ワンド子爵の憂鬱〜井戸掘りドワーフ様

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:7人

冒険期間:08月24日〜08月29日

リプレイ公開日:2006年09月01日

●オープニング

●村作りは井戸掘りから
 重税に苦しむ民の怨嗟の声に、各地での謀叛の噂と、景気の悪い話ばかりが幅を利かせるフオロ分国。しかしここワンド子爵領は、フオロ分国内でも恵まれた数少ない土地の一つである。
 王都からは遠く隔たりながらも、ワンド子爵領と王都とは大河で結ばれているが故に、大河を介しての交易は盛ん。領地の特産品である陶磁器や、森の獣の毛皮は川船で王都に運ばれ、高値で売り買いされる。また森から切り出され、筏に組まれて王都へ運ばれる木材も、ワンド子爵領の大きな収入源だ。
 とはいえ、ワンド子爵領の政治と経済の中心はその西部にある。西部と東部は川で仕切られているが、川より東には未開発の土地が広がっている。
 今、川の東岸の開けた草原に、井戸掘り職人の一行がぞろぞろと姿を見せていた。屈強な熟練工もいれば、見習いに成り立てと思しき若者もいる。
「この辺りに井戸を掘るというのじゃな?」
 胸まで伸びた立派な髭を弄びながら、親方のドワーフが尋ねた。
「左様で御座います。何とぞ宜しくお願い申します」
 恭しく答えるのは、井戸掘り職人の一行をこの地に案内したワンド子爵の家来。ハーゲル・ロンという名の好々爺だ。
「今は草がぼうぼうに伸び、草の下は切り株だらけの土地ではありますが、お殿様はこの地に村を興したいとご所望なされます。何とぞ、良きお計らいの程を」
「うむ。見たところ、この辺りは地の精霊と水の精霊の相性良き土地。井戸を堀りて清浄なる水の恵みを得るに、さほど苦労はせぬじゃろう」
 親方の物腰は貫禄たっぷり。見かけの齢は60歳程だが、ドワーフの寿命は人間の2倍だから、見かけの2倍即ち1世紀以上もの年を生きていることになる。その武骨で節くれ立った手の平はその長き年月の間、来る日も来る日も井戸掘りという重労働を続けてきたのだ。
 土を掘り、掘った穴が崩れぬよう支えの板を張り、さらに土止めのための石をその内側に丹念に張り巡らし、水が湧き出したらその濁りの無くなるまで汲み出し続け、最後の仕上げに井戸の回りを敷石で囲う。井戸掘りは力ばかりではなく、狂いなく石積みを仕上げる腕も要求されるのだ。決して手を抜くことは出来ない。
 そして井戸の水は命を支える水。新たに村を作るならば、真っ先にやるべきは井戸掘りである。たとえ近くを川が流れていようと、その生水は飲料には適さない。飲んでも体に害のない安全な清水を不足なく手に入れるには、井戸に頼らねばならないのだ。
 ドワーフはこのアトランティスの世界において唯一、深い穴を掘ることを許された種族。この世界の人々は、大地の下にカオスの魔物ひしめく『カオス界』があると信じるが故に、深い穴を掘ることをタブーとする。しかしドワーフ達は地の精霊と共感でき、カオス界の入口を開かずに穴を掘ることができると考えられている。そのため、深い井戸を掘ったり、鉱山を掘ったりする仕事はドワーフ達に任されている。
 当然、人々はドワーフの井戸掘り職人に敬意を払う。ハーゲルにしても子どもの頃より、井戸掘りのドワーフを敬うよう、土地の古老から散々言い聞かされてきた。あの頃より長い月日が流れたが、今こうしてドワーフの井戸掘り職人達をお迎えする立場に立っている自分を、ハーゲルは誇らしくも感じている。
「聞こう。そなたは竜と精霊を崇め、その怒りを招く悪しき行いを為さぬと誓うか?」
「誓いましょう」
「そなたは井戸を独り占めせず、民に分け隔てなく水の恵みを与えると誓うか?」
「誓いましょう」
「我等、井戸掘りのドワーフを敬い、これから先も決してその生業を邪魔せぬと誓うか?」
「誓いましょう」
「では、最後にあと一つ。これらの誓いに背いた場合、その償いを果たすと誓うか?」
 4つの問いを発した親方に対し、ハーゲルは神妙な顔で答える。その答を聞き、親方は大いに満足。
「そなたは大地と水の精霊の恵みを得るに相応しき者。なれば、わしらは井戸掘りの準備を始めよう。そして井戸を掘り始めるに当たっては、そなたの主人であるお殿様にも4つの誓いを為して頂こう。これが昔からの我等のしきたりでな」

●国の行く末を憂いて
「そうか。ご苦労であった」
 ハーゲルからの報告を聞き、ワンド子爵は満足した。ドワーフの職人から井戸掘りの了解を取り付けたことで、村作りを始める目処が立ったのだ。
「しかし大変なのはこれからであろうな」
 川の東岸に村を興そうと思い立ったのは、かつてのオーガ饗応依頼にて為された冒険者の助言を汲んでのこと。川の東岸のあの場所はワンド子爵領の町に近いから利便性が良い。領地の西に広がる魔獣の森からは距離があるから、森に住むモンスターに襲われる危険も少ない。
 村には人々の避難所としての意味もある。現在、ワンド子爵領は領地を接する西ルーケイより侵入する賊徒に悩まされている。領民は新しい土地を必要としていた。
 それもさる事ながら、フオロ分国においては謀叛や内乱の噂が絶えない。大きな戦乱が起きれば大量の難民の発生は免れず。その一部はワンド子爵領にも押し寄せよう。その時のための備えを為すに越したことはない。
 しかし村作りには資金も時間もかかる。できれば農地の準備も今年のうちに行いたいが、せめて風雨を凌ぐためのねぐらと、飲み水だけでも早いうちに確保しておきたいと、子爵は思う。
 それにしても気掛かりなのは、交易船の者達が王都から仕入れてくる噂の数々。さる地方領主がエーロン王子の暗殺を企てただの、王都の西の玄関口で相続を巡るごたごたが続いているだの。もっとも王子暗殺を企てた謀反人は王子率いる討伐軍の手で討ち取られ、彼の地の内紛も現在は小康状態にあるとも聞いている。しかし情報が少ない。
「ここは冒険者に聞くのが一番か。井戸の掘り初めの儀は、彼らの話を聞くにまたとない機会であろうな」
 ドワーフの井戸掘り職人達が井戸を掘るに当たっては、まず大地の精霊と水の精霊に感謝を捧げる儀式を行う。この儀式にはワンド子爵当人やハーゲルを始め、領内の町や村からも希望者が参加する。厳かな儀式が済んだ後は、お決まりの宴会だ。歌に踊りに美味しい料理。酒だってふんだんに振る舞う。ドワーフの飲みっぷりは有名だから、酒と見れば喜んで飛びつくだろう。
 もとより宴会を盛り上げるために、そして万が一に備えての護衛として冒険者を呼ぶつもりでいたが、ついでに彼らから王都ウィル近辺の諸事情を聞いておくのも悪くはない。
 そう思い立ったワンド子爵は、冒険者ギルドを通じて次なる依頼を出した。

『ワンドの領主たる我は、新たなる村を興さんとする。この度、井戸堀りのドワーフ職人殿を迎え、土地に新たなる井戸を設ける目算がついたり。これは村を興すための第一歩なり。堀り初めの儀においては冒険者諸氏をその手伝い人および護衛として招き、祝いの席を大いに盛り上げんと欲す。
 また、冒険者諸氏の中で我こそはと思う者は、論客として我が元へ来たれ。我はフオロ家の臣民の一人として、フオロ王家の繁栄を切に願う。王都そして王家を取り巻く諸事情に関して有益なる意見ある者、優れたる献策ある者は、その思う所を忌憚無く述べよ。良策に対しては褒美を以てこれに報いん』

●今回の参加者

 ea0163 夜光蝶 黒妖(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3446 ローシュ・フラーム(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb2638 シャー・クレー(40歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4565 難波 幸助(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb5898 皐月 鈴華(32歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

リース・マナトゥース(ea1390)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ エスメラルダ・ボーウェン(eb2569)/ ブラッグァルド・ドッグ・ブラッド(eb4267)/ 来栖 健吾(eb5539)/ タ・クミ(eb5915)/ ハンマ・ハンマ(eb6074

●リプレイ本文

●掘り初めの儀
 祝いの宴での料理担当となった難波幸助(eb4565)が、ドワーフのローシュ・フラーム(ea3446)に訊ねた。
「ドワーフの好きな食べ物といったら、何でしょうか?」
「酒」
 一言、ぼそっと答えるローシュ。
「ま、あとは〜。土地の者達に訊いた方が良いのではないか? 食事は文化で土地それぞれだからな」
「大概の食材なら、ワンド子爵領の街に寄れば手に入りますよ」
 と、万遍なく仲間から情報を仕入れた信者福袋(eb4064)が言う。
「でも、今回の依頼は穴掘りの手伝いじゃないですよね? なんか穴掘りの手伝いに行きそうな人達がいるんですけど‥‥いいんですかね?」
 穴掘りそうな人達の筆頭と言えば、ジ・アースはイギリス出身のナイト、シャー・クレー(eb2638)。
「今回やることなんてほとんど決まってるじゃん。ドワーフたちと一緒に穴を掘ることだぜ。一緒に汗水流して分かり合えることもある‥‥美しき友情じゃん!」
 一行がワンド子爵領の現場に到着すると、いるいる。ドワーフの井戸掘り職人達が。
「おおっ!? 世界は変わっても、やっぱりドワーフはドワーフじゃん。やつらのあの一本気で男らしい性格は好きだぜ。特にあの顎鬚、あれはたまらないじゃん。同じ顎リストとしてシンパシーを感じずにはいられないぜ」
 ご自慢のしゃくれた顎を撫でながら、ドワーフ達の姿に惚れ惚れした目線を送るシャー。早速、井戸掘りを手伝わせてくれと、ドワーフの親方に頼み込んだ。
「穴掘りを手伝えるならガンガン働くぜ」
「お主、何も知らんのか? 井戸を本格的に掘り始めるのは、掘り初めの儀式が済んだ翌日からじゃ。それに深い穴を掘るのは、昔からドワーフのみに許された仕事と決まっておる」
 ジ・アースはイギリス出身のナイトであるシャーが、この世界の風習に疎いのも無理は無い。
「そうか、そいつは残念。なら、俺は大人しく宴会の準備のほうを進めるじゃん。‥‥ちょっと切ないけど、俺、負けないじゃん」。
 同じくローシュも、ドワーフとは言えどもジ・アース出身。この世界のドワーフ達の仕事っぷりが見られないのは残念ではあったが、現場を見れば既に井戸の囲い石や、井戸の内側に積み上げる石が用意されている。ずしりと重たいその石材の一つを手に取り、しげしげと検分していると、若いドワーフの職人達が遠巻きに自分を見つめているのに気付いた。
「どうした?」
「親爺よぉ、その光る球は何だよ?」
 職人達はローシュの側に漂っている、光を放つ丸い固まりを指さして、気味悪そうに言う。
「ああ、これはわしの連れだ」
 即ち、ローシュのペット。
「連れ? 親爺も妙な物を連れて歩くもんだな」
 そこへ親方がやって来た。
「どうした、何を騒いでおる?」
 親方は光る固まりに目を止める。
「おお、これはメイフェじゃな」
「メイフェって、深い森の中でよく見かける陽の精霊か?」
 若い職人は奇妙そうな顔をして言う。
「お主、メイフェに懐かれたか。珍しい事もあるもんじゃ」
 そして、親方はローシュの手の中の石材に視線を移して言う。
「良い石じゃろう?」
「うむ。大きさも揃っておるし、切り出し方も綺麗だ」
「この地の殿様はなかなかに目が利くお方と見える。よくぞ、腕のいい石工の切った石をお選び為されたものじゃ。ろくでもない石工の手にかかっては、こうもいかん。もっとも、どんなに不細工ではあっても、石は石。一つ一つ見れば可愛いもんじゃ」

 掘り初めの儀に立ち会うワンド領の村人達も次々と現れ、やがて領主のワンド子爵も到着した。 
 先にハーゲルに対して行ったように、ドワーフの親方はワンド子爵に4つの誓いのそれぞれについて問い質す。ワンド子爵は神妙な顔で、その全てに「誓いましょう」と答えた、親方はそれを聞き届けた。
 そして儀式が始まる。
 森の木から切り取ったばかりの、葉のついた2本の枝を親方は両手に持ち、ゆったりした動作でそれを左右に振りながら歩む。
「地の精霊よ、我は大地の安らかなる事を願う。水の精霊よ、我は水の豊かなる事を願う。この土地にて水の恵みを得うる場所は、何処にありきや? 地の精霊と水の精霊よ、其処へ我を導き給え」
 その口から厳かな口調で紡がれる言葉には、あたかも呪文の如き響き。やがて、切り株だらけの草地をゆっくりと歩いていた親方の歩みが、はたと止まった。
「ここじゃな」
 歩みの止まったその場所が、井戸を掘る場所。ドワーフの井戸掘り職人達が集まってその場の草を刈り、親方は精霊への祈りの言葉を唱えつつ、地面に小さな穴を掘る。
「我に教えを授け給い、感謝致す」
 精霊への感謝の印として、穴に酒が注ぎ込まれた。
 続いて職人達は青々と葉を茂らせた枝を材料に使って、穴の上に小さなお社をこしらえた。その中に親方は2つの木彫りの像を安置する。うち1体は地の精霊フィルボルグスの像、これはきこりの姿をした大男。もう1体は水の精霊フィディエルの像で、こちらはほっそりした少女の姿をしている。
 そして親方と職人達はお社の前に勢揃いし、2つの像の前で何度も平伏。
「地の精霊と水の精霊よ、末永くこの井戸をお守り下され」
 厳かに親方が告げる。これで儀式は終わった。
「さあて。お次はいよいよ祝いの宴じゃな」
 親方はにんまりと笑う。その笑顔の見事さといったら。
「何だか‥‥ジャパンにいた頃を‥‥思い出したよ」
 ずっと儀式を見学していた夜光蝶黒妖(ea0163)だったが、ドワーフ達の精霊信仰の儀式には、八百万の神々をお祀りするジャパンのそれに似ていなくもない。
 すると冒険者の一人、ベアルファレス・ジスハートが小さなお社の前に進み出て演説を始める。
「この地に村を築く事が出来るのも、ドワーフの方々の井戸掘りあっての事。十二分に礼を尽くしましょう」
 その言葉に井戸掘り職人達を始め、その場に集った村人達も神妙な顔をして耳を傾けていた。

●シフールのお仕事
「話を聞くなら今のうちが良いぞ。酒が入ってからでは、聞けるものも聞けなくなろうからな」
 と、ローシュが言うので、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は宴の準備が整うまでの間を、雑談がてらの情報収集に費やすことにした。
「宝石を地面の中から掘り出す時も大変じゃろう? カオスの魔物に気をつけながらとなるとな」
 宝石に興味があったので訊ねると、ドワーフの職人は豪快に笑って答える。
「わっはっは! たとえどんなに深く地面を掘り進もうと、心正しきドワーフならば、決してカオスの穴など開けたりはせんものだ!」
「本当か?」
「おう、本当だとも! 現にわしらドワーフは何千年も前から穴を掘って暮らしておるが、代々の教えを正しく守っているお陰で、カオスの穴を開けるような馬鹿者は一人もおらんかったわ!」
 いやに自信たっぷり。
「だが、宝石は地面の中に隠れているとは限らんぞ。河原の石をよくよく探せば、その中に宝石の原石が1つか2つ、混じっていることもあるものだ」
 しふ学校の仕事探しのこともあるので、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)もドワーフの親方に尋ねる。
「例えば、自分だったらテレパシーの魔法なども使って上と下の連絡などが可能ですし、それでなくてもシフールに、伝令やちょっとした道具の持ち運びなどの仕事は出来ないでしょうか?」
「うむ。伝令はシフールの天職じゃろうな。これまで巡って歩いたあちこちの土地でも、伝令として働くシフールは大勢おった。じゃが、一番肝心なのは仕事への熱意と、雇い主への誠意じゃ。途中で仕事を放り出して遊び呆けるような馬鹿者に伝令は勤まらん」
 ふと、親方は思いだしたように言う。
「そう言えばセレの樹上都市では、余所の土地にも増してシフールの伝令達が大切に扱われているという話を耳にしたな。上り下りの多い木の上だけに、シフールは何かと便利で重宝されるということじゃった」
「ところで親方。井戸のことで是非とも話をしたいという方がいます」
 ディアッカは信者福袋を親方に紹介。
「いや〜、最近はルーケイ伯の所でお仕事してるんですが、そろそろ村を復興する頃合になりまして。具体的な話はまだですが、井戸掘りが必要な際にはお力添えを頂きたく思います。よろしくお願い致します」
 福袋は挨拶し、親方も挨拶を返して言う。
「もしも井戸掘りが必要な時には、この近場に住むわしらの兄弟達を訪ね、話を伝えるようにな」
 先にハーゲルから聞いた話だと、ワンド子爵領にはドワーフの集落もあり、そのドワーフ達は鍛冶や粘土掘りで身を立てているとか。井戸掘りのドワーフ達を招くに当たって、最初にハーゲルが話を持ち寄ったのもそのドワーフ達の所であり、その伝を通じて井戸掘りのドワーフ達が招かれたという次第だという。

●お料理とペットで燃え尽きろ
「この宴会こそ、俺の持つ全ての家事技能を生かす時、燃え尽きるまで、料理を行うぜ」
 お得意の家事にかけては難波幸助、ここ一番の腕の振るいどころというわけで。
 野外に設えた即席の竈の火に薪をくべ、持ち込んだ調理器具と食材を使って、鶏肉のハーブ焼きや香草風炙り肉などをこしらえ始めている。香ばしい匂いが辺りに漂い、美味しそうなその匂いに誘われて、どんどん人が集まって来る。
「おっ! 酒だ!」
 ドワーフの若者が早速、調理場の傍らにでんと置かれた酒樽の数々に目をつける。ワンド子爵に頼んで用意して貰った発泡酒だ。
「んじゃ、ちょっくら利き酒を‥‥」
 勝手に酒樽を開けて酒を飲もうとしたのを、黒妖が見咎めた。
「待ちなさい‥‥お行儀の悪い‥‥」
「でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ‥‥」
 ドワーフの若者、未練たらたらで酒樽に執着していたが、そこへ親方がすっ飛んで来て、若者をどつく。
「馬鹿もん! 礼儀を弁えんか!」
「す、すみません、親方」
 すると、離れた草場でも何やら騒ぎが起きている。
「あ! 俺のペットが!」
 連れてきた幼いモアが、好奇心で手を出した村人に腹を立て、追いかけ回している。村人は面白がって逃げ回っているが、怪我でもされたら大変。
「こら! 大人しくしろ!」
 モアに飛びかかり、押さえ込もうとする幸助。1mにしかならないモアだが、暴れるので一苦労。やっとの事で首に縄をつけて大人しくさせたが、幸助も擦り傷だらけ。
「俺‥‥燃え尽きそうだぜ」
 幸助は燃え尽きたが、村人達には受けた。
「こんな変わった鳥、見たこともねぇ」
 そこへ、ワンド子爵の声が響く。
「この度は畏くも、天界の伯爵令嬢たるルリ・テランセラ殿がお目見えになられた」
 ワンド子爵にエスコートされて現れたルリ・テランセラは皆の前で歌を歌い、次いでクリエイトウォーターの魔法も披露。村人達はいたく感激した。

 食事の準備が済むと、幸助はお社の前に作りたての料理と御酒を捧げ、土地の精霊に祈りを捧げる。まるで故郷の地鎮祭のようだと幸助は思った。

●祝いの酒宴
「え〜本日はお日柄も良く‥‥」
 開会の挨拶を始めるや、ドワーフの親方が信者福袋の背中をどんと叩く。
「折角の宴だぞ! もっと元気に行かんか!」
 そして、親方は声を張り上げる。
「さあ、皆の物! 飲め、食え、歌え! 存分に楽しめ!」
 その言葉に皆がどっと歓声を上げる。宴の始まりだ。
「さあ、飲め! さあ、飲め!」
 酌をして回るはずの福袋だったが、回る先々でドワーフ達がどっと酒を勧めてくるので、つい苦笑い。
 勿論、冒険者達も持ち寄った数々の酒を勧めて回る。
「天界のドワーフの国のお酒なんですよ」
「うむ! これは旨い!」
 ディアッカの持ち寄ったジ・アース産の馬乳酒は、あっという間に空になった。
「お次はジャパンのどぶろくなど、いかがですか?」
「うむ! これも旨い!」
 黒妖もどぶろくや紹興酒で酌をする。
「お口に合えば‥‥嬉しいのですが‥‥」
「ううむ! これも旨いぞ!」
 次々と空になっていく酒の瓶。
「どうだい、あんたも1杯」
 ドワーフも黒妖に酒を勧めるが、
「これから芸がありますので‥‥」
 やんわりと断り、演奏担当のケンイチ・ヤマモト(ea0760)に合図。それまで静かに流れていたリュート「バリウス」の音が、にわかに勢いづく。
 目の前には予め地面に打たれた2本の杭と、その間に張り渡されたロープ。黒妖はさっと杭の上によじ登った。
「今から‥‥この綱の上を渡ります‥‥どうかご声援の程を‥‥」
 激しくかき鳴らされるリュートが緊張を高める中、さっとサーコートを脱ぎ捨てる黒妖。生業が軽業師だから、この手の芸はお手の物。バランスを取りつつ綱を渡り、中間でジャンプ、空中で一回転。
「おおおーっ!」
 着地の瞬間、わざと足を滑らせ落ちると見せかけて綱を掴む。
「おおおおーっ!」
 そのままぐるっと綱を掴んだ状態で一回転。その勢いを利用して綱の上に再び戻り、綱の上を渡りきった。
 盛大な拍手喝采。
「続いてはジアースの神聖騎士様が、自慢の歌をご披露頂けるそうです。では、どうぞ!」
 福袋に紹介され、
『父なるタロン神のご加護がこの地にもあらん事を‥‥』
 ラテン語で一言前置きして歌い始めるアルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)。歌もラテン語の賛美歌だが、一曲歌い終わる毎に拍手喝采。ノリはいいけど教会の雰囲気とは違うな〜とか思っていると、ドワーフが酒を勧めてきた。
「さあ、遠慮なく飲むがよい!」
「いえ、私は‥‥」
「いや、遠慮はいらん!」
「私、酔っぱらうと、とんでもない笑い上戸に‥‥」
「何!?」
 一瞬、固まったドワーフだが。すぐに口を開く。
「よおっしゃ! お次はお主の笑い声をたっぷり聞かせてもらおう!」
「‥‥‥‥」
 困ったもんだ。

●皆様目出度く出来上がり
 気がつけば、シャーはドワーフと熱く飲み比べ。ローシュも文化や技術について論じ合うつもりが、いつの間にか飲み比べ。
「まあ皆さん、すっかり出来上がっちゃって」
 この世界に来たばかりの皐月鈴華(eb5898)も、接待だけは心得がある。まめまめしくお酌と給仕をして回っていると、ドワーフの若者が自分に熱い視線を送っているのに気付いた。
「よくみると、あんた可愛いな」
「私、あなたのお好みのタイプですか?」
「んだ。これで髭(ひげ)さえあれば、言うことはねぇ」
「え!? 髭‥‥!?」
 ドワーフは女性でも髭を生やす種族なのだ。
「でも、髭なんて‥‥」
「何言ってるだ? おめぇこそ、そんなつるっつるの顎して、よく風邪引かねぇもんだ」
 まあ、種族の好みはそれぞれというわけで。
「あーはははははははははっ!!」
 突然、響き渡った強烈な笑い声。皆がそちらへ視線を向けると、酔っ払いドワーフに絡まれて大笑いするアルクトゥルスの姿。
「この私にふさふさの髭を生やせだってぇ!? あはははははははは!!」
 酔っぱらうと笑い上戸になるという彼女の言葉は本当だった。