新国王就任〜ハンの国から愛を込めて?
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月21日〜05月24日
リプレイ公開日:2007年05月31日
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●オープニング
●国際結婚話
新ウィル国王ジーザム=トルクの戴冠式が間近に迫ったその日。ハンの国のフロートシップが王都ウィルに到着した。
船より降り立ったのはハンの国の王女ミレム=ヘイット。彼女は戴冠式に向けてハン王家が送り出した使節団の代表だ。
ミレムを迎えるのはジーザムの王弟ルーベン=セクテ公。
「ウィルは国を挙げて貴女を歓迎します。長旅でお疲れのことでしょう」
「いいえ。フロートシップに乗れば、千里の道のりもあっという間。今、こうしてウィルの大地に立っているのが、まるで夢のようです」
にこやかに言葉を交わすルーベンとミレム。傍目にはお似合いのカップルとも映ったことだろう。
「宿所まで案内しましょう。今日はゆっくりとお休みを。明日からは忙しくなります」
王城内に用意された宿所にミレム姫を案内すると、ルーベンはジーザムの元へ足を向け、使節団の迎え入れを滞り無く済ませたことを報告した。
「時にルーベン。そろそろ身を固めても良い頃だと思う。色目を使う酒場娘たちには悪いが‥‥そうは思わないか?」
ジーザムからそう言葉をかけられた時、ルーベンの脳裏に浮かんだのはジュネの姿。ジュネは行きつけの酒場『竜のねぐら』の看板娘で、彼女がルーベンに恋心を抱いていることにはとっくに気付いていたし、ルーベン自身も彼女に惹かれるものがある。しかし、所詮は身分違いの恋。
「適当な相手が未だ、見付かりませぬが故」
表向き、ジーザムにはそう答えておく。すると、ジーザムから思いもかけぬ人物の名を告げられた。
「ハン王女ミレム=ヘイット姫ならばどうであるか?」
「ミレム姫‥‥ですか?」
思わず、オウム返しに言葉を返してしまった。
「ミレム姫は眉目秀麗、母親に似て器量も良く、評判は前々から耳にしておった。生涯の伴侶として、かくも相応しき者が他にいようか」
勿論、ジーザムがルーベンとミレム姫との婚約を持ち出した裏には、政治的な理由もある。婚姻によるハンとウィルとの同盟だ。ご成婚が成り、仮にミレム姫が王弟のお妃としてウィルに嫁げば、あるいはルーベンがハンの宮中に婿入りすれば、ウィルとハンとの間に横たわる諸問題もこれまで以上に解決が容易になる。
「今夜一晩、じっくりと考えさせて下さい」
「そうか。では答は明日に。ルーベンに結婚の意志あらば、宮中の舞踏会にてその旨を各国の王族や大使達の前で告げ知らそう」
ルーベンはジーザムに一礼し、次いで王の隣に座すフオロ分国王エーロンに告げる。
「ここに来る途中でミレム姫より伺いましたが、姫はエーロン陛下が創設された治療院の見学をご所望しております。何とぞお計らいを」
「判った。お膳立てはしておこう」
ルーベンが退出すると、ジーザムはエーロンに問う。
「そう言えば、マリーネの話を耳にせぬが」
マリーネ姫。先のウィル国王エーガン・フオロの寵姫にして、齢14にして産んだお子は先王の忘れ形見。
「マリーネは館で大人しくさせています。なにぶん好き勝手な育ち方をしたので、外交の場には馴れておりませぬ」
「たまには王城にも顔を出させてやれ。館に篭もりきりでは健康にも悪かろう」
「では、陛下のご厚意に与り‥‥。いつものように冒険者に任せるとしましょう」
その翌日。ルーベンはミレム姫との結婚に同意した。
●ハンの国〜歴史・概要
ハンの国は、セトタの大陸東方になる、月道による貿易や海運業を中心として栄えている国である。
この国は50年迄、キストという名の貿易国だった。しかし、内紛によって王座が奪われ、王家はただ一人逃れた王女を残して殺害された。この僭王の時代は5年続いたが、元キスト騎士団のハンリーラ=ヘイットが、生き残った最後の王族の王女を助け、隣国ラオの助力を得、旧王家縁の者達を率いて僭王を倒し、精霊歴996年、王国を復興させた。
ハンリーラは王女と結ばれ王となり、その時より国名が改められ、以来、貿易国ハンとして、今も世界に知られる国となっている。この騎士物語は、吟遊詩人の歌材として歌われることが多い。以後、貿易国として平穏な時代が続いている。
1012年、王子カンハラーム=ヘイットは、隣国であるラオの国の王女・ミレニアナを后に迎えている。これによりハンは友好国ラオとの結束をますます固めている。1015年、カンハラーム即位。1020年は、エの国との間に月道が発見され、国交・貿易もさらに活発になった。
1039年にはゴーレム技術をウィルより購入したが、この頃からハン南部のウス分国とハラン分国の対立が激化。南部の内戦はウィルへの難民流出をもたらし、ウィルとハンの国家間に緊張をもたらす要因となっている。ウィルの王宮においては、ウィルにこれ以上の難民が流入する事態を防ぐべく、ハンに武力侵攻して南部の内戦を終息させるべきだとの声も上がっているという。
最近行われた冒険者によるハン南部の調査によれば、小麦不足に悩まされるウィルのフオロ分国から、ハラン分国へ大量の小麦が流れている事態が確認された。これにはフオロ分国内の王領代官による横流しによるものと推測される。またウス分国の調査では、ウス分国家が密かにゴーレムを保有している事実が明かとなった。ゴーレムはウィルで製造されたタイプとは異なり、またハンにはゴーレム技術は独力でゴーレムを製造するまでには至っていないことから、第3国に流出したゴーレム技術で製造され、ウス分国に持ち込まれたものと推測される。このゴーレムがカオス国家バにより製造されたゴーレムではないかとの見方も一部にはあり、ウス分国がカオス勢力と結託するのではないかと懸念する声もある。
●ハンの国〜軍事
対外戦争において動員可能な兵士の数は約900。ゴーレムはウィルから購入したバガンが20体ほどあるのみで、主力は依然として歩兵と騎兵にある旧式の軍隊。フロートチャリオットは10台ほどあるが、ゴーレムと同じく練度は高いとはいえない。空戦騎士団のフロートシップは、船舶を改造した旧型の3隻のみ。同グライダーも30機余と多くはなく、傭兵団も抱えているが、規模は小さい。しかし海運業が盛んなため、5隻のゴーレムシップを含む60隻余りの海戦騎士団は練度も高く、海賊を相手に実戦馴れもしている。また軍ではないが港を行く商船の数は多く、カタパルトなどの軽武装を施されている他にも、戦士の護衛を雇い入れている場合が多い。
●ハンの国〜重要人物
◇カンハラーム=ヘイット
年齢:55 性別:男性 種族:人間
立場:ハン国王
特徴:少し若作りのやさしそうなおじさん。
解説:家族思いの国王として知られる頑張り屋の国王。国も小さく国力も低いが、努力を続ける善王で、領民には慕われている。
◇ミレニアナ=ヘイット(旧姓ゼウ)
年齢:45 性別:女性 種族:人間
立場:ハン王妃
特徴:優しそうなおばさん。
解説:ラオの国から嫁いできた王妃。ラオ国王フラングゼル=ゼウの実娘。昔日のラオ・ハン間の遊園会(舞踏会)でハンの王子カンハラームに出会い、父の反対を押し切って結婚したという逸話がある。気丈で知られる。
◇ミレム=ヘイット
年齢:15 性別:女性 種族:人間
立場:ハン王女
特徴:気の強そうな面立ちの少女
解説:見掛けは気丈で気の強そうな姿をしているが性格は極めて温厚で、母親似との話がよく言われる。
●リプレイ本文
●ミレム姫
ミレム姫を接待することになって、一番心ときめかせていたのは華岡紅子(eb4412)かもしれない。
「まあ! ハンの国のお姫様がいらっしゃるのね。ウィルと良い関係を築けるよう、頑張って御接待をしなくっちゃね」
「では、前もって宮廷での礼儀作法の練習を」
と、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)が皆の指南役に名乗り出た。これまでにも王族や貴族の依頼に関わって来た経験があるとはいえ、隣国の姫君を前にして恥をかくようなヘマはしたくない。気を引き締めてかからねば。
皆でお辞儀や会話の練習をしているうちに、やがて王城から使いがやって来た。
「ミレム姫殿下が城でお待ちでございます」
姫を待たせまいと急ぎ、城へ向かった。ところが、ミレム姫がなかなか姿を現さない。
「来賓の方々とのお食事会が長引いておりまして‥‥」
お付きの者が言うには、来賓とはハンとの交易に関わる貴族や大商人であるという。やがてお食事会も終わり、招かれた客達がぞろぞろと廊下から出口へ向かう姿が見えた。
「では、姫殿下のご宿泊部屋にて、治療院のご説明を願います」
話によれば、冒険者達は姫の治療院見学のお膳立て、つまりミレム姫に事前の説明をしたり、見学当日の付き添い役を勤めるために、こうして呼ばれたということである。
「あら? この部屋は‥‥」
案内された部屋を見て、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)は仲間達に目配せ。そこはかつて、先王の寵姫マリーネ姫が暮らしていた部屋だったのだ。まだ城の主がエーガン・フオロだった頃の話である。当時と比べると部屋の印象はだいぶ変わった。
ミレム姫は安楽椅子にもたれてくつろいでいたが、冒険者の姿を見てにっこり微笑む。その微笑みが何とも愛らしい。
「待っていました。あなた方が、治療院の見学に付き添ってくれる冒険者の方々ですね?」
「左様でございます」
と、皆の先頭に立つリール・アルシャス(eb4402)が答えた。年齢的にも、また鎧騎士という彼女の立場からも、自然とリールが皆の代表という形に落ち着いていた。
「エーロン分国王陛下が設立なされた治療院には、冒険者の方々が大勢関わっていると聞きました」
「はい。ここに控えし天界人、ゾーラク・ピトゥーフもその一人で御座います」
その後、話はゾーラクに引き継がれ、彼女は姫に治療院設立までの経緯と、実際にどんな医療活動が行われているかを掻い摘んで説明した。
「但し、こうして私の口から説明するよりも、やはり姫様ご自身の目で確かめていただくのが一番かと」
「私も見学を楽しみにしています。説明をありがとう。ささやかですが、お茶の用意をしてあります。ゆっくりしていって下さいね。色々とお話も聞きたいですから」
そこは一国の重要人物が泊まる居室だから、ちょっとしたお茶会が出来る程に広々としていて、冒険者全員が座れるテーブルだってある。用意された人数分の紅茶とお菓子、これは庶民にとっては目の玉が飛び出るほどに高価な贅沢品で、食べて見ると地球の高級ケーキ屋さんのお菓子にも引けを取らないまろやかな甘み。紅子は妙に感心したりする。
「この部屋は今年の初めまで、先王陛下の寵姫であらせられるマリーネ姫のお部屋でしたの。ご存じでした?」
紅子が話を向けると、ミレム姫もマリーネに関心がある様子。
「はい。お話は色々と伺っています。先王陛下のお子を身籠もられ、無事にご出産なされたそうですね。そして今は王都のロイ子爵のお屋敷にご滞在中で、もうじき新居に移られるのでしょう?」
「あら? ずいぶんとお詳しいのですね」
「だって、先王のエーガン陛下はハンの国との平和を重んじ、ハンとの交易を盛り上げてくださったお方ですもの。そのご寵姫ともなれば、自然と関心が向かいますわ」
「そのマリーネ姫様と、お会いになりませんこと? 年齢も近いことですし、楽しいひと時を過ごせることと思いますわ」
「マリーネ姫と? ええ、是非とも会ってみたいわ」
「では、今晩からでも準備にかかります。どうぞお楽しみにお待ちを」
●海の輝き
姫と紅子の会話が一段落すると、壁に飾られた絵を指してリールが話題を振った。
「海の絵がお好きなのですね」
絵の多くは海を題材とした物である。海を行く帆船、大いなる海竜、美しき海の日の出。
「ああ、これは贈り物です。ハンとの縁の深い貴族や商人の方々が、私の訪ウィルの記念にと」
成る程。海洋貿易の盛んなハンだけに、贈答品も海にまつわる物が多くなるだけだ。
「その中でも一番のお気に入りは、この絵です」
ミレム姫が示したのは、とても幻想的な絵だった。青く暗い海の底、二人のマーメイドの乙女が語り合っている。その周りでは小魚や珊瑚がきらきらと輝き、さながら夜空の星のよう。やや遠くには、珊瑚の合間から二人を眺めるマーメイドの子供がいる。
「ミレム姫様。私は今日の喜ばしき出会いの記念に、一曲献上したく思います」
と、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が申し出た。
「聴かせてください」
「では、姫様がお気に入りのこの絵にちなんだ曲を。題して『海の輝き』です」
一礼し、ケンイチは愛用のリュート「バリウス」を爪弾き始めた。曲はさざ波のようにリズミカルなフレーズで始まった。最初は小さかった音は次第に大きくなって波のうねりに変じ、一転して海の底に沈んだかのような静かなメロディーに。さらにメロディーは流れるように、時にはテンポよく、時にはゆったりと。あたかも海中を優雅に泳ぐマーメイドを思わせる、さらに短く軽やかなフレーズが所々に挟まれ、それらはマーメイドを取り巻く魚や珊瑚の輝きを思わせる。ケンイチがその場で作った即興曲だが、とてもにわか作りの曲とは思えない。ことリュートにかけては玄人の域さえも越えてしまった、超人的な才能を持つケンイチならではの技。
曲が終わり、ミレム姫はその顔に感動をありありと示しながらも、困ったように言う。
「ああ、こんなにも素晴らしい曲を‥‥この魂の震え、どう言い表したらいいのかしら?」
姫はケンイチを近くに招き、その手を取って祝福のキス。そして言葉を贈る。
「貴方は国の宝です」
リュートのもたらした素晴らしき感動、その高揚感のままに会話は弾んだが、やがてリールは現実の話に話題を持っていった。
「話は変わりますが。ウィルにはエーロン陛下の治療院だけではなく、孤児院や庶民の為の学校なども存在します。そして治療院と同じく、それらの事業には冒険者が大いに関わっています」
「機会があれば是非とも、訪れてみたいですわ。今回の滞在中には無理でしょうけど、次にウィルを訪れた時にでも」
ミレム姫の関心の程は定かではないが、少なくともそれらの存在は知って貰えた。人の上に立つ者、下々の事情にもしっかり気を配らねばならない。ミレム姫にも人々に慕われる方になって頂きたいと、リールは思った。
●治療院の見学
翌日。ミレム姫は王都のエーロン治療院を訪ねた。案内役を務めたのは、治療院の創設にも関わった地球人の医師ゾーラク。
「この治療院が感染症の予防や治療に重点を置いています。治療院の活動には医学の進んだ地球の知識が導入されていますが、既存の町医者との軋轢を生まないよう留意が為されています」
院長のエーロンは多忙のため不在だったが、副院長の町医者ランゲルハンセルが治療院に出向いており、入院や来院の患者達への対応をこまめに行っている。
「おや? ハンの国から姫君が参られたか」
ミレム姫に一礼すると、副院長はゾーラクを呼び寄せ小声で尋ねる。
「で、陛下はどのように仰せられた?」
「王都に関しては現在、危険な伝染病の兆候は無いので情報公開して問題なし。薬草や治療法のノウハウも教えて良いとのことです。以前に行われたドレニック領での活動など、地方の状況については伏せておくようにとのことでした」
多忙なエーロンも、ゾーラクとの事前打ち合わせには応じてくれたのだ。
「そうか。今、忙しいので姫君の案内は頼むぞ」
ミレム姫にはゾーラクの所持するホワイトガウンを着用して頂く。そしてゾーラクは治療院で使われる様々な薬草を見せ、古いワインによる消毒のやり方も教えてやった。
「思っていたのと随分印象が違いますね」
と、姫が言う。
「どのように?」
「ゴーレム技術の進んだウィルの治療院だから、見たこともない魔法の装置があるのかなと思っていたのですけれど。設備は普通のお医者様が使っているものとあまり変わらないのですね。でも、これならハンの国でもこの治療院を手本として、病気への取り組みが出来そうです」
話していると、血相変えた街人達が飛び込んで来た。
「お医者様、助けて下さい! 子供が死にそうなんです!」
運ばれて来た子供は体を硬直させ、息も途切れ途切れ。手足がびくびく痙攣している。
「どれ」
診察に当たった副院長は、子供の汚れた足に傷を見つけた。
「破傷風だな。傷から細菌が入ったのだ」
「ハショウフウ?」
聞き慣れぬ地球の言葉に耳をした姫が訊ね、ゾーラクが説明してやる。
「破傷風とは破傷風菌という、目に見えないほど小さな生き物が傷口から体内に入って増殖し、その菌が出す毒素が引き起こす病気です」
「まずは毒消しだ」
ランゲルハンスはこじあけるようにして子供の口を開け、毒消しを飲ませた。子供の様態は見る見るうちに良くなった。
「体内の毒は消えましたが、破傷風菌はまだ体内に残っているので、暫くは絶対安静です。やがて体内の免疫力が菌を取り除いてくれるでしょう」
ゾーラクの説明に、姫は感心して何度も頷く。
暫くすると、今度は警備兵の一団がやって来た。
「ミレム姫殿下のご見学中に恐縮ですが、急ぎ知らせねばならぬ事が」
「何か?」
姫からやや離れた場所で警備に当たっていたシュバルツ・バルト(eb4155)が対応に出ると、警備兵はその耳に囁いた。
「実は下町でカオスの魔物騒ぎが。醜い化け物が現れ、住民達が怯えています」
見学は取り止め。万が一のことを考え、騒ぎが大きくならぬうちに姫には王城へお戻り頂くことになった。
「よりにもよってこんな時に‥‥」
シュバルツは歯がみする。生憎、魔物相手に使える武器は持ち合わせていない。
「心配はいらない。いざという時には僕の魔法が使えるから」
そう言ってくれるクライフ・デニーロ(ea2606)の存在が心強かった。
「ガウンを‥‥」
ガウンを脱いで返そうとした姫に、ゾーラクはにこやかに答える。
「そのガウンは献上品として差し上げます」
●密会
幸いなことに姫と冒険者の一行は、魔物に襲われることもなく王城に帰還。後に警備隊から、魔物はちらりと姿を見せただけで消え失せたとの報告があった。
シュバルツは引き続きミレム姫の身辺警護。
「もし、王女の身に何かあったら‥‥気を引き締めないとな」
パンパンと両手で頬を叩き、テーブルに目をやればそこには銀の燭台に銀食器。いざとなればこれで魔物をぶちのめす事も出来る。魔法の使える仲間達もいることだし。そんな事を思っていると、クライフに声をかけられた。
「暫く出かけるよ。今夜中には戻るからね」
クライフが出かけた先は、酒場『竜のねぐら』だ。
その頃、加藤瑠璃(eb4288)はとある貴族が催した舞踏会にて、海戦騎士団長のルカード・イデルと対面していた。わざわざ彼のスケジュールを調べて足を運んだのだ。
「直接お話しするのは初めてですよね。はじめまして。私は去年、宮中晩餐会であなたに助けていただいた冒険者の一人で、加藤瑠璃といいます」
「宮中晩餐会で、あなたを?」
「ほら。『シムの海の英雄・海戦騎士ルカード=イデル殿を称える宮中晩餐会』で、当時は名も無き冒険者だった私達に晩餐会参加の許可を与えてくださったでしょう?」
「ああ、あの時の‥‥」
「あの時は、助けていただいて本当にありがとうございました。‥‥実は、依頼に関わる内密な話があるのですが、いいでしょうか?」
「話して下さい」
「貴方と王弟殿下を密かに会わせたいという希望が、シャリーア・フォルテライズという冒険者から出ています。内容はまだ言えませんが、この国にとっても貴方個人にとっても重要な話を前もってしておきたい、との事です。騎士団長を呼び出すような形になって失礼かもしれませんが、考えていただけませんか?」
「あまり時間は取れませんが、少しの間だけなら構いませんよ」
その日の夜遅く。冒険者街にあるシャリーアの住処にルカードが足を運ぶと、そこにはルーベン・セクテ公と、『竜のねぐら』の看板娘のジュネがいた。シャリーアが仲間達に頼んで呼び寄せたのだ。
「話とはその事だったのか。セクテ公からミレム姫への結婚申し込み、噂には聞いていたが‥‥」
「噂は本当のことだ」
と、シャリーア。
「御三方に最も辛い事をお願いすることになってしまったが‥‥」
ルーベンとジュネは互いに思いを寄せ、ルカードはミレム姫に密かに思いを寄せ‥‥されど、それは叶わぬ恋。
「構わない。これで踏ん切りがついた」
「覚悟はしていました。いつかこの日が来ると」
ルーベンとルカードはそう言ったが、ジュネはただ押し黙っている。
その夜の会合は短いものに終わり、冒険者に呼び寄せられた3人は夜の明けぬうちにシャリーアの住処を発った。そしてシャリーアの持ち物からは多くの酒と1瓶の香水が消えた。
●晩餐会
5月23日。王城では連日のように舞踏会が繰り広げられていたが、その日は各国の賓客に加え、ミレム姫をゲストに招いての舞踏会。
「ご覧、あれを」
「まあ、ナーガの特使達よ!」
その場に集う名士達の目が、ミレム姫と対面するナーガの特使達に集まる。ナーガの特使達は、シャリーアの計らいで晩餐会に招かれたのだ。
「ナーガの方々とお会いできて嬉しく思います」
ミレム姫もナーガとの話を楽しんでいる様子。だが、ナーガの方は場慣れしていないようで。
「ダンスを踊りませんか?」
「いや、そういうのはちょっと‥‥」
姫にダンスを誘われながらもじもじしているのを見て、シャリーアが助けの手を差し伸べた。
「ダンスのお相手はこの私が」
「頼むぞ。‥‥どうもこういうのは苦手だ」
リールはミレム姫お付きの衛士と共に姫の傍らに立ち、護衛に当たっていたが、見知った顔が姫に近づいて来るのに気付いた。
(「あれはショア伯殿!」)
かつて、リールはショア伯の依頼を受けたことがある。ショア伯は丁寧な物腰で姫に挨拶し、暫く言葉を交わしていたが、やがてリールの姿に気付いた。
「おお、どこかで見た顔だと思えば」
ショア伯はリールの顔を覚えていた。
大広間にはマリーネ姫の姿もある。久しぶりの舞踏会だから、マリーネ姫も浮き浮きしている。
「マリーネ、来ていたのか」
声をかけたのはエーロン分国王。
「久々の晩餐会。大いに羽根を伸ばすのもいいが、羽目を外しすぎて国王陛下に馬車を牽かせるような真似だけはするなよ」
いつぞやの椿事を引き合いに出したエーロンの言葉に、薄化粧を施したマリーネ姫の顔が僅かに赤らんだように見えた。
「後は任せた。よろしくな」
姫の横に控える華岡紅子に声をかけると、エーロンの姿は人混みの奧に消えた。
「では、参りましょう。ミレム姫の元へ」
紅子はマリーネ姫を、ミレム姫の待つテーブルへと誘った。
なお、晩餐会の席上でウィル国王ジーザムは、ミレム姫にルーベン・セクテ公との結婚を申し込んだ。結婚にはハン国王の承認が必要だが、その返答は遠からずもたらさせるだろう。