少年と黒いグリフォン〜その瞳に

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月27日〜06月30日

リプレイ公開日:2006年07月04日

●オープニング

 『想いを護る者』達により、担ぎ込まれた教会で手当てを受けたトミー少年と黒い羽のグリフォンは、その後ウィルの閑静な貴族街にあるショア伯の別邸に移されていた。

 陽光明るく、色鮮やかな花と緑が溢れる静かな庭園。
 柔らかな緑の芝生に、木々の木漏れ日がくっきりと陰影を描き出していた。
 そこに清潔感のある白い木綿の上着と半ズボンを履いた少年が一人。左の羽の付け根に包帯を巻いた、腹ばいの黒いグリフォンのお腹を枕に、すやすやと寝息をたてている。
 短く刈り込まれた栗色の髪に、青白いくらいの白い肌。何日間も、岩山のくぼみに押し込められていた為に、手足もまだ骨が浮き出る様にほっそりとしている。

 その時、ピクリと耳を震わせ、グリフォンの黒い瞳がパチリと開く。
 猛禽のそれは、さくさくと草を踏み近付く気配を敏感に捉えていた。
 が、次にはゆっくりと、グリフォンはその瞳を閉じた。
 そんな様に、近付いて来た小さな影は、コホンと軽く咳払い。
「やぁ、トミー」
 そっと声をかける。すると、声を掛けられた方の少年は、僅かに身じろぎをする。
「ん‥‥ジムかい?」
 首を巡らせ、声のする方を向くトミーは、目を開けずに返答した。
 小奇麗な格好をしたジムと呼ばれた少年は、前髪を指でくるりといじりながら、穏やかな口調で語りかけた。
「今日はいい天気で良かったな」
「うん‥‥」
「お茶の時間だけど来るかい?」
「勿論! わぁ〜、何か甘い匂いがするね?」
 くんかくんかと鼻を鳴らすトミーにジムは目を丸くして驚いた。
「ここから良く判るなぁ〜!?」
「あははは‥‥食べ物の匂いには敏感になっちゃってね」
 立ち上がろうとするトミーに、ジムが手を差し伸べるが、グリフォンが僅かに腰を浮かせてそれを支える。目の前に差し出されたジムの手は、トミーには見えていない。
「足元に気を付けてな」
 グリフォンの背に左手を乗せて立つ、トミーの右手をジムが握る。
「ありがとう。ありがとう‥‥」
 ジムとグリフォンにお礼を言い、トミーはグリフォンの背を優しく撫でた。そんな一人と一匹の様を眺めながら、ジムは思い至って笑った。
「あはははは‥‥そいつに名前を付けてやらなきゃな」
「名前‥‥?」
 見えない目で見る様に、トミーはグリフォンに向き直った。
 これに嘴をカツカツ鳴らし、この黒いグリフォンは短く鳴いた。

 話は数日戻る。
 後日、別件で妙に華やいだ雰囲気となった教会を訪ねた、冒険者の一行は、その奥の一画で手当てを受け、ようやく落ち着いたらしいグリフォンと、トミー少年を訪ねていた。
 教会の関係者は、施設内を案内しながら、その特有の穏やかな語り口調でぽつぽつと説明する。
「グリフォンの方は、食欲旺盛。このままでしたら、明日にでもお引取りに来て戴いて構いませんよ。ですが‥‥トミー君ですが‥‥」
 そこで言葉を濁し、とある一室の前でノックする。
「入りますよ、トミー君‥‥」
 キイ‥‥
 重苦しい音をたて、開かれた扉の向こう。窓辺から光射す簡素な寝台に、半身起こしていた。
 よれよれのシャツに、その骨と皮だけの身体を覆い。
「あ‥‥」
「おっと、そのままそのまま」
 身じろぎするトミーを制し、室内に入る冒険者達。
「その声は、助けてくれたおじさん達?」
「随分と血色が良くなったなぁ!」
 わざとらしく明るく振舞う者。その陽気な声の裏で、一人がそっと囁いた。

「おい‥‥?」
 こくりと頷き、教会の関係者は悲しそうに答えた。
「トミー君の目は、光は判るのですが、まぶたが開かないのです」
「これが‥‥」
「カオスめ!」
 短く悪態をつく。
「リリムめ〜っ!!」
「こらこら」
 パシリと拳を打ち鳴らす男は、仲間の鎧騎士の手で早速廊下行き。
「いや、明りを感じるって事は‥‥」
 一人の天界人医師がぶっきらぼうに前に進み出て、トミーの前に屈み込む。
「ほぉ〜、発疹の後が随分綺麗になったじゃねぇの」
「あ‥‥いえ‥‥ありがとう‥‥」
 口ごもるトミーの顔に手をやり、そのカサカサの肌に指を置いた。
「ちょっと診せてくれよな」
「あ‥‥痛ッ‥‥」
「ふぅ〜ん‥‥」
 頬やまぶたの辺りを触診した天界人医師は、ほぉ〜っと一息ついた。
「これなら何とかなるかも知れねぇ」
「本当かよ!?」
 口と態度は悪いが、腕は結構確かな天界人医師は、立ち上がるや仲間に向き直った。
「俺の時間の都合ってのもあるが、手伝ってくれる奴が居ればな」
「マジかよ!?」
「膿が目に入って、まぶたが癒着しちまったみてぇだ。これを切る。先ず細かい作業だから、手元を明るく照らしてくれる奴が居るな。それと消毒にアルコールが欲しいが、こっちの世界にゃ蒸留技術が無ぇらしい。誰か作ってくれ。結構簡単な筈だ。俺は細かい作業の出来る道具を、どっかで捜してこなきゃな。最悪、誰かに造って貰うかしなきゃならねぇ」
 次々と指示を出し、数日後、色々とやっかいになっているショア伯の別邸へ、少年とグリフォンを移送した。

●今回の参加者

 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea2578 リュウガ・ダグラス(29歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3982 レイリー・ロンド(29歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4077 伊藤 登志樹(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

ファム・イーリー(ea5684)/ 真音 樹希(eb4016)/ 桜桃 真希(eb4798

●リプレイ本文

●想い護る者よ
 ウィルにある教会。そこはアトランティスにおいて異界の神を祭った社。
 荘厳なステンドグラスの色鮮やかな光の中、イギリスより渡来した神聖騎士リュウガ・ダグラス(ea2578)は、トミーが運び込まれた時にクローニングとリカバーを施したという司祭を前に跪いていた。
「今、ショア伯の別邸にて少年に対し眼の手術を行おうとしています。手術自体は簡単の様ですが、万が一の事があっては遅すぎますので‥‥回復系魔法に長けたクレリック殿に御同行願えないでしょうか?」
 が、司祭は微笑みながら首を左右に振った。
「あの少年の目は治りつつありますよ、神聖騎士リュウガ。クローニングはゆっくりと元のあるべき姿へと再生を促す魔法。瞼の下、損傷した眼球がゆっくり再生しているのですが、死んで古くなった部分が残り、あのままでは眼球を圧迫して宜しくありません。林檎が枝に押し付けられて熟せば、形がおかしくなる様に、治りがとても遅くなるでしょうし、視力が落ちるかも知れません。早めに瞼を切って、眼球をきれいな水で洗浄してあげた方が良いでしょう。ですが、それは大きな事ではありませんよ。あの少年が心に負った傷を如何に癒していくか、それは剣を振るうよりも遥かに困難な事。神聖騎士リュウガよ」
「は‥‥」
「汝、神に代わりて剣振るう者よ。盾となりて信仰を護る者よ。この異なる世界においても汝の果たすべき責務は変わる事ありません。汝の為すべき事を為しなさい」
 その司祭の穏やかな表情は、終始変わる事は無かった。

 眉間に皺を寄せ、小刀を手に重さとバランスを試していたアリル・カーチルト(eb4245)は、それを半ば放る様に戻した。店員は表情を変えず、申し訳無さそうに問い掛けてきた。
「お求めの物は御座いませんか?」
「う〜ん‥‥ちょっと無理か‥‥」
「それは‥‥」
 丁寧に頭を垂れる店員。
 とうとう悪名高いマーカス商会にまで脚を運んだ、アリルに黄安成(ea2253)、伊藤登志樹(eb4077)の三人は肩を並べて店を後にした。
「で、どうするのじゃ?」
 腕を組み難しい顔をする黄に、アリルは妙に吹っ切れた様子。黄の二の腕をポンと叩いた。
「登志樹。悪ぃ〜が細めの金属棒を薄くヤスリがけして、先端に焼きを入れてくんねぇ?」
「お安い御用だぜ。そいつを磨いでメスにするんだな?」
 アリルはポンとバックパックの膨らみを叩き登志樹に頷いた。
「ああ。後はまぁトミーが酔っ払っちまうかも知れねぇが、消毒はこのどぶろくでな」
 横でうっと嫌な顔をする黄。
「そんな顔すんなよ。匂いがきついから下戸の黄にゃ辛いだろうが、うめぇんだぜ」
「酔っ払い運転一発、医師免許取り消しだな」
 カラカラと笑い、二人の背後から登志樹が肩に腕を回す。黄は首を左右に振り、門外漢の悲しさに口を濁した。
「準備はこんなモノで良いのじゃろうか?」
「いやいやいやいや‥‥こっから俺が大忙しだ。術用の拡大鏡に照明器具。点滴は居るか? ペットボトルを使って、チューブをどうしようかと‥‥」
 するとアリルが苦笑しながら、肘で登志樹の脇を突いた。
「何を点滴するって? ここにゃ抗生物質もブドウ糖液も無ぇんだぜ? 生理食塩水も、洗浄用の蒸留水も無ぇ。無ぇ無ぇ尽くしだが、人はそんなモノが無ぇ時代から色々やって来たんだ。何も腹をかっさばこうってんじゃない。ほんの数ミリの薄皮を、眼球が傷付かん様に切る。それだけさ‥‥そうすりゃトミーはもう一度、光をその目で見る事が出来る!」
 グッと拳を握り、アリルは天を見上げた。二人も、それに吊られ空を見上げた。空は群青。真っ白な雲が大きく膨らみ、この世界を見下ろしていた。

●シルフィードからとってシルフィと呼ばせていたら‥‥
 貴族街の一画にあるショア伯の邸宅。
 その一階に、風通しの良い部屋を与えられたトミー少年と黒いグリフォンを訪ね、その日も何名かの者が顔を覗かせていた。

 裏庭にあろう花壇から、何種類もの甘い香りが、風に乗ってここまで届いていた。
 淡いパステルカラーに身を包む魔法少女『まじかる♪チカ』ことチカ・ニシムラ(ea1128)は、黒いグリフォンの前にちょこんと座り、その青いくりくりっとした瞳で、猛禽の黒い瞳をじっと覗きこむと、縦長の黒目に自分の顔が映りこんでちょっと不思議☆ 色んな表情をしてみせるけど、その瞳は深き山にある湖面の如く静かであった。
「にゃー‥‥前にお姉ちゃんに乗せて貰った事があるけど、やっぱり大きいにゃー♪ 触っても大丈夫かな?‥‥クロウディー?」
「多分、大丈夫だよ」
「アリョーシャ。彼女はどうかな? そうか、触っても良いそうだ」
 寝台の上に上半身を起すトミーと、チカの後ろに四つんばいになって座る純白のユニコーン、アリョーシカと共に腰掛けていたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が涼しそうに、口元に運びかけた茶器を戻し床に置いた。
 ユニコーンにはオーラテレパスと言う、心の声を伝える能力がある。
(「チカ‥‥シリフィーは触っても良いと言っています」)
「そうなんだ。よ〜し‥‥」
 チカはペロリと唇を舐め、そっとその嘴に触れてみる。グリフォンは、静かに目を瞑ってみせた。
「名前‥‥何がいいかにゃー♪」
 小さな手で大きく鋭い嘴を撫でると、それが判るのかグリフォンはそっと頭を下げた。そんな気配を、トミー少年は見えない目で眺める様に、陰りを帯びた表情で微笑んでいた。すると‥‥
「あ、そろそろかな?」
 トミーが少し鼻を鳴らすと、カチャリ廊下への扉が開いた。
「さあ〜、お待たせ〜♪」
 トレイを押した少年を伴い、桜桃真治(eb4072)が元気な笑顔で入って来た。
「庭師のおじさんに、薔薇をいっぱい貰ったから真っ赤な真っ赤なジャムを作った〜♪ い〜匂いだろう?」
「うわぁ〜凄く甘い香り〜」
 嬉しそうに声を合わせるトミーとチカ。
 そんなトミーを元気付けようと、ほんの少しおなかが目立って来た真治は、小間使いの少年に手伝ってもらい、歌うようにして焼き立てのホットケーキを取り分ける。たまごたっぷりにふわっと焼き上げた、狐色のパンケーキ。その上に作りたてのバターとジャム、その上に厨房にあったはちみつたっぷり、とろとろ〜りと滴らせ、サッとトミーの鼻先へと。
「わぁ〜、凄いや!」
「う〜、チカにも〜」
「へへ〜。これだけで驚いちゃいけないぞ。夕方には真治特製スペシャルサンドイッチを作ってやる。楽しみにしてろ〜♪」
「うん!」
 少しぎこちないが、先日より少しは明るくなった気がする。ちょっぴり口の端がぴくぴく。作り笑いは難しい。慌てて、真治はトレイへと駆け戻り、途中アレクセイとバトンタッチ。
「トミー君。お姉さんが食べさせてあげます」
「あ、ありがとう‥‥」
 少し恥ずかしがるトミー。アレクセイは、入れ替わりに寝台の横に座り込んだ。

「と‥‥これは素敵なタイミングに‥‥」
 戸口にレイリー・ロンド(ea3982)。クールな微笑み。手には不思議ペットのワルツを抱え、この甘い香りが漂う部屋へと足を踏み入れた。
「あら、レイリーさん。お鼻が利くのね?」
 目じりが少し赤い真治に、そう言われながらも肩をすくめて一礼。
「先日、その娘に約束した、うちの可愛い子を連れて来たのさ」
 そう言い返し、手元のワルツを真治に見せると、真治の笑顔が凍りつく。
「えっと‥‥キメラ?」
「俺には詳しい事は。さぁ、ワルツ。こちらのご婦人にご挨拶を」
 レイリーの腕の中、その幾つもの生き物が交じり合った生き物は、ちょっぴり不思議な鳴き声だ。

●あの子を
 館の別の部屋。少し気ウツな空気が漂っていた。
「グリフォンがトミーの言う事を聞くところを見せれば? 病気の件だって詳しい人が懇切丁寧に安全だって説明して納得して貰うのが一番じゃない?」
 こんな空気を払拭する様に、赤毛の戦士フォーリィ・クライト(eb0754)は朗らかにウィンク。
「まぁ、一気に解決目指すより地道にやったほうがよいと思うわ」
 この言葉に皆がう〜んと唸る中、アリルは足を投げ出す様に、椅子の背もたれに身体を預けた。
「そうだな。とりあえず、その辺も考えて伯に相談してみるとするか。術後の経過しだいって事もあるが、いきなり連れてって、という訳にもいかんだろう?」
 アリルは苦笑した。
「村でトミーが新農法って風にグリフォンと一緒に農作業する、フェイトや他の魔獣をトミーとグリフォンに追っ払わせる芝居をうつ等、どうですかね?」
「フェイトじゃ‥‥」
 思わず苦笑する鎧騎士のリール・アルシャス(eb4402)。
「あ、いや‥‥」
 コホンんと咳払いを一つ。
「それこそ湾全体で大騒ぎになるのでは? 伯もこれ以上、フェイトを悪役にしたくは無いのではないか?」
 黄もこれに頷いた。話の見えない者も何名か居る。フェイトとはアリルの飼う巨大なロック鳥の事なのだ。既に数度、大騒ぎになっている。
「伯にご相談願うのは賛成だ。むしろ、伯に一言戴ければ村人は納得するのでは?」
 これにアリルも頷き、一枚の羊皮紙を取り出した。
「とりあえず診断書を書いたぜ。どうも天界では子供が主にかかる麻疹かその類じゃねぇかと思う。子供のうちにかかっちまえば、抵抗力がつくんだが、子供のうちにかからずに大人になってからかかるとかなり危ねぇところがな。症状の出方がこっちの人間じゃ違うのかも知れねぇ。トミーは一先ず安定しているが、そう考えるとこっちの世界の大人との接触は、もう少し様子を見ておきてぇがな」
「麻疹かぁ〜、懐かしいね。小学校の時にかかったっけ?」
 苦笑する真治。
「にゅ? 子供のかかる病気!?」
 妙に反応するチカ。
 そんな様に頷きつつ、リールは己の胸に手を置き、一同を見渡した。
「それでは、自分がショアへ赴こう。アリル殿。手術を頼んだ。絶対成功させてくれ」
「ああ、任せろ」
 普段のふざけた口調は微塵も見せず、アリルは真剣な眼差しで力強く頷いた。

●手術
 リールがショアへとフロートチャリオットで去った、その日の午後に手術は始まろうとしていた。
「これを」
「助かる」
 アレクセイから、大麻草を受け取ったアリルは、それを焚きながらトミーとグリフォンの居る部屋へと進んだ。

 部屋には既に集まっており、アリルが入室すると一斉に動く。
「トミーくんも目が見えるようになると思うし、せっかくだから綺麗なところ見せないとね?」
 ポンポンとグリフォンの頭を撫でるチカに、首を左右に振っていやいやをする。そんなグリフォンに、アレクセイはアリョーシカに説得を頼む。
「庭で羽繕いをしよう‥‥」
「ガキの事は任せな。バッチリ治してみせるぜ」
 そんな様にニヤリ、アリルが笑う。
「大丈夫だから。さぁ、行こう」
 レイリーも立ち上がる様に促し、グリフォンはしぶしぶアリョーシカやアレクセイと共に室外へ出て行った。

「さあ次はトミーの番だ。目が見えるよーになってもグリフォン見てビビんなよー」
「そんな事絶対無いよ」
 笑いながらアリルは、立ち昇る煙を自分では吸わない様にし、トミー少年の前にかざした。
「ははは‥‥さあ、これを少しずつ吸ってな」
「うわぁ〜、変な匂い」
「ははは、子供にゃちぃとばかし早いが、今回は特別だ」
 そう言っているうちに、ぐったりとなるトミー少年。
「よし、頼む」
「うむ‥‥」
 黄はトミーを抱きかかえ、ずんずんと手術をする部屋へ向った。
 その間、アリルは手を洗いに洗面所へ。

 手術の為に塵一つ無いかに清掃された一室。
 手術用の寝台に、手製の拡大鏡や照明器具を備え付ける登志樹。チカとリュウガはそれを挟むように立ち朗々と詠唱を行い、カチャリ扉が開かれ黄がトミー少年を抱きかかえて踏み込んだ。
「そこじゃな‥‥」
 登志樹は黙って黄に譲る。そして上向きに横たえられたトミー。すぐさま真治が目の辺りだけを繰り抜いた、純白の布をその上にかぶせた。
 カチカチと、照明のスイッチを入れる登志樹。
 そこへ、両の腕を目の前にかざしたアリルが入室する。扉を左右に開けた少年達がそっとその後ろで扉を閉めた。そして、その戸口にはロングソードを手にフォーリーが仁王立ち。左右に居並ぶ少年たちにクスリと笑い、次には真面目な顔で向き直った。

「一つ、注意しておきたい」
 ヘッドライトを登志樹に装着して貰いながらも、マスクの下からくぐもった声で、アリルはゆっくり語った。
「ほんの少しでも、血が付いた物は直接手で触れるな。カオスとか関係無ぇ。血には色々な物が含まれている。今回の病気の要因がまだ残っているかも知れねぇ。また、トミーの血が出たところは、冷まし湯で洗う。そこからまた別のばい菌が入り込まない様、気を付けろ」
 皆、黙って頷いた。アリルの指示に真治がどぶろくを布に染み込ませ、トミーの顔を拭き始める。特に目の周りを重点的に。チカとリュウガがハンディライトでそれを照らす。
「始める‥‥」
 そして、登志樹に渡された手製のメスを手に、アリルは拡大鏡を覗き込みそっとトミーの瞼へ、その鋭い切っ先をゆっくりと‥‥

 アレクセイが藁でブラッシングしている処へ、レイリーが手桶に新しい水を汲んで戻って来た。
 飾らぬ笑顔で話し掛けるレイリー。
「どうだ気持ちいいだろ?」
「気持ち良いよね?」
 続くアレクセイの問い掛けは、アリョーシカより正確に伝えられ、その黒いグリフォンは瞼を細めて頭を何度も下げた。
「そうか。それは良かった。綺麗になってトミーに見てもらおうな」

 30分程で扉が開き、アリルはフォーリーにぐっと親指を立てて見せた。
「成功!?」
 ぱっと覗き込もうとする目の前を、黄がぐったりとするチカを抱き上げ、別の部屋へ慌しく飛び出して行く。
「誰に聞いている? 半日もすれば包帯が取れらぁ」
「そんなに!?」
「全く、魔法サマサマだぜ」
 苦笑するアリルは、廊下の空気を胸一杯に吸い込んだ。

●ショア伯
 口上を述べ、アリルから預った手紙を差し出したリールは、それを一読したショア伯からねぎらいの言葉を戴いた。
「ご苦労だったな。仔細判ったとアリルには伝えて欲しい。だが、村にすぐに返すのは問題がある。ある程度見極める事も必要。また、波風が収まるのを待つのも必要、という事だ。だが、故郷を離れるのも不安であろう故、暫くは人里から離れた場所で静養するが良いだろうと、そう伝えて貰いたい」
「はい。確かに承りました。私は取り急ぎ戻ります」
「うむ。道中、気を付けてな」
 リールは伯の返答を胸に、慌しく退席した。