ワンド子爵の計略〜悪代官が来る

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2006年07月05日

●オープニング

 フロートシップで王都とワンド子爵領を往復するなら、大河の真上を行くのが一番手っ取り早い。大河で結ばれた二つの土地を行き来するのだから、道に迷うことはまず無い。
 その日は曇り空。晴れた日にはきらきらと輝く大河の水面も、今は空の色そのままにどんよりしている。
 ワンド子爵を乗せたフロートシップは、大河の真上のかなり高い所を飛んでいた。丁度、物見櫓の下から上までくらい。下が水だから落ちても死ぬことは無い高さだ。
 今、フロートシップは荒廃した王領ルーケイのただ中を進んでいる。大河を縄張りとし、がめつく通行料を取り立てる河賊・水蛇団も、流石に空を飛ぶ船にまでは手を出さない。実力行使で金を取り立てようにも空にまでは手が届かないし、相手が王家の紋章家を掲げた船なら尚更だ。
「かつてのルーケイ伯の領主館は、あの辺りにあったのであろうかな?」
 などと思いながら、子爵は船の甲板から遙か北に目を向ける。そこに見えるのは平野の果てに広がる黒々とした森。森の木々はかなりの高さになろうが、こうまで離れていては、微かに地面が盛り上がっているとしか見えない。
 ワンド子爵の口元に笑みが浮かんだ。
「流石に、これほど遠くより見定めるのは無理というものか」
 代々のルーケイ伯が住処としたという領主館は、大領主にふさわしき偉容を誇り、領主館というよりも城という呼び名が似つかわしいものであったという。その領主館も王命によるルーケイ反乱平定の際に焼け落ち、今は無惨な焼け跡を残すのみ。そんな話を聞いている。
「子爵殿。こんな所におりましたか」
 背後から声をかけられた。振り返ると、船の指揮官である騎士アーゴン・アドラが立っていた。
「ああ。今は亡きルーケイ伯のことを思い、物思いにふけっておった。思えば時の流れは速いものだ。威勢を誇ったルーケイ伯が王妃殿下殺害への荷担を理由に国王陛下より死を賜り、その後に任じられたルーケイ代官も領民の謀反によって殺害され、そして今、天界より来たりし冒険者が新たな代官となり、広大なるルーケイの地をその手中に収めようとしておる」
「ルーケイを巡る情勢も、目まぐるしきものであります。新たなルーケイ伯は聡明にして勇敢なるお方と聞いておりますが、あのお方がターレン・ラバンの轍を踏まぬことを切に願うものであります」
「うむ。わしも真、そう思うぞ」
 ターレン・ラバンとは本来のルーケイ伯亡き後、ルーケイの代官に任ぜられた男の名だ。国王陛下の覚えよく、王宮でも権勢を振るい、その一族の生活も羽振りが良かったという。
 死したルーケイ伯が王都の貴族街に所有していた豪勢な邸宅も、ターレンの所有するところとなった。そこでは贅を尽くした盛大な宴会が毎日のように繰り広げられた。
 ところがこのターレンという男、ルーケイ統治で数々の失態を為した挙げ句、最後は謀反を起こした農民の手によって殺された。
 王領代官たる者が、たかが農民の手にかかってである。貴族の身分にある者にとって、かかる不名誉なことはない。
 ターレンが死して後、その凋落も著しく、ついには貴族街の屋敷も売りに出された。それを大枚叩いて買い取ったのが、南クイースの地の王領代官たるレーゾ・アドラであった。
 そしてワンド子爵は、代官レーゾがその屋敷で催す祝賀会に招かれ、王都に向かう途中であった。祝賀会は新たなルーケイ伯の盗賊討伐戦勝利を祝うものであり、ルーケイ伯はもとより、近隣の王領の代官達も招かれている。
「子爵殿。祝賀会にはこの私もお供させていただきます。とはいえ集まる面々があれですから、存分にお楽しみをとは申せませぬが」
 騎士アーゴンもまた、何かと評判の悪いアドラ一族の一人。もっともアーゴン自身は礼儀を弁えた実直な男であり、なぜこんな出来た人物がアドラ家に? と、思える程であった。

 とにかく今のフオロ分国にあって、王領代官と言えばろくでもない奴の代名詞。正統なる領主の権利を奪い、国王の庇護をいいことに横暴を振るう成り上がり者と見なされ、その評判はことさらに悪い。
 ことに南クイース、北クイース、アーメル、ラントの代官に任じられた4人を差して、人は悪代官4人衆と呼ぶ。いずれも国王の不興を買ってその身分を剥奪された領主に代わり、その土地の代官に任ぜられた者達だ。
 その4人とは即ち、南クイースの代官レーゾ・アドラ、北クイースの代官ラーベ・アドラ、アーメルの代官ギーズ・ヴァム、ラントの代官グーレング・ドルゴである。
 フロートシップが王都に着くと、ワンド子爵は真っ先に冒険者ギルドへ足を運んだ。
「この度、レーゾ・アドラ殿の屋敷で催される祝賀会にご出席なされる代官達の身辺に探りを入れて頂きたい。街人を装ってその屋敷を見張るもよし。晩餐会で直に対面して話を聞き出すもよし。だが、くれぐれも先方に失礼なきようにな」
 要は、貴族が密偵を使って行わせる仕事である。大抵の貴族であれば、誰もがやっていることだ。
 ルーケイから侵入する盗賊に悩まされ、またルーケイに潜伏するというテロリストに懸念を抱くワンド子爵は近々、近隣の領主や代官を招いてルーケイ復興会議を開き、ルーケイの賊徒に対する対応策を協議するつもりでいた。勿論、いわゆる悪代官4人衆に対しても、その領地がルーケイの近隣にあるからには、会議に参加していただく。
 今回の依頼はそれに先立つ調査である。代官達が王都に集まる祝賀会は、彼らの身辺を探る格好の機会だ。依頼を引き受ける冒険者にとっても、悪代官と呼ばれる者達の人となりを知るための良い機会となるだろう。
 それがワンド子爵の目論みであった。

●今回の参加者

 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1911 カイ・ミスト(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb3033 空魔 紅貴(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4267 ブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(36歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

クレア・クリストファ(ea0941)/ フィラ・ボロゴース(ea9535)/ メイリア・インフェルノ(eb0276

●リプレイ本文

●怪しい占い師
 そこは王都ウィルの下町でも、ことに景気の悪い一画。
「占いはいかがじゃな? 今日は特別にタダじゃ」
 シフールの辻占い師の誘う声に惹かれて、不景気な顔をした男達がぞろぞろとやって来た。
「占ってくれよ。どうして最近、仕事にあぶれてばっかりなんだ?」
 その辻占い師の正体はユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。商売道具の水晶玉を仰々しく覗き込むや、たちまち下るご宣託。
「おお、見える! 見えるのじゃ! 王領代官ラーベ・アドラにレーゾ・アドラの顔が!」
 これもあの悪名高い連中の情報を集めるための方便なわけで。
「あの2人に何か心当たりは無いかの? 何でもよい、知るところを話すのじゃ」
 ところが、男の反応ときたらまた激烈。
「畜生! やっぱり奴らのせいか!」
「クイースの殿様をさんざん食い物にした悪党どもめ!」
「奴らのせいで小麦の値段は上がりっ放しだ!」
「騎士道を踏み外した外道どもが!」
 騒ぎは人を引き寄せる。集まってきた街人達もたちまち罵詈雑言に加勢。
「レーゾのクソハゲ! 馬糞でも喰らえ!」
「ラーベはオーガに食われちまえ!」
 悪口に気圧され、ユラヴィカはたじたじ。
「いや、何とも凄い人気じゃな」
 やいのやいのと騒いでいると、たちまち衛兵の一団が押し寄せてきた。
「代官様の悪口を言いふらす不届き者どもはお前達かぁ!?」
 さては、通りすがりの誰かが密告したか。気炎を上げていた男達は顔色変えて逃げ出した。勿論、怪しい辻占い師の姿も跡形も無し。

●怪しい風来坊
 代官レーゾ・アドラの屋敷の外門では、いきなりやって来た風来坊のジャイアントを相手に、衛士が苛ついていた。
「おい! なんでお前はそんな所に立っているんだ!?」
「名のあるお代官の屋敷と聞いたもんでね」
 立ち話する横を豪勢な馬車が通り過ぎる。その窓の奥に、偉そうに構えた男の顔がちらりと見えた。
「なぁ、今来た馬車は?」
「あの馬車は畏くも王領代官ラーベ・アドラ閣下の‥‥お前、何でそんな事を訊く!?」
 実は雇い主を捜している最中だと答える風来坊。衛士は怒鳴った。
「今日は忙しい! 日を改めて出直して来い!」
 そこへまた一人、風来坊がやって来た。
「あんた達も外で待機中か? 俺も何かあるまで外で待機って言われて暇なんだよ」
 と、訊ねるそいつは、眼帯で片目を隠した長身の女。いちおう漆黒のサーコートで礼装はしているが。
「何で今日はこんな奴ばかり‥‥」
 小声で愚痴り、衛士は眼帯女に尋ねた。
「そなた、もしやアレクシアス閣下の使い人か」
「まあ、そんなところだ」
「ここで待たせるのも何だ。屋敷に案内しよう。‥‥おい、おまえもだ」
 ついでにジャイアントにも手招きする衛士。うまくいった! と、風来坊2人は内心でほくそ笑む。2人の正体は冒険者。ジャイアントは空魔紅貴(eb3033)、眼帯女はブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(eb4267)である。
 ところが、二人が連れて行かれたのは使用人部屋。
「ここで待っておれ。屋敷の中を勝手にうろつくなよ」
 何か言いたそうな二人の目の前で、ドアがばたりと閉じられた。

 暫くして、外門の前を旅の楽士が通りかかった。実はこれも冒険者。バードのケンイチ・ヤマモト(ea0760)である。
「あれ? ここにいるはずなのに‥‥」
 立っているはずの仲間が見当たらないので、きょろきょろしていると、外門に立つ衛士の一人に見咎められた。
「何をうろついている? 宴のための楽士ならもう雇った。仕事が欲しけりゃ余所へ行け」

●代官ラーベ・アドラ
 鎧騎士エリーシャ・メロウ(eb4333)は首尾良く祝賀会会場に入り込んだ。ワンド子爵のお供の一人として。
「御領主の責務とはいえ、子爵閣下のご苦労お察し致します。我等の成果が少しでも復興会議に利とならんことを。またこの経験はいずれ私の血肉ともなりましょう。‥‥或いは我が主君のお役にも」
 エリーシャはトルク分国出身。家は代々、トルク家に仕えてきた。
 若き故の未熟さを残せど、その真摯な言葉使いにワンド子爵は感服。
「うむ、真に殊勝なる心掛けであるな。では参ろうぞ。今は共に、同じ王を主君と仰ぐ者として」
 足を向けるのは代官ラーベ・アドラの元だ。鎧騎士とはいえど、今日は祝賀会。エリーシャは髪を上げて結い、シルクのドレスで着飾った淑女の装い。作法もつとめて淑女らしく。
「騎士礼装が適するならばすぐに着替えますが?」
 訊ねるとワンド子爵は笑い、
「いや、今はそれでよい」
 二人してラーベの前に出向くと、恭しく一礼。ワンド子爵はにこやかに。エリーシャはしおらしく。既に代官の回りには、彼を慕う淑女が取り巻いていたが、ラーベはエリーシャの見目麗しき姿に目を止め、先ずワンド子爵に訊ねた。
「おお、ワンド子爵よ。貴殿に侍るこの美しき淑女は誰ぞ?」
「こちらは代々トルク家に仕え、赤心積み重ねたるメロウ家の花、鎧騎士エリーシャ・メロウにございます」
「エリーシャよ、遠慮するな。俺と話せ」
 代官の口調は尊大である。しかし体つきは貫禄たっぷり。顔も悪くはない。家柄はともかく、見かけだけはいかにも大貴族の御曹司。淑女に取り巻かれるのもうなずける。
「国王陛下の信任厚き代官殿とお近づきになれるとは光栄ですわ。ラーベ閣下」
「ははは。まずは二人の出会いを祝し、乾杯といこう」
 エリーシャは気を利かせ、ラーベと自分の為にワインを取る。
「乾杯!」
 杯をちんと打ち鳴らし、注がれた極上のワインをラーベは一気に呷る。
「どうだ、旨いだろう? 俺の領地のワインだ」
「ラーベ閣下に似て、気品高き香り。素晴らしゅうございます」
 などと会話しながらふと周りに視線を走らせると、取り巻きの淑女達がきつい目線を送っていた。出し抜かれたことで皆、焼き餅を焼いている。
「ところで、あのレーゾを見てやれ。寂しいものだな」
 と、嘲るようにラーベが促す。ラーベの弟にして南クイース代官のレーゾに目をやれば、祝賀会のホストだというのに、側には華やかなる淑女など一人もいない。
「やはり、あのお顔では‥‥」
「熱心にマリーネ姫様に話しかけてますけど‥‥あら、姫様もそっぽを向かれてしまいましたわ」
 取り巻きの淑女達がくすくす笑って酷評する。そのうち一人が言いだした。
「皆で賭をなさいませんこと? 今日の晩餐会で、わざわざレーゾのご機嫌伺いに来るような淑女が、果たして現れるかしら?」
 などと話していると‥‥やって来たのである。その『淑女』が。

●淑女パトリアンナ
 どういうわけか、自分に注目が集まっている。やはり、会場に現れるタイミングをきちんと計算したのが功を奏したか。並の淑女の2倍も歳を食ってるだろうその『淑女』は、遠慮も無しにレーゾに歩み寄り、自己紹介した。
「初めまして。パトリアンナ・ケイジ(ea0353)と申します」
 手近な杯にささっと手を伸ばしてワインを注ぎ、レーゾに勧めつつマリーネ姫を顎で示して言う。
「彼女、割と冷たいところがあるんですねぇ」
 レンジャーのお仕事で鍛えているせいか、声がやたら響く。ラーベの周りでは淑女達が一斉に笑いさざめく。
「実の所、次の大きな仕事はねえかと捜してるところなんですよ。金を持ってるお方が、どんどん依頼を出してくれないと、あたしゃひからびちまう。旦那は、羽振りがよろしいお方で?」
 凄みのある笑顔で、にやり。途端、レーゾは目を剥き、禿頭を真っ赤にして怒鳴った。
「このたわけ者めっ! ここから出て行けっ!」
「あん?」
 訳が分からず立ち尽くすパトリアンナを、現れたレーゾの家人達が無理矢理に引きずって行った。
「なぜ、あんな者を中に入れた!?」
 今度は執事に向かって叱責するレーゾ。執事は恐る恐る答える。
「護民官殿の護衛と承っていたもので‥‥」
 そこへ割り込む豪快な笑い声。ラーベである。レーゾは癇癪を起こしかけたが、そこは祝賀会のホスト。無理矢理に笑顔で取り繕うと、勤めて平静を装って告げる。
「では皆様。この辺りでダンスと参りましょう」

 所変わって使用人部屋。連れて来られたパトリアンナを見て、紅貴とブラッグァルドは呆れた。
「なんだ、おたくもか」
「いやぁ、しくじったねぇ」
 暫く3人で暇を持てあましていると、給仕達がやって来た。なんと、極上のワインと料理を携えて。
「気の利いた余興に対しての、ラーベ閣下からのご褒美をお持ちしました」
 パトリアンナの顔を覗き込む仲間2人。
「一体、会場で何をやらかしたんだ?」
「まあ、色々と‥‥」
 はたと思い当たり、3人は足音を忍ばせ部屋の入口へ。ドアをそっと開け、聞き耳を立てる。外ではレーゾの給仕達が立ち話をしていた。
「‥‥ということは、護民官殿はラーベ側に回ったということか?」
「いや、あのクソな年増女、本当に護民官殿の護衛かも怪しいもんだ」
「つまり、ありゃラーベの仕掛けた陰謀かもな。護民官殿とレーゾ閣下を仲違いさせようってか?」
「こりゃ、明日の宴会でも何かありそうだぜ」
「次の宴会はハンの商人様が大勢いらっしゃるんだ。何かあったらおおごとだよ」
 聞き耳立てている冒険者達にも気付かず、給仕達は去って行く。
 ふと、呟くブラッグァルド。
「ラーベとレーゾ、仲の悪さは相当なものだな」

●祝賀会での躓き
 アーメルの代官ギーズ・ヴァムはダンスそっちのけで、鎧騎士ルエラの話に入れ込んでいた。盗賊討伐戦での武功を持ち上げるルエラは、ついでにこんな話も振る。
「護民官制度を提唱せしアーメルの天界人の献策、それを実現に向け動かれた閣下のご尽力、恐れ入りました」
 途端、声を荒げるギーズ。
「お前、何か勘違いしてねぇか!?」
 護民官制度の提唱は、アーメルではなく南ルーケイの天界人による献策。間違いに気付き、ルエラは恐縮。
「申し訳ありません。冒険者酒場での歓談の折り、騎士学院のジェームス教官殿からそのように伺っていたので‥‥」
 ギーズは豪快に笑い飛ばす。
「わっはっは! 酔っぱらって勘違いしたな! 所詮、酒場談義などそんなもんさ!」
 そんな2人の近くには、聞き耳を立てているシフールいた。ディアッカ・ディアボロス(ea5597)である。ルーケイ伯とのコネに物を言わせ、楽士として参入。演奏の最中、リシーブメモリーの月魔法をこっそり使い、ギーズの頭の中を探ってみた。
『俺はアドラ家の奴らにバカにされた』
『俺は貴族の娘どもにバカにされた』
『アーメルの領主の娘は俺になびかない』
 ルエラとの話の最中、心に浮かぶのはそんな記憶ばかり。このギーズ、相当な憤懣とコンプレックスの持ち主のようだ。
 密偵としての使命はさておき、ディアッカが一番気になるのはやはりルーケイ伯アレクシアス。ルリとのダンスが始まると、夢中で演奏に没頭した。飛び回るシフールの姿にフェアリー・ベルの澄んだ音色が、2人のダンスを大いに引き立たてる。ダンスが終わると、ご褒美にちゅー。このパフォーマンスは受けた。
 しかし、その盛り上がりに水を差すように、代官グーレング・ドルゴがルーケイ伯の耳元に吹き込む。ディアッカへの嫌味か、周りにもはっきり声で。
「歌や楽器を扱うバードに気を許すなかれ。怪しげな月魔法により心を惑わし、記憶を盗む輩もおりますからな」
 アレクシアスは何か言いかけたが、そこへ割り込んだのがレオニール・グリューネバーグ(ea7211)。ウィルでの作法に則り、一礼してグーレングの言葉を待つ。
「君は何者だ?」
 騎士の出で立ちで現れた男に、グーレングが問う。
「私は‥‥ワンド子爵の護衛です」
 冒険者であることを隠すため、そのように言う。そして、代官の耳元に小声で囁いた。
「新参のルーケイ伯は、早々に盗賊団の一つを壊滅させるという目覚しい成果を上げました。以前から代官職に在る者にとっては、同等以上の成果を求められるであろうから、やり難くなるでしょう」
「ワンド子爵!」
 グーレングは声を荒げ、子爵を呼びつける。
「貴殿も不躾な護衛を雇ったものだな?」
 しまった! と、レオニールは内心で舌打ち。いきなり斬り込んだのは失敗だった。しかしワンド子爵は動じず、にこやかに答える。
「不躾な我が護衛に、何とぞ閣下のご裁断を」
 グーレングは手振りで示す。ここから出て行けと。やむなくレオニールは従った。

●ラントの代官
 リューズ・ザジ(eb4197)もまた、ワンド子爵のお供として会場入りしていた。男装のまま騎士の礼服で。残念ながら、ルーケイ伯に祝辞を公式に述べる機会は得られなかったが。
 手始めに、リューズはグーレングのお供の騎士に声をかけた。
「私は鎧騎士のリューズ・ザジ。ワンド子爵と面識あり、今日はそのお供として参上致しました」
「それはそれは。私は騎士リュード・レゼン。お会い出来て光栄です」
 騎士リュードはリューズの求めに応じ、王領ラントの現況を掻い摘んで話して聞かせた。話によれば、ラントの地は今年も豊作が見込まれるとのこと。グーレングの統治が始まったのは僅か数年前だが、領民も徐々に代官のやり方に慣れてきたという。至極、当たり障りのない話ではある。
 暫くするとグーレングがリューズに気を惹かれ、声をかけてきたので、リュードは代官に彼女を紹介。リューズはルーケイの事を引き合いに出し、グーレングから話を引き出した。
「東ルーケイの平定も無事になされ、私も嬉しく思います。先に騎士リュードより、ラントにおける閣下のご統治のことを伺いましたが、賊徒に対する備えも万全のこととお察し致します」
「ラントの賊徒など、取るに足らん。むしろ厄介なのは‥‥」
 グーレングは言い淀み、目線の先をラーベとレーゾに向ける。そして続けた。
「いずれ、卿(おんみ)もそれを察する時が来よう」
 実際にリューズが話してみると、グーレングはラーベに劣らず尊大だが、聡明なる人物に見受けられた。

●王領アーメルにて
 ギーズの身辺調査のため、王領アーメルに出向いたカイ・ミスト(ea1911)は、到着早々ギーズ配下の傭兵に取り囲まれた。
「この地に何をしに来た!?」
「馬に興味が引かれた。この地には馬が多いだろう?」
 傭兵の一人が不審な眼差しを向けて言う。
「もしやこいつ、黒い旗の‥‥」
「黒い旗?」
 聞き返したが傭兵からの答は得られず、カイは傭兵の詰め所に監禁された。
「まずは身元を明かにすることだ」
「カイ・ミスト。冒険者ギルドの冒険者だ」
 翌日。傭兵達はカイを王都に護送。冒険者ギルドにて確認を取り、カイの言葉が嘘でないと分かると、直ちに釈放した。
「すまなかったな。これはお詫びだ」
 釈放ついでに、傭兵達はカイに食事を贅沢な振る舞う。
「悪く思わんでくれ。このところ、近隣が物騒になっているので、ああせざるを得なかった。今にアーメルでも冒険者の力が必要になるかもしれん。その時は宜しく頼むぞ」
 傭兵達の隊長は、そのように弁明した。