魔獣の森〜ろくでなし救出作戦B
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月10日〜05月13日
リプレイ公開日:2007年05月22日
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●オープニング
●追われる男
男は追われていた。
命がけで走り続けたせいで体はもう限界。
息は極限までに苦しく、心臓は今にも破裂しそう。
それでも男は足を止められない。
男を追い続けてきた影は男のすぐ後ろまで迫っている。
前方に人家が見える。森を抜け、広い野原をひた走りに走り、やっとここまでたどり着いたのだ。
もうすぐだ、あそこまでたどり着いて助けを求めるんだ。
そうすれば命は助かる。
そんな希望の思いに男がしがみついた時。
無情にも背後の黒い影は翼を大きく広げ、男の頭上に舞い上がるや、鋭い爪を男に向け襲いかかって来た。
「うぎゃあああああああああああああーっ!!」
●魔獣の森の大騒ぎ
ここは王都ウィルのずっと西に位置するワンド子爵領に、つい最近出来たばかりの開拓村。このさらに西には凶暴なモンスターや蛮族オーガが住み着く魔獣の森があったりするのだが。
春も真っ盛りのその日。開拓村の警備にあたる警備兵達は、西の方から聞こえてきた世にも恐ろしい叫びを耳にした。何事かと思って見れば、みすぼらしい身なりの男が 魔獣グリフォンに襲われているではないか。
「男を助けろ!」
そこは鍛え抜かれた警備兵達。勇敢にも手に手に剣や槍を持ち、グリフォンに打ちかかった。
「寄るな! 魔獣の森へ帰れ!」
まともに戦ったらグリフォンは手強い。しかし獣の頭でも、多人数の人間を相手にすれば自身も危ういことを理解したのだろう。グリフォンはあっさりと退き、空高く舞い上がると魔獣の森へと飛び去った。
「おい! しっかりしろ!」
息も絶え絶えの男を介抱せんと手を差し伸べた警備兵は、男の手に握られている薄汚い羊皮紙に気がついた。
「何だこれは?」
「た‥‥たか‥‥ら‥‥」
それは怪しげな地図であった。
●ろくでなしを救出せよ
所変わって、ここはワンド子爵が領主館を構える町。その日のリボレー・ワンド子爵は不機嫌だった。当主の座を自分に譲って隠居の身となった父親のバーゼル・ワンド老が、またも魔獣の森に行きたいなどと言い出したからだ。
「春もたけなわ。過ごしやすい季節となったものだのぅ。これなら魔獣の森で野宿したとて風邪は引くまい」
「魔獣の森で野宿ですと!?」
ついつい大声を出し、じろりと父親をにらみつける。
「春になれば冬篭りしていた魔獣どもも、ぞろぞろと出て来るではありませぬか! 寒い冬よりも危険は増すというものですぞ!」
「何、これまでのように冒険者達を連れていけばよい。冒険者達が頑張ってくれたお陰で、前回も前々回もとりたてて危険な目にも遭わず、無事に帰って来れたではないか」
「お父上! こんな度外れた道楽にうつつを抜かしていたら、今に大怪我なさいますぞ!」
そもそもバーゼルが魔獣の森に入れ込み始めたのは去年の秋。以来、魔獣の森の西に遺跡があると聞けば冒険者を雇って遣わし、魔獣の森の竜と話がしたいと言ってはやはり冒険者を雇って竜に会いに行く。気分はもう冒険者、年甲斐もなくスリルあふれる冒険者ライフを楽しんでいたりするのだが、これが息子のリボレーにとっては大いなる頭痛の種。
「少しはお歳というものを‥‥」
例のごとくリボレーがグチグチと小言へ言い聞かせていると、やって来たのが警備隊の体調。
「お館様! 大変なことになりました!」
「何事だ!? 西ルーケイの盗賊でも攻めてきたか!?」
「いいえ。実は、王都で詐欺師にたぶらかされ、騙されて買わされた贋物の宝の地図を手に、
魔獣の森に踏み込んだ者どもがいます。その数、20名余り」
「何と!」
これはグリフォンに襲われ、警備兵達に助けられた男が語った事実であった。魔獣の森に踏み込んだ者達は要するに、一攫千金の欲望に目がくらんだろくでなしどもである。国王がエーロンからジーザムへと変わり、ガタガタになっていた王国も良き方向に変わりつつある今のご時世。まじめにこつこつ働けばいいものを。魔獣の森に宝が眠っているという詐欺師の甘い言葉に騙されて、なけなしの金を叩いて胡散臭い地図を買い込み、身の程をわきまえずに魔獣の森に踏み込んだりしたら結果は知れている。
力尽きて倒れ、魔獣の森の肥やしとなるか。それとも魔獣の胃袋に収まるか。そのどちらかだ。
しかしこの地の領主たるリボレーは、彼らを放っておくわけにはいかない。ろくでなしとはいえ、
騙されて魔獣の森に踏み込んだ人間を見捨ててむざむざと死なせたら、領主の沽券に関わるではないか。
「至急、王都の冒険者ギルドで冒険者を集め、救援隊を組織せねば! 陣頭指揮はわしが取る!」
「待て、息子よ」
と、バーゼルはリボレーに言い聞かせる。
「今、おまえがこの町を離れる訳にはいかぬであろう? 隣領、西ルーケイの盗賊『毒蛇団』は今も虎視眈々とこの豊かな町を狙っておる。おまえが町を留守にしている間に、毒蛇団に攻められたりでもしたら、それこそ領地にとっての一大事。領主たる者、こういう時こそどっしりと構えておらねばならぬ。救出作戦の陣頭指揮はこのバーゼルが取るとしよう。何、心配はいらん。既に見知った魔獣の森じゃ」
「父上、かたじけない」
リボレーは深々と、バーゼルに頭を下げた。
●子連れ強欲女
「出たぁ! グリフォンだぁ!!」
逃げる男達。追いかけてくるのは雌のグリフォンだ。
このグリフォン、魔中の森のこの辺りを縄張りとし、しかも子どもを産んだばかり。
だから縄張りに侵入する人間に対し、なおさら攻撃的になる。
「助けてちょうだい! 足をくじいて動けないのよ!」
女の声がした。見れば大木の陰に子連れの女がうずくまっている。足をくじいているようだ。
「悪ぃな。おめぇを助けてるヒマはねぇ」
子連れの女を見捨てて男がさっさと逃げ出した途端、背後から拳ほどもある石が飛んできた。
がしっ!
「ぎゃあ!」
石は男の後頭部にぶち当たり、男はよろめいてぶっ倒れ、かっと見開いた男の目に女の姿が映る。
女はしっかり、2本の足で立っていた。
「てめぇだけ一人、逃げようったってそうはいかないよ」
「足をくじいたってのは嘘かよ‥‥」
どげしっ!
「うっ!」
女の蹴りが男の腹に食い込む。
「てめぇにはグリフォンの囮になってもらうよ。あたしら親子、魔獣の森のお宝を見つけて大金持ちになって、
あたしらをろくでなしと馬鹿にした世の中の連中を見返してやるのさ!」
女の手にはしっかり、あの贋物の宝の地図が逃げられていた。
「おかぁちゃん、怖いよぉ〜! お家に帰りたいよぉ〜!」
女の腰にしがみつき、歳10歳ほどの子どもが泣きつく。
「おだまり!」
ビシッ!
女は子どもを張り飛ばした。
「今の世の中、そんな弱腰で生きていけるかい! さあ、お宝を探しに行くんだよ!」
無理やりに子どもの手をひっぱり、魔獣の森の奥へと向かう子連れ強欲女。その後ろから情けない男の声が追いかけてきた。
「待ってくれぇ〜! 俺を置いてかないでくれぇ〜!」
●リプレイ本文
●騎士団長と副長のお仕事
空戦騎士団の団長と副長1名までもが依頼に参加した事は、依頼主のバーゼル老にとってもちょっとした驚きで。
「身の程知らずな馬鹿者どもの救出に団長殿と副長殿が自ら駆けつけられるとは、いや恐縮の極みじゃ」
などと口では言いながらも、思わぬ人物との対面を心から楽しんでいる様子。
「お構いなく。ワンド子爵殿には常日頃よりお世話になっております故に」
今は空戦騎士団団長のシャルロット・プラン(eb4219)も、かつては一介の冒険者に過ぎず、それは副長のエリーシャ・メロウ(eb4333)も同じこと。
「お久し振りです、先代様。ご壮健なお姿と再会叶った事を嬉しく思います。半年振りの魔獣の森ですが、斯様な人探しで再び踏み入る事になろうとは思いませんでした。正直、身の程を弁えぬ者の運命など知った事ではありません‥‥が。そのような者に子爵家の名誉を汚させる訳にも、森の魔獣に人の味を覚えさせる訳にも参りません」
礼を尽くそうとして挨拶が長くなるのもいつものことで。それはそれで微笑ましい光景だが。
「ところで、ワンド子爵は独身でしたでしょうか?」
と、質問を向けるシャルロット。
「知らなんだか? せがれはとっくの昔に妻を娶り、子どもまでおるぞ」
そう答えたバーゼルだが、団長の視線の先に副長の姿があるのに気付き、
「おお、そういうことか? 何となればこの儂(わし)が仲人となりて、良き相手を‥‥」
「あの‥‥そういう話はまた別の機会に」
と、エリーシャ。のんびり結婚話に花を咲かせている場合でもなく、早速に団長と副団長は他の冒険者ともども救出作戦に向けて動き始める。
シャルロットは開拓村をベースキャンプに選び、地理に詳しい地元民に協力を要請。その要請に応えたのが、ハーゲルという名の親爺である。過去に蛮族オーガとの交易に携わったこともあり、魔獣の森にも幾度か足を踏み込んでいる。
「で、これが一番詳しい魔獣の森の地図じゃ」
と、ハーゲルが示したのはごく簡単な地図で、覚え書きに毛が生えた程度のもの。しかし無いよりはよっぽど役に立つ。
冒険者仲間のうち、森林での行動に最も長けているのはレンジャーのシルバー・ストーム(ea3651)。
「これさえあれば十分だ」
と、地図の写しを受け取った。
開拓村には先に救出された男もいたので、森に踏み込んだ連中の人数や構成などをエリーシャは事細かに尋ねた。
「ざっと20人だったかなぁ‥‥。うち女が2人で、あとは男。そう言えば、子どもが1人いたなあ」
と、男からはたいして情報は得られない。もともと周囲の事柄に注意を払わぬ性格のようで。聞き込みが終わると、エリーシャは誰に聞かせるともなしに呟いた。
「森に迷い込んだ愚か者にまで世話を焼くとは、ご領主の責務とは斯くも多様なのですね。一介の騎士には、中々思いも及びません」
●空より
空は晴れ渡り、眼下には遙か遠くまで広がる森の緑。これが人命救出の依頼でなければ、思いっきりグライダーの飛行を満喫したくなるような爽快な天気だ。
シャルロットの持ち込んだサイレントグライダーは、風の精霊力モードで通常飛行中。その左後方には、エリーシャを乗せて飛行するグリフォン・セラの姿がある。
シャルロットはグライダーを降下させた。地の精霊力モードで発動し、無音飛行を行うには、高度30m以下まで降下しなければならない。しかし現場は鬱蒼と生い茂る森。降下するに従い木の枝が触れ、機体は揺れるわ、ざわざわと派手な音を立てるわ。
「やりにくいな」
エリーシャの乗るグリフォンを見れば、そこは生きた獣の巧みさで翼を折り畳み加減にし、足を木の枝に引っかけながら、ゆるやかに木々の合間を降下して行く。固定翼のグライダーではああも上手くは行かない。
地面に着地したエリーシャは、暫し森の中でグリフォンを止まらせる。後から森道経由でやって来る仲間の姿を確認する為だ。やがて仲間達の姿が現れると、エリーシャの乗るグリフォンは再び空に舞い上がった。
シャルロットはグライダーで地面すれすれに移動しようかとも考えたが、流石にそれは難しい。翼の端から端までは4mもあるから、どうしても木の幹にぶつかってしまう。森での行動にはグライダーではなく、飛行魔獣の方が適していることを、シャルロットは実感として味わった。
仕方なくシャルロットは機体を上昇させる。空から俯瞰すると、地理状況が手に取るように理解できる。勿論、そこは深い森のこと。木々の下に隠された移動ルートは空から見えない。しかし木々に隠れきれない程に大きな沼や川の流れが、恰好のランドマークになる。
前方に見える沼にシャルロットはグライダーを向かわせ、沼の畔に機体を降下させた。仲間との待ち合わせ場所に一番乗りだ。
●冒険者のため息
深い森の中を徒歩で進みつつ、鳳レオン(eb4286)もため息混じりに言葉を漏らした。
「はぁ、なんだかモチベーションが上がらないな」
セシリア・カータ(ea1643)もため息混じりに言う。
「こんなところにきているからには、お金に目がくらんだ危険人物もいるかもしれませんね」
「危険人物とはいえ、所詮は馬鹿だ」
と、ドライな物言いをするのはケヴィン・グレイヴ(ea8773)。まあ、いつものことで。
「馬鹿には馬鹿に相応しい末路を送らせてやりたいところだが、今回はその馬鹿を助けるのが依頼だ。仕方あるまい。ともあれ、他人の作った当てにならない地図で宝探しするなど愚の骨頂だな」
などと言っていたケヴィンだが、ふと足を止めて足下を指さす。
「これを見ろ。草の折れた後だ。そして地面に残る足跡はどうやら人間の物。馬鹿どもはこの森道を通って行ったな」
一同は再び歩き始めた。
「偽の地図を売って騙した詐欺師が一番悪い事は分かってるんだが、被害者達にも同情しづらい点があるからな。ここは依頼だと割り切って、依頼人に恥をかかせないために救出するしかないよな」
そう言いながらレオンが森の奧に目をやると、空からの陽光に輝く水面が木々の合間を通して見えた。グライダーとグリフォンも既に到着している。
「あの沼が捜索の拠点だ」
沼は大きな目標物だから判りやすい。森の中で迷わぬよう、一度通った道には必ず目印をつけ、マッピングはこまめに。こうした捜索の段取りは、この手の仕事に詳しいシルバーが中心になって纏めた。
捜索が始まるや、早速にブレスセンサーのスクロール魔法で周囲を探っていたシルバーとケヴィンが、あちこちで行き倒れを発見した。
「これは何だ?」
ケヴィンが目ざとく見つけたのは、地面に散らばるグリフォンの羽根。
「近くにグリフォンがいるのか?」
行き倒れの男に問いかけると、
「気をつけろ‥‥グリフォンと‥‥子連れの女に‥‥」
うわごとに似たそんな言葉が返って来た。
発見した遭難者達は、沼の畔に設けたキャンプに運んで介抱する。
「ここに酒と食料がある。もう何日もまともにメシにありつけてないんじゃないか?」
レオンが酒と食料を差し出すと、遭難者達は餓えた犬のようにガツガツと食らいつき。「空腹にあまり詰め込むな。下手すると後で七転八倒の苦しみだぞ」
流石にシルバーの注意が入る。
「いい加減、一攫千金なんて馬鹿な夢はあきらめて、森を出ようぜ。森から出れば、安全な場所でのんびりメシが食えるんだからな」
と、レオンが言葉をかけると、遭難者達はうんうんと頷いた。
「誰に吹き込まれたのか知らないが、もう気付いてるんだろ? 地図も宝も嘘っぱちだって事。それにもし本当に宝があったとしても、あんたらだけで魔獣の森から生きて持って帰れるはずないだろうに」
「ごもっともで、旦那。とにかくこんな森は二度と御免です」
ケヴィンが尋ねる。
「ところで、子連れの女とは何者だ?」
「ありゃあ、強欲の魔物みたいな性悪女でさぁ。宝を独り占めしようと、あっしらを囮にしてグリフォンを‥‥」
セシリアが嘆息して呟いた。
「こちらが見つけても囮にされてしまうかも‥‥」
●遭遇
その頃。ペットのダッケル犬・グリューを頼りに森の中の捜索を続けて来たキース・ファラン(eb4324)は、子どもを連れて森の中を彷徨う女の姿を発見。
「子連れでこんな危険なところに来るとは、何を考えているんだか。子供のためにも助けねば。おーい!」
呼びかけると、女は子どもを引きずるようにして足を早めたではないか。
「待て! この森は危険だ!」
不意にキースの頭上から盛大な羽音。頭上を見上げたキースの目に、かぎ爪をこちらに向けて襲い来る雌グリフォンの姿が! 咄嗟にライトシールドを突き出して防ぎ、手に持つロングソードを振り回して牽制。そこへ運良く仲間達が駆けつけた。
弓に矢を番えるシルバー。しかしキースと雌グリフォンの距離が近すぎる。キースに当てる訳にはいかない。グリフォンの注意を逸らしてキースから引き剥がそうと、シルバーはその頭上すれすれを狙い、立て続けに矢を放った。
雌グリフォンが後方に飛び去る。そして翼を大きく広げて威嚇する。まるで背後の何かを守ろうとするように。
ケヴィンが雌グリフォンの背後に回り込み、背中側から弓矢で急所を狙う。と、彼の目にグリフォンの背後で蠢く生き物の姿が映った。
(「グリフォンの仔か!」)
一瞬、攻撃を躊躇するケヴィン。
(「子連れの生き物を殺すのは流儀に反する」)
しかし、次の瞬間には覚悟を決めた。
(「だが、仲間の命と引き換えに考えれば仕方が無い」)
再びグリフォンの急所に狙いを定めるや、間一髪。雌グリフォンは空に舞い上がった。見上げればシャルロットとエリーシャが、それぞれグライダーとグリフォンに乗り、空から攻撃を仕掛けようとしていた。
●戦いは空へ地上へまた空へ
「体勢を整えて! 二人であたります」
シャルロットの呼びかけに呼応し、エリーシャは自らのグリフォン・セラを地上に急降下。
「こちらに引き付けなければ!」
セラの姿を見て雌グリフォンが空に舞い上がり、両者は空中で衝突。かぎ爪とかぎ爪、嘴と嘴がぶつかり、互いの体を傷つけ合う。しかし派手に取っ組み合ったのも束の間。雌グリフォンはまたも先ほど居た地上の場所へと戻って行く。
(「何故、あの場所にこだわるの?」)
疑問を発したエリーシャの耳に、本多風露(ea8650)の叫びが地上から届いた。
「聞いて下さい! ここにグリフォンの子どもがいます!」
咄嗟に、エリーシャはシャルロットに向かって叫んだ。
「聞きましたか!? あのグリフォンは子どもを守ろうとしているんです!」
「‥‥子供がいるのか」
シャルロットは地上の仲間に向かって叫んだ。
「遭難者を連れて、その場所から離脱を!」
その声は風露の耳にも届いた。
(「分かってはいるけど‥‥」)
子連れの女がまだ残っている。ここで退けば、あの2人が危険に晒される。
そして風露の目の前には、猛り狂い今にも襲いかからんとする雌グリフォン。
(「出来れば戦いたくありません。子連れの生き物を殺すのは気が進みません。愚かな女を餌として捨てた方がまだ良い様な気がします」)
ふと、風露はそんな事を思ってしまう。
レオンはさっきから、ダーツを片手に雌グリフォンを牽制している。殺傷能力が低すぎるダーツだが、レオンにはもとより雌グリフォンを傷つけるつもりは無かったのだ。
「攻撃はよせ! 俺達は魔獣達と戦うために来たんじゃない!」
そんなレオンの叫びがいじらしく聞こえる。だが、この状態が長引けば仲間達の命も危険に晒される。
(「やむを得ません。尋常に勝負を挑みます」)
風露は覚悟を決めて剣を構え、仲間達に叫んだ。
「手出しは無用! これは私の戦いです!」
その時、甲高い鳴き声が風露の耳に届いた。親鳥を呼ぶ雛鳥の鳴き声にも似たそれは、グリフォンの子の鳴き声。雌グリフォンの背後を見れば、舞い降りたセラに駆け寄って行くグリフォンの子の姿がある。同じグリフォン同士、セラを仲間だと思ったのだろう。
雌グリフォンもその姿に気付き、ひときわ甲高い雄叫びを放った。もはや周りの冒険者の姿は眼中に無く、その向かう先はセラ。
セラの背中のエリーシャは咄嗟に状況を理解した。近づいて来たグリフォンの子の首に手をかけ、セラの背中に引っ張り上げるや、間髪を置かずセラに命じた。
「セラ! 飛んで!」
セラが舞い上がる。子を奪われまいと、雌グリフォンも後を追う。
「援護します!」
シャルロットのグライダーが牽制をかけ急接近。雌グリフォンはグライダーを落とさんばかりに体当たり。鋭い爪に鎧やガウンを傷つけられながらも、シャルロットはエリーシャとセラが逃げる時間を稼ぐ。空中での戦いは入り乱れたが、雌グリフォンは確実に地上の仲間達から引き離されていった。
●救出完了
「ここまで離せば大丈夫。さあ、母さんの所に行きなさい」
十分な距離まで離れると、セラを地上に降り立たせたエリーシャは、グリフォンの子をそっと地面に下ろしてその場を離れる。子の甲高い鳴き声に引かれ、雌グリフォンは空から舞い降りて来た。暫し、駆け寄って来た子の体を優しく嘴で撫でていたが、離れた場所かからセラと共に見守るエリーシャに気づき、激しい威嚇の叫びを上げた。
「森をお騒がせした非礼をお詫びします。では、お元気で」
グリフォンの親子に一礼し、エリーシャはセラを空に舞い上がらせた。暫くの間はその耳に、グリフォンの子の甲高い鳴き声が聞こえていた。
一方、シャルロットの方は子連れ強欲女に対して、静かに怒りをぶつけていた。
「本人が自分の浅慮で命を落とすのは本人の勝手。だが何故危険とわかっていながら娘まで連れてきた?」
「娘だって?」
思わず、女の連れ子に冒険者達の視線が集中。
「僕、男の子だよぅ」
べそをかきながら子どもが言う。これはシャルロットの勘違い。
「‥‥‥‥」
一時、その場を支配した沈黙を、強欲女の荒々しい声がぶち破った。
「ふん! おまえなんかに何が分かる!? 所詮、この世は金が全て! うまいこと金をその手に掴んでのし上がったヤツが勝ちなのさ!」
その言葉に、激烈に反応したのはセシリア。
「そんなにお金がほしければ自分だけで行きなさい!」
女はくるりと冒険者達に背を向け、子どもの手をひきずって森の奧へ‥‥向かおうとしたが、その前に立ちはだかったのが本多風露。
「そこをおどきよ!」
「行かせるもんですか。金銭に眼が眩み、他人に迷惑を掛けるなど到底許せる事ではありません。その罪に相応しい罰を受けてもらいます」
「ふん、偉そうに! おまえらなんかに、あたしらの‥‥うぐっ!」
いきなり、女の言葉は途切れた。隙を突いてケヴィンがぶちのめしたのだ。
「馬鹿女達の下らない喚き声には興味が無いのでな」
そのまま猿轡を噛まして簀巻きにして、冒険者の連れて来た馬の背に乗せた。
●後始末
こうして、ろくでなし達の救出は無事に終わった。終わったところで、キースは救出した連中に尋ねる。
「宝の地図に関して、ちょっとした疑問なんだが。こんな宝の地図を持っている奴は何で自分でとりに行かなかったんだ? そんなにすごい財宝があるなら、それこそ冒険者を雇っていっても元が取れるんじゃないか? 騙されたって気づけなかったのか?」
言われてろくでなし達は顔を見合わせ、そしてキースに頭を下げた。
「いやまったくもって、おっしゃる通りでごぜぇます。あっしらの考えが至りませんで」
そんな彼らの様子に呆れつつも、ケヴィンはクールに台詞を決めた。
「所詮、この世は馬鹿ばかり。この世に馬鹿の絶えた例は無い。そして、馬鹿が起こした事件の後始末はいつもマトモな人間がやる羽目になってしまう。後始末の出来ない馬鹿に相応しい対応を、領主殿には願いたいところだな」
後にワンド子爵はこれらのろくでなし達に対し、軽挙妄動で迷惑をかけた償いとして、領内での労役を命じたという。