王都の竜族〜ナーガの特使が王に会う

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月06日

リプレイ公開日:2007年09月11日

●オープニング

 夏の盛りである。暑い、とにかく暑い。
 そんな暑い日は、忙しい王都の民も働き加減はほどほどに。
「パンだよ〜。焼きたてのおいしいパンだよ〜。‥‥いや暑いねぇ」
「まったくだよ。早く涼しくならんもんかねぇ」
 パン売りの行商人が、暇してる宿屋の親爺と立ち話する街角。すると、一団の街人達がぞろぞろと傍らを通り過ぎて行く。
「なんじゃ、お前達。この暑い最中にどこへ行く?」
「竜人様だよ! 竜人様が来てるんだよ!」
「何!? 竜人様だと!?」
 街人の話す竜人様とは、アトランティスに住む半人半竜の種族、ナーガ族のことだ。本来は人里離れた山岳地帯で孤高の暮らしを送る種族なのだが、これまでに様々な経緯があって、今ではナーガの若者3人がナーガ族の特使として王都に滞在している。
 王都の庶民にとってもナーガ族のことは話に聞くだけで、竜の眷属として心の中で崇拝はしていても、これまで実際に会うことなど滅多になかった。ナーガ族はいわば雲の上の存在である。
 それが自分達と同じ王都に住んでいるというのだから、庶民にとっては恰好の見物のタネだ。
 物珍しさに心を動かされ、行商人と親爺も街人について行く。王都を北から南に突っ切って流れる川の畔までやって来ると、そこからナーガ達の姿が見えた。
「おおっ! あそこにおったぞ!」
 人身竜頭、筋骨隆々たる3人のナーガ達が水浴びをしていた。そこは川の段差があって、小さな滝が出来ている場所。ナーガ達は腰布1枚で、その見事な肉体を惜しげもなく陽光の中に晒しつつ、滝に打たれている。一見するとその姿は修行のまっ最中のようにも見える。が、本人達は単に暑いから水浴びしているだけである。
 ナーガ達の方でも見物人に気づいていた。川の岸辺や橋の上に鈴なりになって眺めているのだから、気がつくのも当たり前だ。
「今日も人間達が来ておるぞ」
「気にするな、いつものことだ」
「我々は竜の眷属らしく、堂々たる姿を見せておればよい」
「おお、人間達が手を合わせて我等を拝んでおるぞ」
「我等の姿は人間達にとって、よほど頼もしく見えるのであろうな」
「当然であろう? 我等は竜の眷属であるからして」
 水浴びを終えると、
「‥‥さて、行くか」
 ナーガ達は冒険者ギルドへと向かう。そこで冒険者ギルドの連絡係・知多真人とばったり出会った。
「おおっ! 知多真人か!」
「やっと見つけたぞ!」
「これまでずっと姿を見せずに何しておったのだ!?」
 図体のでかいナーガ3人に囲まれて竜の顔で詰め寄られたら、度胸のある冒険者はともかくとして普通はビビる。
「夏バテに夏カゼに夏ヤセが重なって、ずっと寝込んでしまい‥‥すみません」
「ええい、だらしない! 日頃から体を鍛えておかぬから、こういうことになるのだ!」
「ところで、僕に何か用事ですか?」
「おお、そうとも!」
 竜の顔が三方から、ぐぐっと真人に近づいた。
「この夏、我等は毎日欠かすことなく心身の鍛練に励んでおった」
「海へ行っては大魚を仕留め、野山へ行っては獣を狩り、星空の下で焚き火を囲みながらの晩餐に与る毎日。実に充実した毎日であった」
「だが、我等はせっかくナーガ一族の特使として王都に来ているのだ。そろそろ特使としての仕事をしたい」
 真人、3つの竜の頭を見回してぐっと唾を飲み込み、
「特使の‥‥お仕事ですか?」
 そう訊ねて返って来た答が、またふるっている。
「そうとも! 我等、ナーガの特使3人、人が造ったこのウィルという国で一番偉い、人の王に会いに行くのだ。特使ならば当然の仕事であろう?」
「人の王って‥‥ジーザム陛下のことですか?」
「他に誰がおるというのだ? おっと、王に会いに行くのは我等だけではないぞ。さあ竜の子よ、ここへ参れ」
 と、ナーガの1人がギルドの入口へ呼びかけると、図体の大きな体に翼を生やした2匹の生き物が、のそのそと建物の中へ入って来た。
「アギャ! 人間の皆さん、こんにちはだよ!」
「アギャ! ナーガのみんなに誘われてやって来たよ!」
 ナーガの特使達と一緒に冒険者のフロートシップに乗り、シーハリオンからやって来たドラゴンの子ども。ドラゴンパピィのウルルとメルルだ。ナーガの特使達と同じく、今は王都の冒険者街で暮らしている。
「この竜の子達はまだ幼く、まだまだ育ち盛り」
「立派な一人前の竜になる前に、色々な経験をたっぷりと積まねばならぬ」
「経験の積み重ねこそが成長の肥やしとなるのだ」
「人にとっても、幼き竜の世話をすることは大いなる喜びとなろう」
 いやしかし。ドラゴンだって本来は人里離れた森や山奥に住むもので、その子どもがこんな王都のど真ん中までのこのこやって来るなど、100年に1度あるかないかの出来事だろう。ましてや王宮に出向いて陛下と拝謁するとなったら、陛下や城の者達がどんな顔をすることやら。
 真人は小声で答えた。
「あの‥‥そういうことは冒険者ギルド総監のカイン・グレイス総監と相談して下さい」

 で、所は変わってここは冒険者ギルド総監室。
「そういうことであれば私から王宮に話を通し、ジーザム陛下に拝謁するお膳立てを整えておきましょう」
 ナーガ3人からやたら偉そうな要求を突きつけられても、カイン総監は落ち着き払ったもの。
「ところで陛下にはどのように挨拶するつもりですか?」
 カインの問いにナーガの1人が答え、
「うむ‥‥。人の王ジーザム・トルクよ。我等ナーガの特使3人、お主の国をじっくりと見物させてもらった。我等ナーガと比べれば至らぬところは数あれど、人としてはうまくやっておる。今後も人の王として竜と精霊を敬い、精進するがよい。‥‥と、こんなところでどうだ?」
 思わず、カインはクスクス笑い出した。
「何が可笑しいのだ?」
 カインは笑顔を消し、真顔で告げる。
「これでは合格点は上げられません。いいですか? 我々、人という種族は、ナーガ族のあなた方がその長老様を敬うように、人の国の最高位に立つ国王陛下を敬っているのです。もしもナーガの住む地へ外から人がやって来て、長老様に面と向かってそんな口を利いたら、あなた方は腹を立てるでしょう?」
 ナーガ3人、暫く考え込んでいたが。
「当然だ! 人とナーガには格の違いというものがある!」
 と、1人が言う。
「ですが、あなた方は既に人の国に来ているのです。そして人の国には人の礼儀作法というものがあります。竜の眷属として人々から尊敬されるナーガとはいえ、人の礼儀作法を踏みにじっては、人がナーガを見る目も変わりますよ。もしもそうなったら、あなた方の長老様はどうお考えになるでしょうね?」
「うーむ、言われてみれば‥‥」
 ナーガ3人、頭を抱え込む。この3人、自分達の故郷の長老達にだけは頭が上がらない。 カインは続けた。
「ですが、心配には及びません。私はこれから冒険者ギルドに依頼を出し、あなた達の手助けをする冒険者達を集めます。彼らのアドバイスをよく聞き、それにきちんと従うなら、大きな失敗は犯さないはずです」
 続いてカインはドラゴンパピィ2匹にも声をかけた。
「あなた達は、陛下にどうご挨拶を?」
「アギャ? 挨拶? ‥‥うーん」
「‥‥うーん」
 2匹とも考え込んでしまう。ドラゴンの子とはいっても、知能は地球の小学生程度なのだから、難しい事を考えるのは苦手だ。
 カインは笑って言った。
「分からないことがあれば、冒険者達に任せなさい」

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4248 シャリーア・フォルテライズ(24歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●ただ今練習中
 ナーガの特使3人、ただ今、礼儀作法の練習中。
「それにしても人の王は、なんでこうも高い場所に座っているのだ?」
 ここは冒険者街の一画。木箱を積み上げた上に椅子を乗せ、そこを仮の王座に見立てて練習に励んでいるのだが。
 礼儀作法の見本を実演しているのは深螺藤咲(ea8218)で、恭しく仮の王座まで進むと恭しく一礼。ちなみに椅子の上に乗っかっているのは、冒険者ギルドから借り出して来たジーザム・トルク王の肖像画である。
「国王陛下が高き場所におわしますのは、下々の者全てに目を配り、下々を高きへ導かんとするその御心の現れなれば」
 と、藤咲は説明するが、やはりナーガの考えは王権に慣れ親しんだ自分達とは違うのだと実感する。ナーガ族の社会は合議制の社会だから、一人の王が権力を握って国を動かすような体裁は取っていない。全ては長老達が話し合いを重ねた末に、長老全員の納得ずくで決められるのだ。もっともそれは、ナーガ族の社会が人の社会と比べたらずっと少人数で構成されるが故に、可能なことでもある。
「お互いの価値観の違い故、礼を示す行いが違う事も有りますが、言葉に置いては共通する物がある筈です。各の違い重視し、上から行いを問うのでは無く、互いに知らぬ事を知る為に親しみを持って、言葉を掛けられ、王の気持ちを受け取られる事こそ、長老様によって、人の世を見る為に遣わされた、特使の役目を果たす事になると思います」
 言葉に込められた藤咲の誠意は本物だが、回りくどい言い回しなので、ナーガの特使達は分かったような分からないような。
 そこで山下博士(eb4096)はもっと直接的な言葉で説明してやった。
「皆様から見て人間は人間から見た犬のような程度の物だと思います。犬のしきたりを無視して扱う者は、例えばエサを食べている時に手を出せば、主人さえかまれます。このようなことは分別のある者はやりません。皆様は全知全能の竜の神様の眷属。人間などと比べれば賢者ばかり。賢者の愚行は愚者以上の物笑いです」
「う〜む」
「犬とな」
 その言葉をじっと聞いていたナーガだったが、次第に妙な顔になってくる。人間達のナーガへの敬意のほどは理解したものの、どうも『犬』という例えが引っかかるようだ。
 ならば、もっと彼らに理解しやすい例えを使おう。
「人間の作法に従ってと言われても、ナーガの方々にはピンと来ないでしょうな」
 セオドラフ・ラングルス(eb4139)はそう前置きして、次のように続けた。
「では、このようにお考え下さい。我らの知る限りでは、東のセトタにも西のアプトにもそれぞれのシーハリオンが存在します。当然ナーガの集落も複数ございますな? ここは『他のナーガの集落に出向き、そちらの長老と話をする』というつもりで話してみてはいかがでしょうか」
 『自分達の長老』ではなく『他の集落の長老』という言い方をセオドラフがあえて行ったのも、彼らが最も敬うべき自分達の長老を人間に置き換えては、彼らのプライドを傷つけてしまうだろうとの配慮からだ。
「おお、そういう事なら分かりやすい」
 ナーガ達も得心がいった顔。それを見て、アリア・アル・アールヴ(eb4304)も言い添えた。
「たとえナーガの中のナーガたる大賢者様であろうとも、他所の集落の長をオイ若造とか鼻たれとか周囲の面前で呼んだら大変でしょう?」
「はっはっは! それもそうだ!」
「ですから先ず心掛けるべきは、人を統べる長に対する礼儀と節度。その事を基本に据えれば、あとはその応用で済むと思います」
「うむうむ。これでようやく納得がいったぞ」
 ここまで来たら、もう一押し。エリーシャ・メロウ(eb4333)がナーガ達に求める。
「ナーガの皆様にとって、いきなりウィルの作法を覚えるのはなかなかに難しいでしょう。またナーガの方々が人について詳しくないように、私達もナーガの方々について知らぬ事ばかり。よってまず先に、ナーガの方々が最も尊敬されている長老方にお会いする際の礼儀作法をお見せ頂けますか? ナーガの作法と人の作法の似ている部分と違っている部分を明かにし、違う部分をどうしたらよいかを共に考えていきたく思います」
「分かった、そういうことであれば」
 ナーガ3人、先ほどとは見違えて真剣な顔つきになる。
「では、人の長の元へ参るとするか」
「我等が長老への礼儀に倣うなら、斯くの如くになろうぞ」
 椅子の上に高く掲げられたジーザム王の御影に向かって、神妙な足取りで歩み出す3人。ようやく練習にも身が入り始めた。

●まだまだ練習中
 練習するのは王座に座すジーザム王への拝謁だけではない。
「食事の作法にダンスの作法もか?」
「ジーザム陛下の前で礼儀正しく振舞ってみせれば、あなた方に対する尊敬の念も一層深いものとなりましょう。あなた方としても長老殿に良い報告ができるというもの」
 ベアルファレス・ジスハート(eb4242)の言葉を聞いて、それではとテーブルマナーの練習を始めた特使達。ベアルファレスの見よう見まねでフォークとナイフを握り、
「おっと、フォークは右手にナイフは左手に」
 運ばれて来たスープに口をつけ、
「おっと、スープ皿から直接ごくごく飲まずにスプーンで一口ずつ」
 何度も注意されれば文句の一つも言いたくなる。
「人の礼儀作法とは、かくも面倒なものか」
 型通りの作法だけでは心許ないから、応用についてもアリアがアドバイス。
「ここで起き得る問題というのは、大切な友人をもてなす席で色々と不味い料理を出してしまうようなものです。こんな物が喰えるか! と罵るのは問題ですが、苦言を言うくらいは大丈夫です。また出すほうも当日言い訳をするよりは、事前にそんなことが無いように準備し、出してしまったら誠意を込めて謝るべきですしね」
「当たり前だ」
 言いながら、出されたスープを特使はちびりちびり。
「何かご不満でも?」
「文句は何も言っておらぬぞ」
「ですが、お顔がずいぶんと厳しそうなので」
「俺は普段からこんな顔だ」
 テーブルマナーはまだいい。続いてのシャリーア・フォルテライズ(eb4248)によるダンスの練習には、ナーガ達も閉口した。
「ご安心下さい。私もそれほどダンスが得意ではありません。こういうのは『一緒に踊って頂けた』という行為自体が良き思い出となるのですよ」
 そう言うシャリーアだが、わざわざドレスを着て来る辺りは流石。
「力加減とか難しいかもですが、ともに新しい挑戦を行ってみませんか?」
「う〜む」
 差し出されたシャリーアの手を特使は恐る恐る握る。
「最初は基本的なステップの習得です。慌てず、落ち着いていきましょう」
 そして、ナーガにとっては試練の3時間が経過。
「今日のところはここまでにしましょう」
「やれやれ、やっと終わったか」
 基本を倣い始めたばかりだから、ナーガ達の動きはまだまだぎこちないのだが。
「此処には私よりずっとダンスの上手い方も、素晴らしい伴奏を弾ける方も居られますし、きっとすぐ上達できますよ」
 こんな感じで練習に明け暮れていたが、冒険者街に篭もりっ放しにしておくのも疲れるだろうからと、エリーシャはナーガ達にも暇な時間を作らせては、町中や近くの川へ散歩に連れて行ったりした。
「私の家は、お三方がお会いになろうとしているジーザム陛下の家系に、遥か父祖の代より長年お仕えしているのですよ。とはいえ、ナーガの方々の永い歴史から見れば、さしたる年月ではないかも‥‥」
 そんな話を向けるとナーガ達も、
「我等の村も、遙かロード・ガイの時代よりシーハリオンの麓に存在したと伝えられておる」
 懐かしむような口調で、そんな話を返して来た。
「我等の村は一つの家のようなもの。村の者達は皆、見知った者同士。とはいえ、この人の街程にも大きくなると、そうもいかぬな」
「不躾ながら‥‥翼に触らせていただけますか?」
「いいとも」
 相手が求めに応じてくれたので、エリーシャはそっと翼に触れてみた。翼には逞しい筋肉の手触りと、人肌の温もりがあった。
 そう言えば、まだ3人の特使達の名を聞いていなかった。
「こうして、偉大なる竜の眷属の間近に居られます事を光栄に思います。もし宜しければ、それぞれのお名前をお聞かせ願えますか?」
 その求めに特使達は顔を見合わせ、うち1人が言う。
「我等のしきたりでは、互いの名を呼び合うのは一族の者の内だけ。それ以外の者には自分達の本当の名を教えてはならぬ事になっておるのだが‥‥」
 すると、もう一人が言った。
「構わぬではないか。今や人とナーガとが会い交わる世の中、それに我等は特使として人の町に来ておるのだ。堂々と名乗ればよい」
 そして3人は自分達の名を教えてくれた。彼らの名はそれぞれガワン・ガロム、ズアン・ゼラブ、ガン・グラバといった。
「だが、いちいち真の名を呼ぶのも何かと堅苦しかろう。普段の生活では、おまえ達の好む愛称でもって、我等を呼ぶがよい。我等の仲間の一人が、おまえ達の仲間の一人からフレイの名を与えられたようにな」

●拝謁
 拝謁の日が来た。その日、真っ先にセオドラフが行ったことは、特使達を町の古着屋へ立ち寄らせることだった。
「ナーガの皆様、お待ちしておりました」
 既に話を伝えられていた店主が愛想良く出迎え、
「さあさあ、これをお召し下さいませ。ジャイアント向けの出来合いの品ですが、大きさは丁度宜しいかと」
 古着といっても高級な礼服で、ゆったりと体を覆うタイプだ。ところどころを手直しすると、見事なほどにナーガ達の体にぴったり合わさった。
「うむ、着心地は悪く無い」
 ナーガのその言葉に店主はにこりと頷くと、セオドラフにも笑顔を向けて求める。
「3着合わせて、しめて9Gでございます」
 続いてシャリーアが店の部屋を借り、理美容道具一式を使って身だしなみを整えた。先にナーガ達にはそれぞれのマントに意匠を凝らしたマント留めを贈ってあるから、それらを使って最後の仕上げ。
「如何です? 長老様も喜んで下さるような晴れ姿にして差し上げれたでしょうか?」
 期待に違わず、鏡に映る自分達の姿にナーガ達はご満悦。
「おお、何と見事な!」
「正に、特使の名に恥じぬ装い」
「計らいに感謝するぞ」
 用事を済ませるた一行は一旦、冒険者街の入口に戻る。そこでドラゴンパピィに付き添いの冒険者の一行と落ち合った。
「竜の子よ、今日は一段と輝いて見えるぞ」
「アギャ! みんなのおかげだよ!」
 ナーガとパピィ、どちらの姿もいつにも増して晴れ晴れしい。
 その後はシャリーアが手配したチャリオットに全員が分乗し、城を目指してまっしぐら。結構に派手なパレードとなったから、後々まで街人の話の種になるだろう。
 それでも城の中に入ると、流石にナーガ達はそわそわし始めた。
「これまでの練習で、基本はしっかり出来ています。後はその応用です。国王陛下に話す時には、遠き地に住む一族の長老様に話すようにと。あれこれ考えた末にそう納得したではありませんか。いつもそのことを思い出せるなら十分であると思います」
 アリアのその言葉に、ナーガ達も落ち着きを取り戻す。
「そうであったな。国王陛下は即ち、人の長老様だ」
 謁見の間の入口で、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)が一行を出迎えた。
「おや? どこかで見た顔と思えば‥‥」
 ナーガ達はケンイチの顔を覚えていた。ケンイチはかつて、ナーガの長老の前でリュートを披露した事がある。ナーガの3人が特使になる以前の話だ。
「何か事前に聞いておくべき話でもあるか?」
「いいえ、他の方々もいらっしゃいますから、私からは特に何も」
 基本的なことは他の仲間に任せようと、シンイチは決めている。
「ですが、くれぐれも暴走はしないようお願いします」
「分かっておる。失敗せぬよう、たっぷりと練習を重ねたのだからな」
 謁見の間ではウィル国王ジーザム・トルクが王座に座し、特使達を待っていた。
「よくぞ参られた。竜人の特使達よ」
 威厳ある中にも暖かみのこもったジーザム王の声。ナーガ達は畏まり、重々しい声で答える。
「数多の人の上に立ち、人の国を治める大いなる人の長よ。我等は御身に篤く敬意を表す。我等、ナーガの長老よりこの国に遣わされし特使、我等が一族の長老を敬うが如くに御身を敬い、御身の治める国においては御身の定められたる掟に敬意をもって従わん」
 そして特使達はウィル宮廷の作法に則り、ジーザム王の前に立て膝ついて深々と頭を垂れた。付き添い人であるシャリーアとエリーシャも、同じ姿勢で王の前に頭を垂れていたが、何か失礼があってはいけないと思い、面を上げて言い添えた。
「陛下、かの特使達はまだ人のしきたりに馴れきってはおりませぬ」
「その言葉に至らぬ点があれば、その責を負うべきは指導に携わった私でございます」
 律儀なその立ち振る舞いに、ジーザム王は笑みを見せる。
「良い。そなた達が気を煩わさずとも、分かっておる。たとえ作法に不慣れな点があろうとも、その示す誠意は疑うべくもない」
 ジーザム王の傍らにはその腹心たるルーベン公とロッド卿、そして正騎士エルムの姿。この場に彼らのような重要人物が居合わせていることは、この会見をトルクが重く見ている証拠だ。
「さて、特使達よ。ウィル国王たる我から、そなた達に贈る物がある」
 そう告げると、ジーザム王は自ら王座を下りて特使達と同じ床の上に立つ。このような拝謁では異例のことだが、竜の眷属として敬われるナーガの特使達に、王自らもこのような形で敬意を表したのだろう。
 美しく飾られた小箱を従者達が携えて来た。それを受け取ると、ジーザム王は自らの手で特使達へ贈る。箱を開けて中味を確かめた特使達は、感嘆の表情に。
「おおっ!」
「これは!」
 箱の中味は塩だった。ナーガと深い交流のある山の民が最も尊ぶもの。贈り物については事前にシャリーアがさる宮廷貴族の耳に入れていたが、その話はいつの間にかジーザム王にまで伝わっていたのだ。
「かたじけない」
 ナーガ達は王の前に深々と一礼。
「大いなる人の長よ。我等は御身の真心を決して忘れぬ」
 ジーザム王は微笑み、特使達に告げる。
「堅苦しい礼儀ばかりでは、何かと窮屈であろう。ここから先は大いに楽しもうではないか」
 王が特使達を招いた先は、晩餐会の準備が整った広間だった。

●晩餐
 晩餐会には呆れる程に大勢の者達が、特使達の挨拶にやって来た。その多くはトルク王家に近しい貴族や騎士達だったが、王都に駐在する各国の大使館関係者もちらほら。さらにはフオロ分国王エーロンも姿を見せていた。
「陛下」
 その姿を認め、博士がいち早く迎える。
「律儀な奴め」
 いつもの調子で博士に声をかけると、エーロンは声を顰めて訊ねる。
「首尾はどうだ?」
「上々です。皆のお陰で上手く事が運びました」
「なら、俺からは余計な事は何も言わんぞ」
 そう言うとエーロンは特使達の座るテーブルに向かい、砕けた口調で挨拶した。
「特使達よ。俺は分国王としての務めがあるが故に、宴には加われぬ。残念ではあるが、代わりに一族の者を俺の名代として置いていく」
 エーロンに呼ばれてやって来たのはマリーネ姫。特使達とは2度目のご対面。ベアルファレスの根回しもあって、この場への登場となった。スカートを手で抓み優雅な物腰で挨拶すると、姫はにこりとして特使達に求めた。
「ダンスのお相手になっていただけますかしら?」
「喜んで」
 特使の一人が姫の手を取った。
 姫と踊るナーガの姿は皆の注目の的。
「最初にしては上出来だな」
 ロッド卿も酒の杯を片手に、目を細めてそんな感想を漏らす。
「時に」
 と、ベアルファレス。この機会にと、ジーザム王にも聞こえるように、ロッド卿に持ちかける。
「ウィルカップやチャリオットレースも長らく開催されておりません。今は毒蛇団討伐戦も無事に終え一段落といった所。まだまだやるべき事は多いでしょうが、一息つく意味でも開催してみてはどうかと‥‥」
「それが出来れば俺としても嬉しいが、開催の前に片づけねばならぬ厄介事が色々と出て来そうだ」
 気になるロッド卿の言葉である。
 こうして晩餐会は盛況のうちに幕を閉じた。セオドラフも肩の荷が下りて一安心。しかし晩餐会には各国の大使達も姿を見せていた。ドラグーンに否定的なナーガ族の特使が、ドラグーンを擁するジーザム王に拝謁した訳だが、今回の拝謁がこれから先、各国との関係にどう影響を与えていくかはまだ定かではない。
 そしてシャリーア。彼女はこの機会にフロートチャリオットを自費で購入するつもりだったが、それはロッド卿が直々に差し止めた。
「金さえあればゴーレムが手に入る時代は、先王で終わりを告げた。トルクのやり方はフオロとは違う。そして‥‥今のうちに心しておけ。新たなる戦いの始まりは近いぞ」