●リプレイ本文
●会議前
入城した会議への出席者達は所定の時間まで、用意された一室で過ごしていた。
「失礼しま〜す!」
軽やかにノック。
赤目の小柄なエルフ、イオン・アギト(ea7393)は、長身の赤毛の男が顔を出すと、朗らかにお辞儀した。
「何でしょう?」
奥には顔色のよろしくない男ロッド・グロウリング卿が、エルフのオーブル・プロフィット卿と、ショア伯の娘ディアーナ嬢とがテーブルを囲んでいる。たった今まで何事かを話し込んでいた、そんな残滓が感じられた。
「誰かね?」
ロッド卿から慇懃な響き。
「これはこれは! ジ・アースよりの天界人にして考古学者のイオン・アギトと申します! 以後、お見知りおきを!」
イオンは戸口に立つ若い男、イッチー・ゲール男爵と素早く握手。その様を冷やかに眺めるロッドは、パタンと手元の羊皮紙の束を、その表紙を閉じる。
「成る程、天界人か‥‥どこにでも首を突っ込むのが天界人の天界人たる素養というものだな」
「ロッド卿。天界人殿は幾度もショアの安寧の為に動いて下さったのですよ」
にこやかに立ち上がるディアーナ嬢は軽やかに一礼。
「工房長様、少し席を外して宜しいかしら?」
「ええ、構いませんよ。後は我々で」
穏やかに頷くオーブルに見送られ、二人は退室した。
「どうしてディアーナ様がトルクの部屋に?」
「さあ、それはどうしてかしら?」
クスクスと微笑み、イオンをチラと見やるディアーナ。ふ〜んとイオンは腕を組み、その背を追った。
「まぁ、そういう事?」
「まぁ、どういう事かしら?」
何にしても、トルクとショアの間を橋渡ししているのは、このお嬢様らしい事は、容易に推測出来た。
「ハ〜ッハッハッハ!」
怪奇な笑い声も高らかに薔薇のマントをはためかせ、王宮だろうとどこふく風、そこを歩くは稀代の変態。
「おお、ここだここだ」
キュッと廊下に踵を鳴らし、くるるんと一回転と四分の一。一度口にくわえた真紅の薔薇を意味不明に再び手に戻し、ば〜んと扉を開け放つ。
「ハッハッハ! やあメーアメーア君! お待たせしちゃったね!」
さらにくるくるくる〜んと回転しながら部屋の中へと進み出るサー・ブルクエルツ(ea7106)。そこで見たモノは。
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃ〜っ!!?」
すってんころり。ガツン☆
「おっ、新芸?」
「荒業だねぇ〜。ハッハッハ! もしかして彼が?」
スタンと立ち上がり、苦笑しながらも目の前で派手に転んで見せたサーを引き起こすメーアメーア男爵。
「そう、こいつ〜。しかし何しに来たのサー?」
「と、特等席が‥‥」
そこへぼろろ〜んと楽の音が。
戸口に立つ影が、リュートベイルを軽く爪弾いた。
「おやおや、これはこれは。とうとう勢い余って、ヤッちゃいましたか♪」
にこやかにもう一爪弾き。トリア・サテッレウス(ea1716)は、イムン王名代の居る筈の部屋へ足を踏み入れた。
「馬鹿ね。でも丁度いいわ。そこのソファアにコレ、寝かせてやって」
「いいですよ〜。さ〜、サーさん。起きて下さ〜い」
トリアはサーを抱き起こし、足の方を持つ身なりの良い男をちらりと眺めた。
(「この人が、イムン王の名代‥‥」)
日に焼けた筋肉質の美丈夫。年の頃は二十代前半だろうか。サーをソファーに横たえると、男はパンパンと手を払い、すっと手を差し伸べて来た。
「名代のオーラオーラ・ヤルタだ。天界人のトリア・サッテレウス卿と見たが」
「お若いですね」
手を握り返すトリアは、その掌から相手の熱さを感じた。
「ハッハッハ! 母方が外戚でね。遠縁の私にお鉢が回って来た訳さ。トリア君の武勇はイムン全体に鳴り響いているよ」
大げさな身振り。黒い髪に黒い瞳。笑うと白い歯がキラ〜ンと輝くオーラオーラ。トリアはある意味くらっとした。
「ねぇ、医者呼んだ方が良いかな? 血は出てないんだけど頭打ってるから‥‥」
覗き込みサーの白目を確認するメーアメーア。つい今しがたまで、顔のあちこちをひっぱったり、むにゅっとして見たりと遊んでいたが、どうも様子がおかしいと困り顔。
「そういえば医者が一人」
トリアは脳裏にアリル・カーチルト(eb4245)の顔を思い浮かべた。
「ご無沙汰致しております」
方やショア伯の部屋ではグレナム・ファルゲン(eb4322)が顔を覗かせていた。
「ゴートメンバーズ、優勝おめでとう」
「大したモノだ!」
「でございます‥‥」
ショア伯、ギル子爵、夜光蝶黒妖(ea0163)から次々と言葉を貰い、少なからず胸が高揚する。そして、奥の見覚えが無い者の中に、見知った顔が手を振った。
「よっ、グレナム卿! この間はやられたよ。おめっとさん」
「アリル殿ではないか!?」
驚くグレナムにニヤリ、皮肉めいた笑みを浮かべ、アリルはそれまで話をしていたアルフレッド男爵やエルミスト卿に会釈して別れた。
「一応、俺もソードフィッシュを応援してたんだ」
「貴殿も会議に?」
「ああ、何しろショアにゴーレムシップが導入されるかどうかってぇ瀬戸際だ。まぁ、結局得をするのはトルクって事になりそーだが‥‥さて」
「ハッハッハ。損得で言えば、皆が得をする話をしなければな」
ショア伯は、ポンと二人の肩を叩いた。
「なかなか誰もが納得はいかん。最終的には、イムン、トルク、フォロ、その三国が損して得取る提案でなければな」
「そして伯爵様もだろ? ゴーレムシップ導入後の話だが、揚陸戦や臨検用に小型船とかをゴーレム化すんのはどーだろ? なんなら、一隻くらい面倒みたってい〜んだぜ」
すると、横でギル子爵が笑い飛ばす。
「そいつは気の早ぇ〜話だ! 揚陸戦って、おめぇどこを攻める気だ、天界人!」
「そうさなぁ〜、子爵殿が反乱を画策した時に!」
「おお怖い。ならば、バガンの数十騎でも、陛下より賜っておくとするか。陛下! ど〜かお聞きくださいませ! 国境の守りを固める必要が御座います! ああ! 治安維持の為にゴーレム兵器を!」
やれやれと言った風情で、首を左右に振るギル子爵。
「ゴーレム兵器を導入すればどうこうなるというモノでは無いわ。そういうモノがある、という事は、そういうものが必要な戦いがそこにあるという事だ。そんな恐ろしい場所に、散逸した民草が安易に戻るか? 戦というものの恐ろしさを知らん! こちらが石を握れば相手もそれ以上の物を、相手がそれ以上の物を手にすれば、こちらもそれ以上の物をと、結局は手に入る限りの物を求める事になる」
「血を吐き続けるマラソン、そんな言葉で現した話があったな‥‥地球で‥‥」
皮肉めいた笑みも無く、アリルは冷めた目付きで天井を見上げた。
「‥‥マラソンとは?」
黒妖の呟く様な言葉に、アリルは答えようと口を開きかけたその時、バタン。扉が開き、トリアが飛び込んで来た。
「アリル!」
「お〜、どした?」
「これはこれは、どうされました?」
ショア伯もその勢いに驚き、目を丸くしてトリアを出迎えた。
「怪我人です! アリルを借りて行きます!」
「お、おいっ!?」
ガッシとアリルの腕を握るトリア。ぐいっと引っ張り、あっと言う間に廊下へ引きずり出した。
「行ってしまった‥‥」
「黒妖。様子を見て来てくれないか?」
無表情に見送る黒妖を、穏やかに微笑むショア伯が眺めていた。
「判りました‥‥」
黒妖の姿がスッと滑る様な歩調で廊下へ出、人の間をすり抜けて行く。
隣室で何やら騒ぎが起きているらしい。大した事ではないだろう。ルーケイ伯と別れた後、アリオス・エルスリード(ea0439)は城内の一室へと挨拶に足を運んでいた。
「その後、領地はどうか? プリシラ姫」
「はい。皆、よくしてくれています。アリオス様は、如何お過ごしでしたか?」
僅かに憂いを帯びた青い瞳が静かにアリオスを見返してくる。ほっそりとした美少女、プリシラ・カリメロ子爵。その傍らには、老エルフのモッズが静かに控えている。
特に用意した言葉も無いが、アリオスはこれまでの話をかいつまんで話した。
「そうですか。ハンのハーラ港へ海賊の調査に‥‥その後、エーロン殿下の為にお働きに。ご苦労様です」
「いや‥‥補給部隊では、幾度も夜襲を受け、物資を焼かれた‥‥いつもは襲う方なんだがな、護る戦いというものは勝手が違う」
自嘲するアリオスに、穏やかな眼差し。
「ですが、良くその困難な状況で、無事にお戻りになられました。流石は天界人様」
「よせ‥‥俺は普通の人間だ」
アリオスは軽く首を左右に振った。
「そんな事は御座いません。何か為すべき定めを終えるまで、アリオス様にはきっと精霊の加護がおありなのです」
目の前の少女の言葉に、トルクの王弟の語ったという言葉。アリオスの胸中にワンワンと響いた。
「わたくしも助けて戴きました」
「左様。アリオス殿。我等ニネアの者は、天界人殿が皆で為された事を忘れはしませぬ。汚らわしきカオスの手先は去り、邪まなる者は滅びたのです」
老エルフは淡い緑の光を放つ杖を手に、大きく両腕を掲げ、プリシラ姫はアリオスのごつごつとした無骨な腕に、真っ白な、肘まであろう手袋をした細く小さな手を置いた。
「時に望まぬ仕儀に立ち入り、お心乱される事もおありでしょう。ですが、アリオス様がこちらの世界へいらした理が必ずおありの筈。その時まで、お気持ち落としませぬ様に‥‥」
一瞬、アリオスはポカンと目の前の少女を眺め、次にはぷっと吹き出した。
「ア、アリオス様!?」
「あ、いや。悪い」
苦笑するアリオス。思い切り自分の頭をかきむしった。
「いやっはっは! 必要なら俺に出来る手助けをと思って来たが逆に励まされるとは」
そんなアリオスに、目を丸くしていたプリシラはにこりと微笑み返した。
「これはおかしな事を」
「と申しますと?」
個室でショア伯と二人きりとなったマリーネ派に属するエルフのシャルロット・プラン(eb4219)は、慎重な面持ちで問い返した。
「技術開発とは、一体どこの事か? 騎士学院か? ウィルの海戦騎士団がデータの蓄積を為すだろう。迅速を言うならば、それは海にあってしかるべき、と思うが?」
「それは‥‥」
「海を知らぬ者に、海の話をしてもそれは意味の無い事。そもそも海の騎士は、主に騎士学園には行かず船の上で鍛えられる。船の上、波の上が彼等の訓練の場であり、船乗りとして一人前でなければ騎士の列に立つ事を許されん」
逆に騎士学園から海戦騎士団へ参加する者は稀である。人気がないのだ。
ショア伯は更に言葉を重ねた。
「トルク家よりゴーレムニストを招き、ゴーレム工房の出張所を開設する。これは、言わばトルク家の領地を城内に作る事となる。この段階でショアは中立になり得ぬ」
「!?」
「シャルロット卿。ゴーレム技術の流出を防ぐ保障が無ければ、これは成立しない話だよ。実質この件では、ショアはトルク家の下に着く事となる。その代価として、ウィルの海戦騎士団はゴーレムシップを手に入れ、フォロはアプト以東との交易による莫大な収入を得る事となる。トルクはその改装、維持による益を得る。そして、この出張所では、ゴーレムシップの製造、維持、が主な機能となる。なぜなら、陛下は決してフロートシップの所持を我等に許しはしない。空を縦横無尽に飛ぶ船を手にする事は、陛下の御身に危険が及ぶリスクが高まるのだよ。つまりはそれを望む者こそ謀反人。だが、ゴーレムシップならば海の上だけの事。陛下はただそこから生まれるであろう益を甘受するのみ。判るか?」
澱む事の無いセリフが、ショア伯の口から流水の如く流れ出る。
それはトルク家とフォロ家が争う時があれば実質中立となるという事。もし、フォロ家内でお家騒動ともなれば‥‥
シャルロットは頃合を見計って、打ち明けようと思った話をどうしようかと思案した。
(「この展開ならば、海のゴーレム化に対し、フォロ家は主導的な立場を維持する事が出来るわ。ショア伯が動かなければ、自然とトルク領内でゴーレムシップが造られるだけの話。その時には、イムンもフォロも、海洋後進国のままに取り残される。そう考えればベストでは無いがベターな選択と言えるわね‥‥」)
が、ルーケイにて国乱れるがままの現状、海洋において大きくトルクに傾倒するとなるとその力関係は。シャルロットは、その切れ長の青い瞳で、ショア伯の海の男然とした風貌を眺めた。
「成る程、イムンをも取り込んだ上でのゴーレム化は、意味のある事なのですね」
「大いにね」
軽くウィンクするショア伯。
シャルロットは、既に大勢が決まった上での会議である事を知ると同時に、大いなるうねりが今正に敬愛するマリーネ姫を丸呑みに呑み込む濁流と化しているかの如くに想え、目眩を覚えた。
複雑な表情で退室するシャルロット。それを見計らい、ショア伯も一息つき立ち上がる所を、ダンと踏み入るエルシード・カペアドール(eb4395)。薄っすらと口元にサディスティックな笑み。ペロリと舌なめずり。
「ふぅ〜ん、面白い話ね。要は何処も納得出来る大義名分が揃ったから、念願かなってショアにゴーレム工房を誘致しようってお話な訳ね」
ふふんと鼻で笑うエルシードに、ショア伯は特に取り乱す様子も無い。それが少しカチンと来た。
「失礼。どこかでお会いしましたか?」
「あたしからはお初にお目にかかる筈ですわ。でも、もしかしたら、見覚えが無くて?」
どうにもからかいたくなる気分のエルシード。自然、一番自信があるポーズをとっていた。
が、ショア伯はそれに一瞥もする事なく何やら得心がいった様子。
「ああ、確かブルーゲイルのエルシード・カペアドール卿。先日のレースは実に惜しい! 正に実力伯仲の名勝負。次回も楽しみにさせて戴きます」
「まぁ、ありがとうございます‥‥て、そうじゃなくて! そうでもあるんだけど‥‥お話をしておきたい事がありますのよ!」
そう言って後ろ手に扉を閉めた。
「三国共に利益を得る、一方で不利益をこうむる。そのバランスが重要だね」
「ほほう。そう思う?」
「騎士学園でも無いんだから、そんな愚問は辞めて欲しいわ。初歩よ初歩」
ゆっくりとした胸元を強調する歩調でショア伯をねめつけるエルシード。
「伯は、フォロ側の者として人員のゴーレム工房の全設備、人員、運営費を提供する訳でしょう?」
「造船部においては。船大工はショアの自前だが、それに取り付ける整流板と制御装置だな。ゴーレム工房の担当するのは。一部はショアに流れるが、その取り付けにかかる費用と定期整備の料金で、ゴーレム工房は運営され、その利益はトルクの取り分になる。イムンとフォロは、ゴーレム化による交易の拡大による利益が約束される」
「イムンの海上能力を表向き制限せず、登録制度によってイムンのゴーレムシップの詳細を常に把握出来る状態を整えておけば、万一フォロとイムンが対立するような事態になっても、情報戦で一定の優位に立てるはず」
「フォロ領内でのゴーレムシップへの建造と改装は、エーガン王の承認により計画される。トルクが自前の工房を構えるならば、その生産量は未知のものとなるだろうが、トルクがわざわざイムンの為に予定外のゴーレムシップを建造するかね?」
「それが計画通りに行われるかどうかを、伯が監視するというの?」
「トルクへ独自に活動する余地を与えずに、何の譲歩を得ると言うのかね?」
そこで二人はぷっと吹き出した。
●第2回東方小貴族会議
風通しの良い大理石の広間。林立する石柱の向こう、ウィルの街並を見下ろす青々とした空が遠くどこまでも広がり、飾り布は風をはらみ柔らかな音を奏でている。
そこへ貴族達が書記や騎士等を連れ次々と入室した。
名代のロッド卿を筆頭にトルク家は、ゴーレム産みの親であるエルフのオーブル卿、そしてGCR関係のイッチー卿の三名が。
イムン家からは、外戚というふれ込みで名代オーラオーラ卿の日焼けした姿があった。その横にGCR関係のメーアメーア男爵が。二人とも派手目な風貌の美男美女。広間の1画に陣取ると、にこやかに他の貴族達と話を始めた。
ざっと見渡して六十名程であろうか。参加予定の者が全員揃ったところで、入り口で黒妖が合図を送る。これに頷き、ショア伯は自ら議長を務めた。
「それでは、第2回東方小貴族会議を始める。先ずは、この会議に名代を派遣された、賢明なる二人の分国王陛下に感謝を捧げたい」
伯の言葉に、数歩前に出るロッドとオーラオーラ。そして互いに譲り合い、ロッドから慇懃な口調で形だけの言葉を述べた。
これと好対照、オーラオーラからは若々しい言葉が紡がれる。
表向きは穏やかだが、見る者には薄氷を踏む空気。
「では、議題を提示して行こう。基本的に、ウィルの東岸における諸問題を協議する場であり、当方からも重大な議題があるが、先ずはローリー領とニネア領の継承問題について、カリメロ子爵家より周辺諸領主へ議題が上がっている」
ショア伯が一画へ手を差し伸べると、未亡人たる15歳の小柄な少女、プリシラが進み出、一同に恭しく一礼してみせた。
「只今、ご紹介戴きました、カリメロ家の当主、プリシア・ニネア・カリメロに御座います。この度は、私の亡き夫レイナード・ローリー・カリメロのローリー領の相続について、近隣の皆様にご承認とご支持を戴きたく参りました」
貴族の間からは様々な反応。それは決して良いモノでは無い。
「ご存知の通り、夫はエーガン陛下のおぼえめでたく、ローリーの領地経営のみならず、王都における治安維持に長く携わって参りました。ですが、残念な事に、ニネアに御座いますカリメロ本家の霊廟を訪れた際、事故に遭遇し、未だ遺体も見つかってはおりません。話が早急すぎると想われる方もいらっしゃるでしょう。ですが、領民の動揺を一刻も早く収める事が、近隣の方々と新たなお付き合いを始める為にも必要な事と存じます。どうか、この会議における支持をお願い致します」
忙しなく話し合う声が、この空間を満たし、プリシラは目を伏せ静かにその中に立つ。
この議会に出席を求められた冒険者達は、貴族の輪の外側に立っていた。アリオスは、あまり良い感じのしない雰囲気に、苛立たしげに腕を組む。まだ彼等は発言を求められていない。故に、他の貴族達の様に自由に話をする訳にはいかなかった。
そこでショア伯が手を挙げ、皆に発言したい旨のある事を示した。
「今回の件は、ハンに国境を面する領主、東岸部の領主の皆にとり背後が安定するかどうかの、大事な決議。現在王都周辺の諸領で起きている事を鑑みるに、カリメロ家の安定如何によって、皆の領地に大きく影響を及ぼす要因の一つとなるでしょう」
すると、ショア伯の勢力圏において最も西側を、王都へ続く街道沿いを任されているセルゲイ・グスターファ子爵が挙手する。
「私はローリー領と接する者として、この度の相続を支持し、引き続きの治安の維持を求める。また、ウス等の不穏な情勢を抱えるハン南部との兼ね合いを鑑みるに、ニネアのカリメロ城の再建を急務と考えて戴きたい。現在あの地には軍事拠点として楼閣を有する城がありません。事あらば下支えをする拠点無き地はやすやすと食い込まれましょう。さすれば東部は中央と寸断される危険性があります。それが出来ぬというのであれば、それが可能なる者にニネア領を預ける様、求めるものであります」
想いもかけぬ発言に、ざわりと空気が揺れた。
支持はするが、それが出来ぬというのであれば領主の座を降りろ、と剣を突き付けたに等しい。
「プリシラ姫‥‥」
アリオスが見守る中、プリシラははっきりとした声で、これに答えた。
「ニネアは先祖代々の地! 早急に、その手配を致しましょう!」
「ならば、私はこの相続を支持し、出来うる限りの支援も致しましょう!」
セルゲイは手を挙げ、高らかに宣言。一歩、後ろに下がった。
「決まったな‥‥まるで劇を見ている様ではないか。誰が台本を書いたか想像する気にもなれんがな‥‥」
「まぁまぁ‥‥」
隣で苦笑いするオーブルに、ロッドは皮肉たっぷり。
「さて、出番だ」
「お願いします‥‥」
次に黒妖とイオンが、会場へと巨大な獣の頭骨を運び込む。予め用意した台車に載せられた骨は、異様な存在感を以って会場の空気を一変させ、目にした諸侯は口々に驚きの響きを漏らす。
「ご覧あれ。これがトルク領のシグ沖、漂流船の船倉より発見された恐獣の骨。その頭蓋骨部分だ。実際に調査に当たった者よ、説明を頼む」
ショア伯が冒険者達に呼びかけると、目の前に立つ黒妖が挙手し、発言権が与えられた。
「‥‥皆様にご報告致します‥‥」
深々と一礼する黒衣の女は、その時になり初めて諸侯の注目を集めた。
「この恐獣は、遥か東方より運ばれた物‥‥ですが、ラン沿岸で活動する‥‥『海賊男爵バルーン卿』なる海賊により‥‥船は焼き討ちに合った様で‥‥どこの誰が‥‥これをセトタへ運ぼうとしたかは不明です‥‥海賊男爵が持っている情報は‥‥重要なものである可能性があります‥‥」
「うむ。説明ご苦労」
「はい‥‥」
誇らしい気持ちを胸に一礼。黒妖はイオンと共に後ろへと下がった。
「この件に関する問題が幾つかあるが、海戦騎士団より何か?」
憮然とした面持ちで挙手する騎士団長のギル子爵がエルミスト卿を伴い、一歩進み出た。
「ラン西岸部での調査が必要だが、現状、我等に単独でシムの海を越える術は無い。トルク王よりフロートシップかゴーレムシップの提供があれば話は別だがな」
「ならば当事者でもあるトルク家の名代殿からご意見を伺いたいが宜しいでしょうか?」
「問題は恐獣がどこからどこへ運ばれようとしていかた、誰が何の為に、という二点だ」
ロッドが話を始めると、これまでざわついていた空気がピタリと静まり返った。
「トルクはこの背後にカオスの存在がある危険性を鑑み、この調査の為にゴーレムシップを提供する考えがある事をお知らせしたい。条件次第だが、エーガン陛下の許可があれば、良港であるショアにゴーレム工房の出張所を開設し、海戦騎士団のゴーレム化を進める準備がある」
おおっとどよめきが会議場を揺さぶる。
トリアはずっとイムン名代のオーラオーラの様子を眺めていた。このトルク側の発言に対し、それ程取り乱す様子も無く、横に立つメーアメーアの耳に何事か囁いては頷いていた。
「その条件とは?」
ギル子爵の問いに、ロッドは悠然と語った。
「ゴーレム化には当然の如くその規模に応じた料金を船主より納めて戴こう。そして、その機能維持には一定期間毎の整備が必要な事から、それに対する課金が生じるのは当然の事。それ無くして、ゴーレム機器は半分も性能を発揮出来なくなる」
そこで、初めてイムンの名代が動いた。
「失礼。ゴーレムシップを海戦騎士団全体に導入と言う事だが、その所属する国ごとの比率はどうなるのか? フォロ、トルク、そしてイムンと大別すると三国に分かれる。規模、隻数、建造、改装する時期と順、費用、それらの事を穏やかに進めるには、それなりのバランスをフォロ家にとって戴かねば」
ランの西岸を調査する為に、海戦騎士団のゴーレム化を進める事となった。
トルク家のゴーレム工房出張所を、ショア城内の造船ドッグ群に併設する形で、招へいされる。そしてゴーレムニストが派遣される訳だが、同時に養成も行われる事となり、ウィザードギルドからの人員の派遣が行われる事となった。ウィザードギルドとは、ウィザードの管理育成を行っている組織の事。ゴーレムニストもウィザードの一分派と言える。
大綱が決した事で、それから暫くの間、忌憚の無い意見を交わす時間となった。
「登録された鎧騎士?」
トリアの言葉にギルを始めとする海戦騎士団の主だった者達は怪訝そうな顔をした。
「船を動かすのは海戦騎士団の騎士の務めだが」
「何にせよ、気の早い話だ」
「先ずは一隻、ゴーレム化した後に、訓練航行を沿岸部で行い、それからだな‥‥」
「ぬしなら、我等一同歓迎するぞ!」
わっはっはと高笑いの騎士達は、これからの事にかなり興奮気味。トリアも苦笑するしかない。
「グライダーやチャリオットとはまた違った操作性なのだろうな!」
海戦騎士団の鎧騎士達。
「魚を食べて、みんなで幸せになりましょうよ〜♪」
「まぁ〜、下手すると、バルーン卿は義賊として庶民に超人気があるかも知れないので、きちんと調査出来るといいですね」
にこやかに天界人の黒畑緑郎(eb4291)がトリアの両肩をポンポンと叩いた。
「税を増やし、ゴーレム化の資金にするかどうかは各船を所有する家々の判断となるか‥‥」
「当たり前だ、馬鹿者!」
「アタッ!」
ごつんとメーアメーアの拳固がサーの頭を小突いた。
「どうした!? まともなフリなぞしおって! 呆れ果てたわ! そこまでお偉方の前で、イイカッコC〜か!? 情けない!」
「ハッハッハ! そんなに怒るなよ。噂程じゃないじゃないか。なぁサー君」
ポンと軽く肩を叩かれ、サーは目の前でキラーンと白い歯を光らせているオーラオーラ。
「それに詩的だ。君達はゴーレム村の村人かい?なんて、俺には言えない。特にあのロッド卿にはな。ハッハッハ!」
「そんなつもりでは。ただ、古いものが新しいものの犠牲になる、それだけは避けたかっただけなんだ」
「船乗りはいつも人手不足さ‥‥先ずは主要な艦からゴーレム化か‥‥その空母ラバキンとかは気になるけどね。さて、国へ帰ったら金策だ」
オーラオーラはカラカラと笑い飛ばす。
「ハンの利権をウィルが奪うと、リグとハンの関係が‥‥あ、頭が‥‥」
ハンはセトタ大陸におけるアプト大陸への玄関口。その中継ぎ貿易の利権をウィルは一部奪う事になるやも知れない。
「俺が動かしたのは確かにゴーレムシップだった」
鳳レオン(eb4286)は身振りを交えながら、その性能の程を語った。
「沖へ出るには大変便利だ! 何しろ波も風も関係無い! ただ視界が悪く、沖へ出たら帆走した」
「そうでしょう。それは確か、整流板の性能をみるためだけに造った物の筈ですから」
にこやかにオーブルはレオンに語りかけた。
「レオン卿の話は大変貴重な意見です。制御する者の位置など、運用面での修正をしていかなければなりません」
「俺はゴーレムシップの本質は、戦いよりも移動力、輸送力にあるのではと」
「うむ。ハンとランの貿易で、フロートシップやゴーレムシップなら、風の弱いシムの海でも走破出来る。搭載量、船足でも有利、出せる船数が少なくても、日数の面で有利に立つ事が出来るだろう」
ぬっと巨漢の男、ファング・ダイモス(ea7482)がレオンの肩にがっしりと手を置いた。
「だが、シムの海と言う防壁を突破出来る力を得た事によるハン、ラン、2国の心象を考慮し、何らかの協定を結ぶ必要があると思います」
「そうだな‥‥」
アリオスやグレナムもその意見には全くの同意。オーブルはそのさまをにこにこと眺めていた。そこへ両手に、不思議な匂いのする筒状の物を持つ難波幸助(eb4565)が会話に加わった。
「その二国の商人の利権を奪う事になります。彼等の提供出来ない様な品を提供する事で、新規参入を認めて貰うというのはどうでしょう?」
「漠然とした意見だな。それより、輸送される動植物を、水際で調査できるようにしたいがなぁ〜」
ふらっと現れてはアリルがぐちる様にこぼす。船の上は、その船が所属する国の領土という決まりがあり難しいのだ。
「それは何だい?」
「うむ、何の香りか?」
レオンとファングが不思議な顔をすると、幸助はここぞとばかりにそれに火を着けてみせた。
「これはですねえ‥‥」
もうもうと立ち昇る煙。火はそれ程出ない。
「こうして使うんです。信号です。船の上でこうして煙をですね‥‥」
そう言ってぞろぞろとバルコニーへ出て、立ち昇る煙を皆で見上げた。
「携帯用の狼煙ですか‥‥」
「あの!」
越野春陽(eb4578)は、ゆっくりとオーブル目指した。
「ああ、春陽さん」
にこやかに振り向くオーブル。
「ゴーレムシップを用いた河川の利用は面白いと思いましたよ。もっと色々な所で、普通に使われる様になれば、そういった細やかな運用も可能になって行くんでしょうね」
「ありがとうございます! う〜ん‥‥大航海時代の話の方は、私的に盛り上がったんですけどね」
クスリ。
「ああ、あれは名調子だったね‥‥きっと、あと4、50年もすれば、そうなってると思いますよ」
「あ〜っはっはっは! 私おばあちゃんだわ!」
コロコロと大笑い。ひとしきり笑った後、春陽は涙目になって尋ねた。
「オーブル卿は何を目指してゴーレム技術を開発なされたのですか?」
「さあ‥‥気が付いたら、最初の‥‥それからは。本当にただ思いつくままに作っていますねぇ〜‥‥」
にこやかにオーブルは立ち昇る煙を見やった。それは新しい時代を告げる狼煙であるかの様に、フォロ城より天高く立ち昇っては消えて行った。
なお、その夜、サーが自宅で高熱を出し倒れたのは言うまでも無い。