会う人、祝福の言葉を掛けてくれるのだが、当の裁縫しふ達は未だ、おいてきぼりを食らっている感じだ。
「奥様は、なんで僕らを雇って下さる気になったんだろうね?」
「さあ?」
 うーん、と首を傾げるばかりの彼らなのだ。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)

●サポート参加者

ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ ジーン・グレイ(ea4844

●リプレイ本文

●街の噂
「そうそう、ここいらにえらく立派な馬車が止まっててねぇ。つやつやな毛並みの馬が四頭立てになってて、扉に紋章なんか入っちゃっててさ、偉っそうな御者が群がる子供達を睨みつけて追い払って‥‥え? どのくらいの時間いたか? さあ、ずっと見てた訳じゃ無いからねぇ。でも、小半時はいたと思うねぇ」
 お喋り好きなおばさんの証言をもとに、過去の光景を覗き見たディアッカ・ディアボロス(ea5597)。そこには確かに、見事な体躯の馬に牽かれた惚れ惚れするような曲線の造形を持つ馬車が存在していた。中からちらちらと顔を覗かせる美しい貴婦人が、身形からして当の夫人と思われる。
 ディアッカは、紋章を描いて説明し、夫人の特徴を話して聞かせる。
「確かに、そういう名前の貴族はいるみたいだね」
 モニカ・ベイリー(ea6917)は使者が名乗った家の名から、そこまでは特定した。ディアッカが、紋章がいいかげんなものではいことは、確認している。
「名前とお屋敷と紋章と夫人の特徴も分かっているんだから、特定は出来そうだよね。後は、全部作り物じゃないか、それを気をつければいいだけ」
 上手い話にゃ裏がある。上手い詐欺師は大きな嘘をつくものだ。燕桂花(ea3501)、なかなかに用心深い。
「それじゃあ、あたしは街の噂を拾ってきまっす!」
 ファム・イーリー(ea5684)はあてがあるのか、すぐに街に飛び出した。

 貴族達が屋敷を構える一郭に、夫人が暮らしている筈の屋敷も構えられている。広々とした庭と、白い壁に蔦の絡まる何とも風情のある建物が印象的で、暫し見惚れていた孫美星(eb3771)は、いきなり物陰に引っ張り込まれて大慌てする羽目になる。
「ぼーっとしてちゃダメ。この辺りを平民がウロついてると、それだけで衛兵にどやされるんだから」
 シャリーに笑われ、美星、ちょっとむくれる。
「むー、真琴さんに書いてもらった書状があるから平気アルよ。あ、じゃあ、ここに住んでるアルか? 奥様、本物の貴族だったアルね‥‥」
 お屋敷からの使いをつけたワルダー達がここにいるということは、つまりそういうことだ。
「よく出かける女だぜ。今日も、今し方戻って来たところだ。よほど暇なんだな」
 バンゴがふん、と鼻息も荒く。
「そういえば‥‥ミックさんがいないアルね」
「ミックは、中に忍び込んでる。暫くしたら、俺達も奴の手引きで入り込む手筈だ。‥‥こういう時は、オークルがいると楽なんだが」
「駄目アルよ、巻き込んじゃ。ワルダーさんもシャリーさんもバンゴさんもミックさんも、もう学校の一員ヨ? 裁縫しふしふさんたちが心配なのはわかるアルが、無茶は絶対、許さないアル」
 ワルダーシャリーバンゴ共々、しっかりと釘を刺しておく。

 情報を求め、街を歩く燕桂花(ea3501)とファム。ファムがぶらり訪ねたのは、街の酒場だった。
「裁縫組のしふっ子達を雇いたいって言ってくれる奥様がどんな人が気になるぅ〜」
 ふんふんふ〜んきになるの〜、と適当な節をつけた鼻歌など口ずさみながらひょいと覗くと、そこにはいつものように詩人殿が。色町のお姉さんを相手に、ひとくさり歌い上げているところだった。不良しふの見習い君がいないのを確認してから、扉をくぐり‥‥かけて振り返る。
「解説しよう☆ 吟遊詩人の耳は、色んな情報を集める魔法の耳。何か噂になるような人なら吟遊詩人イヤ〜にびびっとキャッチで、詩のネタとかになってたりするんだよぉ〜♪」
 踵を返し、彼のもとへ。解説どうも。
「おや、これはこれは、笑顔の小さな歌うたい殿。我が弟子にして君の心の後継者たる彼は、毎日の様に我が人生の頁にその姿を刻み続けているよ」
 いつもながらの大袈裟な物言いは健在。ファムが事情を話すと、ああ、と彼は額を打った。
「あのお方のことならば、些か‥‥」
 ぽろん、と竪琴を爪弾く。
「春の日の如く、朗らかにして穏やか」
 ぽろろん。
「月の輝きの如く、優雅にして高貴」
 ぽろんぽろん。
「猫の如く気まぐれで、酔狂にして移ろい易い」
 ぽろろぽろろ。
「わたくしめの如き一介の芸人にも興味を持ちお声をかけてくださる。何たる誉れ! されど晴がましき一時は、高貴なお方にとっては逆巻く奔流の一滴に等しきもの。すぐに記憶の彼方に押いやられ、消え去ってしまう儚きもの‥‥」
 お姉さん達も、笑いながら手を打った。まさに歌われた通りの人らしい。むうう、と腕組みをして聞き入るファム。
 ‥‥暫く後。
「それでね、あたしの故郷の国のケンブリッジの方の辺りに妖精の王国があってね」
 ファム、大脱線で思い出トーク全開中。お客さんの食いつきは良好だ。

●サロンの噂
 一方、モニカはルーベン・セクテに情報を求めた。相手は何かと忙しい身、与えられた時間は僅か数分。とはいえ、本来ならばそれすら望むべくも無いことで。これも、骨を折ってくれた知己があればこそだ。
 話を終えたモニカは、さすがに緊張したか、胸を押さえてふう、と息をついた。
「ありがとうジーン、顔を繋いでくれて。あまりはっきりとしたことは答えてもらえなかったけど‥‥仕方が無いよね、良い話にしろ悪い話にしろ、ご婦人のことをとやかく言って詰まらない妬みや反感を買いたくも無いんだろうし。本当、貴族の世界は‥‥え? ううん、夫人が主催しているサロンを紹介してもらえたんだもの、大収穫だったよ、ほんと、ありがとう」
 ならば良かった、後は上手くやれ、と、実に素っ気無い彼の物言いに苦笑しながら、彼が見えなくなるまで見送ったモニカ。
「さて、と。これはつまり、口では言わないから自分で見て来いってことよね。後はどう事を運ぶか、だけど‥‥」
 セクテ公の紹介が得られたのは良かったが、さりとて貴族のサロンに出向くには、それなりの格というものが必要だ。
 再び学校に戻り、事の次第をみんなに話す。と、それなら──とディアッカが口を開いた。
「実は、とあるお方に協力をお願いしているんです」
 珍しく、彼の声が弾んでいる。

 一片の隙も無く手入れをされた美しい庭に、色とりどりの石を敷き詰めて作られたテラス。眩しい程に白い椅子とテーブルに、外国渡りの紅いお茶とたっぷり砂糖を使った甘いお菓子が並び、貴婦人達が囁きあう声は、まるで小鳥の囀りを聞いているよう。この別天地も、今日ばかりはゲストとして招かれたルーケイ伯の話題で持ちきりだった。興味深々に熱い視線を送るご婦人方に、胡散臭い山師の化けの皮を剥いでやろうと手薬煉引く紳士一同。当人はなんとなく居心地悪そうではあったが、少なくとも話題を提供するという意味では大いに活躍しているようで。淡白な受け答えに終始しているのだが、ご婦人方は渋いだの憂いがどうの声がどうの仕草がどうのとまあ、一挙手一投足に大喜び。何が受けるか分からないものだ。
 ディアッカとユラヴィカ・クドゥス(ea1704)、そして飛天龍(eb0010)も、礼服姿で参加している。伯の友人という触れ込みで、堂々とお招きに預かったという次第。
「アレクシアス殿には迷惑をかけてしまったが、注目を集めてもらえてわしらにとっては好都合。今のうちにさりげなく夫人の人となりを聞き出すのじゃ」
「そうでやすね。あたいも少し当たってみやす、ユラヴィカの姉御」
 ぱきっとキレのある敬礼を残し、ご婦人方の輪に向かって行く利賀桐真琴(ea3625)。彼女も、レースを重ねた頭飾りで艶やかな黒髪を飾り、シフォンシルクを幾重にも重ねて作られたふわふわのドレスを纏って華やかな風景の一端を担っている。挙動が男前なのと伝法調の口調さえなければ、立派な淑女で通りそうなのだが。
「わし、いつから姉御になっ──」
 ユラヴィカが言いかけたところに、満面の笑顔が割り込んで来た。夫人、とディアッカが認識する間に、なんてことかしら、と彼女、身を震わせながら天を仰いだ。
「まあまあ、あなた達、女の子だったのね! そうね、男装も素敵だけど、こういう場所ではちゃんと着飾らなきゃダメ! お招きしたお客様に心の底から楽しんで頂かなければ、主催者の立場がありませんのよ?」
「仰る通りですわ! せっかくかわいいシフールさんをお迎え出来たのですもの、もっともっと楽しんで頂かなくてはならないのに!」
 取り巻きのご婦人達が、これまた大袈裟に嘆き悲しむ。
「ご心配にならないで。実はこんな時の為にと、シフールさん用の素敵なドレスも用意してございますの!」
 何て素敵なんでしょう! さあ、こちらへ〜、とまあ、こんな怒涛の流れで、間違いを正す間さえありはしない。
「ちょ、わしはれっきとした男の子というか、立派なおっさんなのじゃーっ!」
 そんな事は彼女達も分かっているのだろうが、一端ワルノリを始めた女性陣が途中で止まる筈も無く。
「‥‥な、なんたることなのじゃ‥‥」
「どうして私まで‥‥」
 ユラヴィカとディアッカは二人して、美しいドレス姿へと変身を遂げていたのだった。ばっちりメイクまでされて、結構美人に仕上がっているから始末が悪い。着せ替え人形のノリで、ご婦人方の良いオモチャだ。
「何故天龍殿だけ?」
「日頃の鍛錬の賜物だな」
 澄まし顔で答える天龍である。
「も、申し訳ないでやす、あたいのうっかりがと、とんだことに──」
 真琴、必死に笑いを堪える。2人にはとんだ災難となってしまったが、おかげでご婦人方と、ぐっと近しく話せるようになった。怪我の功名とはまさにこのこと。占いなど始めて更に警戒を解いたユラヴィカは、夫人が席を外す間に、それとなく彼女のことを聞いてみた。
「そう‥‥何にでも興味を持つ方ですわね。ここに来ると、いつでも前には無かったものが何かしらあるんですもの。ドレスだって二回と同じものを見たことが無いし、必ず珍しい趣向を凝らして。このお茶やお菓子みたいに、目が眩むような大金を使って外国から取り寄せることも厭わないのだから、敵う筈がありませんわ。でも、一度使うと満足してしまうみたい。ああ、なんてもったいないのかしら‥‥」
 全く本当に、などと相槌を打ちながら、ふむ、とユラヴィカ、内心表情を曇らせる。
 一方、天龍は夫人と直接話す機会を得ていた。
「何でも、シフールの針子を雇うとか。何故わざわざ俺達のようなシフールを?」
「あらあら、そんなことまでもう噂に? 実はわたくし、お裁縫が本当に苦手で‥‥。でも貴族の妻たる者、針仕事から逃れる訳には行きませんわ。詰まらない針仕事の時間も、かわいいシフールのお針子が一緒にいてくれるならきっと素敵な時間になる。そうは思いません?」
 声が掛かり、庭先のテーブルに向かう夫人を、天龍はただ見送るばかりだった。
 絶え間ない接待と論戦の合間を縫って伯と話をし、戻って来たディアッカ。彼を迎えたユラヴィカは、一転、口元がにやついていた。
「なんとも睦まじいのう。わしと一緒の時はいっつも仏頂面じゃというのに。‥‥それにしても、その格好を見ても全く動ぜずとは、さすがなのじゃルーケイ伯」
 からかわないで下さい、とディアッカ。これ以上イジると仏頂面が能面になってしまうので、素直に従っておく。
「それよりも、夫人のことです」
「うむ‥‥何と言うか、少々難のある御仁のようなのじゃ」
「ええ、アレクシアス様も同じ印象を持ったようです」
 困ったものなのじゃ、とユラヴィカ、肩を竦めた。

●お屋敷潜入作戦
(「いいアルか、くれぐれも無茶は駄目アルよ」)
(「分かってるって‥‥次、右に抜けて」)
 ミックとテレパシーで会話を交わしながら、インビジブルで姿を消し、お屋敷への潜入を果たした美星。何せこの術、自分も周囲の把握がし難くなってしまうものだから、引っかかったりつっかえたりで、一苦労だ。
(「意外だな。一体何処がひっかかっているんだか」)
 ひょい、とミックの目の前に現れた美星、彼のオデコをべちんと叩いた。

 ところで他の面々はどうしているかというと。外で潜入組の連絡を待つ‥‥という名目のもと、モニカに厳重に監視されていた。
「信用無いな」
「当たり前だよ」
 呆れ気味に言うモニカに、ワルダーが苦笑する。
「仲間のことはそれとして、あなた達自身はどうするつもりなの?」
 バンゴはまたか、という顔をしたが、ワルダーは暫し間を置いて、まだ正式に進めている訳じゃないが、と話し始めた。
「実はトーエンの奴から、戻って来てまた村を興さないかと声をかけられているんだ。‥‥目の届く範囲に置いておきたいんだろうな」
「受けるつもりなの?」
 さて、とワルダー、即答は避けた。誤魔化しているというよりは、まだ考えが纏まっていないようだ。
「既に新たな道を見つけている奴を引き戻す訳にも行くまいし、そうなると昔よりずっと少ない人数で、無茶苦茶になった森を切り開くことになる。どう考えても過酷な仕事になるだろう。それよりは、ここで生きて行く算段をした方がいい気もするしな」
 そうだね‥‥とモニカ、考え込む。
「あのね、バンゴはね──」
「あっ、馬鹿野郎、その顔は余計なことを言おうとしてる顔だ!」
 シャリーが身を乗り出すのを、バンゴが大慌てで止めようとするが、時既に遅し。
「バンゴはね、『冒険者ってのも悪くないな』って言ってたの。なによ、恥ずかしがらなくたっていいじゃない、せっかくだから弟子入りでもさせてもらえば?」
 バンゴ、憮然としてボソボソ呟く。
「お貴族様のこさえたギルドの一員になろうなんざ考えてねーし、認められもしねーだろ。だいたいその辺の貧乏人どもに何Gも払えるかっての。俺が助けてやりたいのは、そういう踏んだり蹴ったりな目に遭ってる奴らなんだよ」
 ふうん、とモニカがまじまじ見るものだから、バンゴは明後日の方を向いてしまった。

 ミックと美星は、最初に針子部屋に潜り込み、黙々と針仕事が進められる様を暫くの間眺めていた。中にひとり、目を真っ赤に泣き腫らしたまま運針を続けるお針子がいて、そのあまりに辛そうな様子に、美星は声をかけて慰めたくなる気持を必死で堪えなければならなかった。衣装部屋では、洪水のような色とりどりの服飾品がみっちりと並んでいる様を見て、ただもう目を丸くするしかなかった。
「凄いのは分かったから、もっとどんな人が働いているのか見ておきたいな」
 ミックの意見で賑やかな場所を目指して進む内、二人は厨房にたどりついていた。どうやらお客に軽食を出すらしく、それはもう大変な騒ぎになっている。
「馬鹿野郎、さっさとしろ料理が冷める! 奥様に恥をかかせる気か死んでしまえ!」
 罵声が飛ぶついでに拳骨も飛ぶといった有様で、表の優雅さとは打って変わっての壮絶な光景だった。通路では給仕らしき女性がお局様に身形の乱れを厳しく指摘され、泣き出しそうになっている。
「そんな顔ではお客様の前に出せません。別の者を使います」
 慌てて侘びを入れるものの、全く取り合わない。とぼとぼと去って行く女性は、今にも消えてしまいそうだった。
「そういえば、針子部屋に素性の怪しげなシフールどもが入るんだってな! 全く、奥様の酔狂にも困ったもんだ!」
「いくら奥様のお声掛かりでも、使えぬなら叩き出します。常に忙しい針子部屋に、愛玩動物を飼っておく余裕はありません」
「はっ、違いないな!」
 そんな遣り取りに、ミックは、ち、と小さく舌打ちをした。
(「怒っちゃ駄目アルよ、今は我慢アル」)
(「‥‥分かってるさ、どうするのか決めるのは僕じゃないってことくらいね」)
 二人は気配を悟られぬように、そっとその場を後にした。

●さて、どうする?
「夫人が何故みんなを雇いたがったかといえば、自分の慰めの為だ。恐らく‥‥裁縫の腕前の方は眼中に無い」
 天龍は、ありのままを裁縫しふ達に伝えた。
「物珍しさ、かのう。思い入れも多分、それ程は深くなかろうと思うのじゃ」
 ユラヴィカの結論に、ディアッカも同意する。
「街の噂でも、気まぐれで移り気な人っていうのがほとんどだったよ。こんな風に声をかけることもよくあるけど、でも、長続きする人は少ないって」
 街から集めたファムの情報も、それを裏付けていた。
「私は反対するよ。良い結果になるとは思えないからね」
 モニカの意見に、しかしのう、とユラヴィカ。
「悪意がある訳では無さそうなのじゃ。あの夫人を悪く言う者はおらなんだしの。こちらからの働きかけや皆の姿勢次第で、相手の感じ方を変えることも可能ではないかと思うのじゃ。その気で努力するなら学べる事も多いじゃろうし、ただ反発するよりは機会として利用した方がいいのではなかろうか」
 話を聞き、裁縫しふ達は考え込んでしまった。
「貴族が身につけるような服を仕立てたいかどうか、考えてみることでやすね。本当に打ち込めるなら、少しくらい辛いのは何ともないでやすよ」
 真琴のアドバイスに、彼らはうんうんと何度も頷いた。
「どういう答えを返すにしろ、あなた達が自分でどうしたいかハッキリ言うアルよ」
 そう言葉をかけて、美星は返答を待つ。と、ミックは何やら布切れを取り出すと、それを裁縫しふ達に手渡した。
「僕も賛成はしない。けど、確かに街の仕立て屋とは違った世界ではあったよ。それは屋敷の針子部屋から失敬して来た。学ぶべきものがあるかどうか、自分の目で確かめるといい」
 ミックさん! もーなんてことするアルか! と彼が美星に追い回されている間、裁縫しふ達の目はその布切れに釘付けになったままだった。恐らくは、針子の誰かが切れ端を使って練習したものだろう。そこには地味ながら、簡単には身に付かない高い技術が用いられていた。
「行って、みたいです」
 裁縫しふ達は、頷き合ってそう答えた。彼らの決めたことならば、皆、反対するつもりは無い。
「‥‥余計なこと、だったですかね」
 ミックの肩をぽんと叩き、ワルダーは首を振った。うぉっほん、と咳払いをしたファム、ぽろろん、と竪琴を爪弾いて、じゃあ一曲歌いまっす! と高らかに。

♪チクチク裁縫チク裁縫
 未来をみんなでチクチク創ろ

 チクチクどこまでもつづく
 みんなの気持ちもつづいていく

 チクチクつづけば未来もみんなもつづいていく!

 しぃふしふしぃふしふ
 とちのき通りのしふ学校
 ぼくら・わたしのしふ学校ぉ♪

 しふ学校の校歌で、彼らに精一杯の応援を。照れ臭そうな彼らに、みんなからのまっすぐな励ましの言葉が贈られる。
「じゃあ、あたいも腕を振るわなくちゃね。盛大に勘が外れちゃったし‥‥」
 とほほ、と桂花、せめてもの心尽くしの晩餐を。豊かな季節にはまだ少々早い今、保存の効くものばかりになるところ、折り良く手に入れた山菜に丁寧な仕事をして、さっぱりとした薄味の中に心地よいほろ苦さが走る炒め物を。料理しふ達にも手伝ってもらい、手間隙かかる食材を手早く調理して行く。熱々のところをみんなしてハフハフと。
「そうだ、以前の豪奢なマントで実際に何かを仕立てるのに挑戦してみては如何でやすか。まぁ向こうもいきなし大切な装いには触らせてくれないとは思いやす。最初は使用人の繕い物がせいぜいでやしょうが、実力を知ってもらえば、教えてもらい易くもなるってもんでやすよ」
 あたいも力になりやす、と真琴。美星は見本にと、刺繍のハンカチーフを置いて行った。大切に保管していたマント三着を取り出し、ああでもないこうでもないと楽しげに話し合う彼ら。ワルダー達は、そっと席を外した。

 ところが結局、裁縫しふ達は、マントに鋏も針も通すことは無かった。真琴の前で、彼らは語る。
「僕ら、裏通りでいつもボロを着て、寒くて惨めな思いをしてたから‥‥だから、自分で服が作れて、繕い物もぱぱっと出来て、そしたらきっと素敵な気分になれるだろうって。そしたら、なんだか仕立ててる自分まで凄く楽しくて。だから、奥様が僕らを見て、楽しく針仕事が出来るかもって思ってくれたなら、それはちょっと嬉しいです。もっと色んな技術を身につけて、どんな素材を使ってどんなものを仕立てても、素敵で楽しい気分になれるものを作れるようになったらいいな‥‥なんて。へへ」
 照れ臭そうに顔を見合わせた彼らは、目の前のマントとハンカチに視線を落とした。
「今の僕らでは、これをどう触っても、元より素敵で楽しいものには出来ないです。‥‥でも、もっともっと腕を上げて、必ずいつか、これで素敵な何かを作ります。それまでこれ、預かっていていいですか?」
 天龍が、背中越しに手を振って彼らに答えた。美星は、楽しみにしとくアル、とにっこり微笑む。
「あっしらの仲は、学校を出て終わるものでは無いでやすよ。この手が必要なら、いつでも駆けつけやすからね」
 彼らの僅かな私物の中に、そのマントとハンカチは大切に収められた。

 お屋敷に出向いた裁縫しふと、付き添った美星とミック、ディアッカとユラヴィカ。チャイナドレスを纏い薄化粧をした美星は、精一杯の礼を尽くし、裁縫しふ達のこれまでを話した上で、よろしくお願いしますアル、と頭を下げた。先方が驚かなかったのは、既にある程度調べがついていたからかも知れない。その上で雇うというなら、彼らの出自が問題となることは無いだろう。ディアッカとユラヴィカはこれといって口を挟まなかったが、そこに居ることで、人脈の繋がりを認識させることは出来た筈だ。
「責任をもって、預からせていただきます。貴方達は、今日からこの家の者となるのです。そのことをくれぐれも忘れぬように」
 と、しふ達に向けてのお局様の一言は、無闇に門閥を持ち出さぬように、との牽制もあったに違いない。
「あたし達がついてるアル、頑張って!」
 美星は、小さな声で彼らを励ました。ミックが、またそのうち見に来るよ、と囁いたのは、聞かなかったことにする。

 屋敷を出た美星とミックは、二人して少し寄り道をして、川沿いを歩いた。
「トートくんが焼いたパンで、おべんと作ったアル。どこかで食べよ」
 行き交う船を眺めながら、ちょっと形の悪いパンに色々挟んだおべんとうをぱくつく。
「えっと、その‥‥久しぶりに故郷のドレスとかお化粧とかしてみたアルけど‥‥変じゃなかったアルか?」
 盛大に咳き込むミック。なんだか、二人して赤くなる。そっと手を繋ぎ合う二人の前を、小さな定期船が通り過ぎて行った。

●しふ学校の昼と夜
 お姉さん達から聞いた異国渡りの歌を口ずさみながら街を流していたファムは、大きな樽に腰掛けて道行く人々を眺めている詩人見習いの不良しふを見つけ、声をかけた。
「今の、バの国の節回しだな」
「あ、そうなんだ。面白い旋律だよねー」
 物知らずだなぁファムは、と見習い君、なかなか生意気。
「ファムの竪琴も、なんだか不思議なんだよな。奏法がちょっと違うっぽいんだよ」
「んー、異国どころか異世界だもんね」
 その様子に、何か迷ってる? と話を振ってみると、こんなことを言い出した。
「例えばだよ、ファムが大好きな師匠から色々学んでる最中だとするだろ? まだ全然極めるには程遠いのに、偶然耳にした異国の詩や曲に胸が躍っちゃってさ、もっともっと色んな歌を聴いてみたい、そんな詩を生んだ国を見てみたい、とか思っちゃって‥‥そしたら、ファムならどうする?」
「むー、そんなことになってるんだ」
「馬鹿、例えだよ、仮の話だって」
「あ、そうだよね、例え話例え話〜」
 師匠についていることを隠している見習い君と、知らないフリを決め込んでいるファム。相談に乗るのも一苦労だ。

「そろそろ組み手を始めてもいい頃か」
 天龍の言葉に、拳法しふ達はざわめいた。
「これから怪我をすることが多くなる。一層気を引き締めるようにな」
 おす! と気合いの入った返答に、天龍は大きく頷いた。では今の実力を見せてもらおう、と弟子達を一人づつ自分に挑ませる。無論、実力は天と地、彼らの攻撃は軽くあしらわれ、とん、と軽く打たれると、バランスを崩して面白いように転がってしまう。
 よし、大体分かった、と天龍。概ね同程度の実力を持つ者同士を組ませた上で、組み手の手順を説明する。これまで散々繰り返した形がどんな意味を持っているのか、実際の攻防を目の当たりにすることで、自然に腑に落ちる筈なのだ。
「攻撃は寸止めする様にな。実戦では止める事はまずないが、自分の体をイメージ通りに動かす為の良い訓練にもなる」
 おす! とこれまた良い返事。新たな段階に踏み入ったことで、積み重ねられている実感を改めて感じたのだろう。
 で。
「みんな、豪快に怪我し過ぎアル! 拳法やるなら、ちゃんと応急手当も覚えなきゃ駄目アルよ!」
 美星と薬しふは大活躍。実践での勉強で、薬しふの手際もずいぶんと良くなった。拳法しふの中にも、興味を持つ者が出ているようだ。

 桂花と料理しふの面々は、今日も働き口を探して、街の食堂を渡り歩いている。なかなか話も聞いてはもらえないが、しかし地道な努力がいつかは実を結ぶと信じる彼らである。
 それは、とある食堂を訪ねようとしたときのことだった。扉を開けようとした桂花は、逆に開いた扉に鼻を強かに打たれて、ぼてりと落下する羽目になった。
「ふざけんな、誰がこんな店で働くもんか!」
「そうよそうよ! 給金なんぞこっちから願い下げだわ、さ、みんな行きましょ!」
「かーっ、ぺっ! お世話になりましたっと! はっ!」
 どやどやと乱暴に扉を押し開け出てゆく人々。料理しふ達、大慌てで桂花を引っ張り、踏んづけられる危機を脱した。うう、と頭を振りながら起き上がった桂花の耳に、店の主らしき男の嘆きが飛び込んで来た。
「ああああ、おしまいだ、もうお終いだ! 従業員が皆して辞めてしまうなんて‥‥こ、こうなったらもう、首を括るしか‥‥」
 桂花の頭の中で、しふじゃないか♪しふじゃないか♪よいよいよいよい♪と軽快なお囃子が駆け巡っていた。
「みんな、チャンスだよ」
 振り返った桂花の目が、キラリと光る。
「このダメダメなお店を盛りたてて、就職口を確保しよーっ!」
「えええええーっ!!」
 どんな事情があってのことか、それはまた、後ほどに。

 しふ学校会計。
 前回の残金774G60C。裁縫しふの支度金残金70Gを加え、1月7日〜2月9の生徒32人、2月10日〜3月15日の生徒34人、生活費1日ひとり5Cの合計54G40C+57G80C=112G20Cを差し引いて、3月15日の残金は732G40Cとなる。