●リプレイ本文
●ショア港はいつも大賑わい☆
王都の東門を出たフロートチャリオットの一隊が、ショア港に辿り着いたのは二日目の午前中。
港には異国の船が何隻も横付けし、珍しい紋章の旗が幾つも陸風にたなびいていた。
が、一行の目を引き付けたのは、街の門をくぐる前から城壁の向こうから覗き見える真紅の船体。
「「あ、あれは!?」」
声を合わせて驚き、それから時雨蒼威(eb4097)とリール・アルシャス(eb4402)互いの顔を見合わせた。
「「レッドインパルス号だ!?」」
「どうして?」
「う〜む、領地まで乗せて貰えないだろうか‥‥」
蒼威は、そう言って城壁の向こうを遠く眺めた。己の領地から一ヶ月も離れると、どうなっている事かと気になる。
そんな動揺を気にするでもなく、シャルグ・ザーン(ea0827)は薄目を開け、そして閉じた。
そのまま街に入ると、チャリオットは人ごみの中をゆっくりと城門へ向う。
王都とショアを結ぶフロートチャリオットによる定期便。
これまでなら、ショア城の内門前で停車する所が、外門をくぐった虎口、つまり門をくぐって直の小さな袋状の広場。城門を破られた時に、一旦敵を袋状の虎口でその勢いを殺し、四方八方から矢を射掛ける為の場所である。
ここから左にダミーの回廊が、そして右に進むと造船ドックのある城内の港へと出る事になる。
ギシリ。
2台のチャリオットから降り立つ6人の冒険者。
そこには既にミミナー商会からの出迎えが待機していた。
「お待ちしておりました、冒険者の皆様☆」
小走りに駆け寄り、声を弾ませぺこりお辞儀したのは、金髪の美女。青い瞳を輝かせ、笑いかけて来た。
「お久し振りです! トリア様! リール様!」
「ああ、マリンちゃん♪」
ぽろろ〜ん。にこやかにトリア・サテッレウス(ea1716)が挨拶代わりの一鳴らし。
「元気にしていましたか? 商会の仕事は厳しくありません?」
「はい、大丈夫です! あれからセトタ文字や算術も随分、覚えたんですよ」
照れくさそうにペロリと舌を出すマリン。
そんな少女らしさの抜けぬ仕草に、目を細めるトリア。内心、陰りの無いマリンの笑みにほっと胸を撫で下ろした。
それとは別の事に驚いたリールは、思わずマリンの腕を引き寄せた。
「それは凄い! もしかして、全部の文字を覚えたのか!?」
「えっと‥‥一応交易に必要な単語は一通りです、リール様。やっぱり、必要な事って覚えるのは早いものですね」
「そ、そんな簡単に?」
えへへと苦笑いするマリンに、それ以上の質問をしようと想ったが、視界の隅に巨漢の男を認め、リールは口を噤んだ。
アトランティス世界で平民が文字や算術を覚えるとすれば、商家や建築等職工関係の徒弟になりそこで教わる道しか先ず無い。大概の仕事では、覚える必要が無いのだ。その時間があるならば仕事をする。そして日が落ちると共に寝るのだ。
マリンはミミナー商会に買い取られた事で、その日の仕事が一段落した後の就寝、つまりは日没までの僅かの時間、ナガオや店の先輩から文字の読み書きや、算術を教わる事が出来た。それはここでは、とても希有な事なのだ。
自由を失ったが、得たモノはあった。
(「この娘がマリン‥‥登志樹の話とちが〜う!」)
マリンの服装は麻で出来た動き易そうなシャツとスカートだった。話に聞いた、妖しげなメイド服などでは無かった。
スクネ・ノワール(eb4302)はぷうと頬を膨らませ、マリンの事をじ〜っと睨む様に見つめた。
そして、ハッと息を呑む。
(「まさかまさか、登志樹の奴、この娘に‥‥まさかまさか、この娘も登志樹の事を!? 確かめちゃくっちゃ! 他の人が居ない所で確かめなくっちゃ!」)
ぐっと拳を握るスクネ。
その気配に変な顔をするマリンだが、それを遮る様に巨躯の男が、と言ってもシャルグにしてみれば拳一つか二つ程小柄な人間に過ぎないが、辮髪を結い、厳めしい顔付きの男が、丸太の様な太い腕を組み、その三白眼で一同をじろりと見据えた。
「さっさト行くヨロシ。旦那様、待ってるネ」
その余りの威圧感に、冷水を浴びせれらた様に、サッと血の気の引くスクネ。
シャルグはやれやれと言った風情で自分の荷を手にする。
「カー様‥‥スクネ・ノワール様ですよね?」
脅かす様な口調をたしなめる様に、マリンは巨漢のカーの腕に手を置き、スクネにニコリと声をかけた。
「は、はい‥‥」
「宜しくお願いしますね! えっと、シャルグ・ザーン様! 警備担当の?」
「うむ‥‥」
短い返答で歩み出、カーへと一瞥を投げかける。
「う〜む‥‥」
微動だにせぬカー。シャルグはこの男に底知れぬ何かを感じずには居られなかった。底の浅い者ならば、巨漢の己を前に、容易に動揺の色を見せるが、この男は違う。涼風が吹いたかの様に、まるで気にせぬ風情。そして、何か薄暗い空気を身にまとう、そんな気配がした。
「それと、たこ焼き屋のお手伝いをして下さる‥‥」
「ど〜も〜、天界人の来栖健吾(eb5539)だ。そーいや、天界人で子連れで屋台のタコ焼き屋をしてる女性が居るって噂を聞いたけど、その人も居るのかな?」
「あ〜、それは紀子さんの事ですね。健吾様はそれで?」
「いや、そういう訳じゃないよ。久し振りにたこ焼きを焼いてみるのも良いかなってね」
にっこりと微笑み、健吾はピンとマイ木串を取り出して見せた。
「それは?」
「たこ焼き用のプレートを傷付けない様にってね☆」
「そうですか。頑張って下さいね、健吾様。では、後は時雨蒼威様」
「ああ‥‥」
赤い船体の見えていた方を眺めていた蒼威は、己の名を呼ばれて向き直った。
「蒼威様は、シャルグ様やトリア様、リール様とご一緒に、警備担当という事で宜しいですね?」
無言で頷く蒼威。
「では、皆様。一度、私どもの商会に来て戴き、それから各担当の者と面合わせをして戴きます。宜しいでしょうか?」
「ああ、ちょっとその前に、ショア伯様にご挨拶して来たいのだが、時間はあるかな?」
蒼威の申し出に、少し困った顔でカーを見るマリン。そしてカーは小さく頷いた。
「行くイイ。但し、先、行ってルヨ」
「あの、店に着き次第、代わりの者を迎えにここまで寄越しますので」
「助かる」
蒼威はそう一言告げて、踵を返す。そしてそこで立ち止まる。
目の前を、みすぼらしい猫が一匹、欠伸をする様に口を広げながらテコテコと歩いて行く。それをじっと目線で追う。そんな蒼威の脇をガッシと掴む者が居た。
「では、我々は伯爵様にごあんな〜い♪ を願い出て来ます。皆様、お先にどうぞ! マリンちゃん、まったねぇ〜♪」
「は〜い!」
「おい‥‥」
「待って下さい、私も!」
そう言ってぐいぐい引っ張るトリアに、引きずられて行く蒼威。それをリールもおっとり刀で続く。
「まぁ、仲が宜しい事」
コロコロと笑うスクネとマリン。
「ねぇ」
「ホントに‥‥!?」
ハッとして、思わずスクネはそっぽを向いた。
(「待って‥‥もしかして、チャンス?」)
そして、満面の作り笑いを浮かべ、スクネはマリンへと向き直った。きょとんとするマリン。
「スクネ様?」
「ちょっと、宜しいかしら? 女同士で、どうしてもお訊ねしておかなければならない事がありますの‥‥」
「なんでしょうか‥‥?」
ひそひそ声になるスクネ。そしてマリンも引きずられて小声になる。
かくして五人は街の中へと、三人は城の方へと歩き出すのであった。
●天界で作られたソース
ミミナー商会へ向う一行は、港に停泊する船舶の横をてくてくと歩いた。
シャルグは特に誰と語る事無く、街行く人々の風情を眺める。港町には独特の空気がある。かぎなれぬ不思議な香。様々な国の人々がそれぞれの国の衣裳を纏い、異国訛りの言葉がエネルギッシュに飛び交う。
船付き人足達はまるで喧嘩でもしてるかの様に、がなり合いながら小走りで荷を運び、ところどころで本気の喧嘩が繰り広げられている。それも日常茶飯事らしく、誰も珍しがる様子も無い。
「へぇ〜、天界人のマイケルさん?」
「うん‥‥大勢に取り囲まれた時、白い光と共に現れ、庇ってくれたの。それって、凄く無い?」
「いいなぁ〜、私もそんな事して欲〜し〜い〜い〜♪」
きゃ〜♪ と盛り上がる二人。でも、マリンはふと表情を曇らせる。
「でも、結局、その人には迷惑だったみたいで‥‥」
「え〜、そんな‥‥告白はしなかったのですの!?」
「‥‥ふられちゃったの‥‥」
くるり、軽やかなステップを踏むと、照れ隠しに笑顔を作る。
スクネはぎゅっと掌を握り、そんなマリンを眺め、口に出し掛けた言葉を飲み込んだ。
「まぁ、そんな殿方の事はさっさと忘れなさいな! マリンさんは綺麗だから、きっとすぐに素敵な方が見つかりますわ」
「ありがとうございます。でも、今は仕事を覚えるのが面白いから」
「そう、安心しましたわ」
色々な意味で胸を撫で下ろしたスクネは、胸に芽生えた重いものが掻き消えて、気持ちがかなり軽くなった。
そんな女同士の秘密の話が終わる頃、一行は港の一角に陣取るたこやき屋台の前に立ち止まった。
「こ、これは、屋台そのまま落ちて来たのか!?」
衝撃を覚える健吾。
そしてそこから流れ来る香ばしくも甘い香りにも。
「やあ、マリンちゃんにカーさん。するってぇと、差し詰めそこのお三方は、冒険者のご一行様って訳かな? 随分少ないね」
額に汗してカラカラと笑う、グラマラスな20代前半の女性。鬼島紀子は、背中に二人の赤ん坊を背負いながらも、器用にぷっくりと膨らんだたこ焼きをころころ回して見せた。
健吾が注目したのは、そのソース。
「そ、そのソースはどうやって手に入れているんですか!? 地球からの持込ですか!? それとも自家製で!?」
「おっと、いきなりだねぇ〜♪」
すると、横合いから商人らしき身なりの男が、注文を入れる。
「ちょっと待ってな☆ ほいほいほいほいっと♪」
木を紙の様に薄く切ったモノで船を組み、それにぷっくり大きなたこ焼きを乗せて行く。そして、その上にソースをさっと一塗り。自家製マヨネーズで斜めに格子を描き、乾燥して粉にした海藻の様な物をさっとかける。そして楊枝を刺して完成だ。
「はい3マンGだよ! 毎度〜☆」
威勢の良い、弾む様な声。
1個30Cだが、10個買うと2個サービスで3Gだ。
チャリンとまたも金貨が売上に加算された。
それから健吾に向き直る紀子。野性味のある目線が、健吾をじろじろ見やる。
「どうやら、手伝いに入ってくれるってぇのは、あんたみたいだね? 結構、イイ男じゃん☆」
機嫌良さそうに微笑む紀子。健吾は内心ほっとするが、そこでぴしゃりと一言。
「ああ、持ち込んだ営業用のオタフクでね。残念ながらこれっきりなんだ。贅沢な使い方は出来ない。いずれマヨネーズソースだけになっちまうだろうね」
「一つ、戴けますか?」
「おう、毎度〜♪」
そう言って、一個を差し出す。そして、懐に手を差し込む健吾に笑いかけた。
「ははは、こいつはサービスだ。手伝ってくれんなら、味を知って貰わなくちゃな」
「どうも‥‥」
差し出された一個のたこ焼き。一口で食べるには、少し大きい。
「トマトが手に入れば、もう一味酸味が違うんだけどねぇ〜」
健吾は湯気の立ち昇るその一品を、パクッ!
「ほふほふほふっ」
(「おぉ〜‥‥表面はカリッと中はトロッと、そしてタコがプリリッと!」)
仄かな甘味と潮の香り。懐かしい食感につうっと頬を涙が流れ落ちた。
(「ぬおっ!?」)
「こ、この男、泣いておる?」
シャルグはじっとこの人間の若者を見やり、それから海へと目線をやった。
青臭い感傷等では無い。
見てやらぬのも、また‥‥。
その視界の端、幾つもの波紋を作り、波間に何かが跳ねた。
「じゃあ、私はしょうゆに、NEGIがあったらそれもかけて貰おうかしら」
スクネは知り合いの天界人、伊藤登志樹から教えられた受け売りの知識でそう言った。醤油は福袋アイテムの奴を見せて貰ったことはあるが、ネギは見たこともない。好奇心わくわくである。
「今、しょうゆもネギも無いよ。しょうゆは大豆から作るってことしか判らないからねぇ〜。ネギはこの世界にあるのかな?」
「あ〜ら♪」
ちゃっかり試食を試みるスクネは、仕込まれた知識を試してみたが、事情が事情で空振りに終わった。でも、初めて食べた『TAKOYAKI』は、外は油でカリカリに、中はとろっとアツアツ、そしてタコはプリリッと! そして特製ソースが!
(「ほぁ〜、これが『TAKOYAKI』〜☆!?」)
●ゴーレム工房を外から眺め
三人はそのまま、造船ドック前を通された。
建材置き場の向こう、ゴーレム工房の施設らしき建物へ、フロートシップから何やら搬入されて行く、そんな光景を前に打ち合わせをしていたらしいショア伯の姿が、数名の騎士を従え、仮面の集団からこちらに歩み出て来た。
「お久し振りで御座います、伯爵様♪」
最早、蒼威はトリアに引きずられて居ない。トリアに続き、蒼威も祝辞を述べた。
「これはこれは、天界楽師殿に蒼威男爵、それにリール卿」
「冒険者ギルドより派遣されて参りました。街方の手伝いをさせて戴きます」
生真面目な口調で、リールが挨拶をする。が、いつどこからディアーナ嬢が悪戯を仕掛けて来るか判らない。
「あれはなんでしょう?」
蒼威が指差す集団を、伯爵は苦笑してみせた。
「ああ、あれはゴーレムニストの方達だ。ここでは素顔を見せないのだよ」
ゴーレムニスト個人の情報も、トルク分国を離れては、かなりの警戒が必要になる。特にショアは外国の者の出入りの多い地。より一層の警戒を怠る訳にはいかないのだ。
「成る程‥‥そして警護の騎士も、トルクからそれなりの方がいらしているのですね?」
蒼威の問いに、にこやかに頷く伯爵。
「当方もそれに負けぬ警護を敷いて見せねばならん。当家でバガンを購入するのも、その点を目に見え、判り易くする為だよ、蒼威男爵」
「確かに」
「それに、船をドックに引き上げる時も、人馬以上に役立ちそうだ」
ドッグには船の改修、修繕の為に引き上げる巻き上げ器がある。これには人や馬、牛等を使って来たが、それら力仕事をバガンにて行えば、かなり手早く出来そうだ。加えて、繰り返しの基本的動作は鎧騎士の鍛錬にも繋がる。
また、海の騎士にとり、船は家であり領地、城そして時には棺でもある。その維持に騎士がゴーレムを動かす労を払うのは不名誉な事ではない。
そして、ショアではこれから、多くの船をゴーレム化する為に、ドッグへと引き上げねばならないのだ。
コホンと咳払い。蒼威は己の意を伯爵へ告げた。
「今回、この依頼に応じましたのは、このトルクより遠い地の事、その事情も伝わり難いと思いまして、ショアの誠意と万全なる備えを知れば、王もお喜びになられる」
「うむ。卿からもジーザム陛下に、その見聞した事をつぶさに伝えるが良いだろう。だが、この城の護りについては、これ以上に明かす訳にはいかぬ」
「何故に?」
「陛下の名代ならば、つぶさにお見せすべき処。故にトルク分国公爵家の方がその任にあたられ、それ、あの真紅の船にていらしている」
伯爵はそう言って『レッドインパルス』号を指差した。
「はは。ならば私は控えると致しましょう」
「うむ。そうされるが良い」
「ならば、私から伯爵様に‥‥」
そう言って蒼威は跪き、物入れから一つの包みを取り出した。
「トルクとグラスのように清き関係が続くように」
すると、仮面の人物が一人、ふらふらとこちらの方へ近付いて来ていた。そして皆へ恭しく一礼。妙に色鮮やかな装飾が施された仮面にローブ。
蒼威の差し出した包みに、そっと手を伸ばし、それを伯の目の前で白日の元に晒して見せた。
それはきらきら輝くクリスタルカットのワイングラス。
ふと笑みを漏らし、やんわりと注意する伯爵。
「これ、止めなさい」
「え‥‥」
妙な予感に言葉を漏らしたのはリール。
そのグラスを掲げ持つ手の指は、ほっそりとした若い女性のそれ。健康そうなピンクの爪。それは貴族の令嬢である証の様なもの。
「あら、総てが見えてしまっては、お互いの悪い所まで見えてしまい、あまり宜しくないのではなくて?」
「すまない、男爵。娘が失礼した」
「あ、いえ‥‥構いません」
蒼威は苦笑する伯爵に首を左右に振って見せ、それから目の前で仮面を脱いで見せる女性を見やった。
「面白いでしょう? この仮面、明日のパレード用の物なのですよ♪」
右手にクリスタルグラス、左手には派手なパレード用の仮面を持った、ディアーナ嬢がにこやかにそこへ立っていた。涼しげに、汗一つかかずに。
「とてもお似合いです。ディアーナ様」
「ありがとうございます。時雨蒼威男爵様」
改めて一礼する蒼威。それに対し、ディアーナも社交辞令を交わした。
「ディアーナ様は、明日のパレードにお出になるのですか?」
「リールさん。明日のパレード、楽しみね」
にっこり。そして差し出された仮面を受け取るリール。
「冷っ!?」
その仮面は、頭からすっぽりかぶるタイプのもので、外側はひんやりと冷たく、まるで凍り付いているかの様であった。
「魔法を使ったのですね?」
微笑で答えるディアーナ。クリスタルグラスを再び掲げた。
「男爵様。本当に綺麗ですわ。見る角度によって、色々に輝いて見える。ジーザム陛下と当家の関係も、この様に輝かしくあると素敵ですわね」
そう言って、ディアーナは父の手にそれを手渡した。
そこへぽろろ〜んとリュートベイルを掻き鳴らすトリア。
「正にその通りで御座います♪」
それからディアーナ嬢と共に一行は城門へと向い、城壁の影を歩いた。
「ディアーナ様、先日はどうも大変お世話になりました。そしてメグも」
リールは仮面のディアーナ嬢と腕を組み、その後ろに続くこれまた仮面の侍女、メグにも声をかけた。
「あ‥‥」
僅かに、申し訳無さそうに会釈するメグ。
「どういたしまして☆ 騎士としての鎧姿も凛々しくて素敵だけど、たまには華やいだ姿もして欲しかったの。もしやと想って様子を見に行ったら、相変わらずなんですもの。でも、この間はちょっと強引だったかも。御免なさいね」
悪びれる様子も無く仮面の下でコロコロと笑うディアーナ。
「いえ。いいのです」
こうして互いの元気な姿を確認出来ただけでも、こうして僅かの間だけでも共に歩めるだけでも、リールにとってとても大きな収穫に想えた。
三者三様にゴーレム工房を見てみたいという希望があったが、その場所はトルク家にとって特別な領地という事で、見る事はおろか、近付く事さえ許されなかった。
●パレード! パレード! パレード!
「さあさあ皆様! 時は金なり! 時は金なりです! 今日も張り切って参りましょう!」
人差し指をピッと一本。ミミナー商会のナガオ・カーンはにこやかに朝の挨拶を締めくくった。
「「「「うおおおっす!!!」」」」
ミミナー商会の店舗前に集合した街の衆は、一斉に吼え大気を震わせた。
それから班毎に別れて動き出す。
風は凪いでいた。
「シャルグの兄さん、今日一日、宜しくたのんます!!」
「う、うむ‥‥」
シャルグの担当する班は港沿いの城寄りの警備だ。昨日の内に、面通しをした上で夜通し飲み明かした連中が、今朝はケロッとした顔で集まって来ていた。何しろ船着き人足は体力勝負だ。それくらいではへこたれない。
「行くぞ」
「へいっ!!」
ざっざっざっざと足音も心地良く、男達は走り出す。
「男爵様ぁっ!! 本日は一つ、お願い致します!!」
「ああ‥‥しかし、暑くなりそうだな‥‥」
雲一つ無い空を見上げ、蒼威は眼鏡の位置をちょいと直す。すると、何人かがその仕草の真似をする。眼鏡もしていないのに。
「へ‥‥へへへ‥‥」
にやにやしながら付いて来る。
「フン‥‥好きにするが良いさ‥‥」
「へい!! 男爵様ぁっ!!」
ぞろぞろと引き連れ、ショア城とは反対側の、街の門へと向う。この周辺が蒼威の担当なのだ。
「ちょっと、あんた! そこの!」
「え? わたくしの事?」
スクネは何人かのおかみさん連中に、あっという間に取り囲まれ、ぐいっと手を引っ張られた。
たちまち街角の店先へ。店の方も判っている様子。店先の半分、荷物を奥へかたして待ち受けていた。
「あの‥‥ここは?」
「あれぇ〜? あんたここの救護所の警備担当じゃなかったかね?」
女将さん連中は、次々と手に手に何やら焼き菓子やら何やらを持ち寄り車座を組む。
「えっと‥‥」
「ほい、あんたもお食べ」
そして始まる井戸端会議。
(「い、一応、わたくしは貴族なのですが‥‥パクリ‥‥あ、美味しい‥‥ほほほほ」)
そこから見渡す港前の光景は、大小何隻もの商船が犇めき合い、皆、帆を休め、これから始まるお祭り騒ぎを待ち受けているかの様だ。
ぽちゃん。
船の向こうで何かが跳ねた。
「さあさあ!! 出陣よ〜っ!!」
鬼島紀子に率いられ、健吾は鉄パイプやら鉄板やら食材やらの乗った台車をガラガラ押して、一気に昨日の場所へ進撃だ。
「こらこらこらぁ〜っ!! どこのモンだい!!? この場所は、うちって決まってんだよ!!」
「んだとこらぁっ!!」
勝手に土産物を広げていた連中に、赤ん坊を背負った紀子が突貫をかける。
きゃっきゃっとはしゃぐ子供達。
たちまち荒くれ者を4人程、海へ叩き込む紀子。
「ち、畜生〜っ!! 覚えてやがれっ!!」
「てやんでぇっ!! おとといきやがれってんだ!!」
わらわらと手近な所から陸へよじのぼり、尻をまくって商品を手に手に逃げて行く。
ひょいと一人の足をすくってやる健吾。すってんころりと転がる男を見送り、それから何事もなかったかの様に屋台を組み立てる紀子を見やった。
「凄いじゃないですか、紀子さん。何かやってたんですか?」
「ん? 家が道場やってたからね」
「へぇ〜」
「ほいほいっと。ねぇ健吾くん。炭、熾してもらえる?」
「はいは〜い♪」
こちらの世界に来てからというもの、もう手馴れたモノ。種火から少しずつ炭に火を移し‥‥
そうこうしていると、朝の漁から戻った漁師らしいのが船を寄せて来る。
「他で売れるというなら、持って帰っておくれ。とてもその値じゃ買えないね」
「相変わらず渋いな。ではこれで‥‥」
どうやら今朝獲れたタコを売り込んでいるらしい。それからその場で買ったタコ数匹を捌き始める。
すると、ちょっと困った顔をして、健吾を呼んだ。
「ごめ〜ん、健吾くん。これちょっとお願いして良い?」
「はっはっは、それくらい構いませんよ」
サッと汲んであった潮水でぬめりと内臓を洗う健吾。何やら言葉を耳に、ひょいと物陰を見やると、紀子はもろ肌脱いで、赤ん坊に乳を与えていた。
「は〜い、辰美ちゃん、竜太ちゃん、いい子でちゅね〜♪」
「おおっと‥‥」
その肌の白さに、ちょっとだけくらくらっと目眩を覚えた健吾は、前を向きタコに集中した。
次にはさっき熾した炭火で沸かしておいた潮水で、このタコを茹で始める。
「成る程〜、茹で加減がミソだね☆ はっははのは〜♪」
言わなくて良いのに、不自然に言葉が口を突いた。どうも調子が狂う。
全体を見渡せる様にと、少し高い場所に立ったリールは、唐突に声をかけられ、振り向くと、そこには、狐っぽい細面のキャプスタン男爵やグリガン男爵の髭もじゃな顔が、馬上の人となってあった。
「ごきげんよう、リール卿」
「もしや、ギルドから派遣されたのかな? がははは」
何が可笑しいのか判らないが、グリガン男爵はガハハハと笑う。まるでドワーフが人間サイズになったみたいな笑いだ。
「あ、いえ。お二人とも、お久し振りです」
「また王都からいらしたのですか? ご苦労様です」
「とんでもありません!」
「今日、私は街の南門の警備を任されております。そしてこいつは」
「がはははは、俺の隊はぁ〜西門だ。何かあったら知らせてくれ」
「その時は宜しくお願いします」
かしこまるリールに、キャプスタンは目を閉じて、手を左右に振った。
「よして下さい。逆に何かあったらこいつを助けてやって欲しい。何しろ、今日は王都から各国の王や公爵家の名代の方々がいらっしゃるらしいので、こいつ、すっかり舞い上がってな」
「失敬な! その程度で舞い上がる程、このグリガン・アスは小さな男では御座らぬぞ!」
「判った判った。大きい。お前は大きい」
「あははは、またその内に!」
苦笑いをしながらグリガンを送り出すキャプスタン、そんな二人にリールはにこやかに手を振った。
城の外門前に集まったパレードの一行は横に張った幕に隠され、その向こうには数台のフロートチャリオットが布で小奇麗に装飾され、楽団やお面を被ったゴーレムニスト役の者達が乗り込み、パレードのスタートを皆で心待ちにしていた。
「皆さんの『魚の歌』は確かにお上手です。ですが、アトランティスじゃぁ〜2番目だ♪」
にっこり微笑むトリアは、軽やかにリュートを奏でて見せた。
「じゃ、じゃあ誰が一番だって言うんだ!!?」
「そうだそうだ!」
「俺達、『ダッカー音楽隊』を馬鹿にすると、承知しねぇぞ!!」
「ヒュ〜ゥ♪ ちっちっちっち」
口笛を吹き、舌を鳴らした上に人差し指を左右に振ったトリアは、悠然と自分を指差した。
「野郎! 生かしちゃおかねぇ!!」
「どっちが上か、白黒付けてやる!!」
六人が一斉にそれぞれの楽器を構えた。
「ワン! ア、ツゥー! ア、ワン、ツゥー、スリー、フォー!!」
「‥‥なんてね、冗談ですよ‥‥冗談‥‥」
そんなトリアの声を掻き消す程に、熱いビートを刻み始める6人。その目はランランと燃え、ペロリと唇を舐める。そして、挑発する様に、一人、また一人と、ソロで己のテクニックを披露し始める。
「なんだいなんだい、口ばっかりかい!?」
幕の外では、もう始まったのかとばかりに、集まった人々が口々に囃し立てた。
「どうした、どうした!?」
「仕方ありませんねぇ〜‥‥」
そう言って、トリアはリュートベイルを小さな音から爪弾きながら、ゆっくりと、一歩、また一歩と前に進む。そして瞳を閉じ、高らかに歌い出した。
「さぁ〜称えましょ〜魚の素晴らしさを〜! ショアの海の豊かさを〜! 言祝ぎましょ〜精霊のご加護を〜! 謝しましょ〜その恵みを〜! そして願わくは〜このゴーレム工房が〜ウィルの子ら〜全ての益とならん事を〜!」
「わぁ〜、流石はトリア卿! 頑張ってねぇ〜☆」
後ろを数台のフロートチャリオットが通過する気配。その声に振り向いたトリアは、何人かの見知った顔ぶれが開き始めた城門と共に、その中へ消えて行くのを見送った。
「そんな〜、メ〜アメ〜ア様ぁ〜♪」
追いかける様に身体をよじり、チャリオットから飛び降りようとしたその時、門の向こうより悠然と進み出るピカピカのバガン。一斉に吹き鳴らされるホルンのファンファーレ。
それはパレードの始まりを告げるものだった。
「そんな〜♪」
ぼろろ〜ん♪
「ええい、この! 大人しくせい!」
シャルグに掴まれ、たちまち逆さに吊るされた挙動不審の男の懐から、ぽろぽろと幾つもの財布が転がり落ちる。
「きゃ〜、あたしんだよ!」
「この盗人め! 呪われろ!」
サッとそれを拾った女達は、キッとその男を睨みつける。
男は顔にぺっと唾を吹き付けられ、とほほ〜な顔をするが自業自得と言うものだ。
そのまま、兵士の下へ連行しようとした時、門前を隠していた幕がサッと引かれ、一斉にファンファーレが鳴り響く。
今、ゆっくりと1台のバガンを先頭に、港街をパレードが進み行く。
その様を、ある者は高台から、またある者は屋台の煙の向こうから、そして喧嘩で怪我をした酔っ払いを手当てする店の奥から。
チャリオットの上には、煌びやかな衣裳を身に纏った役者達が皆に手を振っている。
トリアは、何度も小突き合いながらも、演奏に腕を、そして歌に咽を、そして総てに愛を込めた。その内、競う様に奏でていた楽の音が、えもいわれぬハーモニーを奏でていた。
気が付くと8つ目の楽の音が、仮面を付けた役者の中から、楽しげな笛が響いていた。
街の者も、鐘や太鼓を叩いて囃し立てる。
空を数騎のゴーレムグライダーが飛び交い、各乗り手は己の技量を示す様にアクロバティックな飛行を繰り返す。
祭りは、最高潮の内に幕を閉じた‥‥
●ほのかな香りがミミナー商会に漂う
健吾が、皆に出した料理は鳥の毛羽先をハーブを利かせたホワイトソースで煮込んだもの。それに塩茹での野菜を添えた。因みに、ミルクもバターも贅沢品である。
「どうです?」
「ふむ、悪くは無い‥‥」
紀子は箸を置いて、口元を拭う。
「しかし、ショアじゃぁ〜2番目だ♪」
ぼろろ〜ん♪ リュートベイルを掻き鳴らし、どこかのヒーローが現れた☆