プリシラ姫☆ドゲスの息子キチークを倒せ!

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:09月04日〜09月09日

リプレイ公開日:2006年09月11日

●オープニング

●馬上試合
 突然の騒動にお開きとなった馬上試合の喧騒も遠く、紫色に染まったドレス姿のプリシラ・ニネア・カリメロ子爵姫は呆然とした面持ちで湖面をみつめていた。湖上の城、プリシラ城へと向う艀の上、お付きの者やお供をする冒険者数名、一匹のトラと共に‥‥

 馬上試合の一回戦目の最後の試合。
「死ね!! 売女!!」
 前の子爵に仕えていた衛士長、つまりはこのローリー領の騎士の長を務めていたドゲス・リッパーの息子キチーク・リッパー。それが投げ付けた必殺のナイフは、あろう事か横合いから軽快なステップで飛び込んで来た、青年天界人の手からすっぽ抜けた、お盆上の天下料理から特大ソーセージを貫き、軌道を逸れ、柱に当たり、子爵姫のスカートの上へストンと舞い落ちたのだ。
 流石は運命の人、天界人!

 まるで精霊の悪戯の様な。いやいや、それを言うならば、精霊が悪戯をして姫様をお助けしたのだ。その場に居た者は、後に口々にその時の出来事を語った。
 精霊や様々な不思議が実在する世界、アトランティス。そこに生きる者達は、それらへ対する畏敬の念を忘れ無い。

 15歳の少女にて未亡人。か細きその身体が、グレープジュースに染まったドレスの下で震えている。
「プリシラ様大丈夫ですか?」
 苦しそうに胸元を押えるプリシラを、身重ながらも気丈に支える天界人の黒髪の冒険者は、侍女達と共に城の中へと急いだ。

 早速汚れたドレスを脱がし、代わりに保温性の高そうな木綿のガウンを肩にかけてあげた。その頃になると、侍女達によりお湯を満たしたたらいが運び込まれ、冷たくなった手足を温める。
「お湯で溶かした蜂蜜に、レモンの汁を垂らして持って来てくれ!」
 思わず飛び出す昔のぶっきらぼうな口調。

 アトランティス世界では、テレパシーの一種で、天界人の話す言葉は、こちらの世界の人々に自然と伝わり、またその逆もである。故に英語やスワヒリ語、日本語にアラブ語、様々な語圏の人々が自然と不思議に会話が出来るのだ。敬虔深い者には、聖書以前の世界ともとれる。即ち、天罰により言葉を散り散りにされる前の世界だ。

 パタパタと青い羽根をはばたかせ、少女の姿をしたエレメンタルフェアリーが心配そうに、うつむくプリシラ姫を、その膝の上から見上げる。
「まぁ、これは貴方の?」
 そっと弱々しく微笑むプリシラに、不思議そうに見上げるフェアリーは、飼い主である冒険者を見、再びその少女に目線を戻した。
「ええ。たいがって言うんだ」
 そう自分のペットを紹介して、にっかり笑う。
 プリシラはそっとその子の頭に数本の指を置き、優しく撫でてみた。
 目を瞑り、そしてゆっくりまぶたを開くフェアリー。青い綺麗な瞳が、まるで宝石の様に輝いている。
「まあ、たいがちゃん。何て素敵なんでしょう」
「良かった、気に入って貰えて」
 この出会いに、ほっと胸を撫で下ろす。そして、何度も胸の内で繰り返していた言葉を、まるで堰を切った様にプリシラへと告げるのであった。
「ホラ、こんな時に話すのもなんだけど。前の依頼の時、最後にさ、あの時。友達になろうって言ってくれただろ。私でよければ‥‥たまにしかこれないけど、友達になれたらな‥‥って。ダメかな‥‥?」
 カッと顔に血が昇り、頬が緩んでしょうがない。
 そして帰って来たのは、彼女が望んでいた答えだった。
「嬉しい‥‥」
「じゃ、じゃあじゃあ!」
 思わずプリシラのほっそりとした肩を、手荒く掴みそうになってハッと息をのみ、そしてそっと触れた。
「天界人様が私のお友達、第1号ですね」
「う、うん!」
 にっこりと微笑むプリシラ。二人は互いを確かめ合う様に抱き合った。
「友達だ!」
「お友達‥‥」
 自分の半分も生きていない少女が、命を狙われ、冷たく震えていた事を今更に痛く感じ、涙が瞳を潤した。

 ハッとペットのトラが、真虎が小首を上げた。すると、コンコンと扉が叩かれ、男の野太い声が、ニネアよりプリシラが身辺に置いた老騎士、ヘクター卿のくぐもった声が扉越しに響いた。
「姫様、宜しいでしょうか? お話が‥‥」
「良い! ヘクターよ、入れ」
 サッと空気が変わり、少女は友達から子爵姫へと仮面を着けた。その瞬間を見てしまった。
 ピンと背を伸ばし、気丈にも姿勢を正す。

 そしてドヤドヤと入室して来たのは、ヘクター卿と冒険者の髑髏刑事や他の冒険者達に挟まれる様に立つ11人のローリーの騎士達。
 ぴっと敬礼する髑髏刑事。その様に苦笑する仲間達。
「ああ〜、姫様。こいつら、お話があるそうで‥‥」
 そう言って、仮面の下からウィンク。
 頷くプリシラ姫。
「許す。話すが良い」
 すると、11人の騎士は一斉に跪き、それぞれの剣をプリシラへと差し出し、床にがちゃがちゃと置いた。
「我等、ローリーの11家。レイナード子爵に剣を捧げ、これまでを生きて参りました! されど、惨い命令の数々を受け、騎士としての良心に苦しんでいた者達ばかりで御座います! しかし、騎士の忠誠、更にはドゲスの凶悪なまでの暴力に逆らえず‥‥」
 グッと言葉を噛む。僅かに肩が震えているのが判った。どこまでが本気で、どこまでが本当なのか‥‥
「‥‥恥を忍んで申し上げます! 未亡人となられ、子爵家を継がれたプリシラ子爵姫こそ我等の剣と忠誠を捧げる方! どうか、我等の剣を貴方の剣とされ、我等の忠誠をお受け戴きたい!」
 コクンコクンと感涙の涙にくれ頷く老騎士ヘクター。
 髑髏刑事は愉快な輝きをその双眸に宿し、目線でどうするかと尋ねる。
 そしてお友達1号も。
 プリシラはそれらに後押しされる様に、数歩前に出、先頭に立ち口上を述べた騎士の前へと立ち、その前に置かれた剣を手に取った。
「おもてを上げよ、騎士ジョージ・アープよ」
「はは!」
「覚えています。汝が我が身を塔へ誘い、五年の月日をあの獄中で過ごす事となりました」
「その罪、これよりの我が忠誠をもって返させて戴きます」
「あの獣の群にあって、我が誇りと純潔を護れたのは逆に考えればお前のお陰とも想う。これからも汝の剣、我が剣としてローリーの安寧の為に使うのです」
「はは!」
 よろよろと剣の平で騎士の肩を叩き、その剣を掲げ持つ。すると、アープ家の当主は、それを受け取り、主従の契約が交わされたのだ。

●ドゲスの息子キチークを倒せ!
 その場に集った総ての家と主従の契約を交わしたプリシラに、ジョージ卿がおそれながらと申し出た。
「キチーク達、リッパー家の者達の居場所は判っております! ここより更に東へ古い森を抜けた岩場に身を隠しているのです。どうか、我等にあの者達の討伐をお命じ下さいませ!」
 そこまで判っていると言う事は、この場に集まっている家々に、これまでの立場を利用し、暗躍の援助をさせているのだろう。
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●解説

・リッパー家の主な人物
キチーク・リッパー
若い人間の騎士。18歳。男。
父程では無いが強靭な肉体と凶悪な精神を兼ね備えた男。

バイータ・リッパー
死んだドゲスの妻。31歳。
毒虫の様に嫌われていが、霧を生んだりと妖しげな魔法を使うので恐れられている。

スベータ・リッパー
キチークの妹。16歳。
家族同様、周囲の家の者から魔法少女として恐れられている。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9026 ラフィリンス・ヴィアド(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4863 メレディス・イスファハーン(24歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6302 アル・アジフ(22歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb6465 バーク・ハーツ(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

リディリア・ザハリアーシュ(eb4153)/ 龍堂 光太(eb4257)/ 毛利 鷹嗣(eb4844)/ ソフィア・アウスレーゼ(eb5415)/ 御堂 康祐(eb5417

●リプレイ本文

●王都出発前
 街は夜明けと共に動き始める。
 アトランティス世界の夜明けは、世界が虹色の光彩に包まれると言う、異世界『地球』や『ジ・アース』からの異邦人にとっては、幻想的なもの。
 静寂の広がりが徐々に人の気配により崩されて行く。
 そんな中、街の東門に近い、水場のある広場に、馬を連れた冒険者達の姿が会った。

「ほれ、これをはきな」
「何ですこれ?」
「え〜‥‥」
 アリオス・エルスリード(ea0439)が差し出した二足の靴を、地球からの二人の天界人、酷い寝癖頭のバーク・ハーツ(eb6465)は両手で受け取りしげしげと眺め、10代前後に見える細身の少女、アル・アジフ(eb6302)は指先で汚い物を摘む様にして顔をしかめた。
「嫌なら履くな。魔法の靴なんだぞ」
「サイズが‥‥これ大人の男物だろ?」
 幼くも上品なアルの面差しから、はすっぱな口調。そのギャップが鮮明な印象となる。
 少しだけ鼻先に近付けてクンクンと。そして顔を更にしかめた。
「あんた、水虫持って無いよな?」
「持って無い!」
 そんなやりとりを眺めつつ、バークはおそるおそる脚を入れ、顔をしかめた。人の履いていたブーツを履く程、勇気のいる事があるだろうか。爪先の収まる暗黒空間はひんやりと湿気を帯び、しっとりとフィットして来る。
「おお〜う‥‥」
 バークは何とも言えぬ表情で、天を仰いだ。

 出発前のチェックはまだまだ続く。
「『保存食』なんかの食料は日程分買ったか?」
 アリオスの一言に、目を丸くする二人。
「あ‥‥」
「買って無いです。その前に、もう金が無いです」
 そう言ってバークは、まるで他人事の様に肩をすくめて見せた。が、アルはさして興味も無い様子で、アリオスを見やった。
「1日分、いくら?」
「それくらい店に行って、自分で確かめて来い。それから、バーク」
「おう。俺はどうすりゃ良い?」
「自分の事だろう。ホレ‥‥」
「何?」
「貸しといてやる。仕事が終わったら即返して貰うからな」
 手渡された銅貨を見、バークはアルに告げた。
「五日分で銅貨二十五枚、つまり一日分の『保存食』は銅貨五枚みたいです」
「へぇ〜‥‥じゃあ、ちょっと行って来る」
 二人は連れ立って一歩踏み出すと、異様な速度で前へ進んだ。
「ま、魔法だ!?」
「魔法のブーツだ‥‥凄いなぁ〜‥‥」
 感心する二人は、少し興奮気味に数歩歩く。
「おい、どこで買うか、判ってるんだろうな!? 店先に突っ込むなよ!」
 振り向く二人は、笑いながら店のある方角を指差し、そのまま凄い速度で走り去った。
「大丈夫か‥‥」
 不安げに見送るアリオスの背後に、大きな影が立つ。髑髏刑事、ヘクトル・フィルス(eb2259)の巨体だ。
「まぁ、ちょっと練習すれば慣れるだろ。俺が付いているしな」
 そう言って、スカルフェイスの巨人は、己の履くブーツの爪先でトントンと地面を叩く。
 セブンリーグブーツ。通常の三倍で、いやもっと速く走る事が出来る魔法のブーツだ。

●街道を抜け
 目的地までの足が無い者は、互いに融通し合いサポートする。そうやって、冒険者達は様々な依頼を請け負って来た。
 ショアへと続く街道を東へ、途中の夜営も含めて一日。更に街道から北へ、数刻過ぎると木々の間にローリー湖の淡い緑の湖面に浮かぶプリシラ城が見えて来る。いわく付きのガラスの塔が陽光にキラリ鈍く輝き、静寂と相まって不可思議な風景を描き出している。

「また、来たね‥‥」
 借り物の駿馬にまたがり、メレディス・イスファハーン(eb4863)は少年らしからぬ憂いを帯びた瞳で、それを遠く眺めた。
「ありがとう。ここまで連れて来てくれて‥‥」
 そう言って鬣を撫でると、名もなき馬は軽く嘶き、嬉しそうに尻尾を振った。
「命を狙われるなんて、悲しい事だよね‥‥」
 そんな仕草を少し離れて眺めていた深螺藤咲(ea8218)は、そっと馬首を寄せた。
「行きましょう」
「ええ‥‥」
 馬同士、仲良く何事か囁き合っている様だ。

「さあ、あと一息だ!」
「「お〜う!」」
 髑髏刑事が音頭をとると、アルとバークも腕を振り上げて駆け出した。
 転がる様に、深いわだちが残るでこぼこ道を、我先に駆ける三つの影。
 そんな様に苦笑しながら、ラフィリンス・ヴィアド(ea9026)も馬の横腹を少し蹴り、前へと進ませた。
「さて、どうなる事やら」
「安心なさい。もし、狂気にかられたら氷漬けにしてさしあげますから」
 己の胸の内を、エルフのレディ、カレン・シュタット(ea4426)に見透かされ、ドキリとするラフィリンス。

 ハーフエルフは、戦闘時に狂気に陥る。己を見失い、仲間すら傷つけてしまう事もあるのだ。
 そしてラフィリンスはそのハーフエルフ。エルフ、人間にとって忌むべき存在。ハーフエルフ同士では子孫を残せないという不自然さからも、地域社会においては嫌悪の視線に晒されてしまう。冒険者でその辺の意識が低い者が多いのは、家を護り、正常な子孫を残し繁栄する、という基本的な考え方をしなくても良い、浮き草の如き生を送る者が多い故に他ならない。

「それにです‥‥」
 一際大きな馬体。それに跨る巨人族のファング・ダイモス(ea7482)も二人と馬首を並べ、大きな掌でラフィリンスの肩をぽんと叩いた。
「その時には、私も止めてあげましょう。多少の事では打ち負けませんよ」
 冗談とも本気とも取れる余裕の笑顔。
 ファングの背負う巨大なグレイブは、己の背と同じ位の長柄に、人の頭二つ分の大きさはある刀身がついている。それと打ち合うとなると、ぞっとする。好んで挑む者は、そう居ないだろう。

●プリシラ姫と
 湖畔の寒村から艀に載り、プリシラ城へ。
 そこで通された一室にて、冒険者達は今回の依頼主であるプリシラ姫と対面する。

 プリシラ姫と初めて会った者は、色白で線の細い、十代半ばの金髪で青い目をした美少女と映るだろう。この娘が、10歳の頃から城内にあるガラスの塔に幽閉され、15歳を待ってこの城の主であったカリメロ分家の親子以上に年の離れたレイナード・カリメロ子爵と結婚させられ、少女が継承する筈のカリメロ本家のニネア子爵領と、カリメロ家に伝わるとされた伝説の秘宝を奪われ様としていた事を、どう知りえようか。
 その傍らに立つ老エルフのモッズ。そしてヘクター卿を始めとする数名の老騎士が控えていた。

「仕方の無い事です」
 一同跪く中、プリシラ姫は表情を強張らせ、今回の討伐についてただそう答えた。
 それから恭しく一礼し、傍らに控えていた地のウィザードであるモッズが、リッパー家討伐に関する質問に、即ち、本当に一族を根絶やしにしても構わないのか、との質疑に答えた。
「当然の事。主家の呼び出しを拒み、あの様な場で公然と侮辱し、命を奪わんとするは、逆臣、逆賊以外の何者でもありません。これを放置しておいては、領内の者は無論の事、近隣の領主にも示しが着きません。即ち、下の者を抑える力無しと‥‥そうなれば、如何なる理由でも持ち出し、蛇蠍の如き者がカリメロ家を取り潰そうと働きかけるでしょう」

 即ち、治める力無しと見やるや、フォロ家がカリメロ家の取り潰しにかかるのは必定。
 誰とははっきり言わぬのも、また然り。公然とその名を挙げれば、即座にそれを口実に動き出す。そういうものなのだ。故に、以前、王家の役人が顔を出した時は、相当の緊張が領内外を走った。カオスの影あり、と宣言されれば、もはやこれまでであったろう。
 貴族会議で持ち上がった『楼閣のある城を再建しろ』というのもその為の儀式の様なもの。その力無きや、領主の器あらず。無論、それはこの地が混乱に陥る事を快く思わぬ地方領主達の、比較的低いハードルである事は、賢明な者ならば火を見るより明らかであろう。
 百年前の様に、本草学や薬学において、盛んな地として復興して欲しいとの願いもある。

「お久し振りですプリシラ姫。無事で本当に良かった」
 難しい話は横に置き、メレディスは本心から語りかけた。
「ありがとうございます、メレディス様。他の天界人殿のお陰で、事無きを得ました。私は、皆様に助けられてばかり。この地とニネア領をまとめる事で、何らかのお返しが出来ればと思っているんです」
 そこで、髑髏刑事がドンと胸を叩いた。
「姫さんの命を狙うなんて許せん奴等だ。この髑髏刑事が、悪党どもに鉄槌を下しちゃる!」
「お願い致しますわ、髑髏刑事様」
 クスリと微笑むプリシラ姫に、髑髏刑事は胸を張り、軽く仮面の下でウィンクして見せ、モッズは黙って頷いている。
 そこで藤咲は、ある想いを胸に、プリシラ姫とモッズの二人に話し掛けた。
「お二人ともお久し振りで御座います。その間にモッズ様、あの時の幼い戦闘馬が、立派に成長してしまいました」
「おお、そうか。それは良き事だ藤咲様。良き乗り手と良き馬との出会いに幸あれ」
「ありがとうございます‥‥」
 藤咲はペコリと頭を下げ、そこで言葉に言いよどんだ。
「ドゲスの息子、か。ならば俺達を怨むも当然と言うもの‥‥」
 そう言って立ち上がるアリオス。それに続き、わらわらと立ち上がる。が、藤咲だけが跪いたままにかしこまっていた。
「どうしたのです、藤咲様」
 プリシラ姫は不思議そうに声をかけた。
「馬上試合のおり、参加出来ずに申し訳ありませんでした」
「藤咲様? それはもう過ぎた事です」
「いえ! この度は、この深螺藤咲」
 そこで言葉を区切り、藤咲は腰の刀を前に差し出し平伏してみせた。
「姫様のお力になりたく、姫様の下で剣を振るいたく想います。どうか、この剣、我が忠誠と思いお受けくださいませ!」
「藤咲様、本当に宜しいのですか?」
 歩み寄るモッズから問い掛けられ、藤咲は力強く頷いた。

●ドゲスの息子キチークを倒せ!
 十数騎の騎馬が岩場に差し掛かると、アープ家の騎士と共に二手に別れた。
「それでは、参りましょう。この二つ向こうの岩山の影に、キチーク一派が隠れているはずです」
 ジョージ・アープ卿は、二人の息子、ハインツ、ヘッケルの若い騎士を引き連れ三人の従者伴っている。
 ファングは大きく頷き、手で二班に分けて見せた。
 即ち、正面を担当するファング、カレン、ラフィリンス、アル、バーク。
 ぐるっと回り込むアリオスと藤咲、ヘクトルとメレディス。これにハインツとヘッケルが案内として付き、ジョージは正面で交渉に当たる事となる。
 アリオス達はここで馬を下り、岩陰を縫う様に進んだ。

 ジョージと共に馬で進む者達は、少し進むとジョージがこれ以上進むのを待てと、手で制した。
「ジョージ様!! これはどういう事です!!?」
 岩山の上からうわずった声がする。見れば、リッパー家の家人なのだろう、みすぼらしい身なりの男が二人。
「キチーク殿にお取次ぎ願いたい!! プリシラ子爵姫よりの言付けがある!!」
 一人が慌てて岩の陰に姿を消す。
「これで宜しいのですね?」
 ジョージは腰の剣に手を置き、来るであろうキチークとその母、バイータ、妹のスベータの襲撃に備えた。
 すると程なく岩場の上に、人間にしては巨漢の部類に入るキチークの姿が。
「どうした、ジョージ卿! もはや、あのメス豚の走狗に成り下がったか!」
 くわわと両の目を見開き、泡の様に唾を吐くキチーク。
 ジョージは馬より下り、数歩前に歩み出た。
「キチーク! これ以上の侮辱、許されませんぞ!」
「ほ〜う! 随分と威勢が良いでは無いか!? 今は亡き父の面前では犬の如くへこへこと頭を垂れていたお前が、犬は変わり身が早いの〜う! は〜っはっはっはっはっは!!」
「むむむむ‥‥」
 青ざめぶるぶると身体を震わせるジョージ。その肩をファングがポンと掴んだ。
「腐った言葉に耳を貸すな。心が汚れるぞ」
 そして悠然と前に出る。
「私はファング・ダイモス! お前を正々堂々と打ち負かし、プリシラ姫の御前に引きずり出して差し上げましょう!」
「笑止!!」
 ぶわわっとマントが風をはらみ、キチークの巨体が空を舞う。
 手には巨大な剣。ブレストプレートと下のチェインメールがこすれてちゃらちゃらと鳴った。
 ジョージを突き飛ばし、巨人とは思えぬ俊敏さで左に跳ぶファング。
 その後ろでラフィリンスは、鯉口を切って腰を屈めた。
 カレンはアルとバークの手を引き、四方に注意を払いながらも下がる。
「いい! 二人は女の魔法使いに気を付けて! 気付いたら大声で教え‥‥」
 そう語るカレンの言葉が途中から音を発てなくなる。サイレンス。声を封じる魔法だ。
(「どこ!?」)
 慌てて岩陰に隠れ、続く魔法の対象から逃れようとする。

 左右に岩を蹴り、キチークの巨体が宙を舞う。
「何て奴だ!」
 ファングは上から振り下ろされる鉄板の様な剣に肩口を打たれ数歩身をよじった。
 幻惑する様に岩の上から岩の上へ。
「ふははははは!! 貴様等にこの俺が捕らえられるかな!?」
「くうっ!! 斬撃の太刀筋が見えない!!」
 音が反響し、微妙なずれが技の冴えを更に鈍らせる。
 ラフィリンスは目を見開き、どくどくと早打つ心の臓に、その狂気の芽がのそろりと顔を出す。
「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 片や背後に回りこんだ組は、岩と天幕の横、震える手で短剣を持つリッパー家の家人を前にしていた。
「よせ! 武器を放すんだ!」
「ひいっ!? く、来るなぁ〜っ!!」
 髑髏刑事の作戦通り、二人の騎士と従者達には周囲の包囲をどっしりと構えて戴き、四人が前に出る。
 バリバリと電光が走り、家人達の足元を打った。
 にこやかに立つメレディスの手からは、僅かに風の精霊が起こす雷が。
「大人しくして下さい。貴方がたに危害は加えませんから、安心して下さい」
「ひいいいっ!」
 それだけで次々と武器が投げ捨てられ、彼等の足元で跳ねた。

「しめた! 応援に行って来るわね!」
 藤咲の全身が炎となって空に舞う。
 アリオスも無言で駆けた。

 ファングの斬撃が岩山ごと真っ二つ。ここまで鮮やかに行くことは殆ど無いくらいの超絶成功。
「何っ!?」
「貴様の技など、足場が無くなれば!!」
 一瞬の動揺。
 そこへ、矢継ぎ早にアリオスの一斉射。
「ぬわっ!?」
「あははははっ!!!」
 哄笑と共にメレディスの、その白刃の切っ先が、キチークの脚部を一閃。飛び散る鮮血に狂気は最高潮に。
「キチーク。ドゲスに会いに行くがいい」
 寒々とした言葉が、ファングの口から漏れた。
 片足で宙を舞うキチーク。だが、その動きは既に見切られていた。
 グレイブの切っ先が鎧とベルトの隙間にヌプリ違和感無く吸い込まれる。それを手首の返しで、内側を切り裂き、たった今切り裂いた大岩の断面へぐしゃり、叩き付けた。

「キチーク!!?」
 岩陰から忽然と現れる中年の女。何時の間にか回り込んでいたのだ。
「そこに居たかぁ〜っ!!」
「はぐっ!?」
 風を切り裂き飛来する、炎の鳥が頭突きをかます。
「バイータです!!」
 ジョージが吼えた。
 飛翔するファイヤーバード。あっと言う間に二度三度と、更にアリオスの矢が二本、四本、見る間に白目を剥いて泡を吹くバイータは礫の原にくず折れた。
「やった!! 後はスベータだけです!!」
「ス‥‥スベータぁ〜‥‥あんただけでも、お、お逃げぇ〜‥‥」
 悲痛な響きを残し最後の息で結印すると、不気味な詠唱と共にもくもくと白い霧が立ち込めるではないか!?
「ミストフィールドだわ!」
 藤咲は再度炎をまとい、急ぎ上空から見下ろすが、辺り一面に立ち込めた霧は、逃亡を試みる者の姿を完全に隠し切ってしまった。

●キチーク討伐成る
 キチークとバイータ、二人の遺体と、その家人を連れてプリシラ城入りした冒険者達は、報告を済ませ、淡く夕映えが空を染め上げる中にあり、銘々の時間を過ごした。

 藤咲は、湖畔の東方にある村を、旧リッパー家の所領へ入る事を望まれ、城壁より東を、その小さく点在する家屋の屋根を、そこより立ち昇る幾筋ものか細い煙を眺めていた。
「私が、この地に‥‥騎士として‥‥」
 その手を胸に押し当て、様々な事を思い浮かべた。

 そこかしこに今回の討伐を喜ぶ空気が流れ、行き交う人々の表情も明るく、まるで総てが上手く行ったかの様に浮かれていた。
 が、それとは違い、執務室に立つ小柄な少女の面差しは、決して明るいものでは無い。
 そこへ音も無く、一つの影が。
「今回、命を狙われ、そしてその報復として命を奪った‥‥」
「? アリオス様‥‥」
 ゆらり立つ影はアリオスのもの。慌てる様子も無く、振り向くプリシラ姫は余りに無防備に思えた。
「お一人とは無用心というモノ」
「気を付けましょう。天界人様」
「今後も同じ事は何度もあるだろうし、もっと汚い事に手を染めなければならぬかも知れない」
 穏やかなプリシラ姫の微笑みに、そう語りかけ静かに歩み寄るアリオス。
「スベータの事ですね」
「それだけではありません」
 血の様に赤い、茜色に染まり、二人はジッと見つめ合い、対峙した。
「しかし、それでも誇りを失わずに、ニネアとローリーの民を守るため、最後まで諦めずに戦い続けていく事を誓えるか?」
 その問いに、プリシラ姫は一度目を伏せた。
「天界人様がお力を貸して下さるならば」
 目を開け、茜色の世界で真っ青な瞳に光を宿し、真っ直ぐに見返してくるプリシラ姫。
「それは貴方に誓いましょう」
「ならば、俺もプリシラの眼となり矢となろう」
 そう言って、アリオスはプリシラ姫の手を取り、跪き、そっとそれに口付けをする。

 そして、立ち去り際に、これは投資だと言って、懐のモノをドサリと置いて退室した。

●ギルドに戻り
「妙な輝きを、人々を怖がらせないように、携帯用の檻を入手し、その中にいれ、天幕で覆い、馬に乗せる事で、同伴可能か?」
 そんなファングの質問に、冒険者ギルドの窓口嬢はにこやかに頷いて見せた。
「はい。そうして戴けるとこちらとしてもありがたいです。ペットの扱いに対しての要綱は、大体決まった様なのですが、まだまだ細かい所を詰めて行かなければならないのでは無いでしょうか? はっきり決まるまで、皆さん、個々で注意して下さいネ」
「うむ。そうだな。そうしよう」
 ファングはにこやかに、今回の報酬を受け取ると家路へ付くのであった。