●リプレイ本文
●打ち合わせ
話を聞いてみると『夜明けの家』の子供達は、孤児や親に問題があって預けられた子供達ばかり。
老人から一人一人の事を聞かされたラスター・トゥーゲント(ea1115)。それだけで胸が悪くなる。無邪気な瞳から微笑が消えた。
「そっか‥‥」
「この都に住まう者ならば、誰しも少なからぬ痛みを胸に刻むもので御座いますよ。それが少し早いだけの話ですじゃ」
老人は憂いを帯びた眼差しで、己の皺だらけの手を見つめた。
「そうだね〜‥‥よぉ〜っし!!」
ポンと片膝を打つと、ラスターはだだっと駆け出すのであった。
「え〜、お集まり戴きありがとう御座います」
にこやかに篠宮沙華恵(eb4729)が切り出した、その一室にはラック卿やウォール卿を始め、メティオ・スター(ea0268)やケミカ・アクティオ(eb3653)、スクネ・ノワール(eb4302)、アルジャン・クロウリィ(eb5814)、バスクテル・ソニア(eb7045)やラスターらが勢揃いしていた。
アインは第5回GCRの準備が忙しくなったらしく、顔を出す事が出来ないと断りを入れて来ている。
「その羊皮紙に書き出してありますが、ご意見いただけますか?」
「失礼します」
そう言って、ラック卿は皆の企画をまとめたモノに、目を通して行った。それからウォール卿へ。
「影絵芝居ですが、夜は治安が悪いので日中にして戴けませんか?」
「どの家も就寝時間です。お祭りは夕刻前にお終いにして戴かないと。後はリボン、これはどうされます?」
「リボンは端切れ布で作ります」
ウィルの庶民は大体麻の服を着る。
麻は繊維が硬く、ごわごわしており、着心地が悪い。染付けが難しく発色も良くない。最も安価でポピュラーなものであるが、庶民にはそれでも高価な品である。
それより裕福な者は羊毛を。輸入品である木綿は高価であり、絹は更に上流貴族のモノである。
「リボンですか。絹や木綿の品は持っているだけで、災いを呼ぶ事もあります」
「その点は大丈夫です。麻の余り布ですから」
身分不相応な物を身につけているだけで、あらぬ疑いをかけられる事もある。盗品で無いと証明出来ねば、獄中にて一生を過ごす事もありうる。否、捕縛の手違いで命を落とすことも珍しくはない。二人はそれを心配している。疑わしきは罰する。そういう者も居るのだ。
「そうですか。安心しました」
頷く二人に、沙華恵もほっと一息。
そこで、メティオがドンと胸を叩く。フッと空気が変わる。
「ま、力仕事は任せな。必要なら簡単な木工細工もするわな、ゲヘゲヘ」
「当て物ゲーム用や、劇用の人形をお願いしますね」
「お〜う、任せな任せなぁ〜♪」
すると、テーブルの上をちょこちょこと碧のシフール、ケミカが駆けると、くるくるっと一回り。碧の色彩を放ちながら、ぴっぴと一人一人を指差してウィンク。
「じゃあ、メティオ君、薄い板を何枚も作って! 紙芝居ならぬ板芝居の絵を書くわ。アルジャン君、どんな絵を描くかの指示をお願いね♪」
「よぉ〜っし!」
「板芝居のあらすじは、もう大体考えてあるんだ。どんな絵が必要か、しっかり聞いて貰おうかな?」
「まぁ〜かせて♪ 私、アトランティス出版のシンブンキシャよ! 聞き込みはお手の物なんだから☆」
ぴょ〜んと、たちまちアルジャンの肩に飛び移るケミカ。満面の笑みで両足をパタパタと遊ばせた。
「では、わたくしは篠宮さんとご一緒に、お菓子作りですね。ガンバッテ美味しい物を作りましょう!」
サッと沙華恵の手を握り、スクネもワクワクと弾む気持ちを笑顔に変えた。
「よろしくお願いします☆」
「こちらこそ宜しくお願いします、スクネさん」
互いの手を取り合い、弾む心に瞳を輝かせた。
「さぁ〜て、俺達はお手伝い部隊だな」
ちょっと、とぼけた表情で、バスクテルの肩をポンと叩くラスター。パラの女性は、その腕をちょっとつねり、にんまりと笑う。
「よろしくな」
「バスクテルです。方向音痴ですがヨろしく♪」
「おっし! 飾り付けの手伝いから、当て物ゲームの隠し場所作りとか、仕事は色々あるからな!」
「細かい仕事は任せて下さい」
「細い路地で迷子になんなよ〜あはははは!」
「ん〜‥‥」
ちょっと困った顔。
「冗談、冗談! がんばろ〜な!」
「はい!」
こくり頷くバスクテルと拳を合わせた。
パンパン!
手を叩く沙華恵。
「さて! 個々でする事は決まりましたね! 早速、取り掛かりましょう!」
「「「お〜う!!」」」
皆で一斉に腕を突き上げ、慌しく動き出す7人。
そんな様を眺めていた、ラックとウォールの二人にはにこやかに頷き、そっと立ち去るのであった。
●みんなボビーに○○ったけ☆
第5回GCRの準備に慌しいマーカスランドを訪ねたケミカは、メティオとアルジャンを伴い、もの凄い悪臭のたち込める一室で、例の怪しい天界人、ボビーを発見した。
「にゃ〜に、この酷い匂いはぁ〜!?」
余りの臭さにケミカは目をくるくる。
「うひゃひゃひゃ、こりゃすげえや!」
ドレッドヘアーの怪人は、ようやく三人に気付いたのか、うろんな目で見返して来た。
相変わらずクッチャクッチャと何かを噛んでいる。
「ほわっと!? どーしたんですかぁ〜?」
妙な手付きで、三人にまだらに染まった手のひらを見せるボビー。
「いや、その‥‥」
ちらとアルジャンは、その液に満たされた樽の淵によろよろと立つケミカを見た。
「これ、染料よね?」
「イェ〜ス! これまでのチケット作りで余った廃液ネ。これ薄めたもの。今度の競技に使うヨ」
どうやら、これを染み込ませて、海綿やらボロのクッションやらを球として打ち出すらしい。
何やら、妖しげな布地がぷかぷか浮いている。
「ふぅ〜ん‥‥」
ケミカはその液体に映り込む自分の不気味な顔色にゾクリ身を震わせた。
「ねぇ、ボビー君! 絵の具や木材を安く譲って!」
「絵の具と木材ネ。どれくらい欲しい?」
「う〜んとね、使う分だけでイイの!」
「フ〜ン‥‥」
腰を落とし、天井を見上げるボビー。その視線の先を遮るメティオの顔。
「ふひゃひゃひゃひゃ! なぁ〜に、考えてんだよ! 安く譲れってぇ〜の!」
「ハハ〜ッハッハッハ! ソーユー事なら、ミスター・マーカスに言えっつ〜ノ!」
互いに歯茎剥き出しに、唾が掛かる程に笑い合う。おでこをぶつけ合いながら哄笑が続く。
「やだ、この二人、何か似てる?」
「ノリだな」
ケミカとアルジャンは顔を見合わせた。
マーカスランドからずったらずったらと4人で貴族街まで歩き、その一画にある建物へ。
ボビーが呼び鈴を鳴らすと、館から出て来た家人に中へ通された。
「ここは?」
「ひゃは〜! どこぞの御貴族様のお屋敷だぁ〜!」
「の様だな」
不思議そうに見渡す三人。玄関が通されると、独特の香りがツ〜ンと鼻腔を突く。
「まさか!?」
ケミカはずんずん扉をくぐるボビーを、慌てて追いかけ、二人もそれに続いた。
「ヘイ!」
「ハァ〜イ! ボビー☆」
「ヤッハァ〜、元気そうじゃ〜ん! ミセス・バーン♪」
そこは天井の高いアトリエだった。
幾つもある円形の小さな窓からは、クラウン製法で造られた歪んだガラス越しに柔らかな光が差し込み、壁には何枚もの画板が立てかけてある。
ずかずかと踏み込んだボビーは、この部屋の主らしき中年の、ちょっと派手目の女性とハイタッチ☆軽く挨拶のキスを交わす。
真っ白な木綿の割烹着みたいな衣裳の女性は、パレットらしき板と絵筆を傍らに置いて立ち上がった。
「今、お茶を煎れさせるわ」
「イ〜ノイ〜ノ、すぐ帰るから」
「あ〜ら、残念☆」
そう言って、鼻先についた顔料を気にする事無く、バーンは陽気に笑った。
「ふ〜ん、どうやら貴族のお抱え絵師って感じね〜♪」
ケミカは空中であぐらをかき、両腕を組んでその女性の描いている絵を見据えた。偉そうな顔の、偉そうな貴族が着飾り、ふんぞり返って立っている。
「こらこら」
「あっ!?」
笑いながら、バーンは白い布をその上からかけ、描き掛けの肖像画を隠した。
そこで顔料や木材を必要な分だけ、多分かなりの安価で分けて貰った。
●ビスケット
ビスケット〜♪
ビスケット〜♪
ミルクたっぷりビスケット〜♪
そんな即行で適当な歌詞を付けて歌っていた。
そこは『夜明けの家』の厨房。
スクネと沙華恵の二人で干しベリーや木の実をちびた包丁で細かく刻み、ラスターとバスクテルが小麦を臼で挽く。牛のマルガリータから搾ったばかりの乳。ほんの少しのはちみつ。それらを少しずつ混ぜては混ぜて、満遍なく混ぜる。生の蜂蜜が持つ糖化作用で、少しでも甘味を増すことを期待する。こうして出来上がったモノを前に四人は汗を拭き拭き、一息ついた。
「ビスケットは無醗酵だから、すぐに焼かないといけません」
沙華恵はパチリとウィンク。
「ようし、窯を暖めるのはおいらが!」
そう言って裏手へ駆け出すラスター。慌ててバスクテルも続く。
「あら、元気ね。二人とも」
そう笑いながら、スクネは手に一塊握ると、指の間からにゅっと押し出し、それを器用に並べ始める。
ビスケットは保存食の一種だが、こうして手を入れるとほんのり甘いお菓子になる。比較的低温で時間を掛けて焼くのだ。因みに同じパン生地を 、180℃で20分焼くとしっとりのふわふわ。150℃で80分焼くと硬くてガチガチになる。
「さ〜て、では私は粉を挽きましょう」
そう言って腕まくりする沙華恵は、クレープ用にと麦を臼で挽き始める。これが重い。
「はぁ〜、やはり殿方でないと‥‥」
「う〜っす、殿方参上!」
そうこうしていると、ラスターとバスクテルの二人が薪を両手に抱え戻って来る。一つ二つと薪をくべ、灰に埋もれた種火から火を起す。暫くすれば窯も温まり、焼成に移る。
「あら?」
いい香りがして来た。
そんな最中に、スクネはどこかで見かけた様な顔が、ひょっこり厨房を覗いているのに気付いた。
「あら、あれは‥‥」
こちらに気付いたのか、その男はサッと顔を引っ込める。
「登志樹さん!! ぁぁ、何故、無視をされるのですか!?」
「どうしたの? お知り合い?」
沙華恵に尋ねられ頷くスクネ。
「ちょっと、失礼します!」
パタパタと走り出すスクネだが、サッカーボールを小脇に抱えた男は、さっさと表に駆け出し行く。
「登志樹さん‥‥」
そんな背中を見送るスクネに、この施設に住み込んでいる老人が声をかけてきた。
「どうされたのかな?」
「あ‥‥顔見知りが‥‥」
「ああ、あの方ですか。暫く、ここに泊まらせてくれと、ご自分から言い出しましてな」
「そう‥‥ですか‥‥」
どうも様子がおかしい。
子供達の、自分たちに対する目線もどこかよそよそしい。
気のせいだろうか?
●お祭りだぁ〜!!
その袋小路にはちょっとした飾り付けが為され、河原から摘んで来た葦やら水草が穂を垂らしていた。
雇われた楽師と、その地区の素人楽師が合わさって、おかしな音色を奏でる頃、この日ばかりはお休みと、ネバーランドの子供達も多数顔を出している。
「さぁさぁ〜!! お話が始まるよ〜!!」
「「「わ〜いっ!!!」」」
ケミカは精一杯に、アルジャンの頭上でひらひらと舞い昇った。
「とざいとうざ〜い!!」
チョ〜ンと木を打ち鳴らし、語り部たるアルジャンは声を張り上げた。
目の前にはずらっと座り込む子供達や、近所の人々。
ケミカが描いた絵を見せながら、その反応をさぐる様に、アルジャンはお話を始めた。
「あ〜る所に、三人の子供が居た。しっかり者の兄と〜、甘えん坊の妹〜。そしてその友達だ〜。三人は親は無くとも〜、良く遊んだり〜、助け合いながら〜生きて〜いたんだ」
ゆっくり、扉絵を引き抜き、三人の姿を順繰りに見せていった。
ボロボロの服を身につけたが、笑顔の三人。
「そんな三人が、ある日、森へ〜と遊びに行きましたとさ〜」
「きゃ〜!」
「恐い‥‥」
ざわりと揺れる空気。森とは、人々の住まう世界とはまた別の異界。そこには様々な神秘が息づいている。森へ行く、という事は冒険であり、危険へ飛び込むという事に他ならない。
何でそんな危険な場所へ行くのだろう? そんな疑問を持つ者や、行ってしまったからには仕方が無いと話の行く末を見守る者、様々な反応がそこにはあった。
そんな光景を尻目に、次のゲームの準備を始める冒険者達。
「けひゃひゃひゃひゃひゃ! さぁ〜あ、今の内に仕込むとするぞ!」
「お〜!」
当て物ゲームの仕込を指揮するメティオ。
そこかしこに、メティオが造った木彫りの剣や鍬、そんな物がちょっと探せば見つけられそうな場所に次々と置かれて行く。
これを見つけ出した子には、前日に焼いておいたビスケットに、ちょっとした木製の細工物を贈る事になっているのだ。
ラスターも走る。
沙華恵も走る。
バスクテルも走った。
スクネは、薄い焼き菓子を、簡易なかまどを組んで、他の女将さん連中と一緒になって焼いている。それぞれの旦那ののろけ話にはついて行けないわ、未婚である事に驚かれるわ、結構散々だ。
(「あああ、登志樹さ〜ん!!」)
視界の隅で、サッカーボールを蹴りまわして遊ぶ子供達の中に、当の人物を見つけるが、スクネの前には次から次へとこの薄焼き菓子をくれと人が並ぶ。
イス取りゲームにハンカチ落とし、様々なゲームを展開し、いよいよ最後は影絵芝居だ。と言っても昼間やるから、薄い木の人形をそのまま見せた。
全員参加で、これに声をあてる。
アルジャンが、冒頭の声を担当した。
「ある日ある時ある街に、自らを偽善者と呼ぶ男が居た!」
ぴょ〜んと舞台に飛び出したのは、どこか滑稽な表情と手足をした人形。
どっと笑いが沸く。
「けひゃひゃひゃひゃぁ〜! 報酬? 報酬なんざ、いらねぇなぁ〜」
メティオのセリフに、左右から人の影がサッと飛び出し、わらわらと揺れた。
「お金が要らないなんて、馬鹿じゃないか!?」
「いやいや、きっと徳の高い騎士様なのよ!」
ラスターとバクステルが続けてセリフを放つと、メティオは大得意にいつもの決め台詞。
「ゲヘゲヘゲヘ! いいかぁ〜、よぉ〜く聞け! 俺は偽善者様だぞ〜! 報酬を下さるだとお!? 俺様は偽善ぶるのがだ〜い好きなんだよぉっ! 趣味よ趣味、俺様の楽しい気分を邪魔スンのかよアアン!?」
吟遊詩人の音楽に合わせ、実にコミカルに踊り出す人形。
助けた筈の街の人を蹴散らして、偽善者が行く。
●祭りの後は‥‥
後片付けも済み、夕映えが街を覆い始めていた。
明日からはまた通常の日々が始まるのだろう。
イスに腰掛けた沙華恵の膝の上では、幼い女の子が何時の間にか寝息を立てていた。
貰ったばかりの木櫛で髪を梳いてあげていたら、寝入ってしまった様子。
手には、小さな木のブロックをまるで宝物であるかの様に握り。
「沙華恵さん‥‥」
そっともう引き上げの時間だと告げるスクネに、沙華恵は憂いに満ちた眼差しで答えた。
「私はみんなが可哀相だなんて思わない。誰だっていつかはお父さん、お母さんから離れて自分で働かないといけないんだから。みんなはそれがちょっと早かっただけ‥‥手伝ってもらえます?」
「勿論」
少し寂しげな微笑を浮かべ、スクネはそっと歩み寄る。
「ありがと‥‥」
「ううん。どう致しまして」
クスリ、寝顔を前に優しく微笑む二人。そして、二人してその娘を寝台へ運ぶのであった。