新国王就任〜エの国から悪意を込めて?

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月23日〜05月26日

リプレイ公開日:2007年06月05日

●オープニング

●招かれざる客
 新ウィル国王ジーザム・トルクの戴冠式も間近に迫ったその日。深紅の薔薇の紋章旗をはためかせたフロートシップが王都ウィルの間近に迫りつつあった。この船はエの国より飛来した王家のフロートシップ。しかも船にはエの国の国王ショグラ=ナーカウと、エの国の第2王子ショーン=ナーカウが乗船していた。
「エノクの古狸め。自ら敵地に足を運ぶとはな」
 地上から船を見上げて呟いたのは、ジーザムの左腕たるロッド・グロウリング卿。
「エの国王はよっぽど暇を持てあましている‥‥というわけでもなさそうですが」
 のほほんとしたその言葉は、ロッドの隣に立つ冒険者ギルド総監カイン・グレイスのもの。
「当然だ。貴殿なら判っている事と思うが、エの国王ショグラはお飾りにすぎん。有り体に言えばエの分国領主達の操り人形だ。しかしショグラもその事をよく理解していて、一見すると操られて踊っているように見えるが、実は自分の意志で踊っている。どのように踊れば分国領主達への受けがいいか分かっているのだ。それだけに厄介な相手だ」
 事情通のロッドならではの発言である。何しろロッドは新国王の統治が始まったウィルにおいて、国内外の諸事情に精通し、国家の機密に最も通じているとまで評される人物だ。
 勿論、いかな強国ウィルの戴冠式とは言え、一国の国王たる者がわざわざ出向く必要は無い。外交官による使節団を派遣すれば済む話だ。それをショグラ自らが参加するからには、深い思惑があっての事に違いない。
「エの国王自らのご来訪、やはり対ウィル包囲網の一環としての動きかと?」
 その言葉にロッドはじろりとカインを見つめ、次いでにやりと笑って言う。
「案外、エの国内では何かと影の薄い第2王子に花を持たせるための親心かも知れぬぞ」
 確かにそれもあるだろう。しかしショグラの関心の大部分は、セトタ大陸において最大数のゴーレムを保有するウィルの政治動向に向けられているはずだ。
 ふと、ロッドはさり気なく言葉を口にした。
「聞いた話だがエの国の北東部、シュレン分国で何かとてつもない物が建造されたらしい」
 勿論、確たる裏付けがなければが、ロッドがこんな言葉を口にするはずもない。
「その何かとは? さらに詳しい情報も掴んでおられるのでしょう?」
「いずれ分かる。その時は冒険者達も忙しくなろうな。だが、今はそれとなく仄めかすだけに留めておけ。それと冒険者ギルドから一つ、依頼を出して欲しい。内容はエの国王ショグラ=ナーカウと、第1王子ショーン=ナーカウの接待だ。冒険者には強く念押ししてくれ。『相手は今のウィルにとっての仮想敵国の国王とその王子だ』とな。接待の席には俺も同席するし、とてつもない馬鹿をしでかす者がいたら、即刻叩き斬る。もっとも、冒険者の多くは優秀な者である事を俺は知っている。人選が余程悪くない限り、問題は無かろう。これは冒険者にとり、敵というものを知るための良い機会だ」
「では、仰せの通りに」
 見れば、エの国からのフロートシップは今まさに発着所に着船しようとしている。
「そろそろ行くか」
 カインとロッドはエの国の国王を迎えるべく、歩み出した。

●エの国〜歴史・概要
 エの国はセトタ六国最古参の伝統ある王国である。建国は精霊暦550年ごろ。この国は古くから良質の木材を中心とした貿易などを行っており、早期から商業的にも安定していた。それは精霊暦800年代後半の月道の大量発見の時も変わらず、現在に至っている。984年の混乱期を乗り越えたエの国は、木材の輸出などで他国の復興に助力、また1020年にハンの国との月道が発見され、ハンを介した海運貿易が行われる。そして、海運と商業の町として更に発展し、国力を上げていった。
 エの国は、かつてから専制君主国家だったわけではない、セトタではめずらしく専制君主を戴いた時代を持つ国家である。680年に即位したサラド=エオノーラ王は即位の翌年より国王自らの手による大規模な国内再編を行い、数多の内戦の末に国王専制権を獲得し、分国領主達の権限を抑え、専制君主として君臨する事に成功した。以後は300年に渡る平穏な時代を迎え、国力の蓄積も順調に行われていった。
 現在の王ショグラ=ナーカウが王位に就いたのは、1003年である。989年、エオノーラ王朝第18代国王シリアが12歳で崩御。エオノーラ王朝は断絶し、そして各貴族の推挙を受けて国王になったのは、エオノーラ家の外戚にあたるナーカウ家のソヴァリアであった。しかしこの即位劇は利権再獲得を目論む貴族達の茶番であり、利権保証を交換条件した策略によるものである。そのソヴァリアの崩御によって即位したのが、ショグラであった。
 1021年のリグの侵攻において、ショグラは領内の分国を束ねて騎士団を再編成してこれに対抗し、勝利した。しかしこれは多額の恩賞とそれに変わる荘園の認定を引き換えにしたものであり、事実上専制君主制度は崩壊した状態に等しい。後、1025年にリグの国から同盟の使者が訪れるが、ショグラはこれを断り、以来リグとは冷戦状態が続いている。
 1038年、ウィルの国よりゴーレムを購入し、整備要員としてのゴーレムニストをも受け入れる。公式的にはゴーレム技術はウィルの独占技術であるが、消息筋によればエのゴーレム研究は相当に進んでおり、既に独自のゴーレム生産も始まっているという。

●エの国〜軍事
 対外戦争に動員可能な兵数1300名余。歩兵、騎兵共に、規模、兵数、技術、練度、共に非常に充実しており、また独自に新型ゴーレムを生み出しているといわれている。
 鎧騎士団はストーンゴーレム『バガン』10機余。また陸戦騎士団に配備されたフロート・チャリオットは数台、海戦騎士団には小型ゴーレム・シップが2隻ほど配備されており、この他20隻ほどの海戦騎士団を持つ。空戦騎士団のフロートシップ配備は2隻ほど。ゴーレムグライダーは約15機。さらに新型船の建造計画も進んでいるという。

●エの国〜重要人物
◇ショグラ=ナーカウ
 年齢:54 性別:男性 種族:人間
 立場:エの国王
 特徴:どこにでもいそうな普通のおじさん。
 解説:公平で、公明正大。国民からの支持の厚い賢王だが、外見に威厳が無い。しかし、外見に似合わぬ厳格な人物で知られる。分国領主の傀儡という声も無くはないが、王として逸材である事に変わりは無い。

◇シャルネ=ナーカウ
 年齢:44 性別:女性 種族:人間
 立場:エの王妃
 特徴:やわらかい物腰のおばさん。
 解説:国民から慕われている、子供好きで有名な女王。

◇ショノア=ナーカウ
 年齢:24 性別:男性 種族:人間
 立場:エの国第1王子
 特徴:父親似だが、母親の血筋のお陰か少し2枚目。
 解説:エの国第一王子で、勇猛果敢、血気盛んで知られる若き王子。正義感が強く、直情的で行動力がある。

◇ショーン=ナーカウ
 年齢:21 性別:男性 種族:人間
 立場:エの国の第2王子
 特徴:学者肌。病弱で線の細い青年。
 解説:太陽のような兄の影に隠れがちの、エの国第2王子。物静かで優しげな容貌を持つ、頭脳労働タイプの青年。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6395 ゴードン・カノン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●敵国との誼
「今後を考えますと、この機にエの国のショーン王子と誼を通じておければと思います」
 エの国への警戒を促すロッド・グロウリング卿の言葉を考えれば、セオドラフ・ラングルス(eb4139)のこの発言は大胆と受け止められてもおかしくはない。
「そこまで言うからには考えあってのことだな? 聞かせろ」
 と、早速にロッドが問う。
「説明するまでも無いとは存じますが、敵国の中にこそ、わが国に友好的な勢力は必要です。でなければ戦を終わらせるのも、その後の処理も、難しくなる。そこで、かの国の第二王子と誼を結んでおきたいのですよ」
「言うは易し、されど行うは難し。敵に甘い顔を見せれば、味方からは敵に媚びへつらう輩と誹られる。また、敵からは何かと付け込まれやすくなる。敵の中に味方を作り誼を通じるとは正に、千尋の谷の端から端へと張り渡したロープの上を歩くようなもの。矢は右と左のどちらから飛んで来るか分からず、どちらに落ちても命は無い。‥‥だが所詮、国と国との外交はそんなものだ。やり通すには技量もいれば度胸もいる。それは敵の側にも言えることだ。果たしてあのショーン王子にその器があるかな?」
「それは試してみねば。しかし、わが国が騎士道を重んじる国であること。経済的にも発展していること。そして、力を持っていること。かの王子が聡明なら、これらを知るだけで、わが国を敵に回すのは得策でないとおわかりになるでしょう。そこで率直にお尋ねしたい。どこまでを伝えてかまいませんかな?」
「騎士として守秘を誓った事以外、貴公が冒険者として知り得た事は伝えても差し支え無い。そこは貴公の判断に任せる。だが心しておけ。自国にとって不利益になることを不用意にべらべらと喋る人間は、敵国にも軽んじられるということをな」

●王子の印象
「新国王就任式でのドラグーンのお披露目‥‥ロッド卿手配ですか」
「そうですが、それが何か?」
 と、ギルド総監カインは問いを発したシャルロット・プラン(eb4219)の目を見つめる。
(「あの人、エの国に喧嘩売る気ですか!?」)
 と、内心では思っていたものの、流石に口には出せない。だから代わりにこう言った。
「下手に諸外国を刺激しなければいいのですが‥‥」
「敵国に付け込む気を起こさせぬよう、その持てる力は誇示すべし。‥‥というのがロッド卿のお考えのようです」
「話は変わりますが。エの国のショーン王子の印象、話に聞くショノア王子でしたら国王訪問に異を唱え単独で乗り込んでるでしょう。そこを反対もせず王に随伴という選択。覇気がないのか政局分析が余程正確なのか‥‥もし父親譲りとなると相当な曲者かも知れません」
「案外、母親譲りの素直な性格なのかもしれませんが。たとえ覇気が無くてもそこは一国の王子。対応はお手柔らかに」

●食事会
「空戦騎士団団長に副長2人が来ていたか。丁度、良かった。連絡を伝える」
 と、ロッドが言う。
「この度の新国王就任式では、戴冠式に併せてウィル各騎士団幹部の任命式を行う。戴冠式と同じく対外重視の式典だ。諸外国の物笑いにならぬよう、身支度はしっかり整えておくように。では、誰か国王と王子を迎えに行ってやれ」
 今日はエの国の国王と王子を招いての食事会だ。お二方はどちらにいるかと思えば、城の中庭を散策しながら、ハンの国やランの国の使節団の者と話をしている。
「ここにおられましたか、陛下」
 迎えにやって来たレイ・リアンドラ(eb4326)が一礼。
「晩餐の準備が整いまして」
「そうか。では、行くか」
 飄々たる態度でショグラ王と王子の一行はレイの後に続く。
「ところで、さっきからこの少年が身辺にまとわりついて煩わしいのだがな」
 と、王を護衛するエの国の騎士が、山下博士(eb4096)を指して言う。
「我々をスパイするなら、もっと目立たぬようにやれ」
 と、口にしたその言葉には冗談めかした響き。
「万一の場合に備えて陛下のお側に。こんな時に賊や魔物が襲って来たら大変ですから」
 博士のその言葉に騎士は笑った。
「はっはっ! 真に頼もしい限りだ。だが心配するな。何かあったら、俺がお前を守ってやる」
「おや? あれは何だ?」
 ショグラ王は足を止める。その視線の先には先王の寵姫マリーネ姫が、ハンの国の王女ミレム姫と並んで歩く姿。
「陛下! 陛下!」
 ふらふらとそちらに足を向けかけたショグラ王を、レイが呼び止めた。
「お気持ちは分かりますが、あまり私の側から離れられぬよう」
 一応、レイはショグラ王の護衛担当だ。但し、ショグラ王の身辺は当然ながらエの国の騎士も警護している。
「いや、何。ミレム姫にも挨拶をと思ったのだがな」
 どうもこのショグラ王、その物腰がどこにでもいる普通のおじさんのようで、王としての威厳に欠ける。
 食事会のテーブルにはロッド卿を始め、空戦騎士団長シャルロットに副長エリーシャ・メロウ(eb4333)、そしてルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)と、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。
「ええと、初めて見る顔であったな?」
 と、テーブルの真向かいに座ったセオドラフを見てショグラ王が問う。
「ウィルの鎧騎士、セオドラフと申します。どうかお見知りおきの程を」
 一方、ショーン王子はと言えば。
「‥‥‥‥」
 この良く言えば学者肌、悪く言えば病弱で線の細そうな青年は、無言のまま左隣に座るエリーシャの横顔にじっと見とれている。
「王子殿下、どうなされた?」
 と、言葉をかけたのはロッド卿。
「あ‥‥いえ、あまりにもお美しい方なので、つい見とれてしまい‥‥失礼、既にご婦人であらせられましたか?」
「私はウィル空戦騎士団副長エリーシャ・メロウ(eb4333)。まだ独り身です」
「‥‥失礼しました」
「お気になさらず」
 エリーシャはてらいもなく受け答え、ショーンははにかんだような表情。
「はっはっ、兄と違って奥手なヤツでな」
 と、ショグラ王。
 ショーンの左隣にはゴードン・カノン(eb6395)。
「ササンの騎士、ゴードン・カノンと申します。お見知りおきを。この度は良くお越し下さいました。ウィルの臣の一人として、心より歓迎申し上げます」
 仮想敵国の国王と王子とはいえ、礼節を欠かすことは無い。そこは他の冒険者達も同じである。
「ああ、ササンの方でしたか。ササンのリーザ分国王陛下に、そしてササンから嫁がれたウィル王妃マーザ陛下に竜と精霊のご加護を」
 ショーンの方も礼儀正しく祝福の言葉を贈る。
「あの‥‥よろしければウィルの空戦騎士団について話していただけませんか?」
 ショーンに求められ、エリーシャは今日に至るまでのウィル空戦騎士団の歩みを掻い摘んで説明。その話にショグラ王とショーンもじっと耳を傾けていたが、ここでレイが提案した。
「陛下、機会あらばエとウィルの航空騎士によるグライダーの対抗試合を催されては如何でしょう? お互い、他国の航空騎士の実力や錬度には関心が向くものです」
 この提案は事前にウィル国王ジーザムやロッド卿の許可を受けてのもの。但し、最初にレイが提案したのは『合同訓練』だったが、その言葉は『対抗試合』と改めるよう求められていた。
 ショグラ王の反応は悪くはなかった。
「対抗試合か、それは面白い。考えておこう。この度、儂に同行して来た者の中にも鎧騎士がおるし、フロートシップにはグライダーも搭載しておる。明日にでも一試合いかがかね?」
「喜んで」
 この食事会にはショグラ王とショーン王子の他、エの国の使節団の者が4人同席している。騎士が2人に学師が1人、そして地球人っぽい装いの者が1人。彼らの様子に気を配りつつ、山下博士がこんな話題を持ち出した。
「エの国から来られた皆様はゴーレムへの関心も高いことと思いますが、これからはゴーレムを非兵器的に運用する時代が来るでしょう」
「非兵器的な運用とはどのような?」
 エの国の学師がまじめくさった顔で問う
「例えば開拓や用水整備など」
 それを聞いて、エの国の騎士の一人が笑い出した。
「さすがはゴーレム先進国のウィル。エの国では高嶺の花のゴーレムが、ここでは溝掘りやドブ浚いに使う程に有り余っていると見えるな」
「でも、ゴーレムの平和的利用で領民の生活を向上させ、国富を増すことが出来ます。まだそれを十分に行うゴーレムがありませんが、それを命じられれば喜んで働きたいです」
 その言葉に一瞬、ロッド卿の目が射すくめるように博士を見たような、そんな気がした。
「面白いことを言う少年じゃな」
 ショグラ王の口調は笑みを含んでいる。
「天界人だけに発想が大胆なのだ」
 と、ロッド卿。
「ウィルの国も天界人が多く来ているようですね。聞けば、彼らの力を活用するための冒険者ギルドまで作られたとか」
 ショーンが訊ねる。彼の近くに座すアレクシアスはそれまで専ら聞き役に徹していたが、ショーンの相手となって色々と答えてやった。
「成る程。先王陛下の招集された招賢令に、エーロン分国王陛下の治療院と、天界の知識は色々な形で役立っているのですね」
「エの国では如何でしょう?」
 アレクシアスは内心、興味があったので訊ねてみる。ロッド卿が冒険者を『戦力の一つ』として見ているように、エの国もその存在に何らかの興味や警戒心を持ったのならば、ウィル包囲網の動きにも変化がある筈。
「天界人については‥‥ギルドという形ではありませんが‥‥有能な者についてはそれに相応しい立場を与え、エの国の為に働いてもらっています」
 ショーンの言葉は妙に間延びしている。丁寧に言葉を選んでいるとも受け取れるし、微妙な問題故に歯切れが悪くなっているとも見える。
「たとえば‥‥ここにいるアイリス・楊さんのように‥‥」
 名前を呼ばれたその者は、きつめの印象を与える黒髪の女性。アレクシアスに一礼して答えた。
「私も、ウィルの国で言うなら冒険者のようなものです」
 不意にロッド卿がショグラ王に質問した。
「時に第1王子のショノア=ナーカウ殿下は如何なされている? 伝え聞いた話ではかなり以前より、宮廷の行事に姿を見せておらぬそうだな?」
 ショグラ王は答えない。ただ、その顔に笑顔を仮面のように張り付かせ、ロッド卿を見
つめている。
「兄上は‥‥遍歴の旅に出ておいでです」
 おずおずと答えたのはショーン王子。
「遍歴の旅だと? 行き先はシュレン分国か?」
 ロッド卿のその言葉にショーンは何か言い返そうとしたが、ショグラ王は身振りで王子を制する。そして王自らは何事もなかったかのように、料理を口元に運ぶ。
 ロッド卿の顔に微かな笑みが浮かんだ。
「さて、私は多忙にてこれで失礼する。後は皆で楽しまれよ」
 そう言い残し、ロッド卿は席を立つ。暫くの間、気まずい沈黙が流れたが、それをショグラ王の言葉が破った。
「もっと、皆の話を聞かせてはくれぬかな?」

●舞踏会
 食事会の翌日は舞踏会。もっとも新国王の就任式を迎えた王城では、連日のように舞踏会が繰り広げられている。前日にはハンの国のミレム姫をゲストに迎えての舞踏会が盛大に行われたが、今日の舞踏会はそれと比べたら至ってささやかなものだった。
 それでも、そこはエの国の国王と王子をゲストに招いての舞踏会だから、格式の見劣りを感じさせるものではない。現に舞踏会の会場にはエの国と友好関係のあるラオ・ハン・ラン3国の使節団や、中立国チの国の使節団の面々、そして彼らと縁あるウィルの名士達も訪れ、その賑やかさときたらまるでショグラ王が城の主になったかのよう。
「おや? あれは‥‥」
 会場に集う一同の視線が、大広間の入口に現れた姿に集まる。ショグラ王へのご挨拶にやって来たのはミレム姫と、先のウィル国王エーガンの寵姫マリーネ姫。二人を先導するのはウィル空戦騎士団団長シャルロットだが、いつもの騎士の礼装ではなくなぜかドレス姿。
「おお、二人ともすっかり仲良しになられたようだな」
 宮廷の作法に従って恭しく挨拶する二人の姫に、ショグラ王はまるで自分の娘に対するかのように暖かみのある声で言葉をかける。
「実は、こちらのシャルロットからお渡しするように頼まれたものがございますの」
 と、マリーネ姫が差し出したのは、竜との和平団のシンボルたるブローチ。実はシャルロットの手からこれを渡そうと思っていたのだが、その許可をマリーネ姫に求めたところ、姫が自ら渡すと言い出したのだ。
「竜との和平団とな?」
「はい。話せば長いことながら‥‥」
 と、マリーネ姫がウィルの国で竜との和平団が設立された経緯を語り始めると、ショグラ王もショーン王子も、その他お付きの者達も、神妙な顔で聞き入っている。
「騎士団長! 騎士団長はどこだ!?」
 呼ばわる声がした。新たに会場へ現れたのはゴーレム工房長のオーブル・プロフィット卿。
「私はここに」
 と、シャルロットが彼の前にやって来た。
「ダンスの申し込み、受けてくれましたのね」
「いいや、私は断りに来た。このような場には馴れていないので失礼する」
 と、オーブルは足早にその場から立ち去る。
「あ‥‥行ってしまわれた」
 シャルロットだけが取り残されてしまったが、その手を取った者がいる。
「レディ、私でよければダンスのお相手を」
 それはロッド卿だった。
 シャルロットのお相手を務めるロッド卿のダンス、それはそれは見事なもので。派手な動きを効かせ、大胆にシャルロットをリードしながら彼はその耳に囁く。
「ダンスの腕前はまだまだだな、シャルロット。オーブル卿をここに呼び出すとは酔狂な」
「ダンスの後、卿をショグラ陛下と王子殿下に紹介しようと思っていましたのに」
「出過ぎた真似を。そのうち背中から矢が飛んで来るぞ」
「ショグラ陛下、ここでは嫌われておりますのね?」
「当然だ」
 そしてロッド卿はさらに声を顰めて告げた。
「近いうちに、我が国とエの国との間に極めて厄介な事態が持ち上がろう。事によっては戦争になる」
「‥‥!?」
「こうなったのもショノアのバカのせいだ」
「第一王子のショノア殿下が!? 一体、何を‥‥」
 その問いには答えず、ロッド卿はダンスを切り上げて周りの者達へ優雅なお辞儀。シャルロットもそれに倣う。
「では、私はこれで」
 ショグラ王に一礼し、早々とロッド卿は大広間から立ち去った。
 二人の間でそんな会話が行われたとはつゆ知らず。
「忙しいお方なのですね」
 と、ショーン王子が漏らす。その傍らには彼をエスコートする空戦騎士団副長のエリーシャ。今日はドレスで着飾り、ショーン王子のダンスのお相手を務めたり。
「少し休みませんか? お疲れでしょう?」
「そうですね。少し休みましょう」
 それから後、ショーンはテーブルにて冒険者達との会話を楽しみ、それは晩餐会が終わってからも続いた。
 一方、空戦騎士団副長のレイは専らショグラ王の話し相手を務め、シーハリオンのナーガの事などを話題に取り上げた。
「時に先王のエーガン陛下は、シーハリオンのナーガ問題を取り上げた親書を陛下のお国に送ったはずですが」
「親書は確かに受け取った。ウィルの国もナーガの件では苦労しているようだな」
「では、エの国でもナーガの問題が?」
「如何にも。人間がゴーレムという大きな力を得たことにより、彼らは動揺しておるのだよ。ゴーレムにより時代は大きく変わりつつある。だがその変わり行く先は‥‥この儂にもまだまだ見定められぬ」

●国の宝
 その夜。王城内の泊まり部屋で、ショーン王子はセオドラフを相手にチェスの勝負を続けていた。4勝負続けて結果は王子の4勝。
「チェスはいいものです。勝っても負けても人が死ぬことはありません。でも4回も勝ち続けると、流石に疲れました」
「暫くバルコニーに出て夜風に当たられては?」
「そうしましょう」
 アレクシアスに誘われ、ショーン王子は二人でバルコニーへ。
 ショグラ王の方は安楽椅子に座り、お付きの者達を従えつつ冒険者との会話を楽しんでいる。
「どうか、王様のお宝を聞かせて下さい」
 と、山下博士がこんな事を王に求めた。
「真の名君は一人で名君たりえません。耳目である忠臣、知恵を貸す腹心、爪牙である立派な騎士達がお出でになると思います。願わくば、このような尊敬すべき王様のお宝をうかがい、手本としたいと思います」
「はっはっはっ」
 ショグラは朗々と笑った。
「一国の王たる者、その持てる宝を無闇にひけらかすものではない。宝を横取りしようとする者は後を絶えぬでな。しかし少年よ」
 笑顔から一転、王は真面目な顔つきに。
「そもそも宝とは、河原に転がり地の中に埋もれし原石を人間が見つけ、磨き上げ値打ちを付けて価値ある物としたもの。それが宝にとって真に幸せといえるかな? 人の世の中において宝は奪い奪われ、時には宝を巡って夥しき血が流される。寧ろ宝は人に見付かることなく、大いなる自然に抱かれていた方が幸せであるとは言えぬかな?」
「それは‥‥」
 流石、先王陛下が憧れた国の王者。博士が言うべき言葉を探していると、王は微笑んだ。
「宝になる前の原石なら儂も有しておる。ここに、そしてあそこに」
 王は自らの身辺に侍る者達と、バルコニーに立つショーン王子を指し示した。
「まだ磨いておる途中だが、やがては国にとって掛け替え無き人物も出てこよう。だが、それは磨き終わってみねば分からぬ」
「あっ!」
 出し抜けにバルコニーから王子の声。そして王子は一人で部屋に飛び込んで来た。
「何かあったのですか!?」
「夜空に、魔物の影が‥‥」
 急ぎ、仲間達はバルコニーへ。そこには王子を魔物から守ろうと、儀礼用の剣を抜いたアリクシアスがいた。剣はオーラの光を微かに放っていた。
「一瞬だけ姿を見せたのだが‥‥」
「いやな予感がします。悪いことの先触れでなければいいのですが‥‥」
 王子はそう口にしたが、魔物が再び現れることは無かった。

●ドラグーン
 朝が訪れた。今日は新ウィル国王の戴冠式の日。そしてウィルの各騎士団幹部の任命式が行われる日。
「いよいよジーザム陛下の戴冠式か。暫く空位が続いた国王の座もこれで漸く埋まる。目出度い事だ」
 そんな言葉を口にしながら、ゴードンがシャルロットと共にショノア王の泊まり部屋を訪れると、何故か王の姿が見えない。
「陛下、お迎えに上がりました! 陛下!?」
「儂はここだ」
 パルコニーから声がした。王はバルコニーに立ち、空を眺めていた。王の視線の先にある物は、空を飛ぶ2騎のドラグーン。来るお披露目に備えて練習飛行を行っているのだ。
 シャルロットはそっと王の横に立ち、その表情を伺う。王は初めて見る物の姿に驚いているようには見えない。そこにはいつになく深刻な表情があるのみ。
「‥‥もうご存知でしたか。最新鋭騎なのですが」
 王はシャルロットを見た。その表情からは先ほどの深刻さは消え失ている。
「‥‥いいや、あれを見るのは初めてだ。空を飛ぶゴーレムとは、ウィルもやりおるな」
 しかし、あれを初めて見たという王の言葉とは裏腹に、シャルロットは核心した。ショグラ王は既に何処かでドラグーンを見たことがあると。そして、それはウィルの国によって製造されたドラグーンとは限らない。