私を領地へ連れてって☆
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:4
参加人数:11人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月20日〜06月27日
リプレイ公開日:2006年06月27日
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●オープニング
●ショア城での宴<シムの海で海上訓練より>
夕闇が迫っていた。
合同訓練に一区切りを付け、城内の港に接舷した5隻の艦艇は帆を休めていた。艦上ではワインの酒樽が次々と開けられ、船員達へと振舞われた。
ところどころ骨組みが剥き出した建造中の2本マストの船体、『ラバキン1』と『ラバキン2』の間に、帆を天幕の様に張り、楽の音が響き、ささやかな宴が開かれる。
幾つものかがり火が焚かれ、風が凪ぐ頃には程良く温かくもあった。
その傍らでは大ぶりの魚貝類が次々と金網の上に並べられ、炭火にジュウジュウと炙られてゆく。その中でも一際大きな魚の頭を前に、目的の人物はピンクの羽根をパタパタさせながら、むうぅ〜っとにらめっこをしていた。そこで、思いっきり丁寧な口調で話し掛けた。
「こんな所にいらしたんですね」
杯を片手に近付くと、ププリン子爵は自分の頭程も開かれたその口を覗き込み、ギザギザした歯を指先で触ろうとするのだが。
「んっと‥‥熱っ!」
ほんわか舞い昇る蒸気に慌てて手を引っ込め、ププリンは口に指を咥えて眉をひそめる。
「はっはっはっ、危ないですよ。ププリン様」
「う〜‥‥」
低く唸るププリンにトルク家の新米男爵は表情を眼鏡の奥へ隠す。
「ププリン様はこれからどうされるのですか? もしや、海路でトルクへ一時帰国されるおつもりでは?」
「え? どうして?」
きょとんとピンクの瞳を大きく見開き、不思議そうに見上げるププリンに、トルク家男爵は己の胸に手を置き恭しく答えた。
「いえ、それならば是非私もご一緒させて戴こうかと。陛下より賜りました領地を一度視察しておきたいと思っていたのです」
「そっか☆ そうだよね。行ってらっしゃい☆」
ニパッと無邪気な笑い。
「え? 帰国はされないのですか?」
するとププリンは首を左右にぷるぷる振った。
「しないよ〜♪ メーア見送りに来ただけだも〜ん」
「そう‥‥ですか‥‥」
そこで少し考えるププリン。腕を組んで少しの間、うーんと唸る。そして、ぴょ〜んと近くのテーブルに飛び移ると、その場に腰掛けて羽と足をぱたぱたとさせた。
「へぇ〜、どんな所かな〜? ちょっと遊びに行ってみるのも面白いね☆」
さて、とここで思案にくれた。
ププリン子爵が帰るのならば、便乗してと思っていたが、何やら話が逆になりそうな予感だ。
するとププリンが喜び勇んで、パタパタと飛んで行く。
見ればその先には、イッチー・ゲール男爵が談笑していた。その独特の髪型が、どんなに離れていても、この男がそこに居る事が判ってしまう。
「ねぇ〜ねぇ〜っ、王様に貰った自分の領地を、これから見に行くんだって〜っ!」
狙い違わず、その真っ赤なつんつん頭に飛び付いたププリンは、きゃはははと笑った。
やれやれと歩きかけ、そこに居る顔ぶれに内心ギョッとした。
「ほう」
「そいつは初々しいやな」
「どの様な所を拝領したのです?」
上から順に、ショア伯、ギル子爵、アルフレッド男爵の三名。三者三様の表情を浮かべ、こちらを見る。
「いえ。まだ行った事がありませんので。それを見て来ようかと」
「成る程。では、これから海路でトルクへ?」
「と思ってもみたのですが、一度ウィルの冒険者ギルドへ報告にも戻らねばなりません。さてどうしたものかと」
ショア伯の問いに苦笑混じりに答えると、次には思いもよらぬ申し出が返って来た。
「それでは、トルク王陛下の工房へ定期整備に出す、当家のフロートチャリオットに乗って行ってはどうかね? 都合3台、君達がいっぱいいっぱいに乗って来たアレだ。国境近くのルーケイは未だ物騒だろうが、海路で行くより全然早い筈だ。操手も当家の者を付ける故、帰りはそのままその者達へ任せて構わない。都合が合えば、整備後の戻りに乗ってウィルまで乗って貰って構わない。どうだね?」
何か裏があるのではと、少し勘ぐってしまうが、別段断る理由も無い。
「宜しいのですか?」
「なに、ついでに娘への手紙を預ってくれ。もし会う機会があれば、君の見たショアの様子等を話してやって欲しい」
「判りました」
すると、ギル子爵が片方の血走った目をぎょろりとさせ、トルク家男爵へ尋ねた。
「で、どの地を拝領したのだ?」
「確か‥‥」
「わ〜っはっはっはっは!!」
地名を聞いて、その場に居る者たちは一斉に大笑い。
「きゃ〜っはっはっはっはっは☆」
ププリンも何故か一緒になって大笑い。
「あははははは‥‥」
イッチーは、段々に笑いを止め、そっと耳うちして来た。
「それって海沿いの領地ですよ」
「え?」
「それではチャリオットどころか手紙も頼めんなぁ〜」
ショア伯も腕を組み、うーんと唸る。
「陸路ならトルク城経由では往復半月以上か、海路ならこのショアより潮に乗れば1日2日程度だな。アルフレッド男爵」
「ははっ」
「ディアーナ号を出そう。海の精霊より祝福を授かったディアーナ号ならば、潮も良き流れとなるであろう。お前には新たに海の男となった彼の者の所領の様子を報告する義務を与える」
「ははっ確かに」
そんな二人のやりとりをよそに、ギル子爵が握手を求めて来た。
「改めてシムの海にようこそと言うべきだな。ついでにトルク王からゴーレムシップの数隻でも引っ張って来てくれればありがたいのだがな」
軽口をたたきながら、ギル子爵の口から本音がポロリと出る。要は、色々と働きかけるのは貴族同士の外交なのだ。
新米男爵の背後には、当然の如くトルク王が居る。
中央に比べ、ゴーレム機器の運用に、外国にすら遅れをとっている東方の貴族達にとって、ゴーレム機器に手を出す事はエーガン王の疑心に身を滅ぼす危険な行為である。だからと言って海外に遅れをとる事は、交易による収益が大きな収入源である沿岸部の領主達にとって、時代遅れの遺物になる事を意味する。
新米男爵は、その様な事は知ってか知らずか、次々と手荒い握手を求められた。
そして最後に、ふわふわとププリン子爵がやってきて、にっこりと微笑んだ。
「ね〜ね〜、私を領地へ連れてって☆」
●リプレイ本文
●早朝
目印のカンテラに門をくぐると、三階建てのそれなりに大きなお屋敷の前。
日の出よりも早く、ウィルの貴族街に集う11人の冒険者。だが、その雰囲気はいつもの過酷な冒険への出立とは、また一風変わったリラックスしたものだった。
「初めまして。地球の日本から来ました赤坂さなえといいます。職業はナース、看護婦さんです。よろしくお願いします」
朗らかな声でペコリと頭を下げ、赤坂さなえ(eb4538)は、薄暗がりの中、はりきって挨拶して回る回る。
すると、同じ茶髪っぽい感じの、さなえよりちょっと小柄だけど茶髪系のぷっくり豊満な、ちょっと幼い感じの女性が、ぴょんと前に。満面の笑み。まるで幼稚園でのお遊戯の様な可愛らしい仕草。
「しふしふ〜♪」
「あ、しふしふ〜♪」
酒場で聞いた挨拶に、お互いにっこり。
「私も日本人よ。大曽根瑞穂(eb4117)、宜しくね☆」
「わぁ〜、貴方も?」
互いに手を取り合って喜ぶ二人。
「こういう依頼って初めてなの。ちょっとドキドキ〜☆」
「私は依頼そのものが初めて! こ〜んなのもあるのね?」
ワッと盛り上がる。
「クッキー焼いて来たの。後でみんなで食べようね?」
「うん。楽しみ〜♪」
すると、バタン! 屋敷の1階の窓が開いた。
二人は硬直。何やら妙な気配。ゆっくりとそちらへ頭を向けると、開いた窓から、真っ黒な生き物が。それは星明りに、鷹の様な嘴と瞳を持つ漆黒のグリフォンと判った。
「おう、悪ぃ悪ぃ。起しちまったか? もうちょっと静かにするからよ」
苦笑しつつ、アリル・カーチルト(eb4245)が駆け寄った。
窓から首だけ出し、カツカツと嘴を小さく鳴らし抗議するかの黒いグリフォンに、アリルは手馴れた風に頭を撫でた。
「じゃあな、トミー。もう少し寝な」
すると部屋の奥から声だけ返る。
「アリルさんは?」
「ああ、これからちょっと海へな」
「へぇ〜。何だか楽しそう。行ってらっしゃい」
「ああ、帰って来たらどんなだったか聞かせてやるぜ」
「うん‥‥」
陽気に話すアリル。が、そこで少年の声のトーンが少し落ちる。
アリルが帰ったら、目の手術が。簡単な外科手術だが、身体を傷付けて血を流す事はこの世界では禁忌。不安なのだろう。肉体や血を大きく損なう事は、魂を傷付け、その転生を阻害するカオスに通じる行為と信じられているのだ。
「じゃあな。おめぇはトミーの事、しっかりな」
アリルがぽんと頭を叩くとグリフォンは短く鳴き、器用にその窓を嘴で閉めた。
そんな様へ一瞥を投げかけ、言葉を区切るメッセンジャー。
「という事です」
「ふむ‥‥男爵殿は、ワンド領より戻り次第、一日後の便で同地へ向われるが、別の用を済まされるまで顔が出せぬと‥‥心得た。代理人として奴好みの代官殿にも、よろしく伝えておこう」
「では、よしなに‥‥」
「ああ、ご苦労」
女騎士リューズ・ザジ(eb4197)はフッと笑み、その豊かな赤毛をたなびかせ、最後に最後の一台へと乗り込んだ。
カンテラの灯りが消え、徐々に空が色付く。段々と空気の気配が変わってゆく。
三台のフロートチャリオットは、薄明かりの下、世界が虹色に染まる中、その清涼なる空気の中を進んだ。
「わぁ〜、気持ち良い〜☆」
風に髪が泳ぎ頬をくすぐった。自動車の窓から外を眺めるのとはまた一風違っている。その匂いもだが。
地球からの天界人、さなえにとって地上をふわふわ浮かんで走るこの乗り物は、SFに出てくるエアカーの様。
奥ではそんなはしゃぎ様をふぅ〜んと眺め、ハーフエルフのエルトウィン・クリストフ(ea9085)がさらさらと羊皮紙にメモをとる。
「ショアとウィルの間は、フロートチャリオットでご案内〜☆ 丸一日ちょっと‥‥徒歩だと10日前後ね‥‥」
●船出だ!
翌朝にはショアの門をくぐるチャリオット。そのまま城内の港へと到着した。
「ふぉ〜、朝だ朝だ‥‥」
欠伸混じりにゴキゴキ肩を鳴らし、チャリオットからのそりと這い出た巨体の男。巨人族のリオリート・オルロフ(ea9517)は爽やかな表情で、ぐるりと見渡し、その胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。
「うおぉ〜、海だ〜っ!」
思いっきり伸びをする。すると、その尻をどんと蹴る者がいる。
「おい! そこにつ立ってると降りれんだろうが!」
「あ、すまんすまん」
「ったくよぉ! 図体ばっかりでかくても仕方ネェぜ!」
負けず劣らぬ巨漢の男がのっそりと顔を出す。右の虹色の瞳でリオリートをじろりと見やり、空魔紅貴(eb3033)は大理石のパイプを咥えてニタリと笑む。
「はは、そんな顔すんな。冗談冗談」
「あ、いや‥‥」
ちょっとホッとするリオリート。そんな様を、紅貴はカラカラと笑った。
「あんだよ、見かけによらず坊ちゃん育ちだな」
「そ、そんな事は‥‥」
そんな二人の横を、一回り小さな影がひょいと降り立つ。
「全く、二人とも‥‥鼾が五月蝿い! こんな事なら人間の方へ乗せて貰えば良かった〜!」
童顔のパラ、キース・ファラン(eb4324)は、腰に手を、胸を張って二人を見上げた。
「二人とも自分の鼾を聞いた事無いだろう?」
「そりゃ、普通無いわな」
「お、おう。無論だ」
二人は首を左右に振る。
「じゃあ、仕方ないな。ついでに息と脚が臭いのも許してやるよ」
「何だそりゃ?」
紅貴が笑いながらよっこらせと立ち上がる。チャリオットが大きく揺れた。
「く、臭いか?」
リオリートはひょいと自分の足を持ち上げ、くんかくんかと匂いを嗅ぐ。
へへへとキースは鼻先を軽く指でこすり、そんなリオリートの様を紅貴と苦笑しつつ眺めた。
「あと6日間、いよいよ海だ。楽しみだな」
「まぁ普段、巨人のいびきをそうは聞けねぇだろう?」
「ま、そういう事だね」
すると、何やら風に乗って不思議な声が‥‥
「ライダー‥‥」
「ん?」
「電光‥‥」
「んん?」
「キーック!!」
振り向きザマ、ぴゅ〜んと滑空して来たピンクの光が、キースの鼻先にふわりと浮かぶ。まるごと何やらに身を包んだ、ちっこいシフールが、にっこりとキック。
「ふぐはっ!?」
「きゃははははっ! いらっしゃ〜い!」
どうやら某天界人から、何やら色々仕込んだらしい。ピンクの前髪を片手でサッと跳ね上げるププリン子爵。ベルトのバックルには真っ赤な風車がカラカラ回る。
いきなりのピンクのシフールの襲撃に、面くらいながらも鼻を押さえるキース。
「ああ、ププリン様ぁ〜っ! すいませんすいません」
駆け込んできたオレンジ頭の青年騎士が、ぺこぺこと頭を下げる。
「あ、いや‥‥大した事無いから‥‥」
「あっはっはっはぁ〜っ、そうだそうだ。大した事無い無い!」
腹を抱えて笑う紅貴に肩をバンバン叩かれ、そっちの方がえらく痛い。
「あ、リューだ! じゃね! まったあっとで〜☆」
「ああっ、待って下さい、ププリン様!」
唖然とする三人を残して、ぴゅーんと飛んで行くププリン子爵。そのピンクの軌跡が走った。
●ディアーナ号はかく進む
皆が乗り込んだのは、初老のアルフレッド男爵が艦長を務めるショア伯所有の、娘の名を冠した軍船ディアーナ号。
この二本マストの帆船は、舳先にかかるミズン、そしてメイン、セカンドと三枚の三角帆に風を受け、右手に陸を眺めながらゆっくりと南下した。
真昼間から甲板で、海を眺めながらの宴。
焼き上げた魚貝類。ワインの酒樽が開けられ、杯が回される。
「ショアの名物‥‥地球からの天界人の作る『たこ焼き』と‥‥その甘き香り地球の庶民の味、と‥‥」
早速メモをとるエルトウィン。
目の前には、山と積まれたたこ焼きの大皿。丸く狐色に焼かれた物に、上から黒いソースと青い粉、そして茶色く薄っぺらい物が振りかけられている。木の串が刺さったたこ焼きに、サッと無数の手が伸び、次々と口の中へと放り込まれてゆく。
「さて、では味の方は‥‥」
エルトウィンは手を休め、それにようやく手を伸ばす。
びょうびょうと風が吹く中、車座に座る男達。
「船旅はいーねぇー」
ゆられながら杯片手にアリル。その傍ら赤毛の青年、鳳レオン(eb4286)。カツンと杯を合わせた。
「海はいいねぇ〜。この前、トルクでゴーレムシップに乗った時を思い出すよ」
「ほほう、ゴーレムシップとは珍しいな。聞かせてくれ」
アリルが聞き返すと、その周りに居た者達が色めき立った。
「おうっ、ちょっと黙ってくんな! レオンの旦那がゴーレムシップの話をするってさ!」
柄の悪い非番の船員が、一声かけるとそれまで様々な話で盛り上がっていた連中がピタリと話を止め、わらわらと集まって来る。
「ゴーレムシップの話!? 本当ですか?」
遅れてならじとレネウス・ロートリンゲン(eb4099)も小走りで人の輪に加わった。
「あらあら‥‥凄い人気ね☆」
遠目にセシリア・カータ(ea1643)は微笑み、杯に唇をつけた。
「ん‥‥ごほん!」
軽く咳払い。レオンは妙に注目され、居心地悪げに話し出した。
「あれは俺が仲間と共にお姫様を連れ去る時の事だった‥‥」
クッと杯を開けると、横から別の杯が差し出され、レオンはそれを受け取った。
「それでだな。俺が初めて見たゴーレムシップは、一見他の船とそう変わり無いのだ。ただ違うのは、船の中の一室に椅子と水晶球があった。これくらいのだ‥‥」
そう言って空中に球を描いてみせる。
「これくらいか‥‥」
「へぇ〜‥‥」
アリルやレネウスが感心する中、レオンはまだ話を続けた。
「船は小型だがマストは2本。実際にゴーレムを動かす段には、俺が制御室にある椅子に座り、その手摺にある水晶球から船を走らせた。風が無いにも関わらず、船は港を出、後を追う船も容易に引き離せたらしい。らしいって事は、俺には前しか見えなかったからだ」
「そいつはどういう事だ?」
レネウスの問いに、レオンは変な顔をして答えた。
「ああ、起動すると同時に前の様子が映ったんだ。左右後ろと全く見えない。だから、沖へ出てから自分の目で初めて確認したよ。追跡する船が一隻も無い事をね‥‥」
「じゃあよ。動かす感じはどんな感じだった?」
アリルの問いに、レオンはう〜んと唸る。
「沖へ出るのに使っただけだからなぁ‥‥小さな船だったし‥‥」
そんな話で盛り上がっている頃、さなえは側舷に顔を出し水中を覗き込み、目をきらきらさせていた。
「うわぁ〜、すごいすごい☆」
「何が凄いの〜♪」
イッチーの肩に掴まりながら、パタパタと羽ばたくププリン。
「あ、しふしふ〜♪」
にっこり。
「きゃはは、しふしふ〜♪ これウィルで流行ってるね☆」
にっこり。
「見て見て! 水の中に精霊さんがいっぱいいるよ!」
さなえが指す船の喫水の辺り。
半透明の水龍やら乙女達が波間に戯れ、この船を前へ前へと推している。
「おや? 何か楽しげですね」
セシリアもこれに加わり、おおと驚く。
「ご覧になられましたか?」
アルフレッド男爵がにこやかに歩み寄った。
「どういう事なんです?」
さなえが瞳輝かせ尋ねると、アルフレッドは風に目を細めて答えた。
「今年の春先ですか、鯱の群に追われ、身重な鯨の群が湾に逃げ込んで来たのを、ショア湾ほぼ全部の船で沖へと逃がしてあげたのですよ。その時、海の精霊達から我々は祝福を受けました。それ以来、こうして船足を助けてくれるのです。ですから‥‥」
アルフレッドは、傍らの船員からカップを受け取ると、ワインを海へ流した。
「私はこうして、お礼をする様にしております」
「へ〜、素敵☆ 精霊さ〜ん、ありがと〜っ!」
「わっはぁ〜い♪ 精霊さ〜ん、ありがと〜っ!」
にっこり。さなえとププリンは一緒に波間の精霊達へ呼びかける。
「ふふ、ちょっと恥ずかしいですね」
セシリアも手を振ってみると、海の中から幾本もの手が。そして皆で、幾度も手を振り合った。
●シグ
翌朝にはその海域へ達すると、シグの沖でディアーナ号は錨を下ろした。そこがトルク王の新米男爵、時雨蒼威卿の拝領した領地。遠浅の海に面する村落だ。
トルクとフォロの国境ともなっている河口付近の大きな港町からは離れ、主に漁業で生計を立てる静かな漁村である。
船からボートで降りた一行は、ほぼ言い出しっぺのププリン子爵、その付き添いのイッチー男爵、伯より視察を命じられているアルフレッド男爵と共に、浅瀬に達すると漕ぎ手が一斉に海に飛び込み、ボートを砂浜へと押し上げるべく、ざぶざぶと突き進む。
そこには、すでに領民達が勢揃いで待ち受けていた。
男装の麗人、代行のリューズは遠目に眺めながらも、その肩にちょこんと座るププリンを、風から護る様に手を差し伸べていた。そして、とても気になっている事を尋ねた。
「ププリン様‥‥その格好は? 赤いスカーフがとてもお似合いですが‥‥」
「うん! たこ焼き屋のノリコに作って貰ったの☆ 正義の味方なんだって☆」
(「正義の味方? お腹に風車が付いているいるは何故?」)
「ねぇ、リュー。蒼威の代官って誰なの?」
「は、おそらくはあの中央に立っている人物では‥‥」
「ふぅ〜ん、じゃあちょっと先に行って来るね☆」
「あっ、まだそうとは!」
「とうっ!」
ぴょーんと空中に跳んだププリンは、カラカラと小さな風車を回しながら飛んで行く。
「さて! 参ろうか!」
「おうっ!」
ザブンザブンとリオリートと紅貴は跳び降り、船員達と一緒になってボートを押す。二人が加わる事でグンとスピードが上がる。
「あ〜っはっはっは! 俺達にはこっちの方が似合ってるぜ!」
一気に砂浜まで押し上げた。
その間、ボートから降りた一行は、待ち受ける村人達の前に。
すると中から一人、雰囲気も年の頃もリューズと同じくらいだろうか、男装の麗人と言った雰囲気の銀髪の女が、その灰色の瞳で静かに一行を見渡し、恭しく一礼してみせた。
「遠路お疲れ様です。この地の代官を務めさせて戴いております、ニケと申します。以後、見知り置き下さい」
「この度、この地の領主となられた時雨殿の代理で参ったリューズだ。少し遅れて騎士団の船で見えられるかも知れぬ。少々変わり者ではあるが、ジーザム陛下の覚えも目出度く領民の誇りとなるような男だ」
「そのお言葉に皆喜んでおります。先ずは皆様。お近付きの印に宴席を設けております。シグの海の幸をご堪能下さいませ」
「喜んで。世話になる」
相手の目から目線を外さず、リューズはニケと握手を交わし、三日限りのバカンスがスタートした。