新国王就任〜大型ゴーレムシップ進水
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月02日〜07月05日
リプレイ公開日:2007年07月20日
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●オープニング
●密会
ジーザム・トルクの新ウィル国王就任に伴う数々の式典で沸きに沸く王都。海戦騎士団長ルカード=イデルの日常も多忙を極めていた。昨日、某国大使との食事会に顔を出したかと思えば、今日は某伯爵の舞踏会。その出かけた先の舞踏会の会場で、一人の冒険者が彼に声をかけた。
「内密な話があるのですが、いいでしょうか?」
その話によれば、さる鎧騎士の冒険者がジーザム陛下の王弟であるルーベン=セクテ公と、ルカードとを会わせたがっているとのこと。それを聞いて、ルカードはピンときた。
「あまり時間は取れませんが、少しの間だけなら構いませんよ」
どんなに忙しくてもルーベンとは一度、会って話をしておくべきだと思ったのだ。『あの件』について国王陛下からの正式発表がある前に。
夜遅く。ルカードは指定された密会の場所に出向いた。そこは冒険者街のイナザ通りにある冒険者の住処の一つ。
家の中に入ると、中で3人の人間が待っていた。
一人は、この住処の主である鎧騎士。
もう一人は、ルーベン=セクテ公。
あとの一人は、王都の酒場『竜のねぐら』の看板娘ジュネ=ルイセ。
ルーベンとジュネがここに居合わせていることで、ルカードは確信した。
「話とはその事だったのか。セクテ公からミレム姫への結婚申し込み、噂には聞いていたが‥‥」
「噂は本当のことだ」
と、鎧騎士が言う。
「御三方に最も辛い事をお願いすることになってしまったが‥‥」
ルーベンは『竜のねぐら』の常連でもある。足繁く通ううちにジュネに好意を寄せるようになり、いつしかそれは単なる好意以上のものに変わった。それはジュネも同じこと。
そしてハンの国と縁の深いルカードは、公務でハンの国へ何度も出向くうちに、ハン王家のミレム=ヘイット姫に密かな思いを抱くようになっていた。
しかし所詮、それは叶わぬ恋。ルーベンにしてもルカードにしても、そしてジュネにしても。婚約申し込みをハンの王家が受け入れれば、ルカードの愛するミレム姫はルーベンの妻となり、ジュネは思い人をミレム姫に奪われる形になる。
「構わない。これで踏ん切りがついた」
心中の未練を断ち切るように、ルーベンは言い切った。
「覚悟はしていました。いつかこの日が来ると」
同じくルカードもはっきりと口する。ただ一人、ジュネだけは押し黙っていた。
「よろしければ、後ほど『竜のねぐら』にて飲み明かしたい。経費は私が持つ。それと、手持ちの酒も提供しよう」
そう言って、鎧騎士は手荷物の中から幾つもの酒瓶を取り出し、部屋のテーブルに並べ始める。ワイン、黄金の蜂蜜酒、日本酒・どぶろく、神酒『鬼毒酒』、招興酒・老酒 、ベルモット、ローズウォーター‥‥おっと、最後のは酒ではなく香水だった。
しかし、ルーベンは答える。
「ご厚意には感謝する。だが、謹んで辞退させていただく。‥‥しばらくは一人で飲んでいたいんだ」
そして、ルカードも。
「申し訳ないですが、私も一人で飲むことにします。皆で一緒に飲む酒は、楽しい方がいい」
そしてルカードはテーブルの上の酒を見つめ、
「折角、提供してくださった酒です。皆で楽しく飲む時が来るまで、私が預かりましょう」
と、自分の荷物入れにしまい込んだ。最後にテーブルの上に残されたのは、ローズウォーターの香水瓶が1つ。
「これは、あなたに‥‥」
シャリーアは香水瓶をジュネの手に握らせる。
「‥‥ありがとう」
ジュネの声はとてもか細かった。
●処刑
ここはウィルの東、シム海に面した港町ショア。王都に比べれば規模は小さいが、それでもこの近辺では最も豊かな町であり、国外貿易の拠点だ。
その日、ショアの処刑場は黒山の人だかり。
「この者ども、ゴーレム工房に忍び込み、王国の最高機密を盗まんとしたる大罪人なり!」
法官の声が響き渡り、人々の目は処刑台の上に並ぶ5人の男に集中する。5人の死刑囚達は、誰もかれもやつれ果てた様子。やがて処刑の時が到来し、5人の首に首吊りの縄がかけられる。
「やれ!」
法官の合図と共に、足下の床が口を開いて死刑囚の半身を飲み込む。そして5人の死刑囚達は絶命した。
「あっけねぇもんだよな、人の命なんて」
見守る観衆の中からそんな呟きが。すると、別の誰かが呟いた。
「‥‥にしても最近多いよな、スパイの処刑が。先月は3人だったのに、今月は5人だぜ」
●ラパキン
ショアの町では造船も盛んだ。海に面した場所には大小の造船ドックが並ぶが、その仲にひときわ大きなドックがある。その場所は長いこと部外者の立ち入りが厳禁されていたので、人々は中で何が造られているのだろうと噂し合った。
そして、ついにその秘密のベールが解かれる日がやって来た。
ドックにその姿を現したのは、想像を絶する程に巨大なゴーレムシップ。その船はショア伯により『ラパキン』と命名された。
「ついにここまでやってしまったか。今更ながらだが、我等は途方もない船を造ってしまったものだ」
と、まだ陸にあるラパキンのブリッジで、そんな言葉を口にしたのはギル・ネイアン・カラス子爵。かつては海戦騎士団長を務めていた男だが、今はその地位を後任のルカード=イデルに譲り、自らはラパキンの艦長に就任した。
「さて、進水式も間近に迫ったが、こんな城の如き船が無事に海に浮かぶのかどうか、不安にもなるぞ」
すると作戦テーブルの向こう側の相手、デカール・ショア・メンヤード伯が笑みを見せる。
「なに、不都合が起きれば冒険者ギルドに依頼を出せばよい。智恵者揃いの冒険者のこと、たとえこのでかぶつが海の底に沈んだとて、力技を使ってでも無事に引き上げてくれるだろう」
この冗談に、ギル子爵は大笑い。
「はっはっはっ! 実に頼もしい!」
間近に迫ったラパキンの進水式には、海戦騎士団長ルカードは勿論のこと、ギルドの冒険者も招かれる。
「さて、冒険者が集まったら、退屈しのぎの余興として‥‥」
と言いつつ、ショア伯が懐から取り出したのは、何やらメモ書きを綴った羊皮紙。
それはなんと、ショアのゴーレム工房から紛失し、エクセレールが探し回っていたメモ用の羊皮紙だった。もっともかなり以前のことだから、彼の依頼に参加した冒険者も忘れているかもしれない。しかしあの時、工房は冒険者達がしっかり見張り、外部からの侵入を厳重にチェックしていたはずだった。なのに、工房にあった羊皮紙は何者かの手によって持ち出され、今それはショア伯の手の中にある。
「この羊皮紙はどのような手段によって工房から持ち出されたか? その謎を冒険者に解いてもらおう」
「伯も人が悪い。して、例の秘密の件について冒険者には?」
ギル子爵の問いかけに、ショア伯はほくそ笑む。
「謎解きに成功したなら、秘密を明かしてもよい。だが、こんな謎も解けぬようでは、秘密を明かすわけにはいかんな。所詮、お人好しだけが取り得で先が見通せぬ人間は、権謀術数渦巻く国際政治の戦場で生き延びることは出来んのだよ。そういった者達には、それ相応の楽な仕事を与えておけばよい」
そう、これは冒険者の力量を試すための依頼なのだ。謎解きに成功すれば報酬が支払われ、ショア伯は重大な秘密を明かすことだろう。だが失敗すれば報酬はゼロ、秘密に関しても蚊帳の外に置かれることになる。
●リプレイ本文
●再会
ショア伯からの依頼は冒険者にとって久々。依頼に応じて港町ショアを訪れた彼らの中には、ショア伯の為に幾度となく働いてきた夜光蝶黒妖(ea0163)もいた。
「お久しぶりです‥‥我が主‥‥。再びお会いできた事‥‥嬉しく思います‥‥」
顔を隠す鬼面頬はショア伯に対する忠誠の証し。
リール・アルシャス(eb4402)もまた、ショア伯とは縁浅からぬ仲。
「こうして以前の依頼の仲間とも再会出来て、嬉しく思います。それにしても紛失していた羊皮紙のメモ、ずっと気になっていたのですが、まさか伯のお手元にあったとは」
久々に再会した冒険者達に笑顔で接していたショア伯だが、話が羊皮紙のメモに及ぶと表情が厳しくなる。
「持ち出されたのが羊皮紙のメモで、渡った先は私だったからいい。だが、もしも工房内に侵入したのが敵国のスパイで、重大な秘密が敵国の手に渡っていたとしたらどうなる? そんな事態を未然に防ぐためにも、冒険者諸君には智恵を絞って解き明かしてもらおう。私の密偵が如何にして工房内に侵入し、メモを持ち出した手口をな」
「夜蝶だったら朝飯前の事だろうね〜」
と、口にしたのはアリシア・テイル(eb4028)。
「まさか犯人は‥‥」
向けた視線の先には黒妖。途端ににらみ返された。
「‥‥何でもありません!!」
あ、アリシアが逃げた。
「では、自分はこれよりディアーナ様の元へ‥‥」
と、リールが求めると、ショア伯は怪訝そうな顔。
「娘と会ってどうするつもりだね?」
「再会のご挨拶を。それと工房の調査のため、工房に詳しい方をご紹介して頂きたく‥‥」
「何を悠長なことを言っておるのだ! 仮にスパイが工房に侵入したとして、そんな時間潰しをしている暇があると思うな。これまでに自分の知り得た情報を元に推理を組み立て、侵入者の手口を解き明かすのだ」
●記憶を頼りに
羊皮紙の紛失は、工房に派遣されて間もないゴーレムニストの依頼を受けた冒険者が、工房を警備する最中に起きた。アリシアとリールもその時の依頼に参加していたので、依頼期間にどのような事が起こったのかを仲間達に説明した。
「夜中に賊が忍び込もうとして、昼間にも賊が3人、忍び込もうとしたんですよね」
と、聞いたばかりの内容を吟味しつつ、セシリア・カータ(ea1643)は色々と考えてみた。
「あの賊3人と冒険者が騒いでいるうちに侵入? それとも、既に中にいた者が騒ぎに乗じてメモを持ち出したのでしょうか? 一回ではなく、複数に分けて目的を達成したのかもしれません」
アリシアも当時の状況に思いを巡らせていたが、
「といっても、私は昼間の警護についてて外の状況はよくわからないし。直接警護とはいえ半分は雑用に回されてて、それどころじゃなかったわけで‥‥やっぱり、怪しいのは正午過ぎのシフール便の宅配人と警備兵のやり取りかな〜。自身の予想としては、内部犯。警備兵の一部もグルじゃないかと思うし。工房に改造される前の、元々の倉庫の所有者について調べてみようかな?」
「何をゴチャゴチャと考えておるのだ?」
と、ショア伯が突っ込む。
「倉庫の所有者はこのデカール・ショア・メンヤードだが? それがどうかしたか?」
「あ!? だったら、作業場にあった抜け穴のことも‥‥」
「抜け穴? はて、何のことかな?」
「とぼけちゃいやですよ〜! もしかして警備兵達の中にショア伯の手の者がいて‥‥」
「メモを持ち出したと思うか?」
すると伊藤登志樹(eb4077)が口を挟んだ。
「俺は別の可能性を考えた。それをこれから検証してみよう」
●侵入者の手口
ショア伯と冒険者達はゴーレム工房に足を向ける。エクセレールと助手のフェールは出張中とかで、工房内には警備兵しかいない。
「で、賊の襲来があった夜は、工房内の人間は詰め所に避難していて、工房内は空の状態になっていたわけだが‥‥」
伊藤登志樹が現場検証を始めた途端、またもショア伯のツッコミ。
「本当にそうか? たかが賊の襲来程度で、あのゴーレムマニアのエクセレールが易々と作業場から離れると思うか?」
「え〜と、あの時は‥‥」
アリシアは当時の事を思い出してみる。持ち場を墨守していた仲間や、詰め所で守りについていた仲間はいたが、エクセレールの身近には誰もいなかったような‥‥。
「まったくもって、肝心な時に肝心の場所には誰もおらぬとは!」
と、ショア伯は大げさに嘆いてみせる。
登志樹は続ける。
「‥‥ともかく、警備兵も冒険者達も賊の襲来に気を取られて隙が出来た。その隙に何者かが作業場の抜け穴から侵入して、置いてあったメモを盗み、また抜け穴から出ていったと」
話しながら向かう先は作業場。
「で、これが件の抜け穴だが‥‥」
巧みに隠された引き上げ扉の取っ手を握り、抜け穴の扉を持ち上げた。
キィィィィィ〜ッ。
人が通れる程に目一杯持ち上げると、かなり派手な軋み音がする。
「こんな音を立てて人が侵入してきたら、いくら何でもエクセレールだって気付くぞ」
と、ショア伯。
「工房内に協力者がいれぱ話は別だろう? エクセレールが作業場を離れた隙に、抜け穴の扉を叩いて合図するとかすればいいんだ」
「うむ、なるほどな」
「そしてもう一つ、考えられるのは‥‥」
登志樹、今度は作業場にある暖炉の前に向かった。
「あえて手の込んだ手を使うなら、シフールを真夜中に煙突から潜入させるんだ。夜中はエクセレールが作業中で暖炉には火が燃えているけど、インビジブルとレジストファイヤーの魔法を使えばいい。他にも、熱気球の原理を応用して、羊皮紙をつけた袋の中を暖炉の熱気で暖めて、長い紐と適当な重石で外に飛んでいかない様にして、それで煙突の上に‥‥」
「何やら言っていることが訳分からなくなくなってきたぞ」
「それじゃ実際に試してみようか」
検証実験というヤツである。手頃な袋と羊皮紙を用意すると、登志樹は暖炉に火をくべた。
「さあ、これで‥‥あちちちちちちちち!!」
実際にやってみると、なかなか上手くいかないものである。登志樹は手を火傷。袋も羊皮紙も火が点いて燃え始めた。
「ああ、羊皮紙が‥‥なんと勿体ない」
「炎が熱すぎて手元が狂った。レジストファイヤーの魔法さえあれば、上手くいったかもしれないのに」
「本当にそう思うか?」
ショア伯は疑わしげな目で登志樹を見た。
●蛇
極めて大胆な推理を行ったのは加藤瑠璃(eb4288)。
「実は陽魔法の使い手が一人居ればできたんじゃないかしら? エックスレイビジョンで内部を観察し、スネークチャームで操った蛇を煙突から忍び込ませて、紙片を飲み込ませて脱出させるの。あとは蛇の腹を裂くだけ。まあ、紙片が大きいなら無理でしょうけど」
「流石は冒険者、大胆な手を考えおるな」
と、ショア伯は面白がっていたが、
「蛇を持って参れ」
従者に命じて蛇を持ってこさせたが、それは体長30cmばかりの小さな蛇。
「この蛇では無理か?」
「無理だわ。冒険者街には人を飲み込んじゃいそうに大きな蛇がいることはいるけど」
ショア伯はニヤリと笑った。
「そういう蛇を連れた冒険者でもいなければ、その手は使えぬ訳だな」
●塔の上の人影
「煙突から侵入と言ってもねぇ‥‥。煙突の入口には侵入者避けの鉄格子がはまっているから、シフールだって侵入出来ないはずだがねぇ」
工房の警備員はそんな事を言っていた。夜光蝶黒妖が屋根に上って煙突を調べてみると、確かに煙突の入口には鉄格子がはまっている。
「‥‥?」
気になったので、鉄格子に手をかけて力を込める。
鉄格子は簡単に外れた。
「‥‥これでは簡単に侵入されてしまう」
工房からさほど遠くない場所には塔が立っている。昼間、賊3人が押し入ろうとした日、塔の上には何者かの影が見えたという。
黒妖はリールと共に塔の上に上って見た。塔の上からは塀に囲まれた工房の敷地内も、工房の屋根の上も良く見えた。
塔の調査を終えると、黒妖はショア伯に自分の推論を述べる。
「昼間‥‥賊3人と冒険者が騒いでいるうちに、謎の侵入者は工房内に忍び込んだのでは? 賊3人もその何者かに唆されて‥‥侵入に利用されたのかもしれない。塔の上にいた人物は監視役で‥‥侵入者に合図を送っていたのかもしれない」
さらに時雨蒼威(eb4097)が自分の推理を付け加える。
「塔の上の影に気が付いたのはフェール助手。即ちフェール助手はあの時、作業場から離れていた訳だ。これは侵入者にとって、作業場に侵入するチャンス。監視役がテレパシー使いなら、地下の抜け道に潜む侵入者へも合図を送れる。当然、潜入能力に優れていたりアースダイブ等があるなら、地上から入ってもいい」
2人の推理を聞いて、ショア伯はにやりと笑ってこう言った。
「段々と核心に近づいて来たな」
●真相
「謎については大体解けた」
現場検証を終えて、自信たっぷりに言ってのけたのは鳳レオン(eb4286)。
「昼間にシフールのジプシーが上から接近し、エックスレイヴィジョンで工房の中を覗いていたが、フェール助手に見つかりそうになったので、インビジブルの魔法で姿を消した。だからフェール助手には、塔の辺りで影がちらついたように見えたんだ。そして作業場に通じる秘密の通路に潜んでいた侵入者が、ウォールホールの魔法を使って床石に穴を開けて忍び込み、メモを奪ってすぐに逃げた‥‥ってとこだろう」
抜け穴の隠し扉は木製だが、作業場の床には石造りの部分もある。上手く場所を定めてウォールホールの魔法を使えば不可能ではない。
「実に大胆な推理だ」
と、ショア伯。レオンはさらに付け加えた。
「ただし、シフールジプシーの単独犯という可能性もゼロではない。シフールなら暖炉の煙突穴を通って、簡単に出入り出来てしまうんだからな。‥‥と、このように推測しましたが、いかがです?」
ショア伯は意味ありげににんまり笑うと、一同をぐるりと見渡した。
「他に、何か別の推理をした者はおるか?」
その言葉に応じたのはリール。
「自分が思うに、侵入者は工房の屋根から塔の上の仲間に合図を送り、人の目を盗んで作業場に侵入したのでは? 抜け穴の扉を少し開けて羊皮紙のメモを落とせば、下で待ち構えていた仲間がメモを受け取ることが出来ます。自ら抜け穴から出入りするより見つかる危険は低いし、短時間なので実行する機会もあります」
ショア伯はちらりとリールに笑みを見せると、おもむろに手を打ち鳴らした。
パン! パン!
その合図に答えて現れたのは、仮面で素顔を隠した人間とシフールの二人組。
「紹介しよう。彼らは我が密偵だ。では、冒険者達に種明かしをしてくれたまえ」
「侵入はとても簡単だったよ。警備のあちこちが隙だらけでさ」
と、シフールの密偵が言う。
「最初に工房に忍び込んだのは真夜中さ。昼間、あちこちでそれとなく噂を広めたら案の定、やって来たよね〜。工房には金がうなっているって信じたゴロツキ達がさ。警備の注意があいつらに集中していたから、誰も屋根の上に隠れている僕のことに気付かなかった。で、僕は暖炉の火が消える頃──つまり作業場のゴーレムニストと助手が眠りにつく頃を見計らって煙突から中に忍び込み、作業場にあった羊皮紙のメモを手にして再び煙突から外に抜け出したって訳さ」
その後、密偵シフールはさらに大胆方法で侵入を試みた。
「二度目はどうしたかっていうと、フェール助手が外に出て来たのを見て、僕は屋根の上から塔の上にいる相棒に、これから忍び込むという合図を送った。そして警備員の隙を見て、薪を運ぶ手押し車の下に隠れて作業場に忍び込んのさ。警戒していた冒険者達も、手押し車の下までは注意を向けなかったね。後は、鎧騎士のリールが推理した通りさ」
答を聞いてみれば何のことは無い。密偵は魔法の助けも借りることなく、易々と侵入を遂げたのだった。
「残念ながら、完全正解にたどり着けた者はいなかったな」
と、ショア伯。冒険者一同は緊張して次の言葉を待つ。
「だが完全正解ならずとも、諸君らの示した見事な推理力は合格点に達しておる」
その言葉に冒険者一同、胸をなで下ろす。
「ショア伯、この度は大変勉強になりました」
敬意を込めて口にしたリールだったが、それを聞くなりショア伯は厳しく言葉を返した。
「これが本物のスパイの仕業だったら、勉強どころの話ではないぞ。敵はありとあらゆる手を使ってくるものだ。これからも決して油断するな」
●進水式
ショア伯の宿題にも合格点がもらえ、冒険者達は晴れ晴れしい心で大型ゴーレムシップ『ラパキン』の進水式に参加した。
全長200mもの巨大船、あまりにも大きなその雄姿に鳳レオンの目は吸い付けられた。
「この世界の技術でであれだけの巨大船を作れるとは流石だな。海の男としては、水上騎士団よりこっちに憧れるぜ」
操船の技量だけなら、そこらの鎧騎士に引けはとらないと自負するレオン。早速、ギル子爵に尋ねてみる。
「俺もあんな船を操縦してみたいもんだが。やっぱ、海戦騎士団に入らなきゃ無理なんだろうか?」
「たとえ海戦騎士団に入団したとて、ラパキンの舵輪を握れる者は限られるぞ。だが志あるならば日々の鍛錬を続けるがよい。やがては運も巡って来よう」
それがギル子爵の答。
「ところで、以前に工房移転の話がありましたが‥‥ひょっとして工房の移転先はラバキンでしょうか?」
時雨蒼威がショア伯にさり気なく尋ねると、ショア伯はじろりと蒼威を睨んだ。
「いや、海をゆく工房、なかなか面白いかなと‥‥」
続く言葉を聞き、ショア伯は豪快に笑う。
「流石はトルクの男爵、我等が秘密をこうもあっさりと見抜くとはな。いずれ諸君らには話そうと思っていたが」
「やはりそうでしたか」
ラパキンの大きさならそれも可能である。
続いて蒼威はギル子爵に質問を向けた。
「依然にあった、他国からの恐竜(恐獣)密輸やチブール商会、海賊男爵の動きは何か進展はありましたか?」
「色々と動きがあるぞ。海賊男爵は今も密かに活動中だし、恐獣密輸も性懲りもなく続けられているぞ。あれからも恐獣の死骸を積んだ密輸船が発見された」
「死骸を‥‥ですか? 一体、何のために?」
「そんな事は密輸するヤツに聞いてくれ、と言いたいところだが。これには何かとんでもない裏がありそうだ。何が何でもその謎を解かねばならん。協力してくれるな?」
「勿論です」
進水式には海戦騎士団長ルカードも来ていたので、加藤瑠璃は声をかけた。
「お久しぶりです。‥‥でも、まだ表情が硬いですわよ」
「分かりますか?」
照れたように笑みを見せるルカード。
「色々と聞いてますけど、私にも経験ありますから。失恋の」
少しでも慰めになればと、瑠璃は自分の失恋談を打ち明ける。
よくある航空会社のパイロットと地上勤務員のすれ違いから起きた破局で、思いっきり泣いて愚痴を言ったら心が軽くなったとか、仕事で笑顔を作ってみたら少し明るい気持ちになれたとか。
「あまり参考にもならないかもしれないけど‥‥」
「いいえ、貴女のように気軽に話せる相手がいると、気が休まります」
もう暫く瑠璃と一緒に居たいようなルカードだったが、生憎と今日の彼は挨拶回りで忙しい。瑠璃に別れを告げると式典の人混みの中に消えていったが、最後に見せた彼の笑顔が瑠璃には妙に眩しく思えた。