●リプレイ本文
●冒険者街に来てみれば
ジ・アースからアトランティスへの月道が開かれてからかなりの日数が経ったが、今でもジ・アースからアトランティスにやって来る冒険者はいる。つい一昨日、アトランティスの土を踏んだばかりの、オルステッド・ブライオン(ea2449)もそんな一人だ。
「やっと着いたぞアトランティス。‥‥さて、とりあえず落ち着く場所が欲しいんだが‥‥」
聞けば冒険者街には、まだまだ空き家が沢山あるという。
あちらの世界のジ・アースでは、カン騎士団の実力者として鳴らした男。カン騎士団のコートで正装し、バックパックを抱えて冒険者街をふらりと訪れた。
春うらら。家々の回りに広がる草地にはタンポポの花が咲き、ひらひらと蝶が舞う。長閑な春の光景にしばし見とれていると、
「ムギャオー!」
「ん?」
何処からか奇妙な鳴き声がした。
「近くで妙な生き物を飼っているようだが‥‥」
などと言いながら手頃な空き家を見繕い、ドアを開ける。途端、先に居座っていた者と視線がかち合った。
「ガルルルルルル!」
威嚇の唸り声でお出迎えしてくれたのは若い狼。オルステッド、慌ててドアを閉めて後じさり。
「何でこんな所に狼がいる?」
と、その足の裏に妙な感触。
「‥‥うっ!」
踏んづけたのは寝そべっていた大きなヘビの胴。ヘビは鎌首をもたげてオルステッドを威嚇すると、くねくねと素早く身をくねらせて隣の空き家の陰に消えた。草地をよく見れば灰色の妙な塊がぶよぶよ動いていたり。植え込みの陰ではコウモリみたいな翼を持つ鶏みたいな生き物が、ガァーガァーとアヒルみたいな声で鳴いている。その尻にくっついてニョロニョロ動いているのはヘビの尻尾のような‥‥。
「うわっ! こいつはコカトリスかっ!?」
さしものオルステッドも硬直したように、しばしその場に立ち尽くす。そしてコカトリスを刺激せぬよう、抜き足差し足でその場を離れた。
「どこもかしこもモンスターだらけじゃないか。一体、どうなってるんだ?」
冒険者街にはびこる野良ペットの事を知ったのは、その直後である。
「フン、自分のねぐらの確保のためにも、掃除に参加する、か」
さて、冒険者ギルドでは。
「この家にロック鳥の雛、この家には狼、この家には大きなヘビ、この辺りの草地にはコカトリスに大トカゲ。目撃したのはそんな所ですが、まだまだ空き家は多いし、一体何が隠れているか分かったもんじゃありませんよ。‥‥はぁ」
広げられた冒険者街の地図をあちこち示しながら、目撃した野良ペットについて説明したギルドの事務員は、最後にため息一つ。
「最期まで面倒を見るのが飼い主の役目だというのに、情けない事ですね。で、捕獲した野良ペットはどこに持っていけばいいのですか?」
訊ねたアルメリア・バルディア(ea1757)に事務員は答える。
「囚人護送用の馬車を3台、用意しました。他にも犬用の檻を馬車に積めるだけ積んで運んできたので、野良ペットを収容するのに使ってください。そのまま魔獣の森に運んでいきます」
それを聞いてヴェガ・キュアノス(ea7463)が訊ねる。
「素朴な疑問なのじゃが、『魔獣の森』と呼ばれる場所とはいえ、ポイポイ捨てて周囲の民には影響無いのかの?」
「いえ、ご心配には及びません。『魔獣の森』はとても広くて、その近辺に人家はありません。森に出入りする者といえば、モンスターの卵や仔を捕まえてペット商人に売りつける狩人くらいのものです」
「しかし馬車でも運べぬような野良ペットが見つかった場合、まずは元の飼い主を探してみるが、見つからなければこっそり退治するのは如何かえ?」
元の飼い主などまず見つからないだろうが、さらにヴェガが訊ねると、事務員は小声で耳打ちした。
「退治するにしても、なるべく騒ぎにならないようにお願いします」
「ところで‥‥」
イコン・シュターライゼン(ea7891)にとって気掛かりなのは、冒険者街の空き家を隠れ場所にしている浮浪児の件。
「出来れば、冒険者街に住み着いている浮浪児の件の解決の糸口も見つけたい所ですが‥‥」
「いや、今回の依頼の目的は野良ペットの捕獲ですので。浮浪児のことは気になさらずに」
事務員がそう言うので、やはり浮浪児のことが気になるギルス・シャハウ(ea5876)も、こんな提案をしてみた。
「今回の依頼だけど、浮浪児に有償で情報提供をお願いしたいんですが〜」
「浮浪児にですか?」
事務員はしばし考え込む。浮浪児の処遇、厄介な問題ではある。
「まあ、後腐れのないようにお願いします」
結局、そんな曖昧な答が返ってきた。
了解を取り付けたものと受け取ったギルスは、浮浪児のことをもっと調べようと考えた。それには貧民街に出かけて聞き込みをしなければならない。手伝ってくれるという冒険者仲間を連れて貧民街に足を運ぶと、その入口で衛兵に出くわしてしまった。
「何だ貴様は! シフール便の配達人か!?」
ギルスはシフールなもので、そう見られてしまう。
「違います〜。これでも僕は冒険者のクレリックで〜」
答えた途端、目を剥く衛兵。
「何ぃ!? 冒険者のクレリックだとぉ!? だったらこの非常時に危険な貧民街に出入りしようなどとするな!」
「あの〜? 今って非常時なんですか〜?」
「知らないのか!? 例の無謀な山賊助命嘆願のおかげでクレリックの評判はガタ落ちだ! おまけに山賊400人が処刑寸前で逃亡したせいで、貧民街には流言飛語が蔓延り、貧民どもは殺気立っている! 貴様、羽根をむしられて串焼きにでもされたいか!?」
「でも〜、僕達はギルドの依頼で聞き込みをしなければならないんです〜。貧民街から逃げ出して冒険者街に隠れている浮浪児の件なんですが〜」
「ギルドの依頼か。宜しい、ならば我々も協力させてもらう」
衛兵は同僚を呼び集め、ギルス達の回りをがっちり固めた。物々しく貧民街に繰り出すと、衛兵はそこかしこにたむろする住民に向かって、威張りくさった口調で呼ばわった。
「これは冒険者ギルドの依頼による調査である! 不遜にも国王陛下のお膝元たる王都を荒らし回り、冒険者街に逃げ込んだ浮浪児がいる! 奴らのことで、お前達の知っている事を述べよ! こちらの冒険者殿がお望みである!」
不安気に視線が交わされ、やがて街の男の一人が怒鳴る。
「あのガキども、絶対に許せねぇ! 見つけたら叩き殺してやる!」
それを皮切りに、次々と上がる怒りの声。
「ちょっと目を離した隙に、うちの屋台からパンをごっそり盗みやがった!」
「あたしの店もやられたよ! 悔しいったらありゃしない!」
「奴ら、ゴブリンよりも始末に負えねぇ連中だ!」
「あんな悪ガキ、捕まえて縛り首にしちまえ!」
「そうだ、縛り首だ!」
怒りは次々と連鎖して行き、とうとう盛大なシュプレヒコールに。恐らく、冒険者様に直接言えない怒りが転化されてるきらいもあるが、
「縛り首だ!」
「縛り首だ!」
「縛り首だ!」
「縛り首だ!」
衛兵がじろりとギルスを睨んで言う。
「そういうことだ。分かったな?」
「見つけたら縛り首‥‥ですかぁ〜」
思わず考え込んでしまうギルスである。
●大掃除の始まり
コン! コン! コン!
借りてきた大ハンマーで地面に杭を打ち込み、板を取り付けてセトタ語で字を書いて、立て札の出来上がり。
『本日大掃除中・立ち入り要注意』
「これで、よし」
冒険者街の東。各通りの入口に看板を掲げ終えた紫田一仙(eb4314)は、いい汗かいた後でちょっと一息。
「立て札とか作ってると、向こうを思い出すな」
川縁から川面を眺めると、ぽかぽかした春の陽光の中、鴨の群が悠々と泳いでいる。
「野生化したペットかぁ‥‥。面倒見切れないなら飼ってはいけません、っておしえられたっけな‥‥。ん? もしかして、あの鴨も‥‥」
連れの龍堂光太(eb4257)が鴨を見つめ、何かしら言いたそう。
「鴨がどうしたって?」
「あれも逃げ出したペットだったりして」
「そういえば、鴨の数も最近になって増えたような‥‥ま、いいか。放っておいたって鴨が人を襲うことはないだろうし」
のんびり鴨を眺めていると、アルメリアがやって来た。
「冒険者街の各通りの空き家と、目撃された野良ペットの情報をまとめてみました」
「どれどれ? ‥‥うわ、何だこりゃ?」
アルメリアが差し出した羊皮紙の切れっ端は、手の平に収まってしまいそうに小さくて、しかもすり切れて千切れそうに薄っぺらい。そこに冒険者街の家並みや野良ペットの目場所がびっしりと細かく描き込んである。
「ギルドに記録用の羊皮紙を頼んで、渡されたのがこれなんです。ほら、まともな羊皮紙は値段が高いでしょう? 冒険者ギルドもこういうところで経費節約しないと、出費がかさんで大変そうです」
「しかし細かすぎて読みにくいな。どれ、貸してごらん」
一仙は羊皮紙を受け取ると、棒の切れ端を手に取って、地図を地面に大きく書き写した。その地図を見ながら仲間達は相談する。
クリオ・スパリュダース(ea5678)が提案した。
「冒険者街にはセネジ通り、ホルム通り、バガン通りなど名前のついた通りが幾つもあって、それぞれの通りの北側と南側とに家々が立ち並ぶという造りになっていますね。効率よく仕事を進めるため、私達は2班に分かれましょう。通りの北側を調べる班と、南側を調べる班とに。大物の野良ペットを発見した時には合流するようにして、そうして通りを一つ一つ調べて行きましょう」
いつもは口調が冷たくそっけないクリオだが、今は猫を被って婦人らしく。特に異を唱える者はなく、作業はクリオの言うこのやり方で進めることに決まった。南の通りから始めて、北へ向かって行く。
●アクシデント発生
冒険者街の家々はもっぱら、通りの入口から近い順に入居者で埋まっていく。通りの入口から離れるに従って、空き家は多くなる。調査は先ず、アルメリアのブレスセンサーによるチェックから始まった。
「あら? この辺りに人は住んでいないはずなのに」
ブレスセンサーに感知されたその息づくものは、人の子ども程の大きさのものが5つ。空き家の一つに潜んでいる。仲間達に知らせ、皆でその空き家に近づくや、隠れていた子ども達が中から飛び出した。
「あっ! 待って‥‥!」
呼び止めたが子ども達は振り向きもせず、脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
「あれは浮浪児だな」
一仙が言う。子ども達は皆、一目で浮浪児と分かるボロ服姿だったのだ。
「流石に逃げ足だけは早いな。どうやら俺達を警戒している。迂闊に追いかけて野良ペットの所に逃げ込まれては、かえって危険だろう」
「だからといって、放っておくわけにもいかないでしょう?」
と、クリオ。
「何か子ども達の好きそうな物で惹きつけられないかしら?」
マヤ・オ・リン(eb0432)がふと、思いついたことを口にする。
「私、奥様が好きだった、甘さ控えめで香ばしい木の実の焼き菓子が得意なんですけど、うーん、子供たちにはうけないでしょうか」
クリオがマヤを見た。
「お菓子で誘き寄せますか。試してみる価値はありますね。で、貴方の家の場所は?」
「ラァク通り2番ですが」
「この近くですね。それでは、貴方の家で焼き菓子を作りましょう」
調査を一時中断し、皆でマヤの家に向かう。
家の天井には狩られたばかりの兎や雉や、剥がれた毛皮がぶら下がる。物珍しそうに家の中をしげしげと見回す光太。
「‥‥すごいな」
「生業、狩人ですから。ええと、小麦粉は‥‥」
台所に入って、ごそごそやり始めたマヤ。
「僕も手伝おう」
「よろしく‥‥」
隅に置いてあった小麦粉の袋を持ち上げて、光太に手渡した。そのはずみで光太の手がマヤの手に触れた。
「あっ‥‥!!」
運が悪かったとはこのことか。マヤの目がつり上がり、瞳が血の色に染まった。
マヤはハーフエルフ。何かのきっかけで理性を失い狂化するという、呪わしい定めを背負った存在。しかもマヤは、異性と触れ合うと狂化を起こすという体質だったのである。
「よくもおーっ! よくも私に触りやがったなぁ! このクソ地球人がぁーっ!」
怒鳴りつけ、光太を突き飛ばす。
「‥‥マ、マヤさん」
マヤの豹変に光太は尻餅ついて呆然。
「このっ! ○××△□□×▽××△!!」
狂化中は口が悪くなるマヤ。聞くに堪えない罵詈雑言を吐きまくってテーブルをひっくり返し、椅子を投げつけ、その凶暴さを目の当たりにして光太は逃げ出した。
「うわっ! 来るな! 来るなぁ!」
スタンガンをマヤに向け、バチバチと火花を飛ばして牽制していると、
「光太! 何があったんだ!?」
訳が分からず一仙が怒鳴る。
「あなた、マヤさんに何をやらかしたの?」
こんな時でも冷静さを失わず、殺陣静(eb4434)が問い詰める。
「僕は何もしていない! 僕はただ、マヤさんの手に触っただけだ!」
「本当に手に触っただけ?」
「やあっかましいいいっ!」
訊ねた途端、罵声と共にマヤが皿を投げつける。避けきれず、静の額に命中。
「うっ‥‥!」
額を手で押さえるや、その手をアルメリアが掴み、
「はやく外へ!」
一仙と光太も仲間の手で外に連れ出されたが、その後をマヤが追いかけてくる。
「待てぇ! 逃がすかぁ!」
マヤが外へ飛びだそうとする寸前、イコンが家の扉を勢いよくバタリと閉じ、皆で開かないよう押さえつけた。
「開けろぉーっ!! 開けろぉーっ!! ここから出せぇーっ!!」
ドン! ドン! ドン!
扉の裏ではマヤが怒鳴りながら、激しく拳を叩きつけ、しまいには体当たりまでかます有様。
「あの‥‥マヤさん、どうなっちゃったんですか?」
心配顔で仲間に尋ねる辰木日向(eb4078)。他の地球人の冒険者達と似たり寄ったりで、日向は状況がよく飲み込めない。しかしジ・アース人の冒険者達は馴れたもの。
「つまりは‥‥これが狂化ということなのです」
幾分、気まずそうにクリオが答える。
「心配はいりません。放っておけば、じきに収まりますから」
暫くすると家の中は静かになった。扉を開けると散らかった部屋の中、ばつの悪そうな顔をしたマヤが立っていた。
「‥‥ごめんなさい。私、男の人に触られて、つい取り乱してしまって‥‥ほんとうにごめんなさい」
●隠れていた子ども達
そんなわけで冒険者街の大掃除は、突発的なアクシデントで中断。その日の残りは散らかったマヤの家の後片づけに費やされた。
「仕方ありませんわね」
と、クリオ。
「‥‥ごめんなさい」
と、恐縮するマヤ。
次の日、本来の仕事が再開。静のブレスセンサーを使い、浮浪児の潜んでいそうな場所に当たりをつけると、皆でその近場に繰り出した。食材に調理用具に食器に薪を携えて。今日も天気が良くてぽかぽかと暖かく、ちょっとしたピクニック気分。草地に手頃な石を並べて即席の竈を作り、薪を入れて火を熾し、その上に載っけたフライパンの上で焼き菓子を焼いて。香ばしい匂いがあたりにぷ〜んと漂うが。
「現れないですね」
マヤが漏らす。子ども達は一向に現れない。
「いいえ。皆、家の陰から様子を伺っています」
ブレスセンサーで子ども達の所在を確かめ、静が答えた。
「キミ達も隠れてないで、出ておいで〜!」
ギルスが呼びかける。
「おいしいよ〜! 早く食べないとなくなっちゃうよ〜!」
家の陰から小さな頭が一つ、二つと顔を出し。
出てきた、出てきた。ボロ服を着た子どもが5人。
しかし、まだまだ警戒心が解けないのか、冒険者達から距離を置いた場所で立ち止まる。
「さて、どうしよう〜?」
ギルスは仲間を見回し、その視線が最年少のレン・ウィンドフェザー(ea4509)の上に止まった。レンは10歳。浮浪児の中には彼女よりも背丈のある者もいる。
「これを持っていってくれないかな〜?」
「わかったわ」
焼き菓子を抱え、子ども達に近づくレン。相手が子どもだと見て警戒心を解いたのだろう。子ども達はわっとレンを取り囲み、礼も言わずに焼き菓子をひったくった。
「君たち! 空き家とはいえ、人の家に勝手に住み着くのは良くないですよ!」
諭しながらイコンが歩み寄る。すると子ども達は、さっと家の陰に隠れてしまう。
「まるで野良猫を宥めすかしているみたいな‥‥。あの〜! ちょっとしたお小遣いを稼げるお仕事があるんですけど、君達でやってみませんか〜!?」
そうクリオが呼びかけると、子ども達は再び家の陰から姿を現し、返事を寄越してきた。
「金になる仕事なら手伝うぜ〜!」
「‥‥現金な性格してるな」
ぼそりと呟く一仙。
子ども達との交渉はまとまった。アルメリア、ギルス、イコン、日向、クリオの5人が、子ども達への情報料としてそれぞれ1ゴールドを支払う。
「それでは、変な生き物のいる家に案内して貰えますか?」
「変な生き物? 分かったよ。ついてきな」
アルメリアに頼まれ、子ども達は冒険者達を一軒の家の前に案内した。
「ほら。あれがヘンな生き物だよ」
家の庭を指さす子ども。そこに奇妙な生き物がいた。一見、地面からそそり立つ石の壁。それがもぞもぞと動いている。
「あれはクリーチャーの塗坊? だけどこの家は‥‥」
表札を見ると、クウェル・グッドウェザーとの名前がある。居住者のいる家だった。
「あ、人の住んでいる家じゃなくて‥‥」
アルメリアは頼み方を間違えたのに気付いた。
●生態系
「よ〜するに、でっけぇ生き物やヘンな生き物がいる空き家に案内すりゃいいんだろ? ま、空き家って言っても沢山あるけどな」
生意気な口をききながら子どもが案内したのは、オルステッドには見覚えのある空き家。
「おい、ここは狼のいる家じゃないか」
家をよく調べてみると、床下に狼の巣穴が出来ている。
「ここから家の中に潜り込んだんだな」
ブレスセンサーで探りを入れるアルメリア。狼は中にいた。
「それでは、ささっと片づけてしまうかの」
オルステッドと共に、ヴェガが家の中に踏み込む。程なく二人は狼を担いで戻ってきた。狼はヴェガのコアギュレイトの呪文でガチガチに固まっていた。
「しっ! しっ!」
空き家の庭では、光太と静が一緒になって、大ヘビを追いつめている。
バチッ! スタンガンで気絶させたところを、静がその首を掴んで袋の中に放り込んだ。
「しかし、何を食べればココまで大きくなるのかえ!?」
捕らえた狼と大ヘビのあまりの大きさに呆れるヴェガ。
「じゃあ〜、次の空き家に行ってみるかい」
案内役の子どもは、貰った焼き菓子を歩き食い。はっきり言って行儀が悪い。
「おいしいですか? 明日からはお肉のパイが作れます」
何気なしなマヤの言葉。しかし皆ははたと立ち止まり、捕らえた野良ペットとマヤの顔を見比べた。
「お肉って‥‥おい、まさか‥‥」
すると子どもの一人がニヤリと笑った。
「お肉なら狼やヘビの肉よりも、もっとおいしい肉があるぜ!」
言って駆け出し、しばらく姿をくらましたと思ったら、手に太った兎をぶら下げて戻ってきた。
「ほら! 兎の肉!」
「待ちなさい。まさか、どこかの家で飼っているペットではないでしょうね?」
イコンが問い質す。
「ペットじゃねぇよ! ここにはウサギが沢山いるんだよ!」
「本当ですか?」
「疑うんなら案内してやるよ」
子どもの後についていくと、空き家の建ち並ぶ場所に出た。そこに沢山のウサギがいる。家々の回りに広がる草地に群を為し、長閑に草を噛んでいる。
「誰が持ち込んだか知らないけど、ウサギって放っといたらあっという間に増えるんだよね〜」
割と動物に詳しいギルスは、そんな事に思い当たる。
「成る程のう。この兎が野良ペットの餌になっていたわけかえ」
ヴェガも納得した。
「つまりは、冒険者街の草場に生える草を兎が食べて、その兎を狼やロック鳥などの大型の野良ペットが食していたというわけですね。地球で言うところの『生態系』が、冒険者街に出来上がっていたわけです」
日向がそんな地球人らしい説明をした。
「だけど、こんなに動物が増えるなんて〜。誰か捨てている人がいるのかな〜? 君達、知らないかな〜?」
ギルスは子ども達に訊ねてみるが、誰も知らないという。
「だってよぉ、捨てられてるのか放し飼いにされてるのか、分からねぇじゃん!」
●凶暴な鶏。
「あの兎、野良ペットを誘き寄せる餌になりませんか?」
兎の群を見てマヤが言う。
「餌にするのは何だか可哀想だけど‥‥」
「え? ダメなんですか?」
日向の言葉を聞いて、その顔を見る。
「それでは大型の野良ペットは、人間を餌に‥‥」
「あら?」
足下に転がる奇妙な物体に日向は気付く。
「こんな所に、犬の石像が」
確かに石の像が転がっている。一仙も近寄って確かめ、その見事さに感服した。
「これは見事な石像だ。まるで生きながら石と化したように生き生きしている」
「いや、待て!」
叫んだのはオルステッド。
「これは石像じゃない! コカトリスの嘴にやられて石と化したんだ! こいつはヤバいぞ!」
ガァー、ガァー。
そういえば、さっきから聞こえるこの鳴き声は‥‥。
「いたぞ! あそこだ!」
オルステッドの指さす植え込みの陰にそいつがいた。コウモリみたいな翼にヘビみたいな尻尾を持ち、全身を鱗で覆われた大きな鶏が。
「餌で釣って捕まえましょうか?」
コカトリスに歩み寄りかけた日向をオルステッドが制する。
「それ以上近づいてはだめだ。あなたには危険すぎる」
「スポーツプロテクターを付けているので、少しは大丈夫なんじゃないかなぁと‥‥」
「コカトリスを甘く見てはいけない」
「あっ! あんな所に猫が!」
「何!?」
すぐ近くの茂みで、野良猫がコカトリスを狙っている。
野良猫が飛びかかった。コカトリスがバタバタ羽ばたいて宙に舞い、野良猫にのしかかって嘴でつつき回す。気勢に押されて野良猫が逃げて行く。
「猫、何ともないようですね」
「いいや。コカトリスの真の恐ろしさはこれからだ」
猫がばたりと倒れた。嘴でつつかれた部分が灰色に変色し、それが全身に広がって行く。ほんの1分かそこらで猫は石と化していた。
「ひぃ‥‥!」
上擦った声を上げたのは、一部始終を見ていた浮浪児。するとコカトリス、何を思ったか見守る浮浪児の方にすたすた歩いてくる。
「うわっ! 来るな! 来るなーっ!」
「どうじゃ? 冒険者街は恐いところじゃろ?」
言うなり、ヴェガが高速詠唱のコアギュレイトを発動。
コカトリスは立ち止まり、かすかに首を傾げる。魔法抵抗されて効き目がなかった。
さらにもう一度、試みる。コカトリスは硬直し、ばたりと倒れた。すかさずマヤがその足を掴んで拾い上げ、
「あの、これ‥‥」
「まさかお肉にして食べるつもりじゃないだろうな?」
オルステッドは呆れ顔。
「え? ダメなんですか?」
●巨大ヒナ鳥
「で、大物のいる家はここです」
ブレスセンサーで探りを入れたアルメリアが、一軒の家の前に皆を導いた。
「恐らくはロック鳥のヒナ鳥でしょう」
そのアルメリアの足下をのそのそ這っていく大きなトカゲがいる。
「光太! そっちに回れ!」
一仙が呼びかけ、光太と二人でトカゲを挟み撃ち。スタンガンを握る光太の手が伸びる。トカゲがさっと逃げようとする。
「逃がすか!」
一仙がトカゲに飛び付いた。トカゲは一仙の腕に噛みついた。
「痛あっ! 痛あっ!」
それでもトカゲを離すまいと無我夢中で取り押さえていると、ギルスがコアギュレイトの魔法をお見舞い。硬直して動かなくなったトカゲを、すかさず日向が袋の中に放り込んだ。
「ナイスチームプレイ、ですね」
「で、ロック鳥のヒナはどうする?」
オルステッドが皆に尋ねる。
「家の中から誘い出して仕留めるか? 殺生はしたくないが、生け捕りが難しければ致し方あるまい」
「いいえ、家の中で取り押さえましょう。屋内なら逃げ場はありません」
と、アルメリアが答える。
「僕も、それがいいと思う」
と、光太も同意。
「皆と連携して角に追いつめれば‥‥」
「うまくいくといいが」
オルステッドは今一つ不安を感じたが、アルメリアと光太は家の中へ。クリオとイコンもその後に続こうとしたが、その途端に家の中でとんでもない騒ぎが起きた。
「ムギャオー! ムギャオー!」
けたたましい鳴き声に続いて、先に入った二人の悲鳴。
「光太ーっ! しっかり押さえてぇーっ!」
「うわぁ! 前が見えない!」
「仕方ないわ、ウインドスラッシュ!」
「うわあああああーっ!!」
「ムギャオオオオオオーッ!!」
どがっ! どがっ! ミシミシミシミシ!
壁に亀裂が走る音がしたかと思うと、二人が家の中から飛び出してきた。
「うわ、家が壊れるーっ!!」
巨大な野良ペットを相手にするには、家の中はあまりにも狭すぎた。その後を追うように、巨大ヒナ鳥が現れた。
「ムギャオオオオオオーッ!!」
短い翼を広げて威嚇のポーズ。峰打ちを喰らわそうと、イコンが小太刀「霞小太刀」を構える。と、クリオが横合いから巨大ヒナ鳥に殴りかかった。
ゴン! ナックルをはめた拳の一撃が見事、巨大ヒナ鳥の頭に決まった。だが巨大ヒナ鳥も然る者、クリオの胴を狙って猛然と嘴を突き入れてきた。
ビリッ!
「あら、脇が破れてしまいましたわ」
服は裂けたが体は無傷。
「みんな! さがってほしいの!」
叫んだのはレン。咄嗟にクリオが身を翻して退くや、レンが魔法を放つ。高速詠唱のローリンググラビティーだ。重力が反転、巨大ヒナ鳥の体が空に向かって舞い上がり、すぐに地面に向かって落下する。
ドンッ! 軽い地響き立てて墜落した巨大ヒナ鳥に、先の勢いはない。
すかさずギルスがコアギュレイトの魔法を放ち、巨大ヒナ鳥を動けなくした。あまりにも大きすぎるから、馬車をここまで持って来て外へ運ぶしかない。それまで逃げられぬよう、ヴェガと静とで巨大ヒナ鳥の足をきつく縛る。
「すげぇ! おまえ、そんなちっこいくせに、すげぇ魔法使えるんだな!」
案内についてきた浮浪児達は感服した様子。その目は皆、小さなレンの姿に集まっていた。
「ところで君達、ちょっと話があるんだけど」
クリオが浮浪児達を集め、その耳に何やら囁く。浮浪児達は頷き、返事した。
「うん、分かったよ。いい事教えてくれてありがとな! 姉ちゃん!」
●魔獣の森へ
散々手こずらせてくれた野良ペット達も、今は檻の中。
「‥‥ぷ。せちがらいよのなかなの。ペットさんたちにつみはないけど、かわれたあいてがわるかったの。せめて、ひとがいないところで、のんびりとくらしてほしいの」
それがレンから野良ペット達に送られる別れの言葉。
「さあ、いるべき所へ帰りましょう」
イコンがオーラテレパスで巨大ヒナ鳥に呼びかけると、
「○×△×□××▽!!」
何やら怒ったような、言葉にならぬ返事が返ってきた。
その姿を見て呟く一仙。
「こうなったら飼えないのがな‥‥犬猫ぐらいなら良いけど。ロック鳥ってなぁ」
「魔獣の森までの道中、餓えさせるのも可哀想だ」
オルステッドは手持ちの保存食をどっさり檻の中へ放り込んだ。しかし果たして野良ペット達のお気に召したどうかは謎である。
●大掃除の終わりに
「はい。皆様、ご苦労様でした」
冒険者ギルドの事務員はにこやかな営業スマイルを浮かべ、大掃除に参加した冒険者達に報酬を支払った。
「ちょっといいですか?」
日向はギルドの事務員に何やら話がありそう。
「何か?」
「その、これは凄く個人的なお話ですけど、依頼後ギルドの事務員さんに提案を‥‥。依頼期間中、有料でもかまわないので、申し出ればペットをギルドが預かってくれるシステムを作る事はできないでしょうか?」
「いや、そういった話は、私どもでは対処致しかねますので」
事務員の返事はそっけない。
「私からも言わせてもらうが」
と、ついでとばかりオルステッドも。
「王都ウィルの衛兵が冒険者街に立ち入って管理できないのも、浮浪児や野良ペットの件など、冒険者街が抱える問題の原因の一つと言えそうだ。冒険者が気持ちよく家を空けられるよう、町内会などである程度管理運営したほうがいいかもしれん」
さらにクリオとイコンも意見する。
「野良ペットをわざわざ棄てに行くのは浪費ですし、お茶濁しです。浮浪児との付き合いや、空き家の扱いも含め、改めて検討の機会がほしいです。政治問題を含みますし」
「僕も、浮浪児にはもっと便宜を図って欲しいと思います。人に力を貸すなら、良い方向に運命の車輪を回すやり方で力を貸したいですから」
「考えておきましょう」
とだけ事務員は答え、クリオに釘を刺す。
「ところで浮浪児達に、何かヘンな事を吹き込んではいないでしょうね? 後で問題になったら困りますよ」
「いいえ、特に何も」
ここは笑って誤魔化すクリオであった。
最後に。魔獣の森へ送られる野良ペット達の為に、ヴェガは小さく祈りの言葉を。
「アーメン」