とちのき通りのしふ学校〜しふ食堂で朝食を
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月16日〜05月21日
リプレイ公開日:2007年05月28日
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●オープニング
ウィルの街の、船着場の近く。荷揚げ場の裏手のちょっと入り組んだ場所に、一軒の鄙びた食堂がある。食事も出せば酒も出すという、言ってしまえば何処にでもある店なのだけれども、この店、昔はそこそこ繁盛していた。それというのもご主人トーソンさんが作る川魚料理が絶品だったからで、特に店の名にもなっていた鱒料理などは、旬になるとそれを食べにわざわざやって来るお客がいる程だった。
しかし、良い時もあれば悪い時もあるのが商売というもの。近くに、味の方はまあ並なのだが肉料理をがっつり食わせて代金が格安という店が出て、お客を取られてしまったのだ。荷運びなどで体を酷使する人夫達の空きっ腹を満足させたことと、主夫婦の気風の良さが受けたのだろう。
それでも、店を贔屓にしてくれるお客さんはいたのだけれど。トーソンさんは減った稼ぎを穴埋めする為に、色んなところで手を抜くようになってしまった。そこはそれ、そう簡単には分からないようにやってはいた。けれども、何となく舌が物足りなくなったのか、ご主人の態度に滲み出るものがあったのか、いっそう客足は遠退くようになってしまった。
貧すれば鈍するとは良く言ったもので。困っているところにやって来た悪友が『その仕入れの金をちょいと増やしてみないかい?』と誘い込んだのが場末の賭場。シフールが元締めをしているという妙な賭場だったが、そこでトーソンさん、なんと大勝ちしてしまったのだ。こうなるともう駄目で、明けても暮れても考えるのは賭けで儲けることばかり。始めてひと月くらいでその賭場が消えてしまったのがまた悪い。賭けたい気持が募りに募って、とうとう自分で賭場を見つけて通うようになってしまった。
当然、賭け事なんてものは始終負けてたまに勝つ、という仕組みになっている。負けに負けて借金をこさえ、それでもまた負けて。自分には博才があると思い込んでいるものだから、いつかは取り返せると熱を上げ、時々は勝ってますますその気になってしまう。借金取りの矢の催促にトーソンさん、店の看板メニューだった鱒料理と、なんと店の名前まで借金の形にしてしまった。だから今、この店は名無しだし、鱒の看板が下がっていた所には、引き千切られて歪んだ無残な金具が残っているだけだ。鱒を目当てで来たお客さんにも、頭を下げてお断りをしなければならなくなった。がっかりして帰ったお客さんは、もう二度とは来てくれない。
最初は何とかご主人を立ち直らせようと頑張っていた店の者達も、毎日手抜きの方法を考えさせられ、落胆して帰るお客の顔を見せられるのだから、嫌にもなろうというものだ。どうにかして稼いだお金も、どうせ結局はトーソンさんがスッて来てしまうのだから。当然、彼らへのお手当てなんてものも、ずいぶんと長いこと滞っている。
かくして。
「ふざけんな、誰がこんな店で働くもんか!」
「そうよそうよ! 給金なんてこっちから願い下げだわ、さ、みんな行きましょ!」
「かーっ、ぺっ! お世話になりましたっと! はっ!」
みんな、罵声を浴びせて去って行くという仕儀に相成ったというわけ。
「ああああ、おしまいだ、もうお終いだ! 皆して辞めてしまうなんて‥‥こ、こうなったらもう、首を括るしか‥‥」
途方に暮れるトーソンさん。もう誰も、更なる手抜きの方法も、借金の形にする新メニューも、考えてはくれないのだ。
さて、トーソンさんが三行半を突き付けられる様子を見ていたしふ学校の生徒達。数日後に再び覗いてみても、新しい人を雇えた様子もなく、お店はお客を入れる準備さえ出来ていない有様で(といってももう、借金取りくらいしか訪ねて来ないのだけれど)、やっぱりトーソンさんが頭を抱えて身悶えていたので、勇気を振り絞って声をかけてみることにした。
「あのー、僕ら料理修行中の身なんだけど、よかったらお手伝いするよ?」
はっと振り返ったトーソンさん。自分を見上げるシフール達に、最初は疑いの視線を向けたのだが。
「しふ学校? ああ、名前なら聞いたことが‥‥結構たんまり貯め込ん──あーんんっ、何でもないこっちの話だよ。そうだ、いっそこの店を買わないか? 500Gくらいで。今なら経験豊富な主の指導が──」
と、そこにやって来た幼い女の子。
「お店売っちゃうの?」
じわりと目に涙を浮かべ、トーソンさんを睨み付けた。
「おかあさんと作ったお店をこんなにして、とうとう捨てちゃうんだ」
踵を返し、店を飛び出す。
「お、おいニーザ待ちなさい」
「おとうさんのバカー!! なまけものー!! ゴクツブシーっ!!」
とんだ修羅場に、シフール達は呆然とするばかり。
途方に暮れて学校に戻った料理しふ達。事情を聞いて、シャリーは言った。
「賭け事好きは不治の病みたいなものだから、変に係わり合いになると大火傷するわよ? なんならお店、買い叩いてあげようか。どうせお金に困ってるんだし、際限なく値切れると思うのよね。それで、使えないご主人は放り出しちゃって──」
「姐さんひどいー」
シフール達から非難轟々。そう? とシャリーは悪びれる風もなく。
「けど、そんなお店を立て直して見せたら、あたいらの力もきっと認めてもらえるだろうね。商売敵もいて借金もあってダメ旦那付きなんて確かに最悪だけどさ‥‥」
うーん、と考え込むイーダ先生。ちらりと料理しふ達を見ると。
「とにかくお店の雰囲気を変えなきゃ。あんなにどんよりしてたら、お客さん入って来ないよ」
「鱒が駄目なら、何か他の看板メニューを考えないとね。あ、そうだ、お店の名前どうしよう?」
「待ってても、きっともうお客さん入ってくれないよね。どうやって呼び込もうか。‥‥まずは、手抜きなんかしちゃ駄目だってトーソンさんに分かってもらわなきゃだけど」
「女の子かわいそうだったね。でも、僕らのこと、認めてくれるかな」
皆で額を付き合わせ、真剣な顔で話し合い。すっかりやる気な様子を見てイーダ、やれやれ仕方無いねぇ手伝うよ、と腰を上げたのだった。
●リプレイ本文
●訃報
しふ学校の屋根の上。今日も賑やかな生徒達の声が漏れ聞こえて来る中で、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)は、ゲールと黒翅‥‥わるしふ団から足を洗うことなく、悪の道をひた走った‥‥いや、むしろわるしふ達が持っていた、シフールとしての矜持や善良さを捨て去って、救いの無い陰謀に手を染めていった‥‥その彼らの最後を語っていた。話を聞くワルダーとイーダは、無言のまま。黒きシフールの胸の内が底知れないのは致し方ないとしても、黒翅が何を思ってゲールに付き従ったのか、それも本当のところは分からない。事実のみを連ねた話は、とても短いものになってしまった。
黒翅を看取った飛天龍(eb0010)が、彼の最後の言葉を伝えると、イーダは溜息と共に首を振った。
屋根の反対側では、バンゴが齧り付きで、ミックは流れる雲を眺めながら、彼らの話を盗み聞きしていた。コツンと軽く頭を小突かれ、ミックふざけるな、とバンゴが振り向くと、そこに立っていたのはモニカ・ベイリー(ea6917)。慌てふためくバンゴを、仕方の無い人ね、と呆れ気味に見下ろしながら、
「色々思うこともあるでしょうけど、頑張ってるあの子達のためにも暴発は駄目よ?」
と、釘を刺しておく彼女。指を立ててくるくる、と回して見せたのは、暴れるなら実力行使で拘束するという意思表示だ。ち、と舌打ちをするバンゴに、ミックがふっと笑った。
「そんなことはしないよなぁバンゴ。僕らはともかく、一の子分のあんたが付いて行けなかった道なんだ。誰かが止めようとして‥‥命を取り合うことになったからって恨むのは筋違いだし、意思を継ごうなんて、それこそ今更だしね」
ふん、とそっぽを向くバンゴ。相変わらず子供ねぇ、と苦笑しながらも、どうやら暴発の心配は無さそうで、ほっと一安心のモニカである。
「ゲールは俺達に生きる力を与えてくれた‥‥それが恨みの力であったとしても、あの時の俺たちにはそれが必要だったんだ」
ワルダーの言葉に、そうだね、とイーダが呟いた。
「お前達に新しい道を示されても、俺達の胸の内で割り切れずにいたものを、黒翅は浚っていってくれたんだ。俺はそう思っている。どの道、お前らには進めない道だったと、笑っているだろうさ、黒翅の奴は」
なあバンゴ、と語りかけたワルダーに、バンゴ、ぐしぐしと目を潤ませる。
「あいつらが世界の大罪人でも、俺達にとっては欠くことのできない、大切な仲間だった。お偉い連中に咎められたとしても、この気持ちまで譲る気はさらさら無い。ただ、生きたの死んだのの話を今更して、せっかく浚ってくれた滓をまた仲間に吹き込むことも無いだろう。だから、このことは俺達の胸の内にしまっておこうと思う」
シフールがある日突然姿を消して、それっきりというのは良くあること。増してや単独行動が多かった二人ならば、誰も怪しみはしないだろう。
面倒をかけることになるが‥‥と、ワルダーが皆を見回し、改めて『頼む』と頭を下げた。
ひとり、屋根の隅っこで、足をぶらぶらさせるシャリー。
「これで、余所者はわたしだけになっちゃったか」
小さな溜息をついて、あーあ、と呟く。彼女は仲間から声がかかるまで、ずっとそこで皆の姿を眺めていた。
●愛の貧乏脱出大作戦
さて。しふしふ団と料理しふの一行は、トーソンさんの名無しのお店に乗り込んで料理を注文。試食会を開いていた。
「‥‥うーん、不味からず、かといって美味からず‥‥」
燕桂花(ea3501)が、微妙な表情で料理を見つめる。料理しふ達も、特段の盛り上がりの無いまま、ぼそぼそもふもふとお皿の料理を口の中に押し込んでいるといった雰囲気。いつも賑やかなファム・イーリー(ea5684)までもが、心なしか大人しい。
「なんというか、とても素っ気無い味ですね」
そう皆の気持を代弁したのは大曽根瑞穂(eb4117)。見た目も大概在り来たりだが、味の方は輪を掛けて記憶に残らない味とでも言うのだろうか。オーダーはあと半分ほど残っているのだけれど、正直もうどうでもいい気分。
「こんな真心の欠片も篭ってない料理は初めてヨ。重症アルね‥‥。あたし達はトーソンさんを立ち直らせる方法を考えるアル」
と、孫美星(eb3771)がワルダーとシャリーに向き直る。
「話を聞いてピンと来たのじゃ。トーソンさんが最初に填まったという賭場、あれは裏通りにあったおぬしの賭場ではないのかの?」
ユラヴィカの問いに、客の顔まで覚えてはいない、と興味なさげなワルダー。あっけらかんと、あの人なら覚えてるわ、と白状したのはシャリーの方だ。
「初心者丸出しだったから軽く勝たせてあげたら喜んじゃって、お得意さんになってくれたのよね。簡単な仕掛けにあっさり引っかかってたくさんお金を落としてくれる、とってもいいお客さんだったわ」
悪びれもせず語る彼女に、美星とユラヴィカが天を仰ぐ。
「カラクリを話して、一緒に謝って欲しいアルよ」
「仕掛けを話すのはいいけど、なんで謝らなきゃならないの?」
え、でも‥‥と美星が言うのを、ワルダーが遮った。
「あいつは自分の意思で賭けをして、場の空気も読めず仕掛けも見抜けず、当たり前に負けて金を失った。それだけのことだろう? 謝る筋合いは微塵も無いな。それに‥‥」
ちらりと見やるワルダー。トーソンは、ぼーっと惚けた顔で考えごと。と、何処からともなく焦げた臭いが。大慌てで飛んで行くものの、どう見ても既に手遅れ。今度は桂花が天を仰ぐ。
「あの馬鹿を立ち直らせたいんだろう? なら、下手に出るのは逆効果だな。どん底に叩き落として、自分がどれだけ間抜けでアホだったかを思い知らせろ。その方が数倍早いぞ?」
にやりと口元を歪める様などは、さすが元わるしふ総帥、なかなかの迫力で。
(「わるものアル‥‥わるものがここに居るアルよ‥‥」)
美星、ごくりと息を飲む。
「で、どうかな? 店を買い取る気になってくれたかな?」
微妙な表情のままでスプーンを置いたシフール達に、揉み手などしながら聞いて来るトーソンさん。と、そこに、バンゴがニーザと共に現れた。
「お父さん、またそんなこと言って! せっかくシフールさん達が手伝ってくれるって言ってるのに!」
「い、いやしかし、借金がだな‥‥」
「どうせお金が入ったら、また賭け事に使っちゃうんでしょっ!」
父と娘が言い争っていると、今度はディアッカと不良しふ達が入って来た。
「ワルダーさん、借金取りの方には暫く待ってもらえる様に話をつけて来たよ。利息はチャラにして元金の5割増しってことで手を打って来たけど、良かったかな?」
「ああ、ご苦労」
トーソンが金を貸りたのは、かなり胡散臭い筋‥‥とはいえ、彼らにしたって夜逃げでもされるよりは幾らかでも返してくれる方がマシな訳で。ただしそこはそれ、街の裏側で鎬を削っていた者同士の阿吽の呼吸があってこその手打ちというやつ。
「メニューと看板についても、他に売り渡したりしない様にお願いしておきました。まさかこれほど放置されるとは思っていなかったと、先方も困っていましたよ」
ディアッカの報告に、さすがに恥ずかしかったのか、トーソンが口を噤む。
「よっし、話は纏まったね。あたい達の力で、このお店を盛り立てよう〜!」
桂花の号令に、しふ達も、おー! と拳を掲げて気合いを入れた。
「お店を立て直すには、資金が必要だよね」
どん、と桂花が持ち出した銭袋には、ぴかぴかの金貨がみっちり100枚詰まっていた。おおお、と寄って来たドーソンに、ダメ! と桂花が額にチョップ。
「これはニーザちゃんに預けるね」
「う、うん! 命に代えても守るよ!」
口を真一文字に結んで強い決意のニーザ。こほん、と咳払いなどしながら、ファムがずずいと進み出た。
「ではではファムちゃんが、びしっと門出を締めたいと思いまっす!」
奏でるは、もちろんしふ学校校歌『料理しふバージョン』だ。
♪お料理トントン ジュージューお料理
美味しい料理をみんなが待っている
美味しい料理を 待っている
みんなのお腹が 待っている
美味しい料理で みんなの幸せ つづいていく!
しぃふしふ しぃふしふ
とちのき通りの しふ学校
ぼくら・わたしの しふ学校ぉ♪
盛り上がる皆を横目に、トーソンさんは額を摩りながら、すごすごと店の奥に引っ込んでいった。
しかしやる気になってみたものの、ここまで落ちぶれた店を盛り返すのは容易なことではない。
「やっぱり、こういうお店は美味しくて安くて簡単でかつ飽きがこない料理が一番だとは思うんだけど〜」
桂花がうーん、と考え込む。
「この界隈に多いのは人夫と商人なのじゃ。何と言っても船着場が目の前じゃからの。そして、皆とにかく忙しない。誰も彼も足早で、立ち止まる者を滅多に見かけぬ程なのじゃ」
占いをしながら人間観察をしていたユラヴィカの分析である。
「近場の店は人夫相手のがっつり食える肉料理で評判なのじゃから、そこは外して住み分けを図るべきかのう。商人が好きそうなもの? なんじゃろな」
首を捻るユラヴィカに、料理しふのひとりがおずおずと口を開いた。
「えーと、みんなとっても忙しいんだから、さっと食べられるものを出したらどう、かな」
「あ、いいね、それ凄くいい」
桂花に褒められて、照れる彼。仲間達も、おー、と賞賛する。
「となると、持って帰れる系かのう。サンドイッチなどはどうじゃ? これならばトッピングやソースを複数用意することで簡単且つバリエーションを作る事ができそうじゃ」
「点心みたいなものは? 肉饅頭に焼売に餃子、春巻とか小龍包も出来るかな〜?」
桂花からちょくちょくご馳走になっている料理しふとしふしふ団は、想像して思わず口元を拭う。
「あとは、鱒料理に代わる目玉料理が出来ればいいのアルが‥‥」
と、美星が呟いたのを聞いて、はいはいはーい! とファムが手を挙げた。
「前にお話をした天界の人が、ラーメン食べたい、味を思い出して眠れなくなる〜って言ってたんだ。そこまで懐かしくなっちゃうラーメンって物、あたしも食べてみたい!」
「ラーメンかぁ‥‥」
同時に腕組みをして考え込んだ桂花と瑞穂。思い描いているものは若干異なる。瑞穂が想像しているのは、いわゆる日式。工夫を凝らし手間隙かけたスープをたっぷり使うのが特徴だ。桂花が想像しているのは、茹でた麺を小さな丼に盛って、好きな具を乗せ、上からさっと鶏ガラのあっさりスープをかけ回して食べる。故郷の華国で昔から愛されている庶民の味だ。二人が話しながらイメージを捉えて行く様を、料理しふ達、驚いたり感心したりしながら眺めている。
心配げなニーザの表情に気付き、天龍が一言。
「桂花はいつでも手を貸せる訳ではないからな。自分がいなければ作れない物では看板料理とは成り得ないぞ。もちろん、みんなとトーソンにも頑張って料理を再現できる様になって貰わないと‥‥ん?」
トーソンは、勝手口から出て行こうとしているところだった。その向こうから覗いているのは、靴屋の旦那カートンさん。それで皆、ピーンと来た。そういう繋がりか! と全員が心の中で突っ込む。
「あんだけ酷い目に遭っても、懲りないんだねぇ」
ひょい、と現れて道を塞いだミックに、いやこれは別に、とシドロモドロの言い訳を始めるカートンさん。
「お父さん‥‥もう知らない!」
ニーザがカンカンに怒るのも当然のこと。知らせを受けた靴屋のおかみさんもやって来て、ダメ男二人は女二人に睨み付けられ、厨房の隅っこで脂汗をかく羽目になった。
●しふ食堂は準備中
ご主人の体たらくとは関係なく、店の準備は着々と進む。
「スープには、魚や貝の干物から取ったものと、豚骨や鶏骨から取ったものがあったと思います。それに野菜を入れて臭みを取ったり‥‥」
「魚貝のスープは美味しいよね。でも、ここは内陸だし常に手に入るとは限らないのが難かなぁ。値段も高めになっちゃうし。動物の髄のスープは力強いけど臭みが出易いから気をつけないと。お肉屋さんと仲良くなっておくと、タダ同然で手に入るのが強みかな」
瑞穂と桂花は大きな鍋にスープを作り、味を決める作業を始めていた。
「お醤油をベースにしたタレを加えたり、塩や味噌を加えたり、またそれに合わせてスープの取り方を変えたりと、お店ごとに色々と工夫をしていたみたいです」
お醤油かぁ、と桂花が難しい顔。魚醤の類ならあると噂には聞いているのだけれど、ほいほい手に入るものでもない様だし、ましてや味噌は。なら、確実に入手可能な塩で決める他無いけれど、全く誤魔化しの効かない塩はスープに使う気遣いがぐっと増す。
「味の手抜きはよくないが、商売としてやっていくなら余裕をもって、安定して出していけるようにしておくのは大事なことなのじゃ」
それでなくては続かない。ユラヴィカの言葉に、なるほどーと感心する料理しふ達である。その彼らは、総がかりで麺作り。桂花は色々と考えた末に、粉と水と卵で出来る卵麺を使うことにした。彼女の指導のもと、シフール達が4人がかりで麺を打つのだが、そうでなくとも麺打ちは重労働。案の定、大苦戦中である。
「あ、ここだここだ、モロゾさんこっちですよ!」
「ふむ、なんともはや久々の街とあらばどうにも勝手が分からんのである」
と、そこに賑やかしく顔を出したのは、農家で修行中のモロゾ一行。春に植えた野菜の内、育ちの早いものはちょうど収穫の時期。彼らが運んで来た篭には、たくさんの瑞々しい野菜が詰められていた。
「えへへ、お休みもらって来ちゃった」
間もなくして、お針子として頑張っている裁縫しふ達も現れた。反物を抱えて来た彼らは殺風景な店の中を見回して、さっそく厨房で使うお揃いのエプロンと、テーブルクロスを作り始める。ふと、店内にガタの来た椅子やテーブルが目に付いてしまった瑞穂は、拙い手際ながらそれらの修理を。すぐに拳法しふ達も寄って来てお手伝い。老魔術師のもとで勉強中のオークル達は、お品書きでも手伝えればと顔を出したのだが、悲惨な経営状況を知るや、儲けを出すにはどうしたら良いのか、学校の黒板を持ち込んで計算を始めた。その前でモロゾと桂花が丁々発止の値段交渉。今後の仕入れのこともあるから、両者それはもう真剣だ。店内ではニーザが裁縫しふ達と色やデザインを話し合い、外では画家工房のしふ達とイーダが、新しい看板をどうするか相談中だ。
「ちわー。お店のこと話したら、うちの旦那がどんなもの出すのか教えてくれないとアドバイスも出来ない──ってうわ、みんな集まってるの!?」
トートがやって来た頃には、店はシフールだらけになっていた。
「軽く声をかけただけなのに‥‥いい仲間だな」
「この結束力を、今後も良い方向に役立てられれば良いのですが」
天龍がふっと笑う。ディアッカは淡々と。彼らの友情と共に、寛大な雇い主にも大いに感謝しなければならないだろう。
「なんだなんだ? 何の騒ぎだよ」
これだけ賑やかにしていれば人目につかない筈もなく。
♪美味しい料理で 皆のお腹をいっぱい 幸せをいっぱい
早い! 安い! 旨い!
みんなの しふ食堂〜♪
「明後日リニューアル! しふ食堂をどうぞよろしく!」
恭しく頭を下げるファムに、遠巻きに眺めていた人々から拍手が起こる。この歌、最後のフレースがやけに耳に残り、ついつい鼻歌で歌ってしまう人が続出したのだが、それは後日分かる話。
その傍らでは、ディアッカ提供の木材が、工房のしふ達によって看板に加工されていた。ひん曲がった枠も彼らが直す。日々みっちり鍛えられていると見えて、なかなか見事な手際である。
看板を前にしてちゃかちゃかスプレー缶を振っていたイーダが、よし、と頷いてボタンを押し込んだ。鮮やかな赤い塗料が板の上でうねる。
「‥‥なるほど」
それが何を表しているのか、野次馬達には皆目分からない筈だ。だが、今、店の奥で悪戦苦闘している料理しふ達の姿を見ているディアッカには、容易に想像がついた。
「思った通りなのじゃ。イーダ殿の絵はとにかく印象に残る。インパクトが強いからの。看板や広告に向いているのじゃ」
ユラヴィカがうんうんと頷きながら、新しい看板を眺めている。やけに褒められて、なんだか気恥ずかしげなイーダを、画家しふ達が笑顔で見つめていた。
「最初は慎重に、慎重にと」
料理しふ達は打って延ばした種を折り畳み、均等な幅に切っていく。その麺がぐらぐらと湧き立ったお湯の中で踊る様を、皆、飽きることなく覗き込んでいた。
卒業組が帰った後も、料理しふ達の仕事は続く。
「どう思う?」
にこにこと、自信ありげに聞く桂花。料理しふ達、互いの顔を見合わせていたが。
「‥‥ほんの少しだけど、臭みがある様に思います」
「それから、もうちょっと甘みがあった方が美味しいかも」
彼らが桂花の料理に意見するなど、これまでは無かったことだ。桂花の目が、ふっと柔らかくなった。
「そうだね。臭みは、最初のガラの掃除が足りなかったのと、灰汁取りが不十分だったんだと思う。甘みは‥‥んー、そうだな、野菜をもう少し足してみようか」
機嫌を損ねずほっと胸を撫で下ろした様子の彼らに、桂花がちちちと指を振った。
「そこで安心しちゃだめ。これから、あたいのいない時は自分の怠け心と、ことによるとトーソンさんとも戦って味を守らなきゃいけないんだから。自分の舌を信じて、あたいの味をどんどん改良していくくらいじゃなきゃ、一人前とは認められないよ?」
はいっ、と彼ら、倦むこともなく再び鶏ガラの掃除を始めた。黙々と働く彼らを、トーソンが見つめていた。
「結局あんた、手伝わないんだな」
バンゴの声に、彼は首を振った。
「少々頑張ったところで、借金はまだ200G近くあるんだ。ちまちました稼ぎでどうにかなるものじゃない。大勝負に出なけりゃ、とても間に合わないんだ」
しかし言葉とは裏腹に、その態度には後ろめたさがありありと見て取れる。
「一つ聞くが、お前の料理を喜んで貰って稼いだ金と博打で儲けた金、手に入れて嬉しかったのはどちらだ?」
天龍が問うのだが、トーソンは金は金だと言い張るばかり。
「トーソンさん、わたしのこと覚えてる?」
ひらりと舞い降りた赤い羽根のシャリーに、最初は怪訝な顔をしていたトーソンも、はっと気付いて頓狂な声を上げた。
「あ、あんた、賭場の‥‥」
「あの時は、たっぷり稼がせてくれてありがとね」
つん、と鼻の頭を突かれても、まだ飲み込めない様子のトーソン。テーブルに縦肘を付いたまま、ワルダーがくくっと笑った。
「あの賭場では儲けさせてもらったよ。お前みたいな間抜けが、毎日飽きもせずに金を貢いでくれるんだからな。いわば、農家の庭先に繋がれてる家畜みたいなものだ」
明らかに気分を害した様子のトーソンを、ワルダーが更に挑発する。
「俺の言い草が気に食わないようだな。なら、試してみるか? お前の運とやらを」
トーソンのポケットに入っていたのは、1C貨が10枚。これを賭けて、奇数か偶数かを当てる簡単なサイコロ勝負をする。振るのはシャリー。確率は五分と意気込んだトーソンだったが、警戒して1枚づつ賭けたにも関わらず、結局1度も当てられないままに負けてしまった。
「イ、イカサマだ! 二人で組んでるだろ!」
「そうだが? 初めからそう言ってるだろう。言っておくが、普段はこんな分かり易いことはしないからな。時にはカモに大勝させ、懐の紐を緩めることだってある」
振り返れば、思い当たることもあるだろう。顔を紅潮させ押し黙ったままの彼に、下らないことに地道を上げたな、とワルダーが呟いた。
「何なんだ君らは‥‥みんなして私を馬鹿にしに来たのか!」
「あいつらを見ていてそれを言うのか?」
ワルダーが、心底軽蔑した目でトーソンを見る。その視線に耐えられなくなったトーソンが店を出ようとした時、ニーザと美星が騒ぐ声に、何事かと厨房を覗き込む。と、奥でフライパンと格闘している娘と、おろおろしている美星の姿があった。
「誰かに手伝ってもらうアルよ、あぶないアルよ!」
フライパンの中で、彼女の卵料理は黒茶色のものに成り果てていた。よく見れば、殻も所々に入っている。その悲しい姿に、ニーザは半泣きだった。
「お母さんが大好きだったお父さんのオムレツ‥‥頑張ってるんだけど上手く出来ないの‥‥」
妻が疲れている時、不機嫌な時、お祝いの時、トーソンは彼女に決まってオムレツを作っていた。それを年端もいかない娘が覚えていたことに、彼は驚く。
「もっと上手に焼けるから、お父さんはあっちいってて!」
言いながらも途方に暮れている娘の手からフライパンを取り上げると、トーソンはオムレツを摘み上げ、そのまま食べた。
「美味いよニーザ」
「嘘だ、お腹壊すよ!」
どうしていいのか分からず立ち尽くしている不器用な父と娘を、シフール達は見ないフリをした。
♪あなたのお料理で
初めて喜んでもらえた事があったでしょ
忘れないで あなたの情熱が
美味しい料理に欠かせないスパイスなの♪
ファムの歌に、トーソンの目から涙が溢れる。
店を出ていくワルダーとシャリーに、美星がぺこりと頭を下げた。
●街での風景
馬の光龍を伴って、ミックと一緒に買出しに出かけた美星さん。頼まれた食材をたっぷりと買い込んで、市場からお店へと戻る道すがら。
「ミックさん、時間もあるアルし、猟とか一緒に行かないアルか? 別に山菜獲りとか卵の大安売りとかそんなのでもイイアル」
何度もタイミングを計り、満を持して聞いた美星なのだが。返事が無いので振り向いてみると、なんとミック、荷にもたれかかって居眠りの真っ最中。
「もー、ドキドキして損したアル」
ぷーっと頬を膨らませ、暫し無言のままで通りを流す。
「ミックさんは‥‥全然素直じゃないし、手癖も悪いアル。でも、皆の為に誰よりも真摯アル‥‥そゆトコが好きなのアル」
ちょっと真正面から言うのは恥ずかしい気持ちだけれども、聞いてないなら無問題。そっと顔を近づけて、軽いキスをした。
「居眠りしてるのが悪いのアルよ」
クスリと笑い、寝顔を見てやろうと再び振り向いた彼女。と、そこにミックの姿は無く。馬の背をずり落ちていく彼に、さーっと血の気が引いた。幸い、馬に踏んづけられることも無かったが。体を強かに打ったせいか、暫くは何だか彼、随分とぎこちなかった。
しふ食堂の宣伝に街を流すファムに、モニカはついでと称して、バンゴと不良しふ達をちょっと強引に連れて来た。不満たらたらな彼らだったが、そこはそれ仲間のこと。何だかんだと言いながら、宣伝に尽力している。
(「目標は無いのかも知れないけど、彼ら行動力は割とあるのよね」)
これと進む道を定めればそれを貫徹する力はあるだろうだけに、今の状況は歯痒くて仕方ない。
「がんばって学校を巣立って行く子達も増えてきたけど、あなた達は何かやりたいことは無いの?」
モニカが問うと、他のしふ達が、とん、と一人の背中を叩いた。
「カートンさんの靴屋に弟子入りしたいんだけど‥‥もう何度も断られてる」
そう呟いた彼の落胆ぶりときたら、なんだか不憫になる程で。
「でもあの人、トーソンさんに負けず劣らず難のある人みたいだけど、本当にあの人でいいの? 靴職人は他にもたくさんいるのに」
と、彼は真っ直ぐにモニカの目を見て、こう言った。
「確かにカートンさんはヘナチョコでダメ人間だけど、靴造りの技だけはすげーんだ。だからあそこに弟子入りしたいんだよ。けど、全然認めてくれないんだよね。おかみさんは色々良くしてくれるんだけど‥‥」
はあ、と肩を落とす彼を、皆して慰める。
「あなた達はどうなのよ。以前に冒険者になりたいとか言ってたわよね。本当にその気があるなら協力は惜しまないつもりだけど、どうする?」
「‥‥冒険者ってのは、誰かに助けられてなるもんでもないだろ?」
バンゴにさらっと言われ、何となくそれ以上突っ込み難い雰囲気になってしまった。すぐに結果を出す必要も無いけど、考えておいてくれれば嬉しいかな、と、それだけ言っておくモニカである。
そんな話が進む中、ファムは詩人志望の彼を見つめていた。彼女の作った宣伝歌を、また違った雰囲気で歌い上げる彼。腕を上げている様が、ひしひしと伝わって来る。同時に、迷いの色も。
(「助けてあげなきゃいけないよね」)
うん、とファムは、心の中で頷いた。
●新装開店しふ食堂
開店当日。
「よし、完璧っ」
準備を終えた瑞穂が、満足げに頷く。古びて傷だらけとなったテーブルも、裁縫しふ達が作ったテーブルクロスのおかげで見違えるよう。掃除も完璧。新品のぴかぴかは無いけれども、古びたなりに清潔な、そんな雰囲気が作れている筈。
「お客様には失礼の無いように。早くて安くて美味しいのが売りのお店ですから、受け答えはいつも元気にハキハキと。わかりましたか?」
はいっ、と給仕のシフール達が元気に答える。あとは活気を加えれば、お店としては完璧だ。
厨房はスープ作りと麺打ち、下拵えでてんやわんや。桂花と料理しふ達がキリキリ舞いする中で、料理はからきしというシフール達も、簡単な作業を受け持って彼らを助ける。ユラヴィカの贈ったノンスティックフライパン、ディアッカの贈ったキッチンばさみ共に、初日から休む間もなく大活躍だ。
「もうやってるのかな?」
ひょい、と覗いたのは行商人らしき男。
「はーい、いらっしゃいませ、どうぞー!」
ニーザが元気良く返事をする。男性は始めて見るラーメンに戸惑いながらも、ふうふうと汗を掻きながら一気に食べてしまった。素早く食べられることを重視して、量は少なめ、値段も安く。その点は、桂花の故郷のそれに近いかも知れない。鶏ガラスープに塩と香味野菜で風味付けしたスープはさっぱりしていてそれでいて味わい深い。満足げに息をついたその様子を見て、次の客がおそるおそる入って来る。彼は肉饅頭をテイクアウトして、ぱくつきながら朝の市場へと向かって行った。それからぽつぽつとお客が入り始め、お昼頃には席の7割ほどが埋まる入りとなった。
「ちょっと手伝ってアル〜」
チャイナドレスでばっちり決めた美星が、ミックと共に給仕に奔走。ミックにこれは似合わないかもと思いきや、客あしらいが上手で実に客商売向きという、意外な一面を発見することになった。いらっしゃいませ! と瑞穂が声を出せば、シフール達も笑顔で迎える。以前までの気の抜けた店の姿は、そこには無かった。
夕方、お客が減って来た頃には、美星が外に出てファムの演奏で一踊り。みんなのしふ食堂〜とおなじみのフレーズでお客を呼び、西の空が赤く色付く頃には、お店は丸1年以上ぶりの真っ当な儲けを記録したのだった。
ただし。
「スープも麺も点心も、完全にはなくならなかったね」
少し残念そうな桂花である。元の悪評が強すぎて、敬遠したお客さんも多かった様子。それでも、来たお客さんを満足させた自信はある桂花だ。料理しふ達も、自分達でどうにかこうにか一日の商いを終わらせて、きっと自信が持てただろう。全てはこれからではあるけれども、順調なスタートと言って良さそうだ。
「お客さんの笑顔、気持いいでしょ?」
桂花の問いに、ああ、と洗い物をしながら頷いたトーソンさん。
「それに、ニーザがあんなに楽しそうにしているのを久しぶりに見た気がするよ」
この人も、昔の自分を取り戻しつつある。
「どう? 明日からもやっていけそう?」
生徒達が大きく頷くのを見て、桂花は満足げに微笑んだ。
しふ学校会計。
前回の残金732G40C。ファムが寄付した100Gを加え、3月16日〜5月20日の生徒34人、生活費1日ひとり5Cの合計112G20Cを差し引いて、3月16日の残金は720G20Cとなる。
なお、桂花が用意した資金の残金は、お店の大事な運営資金として、ニーザ嬢と料理しふ達によって厳重に管理されている。