とちのき通りのしふ学校〜卒業は皆で一緒に

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月08日〜08月13日

リプレイ公開日:2007年09月05日

●オープニング

 靴屋のカートンと、詩人しふことトムの睨み合いは、延々と続いている。
「なあトム、もういいからさ。旅の準備とか、色々しなきゃ駄目なんだろ?」
「馬鹿、これをほったらかしたままで旅になんて出られるわけ無いだろ。新しい道で頑張ってるみんなを励みにして、俺も頑張るつもりなんだからさ。だいたいお前がそう煮え切らないから俺がだなー」
 怒られて、困った風に頭を掻く靴屋しふ。彼の修行を頑なに拒み続けるカートンさんは、木戸を開けて彼らが座り込んでいるのを見るや、バタン、と戸を閉じてしまう。この暑い最中、中はさぞかし蒸すだろうに、こっちも相当な意地っ張りだ。
「‥‥うん、俺も頑張るよ」
 これまで親身になって相談に乗ってくれた人達の言葉。そして、自分のことでもないのに一生懸命なトムの姿を見て、靴屋しふも思うところがあったらしい。
「お、やっと火がついたな。じゃあ、俺と一緒にダンコ靴屋の旦那を──」
 拳を掲げて高らかに宣言するトムを置いて、ひょこひょこと学校に入って行く靴屋しふ。しばらくして戻って来た彼は、足置きの台やら布切れやら、大きな針に小さな釘と太い糸。色々と入った道具箱を抱えて来た。
「靴のおなおし、靴磨き〜。見習いだから無料だよ〜」
 なんと靴屋の前で、靴磨きと修理の露天を出してしまった。
「口で言ってるだけじゃなくて、本気でこれを仕事にしたいんだってこと、見てもらおうと思うんだ。人を説き伏せるのとか、苦手だしさ」
「‥‥あー、うん、まあ自分なりの方法でやるのはいいと思うぞ」
 暫く眺めていたトム、手持ち無沙汰になってきた。
「靴屋の歌でも作ろうか?」
 彼の申し出に、靴屋しふはにっこりと微笑んだ。

「シャリーの姐さんは、街の酒場に毎日顔を出してるみたいで。小さな場を立てて小銭を稼いでるらしいんですが、俺は心配ですよ。姐さんひとりじゃ面倒なことになっても泣きを見るしか無いってのに」
 報告を受けて、ワルダーは困惑顔だ。何も言わずとも、彼女は一緒に来るものと思い込んでいたのだから。
(「俺とはもう、同じ道を歩いては行けないということか‥‥」)
 寂しく思うものの、それが彼女の選択なら無理強いは出来ないと自分に言い聞かせる。荒地と化した故郷を再生しながらの生活は、決して楽ではないだろうから。
「た、大変だよワルダーさん!」
 飛び込んで来た不良しふは、よほど急いで来たのだろう、息切れしてパクパクと口を開け閉めするばかり。水を一杯もらって、ようやく落ち着いた。
「み、ミックの兄貴が、盗賊ギルドに話をつけに行ったみたいなんだ!」
 なんだと!? とバンゴが思わず声を上げた。ミックは気ままな一人働きの泥棒だが、情報を得る為に裏の世界とも繋がりを持っていた。彼自身、組織にとって貴重な情報源になっていたという事実が、更に話をややこしくする。
「筋を通しに行ったのか‥‥けど、何でまた馬鹿正直に? 下手すりゃ川にぷかぷか浮く羽目になるぞ」
「あの手合いに義理を欠くと、後々まで面倒を引き摺ることになる。本気で足を洗うつもりなんだろう」
 ワルダーの説明に、そうか‥‥と天を仰ぐバンゴ。とにかく行って話しをつけよう、と立ち上がった彼らのもとに、拳法しふ達も、一緒に行かせて下さい! と集まって来る。と、仲間内で何やら話していた不良しふ達が、彼らを呼び止めた。
「話は俺達がつけて来るよ。ワルダーさんも他のみんなも一日も早く村に入らなきゃ。せっかく物分りの良くなってるトーエン卿がまたヘソを曲げちまうだろ?」
 でも、と口々に異を唱える拳法しふ達。しかし、不良しふ達はがんとして譲らない。
「お前らはもう、こんな話に関わりあっちゃダメだ。任せとけって、ちゃんとミックの兄貴を助け出して来るからさ」
 絶対に来ないで下さいよワルダーさん! と念を押し、彼らは街に消えて行った。

 不良しふ達から何の連絡も無いまま一日が過ぎた。ワルダー達はじりじりしながら待っているが、今にもバクハツして盗賊達の巣に乗り込んでしまいそうだ。
(「どうしよう、どうしたらいいんだろう‥‥」)
 いつ彼らが帰ってくるかと、学校の屋根に腰掛け通りを眺めていたイーダは、現れたシフールの一団に喜びかけて、んん? と目を細め、何で? と目を丸くする。
「やあやあ、また来てしまったのである」
「何だか大変なことになってるみたいですね」
 モロゾとオークルに、料理しふやら裁縫しふやら、画家しふやら薬しふやらトートやら。たいへんだねー、なんとかしなくっちゃだねー、と、そりゃもう大賑わい。
「いつもはしふしふ団に呼ばれて顔を出してましたが、学校のことはずっと気になっていたんです。何かあれば伝わる様にはしてあるんですよ」
「今回はとびきり大変そうであるから、みんなを連れて手助けに来たと、まあこういう次第なのである」
「何でそうなるんだよ!」
 モロゾに食って掛かるイーダ。せっかく不良しふ達が自分達だけで納めようと懸命なのに、これでは巻き込まれる仲間が増えてしまう。
「僕ら、働きに出たみんなで話し合って、思ったことがあるんです」
 トートが言うと、みんながうんうんと頷く。
「シフールの忘れっぽくて能天気で自由気ままで奔放な性格って、実は凄い力なんじゃないかって」
「ヘナチョコで、そそっかしくて、うっかり者だけど、それで助かってるところもたくさんあるよねって」
「サイショ怖かった人も、いつのまにかシンセツにしてくれるよーになるんだ」
「うん、ニコニコがタイセツだよねー」
 うおっほん、とモロゾが咳払い。
「わるしふをやっておった時、辛い思いをたくさんし過ぎて、我らはそれを忘れておったのである」
「だから、みんなにも思い出して欲しいと思って、お節介を焼きに来ました」
 いや、でも、と大混乱中のイーダ。
「さてはて、果たしてしふしふ団も呼ぶべきであろうか?」
「賛成〜、大勢の方が楽しいよ〜」
 その間にも押しかけ組一同は、どんどん話を進めてしまうのだった。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)

●サポート参加者

オラース・カノーヴァ(ea3486

●リプレイ本文

●飛ぶべき場所へ
 睨みつけるワルダーの額に、血管が浮き出ていた。すごぶる不機嫌なのは一目瞭然。
「‥‥いいかげんに退け」
 凄むワルダーの後ろには、仲間の危機に焦る拳法しふ達。対峙するのは、彼らを行かせまいとする卒業組の生徒達だ。まあ少し落ち着くのである、と諭しに掛かるのは、ひげもじゃのモロゾ。
「それがし、ワルダー殿を尊敬しているのであるよ。しかし然るに、今日ばかりは行かせられないのである。今日のワルダー殿は昔の顔そのもの。何もかも振り出しに戻すつもりなのであるか?」
 モロゾの言葉に、ワルダーの顔が一層険しくなる。
「ここはわしらに任せて欲しいのじゃ。それに、おぬしには他に行かねばならぬ所がある筈なのじゃ」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の言わんとすることは、ワルダーにも分かるだろう。だが、彼は取り合わない。シャリーのことならもう終わった話、と一蹴してしまった。本当に断ち切ったのか? そんな訳は無い。すっかり彼の身に染み付いてしまった、仲間を動揺させない為の、そして自らの弱味を見せない為の演技なのだ。
「ええいこの分からんちん! シャリー殿は、ワルダー殿が嫌になって離れた訳では無い。ゲールの件で不安になっているだけなのじゃ! ここで変に気を遣ってしまっては、すれ違いになってしまう‥‥それではいかぬのじゃ!」
 ゲールの名に、何のことだ? とワルダー。ユラヴィカが彼女の思いを話して聞かせると、ワルダーは『馬鹿な』と首を振った。呟きに、怒りとも戸惑いともつかない感情が滲み出ている。
「意地を張ってる場合じゃないよ、ちゃんと迎えに行っておやりよ!」
 イーダの言葉に、女の子達が一斉に同意の声を上げる。それでも、彼女自身が決めたこと、と話を打ち切ろうとするワルダーに、飛天龍(eb0010)が疑問を挟んだ。
「こういった話は正直よく分からないが、どうするにしろ、相手の気持ちも聞かずに決めてしまっては後悔すると思うぞ」
 女の子達が、何度も頷く。朴念仁の天龍が女の子達からこれ程の共感を得られることなど、もう人生で二度と無いかも知れない。
「ワルダーさんは、シャリーさんのことが嫌いなの?」
 仲間からの、素朴な疑問。そんなことは‥‥と語尾を濁した彼の返答に、モロゾの目がギラリと光った。
「なるほど、好きなのであるな? そうと決まったら、さ、急ぐのである!」
 お、おい! と彼が抗議するのもお構い無し。農作業で鍛えたモロゾ&農家しふ軍団が彼を抱え上げるや、えっほえっほと運んで行ってしまった。
「‥‥大丈夫かのう」
「信じるしか無いな。俺達は俺達に出来ることをしよう」
 うむ、と頷き合うユラヴィカと天龍。と、天龍のもとに拳法しふ達が集まって来た。
「お願いです、俺達を行かせて下さい! 仲間が危ないかも知れないのに、何にも出来ないのは嫌なんです!」
 口々に訴える彼らに、天龍は已む無く許可を与えた。ただし、ひとつの制約を課す。
「決して拳は使うな。約束できないなら、仲間の邪魔だ。許可は出来ない」
 困惑する彼ら。しかし天龍は本気と見た彼らは、渋々承知をした。『修行を思い出せ』と一言残し、天龍は靴屋へと出かけて行く。拳法しふ達はユラヴィカに伴われ、盗賊ギルドへと向かった。
 揉め事の最中、バンゴはどさくさに紛れ、こっそりギルドへ向かおうとしていた。辺りを見回し、よし、と飛び立とうとした彼の肩を、土中から出現したオークルがポンと叩く。
「うわ! ば、馬鹿野郎、いきなり土の中から出て来るなとあれほど‥‥驚くだろ!」
 止めても無駄だからな、とそっぽを向く彼に、分かってる、とオークル。彼は小さな銭袋を取り出し、バンゴに差し出した。中には銀貨が10枚。給金など無い弟子修行中の彼が、ささやかな臨時収入をコツコツと貯め込んだものだ。
「バンゴは冒険者を始めるんだって? なら、これが最初の仕事だ。ミックと仲間達、しふしふ団‥‥誰一人怪我人を出さずに事を収めて欲しい」
「そんなこと、金なんか出さなくてもやるに決まってるだろ、水臭いな」
 返そうとした銭袋を、オークルは押し戻した。
「誰一人と言ったからには、ギルドの連中もだ。向こうに怪我人が出れば、事はこれだけで済まなくなるんだから」
「おい待て! それじゃ──」
「難しいことをどうにかするから仕事になるんだ。受け取ったからにはやってもらうからね。それとも、記念すべき最初の仕事から尻を捲くって逃げ出すかい?」
 これがオークルの挑発と分かっていても、無視できないのがバンゴの性というもの。
「分かったよ、やればいいんだろやれば!」
 噛み付かんばかりに吼えて飛んで行く彼を、オークルは手を振って見送った。

「さてと、あたい達はみんなが帰って来た後の準備だね」
 燕桂花(ea3501)の元に集うのは、料理しふ&お菓子屋しふ達。早朝からお店に出て仕込みやら何やらを済ませてから来ているというのに、実に元気だ。
「そこでなんだけど、今回はみんなの卒業検定を兼ねることにしたよ☆」
「へ?」
「課題は『卒業式の後のパーティーに出して、みんなが満足する料理』だよ。思い出に残る素敵な料理を期待してるからね☆」
「えええ!?」
「各人一品、パーティが終わるまで出し続けるんだってことを忘れないでね。同じ品とはいえ、大量の料理を味を壊さずに作るのは結構大変だからね〜。それをこなせるようになれば、一人前の称号を与えるつもりだよ〜☆」
 突然のことに、みんな愕然。
「‥‥試験に落ちたら?」
「留年、かな」
 呆然とする彼らに、桂花はにっこり微笑んで。
「注文入ったよ、返事は?」
「は、はいっ! 承りましたっ!」
 答えるや、大変だぁっ! と朝市にすっ飛んで行く料理しふ達、何はともあれ粉の確保とトートに群がるお菓子屋しふ達。頭は真っ白でも、とにかく動く。何をするにしても最低限必要なものというのはあるし、いくら思いついても材料の無い料理は作れない。料理人としては、まずまず正しい行動と言えよう。
 どんな料理が出て来るのか、わくわくしながら待っている。いつも作る側の桂花にとって、それはとても新鮮な気持ちだった。

●歌う靴屋
「靴のおなおし、靴磨き〜。見習いだから無料だよ〜」
 カートンさんの靴屋の前に陣取り、靴の修理と靴磨きを始めた靴屋しふ。彼の傍らには詩人しふのトムがいて、道行く人々に呼びかけるための曲を工夫中。
「しふっ!☆」
 唐突に現れたファム・イーリー(ea5684)に、うわっと一拍遅れて驚くふたり。
「頑張ってるね〜、調子はどう?」
 トムはバツ悪げに頬を掻く。
「賑やかな曲調、穏やかな旋律、可笑しげな歌い方。詩も色々工夫してるんだけど、なかなかお客さんの気持を捉まえられないんだよ」
「トムのせいじゃないさ。いくらタダでも未熟者には足下を預けてくれないってことだと思うよ」
 靴屋しふは苦笑い。と、そこに通りかかった紳士が、面白半分でもあったのだろう、靴磨きを注文してくれた。さっそく布切れを手繰り寄せ、立派な革靴に一生懸命磨きを掛ける。その様子に、ファムはちょっと首を傾げた。靴屋しふはちらりと窓を見、閉じたままなのを確認して、少し落胆。
「こら、何処を向いて仕事をしとるか!」
 ステッキの先でゴチンとやられた。容赦無しの一撃に頭を抱えた彼だったが、痛みより何より、その言葉が頭の中で反響していた。確かに彼の気持ちは、目の前の靴に向いてはいなかった。カートンに見て欲しいと、そう願うばかりで。
「す、すいません、最後までやらせてください!」
 まあよかろう、と許しを貰って、よしと気合いを入れ直す。そんな彼の姿に、トムも考え違いを思い知っていた。仲間を思う余り、彼の歌もやはり、お客さんの方を向いてはいなかったから。トムの手が、いつしか弦から離れていた。
「ほーら、あたし達が落ち込んでちゃダメダメっ」
 ファムは、バードの修行をしてた頃の師匠の言葉を思い出していた。
「あのね、あたしのお師匠先生は教えてくれた。“世界は、音楽で満ちている”って。あたし達の奏でる歌は、小さくて、けれど大きな力になる魔法‥‥」
 歩む人々の靴音に合わせて、ファムはリズムを取り始めた。喧騒は旋律に、踊る布の動きでアレンジを加えて。

 その歌声は、閉め切った靴屋の中まで聞こえて来た。寝っ転がって天井を眺めていたカートンは、賑わいに背を向けるように、ごろんと横向きになる。
「もう一度、考え直してはもらえないだろうか」
 天龍の言葉に、尻を掻いて答える彼。
「馬鹿らしい、自分が働くのもかったるいのに未熟者の面倒まで見てられるか」
 のそりと立ち上がり、裏口へと向かう。慌てて止めるおかみさん。
「ちょっと、何処行くの!?」
「運試しだよ、う・ん・だ・め・し」
 お待ちよ! うるさいな! と修羅場が始まってしまった。到底、大切な生徒を預けられる人物とも思えないが、モニカ・ベイリー(ea6917)は仕事場をぐるりと眺めて、ふん、と鼻で笑った。確かに、仕事がひっきりなしという売れっ子職人には見えない。が、どんなに似合わない無頼を気取ってみたところで、こまめに手入れの行き届いた道具と大事に保管されている木型、整頓された仕事場を見れば、職人としての彼の在り様が見て取れるというものだ。
「弟子だなんて大袈裟に考えず、下働きくらいのつもりで傍に置いてあげられない? シフールの小さな手でも、あれば何かと便利なものよ?」
 もとより聞く気の無いカートンを飛び越して、おかみさんに話しかける。
「そうね、そうしてあげたいけど‥‥」
「何でお前が答えるんだ、決めるのはこの私だ。だいたい──」
 食ってかかるカートンさん。モニカの術中に填まり、逃げ出すタイミングを失ってしまった。
 天龍は木戸を開け、外の光と風を招き入れる。
「俺も最初は武術を教えるかどうかで悩んだな。本気で学びたいのかどうかも分からなかったし、悪用するかもしれないと考えたり‥‥。稽古を付け始めた時もすぐに根を上げると思っていたし、実際、何人かはそうだった。が、残った者達はいつの間にか頼もしく成長していた」
 窓の外に、汗を拭いながら懸命に靴を磨く靴屋しふの姿が見えた。
「あいつらにとって俺が良い師だったのかどうか、それは分からないが、弟子を取って俺も学んだことがある。弟子を取る事はお前にとって、良い経験になると思うぞ」
 カートンが遠い目をしたのは、自分と師の関係に思いを馳せたに違いない。こんな風にあなたを仕込んでくれたのはお師匠さんなんでしょ? とモニカ。
「意地を張って後進を育てようともしないのは、迷惑をかけたお師匠さんに対しても悪いんじゃない?」
 カートンは言葉も無い。

♪お日さま昇って
 おはようって、目覚める

 さぁ〜、お仕事ぉ
 ご飯を食べて、働いて、たまにはチョッピリ息抜きぃ
 足音リズム刻んで、音楽奏でるぅ

 日々は、繰り返されるけど、いつものままじゃない
 泣いたり、笑ったり、怒ったり
 別れて悲しいこともあるけれど
 出会えて嬉しいこともある

 a happy happy
 いつもで、いつもじゃない日々
 お月さま出て、グッスリ眠って、おやすみ
 また、お日さま昇ったら、おはよう

 happyday by day♪

 それは、今日も一日頑張る人達への応援歌。重い気持ちにヘの字になっていた口元も、いつのまにか笑みの形になっている。
(「ったく、敵わないよなぁ」)
 竪琴を爪弾き、ファムの旋律の裏を取るトム。それは彼が一生懸命考えていたような呼び込みの歌とはまるで違う。ほんの少し、心の余裕をくれるような‥‥。余裕の無い人は、きっと身形を整えようとも思わないから。
「うむ、ご苦労」
 満足げな笑みを浮かべて歩み去る紳士に、靴屋しふは知らず、ありがとうございます! と感謝の言葉を口にしていた。
「いいかな? 木靴の内側が当たって痛いんだけどね‥‥」
 その姿が、また次のお客さんを呼んで。途端に忙しくなった彼は、とっぷりと日が暮れるまで、脇目も振らずに働いたのだった。

 露天靴屋も店じまいの時間。恭しく頭を垂れるファムとトムには、足を止めた観客達から惜しみない拍手が送られた。靴屋しふは未熟ゆえに、たくさんのお叱りをもらってしまったのだけれども、それ以上にたくさんの感謝も貰った。やって良かった、と充実感を噛み締めていた彼の前に、いつの間にかカートンが立っていた。
「‥‥結局、やり切ったな」
 慌てて立ち上がった靴屋しふ。カートンは長い逡巡の後、切り出した。
「本当に私の弟子なんかになりたいのか? 冗談だったら怒るぞ?」
 大きく頷いた靴屋しふは、お願いします、と頭を下げた。カートンは、途方に暮れて溜息をつく。
「うちのお喋りが話したようだが、私は──」
「関係ないよ。俺はカートンさんの仕事に感動して、自分もやってみたいって思ったんだから。他のことはどうでもいいんだ」
 今日の彼は、逃げなかった。まっすぐに自分を見つめる彼の目に、カートンは観念したようだ。
「‥‥こんなところで毎日露天を開かれたんじゃ、お前の拙い仕事をうちの仕事と思われてしまう。仕方が無いから面倒見てやろう。ただし、厳しかった私の師匠と同じにやるからな。当分靴なんか触らせないから、その覚悟はしておいてくれよ?」
 はいっ! と答えた大きな声には、嬉しさが溢れていた。よかったねぇ、と声を掛けたおかみさんに、何度も何度も頭を下げる。
「今度は厳しい師匠気取りか。ほんとしょうがないわね」
「暫くすれば、彼らなりの師弟の形に収まるだろう。そういうものだ」
 モニカと天龍は師弟の拙いやりとりを、可笑しげに眺めていた。

●始まりの日
 ミックの関わる盗賊ギルドは、一見犯罪とは結びつかない下町の一角に存在していた。辺りの住人はその正体をまるで知らない。非合法なのだから知れればお終いなのだが、それにしても見事な溶け込みぶりだ。
「どうやら、あまり良い状況には無いようですね」
 路地から建物を覗き見つつ、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)がユラヴィカ達に説明する。テレパシーで不良しふ達と連絡を取った彼は、ミック共々、彼らが軟禁状態にあることを知った。今のところ相手も危害を加えるつもりは無さそうだが、強く翻意を迫られているらしい。
「大丈夫なんですか? 連中、話を聞く気なんて無いんじゃ‥‥」
 拳法しふ達、居ても立ってもいられないという様子。と、テレパシーのスクロールを使っていた孫美星(eb3771)が顔を上げた。
「ミックさんは、もう暫く自分に任せて欲しいって言ってるアル。ちゃんと話をつけるからって。だからちょっとだけ待って欲しいアル」
 心配じゃ無いんですか? と問う彼らに、あたしはミックさんを信じてるアル、と美星。こうも言い切られては、もう何も言えない。
「いざという時の為に、中の状況だけは頭に入れておきましょう」
 ディアッカが不良しふ達からの情報をもとに、ギルド内部の構造と人の配置を説明する。ユラヴィカはテレスコープで窓から室内を伺い、その情報を補完した。
(「ミックさん、あたし待ってるアル。早く帰ってきてアル」)
 拳法しふにはああ言ったが、心配で無いわけが無い。美星は不安を振り払いながら、彼がいる筈の場所をじっと見つめた。

 ミック達とギルドの交渉は、平行線をたどるばかり。さすがに心配になった彼らは、ギルドの建物ぎりぎりまで接近して、直接中の様子を伺うことにした。隣家に面した窓の無い部屋にミック達はいる。僅かな隙間に入り込み、壁に張り付いて、辛うじて聞こえる微かな声に聞き耳を立てた。
「──分からない奴らだな! じゃあ、代わりに俺があんた達の為に働くから、ミックの兄貴は見逃してくれ。頼むっ!」
 不良しふのひとりが言い出すと、馬鹿言うな俺が俺がと庇い合い。続いたのはミックの声だ。
「仲間を犠牲にして足抜けなんて、僕が飲めると思うのか? さ、フクロダタキでも翅を毟るでも、好きなようにケジメをつけたらいい」
 ダメだミックの兄貴、そんなことしたら俺達が許さない! とまたもや大騒ぎ。エックスレイビジョンで透視しているユラヴィカが、うんざりした様子のコワモテ達に苦笑する。きっと、こんなやりとりがずっと続いているのだろう。後ろで聞いていた凄みのある初老の男が、このとき初めて口を開いた。
「ミックよ、何がお前に決心をさせた? こうして筋を通しに来たんだ、後ろ暗いところは無いと信じてやりたいが、こんな家業だからな。疑り深くなけりゃ生きては行けんのだ」
 お頭に包み隠さず話しやがれ! とコワモテ達が怒鳴り散らす。しかし、ミックは答えない。お頭は、どうしたものかと思案をしている様子だ。
「うう、話がよく聞こえないアル」
 美星と拳法しふ達が、少しでもよく聞こえる場所をと探った末に、一箇所で団子になっていた。それに気付いたユラヴィカ、大いに慌てる。
「そ、そこは薄いのじゃ、もちっと散らねば──」
 しかし時既に遅し。レンガに亀裂が走ると、実は薄く貼り付けただけだったそれは砕け落ちて、露呈した板が音を立てて割れ、内側へと倒れてしまった。どうやら、踏み込まれた時に蹴破って逃げる為の脱出口だったようで。ぼてぼてと転がり込んで来たシフール達に、ギルドの面々、目を丸くした。
「なんだお前ら!?」
 怒声に拳法しふ達が身構えた。ユラヴィカとディアッカも、こうなっては已む無しと戦いを覚悟する。
(「駄目アル、これじゃ台無しアル──」)
 焦りに焦った美星、
「ご、ご挨拶に来たアルよ、ミックさん脱退のお祝いに、お酒の席をご一緒しようかと‥‥」
 引き攣る笑顔で咄嗟の言い訳。しかし、だんだん声が小さくなる。ミックと不良しふ達が、絶望に天を仰いだ。
「美星の姐さん、さすがにそれは無理が」
「そんなの言われなくても分かってるアル! そうなったらいいなーと思ってたらつい口を突いて出たアルよっ!」
 ヒソヒソ言い合っているところに、ディアッカがコホンと咳払い。
「みなさん、お喋りはその辺りで。コワモテの方々がこちらを睨んでますよ」
 屈強な男達の殺人的な視線に、皆ごくりと息を飲む。その痺れるような緊張は、お頭の笑い声で霧散した。
「面白い。せっかくの酒だ、一献貰おうか」
 美星の前にどっかと腰を下ろし、コワモテが用意した杯を手に取ったお頭。持参のお酒をおっかなびっくり美星が注ぐと、彼は喉を鳴らして流し込んだ。
「ふん。ミックよ、お前が抜けるなんぞと言い出したのはこれが原因か」
 いくら脅されても平然としていた彼が、途端に狼狽を見せたのだ。お頭ならずとも分かろうというもの。
「お嬢さん、あいつはこういうヤバいことに首を突っ込んでるんだ。幸せになりたいなら、きっぱり忘れた方が身の為だ」
 声を張り上げるでもなく、杯を傾けながら静かに語るその言葉は、恐ろしい程の現実味で胸に突き刺さった。不良しふ達の表情は強張り、拳法しふ達が滲む汗を拭う。美星は空になった杯に再び酒を満たしながら、それは無理な話アル、と微笑んだ。
「もしあなたが‥‥ううん、世界全部が敵になったとしても、あたしはミックさんの為に、ミックさんと一緒に居るアルよ」
 ごく当然のことを話す、そんな口ぶりだった。杯を空けたお頭はミックを見やり、放してやれと指示を出した。
「お前には過ぎた女だ、せいぜい大事にするんだな。浅はかな真似をしやがったら、その時は分かっているな?」
 頷くミックに、ならば良し、と一言。コワモテ達に見送られ、お頭は部屋を後にした。そして、
「よく我慢したな眼帯」
 潜む小さな影に声をかける。バンゴは憮然とした表情で、彼の背中を見送った。
「おかえりなさい」
 美星が笑顔で、ミックを迎える。
「うん、ただいま」
 抱き合うふたりにシフール達、顔を赤くして一斉に背を向けた。
「ったく、ミックの奴はノロケに来やがったのか?」
 コワモテ達は、仕方が無いのでふたりを肴に、余り酒で自棄酒を決め込んだ。
 翌日、ギルドがあった場所は、もぬけのからになっていたという。

 ギルドのコワモテ達から、美星は気になる噂を聞いた。最近荒稼ぎをしていた流れの女ギャンブラーが、とうとう目を付けられて追われているという。ワルダー達の張り込みは連日空振りに終わっているが、それがシャリーのことなら辻褄が合う。
「‥‥そういうことなら、潜伏先に思い当たる場所があるよ」
 ミックが語った街外れの安宿。美星は、そこで彼女を発見した。
「何やってるアルかシャリーさん! ワルダーさんがずっと待ってるアルよ!?」
 閉め出す間もなく踏み込んだ美星に、バツ悪げな表情を見せる彼女。逃亡生活の疲れと不摂生が一見して見て取れた。下着の上に草臥れたガウンを羽織っただけのルーズな格好。しかも、血色は悪いし肌も荒れ気味、髪は解れて、顔だってちょっとむくんでいる。体からは、お酒の甘い香りが漂っていた。美星は持って来たカクテルドレスと理美容道具を広げ、とにかく髪に櫛を入れる。
「何もいなくなることなんて無いアルよ。きっとゲールさんは、あなたが隣に居ればワルダーさんが大人物になれると分かってたヨ。もっと自分に自信を持つアル」
 シャリーは悲しげに微笑んで、首を振った。美星は手を止めて彼女の正面に回り、指先で鼻の頭をぺしっと弾く。
「この有様を見たら未練たっぷりなのは一目瞭然アル。このままだとシャリーさん、本当にダメになっちゃうアルよ?」
 唐突に扉が開く音。そこには、呆れ顔のイーダが立っていた。
「ああ、お節介がまた増え‥‥」
 イーダに続いて現れたワルダーを見て、シャリーは小さく悲鳴を上げた。慌てて毛布を手繰り寄せ、椅子の上に縮こまる。なまじ美しいドレスなど用意されているものだから、今のみすぼらしさが一層際立つ。したやったりと笑みを浮かべるイーダに、シャリーは恨みがましい視線を向けた。
「ワルダーさん、ちょ、ちょっとだけ時間が欲しいアルっ」
 美星が取り繕おうとしたものの、今更遅い、と無情の一言で撃沈。
「話は聞いた。確かに黒きシフールの引き合わせなんて縁起でも無い話だ。これから始まる村に、そんな影を持ち込むべきでは無いだろうな」
 うん、と頷くシャリー。だからもう‥‥と言いかけた言葉を、ワルダーが遮った。
「お前が出て行った時に、その縁は終わったんだ。もうゲールはいない。今は俺がそうしたいから、お前を迎えに来た。‥‥まあ、しふしふ団の連中に尻を叩かれはしたが、あいつらのお節介まで気にする訳じゃあるまい? で、どうなんだ? お前はゲールの導き無しには、俺を選んでくれないのか?」
 恥ずかしげに俯くシャリーと、じっと返答を待つワルダー。美星とイーダは、そっと部屋を出た。
「もう大丈夫そうアルね。‥‥でも、どうして身嗜みを整えるまで待ってくれなかったアルか?」
「あんな見栄っ張りで格好つけたがりの女が準備万端整えたら手に負えないよ。油断してるとこに不意打ちでもしなきゃ、絶対に本心なんて話さないね」
 イーダの言い分はなるほど尤も。友達思いアルねと褒めた美星に、イーダは少し戯け気味に、あんな女大ッ嫌いだね、と嘯いた。

●卒業式は皆で一緒に
 スプレー缶をずらりと並べ、学校の壁に向き合うイーダ。そこには、以前に皆で描いた色とりどりの翅の絵がある。彼女はその中のひとつを選ぶと、おもむろに描き足し始めた。やがてそこに生み出されたのは、空を見上げて飛ぶシフールの姿だった。毎度のことながら豪快な絵だが、不思議と彼女に似ているから面白い。
「記念にみんなの絵を描こうと思ったんだけど、あたいひとりで描くより、みんなで描いた方が思い出になると思うんだ」
 やるやる! と飛びついたのは、絵心のある画家しふや裁縫しふ達。彼らが夢中になって描く様は、傍から見ていても楽しそうだ。
「えー、でも僕ら絵はあんまり上手じゃないよ?」
 そんな声も、ちらほら。
「上手い下手じゃないんだよ、みんなで描いたっていうのがタイセツなんだからさ」
 ほらほら早く、と急かすイーダに、そうまで言うなら‥‥と描き始めたシフール達。上手く描けたと喜ぶ者、大失敗! と頭を抱える者、隣同士で大笑いする者。例え技量が未熟でも、壁に舞うシフール達の姿は、間違いなく希望に満ち溢れている。その様子を見守っていたユラヴィカにも、イーダはスプレー缶を差し出した。
「ほらほら、あんた達も描いてくれなきゃ締まらないよ」
 なんじゃ参ったのう、と頭を掻くユラヴィカを、生徒達が囃し立てる。早く早く、と連れられて来た桂花、ディアッカ、ファム、モニカ、天龍、美星。みんな生徒達と一緒になって、舞い飛ぶシフールを描き上げた。
「ほう、これは良い」
 振り返ると、ゴドフリーが腕組みをして感心していた。褒めること頻りな彼に、生徒達は誇らしげだ。
「寄付金だが、私が預かり今後も学校を維持するということで良いのだね?」
 しふしふ団の面々が、お願いします、と頭を下げる。
「それは良いとして、指導の方だが‥‥」
「よければ、引き続きあたいにやらせて下さい」
 イーダの言葉に、ゴドフリーはうむ、と頷いた。好きなことを極めて行く者もいれば、思いもかけず引き受けた役割の中から、新たな道を見出す者もいる。イーダは人を導く仕事に、新たな喜びを見つけたようだ。
「それで、なんだけど」
 イーダが招き寄せたのは、数人の不良しふ。
「‥‥俺らみたいな、何をしていいかも分からないで不貞腐れている奴を手助けしてやりたいんだ。ダメかな‥‥」
 腰を屈め、彼らを見たゴドフリー。その懸命な表情に、やってみたまえ、と許可を与えた。
「残りの連中はどうするの?」
 モニカが話を振ると、彼らはワルダーの元に集まった。
「役に立てるかどうか分からないけど、手伝わせて下さい。お願いします!」
 驚きながらも、もちろんワルダーに嫌がある筈も無く。一緒に頑張ろうと声を掛けた彼の表情は、隠し様も無く嬉しげだった。
「今日、この日に立ち会えることを、私はとても嬉しく思う。君達の前途が素晴らしきものであることを願っているよ。しかし、もしまた道に迷うことがあったら、遠慮などせずここに戻って来るといい。小さな翅を休めるくらいの場所は用意してあげられるだろうし、何より今日の日の思いが、君達にもう一度羽ばたく力を与えてくれるだろう」
 ゴドフリーの言葉を、生徒達はそれぞれに、胸の内へと刻みつける。

「それじゃ、そろそろ始めようか」
 桂花に促され、料理しふ達が動き出した。ちょうど小腹も空いて来る頃。
「注目〜☆ 今日のお料理は、しふ学校料理人の卒業試験でもあるんだよ〜。美味しいと思った料理は遠慮せずにバンバン食べてね!」
 下拵えは、万端整っていた。暫くすると、辺りには食欲を刺激する何とも芳しい匂いが漂い始める。シフール達はもはや限界。わっと押し寄せ、思い思いの皿を手に取った。火から下ろしたばかりのお肉をスライスすれば、きらきらした肉汁が滴り落ちて来る。飴色の毛羽は蜂蜜でも使っているのだろうか、なんとも食欲をそそる香ばしくて甘い香り。茹で上がった麺には、桂花のそれとは違う、ビネガーを使った酸味のあるタレをかけ回して。夏野菜とキノコをコトコト煮込んだ特性スープは、まるで麦畑のような黄金色。甘いものが好きなら、卵と小麦粉のふわふわお菓子はどうだろう。キイチゴをたっぷり使ったゼリー寄せは? 小さなシフール達も胃袋の方は無限大。その勢いに予めの算段などあっという間に吹き飛んで、料理しふ達はもうテンテコ舞いだ。
 外にテーブルを置き、わいわいと宴を楽しむシフール達に、近所の人々も声を掛け、あるいはちょっとご相伴に預かり、お返しにと差し入れてくれたりもする。パン屋の旦那も、仕立て屋の若夫婦も、また勉強しにおいでと当たり前のように言ってくれる。面識の無い通り向こうの親方までが、今度はうちにもおいでと声をかけてくれるのだ。
「認めてもらえるって、嬉しいことだよね」
 イーダ、ちょっとホロリと来ている。
「やっぱ駄目な奴らだって言われないように、僕らも頑張らないとね」
 街で修行を続けるしふ達は、学校の信頼を背負って、思いを新たにしているのだ。
 みんなから少し離れ、バンゴはひとり肉などつまんでいる。
「なに黄昏てるの、似合わないわね!」
 モニカは彼が弄んでいる銀貨を見て、おおよその気持ちを察していた。
「返すって言ったんだけどな、オークルのやつ、受け取らないんだよ」
「結果や経過がどうあれ、あなたを何日か使ったんだもの。料金分働けなかったと思うなら、今度からは恥ずかしくない仕事が出来るように努力するのね」
「‥‥厳しいなおい」
「当然。冒険者の世界は甘くないのよ?」
 ほら、これでも食べて精をつけなさい、とモニカは、彼の皿にドカドカと肉を山盛りにして去って行った。どいつもこいつも、と愚痴りながら、大量の肉と格闘するバンゴである。
 一方。
「説得に行ってくれて‥‥ホントありがとうアル」
 不良しふ達に飲み物を振舞いながら、美星は改めて礼を言った。しかし、彼らは苦笑い。任せておけと啖呵を切ってギルドに乗り込んだのに、ミックを取り戻すどころか、足手まといになってしまった。ミックだけなら隙を見て逃げ出すことだって出来たのだ。
「みんなのおかげで、僕はみっともない真似をせずに済んだんだよ。おかげで大事な人に愛想つかされずに済んだってわけさ」
 ミックは彼らに、そう言って笑った。心を決めて出向いたものの、手を下されることなく生殺しになっているのは、本当に恐ろしかった。逃げ出さずに済んだのは、コワモテ達に必死で食いつく彼らの姿があったからだ。そして、テレパシー越しに、見守っていてくれる存在を感じることが出来たから。
「役に立てるかどうか分からないって言ってたけど、そんなこと無いんだよ。僕は君らを頼りになる奴らだと思ってる。それを覚えておいてほしいな」
 美星もミックも、素直な気持を言っただけだ。けれどその言葉は、何よりまず自分を信じられずにいた不良しふ達にとって、背を押してくれる大切な一言となった。
 そろそろ皆のお腹も一段落した頃、聞こえて来たのは、ファムとトムの竪琴の音。何をやろうか? とトムが聞く。みんなで歌える歌がいいね〜、とファム。校歌は? と上がった声に、みんな賛同の声を上げた。
「それじゃ、しふ学校校歌斉唱♪」
 ふたりの演奏に、生徒達の歌声が重なる。
 
 昨日からつづく今日、未来をみんなで切り開こう
 空はどこまでもつづいている‥‥

 歌に込められた思いは、飛び立とうとする今、一層強く心に響いた。歌いながら、いつしかみんな、笑顔になっている。一緒に何かをすることが本当に楽しくて楽しくて。二番、三番と続け、更にそれぞれが進む道を応援する即興の歌詞を作って、いつまでも歌い続けた。

 くたくたになって座り込んでいる料理しふ達に、桂花が労いの言葉をかける。
「みんなよく頑張ったね。色々工夫もしてて、ちょっと感心しちゃったよ。お肉はやっぱり強いよね。でも、最後は残ってしまったのが残念だったね。もたれないようにもうひと工夫があれば完璧だったよ。ゼリー寄せは時間が置けないのに数を見誤ったのは痛かったね。でも、機転でクラッカーを焼いてカナッペ風にしたのはいい判断だったと思うよ」
 ひとりひとりに評と助言を与える。それは一瞬の失敗や見過ごしにも及んで、そんなところにまで目配りしていたのかと、彼らは改めて驚いた。
「卒業検定の結果は‥‥全員合格!」
 緊張の面持ちから、やった! と一転大喜び。ちょっと危なっかしいのもいたけどね〜とからかう桂花に、みんな思い当たるフシがあるものだから、ドキドキする。
「これは、一人前になったみんなへの贈り物だよ」
 手渡されたのは、重みのある幅広の包丁。彼女が注文し、鍛冶屋に打ってもらったのだ。シフールの手にしっくり来る大きさと重さ。非力な彼らでも、これなら大抵の食材に挑むことが出来るだろう。
「これからは、ひとりの料理人として頑張るんだよ? あたいもちょくちょく見に来る予定だけどね〜。怠けてたら、見習い修行からやり直しだからね☆」
 けれど、今日の頑張りと、ぴかぴかの包丁を手にした嬉しそうな顔を思えば、心配なさそうだねと確信している桂花なのだ。

 心行くまで宴を満喫した彼らは、この夜は学校に泊まって、全員一緒に過ごす最後の夜を楽しんだ。
 十二形意拳の型を一通りなぞらうのは、天龍の日課である。いつも彼がそうする場所で、この日は先に拳法しふ達が修行していた。仲間の危機だったとはいえ、平常心を失って狼狽したことを恥じ、静かな心を取り戻そうと汗を流しているのだ。
 天龍は何も言わず、型のブレを正して回る。型の全てを終えた後、彼は口を開いた。
「拳には、その者の生き方が表れるものだと俺は思う。つまり、拳とは生き方そのものでもあるんだ。俺は、お前達に俺の生き方を示した。それをこれからどう育てて行くか、楽しみにしている」
 はいっ、と力のある返答。天龍は大きく頷いた。
「もしも修行に行き詰った時、力を試してみたくなった時‥‥その時は相手をしてやるから、何時でも訪ねて来るといい」
 これまでありがとうございました! と、自分に向けられた言葉に篭る深い気持ち。それを感じた天龍は思わず目頭が熱くなるのを堪え、強く厳しい師を最後まで演じ切ったのだった。

 屋根の上で、月を見上げていたワルダーとシェリー。
「こんな風に落ち着くことになるなんて、思いもしなかった」
 そうだね、とシェリーも、嵐のようだったこの一年半ほどの時を思う。ふと彼女は、反対側の屋根に美星とミックがいることに気がついた。美星の膝枕で休むミック。彼が語る話を、美星が嬉しそうに聞いている。
「ね、ワルダー。あれやってあげようか」
「‥‥何でもやってみたがるのはお前の悪い癖だ」
 ワルダーは恥ずかしがりやだね、と彼女は笑う。その、あまりに屈託の無い笑顔にワルダーは驚き、今まで彼女がどれだけ心を痛めていたかを思い知った。そして、彼女の笑顔をずっと守って行こうと、心に強く誓ったのだ。もちろん口にはしない。彼女ほどのサマ師にそんなネタを与えてしまったら、もう一生、カモの立場から抜け出すことなど出来ないだろうから。

 翌朝。
「それじゃ、もう行くよ」
 荷物を手にしたトムを、ファムが呼び止めた。
「ん〜とね、目を瞑ってて‥‥」
 ん? と目を閉じた彼のオデコに、ファムは“ちゅっ”とキスをした。
「良い旅と良い音にめぐり合えます様にっておまじない☆」
「あああ、お、おう、ありがとな」
 しどろもどろになりながら、平静を装おうとするトムが可笑しい。
「またどこかで、一緒に音楽しようね♪」
 トムは振り向いて、笑顔で手を振る。空は青く、気持ちの良い風もあって、実に良い旅日和。
「俺達も行こうか」
 ワルダーと仲間達。深々と頭を下げる拳法しふ達に、天龍は無言で頷いて見せた。ミックと美星も共に。そしてバンゴ。
「しっかり頑張りなさいよ」
 モニカがぽん、とバンゴの背を叩く。
「元気でね。精々経験を積みなさい。今度会うときはもう少し落ち着きのある大人の男になってれば言うことないけどね」
「くそ、言いやがったな!? 来年の俺を見て腰を抜かせ!」
「来年でいいの? 同業の情けで3年くらいにしとこうか?」
 相変わらずの言い合いに、みんなが笑った。
「僕らも行くね。頑張って!」
 街に残る者達も、それぞれの場所へと帰って行く。しふしふ団とイーダ達は、彼らが見えなくなるまで見送ったのだった。

 昨日までが夢だったかのように静かになった店の中で、ゴドフリーはしふ学校が一番騒がしかった頃を思い出し、しみじみと感慨に耽っていた。通りの厄介者だったシフール達が、こうして新たな道を見つけ巣立って行く姿など、最初は想像も出来なかった。学校の話が持ち込まれた時には、余程断ろうと思ったものだ。しふしふ団の熱意に負けて便宜を図ったものの、本当にこれでよかったのかと思い悩んだ日々も、今となっては良い思い出だ。
 と、店の外で賑やかな声。旅装のイーダが店先を横切ったかと思うと、忘れ物だよ姐さん! とシフール達が大騒ぎしかながら後を追う。
「何でも、西の街道筋にシフール流民の噂があるとかで、様子を見に行くそうですよ」
 店の者の話に、ほう? とゴドフリー。
「やれやれ、この静けさも長続きはしないかも知れないな」
 そう溜息をつく彼の表情は、なんだかとても嬉しげだった。


 とちのき通りのしふ学校 <完>