新国王就任〜リグの国からシャイを込めて?

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月28日〜05月31日

リプレイ公開日:2007年06月10日

●オープニング

●白銀の戦乙女
 ウィルカップのスタジアム上空を、青黒い巨体が飛んでいた。全身を見るからに頑強な鎧に包んだその姿は、既にウィルでは見慣れたゴーレムのそれ。しかしもっともありふれたタイプのストーンゴーレム・バガンと比べると、その全長は一回り大きい6m。さらにその背中には、ドラゴンのそれに似た翼を有している。見ればその鎧にもドラゴンの鱗に似た紋様。またその額には、さながらユニコーンの角のように斜め上方に向かって直線的に伸びる角がある。
 このゴーレムの名はコロナドラグーン。アトランティス世界において最先端のゴーレム技術を持つウィルで作られ、ウィルの友好国であるリグに贈られたとされる最新鋭ゴーレムだ。
 暫しスタジアム上空を飛行していたコロナドラグーンは、やがて地上に舞い降りた。
 うずくまった姿勢となって身を低くすると、制御胞のハッチが開く。現れたのは女だ。長い銀髪はその身に纏う純白の服と相まって、見る者に独特の印象を与える。
 さながら、地上に舞い降りた天使のよう──。このアトランティスにキリスト教で言うところの天使の伝承は無いとはいえ、宗教やファンタジーの物語を通じて天使という存在に慣れ親しんだ地球人であれば、そんな例え方をしてもおかしくはないだろう。
 彼女の名はモニカ=クレーシェル。リグの国でもトップクラスと評される程、ゴーレム操縦にかけて並々ならぬ腕を持つ鎧騎士だ。
 一人の男がモニカに歩み寄る。
「お手並み、拝見させてもらった」
 その声にモニカは一礼。そして相手を見る。
 目の前の男は、厳つい青一色の鎧で身を固めている。顔も金属製のマスクで覆われ、その素顔を確かめることは出来ない。ただ、その声は若々しく力強い。
「ほんの試し乗りです」
 モニカは迎えに来た男と並んで歩き始めた。
 この青い男、その素性を知る者はウィルの国でも指折り数える程しかいないと言われる。男はウィルの誇る最新鋭ゴーレム、ストームドラグーンの操縦者であり、『青騎士』の通り名で呼ばれていた。
 ウィルカップの開催時には観客でびっしり埋まるスタジアムの観客席も、今はがらがら。しかし、そこにぽつんと一人だけでたたずむ者がいた。それは冒険者ギルド総監カイン・グレイス。肩を並べてスタジアムから去って行くモニカと青騎士の姿を、カインはただ静かに見やっている。
「お〜いカイン! こんな所にいたのかよ〜! 探しちまったじゃね〜か!」
 空から威勢のいい声。カインとは浅からぬ縁のシフール、クーリンカの姿を見てカインは微笑みを浮かべる。
「‥‥ああ、そろそろ戻ります」

●一時の出会い
 冒険者ギルド総監カインの下で働く地球人・知多真人は今日も忙しい。王城での用事を済ませて帰ろうとすると、回廊で物々しい出で立ちの一団と出会った。見るからに偉そうに着飾った彼らは、リグの国からの使節団。新国王ジーザム・トルクの戴冠式に参列するため、リグの国から派遣されたのだ。その中の一人、うら若き女性の顔に真人の視線が吸い寄せられる。
「あれは、モニカ様‥‥」
 しばらくモニカを見つめ続けた。モニカは王宮に出入りする貴族の何某と話をしていたが、その会話が終わって振り向いた拍子に、真人と視線が合ってしまった。
「暫し、失礼する。すぐに戻る」
 使節団の者達に告げると、何故かモニカは真人に歩み寄って来た。
「あの‥‥モニカ様、何か?」
「トイレはどこだ?」
「あ、トイレでしたらこの廊下を右に曲がって突き当たりですが」
「そうか。感謝する」
 との言葉を残し、モニカは自分の用事を果たしに廊下の先へ姿を消した。その別れ際の何とも言えない表情を思い出し、思わず真人は呟いてしまった。
「モニカ様って‥‥意外とシャイなお方かもしれない」

●ロッド卿からの依頼
「計画はまとまったか?」
「はい、ロッド殿」
 新ウィル国王ジーザム・トルクの左腕たる腹心、ロッド・グロウリング卿に求められ、武官は計画書を読み上げた。
「ウィル国のストームドラグーンと、リグ国のコロナドラグーンの、新国王就任式典におけるお披露目について。お披露目会場はウィルカップ会場。ドラグーン両騎は空中での飛行を披露した後、地上にて剣による親善試合を行います。その後にリグ国王グシタ=リグハリオス陛下の演説と‥‥」
「今ひとつ、面白みにかけるな」
「は‥‥!?」
 武官は言葉を中断し、ロッドの顔をまじまじと見る。
「どうせやるなら空中戦でもよかろう。あるいはバガンの一隊を相手に模擬戦を行うのも悪くは無い。ウィルの国威発揚の為とあらば、中古バガンの5騎や10騎を潰しても構わぬ」
「ですが‥‥式典としての優雅さに欠けるのは困りものです。武器としての強さばかりが目立っては、諸国のいらぬ警戒を招きかねません」
「確かに、それもそうだが‥‥」
 暫く考え、ロッドは決めた。
「冒険者に何か良い智恵を出してもらおう。最新兵器ドラグーンの強さを最大限に誇示し、かつ諸国に対してあからさまな脅威を示さぬ、優雅で文化的なお披露目の方法をな」

●リグの国〜歴史・概要
 リグの国は、セトタの大陸中央部に位置する森の国である。
 気候は比較的温暖で年間を通してすごしやすい。広大な森が南に広がり、ウィルの国とハンの国の境界となしている。森にはエルフの集落が数多く存在し、国内のエルフの数も比較的多い。
 リグは内陸の国である。そのため産業も少なく国力も国土の面積に比べて貧弱であったが、外交手腕に長けた王に恵まれ、内陸の林業国として栄えた。
 リグの建国はウィルと同じく精霊歴920年頃。984年頃には3つの分国に分かれ、各分国王がそれぞれの土地を治めていた。しかし、990年に分国の一つを治めるリグハリオス家が強力な騎士団でもって他の分国を圧倒、国の実権を握る。
 1021年、リグは北部のエ・ラオの領土を狙って侵攻を開始。軍備は互角であったが、国王が一騎打ちにて死亡し、リグはエ・ラオの両国より手を引いた。翌1022年、当時21歳のグシタ=リグハリオスが国王に即位。しかしグシタは軍を動かすことはなく、以来平穏な日々が続いている。しかし、ウィルからもたらされたゴーレム開発には強い関心を示しているという。

●リグの国〜軍事
 対外戦争において動員可能な兵数は1000名ほど。ウィルほど大きくはないが、森林のエルフ、山岳のドワーフを軍内に取り込んでいる精鋭ぞろいで知られている。ゴーレムもすでに自国で生産しており、シルバーゴーレム『キャペルス』、アイアンゴーレム『グラシュテ』を駆る、ドワーフで編成された黒鉄騎士団がある。ウィルのドラグーン開発によってドラグーンが送られるという噂もある。合わせて30機余のゴーレムを保有している。
 陸戦騎士団は主に森林の警備の任にあたっており、エルフの姿がよく見られる。特にエルフを擁した弓箭隊の腕前は秀逸。森林部が多いため、フロートチャリオットなどはあまり使われていない。この他、中型のフロートシップ3隻と20機ほどのゴーレムグライダーを持っている。

●リグの国〜重要人物
◇グシタ=リグハリオス
 年齢:37 性別:男性 種族:人間
 立場:リグ国王
 特徴:痩身の金髪碧眼の男性。やや軽薄そうな印象がある。
 解説:結構な洒落者で知られる新し物好きの国王。遊び好きでも知られており、そのためか未だに独身。ジーザムとは親しいらしく、ウィルより送られた小型のゴーレムシップを個人所有している。領内の湖に船を浮かべて、遊んでいる事が多い。

◇モニカ=クレーシェル
 年齢:19 性別:女 種族:人間
 立場:リグ騎士団第2部隊隊長
 特徴:長いさらさらの銀髪・少しつり目・グラマー
 解説:類希な才能で、女ながらにして竜騎士に選ばれ、ドラグーンへの搭乗を許された美貌の鎧騎士。白い服をよく着ている。男勝りで知られ、その働きは男性以上。リグでは人気が高い。天界人との噂もあるが、その詳細は不明。

●今回の参加者

 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4263 ルヴィア・レヴィア(40歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4344 天野 夏樹(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●アイデア提案
「ドラグーンの強さを最大限に誇示しつつ、あからさまな脅威と受け取られないお披露目の方法‥‥か。また難しい条件だが、確かにその懸念も間違いじゃないからな。‥‥仕方ない、無い知恵絞って考えますか」
 と、頭を悩ませる市川敬輔(eb4271)を見て、ルヴィア・レヴィア(eb4263)は軽〜く自分の意見を披露。
「ま、偏見で見ない外国貴族はいないスよ。行儀よく言えば国外の親ウイル派が、『ウイルは騎士道を重視する』と、反ウィル派を説得する材料になれば良いかと」
「うん、それはごもっとも」
「で、行儀悪く言えば‥‥無骨な斧でも持ったグラシュテ多数で、剣を持った少数のバガンを粉砕したり。足回りを強化したウッドで難地形を走破したり‥‥」
「おい、本当にそれやるの?」
「な〜んて開き直りの示威行動さえしなけりゃ何だって良いような気がするね。ガチならドラグーンにランス持たせて、空中での馬上試合形式が騎士らしくて受けると思われるな」
 などと意見を交わしながら、ロッド卿のところにやって来た冒険者一同。真っ先に伊藤登志樹(eb4077)がこんな提案をした。
「提案その1、サッカー。その2、スカイダイビングの後に空中アクロバットってのでどうだ!」
 ロッド卿はじろりと登志樹を睨むと、他の者達に訊ねる。
「この案に賛成の者は?」
 で、敬輔が答えた。
「俺のアイデアは空中アクロバットというより、空中での演舞だ」
「演舞だと?」
「ドラグーンとゴーレムの最大の違いと言うと、真っ先に飛行能力が挙げられる。通常のゴーレムでは、移動するのにドタドタと足を動かすから無骨な印象しか与えないが、ドラグーンの飛行ではわざわざ四肢を稼動させる必要が無く、それだけで優雅と言えなくも無い。ならば、それを前面に押し出す為に地球におけるフィギュアスケートの動作を取り入れた演舞はどうであろうか? 例えばこんな風に‥‥」
 実際のフィギュアスケートの動きがどんな物か、敬輔が身振り手振りで説明を始めると、登志樹から物言いがついた。
「フィギュアを踊るなら女子に限る!」
「フィギュアなら私も踊れるよ」
 名乗り出たのはスポーツの得意な天野夏樹(eb4344)。
「やっぱドラグーンの売りと言えば、空飛ぶ所。てな訳だから‥‥」
 言いながら、夏樹は自分がドラグーンになったつもりで動き始めた。
「最初に会場内をゆっくり回ってドラグーンの大きさを観客に印象付け、それから皆の前で飛ぶの」
 ここで夏樹、くるりと体をひねってジャンプ。
「で、地面スレスレにまで浮かせたドラグーンを流れる様に滑らせ、時折ジャンプやスピンを織り交ぜ、その動きの途中でターゲット用のバガンを攻撃‥‥だな」
 その後に続く敬輔の言葉に従い、夏樹はジャンプやスピンを効かせてふわりふわりと踊り、最後には登志樹を標的のバガンに見立ててやんわりとキ〜ック☆
 どん!
「うわはぁ、お見事!」
 すると、エリーシャ・メロウ(eb4333)が言う。
「バガンを的にすると、破壊力が顕著に見え易くなります。的にするなら別のものを。一方的な撃破ではなく、騎士道の華である馬上槍試合や正騎士の一騎討ちの如くに、完全に騎士道に則った形が望ましいと思います」
 また、ルヴィアも真面目に自分の意見を披露。
「やはり、これは諸外国への宣伝ですからイメージ戦略がいいと思いマース。グライダーと同じ速度が出せるゴーレムというだけでも強さは十分わかるかと。だからグライダーを交えて編隊飛行を数パターン行うことを提案します」
「うんうんイメージ戦略、悪くは無いね。では、俺も編隊飛行と演舞に1票ずつ」
 とか、もっぱらルヴィアとか夏樹とかの女性陣に気になる視線を送りながら呟いた登志樹だったが、それをまたもロッド卿が睨み付けた。
「サッカーはどうした?」

●ウィングドラグーン
 空中フィギュアダンスに編隊飛行にサッカーの他にも、模擬戦とか射撃とか。冒険者達からのアイデアが一通り出されると、実際にゴーレムを動かして試してみようということになった。冒険者にもドラグーンを動かせる者がいれば協力してもらうということで、最初に能力審査が行われる。
 冒険者に貸与されるドラグーンはウィングドラグーン。ストームやコロナが6mもの全長があるのに対して、ウィングは全長5mとやや小ぶりだ。そのウィングドラグーンの1騎が今、競技場にやって来た冒険者達の前にでんと鎮座している。
「こいつか! 懐かしいな!」
 もうだいぶ前のことだが、伊藤登志樹はロールアウトしたばかりのウィングのテストに参加したことがある。
「では、動かしてみるか」
 ウィングに乗り込み、慣らし運転とばかりにフィールドを歩かせていると、制御胞の風信機からロッド卿の声。
「ゆっくり浮かばせてみろ」
「ホバリングって難しいんだよなぁ‥‥」
 テストの時の記憶が甦る。やってみると、あの時と変わらず難しい。
「一応、受けれるものは受けてみるか」
 と、続いて審査を受けたのはライナス・フェンラン(eb4213)。彼も以前のテストでウィングの操縦経験がある。
 ホバリングを試みてみると、先のテストの時よりは腕が上がっているのが自分でも分かる。それでも精霊力のコントロールには神経を使う。
「いや〜、お見事」
 続くルヴィアはこれが初めてのドラグーン操縦。ライナスの操縦の上手さを讃え、さて自分もと乗り込んで動かしてみたが、ホバリングはやはり難しい。
「見た目は簡単そうだけど、実際にやって見ると大違いね」
 と、言いながら制御胞から出て来た。
「私の番か」
 最後にシュバルツ・バルト(eb4155)が乗り込む。彼女もドラグーンの操縦はこれが初めてだが、ゴーレム操縦の腕は人並み以上と自負する。起動させて地上歩行、何のことはない。ホバリング、やはり最初は難しく感じるが、少しずつ馴れて来る。
「次は空を飛んでみろ」
 ロッド卿から声がかかる。
(「空へ!」)
 シュバルツは機体に思念を送る。ドラグーンはふわりと空に舞い上がった。上昇に続き水平飛行に移ると、制御胞正面のスクリーンに下方の競技場が上から見下ろす形で映し出される。
「こうしてスピードを出して飛んでいる方がずっと簡単だ」
 さて審査の結果だが、シュバルツのみが高い操縦能力を持つということで、ウィングドラグーンの操縦を任された。他の者はドラグーン以外のゴーレム操縦を担当することになった。

●予行練習
 競技場での準備と予行演習が始まった。
「はい。そのままフィールドをぐる〜っと一回り」
 天野夏樹の指示で、貸し出されたバガン2騎がぐるりと会場を歩いて行く。動かしているのは伊藤登志樹とライナスだ。
「最初の入場行進に10分‥‥と」
 腕にはめたソーラー腕時計で時間を確かめながら、夏樹はタイムテーブルを組み立てる。
「地球のアイテムはこういう時に重宝するわね。それじゃ、練習行ってみようか」
「これを使うんだな」
 目の前に横たわるゴーレム用の剣。その柄をライナスのバガンが握る。ずしりと重たい剣が軽々と持ち上がる。
(「以前にやったサッカーとは、だいぶ勝手が違うな」)
 腕慣らしに剣を振り回していると、ストームドラグーンとコロナドラグーンが競技場に現れた。搭乗者の顔は見えずとも、それが誰だかは分かる。
(「モニカ=クレーシェル殿に青騎士殿か。凄腕という噂は聞いているが‥‥」)
「お手合わせ願おう」
 風信機からの青騎士の声が、バガンの制御胞内に響く。目の前にはランスを構えたストームドラグーンが立っていた。
 で、モニカのコロナドラグーンは、足下のキース・ファラン(eb4324)が大きく広げる旗を見下ろしている。
「これを矢で射るのか!?」
「どうだ、綺麗だろう?」
 キースがモニカに示しているのは射撃の標的となる旗。その1枚1枚には白地に鮮やかな赤や青の原色で、馬やグリフォンなどの絵柄が描かれている。
「天界には流鏑馬という行事があると聞いて、そこからアイデアを得たんだ。飛びながら的を狙い見事命中させることで、国威掲揚と新たなる時代の始まりを告げる。‥‥と、そういう演出だ」
「こんなに美しい旗を。もったいない気がするな」
「矢が美しいものに吸い込まれていくといったイメージを重視したんだ。軍事的脅威という印象をうち消す為にも、ちょうどいいだろう? 具体的な破壊力がわからず、それでいて優雅だ」
 勿論、標的のデザインは各国の王家や貴族の紋章旗のそれとは重ならぬようにしてある。国際問題が起きぬようにとの、キースの配慮だ。
「で、こっちの旗が練習用だ」
 と、キースは練習用の旗も示す。こちらは色鮮やかな本番用のものとは異なり、白地に黒い線で動物の絵が描いてあるだけだ。
「さあ、試しにやってみよう」
 キースが求めると、ウィングドラグーンはふわりと空に舞い上がる。かなり高い所まで上昇すると、フィールドに広げられた標的に向かって矢を放った。
 ぶすっ! ぶすっ! ぶすっ!
 見事なもので1つか2つ数えるかの間に、モニカの放った矢は全てが標的の中心を貫いていた。
 練習が終わり、ドラグーンから降りて来たモニカがキースの前に立つ。
「あれで良かったのか?」
「上出来だ。本番もこの調子で行こう」
「ああ」
 言葉少ないモニカ。その様子はキースの目に、どこか恥じらっているようにも感じられた。
「どうしたんだい? 貴方の技量は非常に高いものなんだから、恥ずかしがることなんてまったく無いと思うぜ」
「いや、恥ずかしいのではなく‥‥」
 と、モニカは言いかけたが、後の言葉はついぞ口から出ず仕舞い。
「人に言えない悩みでもあるのか? 俺で良ければ相談に乗るぞ」
「‥‥また後で」
 と、一言だけ言い残し、再びドラグーンに乗り込むモニカ。
「練習の続きを」

●お弁当
 競技場の上空に、シュバルツのウィングドラグーンが舞う。
(「スピンしつつ急上昇、そして急降下、さらに急上昇‥‥流石にきついな」)
 練習とはいえ、空中で急変化する動きの連続。さらにそれを優雅に見せなければいけないから神経を使う。
 下方からモニカのコロナドラグーンが急上昇して来た。シュバルツよりも一段と急回転にスピンしつつ、あっという間にシュバルツを抜いてさらなる上空へ。その姿はシュバルツの制御胞内スクリーンにも映った。機体の性能の差もあるだろうが、シュバルツはモニカとの力量の差を思い知らされる。
「3年! ‥‥いや、1年で追いついてみせる!!」
 思わず制御胞の中で呟いてしまった。負けず嫌いなものだから。
 練習が終わると、天野夏樹が人数分のお弁当を持ってやって来た。
「短い練習時間だったけれど、本番でも頑張って下さいね!」
 お弁当を青騎士に差し出す。
「さあ、どうぞ召し上がって!」
「いや、私は‥‥」
 青騎士は困惑したように自分のマスクを指さす。
「あ、私としたことが‥‥。人前ではお召し上がりにならないのですね」
「だが、これは感謝の気持ちと共に頂こう」
 青騎士はお弁当を受け取ると、悠々とした足取りでその場から立ち去った。
「青騎士‥‥噂に違わぬ凄腕だ」
 と、感慨深げに呟きながら弁当箱を開くライナス。つい先ほどまで、両者のゴーレムが打ち鳴らすゴーレム用の剣がガキン、ガキンと派手な音を競技場に響かせていたのだ。
「さあ、モニカさんも」
 夏樹の手からお弁当を受け取ったモニカ、蓋を開けてしげしげと中味を見つめる。
「いかがですか? モニカさんが天界人だっていう噂を聞いたんで、地球の料理を作ってみたんです」
「そうか、地球の‥‥」
 呟き、モニカはお弁当の卵焼きをパクリ。
「私も地球から来たんです。同じ地球の人が頑張ってるのを見ると嬉しいです。でも、モニカさんって流石ですね。私がちょっとアドバイスしただけで、あんな風にドラグーンを動かしてしまうなんて。もしかしてモニカさん、地球ではオリンピックの選手だったとか?」
「過去のことは忘れた。だが‥‥」
 モニカ、またも何か言いかけて口をつぐむ。
「あの、モニカさん‥‥」
「‥‥お弁当、おいしかった。ありがとう」
 そのまま立ち去ろうとするモニカの背中から、夏樹は声をかけた。
「モニカさん、本番でも私のお弁当食べてくれますか?」
 モニカは足を止め、振り返って言う。
「よろしく頼む。楽しみにしている」

●お披露式典
 ドラグーンお披露目式典の本番日がやって来た。
 貴賓席にはウィル本国はもとより各国の王族・貴族が詰めかけ、王都の民衆達も一般席にひしめく競技場。フィールド内に最初に登場したのは儀礼用装飾を施した2騎のシルバーゴーレム・キャペルス。歩調を揃えて貴賓席の前まで歩いて来ると、2騎で左右対称のポーズを取って停止。コクピットが開き、中から司会役の天野夏樹と解説役のエリーシャが現れて、胸の手前で折り曲げたキャペルスの腕を足場にして立つ。──これはエリーシャが考案した演出だ。
「あ〜、あ〜。ただ今、風信機のテスト中。聞こえますよね〜!」
 と、目の前の風信機に伝える夏樹の声が、貴賓席を始め観客席の各所に設置した風信機から一斉に流れる。ちなみに風信機は、旗竿のように地面に立てた長いポールの先にくくりつけてある。
「では、これよりウィルの誇る最新鋭ゴーレム、ドラグーンのお披露目式典を開始いたしま〜す!」
 ゴーレムの入場行進で幕を開けた。アイアン4騎、ストーン8騎、ウッド12騎。ウィルカップの4チーム分のゴーレムが整然と行進する。各ゴーレムの頭上には鮮やかな色の旗が据えられ、見る者の目を惹きつける。
「皆さん、空をご覧下さい!」
 観衆の注意は頭上へと向かう。そこには4隻のフロートシップ。その船上からドラグーンが、グライダーが次々と発進。空中で整然と陣形を組み、競技場上空での編隊飛行を開始した。最も機体の大きなストームドラグーンとコロナドラグーンのそれぞれを、2騎のウィングドラグーンでエスコート。さらにその周りをグライダーの編隊が並び飛ぶ。
「よし! 出だしは順調だね」
 キャペルスの足下で、エリーシャと共に編隊飛行のプランを立案したルヴィアは満足の笑みを見せた。アイデアを出したのは彼女達でも、自分が考えたように動くゴーレムを目の当たりにすると、誇らしい気持ちが沸き立つ。
「ストームドラグーンの操縦士は青騎士様、コロナ・ドラグーンの操縦者はモニカ=クレーシェル様。何という操縦の上手さでしょう」
 エリーシャの解説が続くその間にも、ストームとコロナは観客席の間近に迫るようにして、超低空飛行で競技場のフィールドを周回。誰もがその大きさに目を奪われた。次いては空中でのフィギュアダンス。ストームとコロナ、そして4騎のウィングドラグーンがその機体をスピンさせ、地面への急降下や急上昇を繰り返しながら宙を舞う。中でも最も目まぐるしい動きを見せているのが、ストームとコロナだ。その華やかな動きを目の当たりにした観客の興奮も冷めやらぬうちに、機体後方に旗をたなびかせたグライダーの群れががストームとコロナの周囲を旋回。グライダーの操縦者の中にはキースと市川敬輔の姿もある。
「さあモニカ、その腕前を見せてやれ!」
 キースが合図を送ると、モニカのコロナドラグーンが上空に舞い上がる。間髪を置かず、立て続けに放たれた矢がグライダーの後方にたなびく標的の旗を貫いた。まかり間違っても観客席に矢を飛ばさぬよう、矢の射出角度は地面に対して垂直に近い。放たれた矢は全てが標的を貫き、フィールドに突き刺さる。
「次は模擬戦です! 2騎のドラグーンに対するは、24騎の陸戦ゴーレムです!」
「ドラグーンとゴーレムの頭上に掲げられた旗をご覧下さい。両チームは互いに相手を旗を狙い、自分の旗を落とされれば負けになります。数で遙かに優る陸戦ゴーレム、たった2騎ながら空を飛べるドラグーン、果たして勝利を手にするのはどちらでしょう?」
 夏樹の司会とエリーシャの解説にも熱がこもる。
 24騎の陸戦ゴーレム対2機のドラグーンによる模擬戦は、まさに見物だった。結果は機動性に優れ、空をも飛べるドラグーンの圧倒的勝利。観客席は湧きに湧いた。

●チアガール育成計画
「お披露目は大成功だ。冒険者の諸君に感謝する」
 と、ロッド卿はお披露目式典の後で冒険者達を労う。ところが、冒険者の中に伊藤登志樹の姿が見当たらない。
「彼はどこに行ったのだ?」
 しばらくすると、登志樹がモニカに連れられて戻って来た。
「この者、本番時に女子全員に『チアガール』の格好を希望し、それがグシタ=リグハリオス陛下のお耳に」
「なんと!」
「この者が言うには、『ウィルカップでチーム・リグの成績が今一つだったのは、チアガールが決定的に不足していたからだ!』とのこと」
「本当か!?」
「さらにこの私にも、チアガールの恰好をさせようと‥‥」
「そこまで言うか! ‥‥で、グシタ陛下は何と仰せられた?」
「この者の貴重なる意見を採り入れ、早速に国を挙げてのチアガール育成をと」
「‥‥‥‥」
 その場に流れる気まずい沈黙。しかし登志樹は意に介さず。
「問題なんぞない! 俺を誰だと思っていやがる! たとえ女性陣に鎮圧され簀巻きにされ夜明かしをするハメになろうと、俺は‥‥」
「それが望みか?」
 ロッドは即座に、その場にいる女性陣に命じた。
「この者を鎮圧せよ」
 その後の事は語らぬが花。口は災いのもとなり。