●リプレイ本文
●打ち明け話
ゴドフリーは話を聞き終えると、オークルの弟子達に向き直った。
「承知した。よく話してくれたね」
穏やかな口調で語りかける。彼らは安堵したのか、微かな笑みを見せ、ぺこりと頭を下げた。部屋を出て行く彼らを見送りながら、さてどうしたものか、と呟くゴドフリー。無論、売り物の本を易々と奪われる訳には行かない。
「僕達が護衛につきます」
クィディ・リトル(eb1159)の申し出に、ゴドフリーがうむ、と頷く。
「本を届けるのは、いつなんだ?」
「明後日だ。これは先方の都合上、変更は出来ないからよろしく頼んだよ」
そうか、と飛天龍(eb0010)、眉間に皺を寄せた。生徒達の作業にも同行したい彼なのだが、少々せわしないことになりそうだ。
オークルの弟子達は、扉の外で、はあ、と大きな溜息をついていた。
「‥‥これで良かったのかな」
皆の助言に従い自ら語った彼らだが、表情には複雑な心情が滲み出ている。その背中を、ずどん、と豪快にファム・イーリー(ea5684)が引っ叩いた。
「こっちのことは、まっかせて!」
底抜けの笑顔で言い切って。
「お手伝いして畑を借りられるんなら、そうした方がいいよね? だって地に足がついてる感じだし! 歌で稼ぐの大変なんだもん! 楽しいけどね〜」
あっはっは、とひと笑い。そんなわけでお手伝い頑張ってね! と手を握る。その勢いに呆気にとられ、不安の顔も何処へやら。は、はい、頑張ります! と彼らは揃って頷いた。
羊皮紙を積み上げて黙々と書き物をしているのは、モニカ・ベイリー(ea6917)とディアッカ・ディアボロス(ea5597)。
「やれやれ‥‥本を自分ででっちあげるっていうのは、いくらなんでも張り切り過ぎだったかな?」
コキコキと首を回し、肩を揉みながら愚痴るモニカに、ディアッカが苦笑する。出来るだけたくさん用意するつもりだったが、1ベージ仕上げるのに1時間以上要している有様では、頑張ってもイギリス語とラテン語の本、一冊づつが精一杯といったところ。やはり手書きはキツい。
「でも、ゴドフリーさんに調達してもらった古い羊皮紙と牛皮の表紙、雰囲気あるよね。本当に歴史ある貴重な古書って感じだもん」
「ずいぶんと値も張ったけどね」
燕桂花(ea3501)に、ようやく書き上げた一枚を手渡すモニカ。桂花はそれを大理石で丁寧に擦って定着させる。これは徹夜かなぁ、と覚悟を決める3人だ。
「どれ、わしも手伝おうかのう。この本も使って良いのじゃ」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が差し出したのは『禁断の愛の書』。謎の言葉で書かれた謎の書だ。めくって見ようとするモニカを、ユラヴィカが制止した。
「やめておくのじゃ。もしも読めてしまったら、禁断の愛の世界から戻って来れなくなると言われておるのじゃ」
危なかったのう、と脂汗を拭いながら安堵の息。ディアッカが声を殺して震えているのは、恐れているのか笑っているのか。実は彼も持っている愛の書を合わせて、とにもかくにも、4冊のダミー本が用意できそうだ。
天龍が魔術師宅への道筋を確認する。届け先は、街を縦断する河川のほとり、船着場の近くになる。距離としてはごく近いのだが、なにぶん雑多な場所でもあるし、道程の工夫も難しいという問題がある。
「苦しい時の占い頼りアルよ。ゆかりさん、何か分かるアルか?」
孫美星(eb3771)の目の前で、次々に神秘のタロットがめくられる。
「災厄あり。‥‥賢人は足下をすくわれる」
皆の頭の上に浮かぶ、大量の『?』が見える様だ。策が逆手に取られるという意味か、それとも単純に足下不注意がトラブルの元ということか。心に留めておくことにしよう、と礼を言った天龍も、正直どう注意していいのか、皆目見当はついていない。
一方で、他所にお邪魔するしふ生徒達には、礼儀作法の指導などもぬかりなく。
「確かに今の世の中は乱れているが、そんな時だからこそ、人と人との関係は大切だ。礼儀作法というものは、どんな時にでも相手とのコミュニケーションを可能とする為の知恵なのだと理解して欲しい。難しく考えることは無い、大事なのは、自分が何をしたら相手に喜んでもらえるか‥‥それを考えるということなのだ」
「シャリーアさん、張り切ってるアルね」
分かってるんだか分かってないんだか、ほー、はー、と感心するばかりのシフール達を相手に悪戦苦闘する仲間を見守りつつ、美星はウキウキ気分で、畑仕事の準備に精を出した。
●刈り入れ
翌朝早く、しふ生徒と引率して、一行は郊外の畑へと出発した。大あくび連発で面倒臭げにしていた生徒達も、朝方の澄んだ空気は心地よかったのか、それなりに楽しげなのが何だが可笑しい。暫くすると街道の人通りも次第に増えて来て、このシフールの御一行を物珍しげに眺めながら通り過ぎて行った。
「何処へ行くね?」
「畑の収穫のお手伝いに」
「ほほう、そりゃ感心だ」
そんな他愛の無い会話の末に、売り物の瓜をお裾分けしてもらったり。
「いいもの貰っちゃったね。せっかくだからみんなでご馳走になろうか」
ちょっと休憩ね、と桂花が声をかけると、それまでのダラダラは何処へやら、わっと皆が集まって来た。桂花は持参した包丁で、瓜を皆に切り分ける。瓜は甘くて瑞々しくて、空は目に眩しい程に濃く青く、夏の日差しを浴びるよう。でも、火照った熱は、心地よい風がさらって行く。なんとも実に良い気持ち。
「ああ、仕事など抜きで出かけたくなる日和じゃのう」
ユラヴィカまでが思わず口走ってしまう程だ。街道を少し外れると、青々とした春蒔き麦と黄金色に実った秋蒔き麦の畑がパッチワークのように広がった、何とも美しく長閑な風景が見えて来る。刈り取り作業に精を出す農夫達の姿を眺めながら更に進んで行くと、目的の村に到達した。積み藁の上で寛いでいた髭もじゃシフールが、こちらを見て破顔一笑。
「ふんむ、ようこそ来たのじゃ皆の衆!」
からからと笑いながら皆を出迎えた元わるしふ幹部モロゾと、その仲間達。顔も手も、すっかり陽に焼けて浅黒くなっていた。麦わら帽子が、いくらなんでも似合いすぎ。
「モロゾさん元気そうでなによりアル! ではさっそく」
「むおお!?」
恐るべき早業で、もじゃもじゃ髭を剃り整える。すっきりさっぱりしたモロゾ。‥‥なのだが。美星の表情が、笑顔のままで固まった。皆、必死に笑いを堪えている。浅黒く焼けた肌は髭剃り跡とはくっきりと色が違って、なんともまあ、妙な塩梅になっていた。
「うーむ、すうすうして心許ないのである」
「‥‥うん、一日二日経てばいい具合に馴染むと思うアルよ」
知らぬは本人ばかりなり。
「今日は、この一画を刈り取ってしまうのである。刈り取った麦は束にして天日干しにし、十分に乾いたら脱穀するのである」
では、と説明もそこそこに、刈り取り作業は始まった。
「ほほー、なかなかのスパルタだね」
桂花さん、にやりと笑う。何をしろとも言われずに、ただ戸惑うばかりのしふ生徒達。農夫達とモロゾ組はさすがに慣れたもの、テキパキと作業を始めている。どうやら刈り取りは農夫に任せ、モロゾ達は束を括って高い場所に干す仕事に専念している様だ。桂花も美星もモロゾ組に混ざって、その仕事を手伝った。
「それ、ごらいあす、しっかりと運ぶのじゃ」
ユラヴィカは子馬を使ってお手伝い。‥‥とはいっても、まだまだやんちゃな子馬。好き勝手に跳ねるわ道草食うわで、なかなかちゃんと働いてくれない。
「誰が手伝って欲しいのじゃーっ!」
(「ごらいあすくん、後で美味しい飼葉いっぱいあげるアルから、ちゃんと言うこと聞いて欲しいアル‥‥」)
スクロールを広げた美星と目が合うと、ごらいあすはぶるぶると鼻を鳴らした。どうやら分かってくれた様子‥‥なのだが、そこはそれまだ子馬。目の前を何かが通り過ぎる度、美味しそうな草を発見する度、またもやウズウズし始める。
「ほら、お前らやること無いならこっち来て手伝いな!」
イーダ先生に促され、数人のしふ生徒がやって来て、付きっ切りで宥めたり透かしたり。それでようやく、どうにかこうにか仕事をする体になってくれた。
実った麦は、鳥達にとっても得難いご馳走。虎視眈々とおこぼれを狙う鳥達を追い払うのは、皆が連れて来たペット達の仕事だ。ファムの飼い犬、パッソルくんとカブくんが脱穀場の前に鎮座して寄せ付けなくする一方で、桂花の飼い猫ふぁ〜が駆け回って遠巻きに見ている鳥達も追い払う。美星の子犬、影虎がカブくんにひっついて眠っているのはご愛嬌。
(「みんなありがとう、後で綺麗に洗って美味しいご飯をあげるアルよ‥‥」)
と、何故かふぁ〜が近寄ってくれなくなったのだが、それはさておき。
「ああこら、なんということをするのじゃ! 皆が丹精込めて作った麦じゃぞ? 一粒だって無駄にしてはいかん、まじめに手伝わぬといかんのじゃ!」
ユラヴィカが叱ったのは、手持ち無沙汰の余り麦の穂を振り回してチャンバラを始めた生徒達。
「おいしいパンになる大切な小麦アルよ?」
美星の言葉に、膨れっ面でそっぽを向く彼ら。
「はー、やれやれだ。これじゃ、あたい特製の焼きたてドライフルーツ入りパンケーキは、あたい達とモロゾさん達とでお腹いっぱい食べることになりそうだね」
桂花に言われて、ぴくりと反応。しかし、当人達はすっかり意固地になってしまって、決して謝ろうとはしなかった。
「なんだよ、ちまちまあくせくと。ワルダーさんがいた頃は良かったなぁ、面白可笑しいことがたくさんあったよ。こんなこと地道にやったってお偉い人達の気持ちひとつでどうにでもなってしまうって、あんただって嫌ってほど知ってる筈じゃないか」
モロゾは怒るでもなく、ただ毀れた麦を一粒一粒拾っていた。
「‥‥麦を丈夫に育てるには、何度も踏んで鍛えるのであるよ。踏みつけにされる度に麦は深く根を張って、丈夫で折れない茎を得る。この秋蒔きの麦に至っては、寒い冬を越さねば実をつけない。踏まれて凍えて、雪に埋もれてしまいながら、翌春には見事立ち上がって実を付けるのである。まるでそれがしらのようであろう? だから、大切にしたいのであるよ。きっとご領主殿は、戯れに穂を払う様に、我らを掃き散らしたのであろうがなぁ。麦の一粒も、懸命に生きているのであるよ」
モロゾは毀れた麦を拾い尽くすと、また仕事に戻って行った。仕出かした当人達は、顔を真っ赤にして俯いている。皆が仕事に戻っても、彼らは暫く座り込んでいたが‥‥暫く後、モロゾのもとに行き頭を下げる彼らの姿を見ることが出来た。黙々と仕事を手伝う様子を見て、桂花はおやつの準備に取り掛かった。
「ま、いいかな」
少々甘いかも、と思いながらも、全員分のパンケーキを作ることにする。と、そこに弟子志望組とお菓子屋シフール達がやって来た。
「あの、もし良かったら手伝わせてください‥‥」
「じゃあ、粉を運んでくれる? 下ごしらえも手伝ってもらうからね」
嬉しい気持ちをぐっと抑えて、桂花は淡々と彼らに接した。決してあれこれと教えることはしないが、懸命に何か得ようとする真剣な眼差しを感じる。自分なりに考えて動き始めている彼らの姿に、桂花は頬が緩むのを懸命に堪えなければならなかった。
ときおり吹く風に揺れる穂が、さわさわと音を立てる。ユラヴィカはそれとなく周囲を警戒しているが、怪しい気配はまるで無し。
「誰しもが、こんな風にのんびりと暮らせれば良いのじゃがのう」
わいわいと楽しげに、おやつを頬張るしふ生徒達の姿が微笑ましい。ふわふわなパンケーキの食感とドライフルーツの甘さに感動しながら、彼は街で頑張る仲間の無事を静かに祈った。
●古書を守れ
「刈り入れの方はちゃんと進んでまっす! ちょっとゴタゴタもあったけど、色々いい勉強になってるみたい」
ファムと美星の報告を受けて、ゴドフリーは満足げに頷いた。
「それではこちらも、行こうか」
ゴドフリーが引いて行く驢馬。その背にかけた鞄の中に、偽物を含む計5冊の本が入っている。ファム、モニカ、天龍、クィディが辺りを固め、鞄の中ではパラのマントを被った美星とディアッカが身を潜めている。更にホーリーフィールドまで張っておく念の入れ様だ。経路は、人通りがさして多く無い通りを選んだ。ブレスセンサーやサウンドワードで相手の接近を知るには、その方が都合がいいからだ。
「‥‥何処かから、私達の出発を見ているのかもね」
モニカが『石の中の蝶』を眺めながら、そんなことを呟く。
「そうかもな。いや、きっとそうなんだろう。そうしなければ、道程を襲うなんて出来ないからな」
天龍が辺りを見回す。昼間の街中は、何処にでも人の気配があって向けられた敵意を拾うのも簡単ではない。彼らの緊張とは裏腹に、驢馬はとうとう魔術師宅のごく近くまで歩みを進めた。
「もう、耳で羽音を追うのは無理かな」
クィディが呟く。船着場付近まで来ると、どうしても人通りが多くなる。雑多な喧騒と大勢の人で、相手の接近を探知するのは容易ではない。ますます緊張していた彼らなのだが、
「うわ」
事は、間の抜けた声で始まった。通行人の荷物に隠れてぶら下がり、驢馬への接近を図っていたミックは、突然見えない壁に壁に阻まれ弾き返された。
「結界が何か弾いたアルよ!」
飛び出した美星が叫ぶ。全員の視線が、石畳に転がったミックに向けられた。
「俺の華麗な計画が! 何だってんだ、くそ!」
乱れた髪を整え、せめてもの格好つけに悠々と立ち上がって見せる彼。モニカがすかさず『石の中の蝶』を見る。が、動きは無し。
♪オークルさん ミックさん
いたら出てきてくださいな
ちょっとお話ししましょうよ♪
ファムが魔法の曲を奏でると、オークルが地面からひょっこりと顔を出した。だが、それと同時に。
「む!」
とんでもない振動に驢馬が嘶き、ゴドフリーが尻餅をついた。中途半端な形で身を乗り出していた美星は鞄から放り出され、堪らず驢馬が転倒すると、中の本もブチ撒けられてしまった。
「大丈夫かあんた!!」
驚いて駆け寄る人々。人情厚いといえばその通りなのだが、今は返って場を混乱させる要素でしか無かった。頭の上から降って来る足、人の垣根で判然としない状況。無論、それは相手も同じだったのだが。
「なんだこりゃ、5冊も本があるじゃないか!」
散らばった本を前にして、ミックの目がすっと細まる。計画が漏れていたことを察したのだ。くそ、とそれでも本に向かおうとした彼の足下で、鋭い音と共に石が跳ねる。
「動かない方がいいと思うよ。こんなものでも当たればかなり痛いからね」
ゴドフリーを守りつつ石を弄ぶクィディに、ミックがちっ、と舌打ち。と、その頬に突然、美星がキスをした。
「うわっ、な、な、な──」
「ミックさん、ドキドキすることは決して盗みばっかりじゃないアルよ☆」
微笑む彼女を、まん丸に見開いた目で見詰めるばかりのミック。が。
「危ない!」
ゴドフリーに駆け寄ろうとした男性に、二人は危うく蹴っぱぐられそうになった。咄嗟にミックに突き飛ばされ、尻餅をついた美星。クィディの射線は太い足に遮られ、足の林の中にミックは消えていた。
「‥‥しまった、逃がしちゃったアル」
直前まで握っていた手を眺め、こつんと頭を叩く美星である。一方、人々に助け起こされたゴドフリーは、散らばった本に視線をやる。と、そこではシフール青年オークルが、悩ましい表情で本の間をぐるぐると回っていた。
「ああ、これぞまさしく話しに聞いた希少な古書! だがしかし、他の本も気になる! そもそも何処の文字なんだこれは‥‥」
目当ての一冊をあっさりと見つけながら(それだけセトタ語なのだから当然といえば当然)、未知の文字を見て真剣に悩み始める辺り、研究者気質というべきか、大間抜けと言うべきか。悶々と悩んでいた彼が、はっと顔を上げる。そこには、天龍が仁王立ちに立ちはだかっていた。本を抱え慌てて潜ろうとするものの、突然足下が固まってしまい、身動きが取れない。影に縛られているのだと気付いた時にはもう手遅れだった。
「無駄です。観念しなさい」
ディアッカに言い放たれ、その場に立ち尽くすオークル。
「俺達はお前の弟子達に止めるように託されたのだ。盗ませるわけにはいかない」
あ、と呟いて、やっとそのことに思い至ったオークルは、がっくりと肩を落とした。
「オークルさん、これから行く魔術師さんの所に一緒に行かない? 本もいっぱいかもだし、魔法のこと教えてくれるかもだし、あたし達からもお願いするよ☆」
ファムの言葉に、信じられないといった表情の彼。しかし、逃げようにもミックを取り逃がしてしまった美星が彼こそは逃がすまいとびったり密着護送体制なので、如何ともし難い状況。
「逃げようとしても無駄アルよ〜。地面を潜ってでも追い掛けるし、氷の棺で固めちゃうアル〜」
延々と耳元で囁かれては、逃げる気力も失せようというもの。
「あ、あそこを!」
ディアッカが指差した屋根の上に、ミックの姿があった。
「今日のところは不覚を取った。けどな、次にはきっとお前達を唖然とさせてやろう。これは駄賃にもらっておくからな。さらば!」
一塊の金を高らかに掲げ、不敵な笑みを残してミックは去った。
「‥‥あの金塊は誰のものだ? 私は持って来た記憶が無いが」
「ああ、あれは‥‥私のものですが、気に病まないで下さい。あれでは一寸たりとも彼の溜飲は下がらないでしょう‥‥」
それは、ディアッカが用意した愚者の石。せめて何か盗んでやろうとした彼は、適当な大きさで価値もありそうな金塊に目をつけ持ち去ったのだが‥‥後に、砂利石に変じたそれを見て、二度地団駄を踏むことになるだろう。
「とにかく、本を届けてしまおう」
ゴドフリーが、モニカを呼ぶ。
「‥‥他の幹部は結局出てこず仕舞いか」
辺りを警戒していたモニカが、その声を聞き、皆の元に戻ろうとした時。屋根の上からこちらを覗き見る、シフール少女に気が付いた。
「シェリー‥‥」
石の反応は、やはり無し。シェリーは彼女に気付いたものの、気にするでもなく溜息ひとつ。
「暫くは静かにしていないさいって言っておいたのに、仕方の無い人達」
そう呟いて、踵を返した。
「貴方はカオスの魔物じゃないんだね。黒翅も違う、オークルもミックも、バンゴも違う、ワルダーも? じゃあ、この石を反応させたのは誰?」
石を掲げて問うたモニカに、シェリーが振り返る。
「カオスの魔物を見つけ出す石? 天界人は本当に不思議なものを持っているのね。いったい、それがいつカオスを嗅ぎ取ったの?」
「あれは‥‥そう、イーダさんがこっちに来た時だ」
ふうん、と聞き流したかに見えた彼女の表情が、はっと変わる。
「何か分かったなら教えなさい! こら! わるしふシェリー!」
コアギュレイトで縛ろうとしたものの、それより早く彼女は射程外に逃げてしまった。
老魔術師の家は、本、本、本‥‥家中のあらゆる場所に本棚と積み上げた本が犇く、図書館の様な場所だった。オークルはただもう、唖然とするばかり。きょろきょろと落ち着かないのは、きっと読みたくて仕方が無いのだろう。
「間違いない、これだ‥‥良くぞ見つけて下さった! ああ、なんたる幸福、なんたる幸運!」
人の良さそうな老魔術師は、その本が如何に希少で得難いものであるか、延々と語り続けた。人付き合いの良いファムや我慢強いディアッカでさえ閉口する中、ただオークルだけは、目を輝かせてその話を聞いている。
「‥‥オークルさん、やっぱり弟子入りするべきだよ。お願いしまっす! どうか、オークルさんをここに置いてあげて下さい!」
平身低頭、願い出るファム。美星も一緒に頭を下げた。
「事件を起こしたのは確かアルけど‥‥そのことは謝るアル。どうか、助けてあげて欲しいアルよ」
目の前で自分の為に頭を下げる二人に、却ってオークルの方が困惑している様子だ。
「それは‥‥どうかな」
待ったをかけたのは、クィディだった。
「人に救いの手を差し伸べるのは大切だけど、仕出かしたことの罰はきちんと受けないと。彼はまだ、自分のやったことを悔いてさえいない」
でも、と呟いた二人を、老魔術師が制した。
「ゴドフリー殿の前で言い難いことではあるが、盗人を家に置くつもりは無いな。それに、オークルとやら。お前さんは自分自身、この展開に納得しとるまい。きちんと自分にケジメを付けて来るがいい。その時、わしも改めて判断しよう」
オークルは、はい、と小さな声で答え、俯いてしまった。
●労い
古書の一件が片付いた後は、皆、畑に向かい、刈り入れに取り組んだ。クィディの考えで手伝いに回されたオークルは、黙々と仕事をこなしているが、あれ以来めっきりと口数も減って、弟子達を心配させている。だが、それとは対照的に、生徒達全体では懸命に働くモロゾの姿が、彼らに働く喜びを思い出させつつあった。
「うむ、皆、お疲れ様なのである!」
すっかり刈り取られた畑を見渡し、モロゾは嬉しげに頷いた。
「どうにか終わらせることが出来たのう」
ふう、と汗を拭うユラヴィカ。しふ生徒達も精魂尽きるまで働いて、気持ちの良い積み藁の上で昼寝など始めている。
「よしよし、どうにか今年も良い収穫を得られたな。モロゾ、ご苦労」
見回りに来た主に褒められ、モロゾも何処か誇らしげだ。
「それで、畑を使わせてもらうという話なのじゃが‥‥」
ユラヴィカが切り出すと、主に促されたモロゾが、皆を畑の一角に案内した。
「この一面を自由に使って良いとのことなのである。しっかり休ませた良い土だから、きっと何を育てても良く育つのであるよ」
土を揉んでモロゾ、うむうむと頷く。
「素人が育てるのに、良い作物てあるアルか?」
「菜園は、いきなり本格的でも大変じゃろうし、最初は一人に一本ずつぐらい、成長が早めで初心者でも育て易いような種や苗を育てさせてるのが良いと思うのじゃが‥‥。一人一本ずつなら、他の苗との比較など、興味の持続もし易いと思うのじゃ」
美星の質問に、ユラヴィカが意見を添えてモロゾに振る。そうさな、と考え込んだモロゾは、
「今の時期からだと、ラディッシュなんぞ良いと思うがどうかのう。二十日大根というくらいで、一ヶ月もあれば食べられる大きさに育つのである」
「ああ、いいねラディッシュ‥‥」
桂花さん、ぷっくりと膨れたラディッシュを想像し、思わず笑顔が毀れる。さっそく種を分けてもらい、皆で畑に種を蒔いた。最初、あんなに嫌がっていたのが嘘の様に、生徒達は畑のことを気に掛けている。
夕方、天龍のもとには修行希望の者達が集まる。自分で鍛錬を積んでいなかった者を彼が容赦なく切り捨ててしまったので、その人数は随分と減った。それは、桂花の弟子達も似たり寄ったり。彼らの主な仕事は皿洗いだったし、材料の準備でも言い渡されれば良い方という有様で、脱落する者もちらほら見える。
「料理は見て食べて覚える物だからね。料理を作る上で大切なのは、味覚とセンスを鍛えること。違う?」
そう言われれば、ぐうの音も出ないのだが、だからといって納得できないのが人というもの。悶々としている彼らは、動物洗いが日課の美星に、愚痴を言いに来たりもする。
「‥‥動物は決して自分の思う通り動いてはくれないのアル、扱い方に正解なんて無いのアルよ。思いやりが大切なのアル。目の前にあるものと、ちゃんと会話してるアルか?」
そんな助言に、首を振って去って行く者もいれば、はっと気付いて礼を言って行く者もいる。
「自分の道を見つけ出している者と、そうでない者がはっきりし出している様だ。一度、彼らにきちんと筋道をつけてやった方がいいかも知れない」
天龍の言葉に、そうだね、と桂花。落ちこぼれている者には救いの手が、脱皮しようとしている者には飛び立つ世界が必要だ。
前回の残金318Gに、今回モニカの寄付した150Gを加えて、基金は468Gとなった。生徒35人、7月6日までの生活費1日一人5Cを差し引いて、残金は415G50Cだ。