とちのき通りのしふ学校〜絵の具が乾くまで

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2006年06月10日

●オープニング

 とちのき通りの裏通りに住み着いて、ちょっとシャレにならないイタズラから明らかな犯罪行為まで、様々な悪事に手を染めていたシフール流民──通称『わるしふ』達。彼らは正義のしふしふ団の前に敗れ去った。幹部達の大半は行方知れず。新たな生き方を見つけて頑張っている者もいるけれども、行くあても無いしたっぱ達と元幹部のイーダ、合わせて40人は、通りの『学校』に転がり込んで生活している。この学校、わるしふ達を保護して、悪事を働かなくとも自活して行ける様に色々な体験をさせてみようと、しふしふ団が作ったものだ。
「てな訳で、あたいら『わるしふ』の看板下ろしてこうして他人様の世話になる事になった訳だけど、こうなったからには‥‥ってそこ! 人が話してる最中に堂々と盗み食いしてんじゃないよっ! またパン屋修行にかこつけてちょろまかして来たんだね!? 十分に食べてるのに無駄に盗んで来た上に、それを分けもせず一人で食ってるってのはどういう了見だいっ!」
「わあ! イーダの姐さん、堪忍、堪忍だよう〜」
 ‥‥若干怒るポイントがずれている気がしないでもない。
「姐さん〜、またこっそり脱走しようとしてるのがいるよ〜」
「げ! バラしてんじゃねーよテメー覚えとけ!」
「コソコソ人の目盗む様な真似しといて随分と威勢がいいねぇ。ちょーっとこっちにおいで〜?」
 イーダに首根っこを掴まれ、ずるずる引き摺られて行く脱走犯。イーダの目が無くなった途端、怪しげな行動を開始する者達がそこここに。小さくても人一倍騒がしいシフール達が40人も集まった結果、学校は毎日てんやわんやの大騒ぎ。ちょっと収集のつかない事になっている。

 学校の隣、通りの顔役ゴドフリー氏の店の中では、通りの人達が集まって話し合いの真っ最中。
「イーダを含む20人のシフール達は、自分で思い切ってわるしふ団と決別しただけあってそれなりに真面目に取り組んでいる様だが、後から来た20人は今でも裏通りにいた時のまま、手癖も悪いし素行も悪い。あまり馴染もうという気も無い様に思える。やる気になった者達に悪い影響が出ないか、少々心配だ」
 ゴドフリーは難しい顔。
「一番最初にわるしふを抜けたトートは今じゃうちのパン屋で頑張ってるし、改心した幹部のモロゾと彼について行ったしたっぱ3人は郊外の農家で小作をしながら修行中だったか? やれば出来るんだよ。だが、今のところ自立できてるのはこの5人だけなんだよなぁ。イーダとらくがきシフール達は絵が好きなんだろうが、さて何処まで本気なのか」
 考え込むのは、パン屋の旦那。
「うちに修行に来てるのなんか、給金もらえないかって言って来たのよ? ふざけてるわ〜、お金ならこっちが貰いたいくらいよっ」
 ぷりぷり怒る娘さんを、仕立て屋のマリーおばさんがまあまあ、と宥める。
「あの子達はね、屋台のお菓子に感動して、自分達でもそんな商売をやってみたいって思ったらしいの。その為にはお金が必要だものね‥‥でも、うちもお金を出して人を雇う程の商売ではないし、困ったねぇ」
 どうにかしてあげたいけどねぇ、と気を揉むマリーおばさんに、ほんっとうにお人よしなんだから! と娘さんは呆れ顔だ。

 学校の表通り側。かけられた看板は、4人のわるしふ達が、しふしふ団の呼びかけに応じて人目を避け仲間の目も盗んでこっそりと描き進めたという代物だ。その力作を、腕組みをしてまじまじと眺める男がいた。彼はふむ、とひとり頷いて、ゴドフリーの店に入る。
「おお、よく来てくれた」
 彼に気付いたゴドフリーが、歓迎の意を示す。男は画家工房の親方。ゴドフリーが話をして、物になるかどうか、作品を見に来てもらったのだ。
「表の看板は見せたもらった。‥‥よくもまあ、あんなものを見せる気になったものだな」
 呆れ顔の彼に、駄目かね? とゴドフリー。親方は「ひどいものだ」と一刀両断だ。
「だが、あの色彩感覚には見るべきものがある。本人達にその気があるなら、ものになるかどうか、うちで暫く修行させてみてもいい」
「そうか、いや、助かる」
 ゴドフリー、ほっと安堵の表情。
「いっそのこと、らくがきシフール20人まとめて面倒みてもらったら? 是非そうしてよ親方さん」
 ここぞとばかりに売り込む娘さんだが、
「いや。欲しいのはあれを描いた奴だけだ。他のはいらない」
 きっぱり拒絶。とにもかくにも、話はすぐにシフール達に伝えられた。
「良かったじゃないか、お前達の絵がものになるかどうか、試してみればいいよ」
 4人の肩を叩いて喜ぶイーダだが、当人達は戸惑い顔。
「姐さんだって絵を描くのは誰より好きじゃないか。それなのに‥‥みんなと一緒じゃないなら断るよ」
「馬鹿だね、あたいの事なんかいいんだよ。お前らせっかく転がり込んで来たチャンスを袖にするほど、恵まれた人生歩んでるのかって話さ」
 最初は笑っていたイーダだが、彼らがあまりに頑ななので、最後には大喧嘩になってしまった。ゴドフリーが深い深い溜息をつく。
「仲間に気兼ねしてこんな事を続けていたのでは、結局40人まとめて流民生活に逆戻りだ。彼らには仲間の範となるべく挑戦して欲しいのだが‥‥」
 新たな道を見つけつつある者、迷っている者、未だ佇んでいる者、彼らを教え導いてくれる先生を、とちのき通りは必要としている。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)
 eb4117 大曽根 瑞穂(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●画家工房でのお話
 ネロ親方の工房は、とちのき通りから街の中心部に向けて3つほど通りを隔てた場所に構えられている。そこでは、大勢の職人達がそれはそれは忙しそうに働いていた。奥の部屋に置かれている描きかけの大きな肖像画は、何処のご夫人のものだろう。数人の若い画家達が描いているのは量産品の風景画らしいが、絵に向ける彼らの眼差しは真剣そのものだ。その作業を盗み見ながら、使い走りに走り回っている者達もいる。と、雷の様に響く叱責の声。どうやら用意した絵の具の出来が悪かったらしい。申し訳ありませんと謝る声が、これまたデカい。そんな彼に先輩の職人は、身振り手振りを交えながら指南を始める。聞く若者の表情もまた、真剣だ。
「絵描きといっても、職人の世界アルね」
「なんだかちょっと怖いけど、活気はあるよね」
 そんな光景をきょろきょろと、珍しげに眺める孫美星(eb3771)とファム・イーリー(ea5684)。ようやく仕事の話が終わったらしく、親方は彼女達に向き直った。
「で、何だって? 引き受けてもいいのは看板を描いた4人だけ、他はいらないと話しておいた筈たが?」
 この親方、妙にガタイはいいし顔はコワモテとあって、薮睨みに視線を向けられるとかなりコワい。
「そこを何とか‥‥お願いしまっす!」
 ファム、へへーと平伏せんばかりの勢いで頼み込む。美星もここぞと食い下がった。
「画家志望のしふがたくさんいるアルよ。一回だけでいいから、チャンスを与えて欲しいアル。お互いの似顔絵を描くテストなんかどうアルか? ‥‥今は取るに足らない腕前とか、4人でも引き取るには多過ぎとか承知アル。ただ、何処が悪いのか皆に一度はっきり示して欲しいのアル。今は無理でも先で変われるヒトが居るかもアルよ」
「どうか一度、みんなの絵を見てあげてくださいっ! もし駄目でも、白黒はっきりついてる方がいいと思うし‥‥もし有望な子がいたら、パトロンになってくれそうな人を紹介してもらえたりなんかしたらいいかなー、なんて」
 ファム、ちょっと先走り。学校の予算の支援を頼みたいという、切実な事情があるのだ。親方は、険しい表情で溜息をついた。
「間違ってもらっては困る。私は別に、彼らが欲しくて欲しくて仕方が無いという訳ではないぞ? 絵を脅しの道具に使う様な者に、本来ならかける情けなどありはしない。あれこれと面倒な事を言うなら、この話、無かった事にしてもいいんだ」
 相変わらず、親方は手厳しい。
「それに、テストならもう済んでいるだろう?」
 きょとんとする二人に、親方は言った。
「選択を迫られた時、仲間の目を盗んででも、人から望まれた、自分達の絵を描いたのがあの4人。他は、仲間が求めるままに絵を脅しの道具に使い続けた。はっきりと絵に対する心構えの差が出ているじゃないか」
 う、と口篭る二人。親方は絵が上手い下手以前の部分で、らくがきシフール達を選別していたのだ。これは、ちょっとやそっとの事で覆りそうにはない。
 落胆し、出直す事にした二人。来た時は堂々と表から入ったのだが、帰りはすごすごと裏口から出る事にする。出口に向かう廊下は、何やら見たことも無い画材が積み上げられていて、とんでもなく手狭だった。その狭苦しいところに、画材の用い方について熱心に語り合う職人達が通せんぼしているという有様。ちっともこちらに気付かないし、頭の上飛び越えていいかな? と悩んでいたファムは、ふと天井を見上げ、はわ〜と息を漏らす。狭苦しい天井は、およそ場違いな、鮮やかな絵で飾られていた。それまでまるで気付かなかった職人達が、その吐息には即座に反応した。
「お、この絵に目を止めるとはなかなか。今度、とあるお屋敷の天井に絵を描く事になっててな。これはその実験というか、試し描きというか、そういうものだよ。‥‥そういえば、シフールの職人を入れるかも知れないって話だったな。あんたらがそうなのか?」
 首を振り、事情を説明すると、職人達はにやりと笑って囁いた。
「あー、止めとけ止めとけ、天井画はしんどいぞ。渋々やって続くものじゃない」
「そうか、来ないか。親方はシフールにこの仕事の手伝いをさせるつもりだったみたいだから、そうなるとその分の席が空くな。俺らにもチャンスが巡って来るって訳だ。こんな大きな仕事、滅多にないからな」
 二人の職人の間に、バチバチと火花が散る。見送られようとしているチャンスは、どうやらとんでもなく稀なものであるらしい。

 学校に戻ったファムと美星は、ありのままを皆に報告した。
「なるほどな。絵を見るまでも無いという事か」
 飛天龍(eb0010)は、腕組みをしてむう、と唸る。
「そんなの‥‥ひどいよ! 絶対行かない、行くもんか!」
「まあそう早まるでない」
 頑なになる4人の前に、御多々良岩鉄斎(eb4598)がよいこらせと胡坐をかいた。
「そもそもの話じゃがイーダ殿、御主、本気で絵描きで生計を立てたいと思っとるのか? それとも、趣味で描いていければそれでいいのかな?」
 いきなり問われて、イーダも困り顔。
「そんなの、わかんないよ。あたいら街に流れて来る前は、森の中で小さな畑耕して、季節季節の森の恵みを採取して‥‥そんな暮らしが生涯続くって思ってたんだからさ」
 他のシフール達も、うんうんと頷いている。これが正直なところに違いない。岩鉄斎は4人に向き直り、髭を擦りながら滔々と語りかけた。
「聞いた通りじゃ。皆がどうしても絵描きになりたいと思っておるならともかく、そうでもないのに御主らに踏ん張られても困るというものだ。趣味のものなら急ぎはせん、何れ腕をあげて御主らが親方になってから、イーダ殿らに教えてもよいじゃろ? 絵の道かそうでないか分からんが、何れイーダ殿も皆も、自分の道を見つけて独立して行くのじゃろ。その時、御主らが居残っておったら、皆は気持ちよく新たな道に踏み出せるだろうかのう」
 う、と4人がたじろいだ。
「お前達、せっかく巡って来た機会を無駄にするなよ。お前達が皆を大事に思っている様に皆もお前達を大事に思っているんだ。大切な人が自分の為に何かを犠牲にするというのは嫌だろう?」
 天龍が諭し、更に美星が駄目押し。
「一足先に道を決めたからって、皆を見捨てる事にはならないアル。むしろ、あなたたちの頑張りが皆を励ますアルよ」
 むぐぐ、と黙ってしまった彼ら。ちらりとイーダの方を見たが、彼女はそっぽを向いている。彼らは暫く話し合った後、少し考えさせて下さい、と返答した。

 さて、彼らの事は彼らに決めてもらうとして、残り16人をどうするか。
「絵、ちぎり絵、彫刻、彫金、刺繍、とにかく修練して腕前を上げねばな。いっそ皆それぞれ得意なもので、同じ題材の連作を作ってはどうじゃ。仲間意識の高い御主らなら、案外良いものが出来上がるかも知れぬぞ? ワシも教えられる範囲で教えよう」
 岩鉄斎のにわか教室に集うシフール達。
「名づけて四風流とか‥‥いやなんでもない。これぞシフ材シフ所という奴じゃな」
 もっとも彼に教えられるのは鍛冶の技のみなのだが。ともかくちょっと目新しい作業を始めて、皆楽しそうではある。天龍はそんな彼らを見て回りながら、明らかに悔しそうな表情を見せている者達に、こんな話をした。
「才能云々は俺には分からないが、絵を見る前から駄目と言われても納得出来ないだろう。本気で絵を学びたいのならその思いを絵にしてみたらどうだ? それで駄目なら画家の道は諦めるしかないだろうが、好きな事なら例え商売にはならなくても続ければいいんじゃないか?」
「でも、もうテストは済んでるって‥‥」
「今のところは、そうだな」
 どう受け取ったかは、人それぞれ。天龍も、それ以上踏み込む事はしなかった。

●寂しい答え
「さて、わるしふの件も一段落したし、これからは平穏な学園ライフが‥‥」
 優雅にハーブのお茶を頂く燕桂花(ea3501)の周囲では、どってんばってん、どかんがしゃんとえらい騒ぎ。お茶の水面にぽつぽつと落ちてくる埃に、桂花さんの眉がぴくりと上がった。
「教室では静かにっ!」
 一瞬止まる生徒達。しかし、すぐに大騒ぎは再開されてしまう。なかなかに聞き分けの無い奴ら。さすが、わるしふを名乗っていただけの事はある。
(「何ていうか、やること無いから力余ってるんだよね、多分」)
 むー、と思わず眉間に皺が寄ってしまう。ぷりてぃさが売りのかわいいしふしふだというのに、これは実に由々しき事態。
 とにもかくにも、彼らがどうしたいのか分からなければ話にならないというので、ひとりひとりを別室に呼んで、希望が無いか聞こうという運びになった。集まると手のつけられないわるしふも、さすがに一人きりとなると神妙な面持ち。気楽にね、とファムは言うのだが、まあ緊張するなというのが無理な相談。
「元々暮らしていた村では、何をしていた?」
 天龍の問いに、彼は、
「森では、木の実やキノコを採ってくらしていたよ」
 と答えた。小さな畑と採集生活。ちょっと目端の利く者はささやかな行商。彼らの元々の生活は、概ねそんなところだ。
「やってみたい事があれば、遠慮せずに言ってみるのじゃ。やはり、元の様な生活がいいのかのう」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の問いに、彼はなかなか答えない。
「やってみたい事は‥‥別に無いかな」
 長い沈黙の後の、それが彼の答えだった。
「何も、か?」
 確認する岩鉄斎に彼は頷いて、気の無い声で後を続ける。
「だって‥‥一生懸命やったって、結局すぐに台無しだし。何処に行っても税に戦に盗賊蛮族、こつこつやったってどうにもならないよ」
 そんな、と大曽根瑞穂(eb4117)が悲しげに呟く。
「ちがうよ? そんなこと無いんだからね?」
 ファムは、それだけ言うのが精一杯。美星はがっしりと彼の手を握り、大きく首を振って言った。
「ワルダーさんを慕ったのと同じように、信じられる人を見つけて欲しいアル。仲間を大切にしたように、自分の心や可能性をもっと大事にして欲しいアルよ。きっとあたし達が力になるアルから‥‥」
 迫る美星から目を背け、彼は何も答えないまま、そそくさと部屋を出て行った。
「あんなに足早に‥‥あたしの言葉、心に届かなかったアルか‥‥」
 しょんぼりと肩を落とす美星に、『いや〜、単に恥ずかしかっただけでしょ』と皆の心のツッコミが。
「それにしても、彼らがそんな気持ちで馬鹿をやっておるのだとしたら、空しいのう」
 岩鉄斎がやれやれと首を振る。
「働く事の意味を、完全に見失ってしまっているのね。何とか人を慈しむ気持ち、日々自分を積み重ねて行く事の大切さを思い出して欲しいけど‥‥」
 瑞穂の言葉に、天龍が無言で頷く。
「近隣の商店や農場、工房に声をかけてみるつもりじゃが、結局は本人達がやる気を見せねば纏まる話も纏まらんのじゃ」
 ユラヴィカは、困った風に首を傾げる。
「まずは、皆で何かに携わる充実感を思い出してもらうべきかのう」
 彼はうむ、と思い定めて、仲間と共に計画を練り始めた。

●しふ学校は大わらわ
「学校といえば、校歌! というわけで、しふ学校校歌斉唱!」
 ファム、ジャンジャジャ〜ンと荘厳に前奏を奏で、高らかに歌い上げる。

♪しぃふしふ しぃふしふ
 とちのき通りの しふ学校
 ぼくら・わたしの しふ学校ぉ♪

 じゃん♪
「まだサビしか無いんだけどね〜」
 ずどどとコケる。全員コケる。
「みんなの学校の校歌なんだから、みんなで考えよう〜♪」
 思いもかけず、本日の一時限目は音楽に。校歌製作は目下、鋭意製作中だ。

 ずらり揃った40人の前で、ユラヴィカはこほんと咳払い。適度にもったいぶってから、新たな決まり事を発表した。
「掃除片付けに続いて、学校の食事作りも当番制にするのじゃ。自分達で予算の中から計画を立てて、買い物、メニュー決定、調理もするのじゃぞ?」
 ぶーぶー、と浴びせられるブーイングは予想の範疇。ところがこれが、思いのほかに悪くない感触。文句を言いながらも生徒達、ちょっと興味ありげなのだ。
「よし、それじゃぁ班分けを黒板に書くから分かれてみるのじゃ〜」
 わいのわいのと楽しげに。組み合わせは後から来たわるしふだけで固まらない様に、配慮が為されていたりする。
「それじゃ早速、初めてのお買い物に出発するよ〜」
 今日の引率は桂花先生。生徒10人を引き連れて、ウィルの街に繰り出した。

 この街の胃袋を支える市は早朝から開かれ、大いに賑わいを見せている。今は比較的野菜が豊富な季節。採れたての野菜がびっくりするくらい安価に手に入る。一方で肉や卵、油は高いので、慎重な吟味が必要だ。ウィルは内陸の街なので、目にする魚は主に川魚。でなければ、干物か燻製になっている筈だ。
「さてっと、今日のご飯は何にする? ひとり2食で5Cだから、しっかり計画立てないと足が出ちゃうよ?」
 苦手な計算に四苦八苦、頭から煙が出そうな生徒達の中に、ひとりテキパキと数字を弾き出して仲間を助ける生徒がいるのに桂花は気付く。
「さすがオークルさんの弟子、頭いいなぁ」
 感心する生徒の話を耳にして、へえ〜、と桂花も感心する。と、
「そこのシフールのお嬢ちゃん、買出しかい? 偉いねぇ。こいつなんかどうだい? しっかり太ってるし白身の癖の無い味わいでほっぺた落ちちゃうよっ」
 ほれ、とおばちゃんが掲げて見せた魚のデカイこと。白身、癖の無い味わい‥‥想像している内に何種類もの調理法が頭の中を駆け巡って、
「‥‥で、この大量の食材を買い込んで来てしまった訳じゃな」
 呆れるユラヴィカに、桂花、面目次第も無く項垂れる。
「今の材料で2日持たせれば、一日5Cに収まりますよ」
 オークルの弟子達の、冷静な計算がちょっと憎らしい。
「はいはい、あたいがちゃんと辻褄合わせて見せるから心配ご無用。うん、まずはシンプルに餡とからめてみようかな。皮はパリパリに揚げちゃおうか」
 自分の身の丈以上ある魚を鮮やかな手捌きで三枚におろし、丁寧に洗って風通しの良い場所においておく。味の熟成が遅い川魚は、時を置くのも立派な調理だ。
 班の皆をテキパキ使って、あっという間に準備を整える。それっと豪快に炎を潜らせて作る料理は、ウィルのものとは一線を画していて生徒達のドキモを抜いた。
「凄いっ! こんな料理初めて見たよ〜!」
 出来上がったのは、白身魚と野菜の餡かけ。パン屋から頂いた、ちょっと乾いた売れ残りのパンに、餡をたっぷり絡めてどうぞ。はふはふいいながら頬張る姿を、満足げに見守る桂花。残った身を干物にしようか塩漬けにしておこうかと考えているところに、数人の生徒達が押しかけて来た。
「でっ、弟子にしてくださいっ!」
「‥‥あたいの仕込みは厳しいよ?」
 親方っぽく厳しい顔をして見据える桂花に、ははーと平伏する生徒達。そんな光景を見守りながら、ユラヴィカは嬉しげに頷いた。
「やはり目指すべきものさえあれば、彼らとてやる気が湧き起こるのじゃな。ここはひとつ、菜園作りも本気で考えてみるかのう。自分達の作った野菜でおかずの一品も賄えれば、嬉しい気持ちも湧いてこようというものじゃ」
「でも、ここには畑に出来る土地が無いアルよ?」
 美星の指摘に、ゴドフリーが助け舟を出す。
「少し距離があるが、頼めそうなところが無いではない。以前にモロゾ君を預けたところだが‥‥。面倒を見ろというのは無理でも、手が回らず放置してある畑を借りる事は出来るだろう。放置されている土地を使える様にするのは、大変ではあるだろうが」
 願ったり叶ったりとはこの事だ。お願いしますと頼み込む。

 少し遅めの朝ごはんの後は、瑞穂先生の医学の授業が始まる。教えるのは特別な器具が無くとも使える簡単な応急処置法や衛生概念といったものだ。薬物の知識は桂花と相談した結果、当面は教えるのを控える事にした。彼らの腹がまだ据わり切っていない以上、賢明な判断といえる。
「不幸にして怪我をしたり病気になってしまった方を救う。その為には相手を慈しみ、どんな小さな兆候も見逃さない様にしなければなりません。例えば‥‥」
 難しい話を始めると途端に寝息を立て始める困った生徒達ではあるけれど、教えてもらう事への喜びは素直に表現する、素直な生徒達でもあった。
「みんな、そんなに悪い子には見えないのに‥‥」
 手酷いイタズラに乞食に盗み。そんな刹那的な日々から抜け出させる為に、瑞穂は皆に患者役と治療役、両方を確実に体験させた。自分の身を委ね、また委ねられる事。まずは、それに慣れさせる事からだ。
「いいアルか、包帯は強く巻きすぎてもたるんでても駄目アル。そうそう、しっかりと、でも鬱血しない様に‥‥あ、こら、そんなぐるぐる巻きにしちゃ駄目アル!」
 まあ、何事も最初から上手くは行かないもの。ミイラの出来損ないの如き有様になった美星が、イタズラ者どもを追いかけまわす。怒らなければいけないのだが、思わず瑞穂は吹き出してしまった。彼らは美星の手できっちりと、『正しく全身に包帯を巻く方法』の実験台に選ばれ、瑞穂、美星共々、『使った大量の包帯を真っ白になるまで洗濯する刑』に処せられたのだった。
「この後は読み書きと計算アルよ、とっても大事だけど眠くなること請け合いアルから、今の内にお昼寝しておくアル〜」
 言いながら、半分寝ている美星さん。包帯を干しながら、眠るシフール達を眺める瑞穂。セトタ語を教えに来た天龍に、もう少しだけ寝させてあげて、と頼み込んだ。

●課外授業
 午後、生徒達は名乗りを挙げてくれたお店に向かい、夕暮れまで手伝いに励む。今のところパン屋と仕立て屋だけだが、これはだんだん増やしていく予定だ。
 マリーおばさんの仕立て屋では、生徒達が慣れない針仕事に悪戦苦闘中。その様子を眺めながら、ユラヴィカは娘さんに話を切り出した。
「講師を務めて頂いている店の方には、学校の予算から講師代を支払おうかと考えているのじゃ。それで、もしも働きが十分と思えたなら、その一部をしふ達への給金に当ててもらえぬじゃろうか」
「いくらかでも貰えるのは嬉しいけどね‥‥」
 彼女は考え込んでいたが、やっぱりいらないわ、と首を振った。
「あなた達から貰ったお金を給金に回すっていうのは、ちょっと筋が違う気がするのよね。それって、ふりだけしてるお店屋さんごっこでしょ。お金を儲けるっていうのはそういう事じゃなくて、自分の仕事をお客さんに認めてもらって、それで初めてお金が貰える‥‥みたいな? そうじゃないと感動もしないし、勉強にならないと思うのよ」
 なるほど、そうかも知れぬのう、とユラヴィカはお金を引っ込めた。娘さんは暫くの間、ちょっと名残惜しそうにユラヴィカの懐を眺めていた。

「‥‥日々裁縫の腕前は上がって行くけど、夢見るお菓子屋にはちっとも近付かない訳ですよ、どうしましょうね」
 筋論は筋論として、お菓子屋開業を目指すシフール達の悩みは厳然としてそこにある訳で。
「お金が欲しいなら、自分でできる事で稼ぐ事を考えるアル」
 相談に乗った美星は、そう彼らにアドバイスをした。で、勧めたのが一部の冒険者に人気らしい『ちま人形』販売。海賊版な気もするが、この際だから気にしない。
「こういう、手のひらサイズのちんちくりんの人形アルよ。出来るアルか?」
 天界の人には妙なものが流行ってるんだねぇ、とマリーおばさんは不思議がりながらも、あっという間に試作品を作り上げた。さすが本職、どこに出しても恥ずかしくない、立派なちまっぷりのちま人形だ。
「さ、これを手本にみんなで作るアルよ」
 美星が出した材料費は、締めて4G。お菓子屋シフール達、いきなりの大借金である。慣れない人形作りに冷や汗を流しながら、せっせとちま人形を作りあげる。
「なんか大変そうだね。面白そうだし、手伝うよ」
 仕立て屋修行の仲間達も加わって、だんだん調子が上がって来た。

 天龍が先導し、生徒達を引き連れマラソンさせる光景も、とちのき通りでは馴染みのものになった。
「て、天龍先生〜、いつになったら構えとか形とか教えてくれるんですか〜」
「基礎体力も無い者が形など10年早い。辛抱できないなら止めてもいいんだぞ?」
 こんな遣り取りも毎日の事だ。
「掛け声聞こえないぞ!」
「うー、やめないぞー! えいおうえいおう!」
「えいおうえいおう!」
 彼らの頑張りは本物だ。ただし、まだ何処か体の軸を以前の世界に残している様な、そんな気配がして、天龍も判断をし兼ねている。
(「何れ、はっきりさせなければならないだろうな‥‥」)
 しかし。もし暴いたとして、その時自分は彼らを完全に足抜けさせられるのか。天龍もまた、自問自答の日々である。

 この時間帯、学校は随分と静かになる。居残り組のごく少数と、今日の留守番が詰めているだけだ。
 瑞穂のもとを、とある生徒が訪ねたのはそんな頃。
「あのー、とびきり効く傷薬の作り方、教えて欲しいんだけど‥‥」
「あら、そんなに怪我をするの?」
 聞き返した事に他意は無かったのだが、彼はもごもごと口篭って、やっぱりいいです、と出て行ってしまった。
「何だったの?」
 モニカ・ベイリー(ea6917)に聞かれても、何だったのかな、と首を捻るしかない瑞穂である。
「今日も怪我人は出なかったか。何よりだね」
 保険医代わりのモニカは、居残り組の生徒達に気の向くまま、動物知識やモンスター知識を教えたりしながら時間を潰している。
 ところで。学校はゴドフリーから借り受けた家屋を使っているが、これは店の隣なので、時々生徒達が店の方にも入り込む。居残り生徒の数が足らない事に気付いたモニカは、真っ先にここを覗いた。案の定、人目を盗んで入り込んだ数人の生徒達が、置いてあった古書を開いているのを発見した。
「読めるのかね?」
 と、そこにゴドフリーが現れた。突然声をかけられ飛び上がったシフール達だが、相手が怒っていないと見てホッと安心。こくりと頷いて見せた。
「オークルさんに色々教えてもらってたから」
 ほう、と驚くゴドフリー。
「その本は、さる魔術師のお客様に探すよう頼まれていたものでね。何日か後にはお届けしなければならない。ここで読む分には構わないから、今の内にしっかりと目を通しておきなさい。ああ、くれぐれも汚さない様に頼むよ」
 ありがとう、と頭を下げた彼ら。薄暗い店の中で難解な内容に頭を捻りながら、飽きる事なく読み進める。
 モニカもそっと学校に戻り、この事は胸に仕舞っておく事にした。

●絵の具が乾くまで
「さあ、冒険者街にレッツゴーアル!」
 ちま人形を抱えて売り歩いた美星と、お菓子屋しふに、仕立て屋修行の仲間達。数日間の商いの結果、1G程の儲けを出す事が出来た。上手くやればもうちょと稼げたかも知れないが、相場の分からない品物にお菓子屋しふども、びびって安く売り捌いたのだ。何はともあれ、生涯初めてかも知れない金色のお金を手にし、借金地獄に陥らずに済んで、彼らはホッと一安心だ。
「何だか楽しかったよ、また何か作ろうね」
 これで喜んだのはむしろ、無償で手伝った仕立て屋修行のしふ達だった。

 皆が戻った夕飯時。4人のらくがきシフール達は、神妙な面持ちでイーダの前に現れて、揃ってぺこりと頭を下げた。
「おいら達、親方のお世話になる事にしたよ。本当に絵を仕事に出来るのかどうか、全然自信は無いけど‥‥」
 イーダはにっと笑い、そっか、頑張れよ、とあっさりしたもの。と、彼らの後に続いて、ひとりのシフールが進み出た。
「天龍さんの言葉に勇気付けられて、作品持ってダメモトで親方のところに頼み込みに行ったら、明日から来てもいいって‥‥天龍さんのおかげです!」
「自分が挑戦した結果だ、頑張れよ」
 天龍は、彼の肩をぽんと叩いて祝福をした。姐さん‥‥と申し訳なさそうに項垂れる彼にイーダは、何をしょぼくれてんだい、とテコピン一発。
「しっかし、ムカっぱらが立つよねぇクソ親方の言い草はさ。お前ら受けて立って、あたいらシフールがどれだけ凄いかってことをあのカチコチの石頭に嫌ってほど刻み込んで来ておくれよ」
 な? と、まるでイタズラの相談でもするかの様に笑った彼女。5人の顔にも笑みが毀れた。
「工房への住み込みになる筈だから、時々しか来れなくなると思うけど、きっと報告に来るから姐さんも‥‥」
「馬鹿だね、お前達は自分の事を精一杯やってりゃいいんだよ。それより、中途半端で投げ出したりしたらもうここにだって戻れないと思っときなよ? あたいが叩き出してやるからね」
「これは易々と尻尾を巻いては逃げられなくなったな! まあ頑張れ!」
 岩鉄斎が呵々と笑う、その風圧でシフール達が飛ばされそう。
「あのね、イーダさん、学級委員になってみない?」
「がっきゅいーん? なんだいそれ?」
 突然言い出したファムに、イーダはきょとんとしている。
「いっそ学校の世話役というか、教師になる気はないじゃろうか? 面倒見もいいし人望もあるし、結構向いておると思うのじゃが」
 ユラヴィカも言い出して、ようやく意味を理解したイーダは、困惑の表情になった。
「そりゃ、みんなの面倒見るくらいはいいけどさ、教師ってのはさすがにどうなんだい? あたい、何にも教えられないよ?」
 しかし、こんな面白そうなこと、シフール達が放っておく筈もなく。
「姐さん先生、明日からよろしくっす!」
 まるで音頭でも取ったみたいに、一斉に唱和されては堪らない。
「ああもう、分かった分かった、好きに呼びなよ‥‥別に今まで以上のことは出来ないけどさ‥‥」
「それじゃあ、お祝いに何か一品増やそうかな。初夏の野菜をスープにでもする?」
 鼻歌を歌いながら調理にかかる桂花に、シフール達がわっと喜びの声をあげた。

「なるほど、順調に進んでいるのだね」
 ゴドフリーに状況を報告したついでに、ファムはこんな提案をした。
「まだ先の話になるけど、しふ生徒達があるていど技術を覚えて何か作ったりできる様になったら、街興しを兼ねた、とちのき通りバザー大会を開きたいのでっす! しふ生徒は屋台とか出店をして、近隣の工房の親方さんとかに腕を見てもらって、将来の就職先の開拓とかもしようって案!」
 どう、かな? と聞いた彼女に、ゴドフリーはふむ、と思案。
「悪くないかも知れないな。シフール達がこれからも頑張ってくれる様なら、私も真面目に考えてみよう」
 やったね♪ と回るファム。
「なんだかそれなりに、未来が見えて来た気がするよ〜」
 大喜びの彼女に、ゴドフリーも笑顔を見せた。

 前回の残金216Gに、今回ケミカが寄付した100Gと、天龍が寄付した50Gを加えて、基金は366Gとなった。6月6日までの生活費、1日ひとり5Cを差し引いて、残金は318Gだ。
 5人が画家工房に住み込みで奉公する事になったので、学校が抱えるシフールは若干減って35人。しふ学校の出だしは、思いのほか順調である。