風雲ルーケイ〜難治の地

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月14日〜04月21日

リプレイ公開日:2006年04月19日

●オープニング

●詔勅
 その日。招賢令で爵位を賜った者が呼ばれた。
「ご苦労」
 片膝を付き畏まる者達に向かい王は手招き。
「ルーケイ伯。近う」
「は!」
「卿(おんみ)にルーケイの斧鉞を授ける。彼の地の仕置きは委細任せた。賊徒を征伐するも良し、帰順させて配下とするも良し。賊を平らげ思いのままの政(まつりごと)を行え」
「はは。有り難き幸せ」
 伯は恭しく礼をすると後に下がる。
「ぱこぱこ子爵」
「は、はい」
 手招きされるまま近づくと、
「ゴーレムグライダー12、フロートチャリオット8。そしてバガン1をお前に委す」
 ざわつく群臣。
「父上。酔狂すぎませぬか? ザモエにさえ5機のバガンに過ぎませんぞ」
 口を挟んだのは王の長子。
「俺に譲れ。悪いようにはせん」
「陛下の御意志です」
「吠えたな。私を誰だと心得ている?」
「獅子の心を持つ騎士、エーロン殿下! 犬は主人にこそ尻尾を振るものです」
「止めよ。エーロンは我が長子だ。フオロの血に礼を尽くせ」
 王が止めた。服を離された子爵は、跪いて王子の靴に口づけをする。
「お前は犬か?」
 抗いはフオロ家への忠誠故と解し大笑するエーロン。空気は和らぐ。

「ルーケイ伯。卿はサン・ベルデ監獄の成敗に加わっておったな」
「はい。陛下の忠実なしもべオットー卿の元にありました」
「間もなく正式に、伯にも討伐命令を下そう。領地調査は余人に任せ。伯は急ぎ兵を募る準備をせよ。良い機会だ、子爵も功を共にするが良い」
 こうして、ルーケイ伯とその一党の辞令は下った。

●ルーケイ
 ウィルの王城より発ち、街道を西に向かう馬車がある。4頭立ての豪華な馬車だ。馬車の前には衛士を乗せた駿馬の列、馬車の後ろにもやはり衛士を乗せた馬の列。見るからに物々しい警備である。
 しばし街道を進むと、道は二つに分かれる。そのまま真っ直ぐ西に延びていく道と、北へと向かう道に。馬車はその三叉路で止まった。
「ここが、ルーケイの入口でございます」
 馬車の中。この旅の外出に同行する4人の侍女の一人が、自分とさほど歳も違わぬ主人に言葉をかける。その主人、マリーネ・アネット姫が窓から外を見ると、そこには長閑な春の光景が広がっていた。
「まあ、見事なクローバー畑ですこと」
 空より燦々と降り注ぐ精霊光の下、新緑の絨毯が一面に広がっていた。かつてそこには豊かな耕地が広がっていたのだが、このルーケイの地が統治者を失ってからというもの土地を耕す者は消え、いつしか雑草のクローバーばかりが蔓延る緑の野原に変じていたのである。
「あら、誰でしょう? あんな所でお昼寝かしら?」
 クローバー生い茂る野原に、裸になって横たわる人影が一つ、二つ、三つ‥‥。マリーネ姫に言われてそちらに視線を向けた侍女は、その人影の正体に気付いて慌てて窓のカーテンを閉じ、主人に次げた。
「斯様な物をご覧になっては、お目汚しになるばかりですわ」
 馬に乗った衛士が一人、野原に横たわる者たちに近づく。彼らはぴくりとも動かない。それもそのはず。野原に横たわる者たちは皆、真新しい死体だった。男に女に老人に少年2人。そのガリガリに痩せこけた体には刃物の傷跡が深く刻みこまれ、流れ出た血がすっかり乾いてこびりついていた。恐らく重税や山賊の横行に堪えかね、何処かの土地より逃亡してきた農民の一家であろう。だが逃げ込んだ先がこのルーケイだったことが運の尽き。この土地に巣くう盗賊に殺された挙げ句、下着一枚残さず身ぐるみ剥がれて置き去りにされたというわけだ。
「聞きしに勝るひでぇ土地だぜ、ここは」
 衛士は死体から離れ、馬車に向かいながら呟く。盗賊の横行する今でさえ、この地に流れ込む食い詰め者は絶えない。しかしその半数は盗賊の餌食になり、残る半数は自らが盗賊となって、新たに流れ込んできた者達に刃を向ける。と、斯くの如くに巷では囁かれるほど。ここは食い詰めた者同士の壮絶なる共食いが繰り広げられる土地。
「好きこのんでこんな土地の領主になろうって奴の気が知れねぇぜ」
 よく見れば緑の野原には、蝿のたかる塊があちこちに見え隠れする。しかし衛士はそれに目をくれようともせず、馬車に戻った。
「さて、出発するか」
「待て。あの藪を見ろ」
 仲間の衛士が、少し離れた場所にある藪を示した。風もないのに不自然な揺れ方をしている。
「野良犬どもに一泡吹かせてやるか」
 衛士達が早々と動く。藪に向かう形で一列に並ぶや、携えてきた弓に矢を番えて藪に狙いを付け、一斉に放った。10本ばかりの矢が藪の中に吸い込まれると同時に悲鳴が上がり、藪の中に潜んでいた盗賊どもが大慌てで飛び出した。逃げて行くその背中に向かって、続く矢が情け容赦なく放たれる。ものの20歩も進まぬうちに盗賊どもは皆、地面に倒れて転げ回った。
「どうしたのです?」
 馬車の窓のカーテンの向こうから、マリーネ姫が問う。
「五月蠅い野良犬どもが寄ってきたので、一匹残らず退治しました」
「そう」
 答えた衛士に姫は短い言葉で応じただけで、カーテンを開けて外を見ようともしない。
「あの矢は1本買うのに銅貨20枚もする矢だ。野良犬ごときにタダでくれてやることはない」
 別の衛士が吐き捨てるように言と、瀕死で横たわる盗賊どもの所へ仲間を連れて近づき、その体に突き刺さった矢を1本残らず乱暴に引き抜いて戻ってきた。
「姫、お待たせしました。では、ラベール卿の元へ参りましょう」
 三叉路に止まっていた馬車が動き始める。西に伸びる道へは向かわず、方向を変えて北に延びる道を進んで行く。馬車が遠ざかるや、近くの木に止まって様子を伺っていたカラスが1匹また1匹と舞い降り、まだ息のある盗賊どもの肉をつつき始めた。

 マリーネ姫の一行が向かったのは、王領ルーケイの東に位置するラベール・シスイ卿の領地。シスイ家といえばかつては名門として通った貴族家だが、エーガン王の御代となってからは代々有していた諸権利を一つ一つ取り上げられ、今では王の下僕のごとき地位に甘んじ、事あるごとに無理な出費を強いられて窮する有様。程なくマリーネ姫の馬車はその領内に入ったが、王領ルーケイとの境には盗賊避けの頑丈な柵が設えられ、見張りの櫓までもが建てられている。この物々しい警戒ぶりも、王領ルーケイの治安の悪さがもたらしたものだ。
 やがてラベールがその家族共々、姫を恭しく出迎えた。姫はごく簡単に挨拶の言葉を述べると、ラベールに用向きを伝えた。
「王領ルーケイに近々、新たな王領代官が赴任します。それに先立ち、荒れ放題になっているルーケイの調査を冒険者達に行わせますので、彼らのために便宜を図りなさい。調査に当たって冒険者たちが馬を求めるなら馬を貸し、寝泊まり場所を求めるなら館に泊めるのです」
 不承不承ながらも、ラベールはこの求めに応じた。だがその後で、これで余計な出費がまた増えると密かにぼやいた事は言うまでもない。

 そして冒険者ギルドの掲示板に、マリーネ姫を依頼人とする依頼が張り出される。

『荒れ放題となっている王領ルーケイの実態調査を行え』

 調査は先ず、シスイ領と接する東ルーケイから行われる。ルーケイの領主が健在であった頃、この東ルーケイには2つの村があった。街道筋に位置する村と、シスイ領の近くに位置する村だ。冒険者たちは主としてその2つの村の近辺を調査することになるが、村は盗賊の巣と化している危険が大きい。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5858 音羽 朧(40歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb3469 クロス・レイナー(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb4171 サイ・キリード(30歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4183 ダン・バイン(33歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4313 草薙 麟太郎(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アレクシアス・フェザント(ea1565)/ エイジス・レーヴァティン(ea9907

●リプレイ本文

●難治の地
 宮廷図書館は情報を手に入れるのに便利な場所だ。勿論、全てが本に書かれているわけではないが、来訪者に訊ねるという手もある。
 ユパウル・ランスロット(ea1389)が図書館を訪れた時、たまたまそこに居合わせた騎士は、ルーケイの反乱の平定戦に参加した男だった。司書の紹介でユパウルは騎士と話をする機会を得た。
「謀反人どもとの戦いは、まるで飢えた鼠の群を相手にするかの如くだった。追えばあ奴らは深き森に隠れ、退けば野営地にまで忍び込んで天幕に火を放つ。道筋の至る所に罠が仕掛けられ、斥候や伝令が落とし穴にはまって身動き出来なくなったところへ、鉈や棍棒を手にした謀反人どもが押し掛け、めった打ちにして命を奪う。その残虐さはカオスニアンもかくやと思えるほどだ」
 反逆の罪によりルーケイ伯が王より死を賜った後、かの地に赴任した代官が殺害され、王はこれに激怒。勅令をもって反乱平定の軍を投じ、ルーケイ各地で激しい戦いが繰り広げられた。その当時の話である。
「ルーケイの地は広く、東に進む程に森は深くなる。さしもの国王軍も謀反人全てを討ち取ることは能わず。そこでルーケイの全ての村を焼き払い、かの地を人の住めぬ土地に変えて引き上げたのだ。後の事は知らぬ」
 そして今や、ルーケイは足を踏み入れることさえ大きな危険を伴う土地となった。内部では無法者達が殺し合い奪い合いを繰り広げ、出入りする者といえばルーケイを根城にして各地を荒らし回る盗賊ばかり。好き好んでこんな土地に足を踏み入れる者などいようはずもないから、中のことはさっぱり伝わって来ない。
「それでもルーケイにひしめく盗賊団には、3大勢力が存在することが分かっている。1つ目は『毒蜘蛛団』。東ルーケイを根城にして、王都ウィルの近辺を荒らし回っている。1つ目は『毒蛇団』。こちらは西ルーケイを根城とし、もっぱらトルク分国領との境を荒らし回っているということだ。そして3つ目が、大河を隔てた南ルーケイを縄張りにする河賊の『水蛇団』だ。先の2つと比べたらいくらかマシな手合いだが、河の通行料という名目で金品をがっぽり巻き上げる。払わなきゃ最悪、船を沈められる。蛇のように狡猾で油断はならない連中だ」
 以上が、騎士から聞き出せた話である。

●シスイ領にて
 一行は恭しくラベール・シスイ男爵の出迎えを受けた。現在のシスイ家は王の狩り場を預かる代官で、平たく言えば森番である。狩り場と言う制約上開発も制限されており、耕地面積は少ない。当然領民の規模も収入も少ない。かつては色々な特権を持ち、その権勢たるや大したもので有ったのだが、今や収入だけ視ると下手な商家の方が上であろう。
 それでも流石名門貴族。通された部屋は見事なものである。間もなく歓迎の宴が用意してあるという。
「お心使い痛み入ります。姫には親切で心配りの出来る方ですね。とお話したい」
 マリーネの騎士としてこの地でも知られているユパウルが無邪気な感想を述べると、
(「それは、もてなしが足りない。と言う意味か‥‥」)
 ラベール卿は一瞬思わず迷惑そうな目をした。善意が服を着ているようなユパウルは、男爵のそんな気持ちを察することが出来なかった。

(「さて、ある意味未開の地より厄介な調査になりそうだな。ま、仲間が任された領地だ。今後の統治の手助けになればいいんだが」)
 部屋を抜け出したシン・ウィンドフェザー(ea1819)が、一人舘の庭を散策していると、ラベール卿が隠蔽したがっている生の声が聞こえてきた。
「お客さんに取られちゃったけど、今夜どこで寝たらいいの?」
 子供の声。
「あなた。今うちがどんな状態か知っているの? ただでさえ火の車の家計に薪をどっさり投げ込むようなものだわ」
「そんなことを言っても‥‥。なあ、お前。エーガン陛下の寵愛篤きマリーネ姫直々のお声掛かりだ。それに、成り上がり者と言っても新しいルーケイ伯の家臣の、男爵が3人だぞ。痩せても枯れてもシスイの面目を潰す訳には行かない」
「そんなこと‥‥。今、長女を嫁に出す持参金も用意出来ない状態なんですよ。こんな晦日がもう一度有ったなら、嫁に出すどころか、娘を身売りしなければ為らなくなります」
 ヒステリックな声で怒鳴る。歴とした名門貴族なれど、ここまで窮しては庶民と変わらない。
「まあ待て。王の御不興を買って領地を召し上げられては大変だ。それに、万が一にでもルーケイが治まれば費えも減る」
(「俺達は歓迎せざる客か‥‥。まあそうだろうな」)
 シンは肩を竦めつつ部屋に戻って行く。

 田舎ながら、王都の宴にも負けない料理の数々。酒を注ぎ肉を割き、ラベール卿のもてなしはなかなかのものだ。
「ラベール卿のお力添えに感謝します。此度の調査の結果を元に、ルーケイ伯が賊を平らげる作戦を展開することになると思います。今しばらくお待ち下さいませ」
 見事な礼服に身を包んだリセット・マーベリック(ea7400)が謝辞を述べると、
「マリーネ様から申しつかっています。ここを我が家と思いごゆるりと」
 手を取り、果樹園の枝葉を通す陽精霊の光のように恭しく、口づけする。
「どうぞ宜しく。俺は癒しの魔法を使うから、少しは役に立てると思う」
 二人目の男爵カルナックス・レイヴ(eb2448)。しかしラベール卿の答たるや、
「戦いで負傷した時に備えるよりも、余計な戦いを引き起こさぬことが一番。幸いにして我がシスイ領の守りは、賊を寄せ付けぬほどに手堅い。申し出は有り難いが、お力添えは不要」
 どう見ても、自己保身に固執する様が見え隠れする。先の山賊助命の一件で、聖職者に対する評判が落ちていることも、影を落としているようだ。

「此度はご厄介になります。卿には色々とご助力を願うかと存じますが何卒よしなに」
 三人目の陸奥勇人(ea3329)は頭を下げる。挨拶の印に自動巻き時計を贈ろうとしたが、
「このような奇妙な品を貰っても‥‥。お心遣い有り難く存じます。されど、マリーネ姫より皆様の饗応を命じられております故、お気持ちだけ‥‥」
 受け取ろうとしない。流石にルーケイ伯アレクシアス・フェザントの親書だけは受け取ったが、心なしか微妙な笑みを浮かべた。
「食糧と案内ですか‥‥」
 考え込むラベール卿。
「そちらに付けれるのは数人が限界です。これとてギリギリの数です」
 お世辞にも協力的とは言えない。物腰は丁寧だが、これ以上ルーケイのことに関わり合いになりたくないと、言外で言っているようだ。
「ルーケイについての情報があれば、お願いする」
 勇人の言葉に、
「ルーケイは危険すぎて、下手に内部の探りを入れても行方知れずを増やすだけです。私も、これ以上の情報はありません」
 彼は自分の領地の守りを固めるばかりで、現在のルーケイ情勢については何一つ知らない様子。それでも冒険者にルーケイの地図を渡す。
「ルーケイの地が王領となる前の地図だが、この街道を抜けるだけでも馬車で数日掛かる。この河は、セトタ大陸でも有数の大河で、向こう岸が見えない」
「え? じゃあこの橋は‥‥」
 河に掛かる橋が明記されている。
「図では橋しか書かれていないが、旧ルーケイ城がある大きな島がここにある。王都ウィルが丸ごと入ってまだ余る大きさだ。島と岸の間の橋は、豪の者が最も強い弓を引いても中間に落ちるくらい長い。石橋の部分部分が木造で、戦の時は壊して防御したそうだ。昔はこの島に河の関所があって、ルーケイ伯の収入と為っていた」
 他領である。ラベール卿にも詳しいことは判らないらしい。この地図とて、領地防衛のために大枚をはたき入手した物だという。

 ともあれ、地図を手にした冒険者達。
「賊の拠点と為りそうなのはこれらの村じゃな?」
 七刻双武(ea3866)が示す。
「ルーケイ領がこんなに広いとは思いませんでした。仕方ありません。一つに絞りましょう」
 アトス・ラフェール(ea2179)が意見を述べる。話が作戦会議に移った辺りで、ラベール卿は席を外した。このまま居て、更なる協力を求められるのを恐れたようだ。
 相談の結果、先ずは2班に分かれてシスイ領に一番近い村の調査へ向かうことに決めた。
「しかし、これがあると助かるな。誰がつくったのだろう」
 勇人が嘆息すると、セトタ語に一番堪能なサイ・キリード(eb4171)が、地図の端のサインを示す。
「ルキナス。と言う人ですね」

●村を目指して〜先行班
 精霊光に輝く空が夕焼けの色に染まり、やがて夜が訪れる。出発の時が来た。ルーケイに跋扈する盗賊の目を避けるため、夜の闇に紛れてルーケイの地に足を踏み入れるのだ。冒険者達は先行班と後続班の2つに別れ、シスイ領を発つ。
 今宵の月精霊の光はひときわ明るい。その光にロベール卿より渡された地図をかざして見ると、シスイ領に一番近いルーケイの村までは、平坦な土地が続いている。
 地図より目を離して辺りを見回すと、草の生い茂る平野を西に向かって延びる細道を見つけることが出来た。ルーケイの地が荒廃する以前、旅人や行商人の往来で出来た道だろう。その道も今では生い茂る草の陰に、半ば埋もれようとしている。
「この細道を進み行けば、自ずと目指す村に辿り着くであろうな」
 地図と実際の土地を見比べ、割波戸黒兵衛(ea4778)が言う。
「人の向かう場所といえば、この辺りには目的地の村以外にはないはず。開けた土地故、村は容易く見つかるであろう」
「しかし、この細道沿いに歩けば進み易いが、身を隠す物がない。それだけ盗賊に狙われる危険が高くなる」
 言って、ヘクトル・フィルス(eb2259)は北に広がる森を指す。
「平野と森の境に沿って進もう。木の陰に身を隠しながら進めば、盗賊にも見つかりにくい」
 ヘクトルの言葉に、彼の属する先行班の皆は賛成。先行班では誰もが長距離を短時間で移動するためのセブンリーグブーツや韋駄天の草履を所持しているから、回り道や通行困難なルートを選んでも、時間の損失をさほど心配する必要はない。
「では、行きますか」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)が真っ先に、森へ足を向ける。
 カサッ。足下で何かが乾いた音を立てて崩れた。何かと思ってよく見ると、それは野ざらしのままで放置されていた骸骨。
「やれやれ、こんなにも荒れ放題の領地での調査か。‥‥これは気が抜けないね」
 骸骨を迂回して進む小柄なアシュレーの後を、大柄なヘクトルがのっしのっしと歩いて行く。
「んまー、一丁やったりますかァ」
 セブンリーグブーツに韋駄天の草履を履いているから、移動速度は速い。森まで達するのもあっという間だ。森は西に向かって延びている。森と平地の境に沿って進めば、村の間近まで達することができるはずだ。一行は木の陰に身を隠すようにしながら西へ西へと歩を進める。
「この辺りは平坦な土地だから、馬があれば苦もなく移動できるでしょうね」
 森と平野の境を歩みつつ、すぐ左手に見える平野を観察してリセットは評した。いざ戦ともなれば歩兵を進軍させるのも容易。ゴーレムならば尚更だ。
「しっ!」
 先頭を行くアシュレーが、急に立ち止まって皆の注意を促した。
「近くに何かいる!」
「さては盗賊か?」
 すぐ近くの茂みから、ガサゴソと音が聞こえてきた。何かが隠れている。シンが油断なく日本刀を構え、茂みに歩み寄った。盗賊なら有無を言わせず斬り捨てる。
 と、茂みの中で音を立てていた物がいきなり飛び出した。
「おっ‥‥!」
 盗賊ではなく若い鹿だった。鹿はあっという間に森の奥へ走り去り、シンはその姿を見送って苦笑した。
「では、行くか」
 皆は夜を徹して歩き続け、やがて朝が訪れた。空が虹色に輝くアトランティスの朝だ。
「ここらで一休みしよう」
 外から見えにくい森の中に場所を取り、野宿の支度をする。念のためヘクトルは周囲をチェックしたが、盗賊が焚き火をしたような跡は見当たらない。先ずアシュレー、ユパウル、シン、リセットが仮眠を取り、その間は音羽朧(ea5858)、黒兵衛、ヘクトルが見張りに立つ。
 森の空気は心地よい。寝袋に潜り込んで上を見上げると、木漏れ日がきらきらと輝いている。木の枝から枝へと渡っていく栗鼠がいる。耳には小鳥の囀りがひっきりなしに聞こえてくる。
(「まるで森の中のピクニックね」)
 しばしリセットは、ここが悪名高きルーケイの地であることを頭から追い払い、仲間達と頭を並べて眠りについた。
 そして1時間ほど経った頃。見張りの冒険者達は、森の奥から近づく気配に気付いた。
「今度こそ盗賊か?」
 刀を手にして身構える。しかし現れたのはまたしても盗賊ではなく、森に住む熊だった。ヘクトルと朧が熊の前に立ちはだかって睨み付ける。しばし熊とジャイアント2人の睨み合いが続いたが、やがて熊はくるりと背中を向け、森の中へ消えた。
「どうした? 盗賊でも出たか?」
 気配に気付き、シンが寝袋の中から訊ねてきた。
「いや、盗賊ではなくて熊でござった」
「熊か? またずいぶんと賑やかな森だな」
 朧の答を聞き、シンは再び寝入った。

●村を目指して〜後続班
 後続班の冒険者達5人の中には、長距離を早く移動できるアイテムを持たぬ者もいる。勇人は韋駄天の草履の他にもセブンリーグブーツを一足所持していたので、それを双武に貸し与えた。それでも仲間の2人は通常の徒歩で歩かねばならない。だから後続班の進む速さも最も遅い仲間に合わせることになる。
 先行班の出発からやや時を隔てて、後続班もシスイ領を発った。アイテムの力で早く移動できる勇人、双武、クロス・レイナー(eb3469)の3人は、自ずと隊列の前になる。後の2人が追いつけるよう、歩む速さをなるべく遅くしたつもりだった。ところがしばらく歩いて後ろを振り返ると、後に続く2人との距離が大きく開いてしまった。しばらく待っていると、後の2人が走って追い付いてきた。アトスにサイ、体力には自信のある二人もこれには参った様子だ。
「このまま村まで走り続けたら、息が切れてしまうぞ」
「困ったな‥‥」
 移動速度が統一できないことが大きな問題になることを実感し、勇人達も思案顔。そして相談が始まる。
「前と後ろがこんなにも離れては、襲撃された時に困ります」
「ならば全員がアイテムを使わず、普通の速さで歩くか?」
「しかし、それでは時間がかかり過ぎるのではありませんか?」
「ならば、セブンリーグブーツをローテーションで使用することにしましょう。ブーツをはかない時は走ることにして、それを皆で繰り返せば、誰か1人か2人が極端に疲れることもないでしょう。走った後の疲労を回復させるため、休みも多く取りましょう」
 その案で決まった。先行班とは違い、後続班の進み方では時間がかかるから、余計な遠回りは出来ない。だから村への最短距離であろう平野の細道沿いに歩くことになる。なるべく移動距離を稼がなければいけないから、賊の目に止まりやすい昼間は隠れて休んでいるというわけにもいかない。
 しかし細道沿いの移動では色々と面倒な事が起きた。
「気をつけよ。この辺り、賊が潜んでいる気配がする」
 そこは背の高い草が生い茂る場所。注意を促した双武は歩きながらブレスセンサーを唱える。草の陰に何者かが潜んでいるのが分かった。
「8人か。ちと多いな」
 その声を耳にしつつ、勇人は待ち伏せする者に気取られぬよう、変わらぬ速さで歩を進める。と、その足が落とし穴にはまった。
「うわっ!」
「大丈夫か!?」
 他の仲間達が駆け寄るや、回りの草むらから弓矢を構えた賊どもが姿を現し、冒険者達をぐるりと囲む。
「命が惜しけりゃ持ち物全部置いていけ!」
 そんな脅しが通じる冒険者達ではない。賊の言葉が終わるより早く、冒険者達は皆がさっと草の陰に身を伏せる。
「は‥‥!?」
 獲物が目の前から消え失せ、唖然とする賊。その時、勇人はとっくに落とし穴から足を引っ張り上げ、身を低くして大脇差「一文字」を抜き放ち、賊との間合いを一気に縮めて斬り込んでいた。
 ザンッ! 刃が肉を切り裂く音。夥しい鮮血を吹き出し、賊の体が草むらに倒れる。
 隣に立っていた賊が、信じられない物を見たとばかりに呆気にとられて立ち尽くす。それが命取り。隙を突いて繰り出されたサイのサンソードがその横腹をばっさりと薙ぎ、賊は先に倒れた仲間の隣に血塗れの体を横たえる。
「おのれ!」
 回りにいた賊どもが矢で狙いをつけるや、突然の暴風が彼らを翻弄した。双武の放ったストームの魔法。暴風で目もまともに開けられない賊どもに、冒険者達の剣が、刀が、情け容赦なく襲いかかる。たちまち賊どもはその数を半分に減じた。
「うわあっ! 助けてくれぇ!」
 力の差を見せつけられるや、生き残りの賊は一目散に逃げだした。あまりにもあっけない。
「逃がしません!」
 剣を手に後を追おうとしたクロスだが、それをアトスが制する。
「今回は調査が主。熱くなることは無い。雑魚は放っておけばよいのです」
「落とし穴とは、油断したぜ」
 事も無げな調子で口にしながら、勇人は最初に斬った賊に近づく。賊はまだ息があった。
「俺はルーケイ伯与力の男爵、陸奥勇人」
 名乗りを上げたが、賊は勇人の言葉も耳に入らぬ様子。ただ怯えて大きく目を見開き、口をばくばくさせるばかり。傷は深く、このままでは長くは持たない。
「剣持て戦う者の定めだ。許せとは言わねぇ」
 せめて苦しまぬように。勇人は賊に止めを刺し、その息が絶えたのを見届けると、大脇差の刀身についた血を拭って鞘に収めた。

 一行はひたすら西へと進む。向かって左手、南の方角には丘陵地帯が広がり、なだらかな丘の連なりが春の陽光の中、朧に見える。歩き続けるうちにやがて夕暮れ時となった。空が紅く染まり、やがてそれは闇の黒に変わり行く。
 その夕闇に紛れるように、素性の分からぬ一団がどこからともなく現れ、冒険者達に近づいて来た。
「賊か?」
 皆が剣を抜いて身構えると、怪しい一団は立ち止まる。遠くから獲物を窺うかの様子だったが、冒険者一行を手強い相手と見たのだろう。やがて彼らは逆戻りを始め、夕闇の中に姿を消した。
 満天の星が夜空に輝く頃。冒険者達は細道の脇で休息を取った。
「夜盗がいるここでも月はきれいですね」
 月精霊の輝きに、ふと心を和ませるサイ。
「早くこの地が平和に統治されればいいのですが‥‥」
 その言葉を聞き、クレスが答える。
「やがてはその日が訪れるでしょう。ここは本来、実り豊かな土地。でも、今は剣の力をもって、敵を屠り続けねばなりません。たとえそれがどのような敵であっても。それが敵であるならば一切の情けをかけることなく、非情に、冷徹に。この地では油断と甘えが最大の敵です」
「難儀なお役目であるな」
 言葉を発したのは双武。
「じゃが、此の地を征せねば、国家百年の計の最大の障害となるじゃろう。戦は始まったばかり。‥‥血が滾る様じゃ」
 幾たびもの修羅場をくぐり抜けた老志士の言葉。なれど、その顔に浮かぶは穏やかな微笑み。

●村を統べる者
 ルーケイ入りしてから先行班は延々と歩き続け、夜が明けると森の中に潜んで休み、夜が来ると再び歩き続ける。そろそろ村も見えてくると思われた頃。
「おい、あれは何だ?」
 平野に柱のような物が林立している。周囲に敵が潜んでいないのを確かめ、一行はその場所に近づき、その正体を知った。
 骸骨のくくりつけられた杭である。縛られて野ざらしにされた人間のなれの果て。その数あまりにも夥しく、しばし言葉を失う。
「なんかこう、イヤーな感じがプンプンするな」
 最初に口を開いたカルナックスだが、プンプンするどころの話ではない。
「三十四、三十五、三十六、三十七‥‥」
 骸骨の数をそこまで数えて、朧は数えるのを止めた。
「村一つ、丸ごと皆殺しにしたような数でござるな」
「これって子どもの骸骨かな?」
 さほど自分と背丈の違わない骸骨の虚ろな眼窩を覗き込み、アシュレーが言う。
「俺達もしくじったら、この骸骨の仲間入りか」
「縁起でもないことを言うな!」
 黒兵衛が叱った。杭の林の向こうには、村らしき物の輪郭が景色の中に浮かんで見える。すると、これは村に巣くう連中の仕業か? 骸骨をずらずら並べてお出迎えとは、気持ちのいい歓迎ではない。こんな代物を目にしたら、誰だってそのまま引き返したくなる。しかし彼らは冒険者。そうそう後戻りは出来ない。
「ここから先は身を低くし、草の陰に隠れて進もう」
 皆は黒兵衛の言葉に従い、じりじりと村への接近を始めた。

 月精霊の光の中に浮かび上がる村の全景。周囲にはぐるりと堀が掘られ、村の回りにはぐるりと堀が掘られ、その上には土塁が並び、さらに堅固な柵まで設けられている。しかも柵の内側には見張りの櫓が建てられ、夜を徹しての見張りが張り付いている。
「話によれば、村はルーケイの反乱が平定された時に焼かれたはずだが」
 先に宮廷図書館で聞いた話を思い出すユパウル。
「何者かが村を再建したということだな。しかもあの堅固な村の守りを見るに、そいつは兵法に通じた何者かだ。わしら全員が近づくには、ここまでが限度であろう」
 言って、黒兵衛はアシュレーに目線を送った。
「任せといて」
 小柄なアシュレーだけが只一人、草の陰に隠れた仲間達を離れて村に近づく。
「ふう‥‥潜入捜査は何度やっても緊張するねえ」
 のほほんと、どこかスリルを愉しむような呟き。見張りの目をやり過ごし、ゆっくりと時間をかけて堀に近づくと、中に飛び込む。
 ドサッ。その物音に気付いた見張りが視線を向けるが、アシュレーの姿はその目に映らない。姿を見えなくするパラのマントが、アシュレーの身を隠していた。見張りの注意が逸れたのを確かめるとアシュレーは堀から這い上がり、パラのマントで姿を消したまま柵の側に身を潜め、そこで朝の訪れを待った。
 柵の内側には麦畑が広がり、粗末ながらも家々が立ち並んでいる。朝の訪れと共に家々から人々が姿を現し、元気な声で挨拶を交わしながら仕事を始めた。畑仕事に炊事、洗濯。仕事の合間に立ち話する女将。その光景にアシュレーは戸惑った。
(「まるで、どこにでもある普通の村と変わらないじゃないか」)
 しばらくして騒ぎが起きる。村の倉の中から飛び出すジャイアントラット。それを村のこども達が手に手に鉈や棍棒を持って追いかける。村人たちも加勢し、すぐに大鼠は退治された。
「今夜はご馳走だ! お肉が食べられるぞ!」
 大鼠の死体を担いではしゃぐ子ども達。家の軒先を見れば、ぶら下がるのは大鼠やカラスの死体。
(「あれを食料に? 逞しい連中だね」)
 どこからか鶏や豚の鳴き声もする。普通の家畜もいるようだ。畑には小麦だけではなく、蕪やニンジン、レタスやセロリっぽい野菜も植えられている。クローバーの花咲く休耕地には、数頭の牛が草をはんでいた。
 どう見ても豊かで長閑な農村風景。潅漑も整備され、足踏み水車で用水の水を汲み上げる農民の姿が見える。
 村人の中に、見るからに他の村人とは雰囲気を異にする男がいた。通乗馬? いや、あれは騾馬だ。かなりがっちりとした騾馬の背に、彼は乗っていた。胸甲以外は革鎧、兜は傭兵が良く使う飾りのないタイプだ。細身の剣を吊るし、スピアを手挟み、軽めのショートボゥと矢筒を背負っている。似たようないでたちの部下数名。
 男が動くその周りで、村人が恭しく挨拶する。
(「村の支配者か。だが、あの安心しきった顔は何だ?」)
 身を屈め、様子を伺うヘクトルは村が醸し出す空気に違和感を感じだ。違和感は、手練の業と隠身の勾玉の魔力を使い最も間近に接近するアシュレーにより強く現れる。

「ルムスさま。今年もソバの備蓄は必要でしょうか?」
「今やっと2年分だ。飢饉や攻囲に備え村人全員が3年は食いつなげる備蓄が必要だ」
「水車小屋増設の件ですが、ご許可を」
「予定地の防備がまだ危うい。現地で直ぐに組み立てられるよう、制作を続けろ」
「ルムスさま。うちの息子が嫁を貰います。結婚のお許しを」
「許す。新床の買い戻しは、カマス一杯の小麦。さもなきゃ20日の労役。どちらか好きな方を選べ。後で祝いの酒を取りに来い」

 ガラこそ悪い。しかし、進みながら訴えを聞くその様は紛れも無き領主である。ルムスと呼ばれる男こそ、村の支配者であることは確かだった。
 できれば柵の内側にも忍び込んで調べたかったのだが、村の守りは固いため、それは難しかった。代わりにシンから預かったデジカメを使い、支配者の男の顔などを撮影。
 日が暮れ。闇に紛れてアシュレー達は村を脱出した。

 杭の柱が林立する場所で後続班を待つ。やがて現れた後続班の皆は、野ざらしにされた夥しい骸骨に驚き、続いて先行班からの報告を聞いて大いに怪しむ。
「あの村を治める者、ただ者ではなさそうだ」
 冒険者達がシスイ領に帰還して後、報告を受けたラベール卿は渋い顔で嘆息。
「どこの馬の骨とも分からぬならず者が、村一つを丸々手中に収めているとは。ああ、何と嘆かわしいことであろう」

●捕らわれた天界人
 冒険者達が村から帰還した後も、草薙麟太郎(eb4313)は大凧に乗ってシスイ領からの偵察を続けていた。すると南方から馬に乗ってやって来る一団が見える。見るからにならず者だ。
「盗賊だ! 盗賊だ!」
 櫓に立つ見張りが鐘を打ち鳴らし、警告の叫びを放つ。盗賊の一団は守りの柵から距離を置いて馬を止め、その頭目と思しきがシスイ領を守る兵士達に怒鳴った。
「俺達の縄張りに迷い込んだ天界人を人質に預かった! この品がその証拠だ!」
 盗賊は何か小さな物を高々と掲げ、それを兵士に投げつけた。
「身柄を引き渡して欲しくば、身代金として金貨千枚をよこせ! 金の受け渡し場所は、ルーケイ街道の入口だ! 金を持ってくる者の人数は5人まで! 飛び道具を持たずに来い!」
 その言葉を残し、盗賊達は蹄の音も荒々しく南へ走り去る。
 盗賊が投げて寄越した品を兵士の一人が拾い上げ、空から降りてきた麟太郎に手渡して訊ねた。
「見たところ天界の品のようだが」
「これは‥‥!」
 息を飲む麟太郎。それは仲間のダン・バイン(eb4183)が所持していたメモリーオーディオだったのだ。再生して流れてきたのは、聞き間違えようもないダンの声。
『HELP ME! HELP ME! I’M ALMOST KILLED!』
「これは人の声か? 何を喋っているんだ?」
 オーディオ機器で再生された言葉に、精霊力の摩訶不思議な作用は働かない。兵士にとって天界の言葉は、ちんぷんかんぷんだ。しかし麟太郎は違う。
「ダンが危ない! 助けに行かなきゃ!」
 続いてオーディオから流れてきたのは凄まじい絶叫。
『AAAAAAAAAAAH!!』
 今度こそ兵士も、それが何を意味するかを理解できた。

●無謀すぎた企て
 話は数日前に遡る。冒険者達がルーケイ入りした頃、ダンもルーケイに足を踏み入れていたのだ。ただし仲間には知らせず、こっそりと。
「エライ人たちの政治的なことは兎も角、この地の人々が、何を考え、行動し、生きているのかが知りたい。そして、多くの人たちに真実を知ってもらいたい。埋もれゆく真実を残すそれが、ブン屋の仕事だから」
 放浪者の格好をして、目指すは街道沿いの村。自分では突撃取材のつもりだった。しかし道すがら嫌でも目にする死体を見て、彼は身の危険を感じなかったのだろうか?
「それにしても‥‥ずいぶん歩いたな‥‥」
 ダンの体力では長歩きはきつい。延々と歩き続けた末、ついに力尽きて道端に座り込み‥‥。
 はっと気がついた時、ダンは盗賊に囲まれていた。
「ま、待ってくれ! 俺は天界でシャミラの知り合いだった!」
 もしやその名を知っているかと思い口にしたが、
「シャミラだぁ? そんなヤツは知らねぇなぁ!」
 そして盗賊どもの殴る蹴るの暴行が始まった。
「やめて‥‥! お金なら‥‥お金ならあります!」
 訴えるダンの言葉をせせら笑う盗賊達。
「てめえは天界人か? ならば騎士身分だな? 身代金をたっぷりいただけるぜ」
 ダンは所持金から隠し持っていたアイテムまで何もかも身ぐるみはがれ、盗賊の根城に連れ込まれてさらに手酷く痛めつけられた。ようやく自分の間違いに気付くダン。しかし時既に遅し。両手を縛られ、唯一覚えたチャームの魔法も使えない。

●高すぎた代償
 急遽、身代金が掻き集められ、勇人ら5人の冒険者がルーケイ街道の入口に向かう。そこに盗賊達が待っていた。しかしダンの姿は無い。
「ダンはどこだ!?」
「金を渡せば教えてやる!」
「身代金に金貨千枚とは、ずいぶんとふんだくってくれるな!」
「山賊でさえその命に金貨百枚の値がついたんだ! ならば天界人様の命には、せめてその十倍の値をつけねぇとな!」
「高すぎるぞ! せめて半分にまけろ!」
「ならばこっちも人質を半分に切り裂いて、その半分だけ返してやらあ!」
「くっ!」
 勇人は身代金の詰まった幾つもの金袋を、盗賊に投げつけた。盗賊どもは喜びのあまり大騒ぎ。中を改め金貨であることを確認する。
「まさか本当に持ってくるとはな! 天界人は金になるぜ!」
 馬に乗って引き上げ様、冒険者達に叫ぶ。
「おまえ達の仲間は、ここから南に下った沼の畔だ! 早く行かねぇとカラスに喰われちまうぜ!」
 救出のため南へ下った冒険者達は、沼の畔でダンを発見した。死体のように動かない傷だらけの体をカラスがつついている。
「遅かったか!」
「‥‥いや、待て」
 調べてみるとまだ微かに息があった。