牛盗人にご用心☆
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■ショートシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月01日〜09月04日
リプレイ公開日:2006年09月04日
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●オープニング
●祭の後は‥‥
皆、その余韻を身にまとい、三々五々と散って行く。
ある者は興奮に掻き立てられ酒場へ向い、またある者はマーカスランドでまた何かないかと。
そして家路を急ぐ者が居る。
自分より遥かに大きな父母に両手を引かれ夕暮れを歩む。それだけで満たされる。
「父ちゃん! 母ちゃん! 俺大きくなったら、マーカスバーガーいっぱいい〜っぱい喰うよ! そして毎日、牛乳飲ませてあげるよ!」
「そうか、それは楽しみだな。なぁ?」
「え? ええ。そうね。本当に楽しみだわ☆」
「えへへ‥‥」
鼻を腕でこすりながら、少年は大きな大きなメス牛の、そして冷たく冷やされ、この世のモノとは思えない程に美味しかった純白の液体の鮮烈な味を思い起こす。そして一緒に食べた肉汁いっぱいのハンバーガーの旨味も。
それらは、おそらくは普通であれば平民の少年には一生縁が無いモノ。
平民の両親にしても、それは同じなのだが‥‥
あれは貴族階級の味。
驚愕と熱狂。
自分を見失ってしまった。
それを知ってしまった。その事が、子供の将来に何か良くない影を射すのではと漠然たる不安に恐れおののく。そんな者も居るだろう。
「ねぇ‥‥」
「何だ?」
帰宅途中の恋人達は、くすぐる様な会話を楽しみ、長い影を揺らめかせる。
その一つに、某出場者とその若妻もまた、ゆっくりと帰宅への道程を楽しんでいた。
「小麦一年分ってどうするつもりだった?」
くすくすと笑う相手にそっと口付けし、答えとする。
「もう☆ でも良く頑張ったぞ」
「すまない‥‥」
「そういうの、なしなし♪ まぁ、もう少しで一年分の焼き菓子を貴方と、生まれて来るこの子にあげられたんだけどな☆ あとお弁当に、ホットケーキ☆」
「はちみつたっぷりの♪」
これ以上に無い極上の笑み。
それ以上に、腕の中で妖精の様に風に溶けてしまうのではと心配になる。そんな想いを胸に押し止める。
「帰ったらお前の手料理が食べたいな‥‥やっぱり、料理は気持ちがこもっていた方が美味しいよ」
「ホント!? うわぁ〜い☆」
その言葉に、妻の笑顔も輝きを増す。それが素直に嬉しく、人目を気にせず、そっと抱き寄せる。そのホンの僅かの瞬間が、確かな手応え。そしてその温もりはするりと余韻を残して離れる。
「久しぶりにすごく楽しかった! 今度は海に行きたいな♪」
微塵の陰りも無い笑顔。それを護る事が己の今ここにある証だと、こそばゆい程の充足感に頬が緩む。
「ああ! 海にも行こうな♪」
(「お前とならば、どこまでだって‥‥そして‥‥」)
熱く。強く。護る。幾つもの言葉が、胸に刻まれていた。それは愛する、という事の。
●祭の翌日は‥‥
空が虹色に染まると共に、ネバーランドに朗々と歌声が響いた。
老人達。彼らは引退した近隣の騎士達なのだが、当然、領地経営の一環として家畜を育てる重要な労働力でもある。乳から作られるチーズや乳、ヨーグルト、それらは貴重な食料であり収入源。手のある者は、一家総出で行うのだ。
そんな老人達が、今日に限って子供達の前で歌を披露しているという訳では無い。
ジャコップ爺さんの丹精込めて育て上げた、牝牛のマルガリータにしばしのお別れとばかりに聴かせているのだ。
腹のそこから脳天に向けて紡がれる、それでいて柔らかな年季の入った歌声は、未だ癒えぬ心の傷を抱えた子供達を、がっちり引き付けずには居られない。
何故なら、その響には、金では買えないモノ、盗むにも盗めないモノ、嘘では得られないモノ、朴訥ながらも純然たる『愛』があった。
顔を覗かせた子供達に、老人達はにこやかに手招きする。
おいでと、物語っている。
一緒に歌おうと微笑んでいる。
そう、今日からマルガリータの世話をし、この歌を聴かせ、乳を搾るのはここに居る子供達の仕事になるのだ。
「ええかの? こうやって両の掌で包むようにしてやるんじゃぞ」
ジャコップ爺さんの大きくてしわしわな掌が、マルガリータの乳房から二つを無造作に掴む。それだけで、下の桶にぴゅっぴゅと純白の乳が噴出して来る。
「うわぁっ!?」
「やってみぃ」
「うん!」
そっと小さな掌で掴む。そしてぎゅっと握るが、何も出ない。
その様子に、ジャコップ爺さんは、穏やかな口調でゆっくりと語りかけた。
「違う違う。ただ握るんじゃない。上の方から下に向けてそっと送り出す様に搾るんじゃ。そうそう。そうそう」
幾度か繰り返すと、ぴゅっと零れ落ちた。
「出た!? 出たよおじいちゃん!」
ワッと湧き上がる子供達。
老人達は一斉に口元に人差し指を。
「そう騒ぐと、マルガがびっくりするじゃろう。牛は大人しい生き物じゃて、あまり驚かさん様にのう」
「ごめんなさい‥‥」
ぶたれるのではと、身をかがめる子。
ただひたすらに謝る子。
その有様に、老人達は歯のそこかしこに無い口で、おおらかな笑い。
「はぁ〜っはっはっはっは。お前さん方は、牛と一緒じゃな」
「ええ、友達になれるじゃろうて」
「牛はの、気持ちを込めりゃ込めただけ、同じ様に返してくれるぞい」
「まぁ、今日は昨日のご挨拶の続きじゃて」
そう口々に言い、老人達はどっこらせと座り込み、子供達と同じくらいの目線になる。
「さて、ええかの? 年寄りの言う事と真に受けんでもええがな、生きとる者はみんな恐い時は恐い」
「悲しい時は悲しい」
「寂しい時は寂しいもんじゃ」
「そして嬉しい時は?」
「嬉しい!」
一人の子供がパッと答える。そして、少し気恥ずかしそうに俯いた。
老人の大きな掌がぽんぽんとその子の頭を撫でた。
「そうじゃ。そうなんじゃ。み〜んな同じなんじゃよ」
そっと目を見開くと、老人の白濁した目が、にこやかに微笑んでいた。
●老人達の帰還
老人達はアガタ村やべネック村へと帰る前に、冒険者ギルドへと寄った。
その時の表情は、子供達の前で見せた屈託のないものでは無い。
既に引退しているとは言え、かつては騎士位にあった者やそれに仕えた者達。
係員を前に、老人達は口を揃えた。
「「「牛盗人を捕まえたいのじゃが」」」
どうやら、近隣の村々にもう何年もの間、牛盗人が出るらしいのだ。
「朝靄の中を、足跡を追うが、村から外れた湿地に入ると、そこでぱたりと行く先が判らなくなるんじゃ。犬も匂いを追いきれん。どうか冒険者に力を貸して欲しい」
「マーカスは、あんたんとこの冒険者なら何とかしてくれると、そう言ったんじゃ!」
「最近、妙に蛙が増えて、あの辺は気味が悪いんじゃがな‥‥」
「蛙の話はええて。問題は牛じゃ」
老人達は口々にこの件について訴えた。
「犯人は判っておるのじゃ。湿地の向こう、霧のたれ込める沼辺に住むグリーン三兄弟の仕業なんじゃが、居なくなった牛が見つからんのじゃ。証拠が無い事には、奴等に手が出せん」
「もう何年も連中には近隣の村々が苦しめられて来たが、天界人とは苦しんでる者を救ってくれる存在なんじゃろう?」
ジャコップ爺さんは咳払い一つ。
「どうか、湿地で消えちまう牛の謎を解いて、ワシ等を助けて貰えんだろうか?」
●リプレイ本文
●道程の道すがら
冒険者の出迎えに、ジャコップ老人がそれは見事な馬に乗ってやって来ていた。
「これで全員ですな。では参りましょうか」
「案内を宜しく頼む。ついでに牛が消えた状況を話して聞かせてくれないか?」
挨拶がてらリュウガ・ダグラス(ea2578)がそう申し出ると、老人はにこやかに頷き、馬首を巡らせた。
「では、道すがらお話させて戴きますじゃ」
東の門を出、農村を進むこと数刻、道は緩やかな丘陵地へと続く。
徒歩の者もいる為、ゆっくりとした道程だ。
深緑の大地。草木の息吹満ちた風。滴る清水は岩を洗い、陽光を撥ねてキラキラと輝いていた。
毎日咽を鍛えているだけあり、良く通る声でジャコップ老人は語った。
「牛盗人が出るのは、この界隈で数ヶ月に1回ぐらいじゃが、こう何年も続くと馬鹿にならんのじゃ。牛一頭、一つの家にとっては大きな損失じゃ。
おぬしらの故郷でも、山羊と牛や馬の一匹は大きく違うじゃろう?」
「それは判っているのですが‥‥」
セブンリーグブーツで軽やかに歩むシュバルツ・バルト(eb4155)は、数歩先を行き、くるりと振り向いては、
馬上のジャコップ老人の皺でくしゃくしゃの顔を見上げた。
「盗まれる時の状況を先ずお聞きして宜しいでしょうか?」
「うむ。大概、夜寝静まった頃に忍び込み、カギを開け、閂を外し、牛を一頭だけ盗んで行くんじゃ。
じゃが不思議な事に、犬や家畜はそんなに騒がんのじゃ。それで明け方まで、盗まれた事に気付かんでな。
明け方に騒ぎとなり犬に後を追わせるのじゃが、決まって湿地で足跡が消える。
その向こうの沼地に所領を持つグリーン家が怪しいと、誰もが思うのじゃが、証拠が無い」
もう何度も誰かに話をしているのだろう。滑らかに口からこぼれ出る言葉。
「では、姿を確認した訳では無いのですね?」
「うむ‥‥当然、深夜にも巡回をするのだがな‥‥そういう時にはなかなか出くわさんのだ」
シュバルツの質問に、苦虫を噛み潰した様な険しい顔で答えるジャコップ老人。
「敵もさるものですね‥‥」
考え込むシュバルツ。
その様子を馬上から眺めつつ、アリオス・エルスリード(ea0439)は馬首を並べ、老人の左の横顔へ目線を移した。
(「牛泥棒と、牛の消える湿地か‥‥牛のような大型の動物を無理に連れ去るのも、その痕跡を全て消すのも難しいはずだが‥‥さて‥‥
霧が出ることと、湿地であることを利用しているのだと思うが‥‥」)
「ふむ‥‥」
シルバー・ストーム(ea3651)も、アリオスと同様に馬を並べ、無表情に目の前に広がる丘陵地を眺めた。
「そろそろ隣のアガタ村じゃて」
アリオスやシルバーの反対側に馬を付けていた深螺藤咲(ea8218)と、ロバにちょこんと跨るエルマ・リジア(ea9311)の二人は互いに目線を交わし、
一瞬躊躇し、次にはほぼ同時に口を開いていた。
「「あ、あの‥‥」」
「あ‥‥」
「ど、どうぞ‥‥」
「そちらこそお先にどうぞ‥‥」
ちょっぴり頬を赤らめ互いに譲り合う二人に、可笑しそうに老人は目を細めた。
「何かな? お嬢さん方」
「あ、あの‥‥」
「では、私から☆」
ひょいと手を挙げる藤咲。照れ隠しににっぱりと笑いかけた。
「気になるのが、盗まれる時間と、牛を連れて沼地に行く場合にかかる時間なんです」
「あ‥‥私もそれを‥‥」
エルマも思わずクスクスと笑い返した。
そんな可愛らしい雰囲気に、老人も流石に鼻の下を伸ばし、にこやかに頷いた。
「うむうむ‥‥犬が騒げば、大体頃合が判るのじゃが、牛盗人はどうしてか犬に騒がれんのじゃ。
大体一月に一回の被害じゃが、周辺の村に分散しているからのう、まちまちじゃて。じゃが、どうしてか、必ずと言って良い程にあの湿地に逃げ込む。
そしてその湿地に面する沼を挟んだグリーン家でも牛が盗まれていると言うのじゃが、それは嘘じゃ」
「どうして、嘘と判るんですか?」
あまりにも断定的に決め付ける口調に、エルマはびっくりしてしまい、思わず問い返してしまった。これには、皆もそこそこに同じ疑問を覚えた。
「誰も盗まれた牛を探しているグリーン家の者を見た者はおらん。他所の村に、被害を訴えて捜索の協力を頼み出た事など一度も無いんじゃ。
他の村はみ〜んなやられてると判ってからは、情報を交換しとるんじゃがな、グリーン家からは一言も無しじゃ」
「成る程、納得ですね。牛といえば大切な家畜。丹精こめた家畜を盗むとは、許せませんね
」
エルマは胸の内にあった想いを新たに口にし、きゅっと手綱を握る手を握り締めた。
●作戦開始! の前の腹ごしらえ☆
丘陵に麦の穂が風に揺れるアガタ村を通り、更に隣のベネック村へ。
王都を出立してから、ほんの数刻で到着。まだ昼前だ。
この界隈の村々は、当然王領であり、この近住の家々は当然フォロ家に仕える騎士の家柄である。
ジャコップ老人は引退し、家督を子に譲った騎士なのだ。
「では、犯人確保の為に牛を一頭、お借りしたいのですが」
到着してから開口一番、額の汗を拭き拭き、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)はジャコップ老人に申し出た。
「それは構わんのじゃが、一先ず腹ごしらえをせんかね? 腰を落ち着かせ、作戦会議じゃ。お〜い!!」
びっくりする程の大声に、家人が飛び出し、他の館からもぞろぞろと村人達が顔を出す。
「おお、彼らに何か食べ物と飲み物を頼めんかね?」
声を掛けられたでっぷりと太った男も、更に輪を掛けてでかい声。
「お早いお帰りで〜、大旦那様ぁ〜!! わっかりましたぁ〜!! 早速にぃ〜!! お〜い!!」
すると、手に手に素焼きのビンやら、大きなパンに大きなチーズを抱え持った、真っ赤なほっぺたのおばさんや娘さんがワッと集まって来た。
「こ、これはちょっとしたお祭騒ぎだ」
苦笑しながらも、その勢いに頬を緩めるニルナ。歓迎を受けている他の仲間を見やった。
「これは他の村人達から、話を聞きだすのも早いというものですね」
藤咲やエルマとも目線が合い、何か言いたそうな顔をするのだが、この人の波にもまれる様に、馬上から姿を消した。
濃厚に熟成されたチーズに、ヨーグルト。
一息、その香りを吸い込めば、鼻腔一杯にその独特の香りが広がり、くらくらする程の食欲を覚えた。
皿代わりに切り出された固焼きのパンには、バターがたっぷり塗られ、透ける様な赤みの生ハムがどっさりと乗せられた。
さらに回って来た瑞々しいクレソンは、採って来たばかりなのだろう。
そのぷっくりと膨らんだ肉厚の葉はひんやりとしていて、手摘みの部分からは茎の繊維が元気に四方八方へと飛び出していた。
そして、素焼きのカップには、なみなみと白い乳が注がれ、やたら泡立っている。搾り立ての証だ。
「流石にこの辺は王都へ食料を供給しているだけの事はある」
ぼそりと呟き、リュウガは生ハムを一つまみ。塩とハーブで寝かせたのだろう。
「が、余程のご馳走なのだろうよ」
ご相伴に預る子供達の目は、キラキラと輝いて、目の前に置かれたモノに集中している。
内心、軽く舌打ちし、シルバーはそれらを眺めた。予定が狂う。
●湿地調査!
囮作戦を行う前提として、湿地の調査は必要不可欠である。
「三つ子とはね‥‥」
グリーン三兄弟の外観をジャコップ老人から聞いた藤咲は、う〜んと唸りながら例の湿地へと向っていた。
同道するのは、被害のあった他の村人からも話を聞き込んでいるシュバルツ以外の5名。
来た方向とは反対の、王都からさらに離れる方向。
丘陵を下る形になり、段々と空気の湿り具合が、そのもやの様な霧と共に増してくる。
「こ〜んな顔をした三人じゃよ。見れば判る!」
そう言って、ジャコップ爺さんは空中に楕円形の瓜の様な緩やかな顔を描いて見せた。
徐々に虫の音や、蛙の鳴き声が増して来る。そしてそれは異様な程の大合唱に。
「くっ‥‥こう、水気が多いと‥‥」
舌打ちするアリオス。じゅぶり。ブーツを履いて無い者は、泥水やらそこに生きる沼ヒル等の生き物が入り込み、かなり閉口する。
地面は水気を帯びゆるくなり、植生も変わって来ていた。
「この一帯がくぼ地なのだろうな」
アリオスの言葉に、シルバーは静かに頷いた。
「凄い虫‥‥」
手で顔に掛かる羽虫を追い払うニルナ。
水の精霊力が強くなり、さわさわと語りかけて来る様で、逆にエルマはご機嫌だ。
そこでシルバーが一行の足を止めさせた。
「どうした?」
リュウガの問い掛けに答える事無くシルバーはしゃがみ込み、その辺に生えている草を手にした。ぴょこんぴょこんと逃げて行く青蛙やイボイボの蛙。
「この草の汁は虫除けになる‥‥こっちのは乾燥させて燻せば、眠気を誘う‥‥かもな‥‥」
シルバーはジ・アースのそれと似ているモノを幾つか発見した。
無造作に差し出す数種類の草からは、もの凄くキツイ匂いが立ち昇っていた。
「う‥‥」
ちょっと近付いただけで目を寄せ、顔色を青ざめるニルナ。
「それって!?」
ポンと手を打つ藤咲は、そっと顔を近付けて、うぇっと気持ち悪そうに顔を崩した。
「もしかして‥‥」
シルバーの傍らにちょこんと座り込むエルマは、尻尾をふりふり膝元に擦り寄って来るボーダーコリーのグラーディアの頭を
左腕で抱え込む様に撫でながら、別の株に手を伸ばした。
「もしかして‥‥グリーン三兄弟は、この湿地に生えている植物の効用に詳しいのかも‥‥」
黙って頷くシルバー。銀の髪が、静かに揺れる。
「そう言えば、猟師連中もそういうのに詳しかったな‥‥」
神聖騎士であるリュウガにも、そういった付き合いから学ぶ事もある。
「その土地その土地で生きる者にとっては、当然の事だな」
その言葉を受け、レンジャーであるアリオスは、至極当然とばかりに頷いた。
「この草を風上で焚くと、犬や牛も大人しくなるかしら?」
エルマの問いに、シルバーは静かに首を左右に振った。
(「可能性があるというだけです」)
シルバーは寡黙。
「他のモノを使っているかも知れない。また、色々混ぜて使っているかも知れないって事?」
エリザの問いに、シルバーは表情を見せずにただ頷いて答えた。
「でも、この匂いの前には、どんな名犬も鼻をやられるわ‥‥」
青ざめた藤咲は、すごく具合が悪そうに見えた。
その時になって、アリオスは表情を硬くし、人差し指を口元へ立てて見せた。
(「どうした?」)
ジェスチャーで問い掛けるシルバーに、アリオスは指で指示。近くの草むらに何者かの潜む気配を感じた事を教え、徐に矢を番えた。
皆、姿勢を低くし、手に手に武装を構え、魔法を使うものは詠唱の仕度を整えた。
一際鳴り響く蛙の合唱が、唐突にピタリと止む。
「何者っ!?」
鋭く誰何するアリオス。
そこで全員の背筋を凍らせる出来事が起こる。
気が付くと、全員を見張る様にぐるりと蛙の群が、それは数百匹はいるだろうか、鳴く事も無くただただじっとこちらの様子を窺っているのだ。何だこのやろうとばかりに見つめる黒目の群れ。
ウ〜ワンワン!! 唐突に吼えるリュウガのリオンとエルマのグラーティア。
ワッと一斉に跳ねる無数の蛙は、まるで黒い雨の様。そこに二匹が飛び込んだ。
声なき声が悲鳴となった。
「やめるで御座る!!」
アリオスが放った矢は、狙い違わず飛び出した影を射抜く。
どろんという煙。そしてゴトリ。そこには木の切り株が転がった。
「こ、これはっ!?」
「忍者!?」
藤咲がそう叫び、たたらを踏むと、それとは真逆の方向から返答が返った。
「イカサマ左様!!」
どろんという煙と共に、大ガマに乗った黒ずくめの‥‥河童が現れた。
「我等の安住の地を脅かす悪党ども!! 覚悟するが良いで御座る!!」
「なんだ。雷さんじゃないですか」
「へ?」
一歩進み出たシルバーは、この状況にも関わらず微塵も表情を崩す事無く、平然と河童とそれが乗る大ガマへと歩み寄った。
「ちょうど良いです。力を貸して下さい。貴方にはそれを返す義務がある筈ですよ」
「へ?」
黄色い嘴の奥から、合わせて二度、間の抜けた返答が帰って来た。
●沼の秘密
ジ・アースからの天界人、伊賀忍者、不動衆の『四破』の雷に話を聞くと、霧が途切れぬこの沼地に幾つか小島があると言う。
「それでで御座る。時々、誰かがそこへ牛を連れて泳いで渡るので御座る。
拙者、こちらの世界では化け物呼ばわりされる面体ゆえ、話し掛けはせなんだが、こ〜んな独特な顔をした連中で御座った」
「それは、こんな感じ!?」
慌てて藤咲は空中に瓜の様な緩やかな顔を描いて見せると、雷も頷いて同じ様に描いて見せる。
「こんな感じで御座った」
頷く雷に、ポンと片膝を叩く藤咲。
「やったね! これで連中にぐうの音も出させないわ!」
「やりましたね☆」
「わ〜い☆」
藤咲の手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねるエリザとエルマ。
「あの〜‥‥」
皆の様に不思議そうに正座して見上げる河童忍者くん。
「それで、何がどうなってるので御座ろうか?」
雷の案内でそれぞれの手段でその小島に渡ると、人に踏み固められた道が中央の岩場へ続き、濃密な霧を掻き分ける様にして進むと、
グリーン家の隠し洞穴を見つけた。
その奥には、解体された牛の骨が散乱し、肉の塊や腸詰が幾つも吊るされていた。
「どうやら貯蔵庫も兼ねているみたいだな」
一つ一つを手に取り、その出来栄えを眺めるリュウガ。
すると、足元のリオンがピクリと動き、低く唸り声を上げ始める。
即座に目配せし物陰に隠れると、何も知らぬ男が三名、まったく同じ顔のグリーン家の騎士が下卑た笑い声を響かせ入って来る。
(「さーて、どうしましょうか?」)
ライトニングスピアを手に、ほくそえむニルナ。
その背後ではアリオスが矢をそっと番え、リュウガもリオンの口元に手を置き、鎮めてから己の剣の鯉口をそっと切った。
エルマはいつでもアイスコフィンをかけられる様にグラーティアをなだめながら身構え、藤咲もその虫殺しのメイスを、そしてシルバーはその暗さからスクロールは諦め、数歩後ろに下がった。天井に張り付いた雷は、事の成り行きを見守っている。
「笑うのは其処までにして貰います!」
「誰だ!? どうしてここが分かったんだ!?」
「牛泥棒をするだなんて赦せません。聖騎士として成敗しますっ!」
「何処にそんな証拠が‥‥ッ!」
騎士の一人がそう言うと、ニルナは指をパチンと鳴らす。すると雷がストリと降りてきて前に立つ。
「彼が立派な証人です。さぁ、覚悟して貰いますよ?」
そして一気に制圧した!
●囮作戦!
一頭の牛を、縄で適当な岩場に繋ぎ、それを見張る。
「おっかしいわね‥‥みんなどこまで行ってるのかしら?」
眉間に皺を寄せ、シュバルツは呼び寄せた手伝いと二人して何時間も隠れて待った。
「おっかしいわね‥‥あら?」
そこで湿地の方から、ぞろぞろと帰還する一行を見た。