新国王就任〜チの国から気合いを込めて?

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月30日〜06月02日

リプレイ公開日:2007年06月11日

●オープニング

●孤高の国より
 時は夏の初め。セトタ大陸を南北に走る山脈を越え、東方に向かうフロートシップがある。船に翻る紋章旗は天秤を象ったチの国の国章。それは如何なる時にも天秤の如くにバランスを保ち、常に中立たらんとするチの国の国是を示す。
 この船はチの国を統治するララエ・ビィラ女王が、隣国ウィルで執り行われる新ウィル国王の就任式典に向けて派遣した使節団の船だ。
 船の甲板では威勢のいい打ち合いの声がひっきりなしに聞こえてくる。
 キィン! 金属同士の衝突音と共に、模擬剣が弾き飛ばされて宙に舞った。剣を弾き飛ばされた騎士見習いは、ただ呆然と目の前の相手を見つめる。
「どうした!? 気合いが足りぬぞ!」
 そんな叱責を受けながらも、騎士見習いはうなだれて押し黙るしかない。いくら何でも技量が違いすぎる。何故なら目の前の相手はチの国の鎧騎士団長ププリエ・コーダー。単に随行者として選ばれただけの、一介の騎士見習いが太刀打ちできる相手では無いのだ。
「そんな暗い顔をするな。さあ、もう一勝負だ。剣を拾え」
 そこへ現れたのが、温厚な雰囲気を漂わせた学師。その名をサフィオラル・サフィオンと言う。元々は銀山開発の仕事についていたのだが、チの国の機密に関わる仕事柄、政治の世界にも色々と首を突っ込むようになった。後にふとした切っ掛けでその有能さをララエ女王に仕える学師ザザン・ザナックに認められ、今はこうしてププリエの補佐役を務めている。
「若手の訓練中に恐縮ですが、そろそろ講義の時間です」
「そうか、もうそんな時間か。早いものだな」
 使節団団長ププリエと随行者一同が船の講義室に集合すると、サフィオラルの表情は一転、深刻なものになる。
「6つの月道を持つチの国が各国に張り巡らした情報網の伝えるところによれば、セトタ大陸における戦争の危機は、かつてない程に高まっています」
「その根拠は?」
「その軍事力において、ウィルの国が圧倒的に他国を凌駕しているからです。その保有するゴーレムはセトタ最大。さらに好戦的国家として周辺諸国に何かと忌み嫌われているリグの国へも、積極的な軍事支援を行っています。また、ウィルにおいて強力な新型ゴーレムが開発されたという情報さえあります」
「単刀直入に聞こう。仮にセトタ大陸全てを巻き込む大戦争が起きるとして、その切っ掛けを作り最初の矢を放たんとする者は誰か?」
「第一に、ウィルのベーロン・ケルス卿。ウィルとリグの両国王陛下に対して大きな影響力を持ち、かつその言動は極めて好戦的です」
「ベーロン卿か‥‥。以前、ウィルに滞在した折りに、ちらりとその名を耳にした事がある。‥‥その身辺を探らせるべきであろうな。ウィルの冒険者ギルドに集う冒険者達、彼らの協力が得られれば心強いのだが‥‥」
「ですが、我々チの国の人間があからさまに動いては、内政干渉の誹りを免れません。いかな中立国チとは言え、他国の政治への勝手な口出しは認められません」
「では、どうする?」
「ウィルの冒険者達に対しては、情報のみを伝えます。あくまでもチの国の物の見方として。但し、彼らの行動について我々は口出しせず、一切を彼らに任せます。寧ろ彼ら冒険者達には『セトタ大陸の大義』という、チとウィルの両国が共にできる目標のために動いていただきましょう」
 ププリエの顔に笑みが浮かぶ。
「貴殿の言う通りだ。我々には女王陛下から託された大義があるのだからな」
 やがて、チの国の使節団がウィルの王都に到着。それから間もなく、冒険者ギルドを介してチの国の騎士ププリエ・コーダを依頼人とする依頼が出された。
『セトタ大陸の平和の為に立ち上がる冒険者を求む。チの国の女王ララエ・ヴィラ陛下はセトタ大陸全土の平和を希求し、そう遠くない将来にセトタ諸国並びにランの国の代表をチの国の首都シシェラに招き、セトタ平和会議を主催せんとお望みである。この件につき、この度の新ウィル国王就任式典を機に、ウィルの冒険者諸氏の見解をお聞かせ頂きたく願う』
 なお消息筋からの情報によれば、ププリエは新ウィル国王の就任式典において、チの国を代表して何らかの重大発表を行うという。

●チの国〜歴史・概要
 チの国はセトタ大陸の南西部に位置する国で、比較的温暖で年間を通してすごしやすい。国内には豊かな森に恵まれ、シフールの数も多い。この国は良質の銀鉱山があり、その情報は重要国家機密に指定されている。
 チの国は、セトタの大陸六国の中でも古い歴史を持つ国家である。建国は精霊暦700年ごろ。この国は古くから、中立国家として周囲との均衡を保ってきた。800年代後半におけるエ・ウィル・ラン・メイ・ラムへの月道発見時にもそれは変わる事無く、1020年代に起きた大陸の動乱時には各国から同盟と協力の要請があったが、その時にも中立の姿勢は変わる事がなかった。
 1000年には巨大な銀鉱山が発見されているが、産出量・埋蔵量は国家機密とされており、人々の知られる所ではない。
 ランの国から精霊魔法の技術が伝わったのはこのころであり、魔法金属ブランの加工技術もこの時伝えられた。そして1012年、ラオとも月道がつながり、チはラオに貿易港も得て商業的にも発展した。
 ビィラ家の長女ララエが女王に即位したのは1032年。ビィラ家はチの国の最有力貴族で、先王の後を継いでの即位ではあるが、男子がいなかったための女王即位である。そして1038年には、ウィルの国よりゴーレム技術購入、ゴーレムの開発に着手した。
 現在はウィルの国より購入したゴーレム技術を基礎においた、独自のゴーレム開発が進んでいると言われている。また、国内のブラン資源を利用したブランゴーレムを開発しているという噂もある。
 隣国ウィルとは、ウィルのウィエ分国を経由しての交易が盛んである。

※魔法金属ブランについて
「この岩を見てみろ。この岩の角の部分に赤い筋が見えるだろう。いいかぁ? この筋にそって岩を削るとだな。ほーら見えてきた。この断面についている黒い消し炭みたいなのが、ブランシュ鉱なんだ。こいつを溶かして不純物を取り除くと、あの魔法の材料になる真っ白な金属、そう、ブランになるんだな。さ〜て捜し方は分かったな? んじゃ、このかご二つ分詰め込んで帰るぞ」
 〜ある山師とその弟子の会話より

 ブランとはアトランティスに存在する稀少金属のひとつで、魔法の武具や物品の材料に使用される大変価値の高い金属として知られています。原石は、非常に脆い消し炭のような物ですが、溶かして不純物を取り除くと、真っ白い金属になります。鋼を遙かに上回る高い強度を持ち、しなやかで柔軟な特性を持っています。ブランの取れる鉱石を、「ブランシュ鉱」と呼びます。

●チの国〜軍事
 過去から永世中立を保つ為には、それを裏付ける為の武力が必要である。チの国にはそれだけの軍備があり、また大戦争による疲弊が無いので、その分の蓄積がそのまま力になっている。実戦経験が乏しいといえば乏しいが、訓練はそれを補って余りある厳しさである。
 対外戦争に動員可能な兵数は約800。但し中立を国是として以来、チの国が他国に侵攻した例は無い。鎧騎士団のゴーレムは全て自国生産。
 主力ゴーレムはストーンゴーレム『バガン』、アイアンゴーレム『キャペルス』。フロートチャリオットの配備は15台余と多く、空戦騎士団のフロートシップは中型が5隻余りに、ゴーレムグライダーが20機以上。海戦騎士団は総勢30隻ほどの艦隊が編成されており、そのうちの2隻のゴーレムシップが配備されている。またウィザードで編成された精霊魔術兵団を擁しており、この他に傭兵部隊が編制されている。

●チの国〜重要人物
◇ララエ=ビィラ
 年齢:27 性別:女性 種族:人間
 立場:チの女王
 特徴:高貴な雰囲気をまとわせた、どこか人間離れしたものを感じさせる美人。
 解説:世の戦乱を憂える孤高の女王。国を良く治めており、国民の人気も高い。

◇ザザン=ザナック
 年齢:79 性別:男性 種族:人間
 立場:学師
 特徴:長い白髭を貯えた、小柄なじいさん。黒いローブを引きずっている。
 解説:ララエそば仕えの爺。ララエ女王のよき理解者。彼女が小さいころから、養育係として仕えていた。ララエが信用を置いている人物の一人。温厚な好々爺。

◇ププリエ=コーダー
 年齢:27 性別:女性 種族:人間
 立場:鎧騎士
 特徴:長い赤毛の、きつめの美女。
 解説:チの国の鎧騎士団長。女性ながらその能力は男性に優るとも劣らない。男性と比べられることを極端にいやがる。ララエのことについては、「まったくお嬢様はこれだから」といいつつ、気に入っているらしい。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4326 レイ・リアンドラ(38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

トレント・アースガルト(ec0568

●リプレイ本文

●平和会議に向けて
 チの国からの使節団との対面に先立ち、セオドラフ・ラングルス(eb4139)は冒険者仲間に対してだけ、自分の所信を明かにした。
「最近、リグとの同盟のデメリットが目に付きます。そもそも、なぜリグと同盟したのか。
そして、なぜ今の状況で同盟を強化するのか。調べておいた方がよさそうです。ベーロン卿が限度を超える武断派なら対応も考えねばなりますまい。たとえセトタ大陸の覇権を手にしたところで、統治の苦労は戦の数倍に及ぶとも言いますからな」
 リグとウィルの同盟には裏があるはず。過去と現在の両方から、その裏に探りを入れねばなるまい。
 似たような懸念をウィル空戦騎士団副長のレイ・リアンドラ(eb4326)も抱いており、彼はリグの国との関係を深めつつあるジーザムの姿勢を次のように評する。
「私はウィルの騎士の一人として、王命あらば王国の盾となる覚悟。ですが、選王会議以降に強まった、ゴーレムによる必要以上の示威行為には違和感を覚えます。つい先日にはドラグーンのお披露目も行われましたが、あれが本当に抑止力になっているのでしょうか?」
「リグはともかく、それ以外の国々が警戒するのは当然です。では、参りますか」
 対面の場所に選ばれたのは、冒険者ギルドの総監室。もともとこの部屋は王侯貴族など、高貴な身分の依頼人を接待する為の特別室だった。カイン・グレイスがギルド総監に就任してからはその執務室となったが、一国の使節団の接待にも供せられるだけの風格がある。
「再会を嬉しく思います。ププリエ団長」
 騎士の作法に則って礼儀正しく挨拶するウィル空戦騎士団団長シャルロット・プラン(eb4219)が以前にププリエと会ったのは、騎士学院で行われたグライダー訓練の最中だった。
「ウィル空戦騎士団団長へのご就任、私からも祝いの言葉を贈ろう。おめでとう、シャルロット」
 と、ププリエも礼儀正しく挨拶。
「ここまでは決して平坦な道程ではありませんでしたが‥‥」
 この後に仲間達の挨拶が続き、それが終わるとププリエは本題を切り出した。
 セトタ大陸に迫る戦争の危機、平和会議の必要性、そして好戦的なベーロン卿に対する警戒。これらをププリエ自身の口から聞かされるや、シャルロットが最初に答えた。
「私としては、軍事行動や示威行為がウィルの得意とするところだと、他国から捉えられるのは望ましくないと考えています。平和会議の開催は、他国による認識の改善を望めるよい契機になるのではと捉えています」
「では、平和会議に賛成して頂けると?」
「はい。会議への参加はウィルの国益に叶うかと考えます。但し、ウィルがこのセトタ大陸のみならず、アトランティス世界において最大数のゴーレムを保有する軍事大国であることは事実です。ここで問題になるのは、誰がウィルの外交の舵を取り、外交をどの方向に進めるかです。ご周知の通り、ウィルは6分国から構成される王国ですが、ウィエとセレはまず賛同するでしょう。他の分国にも根回しして多数支持を取り付けれれば、セトタの平和に向けての良い流れは出来そうですが」
 ここでレイが発言する。
「とはいえ、皆で仲良くしましょうという台詞だけで問題が解決するはずもありません。和平会議については如何なる方策をもって臨むおつもりでしょうか?」
 熟考しての答を既に用意してあったのだろう。ププリエは即答した。
「和平会議の目的は、敵と味方という立場に囚われない、中立の立場に立つ第三者の視点を、緊張関係にある当事国に等しく与えることにある。古来より互いへの不信や憎悪が誤解を生み、やらなくてもよい戦争をやる羽目になったり、或いは必要以上に戦争を長引かせて互いの犠牲を増やした例は少なくない。そうならない為にも、我がチの国は平和の天秤の役割を果たすのだ。国と国との相互理解が十分に行われれば、それだけ戦争の危険は遠ざかる」
「成る程。平和会議を通じて当事国同士の交渉を仲介し、それぞれの意見を調整する場を提供するという訳ですね。それは非常に有効かと思います。従来、セトタ大陸では街道は整備されておらず、月道以外の交流は困難でしたが、フロートシップが普及した今ならば、月に一度のペースで実施することも可能かと思います」
「我々もそれを望んでいる。交流の機会が多いに越したことはない」

●国連
 続けてセオドラフが発言した。
「ハンの国南部の内戦一つで、ウィルとの国境にまで難民が溢れかえるのです。もしも大陸全てを巻き込んだ大戦争が起これば、その大混乱はカオスを喜ばすだけでしょう。ただ、行うのであれば実効的な抑止手段が必要になりますな。古来より平和の維持に役立って来たのは政略結婚ですが、まさか大陸中の王族同士を縁戚関係で結ぶわけにも参りませぬし」
 それを聞いて、加藤瑠璃(eb4288)が意見を出した。
「チの国にも地球‥‥天界人は来ているんですよね? なら国連という地球の組織について聞いたことはありますか? 国連というのは国際連合、つまり多くの国家が協力して形作る超国家的組織です。国家間の利害を話し合いによって調整することで紛争を未然に防ぎ、あるいは起きている紛争を早期に解決する役目を負っています」
「その言葉なら既に知っている。ウィルの天界人も私の国の天界人と似た考えをするのだな」
 と、ププリエ。
「実際、地球ではこれによって戦争が減りましたから。私の祖国なんか半世紀以上も戦争していませんよ」
 ‥‥まあ、日本は特別なんだけど。と、内心では思いながらも瑠璃は続ける。
「国連の加盟各国は軍隊の一部を国連に貸し与え、国連軍として働かせます。紛争が起きた場合、当事国が国連に要請すると、国連内部の話し合いによって国連は決議を出します。国連は決議に従って、紛争の調停から難民救済、あるいは国連軍の派遣まで、当事国の支援をすることになります。もしアトランティスにも国連があったら、多分ハンの国の問題解決はもっと容易になったと思います。‥‥参考になりましたでしょうか?」
 さらに、同じく地球人である富島香織(eb4410)が付け加えた。
「平和会議がこのアトランティスにおいて国連のような機能を果たすなら、それはすばらしいことですね。しかし、平和会議に実効性を持たせる為にはさまざまな現実的妥協が必要になることも事実でしょう。それには平和会議の決定にどれだけの拘束力を持たせるかどうか、などということも挙げられます。拘束力が強すぎれば、反発して逆に戦争のきっかけになる危険性もあります。逆にまったく拘束力がなければ、平和会議はただの評論の場と化してしまい、結局は無駄に終わる可能性もありえましょう」
「難しいところだ。それは私も認める」
「戦争は国益がぶつかり合った際の最終的な解決手段ではあります。ですが、そうなる前に出来る限り、外交で解決してほしいとは思います。そのためにも平和会議が、国同士の感情的ぶつかりあいがこじれて戦争になる事態を防ぎ、いかにして平和への道筋をつけるかを考える場に出来たら良いと思います」
 二人の地球人の言葉に、ププリエは心打たれた様子を見せた。
「ウィルにも貴殿のような天界人がいるとは、真に心強い。チの国にはセトタの平和の為に力を尽くす天界人が少なからず存在するが、貴殿もその持てる知識を是非ともウィルの国の為に役立てて欲しい」

●勝負
 ププリエと仲間達の話を聞きながら、アレクシアス・フェザント(ea1565)は思った。
(「ウィルの突出した軍事力に対してチの国は危機感を抱き、ウィルに対して平和会議に向けての働きかけを行うという行動に出た。他の国々にもそれなりの動きがあるはずだが、それは平和ばかりを志向しているとは限らない」)
 かつてアレクシアス自身も参加した、ランの王女レベッカ・ダーナの救出作戦が思い出される。あの時は救出に成功したから良かったものの、失敗していたならカオスの魔物の企みにより、ウィルとランとの戦争に発展しかねなかった。今こうしている間にも、あの時のようなカオスの魔物の暗躍が始まっているとしたら? 国と国との軋轢が強まり国家間の緊張が高まれば、魔物の付け入る隙も大きくなる。
「私もチの国の女王陛下が掲げる理想には賛意を表します。戦が起こればウィルの民達にも大きく響く。また、天界人の身としては国家の確執に囚われず、平和の為に力を添えたいとも思う故。そこで一つお尋ねしたいのだが。これまでにケルス家がチの国との外交に関与した事はあるのだろうか?」
 所信表明に続いて質問を発したアレクシアスの頭にあったのは、昨年に冒険者の助けも借りて行われた、ウィエ分国への手紙配達依頼である。依頼人は明言しなかったものの、その手紙の最終的な届け先はチの国であり、手紙の差出人はケルス家の者──恐らくはベーロン・ケルス卿であると察せられたのだ。
「過去にもチの国に対して、ケルス家からの働きかけは存在した。しかしそれは諸国の有力貴族なら誰でも行っていることであるし、それによって中立というチの国の国是が揺らぐことはない」
 ププリエの答は当たり障りのないものだったが、どうやらあの手紙の件もププリエ自身は気付いているようだと、アレクシアスの勘が囁いていた。
「私からも質問があります」
 と、次にセシリア・カータ(ea1643)が尋ねる。
「セトタの平和という大義は良いとしても、現実的な問題にはどう対処なさるのですか? 例えばウィルにとって国家的な懸案となっている、ハンの国からの難民に対しては?」
「ウィルとハンとの関係は、先にウィル国王ジーザム陛下によりセクテ公とミレム姫殿下の結婚申し込みが行われたこともあり、我が国も暫くは注意深くその関係を見守っていきたい。ハンの国の難民に対しても、中立というチの国の国是を曲げぬ形で対策を講じる用意は出来ている。今はそれが何かを具体的に明かすことは出来ぬが」
 ププリエのこの回答、その具体的な何かを知りたいセシリアにとっては不満の残るものだったが、ププリエも一国を代表する使節団の長。このような場で下手な発言をして他国人に言質を取られたら、後で自国にどんな形で不利益が及ぶか分からないことを承知している。ここは国の代表としての模範解答に徹するしかないのだ。
 こうしてププリエと冒険者との話し合いが終わると、セシリアはププリエに求めた。
「せっかくウィルにいらしたのです。剣の一試合など、如何ですか?」
「良かろう。私も体を動かしてみたかったところだ」
 ププリエは快く応じ、二人は揃って冒険者ギルドの練習場に立った。
 勝負の開始と同時に、剣と剣との激しい打ち合いが始まる。端から見る者にとっては、両者の剣の腕前は互角と映った。ププリエの攻撃は正に稲妻の如しだが、セシリアはひらりひらりと体を動かして巧みにかわし、ププリエの隙を狙って剣を打ち込む。だがププリエの回避の技もセシリアに劣らず見事なもの。ププリエはセシリアとの間合いを大きく取った。
「素直な太刀筋だ。では、チの国の流儀で決着を着けるか」
 言うや、ププリエが大きく間合いを縮め、上段から渾身の一撃。それを見てとったセシリアが剣で受けようとするやププリエは身を沈め、セシリアに強烈な足払いを見舞わせた。転倒するセシリア、無我夢中で身を起こした時には既に、喉元にセシリアの剣が突きつけられていた。
「勝負あり」
 タイミングを見計らい、持てる力を一気に解き放ってのププリエの勝利。チの国の騎士の訓練は実戦以上に厳しさがあると、かねてから聞かされていた冒険者もいるが、ププリエの戦いぶりにはそのことを実感させる気迫があった。

●グシタ陛下の偉業
 翌日。セオドラフはセシリアを伴い、貴族達が集まる王都のサロンへ。ベーロン卿についての情報収集を行う為だが、表向きは次のような理由をつけておく。
「実はリグ国王グシタ陛下を称える詩を考えている最中なのですが、残念ながら過去の事については少々情報不足でしてな。あの方が即位した当時の話を良くご存知の御仁がおられたら、紹介していただきたいのですが」
 幸いなことにウィル国王の就任式にリグ国王も参加した関係で、サロンにはリグと縁ある貴族達も訪れていた。その一人がセオドラフにこんな話をする。
「我等がグシタ陛下の偉業といえば、何といっても先の国王陛下亡き後、21歳の若さで国王に即位なさり、リグに平和をもたらしたことでしょう。先王陛下の戦死とリグの敗戦はリグにとって大きな痛手で、その弱みを突かんとするエの国とラオの国が、リグの領土を虎視眈々と狙っておりましたからなぁ。そのリグが国力の回復を為し得たのも、ウィルとの相互不可侵条約が結ばれたからこそ。この条約のお陰でリグは軍備に余裕が出来、南方の守りを北方に回すことでエとラオの脅威に対処することが出来たのです」
「確か、条約が締結された当時のウィルは、先王エーガン陛下の父王であらせられるレズナー陛下の治世下でしたね?」
 セシリアが尋ねると、相手の貴族は満面の笑みと共に言葉を返して来た。
「はい。我等は決してレズナー陛下の、そして条約締結の立役者となったケルス家のご恩を忘れることは無いでしょう」

●モニカとばったり
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は、王都滞在中のリグ関係者に探りを入れていた。王都に滞在するリグ関係者でとりわけ著名な人物は2人いる。1人はリグ国王グシタ=リグハリオス、もう一人はトルクからリグに寄贈されたコロナドラグーンを駆る凄腕の鎧騎士モニカ=クレーシェル。2人の他にも大勢の者達がリグの使節団として王都にやって来ており、彼らは頻繁にあちこちの貴族の宴会に呼ばれては、王都を闊歩していた。
「ほら、あそこにもリグから来たお客さん達がいるよ」
 街での聞き込みの最中。街人の指さす先には宴会帰りのリグ貴族がいる。ほろ酔い気分で口が軽くなり、こんなことを口々に呟いている。
「それにしても、モニカのじゃじゃ馬には困ったもんだ」
「国王陛下に気に入られたのをいいことに、あの勝手のし放題は目に余るぞ」
「今日もいつの間にかどこかへ消え失せてしまうし、今頃何をしているのやら」
「陛下は何もおっしゃらないのか?」
「当たり前だ。なにせ陛下のお気に入りだからなぁ」
 そんな会話に耳を傾けながら尾行を続けていると、
「あっ!」
 いきなりディアッカは背後から背中を掴んだ。誰かと思えば、それはモニカ。
「私の身辺をこそこそ探り回っているシフールはお前か?」
 射抜くような視線でモニカが睨む。
「どこの国の密偵だ? まさかカオスの魔物の手先ではあるまいな?」
 しかし運良く、救いの手が差し伸べられた。
「おやディアッカ、こんな所にいたのですね?」
「これはこれは騎士団長殿。あなたのお仲間だったのか」
 モニカの手がディアッカを放す。
「何か失礼がありましたなら、私からお詫びします」
「いや、大したことではない」
「ところでモニカ様、こんな所で何を?」
 尋ねるディアッカ。
「グシタ陛下に何やら妙なことを吹き込んだヤツがいて、陛下が私にチアガールの恰好をさせようとするものだから、こっそり逃げて来た」
 先の気迫はどこへやら、モニカは飄々とした平素の態度に戻っていた。

●ベーロン卿
 国王就任式に湧く王城では連日の如くに晩餐会が繰り広げられていたが、その日に開かれた晩餐会はかのベーロン・ケルス卿をゲストに迎えてのもの。その会場にやって来た3人の冒険者がいる。ルーケイ伯アレクシアスに空戦騎士団副長のレイ、そして地球人の富島香織。
 件のベーロン卿は直ぐに見付かった。
「うわっ! 凄い‥‥」
 ベーロン卿の姿を見て、思わず香織は簡単の声を上げる。恐らくベーロン卿はこの会場で、最も目立つ人物であろう。顔は厳つく、顎は髭モジャ、おまけに図体はでかい。豪勢な礼服に身を包み、人混みをかき分けてのっしのっしと闊歩するその姿は、さながらゴブリンの群れに混じったオーガ。晩餐会の会場でさえこのド迫力なのだから、戦場で敵として出合ったらその恐ろしさは如何ばかりであろうか。
 なれど、アレクシアスもレイもそう安々と物怖じする男ではない。先ずアレクシアスからベーロン卿に挨拶。
「お目にかかれて光栄です。我はルーケイ伯アレクシアス・フェザント」
 ベーロン卿は値踏みするようにアレクシアスをじろりと睨み、その顔に不敵な笑みを浮かべた。
「貴殿があの名高きアレクシアスか。評判は耳にしているぞ。まずは互いの出会いに乾杯といこう」
 挨拶ついでに互いに杯を交わす。杯になみなみと注がれたワインをベーロン卿が一気に呷ったのを見計らってレイも自己紹介。そして尋ねた。
「ウィルの国力は日ごとに増しつつあるとはいえ、懸念すべき内憂はまだまだ残されています。蛮族、盗賊、テロリスト、これらの不穏分子に対しては早急に軍を派遣して鎮圧すべきだと、私は考えます」
「当然だ! 国を傾ける不逞の輩に正義の鉄槌を!」
 その声があまりにも大きかったので、端で聞いていた香織はぎくっとした。
「そして国内を平定した次はいよいよ対外戦争だ。今や開戦の日は日ごと近づきつつあるぞ」
 ふと、ベーロン卿は香織に目を向ける。
「おお、これはこれは。麗しき天界の客人よ」
 ベーロン卿は顔を綻ばせ、とても上機嫌に見える。以外と女性好きのようだ。
「あの‥‥お尋ねしたいことが」
「遠慮するな、言ってみろ」
「もしもウィルが戦争するとして、その戦争からどのような利益が得られるのでしょうか?」
「いい質問だ。では答えてやろう。日ごとウィルに近づきある戦争は、カオスに対する正義の戦いなのだ。カオスと結託する邪悪なる国が正に仕掛けんとしている戦争に、ウィルは絶対に勝たねばならぬ。さもなければウィルはカオスに飲み込まれ、世の正義と秩序は悉く失われん。これは利益を求めるための戦争ではない。カオスの魔の手からウィルを守るための聖なる戦争なのだ」
 ベーロン卿の口調、実に自信たっぷりである。
「よろしければ外交のことなどを話していただけますか? ベーロン様はそちらの方面に詳しいと聞きました」
「いいとも、聞かせてやろう。‥‥では、この会場に集いし皆の者、しかと聞け!」
 ベーロン卿は冒険者達だけではなく、会場の者全てに傾聴を呼びかける。こうして冒険者達はベーロン卿の演説‥‥というか自慢話を延々と聞かされる羽目になった。