王都の竜族〜ドラゴンパピィが王に会う
|
■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月01日〜09月06日
リプレイ公開日:2007年09月12日
|
●オープニング
夏の盛りである。暑い、とにかく暑い。
そんな暑い日は、忙しい王都の民も働き加減はほどほどに。
「パンだよ〜。焼きたてのおいしいパンだよ〜。‥‥いや暑いねぇ」
「まったくだよ。早く涼しくならんもんかねぇ」
パン売りの行商人が、暇してる宿屋の親爺と立ち話する街角。すると、一団の街人達がぞろぞろと傍らを通り過ぎて行く。
「なんじゃ、お前達。この暑い最中にどこへ行く?」
「竜人様だよ! 竜人様が来てるんだよ!」
「何!? 竜人様だと!?」
街人の話す竜人様とは、アトランティスに住む半人半竜の種族、ナーガ族のことだ。本来は人里離れた山岳地帯で孤高の暮らしを送る種族なのだが、これまでに様々な経緯があって、今ではナーガの若者3人がナーガ族の特使として王都に滞在している。
王都の庶民にとってもナーガ族のことは話に聞くだけで、竜の眷属として心の中で崇拝はしていても、これまで実際に会うことなど滅多になかった。ナーガ族はいわば雲の上の存在である。
それが自分達と同じ王都に住んでいるというのだから、庶民にとっては恰好の見物のタネだ。
物珍しさに心を動かされ、行商人と親爺も街人について行く。王都を北から南に突っ切って流れる川の畔までやって来ると、そこからナーガ達の姿が見えた。
「おおっ! あそこにおったぞ!」
人身竜頭、筋骨隆々たる3人のナーガ達が水浴びをしていた。そこは川の段差があって、小さな滝が出来ている場所。ナーガ達は腰布1枚で、その見事な肉体を惜しげもなく陽光の中に晒しつつ、滝に打たれている。一見するとその姿は修行のまっ最中のようにも見える。が、本人達は単に暑いから水浴びしているだけである。
ナーガ達の方でも見物人に気づいていた。川の岸辺や橋の上に鈴なりになって眺めているのだから、気がつくのも当たり前だ。
「今日も人間達が来ておるぞ」
「気にするな、いつものことだ」
「我々は竜の眷属らしく、堂々たる姿を見せておればよい」
「おお、人間達が手を合わせて我等を拝んでおるぞ」
「我等の姿は人間達にとって、よほど頼もしく見えるのであろうな」
「当然であろう? 我等は竜の眷属であるからして」
水浴びを終えると、
「‥‥さて、行くか」
ナーガ達は冒険者ギルドへと向かう。そこで冒険者ギルドの連絡係・知多真人とばったり出会った。
「おおっ! 知多真人か!」
「やっと見つけたぞ!」
「これまでずっと姿を見せずに何しておったのだ!?」
図体のでかいナーガ3人に囲まれて竜の顔で詰め寄られたら、度胸のある冒険者はともかくとして普通はビビる。
「夏バテに夏カゼに夏ヤセが重なって、ずっと寝込んでしまい‥‥すみません」
「ええい、だらしない! 日頃から体を鍛えておかぬから、こういうことになるのだ!」
「ところで、僕に何か用事ですか?」
「おお、そうとも!」
竜の顔が三方から、ぐぐっと真人に近づいた。
「この夏、我等は毎日欠かすことなく心身の鍛練に励んでおった」
「海へ行っては大魚を仕留め、野山へ行っては獣を狩り、星空の下で焚き火を囲みながらの晩餐に与る毎日。実に充実した毎日であった」
「だが、我等はせっかくナーガ一族の特使として王都に来ているのだ。そろそろ特使としての仕事をしたい」
真人、3つの竜の頭を見回してぐっと唾を飲み込み、
「特使の‥‥お仕事ですか?」
そう訊ねて返って来た答が、またふるっている。
「そうとも! 我等、ナーガの特使3人、人が造ったこのウィルという国で一番偉い、人の王に会いに行くのだ。特使ならば当然の仕事であろう?」
「人の王って‥‥ジーザム陛下のことですか?」
「他に誰がおるというのだ? おっと、王に会いに行くのは我等だけではないぞ。さあ竜の子よ、ここへ参れ」
と、ナーガの1人がギルドの入口へ呼びかけると、図体の大きな体に翼を生やした2匹の生き物が、のそのそと建物の中へ入って来た。
「アギャ! 人間の皆さん、こんにちはだよ!」
「アギャ! ナーガのみんなに誘われてやって来たよ!」
ナーガの特使達と一緒に冒険者のフロートシップに乗り、シーハリオンからやって来たドラゴンの子ども。ドラゴンパピィのウルルとメルルだ。ナーガの特使達と同じく、今は王都の冒険者街で暮らしている。
「この竜の子達はまだ幼く、まだまだ育ち盛り」
「立派な一人前の竜になる前に、色々な経験をたっぷりと積まねばならぬ」
「経験の積み重ねこそが成長の肥やしとなるのだ」
「人にとっても、幼き竜の世話をすることは大いなる喜びとなろう」
いやしかし。ドラゴンだって本来は人里離れた森や山奥に住むもので、その子どもがこんな王都のど真ん中までのこのこやって来るなど、100年に1度あるかないかの出来事だろう。ましてや王宮に出向いて陛下と拝謁するとなったら、陛下や城の者達がどんな顔をすることやら。
真人は小声で答えた。
「あの‥‥そういうことは冒険者ギルド総監のカイン・グレイス総監と相談して下さい」
で、所は変わってここは冒険者ギルド総監室。
「そういうことであれば私から王宮に話を通し、ジーザム陛下に拝謁するお膳立てを整えておきましょう」
ナーガ3人からやたら偉そうな要求を突きつけられても、カイン総監は落ち着き払ったもの。
「ところで陛下にはどのように挨拶するつもりですか?」
カインの問いにナーガの1人が答え、
「うむ‥‥。人の王ジーザム・トルクよ。我等ナーガの特使3人、お主の国をじっくりと見物させてもらった。我等ナーガと比べれば至らぬところは数あれど、人としてはうまくやっておる。今後も人の王として竜と精霊を敬い、精進するがよい。‥‥と、こんなところでどうだ?」
思わず、カインはクスクス笑い出した。
「何が可笑しいのだ?」
カインは笑顔を消し、真顔で告げる。
「これでは合格点は上げられません。いいですか? 我々、人という種族は、ナーガ族のあなた方がその長老様を敬うように、人の国の最高位に立つ国王陛下を敬っているのです。もしもナーガの住む地へ外から人がやって来て、長老様に面と向かってそんな口を利いたら、あなた方は腹を立てるでしょう?」
ナーガ3人、暫く考え込んでいたが。
「当然だ! 人とナーガには格の違いというものがある!」
と、1人が言う。
「ですが、あなた方は既に人の国に来ているのです。そして人の国には人の礼儀作法というものがあります。竜の眷属として人々から尊敬されるナーガとはいえ、人の礼儀作法を踏みにじっては、人がナーガを見る目も変わりますよ。もしもそうなったら、あなた方の長老様はどうお考えになるでしょうね?」
「うーむ、言われてみれば‥‥」
ナーガ3人、頭を抱え込む。この3人、自分達の故郷の長老達にだけは頭が上がらない。 カインは続けた。
「ですが、心配には及びません。私はこれから冒険者ギルドに依頼を出し、あなた達の手助けをする冒険者達を集めます。彼らのアドバイスをよく聞き、それにきちんと従うなら、大きな失敗は犯さないはずです」
続いてカインはドラゴンパピィ2匹にも声をかけた。
「あなた達は、陛下にどうご挨拶を?」
「アギャ? 挨拶? ‥‥うーん」
「‥‥うーん」
2匹とも考え込んでしまう。ドラゴンの子とはいっても、知能は地球の小学生程度なのだから、難しい事を考えるのは苦手だ。
カインは笑って言った。
「分からないことがあれば、冒険者達に任せなさい」
●リプレイ本文
●ご対面
冒険者街に朝が来た。
「がぁ〜っ!!」
どこかでペットの魔獣が鳴いている。
「アギャ〜!!」
「アギャ〜!!」
冒険者街ロゾム通りの空き家に住み着いている2匹のドラゴンパピュ、ウルルとメルルも一緒に鳴いている。
だって、楽しいんだもの。
「あぎゃ?」
冒険者達が、パピィ達の所へぞろぞろやって来た。
真っ先に駆けて来たのは、
「おっはよーっ!!」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)だった。
「あ、ティオだ!」
パピィ達はその顔を覚えていた。
「ウルルにメルル、会うの久しぶりだね!」
「うんうん、ひさしぶりー!」
加藤瑠璃(eb4288)が横から顔を出す。
「私の事も、憶えてるかしら」
「うんうん、ルリのことも憶えてるよー!」
ティアイエルも瑠璃もこの前、マリーネ姫様の所へ行った時に一緒にいたのだし。
「あぎゃ?」
目の前にシフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。ホバリングしてパピィ達を見つめている。
「わしは、パピィ達とは初めてじゃがの〜」
ユラヴィカは空中ですうっと動き、ウルルのたてがみにくっついて、ふわふわした毛の中に顔を埋めて、むふー。
「むふー?」
「いや。ちょっとばかり、やってみたい衝動にかられてな」
「わたしにも、むふー、してみる?」
メルルに言われて、ユラヴィカはメルルのたてがみにもくっついて、むふー。
近くの家の扉が開き、ヴェガ・キュアノス(ea7463)が姿を現した。
「おお、みんな揃ったようじゃのぅ」
ヴェガはウルルとメルルを撫で撫で。
「遂にジーザム陛下との御拝謁かえ? 大事なく終えられると良いのう」
「うん! ゴハイエツ! ゴハイエツ! ‥‥でも、ゴハイエツって何なの?」
「偉いお方にお会いして話を聞いたり話をしたりすることを、御拝謁というのじゃ」
冒険者の多くはヴェガの見知った顔。でも、今回初めて依頼を共にする者もいる。それはアトランティス出身のウィザード、メイベル・ロージィ(ec2078)。
「メイベルもドラゴンパピィさんとお友達になってみたかったんですの♪ いろんな事を見て聞いてお勉強するのはメイベルも同じですの」
ヴェガに挨拶したメイベルは、パピィ達にもしっかり挨拶。
「ウルルさん、メルルさん、はじめまして♪」
「あぎゃ!」
「あぎゃ!」
差し出されたパピィの手をニギニギして、
「よろしくお願いします。お勉強、頑張りましょうね♪」
「うん! がんばる!」
「うん! がんばる!」
パピィ達の顔はメイベルの間近。それをじっと見つめてメイベルは思う。
「ドラゴンさんの子どもだからもっと怖いのかと思ってたけど、とっても優しそう♪」
するとシフールのディアッカ・ディアボロス(ea5597)が、1人と2匹で仲良く手を繋いだ真ん中にふわりと下りて言った。
「では、そろそろおめかしを始めましょうか」
●おめかし
夏の盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑い日が続く季節柄。
「朝のうちは涼しいが、昼間になって暑さにへたばったりはせぬかのう」
と、ヴェガは心配していたが、馬洗い用の大タライに井戸水汲んで水浴びさせると、
「アギャ!」
「アギャ!」
「つめた〜い!」
「きもちいい〜!」
バシャ! バシャ! バシャ! バシャ!
それはもう元気なはしゃぎようで。
「これこれ、そんなにタライの中で跳ねてはいかん。水がすっかり飛んでしまうではないか」
思わずユラヴィカがウルルの肩にひらりと止まって、耳元で注意した程。
「これなら心配はいらぬようじゃ」
と、ヴェガはにっこり。
水浴びの後はユラヴィカとディアッカのシフール2人で、パピィ達の体をタオルで拭き拭きして。たてがみの水もしっかり取り去って、毛並みをブラシできれいにすいて。
「まあ、お子様じゃし。きちんとご挨拶ができて、むやみにとっぴな行動やあちこちで暴れたりしなければよいのではないじゃろうかの。以前に、マリーネ姫のお子様と会った時の事などを思い出せば、参考にできるじゃろうの」
ユラヴィカはそんな話をしながら。ディアッカの方は黙々と生真面目にお仕事に励む。
で、イコン・シュターライゼン(ea7891)はパピィ達が退屈せぬよう、竪琴を取り出して弾いていた。ちなみにこの竪琴は『ローレライの竪琴』といい、河の精霊の声を紡いで弦にしたといわれる魔法の竪琴。弾き始めた時には好奇心にかられたようにじっと聴き入っていたパピィ達だが、やがてメルルが竪琴に合わせて歌い出し、
「ルゥゥ〜♪ ルゥゥ〜♪」
ウルルも声を合わせて歌い出した。
「クゥゥ〜♪ クゥゥ〜♪」
何気なしに、竪琴を弾く手をイコンがはたと止めると、
「もっと! もっと!」
「もっと! もっと!」
パピィ達がせがむので、
「分かりました。次はもっと楽しい曲を弾いてみましょうか」
ポロン♪ ポロン♪ ポロン♪ ポロン♪ ポロロロロロン♪
先の静かな曲とはうってかわって、軽快なメロディーが流れ始める。いや、ちょっとばかり楽しすぎたようで。
「アギャ♪ アギャ♪」
「アギャ♪ アギャ♪」
おめかしそっちのけでパピィ達が踊り始めたもんだから、ユラヴィカとディアッカは慌てた。
「これこれ! そんなはね回ってはいかん!」
「まだ、おめかしが‥‥」
端で見ていた加藤瑠璃も、
「こら! そんなに騒がない!」
言って、ぶらぶらと宙で揺れるウルルの尻尾の先をぎゅーっと掴み、それを真似してメイベルもメルルの尻尾の先をぎゅーっと掴むと、途端にパピィ達は不機嫌そうな唸り声を上げた。
「うーっ! そんなとこ、つかんじゃだめー!」
「うーっ! そんなに強く握っちゃだめー!」
はいはい分かりました。と、瑠璃とメイベルは手を放す。鼻の頭と同じく、尻尾の先も触られては苦手な場所のようで、これでまた一つ勉強になったかな?
●ご挨拶の練習
おめかしが済んで、次にやることはご挨拶の練習。
「王様の前では、僕のような騎士はこのようにご挨拶します」
と、イコンはパピィ達の前で、立て膝ついて右手を前に添えて頭を垂れるという、騎士の作法に則った挨拶のやり方を示してみせた。
「あぎゃ?」
「あぎゃ?」
パピィ達も真似しようとしたけれど、人間と違ってドラゴンは胴体ばかりが大きくて手足みぢかな体型だから、立て膝付こうとしてふら〜っとよろけそうになる。
その様子を見て思わずイコンは笑い、パピィ達に言ってやった。
「でも、ウルルさんとメルルさんの体型では無理そうですから、直立不動の姿勢から深く頭を垂れるご挨拶でいきましょう。こんな風にです」
言葉の通り、イコンは深々と頭を垂れる。
「あぎゃ!」
「あぎゃ!」
パピィ達も真似してみて、今度はうまくいった。
「上出来ですね。ではもう1度」
「あぎゃ!」
「あぎゃ!」
再び頭を垂れるパピィ達。これなら本番でも上手くいくだろう。
「では、お城の中で注意すべき事を言います。一つ、城の中ではうろついたりその辺のものにいたずらしたりしない事。一つ、王様の前ではなるべくじっとしている事。いいですね?」
と、イコンはパピィ達に言い聞かせた。
●ご拝謁
お城へはナーガの特使達と一緒に行くので、特使達の準備が済むまで冒険者達は冒険者街の入口で待機。パピィ達のこれまでの事をメイベルが知りたがっていたので、ヴェガは色々と話を聞かせてやった。
「あのパピィ達は冒険者達を乗せたフロートシップに便乗して、シーハリオンの麓から王都にやって来たのじゃ」
話せば長くなるが、そもそもの始まりはマリーネ姫とロイ子爵によるシーハリオン巡礼行。そこで冒険者達は初めてナーガ族と接触した。その後、ナーガ族との交流が深い山の民の村を冒険者達が訪れ、ナーガ族の長老と面会するなどして交流が深まった。
そしてあのパピィ達はといえば、シーハリオンの麓にやって来た冒険者達のフロートシップを見て、好奇心をいたく刺激されて船に乗り込み、はるばる王都までやって来たというわけだ。
やがて、準備を終えたナーガの特使達が、付き添いの冒険者ともどもやって来た。特製の礼服で装った特使達は、パピィ達を見て機嫌よく声をかけて来た。
「竜の子よ、今日は一段と輝いて見えるぞ」
「アギャ! みんなのおかげだよ!」
冒険者仲間の1人がフロートチャリオットを手配してくれたので、勢揃いした一同は数台のチャリオットに分乗。チャリオットがふわりと浮かぶと、途端にパピィ達は大はしゃぎ。
「あぎゃ〜! 浮かんでる!」
「あぎゃ〜! 浮かんでるよ〜!」
すかさず瑠璃が注意した。
「はい、落ち着いて落ち着いて。──いいこと? 王様が話してる事がよく分からなくても、他所を向いたり、キョリョキョロしたり、走り回ったりしないでね。真剣に聞いて、よく分からない時には正直に『ごめんなさい、僕達にはよくわかりません』って言った方がいいわ」
「うん。よそ見をしない、走らない」
「分からない時には『ごめんなさい、わかりません』だね」
噂が既に広まっていたらしく、大通りの両側には物珍しさに集まって来た人でいっぱい。
「ナーガ様、万歳!」
「竜の子、万歳!」
そんな歓声まで聞こえてきて、冒険者達も手を振って応える。
「あぎゃ!」
「あぎゃ!」
パピィ達も冒険者達の見よう見まねで手を振ったが、思わずチャリオットから身を乗り出し過ぎ。
「いけません! いけません!」
「これこれ、それでは落っこちてしまうぞ」
慌ててディアッカとユラヴィカとで引き留める一幕もあった。
●城の中の準備
その頃。城では時雨蒼威(eb4097)がジーザム王と話をしていた。
「陛下、偉大なる竜と言えども、まだ年端も行かない幼子。ましてや元は山奥で暮らしており、人の常識には疎いゆえ、どうか寛大な目で見てください」
「分かっておる。だが、そなたの心遣いには感謝致す」
ジーザム王もナーガの特使との会見に備え、身支度に忙しい。だから蒼威とは王の衣装を整えながらの立ち話となったが、日頃から王家に忠義を尽くす蒼威への気遣いを忘れてはいなかった。
やがて、開かれた窓から人々の歓声が聞こえてくる。それは次第に大きくなって来る。
「そろそろ到着したようだな」
「では陛下、私も準備があります故にこれにて失礼を」
「うむ、任せたぞ」
ジーザム王の前を退出すると、蒼威はトルク王家に仕える侍従長の元へ出向いて用向きを告げる。
「パピィ達を案内する部屋だが、念のため貴重な装飾品は取り除いておきたい」
「しかし今日は他にも賓客があり、城の中をあまりにも殺風景にして失礼になるかと」
「ならば、パピィ達が来る直前に片づけよう。急がせて済まぬが、俺も手伝う」
●御拝謁
パピィ達の一行は既に城の中。ナーガ特使の一行の後から付いて行く。
「あたしも直に王様に会った事ないんだよね。なんだかワクワクするー。ウルルとメルルはどう?」
若草色のドレスを着たティアイエルが、並んで歩くウルルとメルルの真ん中を歩きながら話しかける。
「あっ、お城の中では勝手に動きまわっちゃ駄目だよ? 迷子になっちゃうから」
城の廊下を歩いていると、向こうから蒼威がやって来た。従者達と一緒になって、貴重品である陶器の置物を運んでいる。
「そおっと運ぶんだぞ、そおっと」
「あぎゃ?」
ウルルは何をやっているのかと不思議そうな顔で蒼威を見つめていたが、ティアイエルに手を引かれる。
「さあ、行こうよ」
さらに暫く歩くと、日当たりの良い中庭が見える場所にやって来た。
ぶぅ〜ん。
「あっ!」
ウルルの肩にちょこんと乗っかったディアッカが、羽音を聞いて身構える。
飛んで来たのはでっかい蜂だ。中庭から迷い込んで来たのだ。
「あぎゃ?」
「動かないで!」
鼻の頭とか柔らかい所を刺され、パピィに暴れられたら大変だ。素早く行動に出たイコンがオーラシールドを展開。飛んできたハチはシールドに阻まれ、空中を行ったり来たりしていたが、やがて近くの壁にピタッと止まった。その機を捉え、ディアッカがシャドウバインディングの魔法を飛ばす。蜂は自らの影に捕らえられ、動かなくなった。
すかさずヴェガがデティクトアンデッドの呪文を詠唱。
「ただの蜂じゃな。魔物が化けている訳ではないぞえ」
その後、何度か探知魔法で探りを入れてみたが、城に魔物が潜んでいる気配は無かった。不審人物の接近を警戒していた冒険者達だったが、幸いにして不届き者は蜂一匹。
そして一行は謁見の間に到着。ジーザム王は王座に座して待っていた。
最初に拝謁に与ったのはナーガの特使達だが、以外にも拝謁そのものは短い時間で終わった。
「堅苦しい礼儀ばかりでは、何かと窮屈であろう。ここから先は大いに楽しもうではないか」
最後に特使達へかけられた王の言葉は宴会への誘い。そしてジーザム王はパピィ達に歩み寄る。パピィ達に先立ってメイベルが挨拶した。彼女は今、貴族女学院の依頼で貰ったドレスで着飾っている。
「ジーザム陛下、御身の栄光を讃えます。こちらに居ますは、シーハリオンより訪れし竜の子達。ウルルとメルルでございます」
メイベルが挨拶する間に、ウルルとメルルの肩に乗っかったディアッカとユラヴィカが、パピィ達にひそひそ声で挨拶の言葉を教授。パピィ達はぺこりと頭を下げると、教えられた言葉通を口に出す。
「ジーザム、ヘイカ、オンミ、の、ゴイコウ、を、タタエます」
「ジーザム、ヘイカに、りゅうと、せいれいの、ゴカゴを」
たどたどしい言葉遣いながらも、生真面目に挨拶するパピィ達の姿が微笑ましく映ったのだろう。王は笑って言葉をかけた。
「良い良い。そう堅苦しくならずともな」
そして王もまた、パピィ達の前に頭を垂れた。
「竜の子達よ。初にお目にかかる。我は大ウィルの王、ジーザム・トルク。シーハリオンの大いなる竜とその眷属に、永久の栄えあらんことを」
その言葉は威厳ある響きをもって語られたが、次なる言葉は親しみある砕けた口調で語られた。
「竜の子達よ。『琥珀の間』にて宴の席を用意しておる。心ゆくまで楽しむがよい」
「はい! 王様!」
「はい! 王様!」
パピィ達は声を揃えて元気よく返事した。
●琥珀の間
『琥珀の間』、それは琥珀色の銘木で内装の施された大広間。壁には先の大戦争であるカオス戦争を題材としたレリーフが、幾枚も幾枚も飾られている。
パピィ達にも城の中の色々な場所を見せたいという冒険者達の意向を汲み、ジーザム王は城の中でもとっておきの場所であるこの大広間を宴会の場所に選んだのだ。
「あぎゃ〜! すご〜い!」
「あぎゃ〜! すご〜い!」
レリーフの1枚1枚の精巧さに、パピィ達の目は釘付け。そんな彼らにヴェガはレリーフに彫られた数々の名場面を解説してやる。
「これは攻め寄せるカオスの軍勢。そしてここに彫られたるのが、いにしえの英雄ロード・ガイ殿じゃ。そして‥‥」
と、ヴェガは大広間の正面に飾られたレリーフを指さす。
「あそこに彫られたるのが、聖山シーハリオンと7匹のヒュージドラゴンじゃ」
「すご〜い! すご〜い!」
「すご〜い! すご〜い!」
何かと興奮しがちなパピィに、ティアイエルが注意。
「そんなに急いで歩かない。大広間では静かに歩こうね」
「うん」
「うん」
レリーフに彫られた聖山と7匹の聖竜の前まで来ると、1人と2匹はその美しき彫刻にじっと見入る。その姿を微笑ましく思いながらも、ヴェガの心は僅かに憂いを帯びる。
あのシーハリオンの異変は、まだ解き明かされた訳ではない。
やがて宴会が始まると、ティアイエルは愛用のオカリナを取り出して、
「折角だから王様に歌を聞かせてあげようね!」
実は、この時のためにこっそり練習していたのだ。
「はい、やってみよう!」
ぴ〜ぽ〜♪ ぴ〜ぽ〜♪
「ア〜ギャ♪ ア〜ギャ♪」
「ア〜ギャ♪ ア〜ギャ♪」
素朴なオカリナの音に合わせて歌うパピィ達。その歌声は調子っ外れだったりするけれど‥‥まあいいか、宴会なのだし。
パチパチパチパチ。歌が終わると、招かれた来賓達の拍手。ジーザム王を見れば、その目も笑っていた。
●懸念
宴会は大いに盛り上がったが、やがて終わりの時が来る。
冒険者達はそれぞれの思いを抱えて城を後にする。
実は、イコンはメイの国のナーガに関して、不穏な話を耳にしていた。が、それを公の場で報告するのは、またの機会にする事に決めた。
ヴェガの方も、宴会で人が集まったのを機会に、ロメル子爵一族のその後について、さりげなく探りを入れた。ロメル家当主も、その息子と妻も、今のところ命に別状は無いらしい。しかし、ロメル家の今後を巡っては、また一波乱ありそうな雲行きだ。