ワンド子爵の憂鬱〜論客よ来たれ

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2006年08月31日

●オープニング

●村作りは井戸掘りから
 重税に苦しむ民の怨嗟の声に、各地での謀叛の噂と、景気の悪い話ばかりが幅を利かせるフオロ分国。しかしここワンド子爵領は、フオロ分国内でも恵まれた数少ない土地の一つである。
 王都からは遠く隔たりながらも、ワンド子爵領と王都とは大河で結ばれているが故に、大河を介しての交易は盛ん。領地の特産品である陶磁器や、森の獣の毛皮は川船で王都に運ばれ、高値で売り買いされる。また森から切り出され、筏に組まれて王都へ運ばれる木材も、ワンド子爵領の大きな収入源だ。
 とはいえ、ワンド子爵領の政治と経済の中心はその西部にある。西部と東部は川で仕切られているが、川より東には未開発の土地が広がっている。
 今、川の東岸の開けた草原に、井戸掘り職人の一行がぞろぞろと姿を見せていた。屈強な熟練工もいれば、見習いに成り立てと思しき若者もいる。
「この辺りに井戸を掘るというのじゃな?」
 胸まで伸びた立派な髭を弄びながら、親方のドワーフが尋ねた。
「左様で御座います。何とぞ宜しくお願い申します」
 恭しく答えるのは、井戸掘り職人の一行をこの地に案内したワンド子爵の家来。ハーゲル・ロンという名の好々爺だ。
「今は草がぼうぼうに伸び、草の下は切り株だらけの土地ではありますが、お殿様はこの地に村を興したいとご所望なされます。何とぞ、良きお計らいの程を」
「うむ。見たところ、この辺りは地の精霊と水の精霊の相性良き土地。井戸を堀りて清浄なる水の恵みを得るに、さほど苦労はせぬじゃろう」
 親方の物腰は貫禄たっぷり。見かけの齢は60歳程だが、ドワーフの寿命は人間の2倍だから、見かけの2倍即ち1世紀以上もの年を生きていることになる。その武骨で節くれ立った手の平はその長き年月の間、来る日も来る日も井戸掘りという重労働を続けてきたのだ。
 土を掘り、掘った穴が崩れぬよう支えの板を張り、さらに土止めのための石をその内側に丹念に張り巡らし、水が湧き出したらその濁りの無くなるまで汲み出し続け、最後の仕上げに井戸の回りを敷石で囲う。井戸掘りは力ばかりではなく、狂いなく石積みを仕上げる腕も要求されるのだ。決して手を抜くことは出来ない。
 そして井戸の水は命を支える水。新たに村を作るならば、真っ先にやるべきは井戸掘りである。たとえ近くを川が流れていようと、その生水は飲料には適さない。飲んでも体に害のない安全な清水を不足なく手に入れるには、井戸に頼らねばならないのだ。
 ドワーフはこのアトランティスの世界において唯一、深い穴を掘ることを許された種族。この世界の人々は、大地の下にカオスの魔物ひしめく『カオス界』があると信じるが故に、深い穴を掘ることをタブーとする。しかしドワーフ達は地の精霊と共感でき、カオス界の入口を開かずに穴を掘ることができると考えられている。そのため、深い井戸を掘ったり、鉱山を掘ったりする仕事はドワーフ達に任されている。
 当然、人々はドワーフの井戸掘り職人に敬意を払う。ハーゲルにしても子どもの頃より、井戸掘りのドワーフを敬うよう、土地の古老から散々言い聞かされてきた。あの頃より長い月日が流れたが、今こうしてドワーフの井戸掘り職人達をお迎えする立場に立っている自分を、ハーゲルは誇らしくも感じている。
「聞こう。そなたは竜と精霊を崇め、その怒りを招く悪しき行いを為さぬと誓うか?」
「誓いましょう」
「そなたは井戸を独り占めせず、民に分け隔てなく水の恵みを与えると誓うか?」
「誓いましょう」
「我等、井戸掘りのドワーフを敬い、これから先も決してその生業を邪魔せぬと誓うか?」
「誓いましょう」
「では、最後にあと一つ。これらの誓いに背いた場合、その償いを果たすと誓うか?」
 4つの問いを発した親方に対し、ハーゲルは神妙な顔で答える。その答を聞き、親方は大いに満足。
「そなたは大地と水の精霊の恵みを得るに相応しき者。なれば、わしらは井戸掘りの準備を始めよう。そして井戸を掘り始めるに当たっては、そなたの主人であるお殿様にも4つの誓いを為して頂こう。これが昔からの我等のしきたりでな」

●国の行く末を憂いて
「そうか。ご苦労であった」
 ハーゲルからの報告を聞き、ワンド子爵は満足した。ドワーフの職人から井戸掘りの了解を取り付けたことで、村作りを始める目処が立ったのだ。
「しかし大変なのはこれからであろうな」
 川の東岸に村を興そうと思い立ったのは、かつてのオーガ饗応依頼にて為された冒険者の助言を汲んでのこと。川の東岸のあの場所はワンド子爵領の町に近いから利便性が良い。領地の西に広がる魔獣の森からは距離があるから、森に住むモンスターに襲われる危険も少ない。
 村には人々の避難所としての意味もある。現在、ワンド子爵領は領地を接する西ルーケイより侵入する賊徒に悩まされている。領民は新しい土地を必要としていた。
 それもさる事ながら、フオロ分国においては謀叛や内乱の噂が絶えない。大きな戦乱が起きれば大量の難民の発生は免れず。その一部はワンド子爵領にも押し寄せよう。その時のための備えを為すに越したことはない。
 しかし村作りには資金も時間もかかる。できれば農地の準備も今年のうちに行いたいが、せめて風雨を凌ぐためのねぐらと、飲み水だけでも早いうちに確保しておきたいと、子爵は思う。
 それにしても気掛かりなのは、交易船の者達が王都から仕入れてくる噂の数々。さる地方領主がエーロン王子の暗殺を企てただの、王都の西の玄関口で相続を巡るごたごたが続いているだの。もっとも王子暗殺を企てた謀反人は王子率いる討伐軍の手で討ち取られ、彼の地の内紛も現在は小康状態にあるとも聞いている。しかし情報が少ない。
「ここは冒険者に聞くのが一番か。井戸の掘り初めの儀は、彼らの話を聞くにまたとない機会であろうな」
 ドワーフの井戸掘り職人達が井戸を掘るに当たっては、まず大地の精霊と水の精霊に感謝を捧げる儀式を行う。この儀式にはワンド子爵当人やハーゲルを始め、領内の町や村からも希望者が参加する。厳かな儀式が済んだ後は、お決まりの宴会だ。歌に踊りに美味しい料理。酒だってふんだんに振る舞う。ドワーフの飲みっぷりは有名だから、酒と見れば喜んで飛びつくだろう。
 もとより宴会を盛り上げるために、そして万が一に備えての護衛として冒険者を呼ぶつもりでいたが、ついでに彼らから王都ウィル近辺の諸事情を聞いておくのも悪くはない。
 そう思い立ったワンド子爵は、冒険者ギルドを通じて次なる依頼を出した。

『ワンドの領主たる我は、新たなる村を興さんとする。この度、井戸堀りのドワーフ職人殿を迎え、土地に新たなる井戸を設ける目算がついたり。これは村を興すための第一歩なり。堀り初めの儀においては冒険者諸氏をその手伝い人および護衛として招き、祝いの席を大いに盛り上げんと欲す。
 また、冒険者諸氏の中で我こそはと思う者は、論客として我が元へ来たれ。我はフオロ家の臣民の一人として、フオロ王家の繁栄を切に願う。王都そして王家を取り巻く諸事情に関して有益なる意見ある者、優れたる献策ある者は、その思う所を忌憚無く述べよ。良策に対しては褒美を以てこれに報いん』

●今回の参加者

 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3336 フェリシア・フェルモイ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4395 エルシード・カペアドール(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●名演説
 井戸の掘り初めの儀。地面に掘られた小さな穴の上に、緑の木の枝を寄せ集めた小さなお社が造られ、水の精霊と土の精霊の像が安置された。
「この地に村を築く事が出来るのもドワーフの方々の井戸掘りあっての事。十二分に礼を尽くしましょう」
 鬼面で素顔を隠した男が朗々と演説するその声に、井戸掘り職人達も、儀式に立ち会う領民達も、神妙な顔をして聞き入る。
 ただ一人、ワンド子爵だけは渋い顔。
「誰だ、あのふてぶてしい男は?」
 付き添う執事が耳打ちする。
「ルーケイ伯が与力の一人であらせられますが」
「まったく、この儂(わし)を差し置いて‥‥」
 外からやって来た人間が、このような場で頼まれもしないのに演説をぶつのは考え物。しかし熱弁を振るうベアルファレス・ジスハート(eb4242)は、子爵の不興を買っていることに気付く様子もなし。
「我等に恵みをもたらす大地の精霊と水の精霊に感謝を!」
 演説が終わると、ワンド子爵がベアルファレスに歩み寄った。
「見事な演説であったな。ルーケイの地に新たな井戸が掘られる時には、この儂も真っ先に馳せ参じ、ルーケイの民を前にして演説を致したいものだ。貴殿が儂の土地でそうしたようにな」
 にこやかな笑みと共に語られるその言葉には、皮肉がたっぷり込められていた。
「栄えあるワンド子爵殿にご足労願い、ルーケイに祝福頂くは真に喜ばしきこと。よしなに願いますぞ」
 血の噴くような応対辞令であった。

●瑠璃姫とウィザード
 天界の伯爵令嬢・瑠璃姫ことルリ・テランセラ(ea5013)が、やって来た冒険者達の中に居たことは、ワンド子爵にとって少なからず驚きだった。
「瑠璃姫殿とは浅からぬ縁。そもそもの馴れ初めは、私が瑠璃姫殿の父君であらせられる辺境伯、アレクス・バルディエ郷の依頼にてその御領地を訪ね、その地にて瑠璃姫に見(まみ)えたことでした」
「ほう。天界の辺境伯のご息女とな」
 紹介者であるイリア・アドミナル(ea2564)の言葉に、ワンド子爵は姿勢を改めてルリを見やった。伯爵令嬢ともなれば、何処へ行っても下へは置かれぬ御身分。他の冒険者よりも格上の扱いを受けて当然なのだ。
 しかし当のルリは、ワンド子爵を前にして気後れした様子を見せている。
「本当は‥‥宴会とかのお手伝いの方がいいと思ってたんですけど‥‥受ける依頼間違えちゃいました‥‥ごめんなさい。‥‥でも‥‥がんばります」
「?」
 そのたどたどしい言葉遣いを聞き、子爵は不思議そうな顔になる。
「それで‥‥この土地の村が盗賊さんに荒らされたって聞きました‥‥。きっといろいろ仕打ちで、辛い怖い思いをしてまだ心に傷があるかも‥‥。できたらるりは、村の人々に笑顔にさせてあげたいなぁ‥‥。辛い過去を忘れる事出来たら嬉しいから‥‥」
「我が領民達にお会いになられますかな?」
「‥‥はい」
 子爵はルリをエスコートして、祝いの宴の場に集まる人々の前へと導いた。
「この度は畏くも、天界の伯爵令嬢たるルリ・テランセラ殿がお目見えになられた」
 その言葉に、人々は畏まって頭を垂れる。大勢の人々の前に立たされ、ルリはドキドキ。
「あの‥‥歌を歌ってもいいですか‥‥?」
「お聞かせ下さい。そのお声を」
 ルリは胸に大きく息を吸い込み、そして歌い始めた。人々の心の癒しになるよう。自然の慈しみ、青い空、気持ちを落ち着かせるそよ風、そしてのんびり幸せに暮らす村人。その優しき情景、その優しき思いを歌に託して。
 澄んだ声が暫し、精霊光に輝く空の下に流れる。
 そして歌い終わった時、大きな拍手がルリを包んだ。
「見事でありました」
 ワンド子爵も恭しくルリに一礼した。
「それと‥‥るりいちよぉ水の精霊魔法のクリエイトウォーター使えるから、お手伝いできないかなぁ‥‥」
「魔法をお使いになると? 宜しければご披露戴けますかな?」
 子爵に求められたルリは、大きな空の器を用意させて貰うと、クリエイトウォーターの呪文を唱えた。器の底からこんこんと水が湧き出し、やがて器の縁からあふれ出る。
「おおっ!」
 見守る人々がどよめく。子爵も目を見張り、再びルリに一礼。
「いや、見事でありました」
 水の満たされた器の周りには人々が集まり、さも大切そうにコップに移しては飲み始めている。
「瑠璃姫様のお水ですたい」
「ありがたや、ありがたや」

●ベーメ卿の謀叛
 野外に設えられた大テーブル。子爵と論客達の為に用意されたその場所には、美味しそうなご馳走と上物の酒が用意されていた。
 一同は席につき、ワンド子爵の乾杯の音頭で杯が打ち鳴らされる。
「では、ここに集いし論客諸氏の意見を伺おう。まずは瑠璃姫殿」
「んっと‥‥提案は‥‥井戸とか水を汲む時‥‥風車とか水車とか自然を利用するものがあったらいいかも‥‥」
 続いてジ・アースのローマに倣った水道橋や、精霊を讃える祭を提案するルリ。ワンド子爵はその言葉全てを聞き届けると、篤く礼を述べた。
 続いてはイリア。ベーメ卿の討伐戦に参戦した彼女は、話しても差し支えないと判断した事のみを伝えた。即ち、ベーメ卿の討伐の折りにサザン卿の所に現れた黒い甲冑の騎士が、ベーメ卿の首を上げた事。北部領主達は一見平穏に見えるが、その裏で黒い甲冑の騎士の姿がちらつく事。そしてベーメ卿の謀叛の背後には、ベーメ卿以外の黒幕がいる可能性が高い事。
「また、北部領主様達を騒がせた山賊達は、西ルーケイに逃げ込んだ可能性が高いと思われます」
「しかし北部領主達の領地から西ルーケイまでは、あまりにも離れすぎてはおらぬか?」
「あくまでも可能性の問題ですが。いずれにせよワンド子爵様の領地は、トルク分国領、王領アーメル、西ルーケイに挟まれ、トルク分国とフォロ家を対立させる謀略に巻き込まれる危険性が大です。狙われるとしたら、王領アーメルとワンド子爵様の領境の境が危険でしょう。そこで王領アーメルの代官様と話し合われ、盗賊達はもとより領民達に良からぬ噂を広める者が居ないか、監視体制を強める事を提案します。また、遊撃的に現れる盗賊を自主的に退治する者を奨励する為の懸賞金制度も」
 さらに、イリアは計画中の開拓村における牧畜の奨励や、教会の司祭を招いてのポーション開発を提案。但し、今のところポーションの作成がこの世界で出来るかどうかは未確認である。その全ての発言が終わると、ワンド子爵は篤く礼を述べ、その後でイリアの耳にこっそり囁いた。
「時に、瑠璃姫殿は随分と風変わりな育ち方をなさり、世間という物を知らぬように見受けられる。悪しき下心をもった輩の近づくかぬよう、貴公のような者が常に姫殿の側におれば良いが」
「ご安心を。姫には既に大いなる護り手が付いています」
 ルリから聞いたスレナスのことを思い浮かべ、イリアは答えた。

●農業開発
 アッシュ・クライン(ea3102)は村づくりのための農業開発について提案。
「この土地が小麦の栽培に適するなら小麦を育て、その他の作物についても同様とすべきであろう。果物類の樹が植えられそうなら、それを育てるのも手だ。ところで子爵殿、この地での養蜂は可能であろうか?」
 しかし子爵はその問いに答えず、『もう良い』とアッシュの発言を手振りで制すると、周りの者達に訊ねた。
「他に当地の農業について意見ある者は?」
 この言葉を受けて、七刻双武(ea3866)が発言する。
「ゴーレムと言う強力な力を手にした事で、国としての力は高まったが、食料の増産等の物資面では大きく向上した訳では無いじゃて。食料を如何に供給出来るかも、大きな力になると思うておる」
「うむ。確かにな」
「この地に到着の折り、この近辺をくまなく散策して調べたが、この地は草と切り株多き土地なれば、地力豊かなる土地と見受ける。なれば小麦の栽培にも、その他の野菜の栽培にも適しておろう。草を刈り、邪魔な切り株を掘り起こし、それらを焼いて灰にすれば肥料ともなろう。また川が近くにあることから、そこから水を引きて田んぼをつくり‥‥」
「はて? 田んぼとな?」
 ワンド子爵には耳慣れぬ言葉。
「稲を育てるために水を張った耕地のことじゃ。‥‥いや、拙者の故郷ジャパンでは米が主食であるが故に。また、一粒の米が稲に育って実らす米の数は、一粒の麦が育って実らす麦の数より遙かに多いのじゃ。よって、田んぼで稲を育てるが如く、力強く大量の小麦が取れる方法が無いか考慮しておる。
 されど小麦の増産とて、資金が無い所では開拓もままならぬ。小麦の増産は国全体を支えなる故、拙者は小麦の増産と、貴重な農地を食い荒らす西ルーケイの盗賊達の討伐を提案致すじゃて」
 続いてレオニール・グリューネバーグ(ea7211)。彼は既にワンド子爵とは面識がある。もっとも、先の悪代官の身辺調査では失敗したが。
「東隣の彼のルーケイの地は長く続く騒乱による荒廃のため、一日にしてその恵みを取り戻すことは出来ない状態であったかと存じます。ですので、交易によって得た富の一部を食料と換え、それをルーケイの地に貸付けるないし交易として売るのは如何でしょうか。食の根を絶やさぬ事は人道に則ります。また交易を通じれば、自ずと交易商人の情報網から情報が得られるもの。彼らの力は侮れません」
「待て、その事なら既に検討済みだ。ルーケイ復興会議に関わった儂だから言うが、小麦の貸し付けについては既に王領南北クィースを支配するアゾラ家が力を入れておる。今はまだ儂の出る幕ではない。して、その後のルーケイの実状はどうなっておる?」
 しかしレオニールはルーケイ関係の依頼に参加しておらず、その実状に通じていない。だからこう答えた。
「手始めに先ず、各地の様々なことを見聞しているであろう、彼のドワーフ職人から噂話などをお聞きしては?」
 この答には、流石に子爵も声を荒げた。
「そんな事はとっくの昔にやっておる! そんな答を聞くために、金を払っておまえを呼んだのではないぞ! 儂にそんな口をきく前に、自分で聞いて参れ!」
 そして子爵は、アッシュと双武の二人を交互に見つめて言う。
「提言は有り難いが、いつ謀叛や内乱が起きても不思議では無い程に、事態は切迫しておるのだ。来るべき大厄に備えて、せめてこの半年か1年のうちに、早急なる準備を為さねばならぬ。儂が知りたいのは、その為の役に立つ意見なのだ。3年先、5年先の悠長な話ではない。しかし‥‥養蜂に田んぼか。これは使えるやも知れぬな」

●カオスの魔物
「カオスの魔物と?」
 フェリシア・フェルモイ(eb3336)の口にしたその言葉に、思わずワンド子爵も身を乗り出しす。
「そう、カオスの魔物です。王都にて暗躍し、とある子供を執拗に狙っておりましたが、今は身を潜めております。先だっての一連の合戦とも関わりがある様子でした。ショアでの怪事件の数々に関わる者もそうではないかと思います」
「待て。カオスの魔物の話には何かと尾鰭が付き、1の話が10にも100にも膨れ易きもの。合戦やショアの怪事件については、確たる証拠も無しにカオスとの関連を疑うべきではなかろう」
 そこでフェリシアは、自分が知るうちで最も確かな話をした。王都で冒険者達が遭遇したカオスの魔物、牢の中の少年を狙わんとした魔猫グリマルキンのことを。
「そうか。そんな魔物が王都に」
 ワンド子爵は深刻な表情で眉根を寄せ、フェリシアは続けた。
「わたくしはドイトレ‥‥カーロン・ケステ様より紹介状を頂き、魔物に関する文献を見る機会を頂いて以来、モンスター研究者を名乗っております。しかし、知識とは学ぶのみならず、役に立てるべき物と思います。
 わたくしの提案は、モンスター図書館の設立です。あちこちで散り散りに保有されている、人々を脅かすモンスターや闇を跳梁するカオスの魔物に関する伝承、体験、知識を集積編纂し対策を立て、国を守る貴族、騎士、騎士扱いの冒険者に閲覧させる場所です。王都にも、魔獣の森を擁するワンド領にも等しく益と思います」
「さて、図書館か。時間のかかる大事業になりそうだな。しかし、今からでも少しずつ始めるに越したことはない。儂も、役に立ちそうな伝を当たってみよう」
 子爵はそう答えた。

●ゴーレムシップ
 ルーケイ伯与力のベアルファレスは改めて、王都の近況を差し障りの無い範囲でワンド子爵に伝える。テロリスト、『黒鳥の君』の暗躍、悪代官等による悪政、北部領主達の不穏な動き、等。
 さらには西ルーケイの現状も。西ルーケイの盗賊『毒蛇団』が捕らえている人質のため、ルーケイ伯は容易く討伐を行えぬことも伝えおく。
「ですが、『毒蛇団』はルーケイ伯が必ずや討ち果たしてくれるでしょう。その時にはぜひ貴公にも協力していただきたい」
「勿論だ」
 続いて、ベアルファレスは傭兵や冒険者からなる護衛団の設立を提案。そして子爵に尋ねた。
「ところで、フオロ分国内で現在領主でない者の内から誰かを領主に就かせるとすれば、どの様な人物が適任でしょう? ワンド卿の知る限りで良いので聞かせていただけまいか?」
 しかし子爵は即答を避ける。
「それは、儂が口を出すべき問題ではない。その手の話は、寧ろ王都の近辺で探りを入れるが良かろう」

 最後の論客はエルシード・カペアドール(eb4395)。先ずはベーメ卿の反乱と、ウィンターフォルセのフューデについての簡単な報告。共に短期間で終息したものの、復興そのものはまだまだ道半ば。どちらも物資不足が復興の足を引っ張っている、とのコメントを添える。
 更に、第二回東方小貴族会議でショアでのゴーレム工房建設が決まり、近くゴーレムシップ建造が盛んになるだろう事を報告。そして、王家調査室に提言したフオロの海外貿易国化路線を、根回しのため子爵にも提言した。
「ショアがフオロ分国の海上貿易の拠点となるなら、ワンド子爵領は大河を使用した内陸貿易の中継拠点。大河と河川用ゴーレムシップを使用してショア・王都・子爵領間の交通をより速やかにできれば、フオロはセレやササンといった内陸国と海外との間の輸出入をも仲介できる立場に立てるでしょう? 巨大な貿易経路の中継点となる子爵領は勿論の事、内外から物資の集積される王都も、一大商業都市として繁栄する可能性があるわ。
 こうした商業振興による税収増を軍事費に転用できれば、現在の民・領主層への経済的負担を大幅に軽減し、不平不満を和らげる事ができるわ。そうなれば、結果的に国内治安も改善に向かうと思うのよね。フオロの経済的利益だけでなく政治的安定の為にも、この試案につき子爵様にも御助力頂けないかな?」
「待て待て。助力といってもな、そう簡単には‥‥」
 そう言いながらも、エルシードに向けるワンド子爵の微笑みは暖かい。

 論客全ての発言が終わると、ワンド子爵はその場に集う全員に礼を述べ、その後でイリアとエルシードの2人だけを残し、彼女達に告げた。
「貴公らの提言に深く感謝致す。これぞ、儂が心より求めていた物。よって、儂はその提言を実現すべく、貴公ら二人への助力を約束しよう。これが、儂から貴公らへの褒美だ」