プリシラ城のプリシラ姫 馬上試合開催☆

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:6人

冒険期間:08月09日〜08月14日

リプレイ公開日:2006年08月16日

●オープニング

●ローリーの地
 プリシラ城に冒険者の一団が乗り込み、地下の秘密培養施設を破壊して一ヶ月、湖上の城からは相変わらずガラス工房の炉から出る煙が立ち昇っていた。
 レイナード子爵の死体は、執事のジャドーの手により奪い去られ、未だその行方も判らず。
 そして、ローリー領近隣に走った動揺も、表向きはなりを潜めていた。

 プリシラ・ニネア・カリメロ子爵は、ヘクター卿を始めとするニネア領の騎士を多く引き連れプリシラ城に入り、五年の長きに渡り対立していたローリー領の騎士達と新たな関係を結ぶ必要に迫られている。
 元々は一つの家であった事、5年間城内にて後見人でもあるレイナード子爵の元で育成され、結婚を期に領土併合が計画されていた事、これをエーガン王が承認していた事、東方小貴族会議にてもこの継承が支持された事から、まだ15歳になったばかりの少女の双肩に、広大な領地が、その領民の暮らしぶりもが掛かっている訳だ。

「そうですか‥‥」
 ため息混じりに、城の執務室で報告を受けるプリシラ姫。この日は、白い木綿のドレス姿で、明るい金色の髪をアップにまとめていた。憂いを帯びた瞳で、窓の外の青い湖面を寂しげに眺めた。
 執務席の横には数名の老騎士が控えており、この報告を共に聞いていた。庭師であった老エルフのモッズも、相談役としてこの場にあった。
「申し訳御座いません」
「いえ。仕方の無い事です。お立ちなさい、騎士リード」
 片膝を付く若い騎士は、立ち上がりつつ一歩後ろに下がった。 
 ローリーでは城への召集に応じない騎士が大部分である。
 何故ならばこの地の騎士達は、これまでプリシラ姫を幽閉していたレイナードに従い、ニネアの騎士達を城から遠ざけていた側の人間なのである。この立場が逆転した今、城への召集に応じると言う事は、ニネアの騎士達に囲まれ今や主家となったプリシラ姫に会うとなると、何をされるか判らない、そう思っているのである。
「私を恐れている?」
「皆、仕返しを恐れております」
「‥‥」
 傍らに立つ数名の老騎士の中から、ヘクター卿が進み出、皆を代表して説明をする。
「レイナード子爵はニネアの幾つもの一族を根絶やしにして参りました。故にローリーの者達も次は己の番であろうと。ドゲスめの一族は早々に姿をくらまし、他にも若干。しかし、その様な者は一先ず捨て置き、残る者を如何に安堵させ、ローリーの地を安定させるかが肝要で御座いましょう」
「しかし、それではどう呼びかけてもあの者達の警戒は解けません」
 プリシラの震える様な声に、相槌を打ち、モッズが知恵を回す。
「左様で。しかし、他家に仲介を願い出て、現状を外に知れるのも避けねばならぬでしょう。また、過日の様に、王の役人を引き込む様な真似をされては、家を取り潰し、財を没収する格好の口実を毒蛇の如きエーガン・フォロへ与える事となりましょう」
 取り潰され、地縁無き代官を送り込まれた地が、如何なる惨劇を繰り返したか、それは火を見るよりも明らか。求めるがままに搾るだけ搾り取られ、残りかすの様に荒れ果てた土地は見捨てられる。賊徒が大手を振って闊歩し、多くの血が流されてきた。
「されば、どこにも縁薄き者に頼むが肝要かと。あの者達に、あの五人の天界人に切り崩しを依頼するのが得策でしょう」
「馬鹿な! あの様なよそ者に何が出来ると言うのか!?」
 モッズの言葉に、老騎士の一人ラクトル卿が異を唱えた。
「正にそれ!」
 ポンと手を打つモッズ。
「何!?」
「誰もが、あの様なよそ者に何が出来るものかと思いましょう」
「成る程‥‥」
「ふむ‥‥」
「は‥‥?」
 まだ意味が判らぬラクトルは、懐疑的な目付きで一人周りの者達の顔を眺めて回る。
「判りました。この件は、あの方達にお願いしてみましょう」
「では、私からこの件は‥‥」
「お願いします」
「はは‥‥」
「お、おい? どういう事だ? ワシにも誰か説明してくれ!」
 恭しくもモッズは退出。これに続き、ぞろぞろと騎士達も退出する。一人残されたプリシラは、寂しそうにほうとため息をもらした。
 窓辺から見上げるガラスの塔。
 寒々と輝く鉛ガラスの鈍い煌き。
 それをプリシラは、暫く一人で眺めるのであった。

●ブラック××団の五人
 事が落ち着いてからというもの、ごっそり人が消えたガラス工房の出荷から外回りを担当していた五人であった。
 工房から出荷されるガラス器具を、馬車でウィルの街に運ぶ。問屋に集まる注文に応じ、配送等も行っていた。
 最近では教会から紹介される、そこそこ回復した者達の社会復帰に、ここで働いてもらうなどの手を貸し、マーカス商会からの定期巡回ににこやかに挨拶し、姿をくらました者達などどこ吹く風、平穏無事な日々を送っていた。

 その日は、プリシラ城からの定期便に、モッズが相乗りして来た。
 馬車がカリメロ印のガラス問屋に横付けされると、さっさと屋内に乗り込み、例の件について力を貸す様に求めるのであった。
「成る程‥‥」
「つまりは、天の岩戸ね☆」
「何ですかそれは?」
 みちるの発言に苦笑する一同の中、激がサッと前髪を跳ね上げた。
「ご機嫌斜めな女を引っ張り出すには、無理矢理扉をこじ開けるよりは、楽しくおかしくはやしたて、お祭があるから一緒に行かない?と誘い出す方が手っ取り早いって話さ」
「ぶ〜! なんだか言い方が嫌〜!」
「ほほう‥‥」
 ぷうっと頬を膨らますみちる。そんな様も微笑ましく、モッズはにこやかに頷いた。
「では、貴方がたならどうしますか?」
「お祭‥‥騎士なら馬上試合を催してみては?」
 煉次の提案に、モッズは何度も頷いた。
「確かに‥‥騎士の名誉と誇りを賭けた馬上試合ならば‥‥それで参りましょう。お手伝い願えますか?」
「合点承知!」
 朗らかにポンと胸を叩くジョー。健悟も腕を組み、大きく頷くのであった。

●今回の参加者

 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea6202 武藤 蒼威(36歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4072 桜桃 真治(40歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4863 メレディス・イスファハーン(24歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb5539 来栖 健吾(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

シュタール・アイゼナッハ(ea9387)/ 麻津名 ゆかり(eb3770)/ 真音 樹希(eb4016)/ 信者 福袋(eb4064)/ 時雨 蒼威(eb4097)/ 物輪 試(eb4163

●リプレイ本文

●下調べ
「これは参りました‥‥」
 窓辺で羊皮紙の束を見せるジャパニーズビジネスマン。
「どういう事です?」
 それを手にオルステッド・ブライオン(ea2449)。
「家紋と名前‥‥これだけか?」
「ええ、こちらに届出された記録はそれくらいでして」
 素っ気無く答え、男は書類鞄を手に立ち上がった。
「記録に無いと言う事は、大した人物は居ないと言う事でしょう。それでは、私はこれで‥‥」
「フッ‥‥東方小貴族会議では、見事な茶番で乗り切った様だが、まだまだカリメロ家は磐石と言い難い‥‥」
「その旨、あのお方にも‥‥」
 にこやかな口元に反し、眼鏡の奥には冷徹な光。そう言って男は退出する。
 オルステッドは杯を空けた。
「先ずはあのお姫様にご挨拶、だな‥‥」

●世界は虹色に
「まだドゲス一派が行方をくらましているからのぅ。じゅうじゅう気を付けるのだぞ」
「何か異常があったら報せるからな」
「ありがとう、二人とも」
 フォロの街を発つイコン・シュターライゼン(ea7891)を見送る二人。まだ幼さの残る顔立ちのイコンは頬をりんごの様に赤くし、しっかりと握手を交わした。
 二人がイコンを手伝えるのは出立の初日のみ。その後、二人にもそれぞれの予定がつまっているのだ。
「も、もうここでいいですよ」
「あっはっはっは。そうかのぅ?」
 馬上の人となったイコンに、二人はバーディングの位置を直したりして、街の門へと送り出す。
 そうしながらも、二人は怪しげな人物がこの一行を見張ってはいまいかと、目を光らせるのである。
「では行って来ます!」
「しっかりとのぅ!」
「何か異常があったら報せるからな」
 イコンは何度も振り向き、手を振った。
 東へ向う街道は、ショアの港へと続く。

 行き交う人々の中、その上でも一つの出会いと別れがある。
 二匹のフェアリー、大雅と楓藍。二つの羽ばたき。
 少しの間、人目も少ない朝のこのとき。楽しそうに舞う二匹は、言葉にならない歓喜の声を上げ、風に乗る。
 判っているのだろう。
 この一瞬、その魂を捕えるモノは何も無いのだと。
 そして二匹は想い出した。その名を呼ぶ声に。そして笑顔で別れを告げる。言葉にならぬ響で。

●ローリーへ
 街を出て二日目の朝方、ローリーの地へ近付くと、遠くからトンカントンカンと木槌の音が幾つも響いて来る。
 徒歩では五日程かかる道程を、馬で一日半程。
 身軽な騎士達のず〜っと後ろを、ウィルで大量の荷を買い込み、移動も出来ぬ程の者や、移動手段を持たぬ者が、城のガラス工房の荷車の空きに載ってゆっくりと続いていた。

 ガラガラガラガラ‥‥
 タンタンタタン、タンタンタタン‥‥
 ガラガラガラガラ‥‥
 タンタンタタン、タンタンタタン‥‥
「まぁ、試合は明日だから、ゆっくりでも良いけれど‥‥」
 そう言いながら、ちょっと呆れた口調で、明らかに日本人的風貌の不動みちる。御者台で手綱を引きながら荷台をちらりと眺めた。
 そこには樽やら何やらがぎっしり。そしてその向こうには若トラの真虎が、のん気にあくびをしている。大きな赤い口に、ぞろりと牙が覗く。
「あちらの方々には、ちょ〜っと刺激が強いんじゃないかなぁ〜?」
 苦笑するみちるに、包丁を手に鶏肉を切り分ける桜桃真治(eb4072)は、荷台でカラカラと笑った。
 少しお腹が目立って来ている。
「大丈夫、大丈夫☆」
「いやぁ〜、見世物としては最高ですよね☆」
「こらっ」
 手早く串に刺して行くメレディス・イスファハーン(eb4863)少年に、真治の素早い切り替えし。
「ほ、包丁〜っ!」
 切っ先を鼻先に突きつけられ、目を丸くするメレディス。背筋を冷たいモノが走った。
「おっと‥‥ごめんごめん」
(「ちょっとちょっと‥‥昔の私じゃもうないんだから‥‥」)
 真治もちょっと驚いて慌てて引っ込め、コホンと咳払い。
「真虎は見世物じゃないの!」
「あはははは!」
 みちるはコロコロと笑い、御者台の踏み場を何度も踏み鳴らす。
「だが、子供とかがちょっかい出したりするんじゃないかな?」
 鶏の骨を獲ろうとする子狐のカミーユの背をひょいと持ち上げ、苦笑する来栖健吾(eb5539)は、それをメレディスの足元にひょいと放った。
 ストンと降り立ち、ぱたたたと足早にメレディスの膝の上。ふんふんと鼻を鳴らし、ひょいぱくと。
「こら、駄目じゃないか」
 きゅ〜‥‥
 その鳴き声にのそりと動く真虎は、口を大きく開き、低い唸り声を上げた。
「あ、あげないよ。カミーユは餌じゃないんだからね」
 きゅっとカミーユの小さく柔らかな身体を抱きしめるメレディス。
 真治は包丁を置いて、手ぬぐいで手に着いた肉汁を拭った。
「お腹がすいたのかな?」
「そりゃぁ〜、目の前でこんなに美味しそうな匂いをさせてはね」
 健悟はそう言って改めて目の前にある若トラを眺めた。いくらなれているとは言え、放し飼いにするのは、やはり危ない様に思えた。地球では、インド等でトラを放し飼いにしている寺院がある。そこは、きちんと互いの力関係を築いているから可能なのだ。真治と真虎は、それが出来ているのであろうが‥‥
 まだ肉片が残っているガラに手を伸ばす真治に、みちるが。
「鳥の骨は咽に刺さる場合があるから、あんまりあげない方がいいよ〜♪」
「本当?」
「鳥の骨って縦に割れるから、鋭くて危ないんだよ」
「へぇ〜」
「へぇ〜」
「へぇ〜」
「へぇ〜」
 その場に居る者は、全員が地球からの天界人。こういうネタが判るのもならではだろう。
 笑いながら真治は鶏肉の固まりを、真虎の前に置いた。すると、真虎は数度鼻を鳴らし、ぱくり。くっちゃくっちゃと何度も咀嚼し、目を細め、美味そうにそれを喰った。
「うんうん♪ 真虎、もう一つお食べよ♪」
 真虎の頭をくしゃくしゃと撫でながら、真治は餌を目の前に置く。

「真治さ〜ん! それだけガラがあれば、いいお出汁がとれるよね!? 一番出汁でスープも作ろうよ! 健悟も手伝えよな!」
「え?」
 いきなりみちるに呼び捨てにされ、ちょっと驚く健悟。
「ああ、ごめんごめん。貴方じゃなくて、こいつよこいつ♪」
 と、みちるは御者台に並んで座る、少しごつい男の横腹をドスンと叩いた。
「うっす。おいが大岩健悟でごわす」
 そちらの健悟は、べたな語尾で挨拶をした。やはりイエローは黄レンジャーが基本だ。
 こちらの健悟は、一日半一緒に過ごし、この男が喋ったのを始めて聞いた。

●試合場
 ローリー湖畔の湿地から少し離れた高台に、試合場が建設されつつあった。
 木の杭を円形に打ち、横木を張って囲いを作り、貴賓席として簡単なものを築く。
 それに幕を張り、試合場をほぼ完成させていた。

 その中央には、一直線の低い柵があり、この柵を挟んで馬上の騎士が試合用のランスで突き合うのだ。先に落馬した方の負けであり、同時に落馬した場合は、剣技によりその決着が付けられる。

 それらを一瞥し、エクセレントな仮面で素顔を隠す巨人のヘクトル・フィルス(eb2259)は、馬上から手近な騎士らしき人物へ声をかけた。
「そこのあんた! 空いてる所はあるのか!?」
「ん?」
 振り向いた初老の騎士は、怪訝そうな顔でヘクトル達一行を見上げた。
 見知った顔。ヘクター卿である。
 だが、当のヘクターの口からは、予想外の言葉が漏れ出た。
「何か? ‥‥おお!? もしや冒険者ギルドから派遣された方々か!?」
 鋭い目線で一行を見渡し、ヘクターは自分がニネアに住むカリメロ家譜代の騎士である事を告げた。

「よおっ! 来たな!」
「待っていたぞ」
 わらわらとレッドとブルー、紅煉次と岩清水激の二人が駆け寄って来た。
「あ、こんにちは!」
 相変わらずのにこやかな笑顔のエイジス・レーヴァティン(ea9907)は、サッと馬から下りて挨拶する。
「例の件以来だな」
「はい」
「大丈夫。モッズさんは城の改築だとかで、ニネアの方に行ってる」
 ニヤリ、激が小声でエイジスに囁き、ポンと肩を叩いた。
 地球からの天界人にとって、人間とエルフの混血に対する偏見は無い。だが、ジ・アースやアトランティスにおいて、子孫を残す事の出来ないハーフエルフは異常な存在として、侮蔑と迫害の対象なのだ。
 そっと羽付き帽子で耳を隠し直すエイジス。だが、その面差しは明白に人とエルフの特徴をないまぜに現している。
「そう‥‥ですか‥‥」
 初めて会った時の、モッズの言葉が針の様にエイジスの胸に突き立っているのが感じられた。それはノルマンでも、幼少の頃から幾度となく浴びせられて来たものなのだが。
(「慣れるなんて‥‥でも、やっぱり、泣いてるより、笑ってるほうがいいよね ‥‥」)
 自分にそう言い聞かせ、にっこり微笑むエイジス。
 そんな心情を知ってか知らずか、クウェル・グッドウェザー(ea0447)とオルステッドは馬から下り、歩み寄っていた。
「こんにちは。ブラック××団のお二方」
「それはもう止めてくれ〜、頼むから」
 クウェルの一言に苦笑する煉次。ヘクターや激も横で苦笑い。どうやらヘクター卿も、その辺の事情は全部判っているらしい。
「大体、そのブラックってのは、退魔レンジャー時代の6番目の戦士って奴から取ったんだ。もしこっちに来ているんなら、俺達に気付くんじゃないかなってな」
「‥‥6番目の戦士?」
 無表情にオルステッドは聞き返す。
「ああ、退魔ブラック‥‥バイクに跨りポン刀振り回す、颯爽と現れるニヒルでグラマラスな女戦士。つまる所の中盤からストーリーの引き締めに出て来るダークヒーローって奴さ。ありがちだろ☆」
(「‥‥退魔? バイク? ダークヒーロー?」)
 煉次が話す言葉の端々はちんぷんかんぷんである。実際に話す言葉を理解出来ているのでは無い。言葉の意味が一種のテレパシーの様に伝わって来るのである。それで自然な会話が成り立つ。それ故に、まだ存在していない物に関する概念は理解が難しいのだ。
「フ‥‥今頃どうしている事やら‥‥」
「あいつ地でやってたからな〜。でも、結婚して子供出来たって聞いたんだよな〜。お前、信じられる?」
「‥‥何でお前だけ知ってる?」
「何だよ、みちるの奴から聞いたぜ」
「なっ‥‥」
 どうやら、五人の中でも色々と人間関係があるらしい。
 そんな他愛もない話をしながら、一行は馬を引き、はしけのある桟橋へと移動した。

●卵の国のプリシラ姫
「そっか〜、全部で七人が参加か〜。いいなぁ〜」
 煉次は羨ましそうに唸った。
「ええ。それ以外は警備の方もお手伝いさせて戴きます」
 イコンは頬を紅潮させて己の胸を叩いた。
「だが‥‥試合に出る者が、警備を手伝うのは、おかしくないか‥‥?」
 激の一言は、イコンに正に冷水を浴びせ掛ける様な、そんな響をはらんでいた。
「試合に不正が行われない様に警備をするならば‥‥試合に出る者がその任に着くのは明らかにおかしい‥‥」
「何、硬い事言ってるんだよ、激さんよ〜あたっ!?」
 グリーン、風祭ジョーが軽口を叩くと、そのデコをコチンとしっぺ。ちなみにジョーは桟橋で合流したのだ。
 水のウィザードである激は、何もせずに水を操り、全員が乗るはしけを城へと誘っていた。
「確かに‥‥言われてみれば、僕が‥‥色々と、本当に拙いです‥‥僕‥‥」
 項垂れるイコンの両肩を、ポンと叩き揉み出すジョー。にかっと笑い、イコンの目を覗き込む様に話し掛けて来る。
「気にすんな気にすんなって! こ〜の冷血人間の言う事なんて一々気にしてたら、神経持たないって♪」
「俺は物事の道理を言っている‥‥気に障ったのなら詫びよう‥‥」
「僕は‥‥」
 イコンの口から、その先の言葉は続かなかった。
 何となく気まずい雰囲気。
 エリーシャ・メロウ(eb4333)はこの三人を、少し後ろから厳しい視線をなげかけていた。その向こう、段々と城が近付いて来る。
(「入城すれば、この話も一先ず終わりね。でも、騎士ならもっとしっかりなさい!」)
 そんなエリーシャの気配に気付く事無く、はしゃぐ者も居る。
「わぁ〜、近くで見るとやっぱり大きいなぁ〜!」
 数段低い目線で、パラのキース・ファラン(eb4324)は間近では初めて見るプリシラ城に瞳を輝かせていた。湖に浮かぶ城は、結構珍しいかも知れない。
「ねえねえ、そう想わない? 蒼威?」
「ああ‥‥ちょっとすまんが」
(「どれ、一発背中でもぶっ叩いて、気合を入れてやろうか」)
 巨人の武藤蒼威(ea6202)が一歩動くだけで、はしけは大きく揺れる。
「お〜っとっとっと〜」
「大丈夫です。私が水を操ってますから、これくらいは‥‥」
 慌ててたたらを踏む蒼威。そこへ激の言葉がかけられ、気を削がれた。

「あ、あのよぉ〜!」
 そこでアリル・カーチルト(eb4245)がバランスをとりながら声をあげた。
「俺も試合に出るんだが、怪我人も出るだろうよ! 救護室を設営させて貰おうって想ってたんだが、そいつも駄目かい!?」
「もしもの話‥‥試合で怪我をした者の手当てをする者が、次の試合の対戦相手、となるとおかしな話だな‥‥地球なら鎮静剤をあげたりや、わざとテーピングをきつくして次の試合に不利になる様な仕掛けが出来るが‥‥アリルさん。あんたそういう人なのか?」
「いや〜、俺の言う事を信じる信じねぇ〜はあんたらの勝手だが、そんな事はまぁしねぇな。勝負にケチが付かぁ〜な」
 ニヤリとニヒルに笑うアリル。どうして、こう挑発的な言葉を口にしてしまうのだろうと、自嘲してしまう。
(「まぁ〜、これが俺の性分なんだ、仕方ねぇ。さて、どう答えるかな?」)
「フ‥‥それを決めるのは俺では無い‥‥」
 そう言って城を見上げる激。
 そう、それは最終的にはプリシラ姫が決める事なのだ。

 水門が開き、はしけは城内へ。
 そして一行は、陸へと上がった。
「貴方は‥‥」
 目と鼻の先にあるガラス工房から、その日の出荷分なのだろう、木箱を台車に載せて運び出す職人の中に、あからさまに数倍はあろう、薄手のシャツでは隠し切れない、鋼の如き筋肉を身に纏った老人が、絵付け職人のハンスが居た。
 オルステッドは静かに会釈する。
 びっくりした他の職人達が、慌しく頭を下げるその中にあって、ハンス老人は恭しく会釈を返した。実に堂に入った雰囲気。
「ほう‥‥」
 ぞわり、蒼威はその人間の老人に、一手仕掛けてみたい感覚を覚えた。戦う為に巌の如く鍛え抜いた己の筋肉が、何やら楽しげなメッセージを脳へと送って来るのだ。
「あやつ、今度の馬上試合には出んのか?」
「職人が出る訳ないだろ」
 思わずほくそえむ蒼威の言葉に煉次が素っ気無く答え、一行は城の中へ。
「ふぅ〜む‥‥それはそうだろうな‥‥」
 蒼威はニヤニヤと顎鬚を撫で、城内へと最後に入った。

 かつてレイナード子爵が使用していた執務室で、プリシア姫と対面する事になるとは、これまでここ絡みの依頼を受けていた者にとっては、不思議な感慨があった。
 陽光に金色の髪が淡く煌き、ほっそりとしたプリシラ姫は純白の木綿のドレスを身にまとい、確かにそこにある。
 胸には、レイナードの物であった銀の卵半分のペンダント。
「お久し振りです、プリシラ姫様」
 代表してクウェルが挨拶すると共に、皆で頭を下げた。
「皆様、お変わり無い様ですね。また、こうしてお会い出来て嬉しく思います。また、初めてお会いする方々とも、こうしてお話が出来る精霊の巡りあわせに感謝致しますわ」
 15歳の少女らしい、鈴の様に可愛らしい響き。だが、その言葉はそつの無いもの。そこに貴族故の悲しさがあった。

●馬上試合!
 その日は精霊の恩恵か、素晴らしい天気。
 雲一つ無い青空が、どこまでも尽きる事の無いかに広がっていた。
 ホルンの音が数度響き、この即席の競技場へと押しかけた周囲の住人達は、平民も貴族も関係なくワッと歓声を挙げて盛り上がった。
 馬を引き連れ、集まった騎士は30名程。皆、精一杯に着飾っている。
 今のホルンが、出場の名乗りを締め切った合図でもあった。
 そして次々と名乗りを挙げる騎士達。その度にドッと沸き起こる歓声。そしてその名は木の板に書き記され、箱の中へと次々と放り込まれて行く。

 その様を、頭数個分高い位置から眺め、ファングは宴席の準備に追われながらも呟いた。
「どうやら同じ位には参加している様だな‥‥」
 見ればはっきりと、二つのグループが出来上がっている。従者を引き連れた騎士達は、自然と二つの集団を形成していた。その間に、不思議とギルドから派遣された者達が集まり、試合前の緊張に表情を硬くしていた。

「さあ、いよいよね! さぁ〜、いらっしゃいいらっしゃい! 美味しい焼き鳥! いかがかしら〜!」
 見よう見まねで屋台を構えた真治は、手製の炉に金属棒を張り、その上に次々と串を乗せ焼いた。
 その横では、大岩健悟が大きな鍋一杯のチキンスープを暖め、ゆっくりとかき回している。
「やはりカレーでないと‥‥」
 どうにも納得出来ていない様子。
 すぐ後ろでは、メレディスが飲み物の準備に余念が無い。肩から掛けた鞄には、木のカップが何十も。そして逆に肩から紐で掛けた皮袋には、樽からちょっとだけワインを移したが結構重い。
「あははは‥‥ちょっと詰めすぎたかな?」
「大丈夫大丈夫! しっかりしなさい、男の子!」
 ぽんぽんとみちるがメレディスの腰を笑いながら叩き、メレディスも結構楽しそうにふらふらとした足取りでそれから逃げ回る。
 少し離れた位置では、健悟が鉄板と油の鍋を前に格闘していた。
 ここから見ても、結構手馴れている様子。後ろから黒煙がもくもくと立ち昇っているが、どうも火事ではないらしい。こっちまで良い香りが漂って来る。

「ふ‥‥そろそろソーセージの第一弾、okかな?」
 健悟は頃合を見計らい、くるりと振り向き、燻製の出来具合を確かめる。
 すると、はな垂れ小僧達が、サッと健悟の屋台に殺到して、あっと言う間に出来上がっていたホットケーキやチーズドーナッツといったモノを手当たり次第にかっぱらう。
「あっ!? こら〜っ!!」
 慌てて叫ぶやワッと散って行き、追おうにも追えない。戻った頃には、きっと何一つ残ってはいないだろう。
「くっそ〜っ!!」
 するとひょいとジョーが顔を出し、にやにやと笑いかけて来る。
「えへへへ、お兄さん。なにやらお困りの様ですな。何ならこのわたくしめがお手伝いいたしましょうか? これ次第で‥‥」
 そう言って、ジョーは親指と人差し指で丸く円を作り、ゆっくりと上下に振って見せた。

「‥‥参ったな‥‥」
 オルステッドは、予想していたのと違う展開に、多少の戸惑いを覚えつつも見回りを続けていた。
 帯剣は貴族の権利。それをどうこう言えるのは、特別な立場の人間だけ。だが、警戒心を解きたいプリシラ姫は、それを制限する事は無かった。何の武装もせずに、敵地に乗り込むバカはそうそういない。
 また、樵や猟師、平民の男達も、ベルトに一本や二本のナイフや手斧を差している。それは生活に必要な道具であり、専用の競技場でなら取り締まりも容易だが、この様に簡易でオープンな場合は、それの携帯を止める事は困難であった。近在の住民達にも気兼ねなく来れる様にとの配慮から、プリシラ姫が特に禁止はしなかったのだ。

 ホルンが再び吹き鳴らされ、貴賓席にあったプリシラ姫が立ち上がる。
 そこには、煉次や激、ヘクター卿らも侍っていた。
「ローリーの地の騎士よ! ニネアの騎士よ! いがみ合う時は終わりました! 共に新たな次代を築いて行きましょう! これより、新しきカリメロ家の発展を讃え、馬上試合を開催致します!」
 一斉に吼える騎士達。各々の具足を打ち鳴らし、ホルンが再び吹き鳴らされた。
 プリシラ姫はワンと大気を震わすその声に、ストンと腰を落とし、座り込む。
 これが合図となり、老騎士のラクトルが箱の中より、木の板を一枚取り上げた。

「ジ・アースよりの天界人!! 黒鋼のサムライ!! 武藤蒼威!!」
「うおおおおっ!!」
 蒼威は歓声に負けじと大声で叫び、黒い布を張ったシールドと己のランスを叩き鳴らす。
 誰もがこの巨人の騎士と対戦する事の無い事を祈った。
 サッと周囲の騎士達が後ろに下がり、吼える蒼威を中央へと誘う。
 そしてその対戦相手の名を、箱の中より取り出し、読み上げた。
「ローリーの騎士!! 小川のせせらぎの騎士!! カルバン・ケムス!!」
「お、おお‥‥」
 進み出たのは、人間の騎士。体格はそこそこ。気合は‥‥
 かくして、競技場を埋め尽くしていた騎士達は、場外へと出て行き、二騎だけとする。
「が〜っはっはっは!! ローリーの騎士、何するものぞ!! 天界人たる、この武藤蒼威!! お相手つかまつろう!!」
 時代がかった口調で、試合用のランスを受け取ると、それを思いっきり振り回す蒼威。びゅんびゅんと風を斬り、大気を唸らせた。
 これを見た対戦相手は、身を縮める様にして震え上がる。
「な、何だあの怪物は‥‥カオスの化け物では無いのか‥‥?」
 最早始める前から勝負は決していた。
 合図のホルン。
 柵の両端に馬首を巡らせた両騎士は、いっせいに走り出す。
 ランスの穂先が触れるか触れぬかの瞬間、ボスン。柔らかな土に、カルバンはあっさり転落してしまった。
「勝者!! 天界人!! 黒鋼のサムライ!! 武藤蒼威!!」
「あ〜っはっはっはっは!! ローリーの騎士など敵ではないわ!!」
 ワッと騒ぎ出す観客達。カルバン目掛け、腐った卵やカブが次々と投げ付けられた。

 その後、数度の試合が行われる。
「地球よりの天界人!! 銀眼戦医!! 壊すも治すも思いのままとか!! アリル・カーチルト!!」
「うおっしゃぁっ!!」
 気合を入れ、アリルは意気揚揚と競技場へと、愛馬ナイトグレイブを駆った。
(「ちぃっ! 照れて『とか』とか言うんじゃ無かったぜ!」)
 ブルルルル!
 汗をかいた馬体が、この歓声に震え上がるのを感じた。
 反対側の柵には、先に名を呼ばれたニネアの騎士が。
「落ち着け〜落ち着け〜」
 合図のホルンが吹き鳴らされるや、アリルはナイトグレイブの横腹を蹴った。
 嘶くナイトグレイブ。上体を思いっきり振り上げ、前脚が宙を蹴る。
「くっ!?」
 アリルは手綱を思いっきり引いた。
 戦闘訓練を受けていないナイトグレイブ。すっかり競技場の雰囲気にのまれている。
 一瞬、目の前が真っ白になった。気付くと、ブーイングの嵐の中、地面に大の字に叩き伏せられていた。
「か、かっこわりぃ‥‥」
 次々と飛来する腐ったカブ。
 アリルは何発も受けて、すっかりでろでろになった。

 その後、二度の試合に盛り上がった会場は、新たな騎士を呼び込む。
「ジ・アースよりの天界人!! 深緑の戦鬼!! エイジス・レーヴァティン!!」
 天界人と聞き、観客は微妙な空気。
「これはいけませんね。クリスマス、盛り上げていこう!」
 颯爽と飛び出す緑を帯びたエイジス。だが、愛馬クリスマスの様子がおかしい。
「大丈夫。大丈夫だからね。クリスマス?」
 そう言って、クリスマスの白い首を何度もさすって落ち着かせようとするエイジス。だが、戦闘の訓練を積んでいないクリスマスには、この雰囲気からして辛いのだ。
 そして次に呼び出された名前は‥‥
「トルク家家臣!! 紅天の戦乙女!! エリーシャ・メロウ!!」
 ワッと湧き上がる歓声。トルク家の名の重さを感じ入るエリーシャ。この地にまで、その名声は届いているのだ。
「エイジス殿‥‥手加減は一切無用!」
 気合充分、エリーシャは柵の反対側に回り、貴賓席のプリシラ姫へ一礼。
 合図が吹き鳴らされるや、試合用のランスを構え、浮き足立った様子のエイジスに襲い掛かった。
「エリーシャさん!!」
「エイジス殿!!」
「うわぁっ!!?」
 思わぬ程、あっさりと馬から転げ落ちるエイジス。いや、クリスマスが大きく身をよじったのだ。
 高らかに、勝者の名が告げられ、エリーシャはメロウ家の紋章を、その盾を高らかに観客達へと掲げて見せた。

 まだ試合をしていない騎士は6名という頃。
「冒険者ギルド所属!! 蒼き聖剣!! キース・ファラン!!」
「お、俺だ! やっと出番が来た! お先に!」
 ランスを受け取ると、そのバランスの悪さに思わず顔をしかめるキース。パラ用の短いランスはない。それでも意気揚揚と会場へ姿を見せるキース。それは、観客達のブーイングと言う形で挫かれた。そして更に。
「ジ・アースからの天界人!! 白き神雷!! 精霊に仕える騎士!! クウェル・グッドウェザー!!」
 ハッと息を呑むクウェル。が、気を取り直し、試合用のランスを受け取ると、白い布をかぶせた盾を構えた。
(「どうやら、こちらの方々には、聖なる母の意味も、神聖騎士の意味も、伝わらなかったみたいですね」)
 少し残念だったが、それでも気を持ち直す。
「行くよ、カルネアデス」
 主の言葉に、カルネアデスは静かな足取りで競技場へと進み出る。
 それを待ち受けるキース。
「クウェルさん‥‥俺、負けないですよ‥‥」
「キースさん‥‥良い試合をしましょう‥‥」
 二人は闘志に満ちた目で互いの意思を交わした。
「パラの鎧騎士!! キース・ファラン!!」
「聖なる母に仕える神聖騎士のクウェル・グッドウェザーです!! 良い試合をしましょう!!」
 ランスの穂先をプリシラ姫に掲げ、それから互いに向き直るや合図のホルンが吹き鳴らされた。
 一斉に馬を駆る二人。
 互いに突き出したランスが、盾を捉え、砕け散る。二人は思いっきりのけぞりながらも駆け抜ける。沸き起こる熱い歓声。
 差し出された代わりのランスを、くらくらする頭で受け取り、視界に相手の姿を捉えた。
「はぁっ!!」
「やあっ!!」
 一斉に走り出す二騎。
 見る間に迫る、互いの穂先。
 鈍い衝撃。砕けるランス。盾を持つ左手の感覚がもう無い。
 そして駆け抜ける先で、目の前に差し出されるランスを握るや、素早く馬首をめぐらせた。
 音の消えたかの世界。
 否、消えたのでは無い。
 二人にとって、音が意味を為さないのだ。
「はああああっ!!」
「やああああっ!!」
 三度目の交錯。
 二つに折れたランス。
 キースのひしゃげたライトシールドが空を舞う。
 歯を食い縛るキース。
 技量の差では無い。体格の、ウェイトの差が、騎手の、そして馬体のそれが如実に現れていた。
「こ、これで!」
「最後だっ!!」
 新たなランスを手に、駆け出す二騎。
「うはぁっ!!?」
 天と地が何度も入れ替わった。
 柔らかな土に叩きつけられたキースは、完全に目を回してのびた。
 最初のブーイングは、最早どこにも無かった。
 熱を帯びた人々の声が、二人の騎士の名を叫んでいた。

●椿事
 トーナメント一回戦目、いよいよ最後の試合。
 最早、自分が呼び出される事が判っているイコンと、もう一人の騎士は入場口へ。
 ぎょろりと睨みつける鬼畜の様な恐ろしい目に、イコンはその身を震わせながらも、負けるものかと見返した。
「そんな恐い顔をしても僕は負けません」
「この顔は親譲りだ。ぶっ殺す!」
 地獄に落ちろとばかりに、咽を掻き切る仕草。立てた親指を下へと振った。
「ジ・アースからの天界人!! 紫紺の勇騎!! イコン・シュターライゼン!!」
「ローリーの騎士!! キチーク・リッパー!!」
 どよよと空気が揺れた。
「キチークだ‥‥」
「ドゲスの長子、キチークが何故?」
「あの一族は逃げたのではないのか?」
 人々のその呟きに、見回り中のオルステッドは血相を変えて走った。

「じゃあ、お店の方、頼んだよ」
「ま〜かせて」
 鼻歌混じり、健悟はお盆の上に一品ずつ載せてみる。
「う〜ん‥‥天界の料理、食べて貰えないかなぁ〜?」
「駄目元で行ってみるんでしょ?」
「ははは、まあね」
 一回戦目が終われば、休憩が少しある。その時を狙って、プリシラ姫に近付こうというのだ。当然、ドリンクも忘れない。
「試合が終わって、ほっとケーキ。な〜んちゃって☆」
 ステップも軽やかに貴賓席へと向う。

「ああっ!?」
 負けじと真治も、みちるに声をかける。
「行ってらっしゃいませ、お母様」
「あはは、後で覚えてらっしゃい」
「こわ〜い♪」
 手早く丁度よい焼け具合の数本に塩を振り、皿に盛ってゆっくり歩き出す真治。

「やぁぁぁっ!!」
「うぐっ!!?」
 イコンの一撃を辛うじて受け流したキチークは、よろけながらも真っ直ぐ貴賓席へと馬を走らせた。
 一瞬、ぎょっとする観客達。
「死ね!! 売女!!」
 キチークは懐からナイフを取り出し、プリシラ姫へと投げ付けた。

(「プリシラちゃ〜ん♪ はふっ!?」)
 鼻歌混じり、貴賓席へと通された健悟は、ホップステップと軽やかに。そこでこけた。
「はわわわっ!?」
 宙を舞うジュースにチーズドーナッツにソーセージ、etc。
 それらは総て真っ直ぐにプリシラ姫に。

 ごろん。
 極太ソーセージに突き立ったナイフが、紫色に染まったプリシラ姫のスカートの上に転がった。