海賊男爵バルーン卿調査航
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:6人
冒険期間:07月10日〜07月17日
リプレイ公開日:2006年07月16日
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●オープニング
●骨!
「見るが良い!」
闇を引きずり、ギル・カラス子爵は漆黒のコートをはばたかせ、黒い杖で差し示した。
そこはショア城内に接岸された漂流船の船倉。甲板の戸が外され、そこから陽光が降り注ぐ。
それに照り出された白骨の山。その頭骨は牛よりも大きく、鼻先の一本角以外にも、二本の巨大な角を前に突き出している。
「これが先日、トルク領シグ沖で発見されたこの船に積まれていた巨大なる骨よ! 天界人の男爵が言う事にゃ、天界ではえらく昔に絶滅した『トリケラトプス』とかに似てるってぇ話だが、ただ骨を運んでいたとは考え難い。床の汚れから察するに死骸が喰われ骨になっただけで、元々は生きたまま運んでいたんじゃねぇか? となると問題は、どこに? 誰が? 何の為に? という話だ」
「ドラゴンとは違うな。脚の数が4本か」
「牙はありません。奥歯が牛や馬の歯と似ておりませぬか?」
「これは、草を食む生き物では?」
「牛馬の様に何か重い物を引かせるつもりでは?」
集う騎士や貴族は口々に類推を述べた。誰もこのような生き物の骨を見た事が無かった。
ピュンと杖の先に吊るされた羊皮紙は丸に『B.B』と書かれてあり、誰もが眉をひそめた。
それを掲げ、ギル子爵は顔をしかめてそのサインの意味を語り出した。
「これがこの船に残されたサインだ。噂に聞いた者もあるだろう? 『海賊男爵バルーン卿』‥‥襲った船は皆殺し。積荷は総て奪うという噂通りの外道働き。ハンとランの間の海峡で、この数ヶ月で噂に上り出したニューフェイスだ」
「ハンとランか‥‥遠いな‥‥」
「だが、それならば我等に害は無いのでは?」
「うむ‥‥あの海域の事は、あの二国に任せておけば良いではありませぬか? ハンもランも海洋大国。その様な海賊など、直にでも退治するでしょう」
「所詮、我々にあの海域を越える事は出来ませぬ。他国の商人が如何なる品を扱っているか、それは重要な事ですが‥‥あの角を用いれば、素晴らしい調度品を作る事も可能でしょう」
「恐らくは海の向こうの更に向こう、ヒやバやジェト、更に向こうはメイやラム、サン、そこの商人が、このセトタで高く売ろうと持ち込んだのではありませぬか?」
消極的な意見が次々と並ぶ中、一人の騎士が名乗りをあげる。
「エルミスト卿!?」
「団長! 僭越ながら私に情報収集の任をお与え下さい! ハンのハーラ港へ赴き、ハンの青鮫海戦騎士団に今回の漂流船に関して、尋ねて参りましょう! 騎士団長のルクテス卿は、若く有能と噂に高い人物。かの賊徒について何か掴んでいるやも知れませぬ」
「ルカード・イデル殿の幼馴染か‥‥」
ギル子爵は少し嫌な顔をする。
「一筆貰えば話は早いだろうが‥‥」
「中央の人物が絡むと話が重くなる。団長殿、貴君の肩書きで充分ではないか? 元より裏も無い」
これまで沈黙していたショア伯が口を挟む。
「ふん。我等はウィルの沿岸を守護する者。海賊風情に好き勝手させぬわ! 無論、この件は既に陛下へ使者を送った。我等としては当然警戒をせねばならぬ。他の主要な港にも警戒を呼び掛けるべく使者を送ってある」
鼻息も荒く、ギル子爵は芝居がかった仕草でマントを翻した。
「流石は騎士団長殿。エルミスト卿、噂の人物をどう見るか、帰り次第我等にも話を聞かせて貰おうか」
「団長! 行かせて下さい!」
エルミストはギル子爵に詰め寄らんばかりの勢い。ギルは片目をぎょろりと開け、傍らの副官をねめつけた。
「う〜む‥‥直に動ける船は?」
「は‥‥現在ショアにて補給中の我等の五隻、カルムに行けば判りませんが、後は半舷上陸中で‥‥」
「よし、判った!」
「団長!?」
「そこまで言うなら行って来い! お前の船に、補給が済み次第シーアチンとカトルフィッシュを付ける! ついでに、面白い連中を同行しろ! 伯爵殿! ウィルから何人か同行させたいが、またチャリオットで運んで戴けぬか?」
「あれを陛下よりお預かりしているのは、一つにその為。手配させよう」
かくして、冒険者ギルドに同行の依頼が舞い込むのであった。
●リプレイ本文
●出港前
ショアに到着した一行は、城内の港にて小型の帆船、マカラム号に乗り込んだ。
並び繋留されるシーアチン号とカトルフィッシュ号も、補給を済ませ、いつでも出港出来る状態にある。
その向こう、双胴艦ラバキンの建造が、着々と進行している。
波に揺れる甲板に、海の男然とした騎士達が集う。その中、見知った顔を認め、黒ずくめの女、夜光蝶黒妖(ea0163)は静かに礼を示した。
「わが主よ‥‥」
「ショア伯か?」
すると、一行の中から一人の男が悠然たる歩みで近付き一礼した。見事な作りの弓を携え、クールな面差しで相手の貴族を見据えたアリオス・エルスリード(ea0439)は、その風色を思わせる青い外套を翻す。
ショア伯は、アリオスに比べれば僅かに上背もあり、胸板も厚く、日に焼け、がっしりとした風貌。
「卿は?」
「俺はアリオス、天界人だ。伯よ、カオスニアン及び、その黒幕が暗躍しているのはローリー領だけにあらず。努々気をつけられよ」
「ふ‥‥覚えておこう、アリオス卿」
「伯?」
「ああ、アリオス卿、黒妖も‥‥この者がこの度の調査航を指揮するエルミスト・ライド卿だ」
足早に歩み寄る若い騎士を、ショア伯は皆に紹介した。
「彼はトルク分国の騎士であり、ここより少し南、カルム港近くに所領を持つ海の騎士だ」
アリオスも黒妖も向き直り一礼。次々と握手を交わした。
「お初にお目にかかります、天界人殿。共に航海出来るとは光栄の至り」
「メンヤード家が家臣‥‥夜蝶でございます‥‥どうかお見知りおきを‥‥」
「アリオスだ‥‥カオスニアンの動きについて調べている」
「カオスニアンですか?」
エルミストはその言葉に表情を険しくさせた。
すると、その挨拶に次から次へと冒険者が挨拶に歩み寄る。
「エルミスト・ライド卿、神聖騎士のリュウガ・ダグラス(ea2578)と申します。宜しくお願いします」
「リュウガ殿ですか、宜しく頼みます」
軽く握手を交わすと、次の手が差し伸べられる。
「鷹嗣だ」
「エルミストです。宜しく頼みます」
「海賊男爵バルーン卿‥‥襲った船は皆殺し、か。非道な奴だ。だが、あの骨は気になる」
毛利鷹嗣(eb4844)が、実際に見て来た者としての意見を述べれば、エルフの美女が古びた羊皮紙の書物を紐解き、その数枚を皆に見せた。
「父の日記に、隣の大陸に『恐ろしい獣』が存在し、それを使役する者がいるという話が出ています。今回の死骸は恐らくこれに類するものではないかと思います」
シャルロット・プラン(eb4219)がその数枚を皆に見せる。
「50年前のカオス戦争当時を示した記述で、戦争の道具として使われたそうです。しかも飛び切り強力な」
「あの骨が‥‥?」
「バの関与は不明だが、単に密輸を企てたにしても隣の大陸から輸送を考えると、かなり大掛かりな組織ではある。セトタ全体の問題と捉え、ハンとは協調路線、王へは早期報告し、王室の調査機関等に話を振るのが次善の策ではないでしょうか?」
「成る程、話は判るぜ」
ギシリと甲板を踏み鳴らし、羽を広げた蝙蝠の型をした黒いヘッドの付いた杖を突く、黒衣の男がシャルロットの後ろから声をかけた。
「だがなエルフのお嬢さん。我等海戦騎士団は事実のみを報告する。今回の調査航でハンの騎士団から話を聞いた上で、陛下は問題ありとお考えになりゃ、正式な使節がハンの国王陛下をお訪ねになるだろうさ。そっから先は上の方がお決めになる事だ」
「貴方は?」
眉をひそめ、振り向くシャルロット越しに、敬礼するエルミスト卿。
「団長!?」
「よお! 頼むぜ、エルミスト。しかし、流石は冒険者ギルドに関わる方々だ。面白い話も聞けた上に、随分先まで読むじゃねぇか。かかかか‥‥」
残る片目を血走らせながら、海戦騎士団の騎士団長、ギル・カラス子爵はニタリと笑った。
「我が主‥‥」
「おお、何だ?」
話から少し外れる様に、数歩離れたショア伯と黒妖。
「トミーと‥‥グリフォンの‥‥件なのですが‥‥」
「うむ、あれからどうなりそうか? 包帯はもう取れたらしいな」
フッと伯の声から緊張が解け、朗らかなものとなる。
「取りあえず‥‥体力が戻るまで‥‥」
「そうだな。グリフォンは風の強い岩場を好むという。高台の、人里離れた見張り台に置き、人心の落ち着くのを待つのも手かと思っているが‥‥」
「その事ですが‥‥」
黒妖は、モラン男爵の許可と、トミーの承諾が貰えれば、トミーを自分の養子として迎えたい旨をショア伯に告げた。
「そうか‥‥あせらず、じっくりとな‥‥」
「はい。俺は子を生す事はありません‥‥」
更に黒妖は意を決し、普段を上回る慎重な言葉使いでショア伯に己の胸の内を明かした。
「しかし、騎士の跡継ぎとして‥‥そして女として‥‥俺は子を欲しています‥‥トミーが俺を選んでくれるか分かりませんが‥‥俺はトミーを我が子として迎え、愛したいのです‥‥」
「‥‥良かったではないか‥‥」
静かに伯は、目の前に広がるショアの海を見渡し、それから黒妖へとその青い瞳を差し向けた。
「お前がそう想える様になって‥‥その『想い』、大切にな‥‥」
「伯‥‥」
その言葉に、鬼面頬の内側を黒妖は少し濡らした。
そしてトルク分国の新米男爵殿に、暫く預ける旨の了承を得た。
●海ゆかば
ショア港を出て、北に一日。既にハン国境近くまで順調に航海を続けるマカラム号。
その船室では、時雨蒼威男爵の携帯電話に写された映像を前に、冒険者達は騎士エルミスト卿を囲む様にして額を寄せ合っていた。
「この画像‥‥ハンに報せるには、まだ時期が早いと私は思う‥‥」
「私も‥‥王室の調査機関の判断に委ねた方が宜しいかと‥‥」
エルミストの言葉に、シャルロットらは同意を示す中、商人然とした男装の麗人ヴェガ・キュアノス(ea7463)が尋ねた。
「時に、ハンとウィルの交易状況はどの様に?」
「ああ、それはおいらも知っておきたかったなぁ」
レオン・バーナード(ea8029)もちょっと間の抜けた声をあげた。
「風習の違いってあったら教えて欲しいな。何がタブーなのかとかね」
「うむ。気風や禁忌について聞いておきたい。それと海の上の情勢だ。ジ・アースでは交易しながら海賊をする者も居たんだが、そのあたりはどうなのだ?」
アリオスの疑問に頷き、鳳レオン(eb4286)も海賊についての見解を述べる。
「地球で海賊といったら、東南アジアとかでよく聞いたが、海を縄張りにしている武装ゲリラ組織ってイメージだったな」
エリーシャ・メロウ(eb4333)も真剣な面差しで己の疑問を投げかけた。
「私は内陸の出故、海も船も疎いのですが、爵位を名乗るとは僭越な。あの動物に関しても気になります。あの角でチャージをすれば、ゴーレムにも匹敵しうる脅威となるのではないでしょうか?」
「うむ。ではシムの海を挟んだ交易の実態をお話しましょう」
エルミストは少し考えてから話し出した。
「シムの海は風も弱く、この海を越えて隣の大陸に向うのは我々にとって大変困難な航海です。
ですが、ハンやランの船乗り達はこの海を越える術を知っているのです。故に、商人はハンのハーラ港でハンやランの国の船に荷を預けたり、船団の誘導を頼んでいます。その代価は月道の使用料程では無いにせよ、決して安いものではありません」
「成る程‥‥」
「海賊をしながら交易をする者も、中には居るかも知れませんが、そういう不心得者を取り締まるのが我等海戦騎士団の任の一つです。ウィルの沿岸では、その様な者は決して許さないのですが、流石にシムの海までには手が届きません。問題の海賊男爵がどこで活動しているのか、その辺も重要になって来ます」
「つまりは、シムの海で活動をしている海賊だと、こちらからは手が出せないと?」
鳳レオンの疑問に、エルミストは頷いて答えた。
つまりは、あの漂流船の上で何があったかを、知る術は無いという事になる。
「それから気風や禁忌については、それほど違いはないと思います。その点、ウィルは騎士学校で騎士としてのエリート教育を行い、騎士として必要な心構え、武術、知識、その総てを教えていると聞きます。私達の様な海の騎士は、船の上で必要な総てを教わるのですが」
苦笑しながらもエルミストは、話を続けた。
他の国では、騎士とは騎士の従者として仕える中から、その技量を育み、心構えなどが一人前と見なされた段階で、従騎士として騎士位の末席に加えられるのだが、ウィルでは騎士学校を卒業すれば一人前の従騎士として認められる。冒険者ギルドで顔を合わせる鎧騎士達も、その総ての技量において騎士位にふさわしいと認められた存在なのだ。
が、海の騎士はそうはいかない。騎士学校を出ただけでは、まだまだ半人前。今やウィルにおいては遺物とも言うべき風習の残る、騎士集団なのだ。
●ハンにて
青鮫海戦騎士団との接触は容易であった。
途中、巡航中の騎士団の艦隊と合流し、平走しハーラの港を目指した。
それから、出迎えの使者に案内され、港の一画にあるマーライオン亭にて会談を果たす。
既に待ち受けていたハンの騎士達は、供をする華やいだ女性陣にどよめいた。そんな騎士達を軽くたしなめながらも、精悍な風貌の男がニヤリと笑む。
「ようこそハンへ。青鮫海戦騎士団の騎士団長を務めるルクテスだ・アルトゥーリだ」
「初めてお目にかかります。海戦騎士団『ラ・バレーヌ』の騎士、エルミスト・ライドです」
二人が握手を交わすや、続き同行していた黒妖、アリオス、鳳レオン、エリーシャとシャルロットが畳み掛ける様に名乗った。
「メンヤード家が家臣‥‥夜蝶でございます‥‥どうかお見知りおきを‥‥」
「これはなかなかかぶいた方だ」
「アリオス・エルスリードです。カオスニアンの動向を追っております」
「それは、大層ご苦労な話だ。このハンにおいても、存分に探索されるがいい」
「地球から来ました、鳳レオンです。ハンでも天界人は珍しくないですか?」
「ようこそアトランティスへ。かなり居るみたいです。ウィルの様に国をあげての保護はせず、各領地の判断に任されているので、具体的な人数はわかりませんが」
「そうなんですか‥‥」
レオンは口ごもりながらも、がっちりと握手を交わした。
「トルク家家臣、エリーシャ・メロウです。ハンの青鮫海戦騎士団の武勇は聞き及んでおります」
「ありがとう。エリーシャ卿。我等もラ・バレーヌの武勇と誇り、忘れてはおりませんぞ」
「シャルロット・プランです。ルカード艦長には世話になっております」
「その名をここで聞くとは思いませんでした。彼は元気で?」
「はい! 壮健です。ルクテス様の耳には、どの様に届いておりますか?」
「彼はどこあっても、立派に騎士の勤めを果たしている事でしょう。詳しくは聞いてませんが、以前はひんぱんに顔を見せていた彼が、この半年は大層忙しい様ですね」
ふと屈託の無い笑顔を覗かせるルクテス。そんな顔をされてしまうと、生臭い話を切り出し辛く、シャルロットは口ごもってしまった。
幾度か互いに乾杯を繰り返し、話も弾む頃にエルミストが用件を切り出した。
「実はお尋ねしたい事が」
「ほほおう?」
すっと一枚の羊皮紙を見せるエルミスト。それにはB.Bのイニシャルの写しが。
「海賊男爵『バルーン』卿なる賊について、何かご存知ありませんか?」
「最近、名が売れ出した海賊だな」
くいと杯を空け、ルクテスは面白そうにニコニコとこちらを眺める。
「ランを出た辺りで襲撃をかけている。多分、ランの海賊だな」
「襲撃は‥‥ランの沿岸で?」
黒妖がどぶろくを杯に注ぐと、ルクテスは一礼してそれを空けた。
「さて? 少なくとも拠点はこちらの沿岸には無いだろう」
「では‥‥襲われた船に‥‥共通点は‥‥?」
この問い掛けに、ルクテスは他の騎士にも答えを求めたが、明確なモノは帰って来なかった。
「う〜ん‥‥こちらを発った船団が襲われているかどうか? 判っているのは、ランのラース港からこちらへ向かった船団の中、船足の遅い大型の商船が被害にあっているぐらいか?」
「まぁ、誰も同情はしませんがね」
赤ら顔のすっかり出来上がった騎士が、笑いながらルクテスの肩に腕を回して来た。
「どういう事‥‥?」
「そいつあぁ‥‥」
そんな騎士の顔を向こうに押しやりながら、ルクテスは苦笑した。
「まぁ、今の所は襲われる側も、鼻摘み者が多いって事かな?」
「鼻摘み者?」
「俗に悪徳商人と呼ばれる連中ですよ」
●ハーラ港にて
冒険者達は、それぞれのスタイルで情報収集に動いていた。
「そうか、サンの国とはそういう所か」
はるか彼方の国の話を肴に、鷹嗣はどこぞの船乗り達と酒を酌み交わした。
「がはははは!」
「バルーン!? あ〜あ、最近この辺の海峡で暴れている海賊だな!」
日に焼けた顔を更に真っ赤にし、船員達は浴びる様に杯を重ねた。
「沖には船員を皆殺しにする様な、海賊が出るらしいな? 海賊男爵何とかって奴」
「ん?」
打って変わって夜釣りを楽しむ老人と話し込むレオン。並んで糸を垂らし、色々な世間話をした。
「バの化け物? ああ、すげえのがいるらしいなぁ」
「そんなのをこっちに持って来てる連中って聞いた事ないかな?」
「いやぁ〜、そいつはヒの沖を通るときに、寒さでみんな死んじまうんだよな」
「え?」
「ランの向こう、レザの海には嵐の壁があるだろう? だから暖けぇバから、迂回して北周りで極寒のヒの国を抜ける時に、み〜んな死んじまうそうだ。面白がって運ぼうって貴族は、たまに居るんだがな」
「へぇ〜」
「俺が言うのも何だが、あんまりその手の商会の話をしない方が良いぜ」
「どういう事じゃ?」
商人の格好をしていても、ヴェガの口調は妙に上品である。旅館の酒場で、行商人らしき男達と酒を酌み交わしていると、相手は神妙な口調になってしまう。
「特にザバのチブール商会なんざ、船団組んで東はサン、西はチの国までって話じゃないか」
「表は大した店構えだが、裏じゃ脅しに騙り人攫い、密輸に人殺し、何でもありの連中だって事さ」
「くわばらくわばら。どこに支店があるか判ったもんじゃない。きっとこのハーラ港にだって‥‥」
「この港にはバルーン卿は居ないのか‥‥」
肩に乗せたイーグルのシュバインがわさわさと羽ばたく。
港に佇み、アッシュ・クライン(ea3102)は打ち寄せる夜の海の細波を、そのはるか彼方に居るであろう、海賊男爵バルーン卿の姿を追っていた。