マリーネ姫と王国の試練2外伝〜総監の決断

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月30日〜10月05日

リプレイ公開日:2006年10月08日

●オープニング

●カイン総監の愛のムチ
 冒険者ギルドにギルド長の怒声が轟いた。
「誰だあっ!? こんなふざけた依頼書を書いたヤツはっ!? 担当の記録係、出てこいっ!!」
 その場にいた事務員も記録係も全員がその場に硬直。しばらくすると、書庫の影から小さな少年がびくびく震えながら姿を現した。
「貴様か、この馬鹿野郎っ!! 総監の所へ詫びに行け!!」
 ギルド長はその首根っこをひっつかみ、総監室まで引きずって行った。
「総監殿! この馬鹿者の仕業です!」
「おや、君が?」
 目の前に引っ立てられてきた年端も行かぬ少年の姿に、冒険者ギルド総監カイン・グレイスは目を細める。
「君のような小さな少年が記録係を? ギルドもよほど人手不足と見えますね。名前は何と言うのです?」
「マ、マレーア‥‥マレーア13人衆の12番目‥‥」
「私が尋ねているのは、君の本名ですよ」
「ジ‥‥ジーネって言います。まだ‥‥記録係の‥‥見習いです‥‥」
 年の頃は12歳になるかならないか。粗末な服の下に見え隠れしている手足はほっそりして、今にも折れてしまいそう。巻き毛に飾られたあどけない顔が愛らしい。そのつぶらな瞳にじっと見つめられて、カインもその瞳をまじまじと見つめ返し、次いでジーネの服の下からちらりと覗く鎖骨のラインにちら〜っと目をやると、ギルド長を手招きしてその手から問題の依頼書を受け取る。そして、『マリーネ姫と王国の試練2〜北部領主の密偵』とタイトルの記されたそれをジーネの目の前に広げた。
「君が書いたこの依頼書の最後の文を、声を出して読みなさい」
 言われた通り、ジーネは声を出して次なる文を読み上げる。

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 最後に、カインはウィンターフォルセを襲った首謀者についてぼそりと言った。
「現在の取り調べでは、クレアと名乗る男の吟遊詩人が黒幕との事。
彼等はただ金で雇われただけのようでありました」
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「では、君に尋ねます。なぜここまでしか依頼書に書いてないのですか? その後で私の話した、最も重要なことが書かれていないではありませんか? これは重大な手落ちですよ」
 うつむくジーネの顔がゆがみ、目からは溢れる涙。
「ごめんなさい‥‥羊皮紙の余白が少ししか残っていなかったから‥‥それだけしか書けなかったんです。‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい」
「では鞭打ち10回。それで許してあげましょう」
 さらりと言ってのけるカインの手には、一体いつの間に取り出したものか、教鞭がしっかり握られていた。
「ひぃ‥‥!」
 鞭を見るや、ジーネは怯えて後退り。しかしカインは有無を言わせない。
「壁の前に立って、両手を壁に付きなさい」
「いやだ‥‥許して‥‥」
「男なら覚悟を決めるのです」
 と言いながらジーネの手を取り足を取り胸を取り腰を取り、しっかりポーズを付けさせた。そして‥‥。
 びいいいいいん!!
「あひいいいい!」
 鞭の響きとジーネの叫び。それがきっちり10回続くと、カインは泣きじゃくる少年の肩を優しく抱き、その涙を拭ってやる。
「よく最後まで耐えましたね」
「ううっ‥‥ごめんなさい‥‥」
「今回はこれで許してあげます。でも、忘れないでください。本来書かれているはずの情報が依頼書から抜け落ちていたら、依頼を受けた冒険者が危険にさらされるのです。依頼書の羊皮紙をケチったばかりに、冒険者が命を落とすようなことがあってはならないのです」
「はい‥‥総監‥‥決して忘れません」
 たどたどしく言葉を返しつつカインを見つめる少年の瞳には、微かにときめく心の色が宿る。
「では君に、この依頼書に続く新しい依頼書を書いてもらいます。私の言葉も決して書き漏らしのないよう、しっかり書き留めて下さい」
「はい、カイン総監! 僕、頑張ります!」
 喜びも露わに、少年は新しい依頼書作りに取りかかり始めた。
 ──その時からカインは、少年にとって憧れの人となった。

●カインの密書
 ‥‥とまあ、前置きがいささか長くなったが。ここからは例の依頼書の続きだ。先の依頼書の最後に記されていたカインの発言は、インターフォルセ事変が鎮められた直後に、冒険者達を前にして行われたものである。
「現在の取り調べでは、クレアと名乗る男の吟遊詩人が黒幕との事。彼等はただ金で雇われただけのようでありました。──と、冒険者酒場の名物教官殿などから意見が上がっているようですが、私が思うに事はそう単純ではありません。金で雇われたと見せかけて、実は有力者の弱みを握って金を貢がせているという場合も有り得ます。操り人形を操っているはずの人形使いが、実は人形に操られていたり。さらには人形を操る人形使いが、さらなる黒幕の操り人形であることも、陰謀の世界では大いに有り得るのです。
 ともあれ、フオロ分国の北部に逃げ込んだと目される襲撃の首謀者達を、このまま放置する訳にはいきません。北部の領主達に関しては不穏な噂ばかりが流れて来ますが、幸いにして諸君ら冒険者達の中には、北部領主の密偵との接触に成功した者がいます。密偵との交渉に役立つよう、私からも手土産を渡しましょう」
 カインの手ずからによる密書が冒険者に手渡される。その密書は逃走した首謀者達の居場所を突き止め、その身柄を取り押さえる為に、フオロ分国北部の領主達に情報提供を求めるものだった。

●捕虜の尋問
 続けてカインは冒険者達に求める。
「さらに、頼みたい事があります。‥‥もしかすると私の手で厄介事の種を撒いてしまったのかもしれませんが、その責任は私が背負いましょう」
 先のウィンターフォルセ事変の折り、トルクの騎士を率いるカインの元に投降してきた敵兵の一団がいた。その訴えによれば、彼らはウィル国王エーガンの統治下で騎士身分を奪われた元騎士達。彼らの崇敬するトルク分国王ジーザムが新たなウィル国王となる道を切り開かんとして、襲撃に加わったのだという。
 その投降の作法も元騎士の名に恥じぬ立派なものであり、また敵とはいえウィンターフォルセの領民に何ら危害を及ぼさなかったことにカインは感じ入り、彼らをトルクの捕虜として受け入れたのである。
 現在、捕虜達の身柄はトルクの騎士達が預かっている。
「諸君らも捕虜の尋問に加わって下さい。逃走中の首謀者について、何か手がかりが掴めることを期待しています」

●ガージェス・ルメイという男
 王家調査室の書記リュノー・レゼンの元を、恰幅の良い一人の騎士が訪ねてきた。
「王立空戦騎士団所属、航空騎士のガージェス・ルメイです。この度の冒険者による『王立空戦騎士団の再編成』の建白を知り、彼らの力になれないかと思い、ここへやって来ました」
「そうでしたか! 私も、とても嬉しく思います!」
 リュノーは感極まった。
 トルクのゴーレムグライダーをフオロ王家が得たことを契機として、設立された王立空戦騎士団も、現国王の統治下における混乱のせいで休眠状態。冒険者の建白にしても各方面に打診したが、なしのつぶて。しかし今、ようやくガージェスという協力者を得たのだ。
 リュノーはガージェスに、冒険者達と引き合わせる事を約束した。
 ──ガージェスがいかなる未来に冒険者を引き連れて行くのか、リュノーはまだ何も知らない。

●今回の参加者

 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb4157 グレイ・マリガン(39歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4189 ハルナック・キシュディア(23歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●総監室にて
「お久し振りです、カイン教官‥‥いえ、総監閣下」
 と、冒険者ギルド総監カイン・グレイスの前で、エリーシャ・メロウ(eb4333)が居住まいを正す。
「騎士学院でお教えを受けて以来となりますが、壮健なるお姿を拝見出来たことを嬉しく思います。ウィンターフォルセ事変時は王都を不在にし、トルク騎士として閣下の旗下に集う機会を逃したことが残念でなりません」
「トルクの騎士として役目を果たす機会はまだまだあります。‥‥いえ、本当に大事なのはこれからです」
 と、言葉を贈るカイン。その接し方は騎士学院の訓練場で教えを受けた時と変わることがなく、エリーシャは感銘を受けて答えた。
「閣下が感銘を受けられた程の元騎士方への尋問は大任ですが、全力を以って当たらせて頂きます。立場の違いはあれ、共に陛下を崇敬する者として通じることもありましょう」
 その言葉が終わるのを待ち、ミリランシェル・ガブリエル(ea1782)がカインに問う。
「私は現在、閣下の厳重指導下にありますが、尋問に参加できるでしょうか?」
 先の賢人会議にてとんだ不始末をしでかし、今は王宮への出入り並びに王家の公式行事への参加を差し止められ、さらに依頼での行動中もお目付役に見張られることになった彼女。尋問に参加できなければ仲間のペットの世話をしようかと考えていたが、その心配は無用だった。
「決して単独行動はせず、私の監督下で尋問を行うという条件付きで、参加を認めます。この依頼で貴方が多くを学ぶ事を期待していますよ。ただ、ウィルの責任の取り方に自殺はありません。生きてこそ責任を完うできると心の伽藍に誓って頂けますね?」
 まるで騎士学院の生徒に対するように、カインは言った。
「で、一つ訊ねていいかしら?」
 華岡紅子(eb4412)がカインに質問を向ける。
「ウィンターフォルセ事変の首謀者の謳い文句は、『フオロの元騎士がトルク王を支持』『トルク王をウィル国王に』。これはプロパガンダとしては充分効果あるわね。ウィルを混乱させたい勢力にも、本当にそれを願う勢力にも。トルク内にそういった思想を持つ一派は存在するのかしら?」
 カインは暫し黙考し、言葉を選んで答える。
「凡そ政(まつりごと)の行われるところ、一国の王に不満を抱き、新たなる王の出現を望む声は絶えることが無いものです。しかし選王会議で選出されたウィル国王の権威は全ての分国の王が認めるものであり、トルクの王とその臣民もまた然りです。ウィル国王の権威を蔑ろにした今回の事変は、トルクにとっても王国への反逆以外の何物でもありません」
「ならば『トルクはフオロを支持している』って事をハッキリ知らしめた方が良いと思うの。じゃないと第二第三のフォルセ事変や、冒険者と民衆の衝突もあるでしょうね。カインさん、貴方はそれを回避する為に此処にいるのではなくって?」
 最後の言葉にカインは笑みを漏らす。
「貴方の言う通りです。手は打ちましょう」

●捕虜の尋問
 トルクの騎士達が身柄を預かり、騎士道に則って処遇されることになった捕虜の数は37名。フオロ騎士団の人質となった者が7名。他にもウィンターフォルセが身柄を預かった者が若干名。そして首謀者2人は北方に逃走。以上が増援も含めて100名以上いた襲撃者達のうち、今も生き残っている者の全てである。
 残りの者は全員が戦場で殺害された。殺害は主としてフオロ騎士団の手によって為され、負傷を負い戦闘不能になった者も、戦意を喪失して命乞いをする者達も、悉くその場で斬り殺されたのである。
「では、捕虜達の元へ参りましょう」
 カインが冒険者達を連れて行った先は‥‥冒険者街だった。
「ここはトルクの管轄地であり、何よりも私の権限で捕虜とした以上、私の手元で面倒を見るのが筋というものです。それに、ここなら空き家に不自由はしません」
 捕虜達は5軒の空き家に分散して収容され、トルク騎士団の派遣した衛兵達の監視下に置かれていた。
 一同は2班に分かれて捕虜達の尋問を始めた。
「どんな正義があっても街は民の生活の場。襲撃に加わった事自体が民への危害よ。それが元騎士のやり方? 偉いモノね」
 第1班に加わった紅子が開口一番、微笑を添えてぶつけると、相手はムキになる。
「フオロ王に一矢報いる為にはああするしかなかったんだ!」
「街を焼き払おうとした事も?」
「街を焼いても民の命まで奪うつもりはなかった。だから、我々は民の避難が終わるのを見届けてから戦いを仕掛けたのだ」
 次いで、ミリランシェルが訊ねる。
「自分は天界人だけれど、この国が良くなって欲しいと思っている。その事を理解して欲しいわ。詳しい事を聞かせてくれない? たとえば、どうして投降したのかとか‥‥」
「よもや信じていたトルクの騎士団が、フオロの騎士団と轡を並べて自分達に向かってくるとは思わなかった。その有様を見た瞬間に、我等の掲げていた大義名分は失われたのだ。さりとてそのままトルクに剣を向けるに忍びず、我々には剣を捨ててトルクの軍門に下るより他になかったのだ」
 さらに紅子が訊ねる。
「どうして貴方達は騎士身分を剥奪されたのかしら?」
 捕虜達の答は様々だった。些細な事を理由に反逆の嫌疑をかけられた者もいれば、取るに足りない過失を咎め立てされた者もいる。だが彼らの殆どは、王権強化のために王都の周辺領主の諸権利を取り上げようとする、性急かつ強引なフオロ王のやり方に異を唱えた者。或いは王の不興を買って追放された領主の肩を持ち、王の派遣した代官への協力を渋ったりした者ばかり。当人達の目からすれば、自分達の身分を剥奪しその所領を取り上げたフオロ王のやり口は、正に暴政としか映っていなかった。

●襲撃の首謀者
 一方、第2班では。
「『ジーザム陛下のため』という言葉を口にしてしまった段階で、あなた方は分国王陛下に弓を引いているのも同然です。王道を貫く為とあらば、重き馬車を引くことすら厭わぬ高潔な精神を備えたあの御方が、『自らの名を唱えながらも手段を選ばぬ者』を必要とするとお思いですか? 民を害さず降伏の際に騎士の作法に従ったとはいえ、あなた方が無法の戦を起こす者に荷担してしまったという事実は、決して消えないのです」
 ハルナック・キシュディア(eb4189)の叱責の言葉に、捕虜達はうなだれ押し黙るばかり。これを心痛の現れと見たエリーシャは、柔らかい口調で言い添えた。
「ジーザム陛下が正統なる筋道にてウィル国王となられるならば、それに勝る喜びはありません。しかし陛下はエーガン王の治世に協力しておられます。トルク家に仕えるとはいえ、領地も無き下級騎士に過ぎぬ私如きに、陛下の御心の忖度など及びもつきませんが、トルクとフオロが共に栄えることにあると信じております」
 その言葉に、捕虜の一人が呟く。
「‥‥我々は、間違っていたのか?」
 すかさずキース・ファラン(eb4324)が言葉を返す。
「あの戦いで大義名分が示されたわけでもない。軍師2人を人質に取るなど、外道といえる戦い方だったと聞く。トルクの声望が落ちるだけで逆効果だと思うんだ」
「しかし‥‥あの2人はフオロ側の軍師だ。前もってその自由を封じなければ、自分の身を守るために街の民全てを盾とするような、卑怯な振る舞いに及ぶ危険があったのだ」
 その言葉に冒険者達は顔を見合わせる。捕虜達はフォルセの実状を何も知らされず、都合の良い話ばかりを首謀者から吹き込まれているようにも思える。
 キースは続けた。
「しかし俺自身、トルクのグロウリング卿に面識があるし、先日はジーザム陛下にも謁見する機会を得たんだが、今回みたいな襲撃を命じる人達とは思えないんだよ。まず最初に人質を取り、味方を捨て駒にして魔法で攻撃するみたいなことは、絶対にやらないと思うんだ。
 大義名分があってもこのような戦い方は非難されて当然だし、そんな無理な戦い方をせずに王道的な戦いをすると思うんだ。貴方達が純粋にトルクのためと思っていたのかもしれないが、どう考えても今回の戦い方ではトルクに泥を塗ることになる」
 一呼吸置き、キースは一語一語に真摯な思いを込めて質問した。
「依頼主からどういう風に言われたか、全部話してもらえないか? あなた達の思いが純粋であることをはっきりさせるためにもお願いする」
「王都の門たるフォルセを焼き払えば、それは悪王を討つための戦いの時が来たことを告げる狼煙となる。我々の蜂起を知ればジーザム陛下もエーガンの暴政に幕を引くべく挙兵なされ、他の分国もそれに続く。そう我々は信じていたのだ。──いや。今にして思えば、あのクレアに信じ込まされていたのだ」
「そのクレアなる首謀者について、詳しく聞かせて下さい」
 エリーシャが求めると、捕虜達はそれまで貯め込んでいた思いを吐き出すように話し続けた。
 その話によれば、彼らを率いた首謀者は吟遊詩人クレアを名乗る男。クレアとその手勢の者達は密かにウィルの町々を渡り歩き、フオロ王に不満を持つ者を見つけては、自分達の勢力に引き込んでいったのだ。
 クレアが活動拠点を置いていたのは、ウィル北方の港町カルム。カルムとその近辺にはあちこちに秘密のアジトがあり、そこでフオロ王打倒の謀議が行われ、また戦闘訓練も行われたという。クレア一派に取り込まれた者に対しては十分な衣食住の世話がなされ、さらに武器と防具の一式も不足なく与えられたことから、クレアの背後には豊富な資金力を有する何者かが存在する事が伺えた。
「やはり、彼らは騙されていたのだろうな。トルクとフオロを仲違いさせたい何らかの勢力に」
 尋問を終えたキースは、そう判断せざるを得なかった。
 後ほど、キースが挨拶のために王家調査室の書記リュノー・レゼンを訪ねると、彼は懸念を口にした。
「カルムの街は、敬愛する海戦騎士ルカード・イデル殿と縁が深い港町です。今回のことで、ルカード殿が厄介事に巻き込まれなければいいのですが‥‥」

●空戦騎士団再建
「ここから先には来るなよ」
 連れてきたペットの狩猟犬をドアの外で待たせ、グレイ・マリガン(eb4157)は部屋に足を踏み入れる。ここは航空騎士ガージェス・ルメイとの会見場。
 会見では先ず鎧騎士レイ・リアンドラが、先にマリーネ姫に対して進言した王都の防空力強化策を、集まった全員の前で再び説明。その上で、レイにとっては経験豊富な先輩であるガージェスに、敬意ある態度で求める。
「まずは現状の確認と問題点の洗い出しを行いたく思います。幸い空戦騎士団は休眠状態で、一からの設立ではありません。いかに現存するものを流用することで経費を削減し、新たに人材、物資を取り込めるかが重要でしょう」
 その言葉の後にグレイが続ける。
「現状がよく判らないので、今は提案しかできない。が、敵がグライダーで攻めてきた場合に備えての城の改造や防御兵器も、空戦騎士団が担当するのならどうするか考えないとまずいと思う」
 恰幅の良いガージェスはにこやかに、しかしきっぱりと答えた。
「はっきり言って、王立空戦騎士団が抱える問題は山積みです」
 続く言葉によれば、最大の問題は空戦騎士団の権限で動かせる軍事力がゼロに等しいことだ。
 例を挙げると、王都とその近隣領にはゴーレムグライダーの飛行制限がある。王の発した法令により、何人たりとも王の命令によらずして、王都とその近辺でグライダーを飛ばす事は出来ない。それが認められるのは、王の認めた伝令を遣わす場合や、戦争や災害などの緊急事態が発生した時のみだ。
 もっとも冒険者街のファミレスのように、特例として馬代わりの使用を認める場合もある。その場合にも、屋根の高さ以上を飛んではいけないという制限が加えられる。
 フオロ王家のフロートシップについても同様で、王の命令なくしてこれを動かすことは出来ない。
 このように空戦騎士団という名称の騎士団はあっても、空戦騎士団に供されるべき軍事力は全て王家が独占している状態だ。軍事力を運用する権限を持たない故に、空戦騎士団は王都周辺において、まともな演習一つ行うこともできずにいるという。
「しかし最大の問題は、国王陛下の信任を受けるに足る力量を備えた人物が、騎士団に不在である事です」
 と、ガージェスは言う。
「有り体に申せば、現在の騎士団長にはお飾りの役目しか与えられず、その騎士団長も国王陛下と馬が合わぬが故に、今はご自分の領地に篭もりきりです。また騎士団に所属する航空騎士の殆どが、近年の政治的混乱により、活躍の場を与えられないままでいるのです。
 しかし望みはあります。ここ最近の冒険者達の活躍は目覚ましく、ルーケイ等にも見られるように、今や王国の軍事の一翼を担っています。故に私は思います。指揮系統をいかに整えるかの問題もありますが、今後は空戦騎士団と冒険者諸氏が共に手を携え、王国内の問題解決に当たることこそが、空戦騎士団の再建に至る最も着実な道であると」
 ガージェスの言葉の最後はこのように結ばれた。
 ここで、ハルナックから次の提案が為される。
「騎士団の訓練の中に、弾着観測を加えることを提案します。射撃型ゴーレムやエレメンタルキャノンを初め、兵器の射程が伸びてきております。最近では天界の方々の知識の実用化が徐々に進んでいますし、射程延長の流れは止まらないでしょう。そうなると問題になるのは射撃精度です。
 照準器の開発は天界の方々次第ですが、左右どちらに逸れたか、遠近どちらにそれたか確認し、風信器や海戦騎士団の手旗信号を利用して砲手に素早く情報伝達することは軍の総合力の向上に繋がると思います」
「その提案を採用しましょう」
 即座に返答があった。

 会見の後。レイは騎士学院にドイトレを訪ね、協力を求める。しかしドイトレは言う。
「ガージェスは武術に優れ、知略にも長け、また勇敢でもある。しかし如何せん、好戦的に過ぎるのだ。前線の指揮官は勤まっても、騎士団一つを背負える器ではない」

●王家の禁忌
 北部領主の密偵の元へ単独で赴き、マリーネ姫の母君たるマルーカのことを問い質した
エルシード・カペアドールだったが、密偵の返事は素っ気ない。
「『色狂いの雌犬』の蔑称の由来を知りたいだと? ‥‥そんな質問には答えられんな」
「でも、王の人柄に決定的不信感を抱かせる行為や人間関係が過去にあったのなら、是非知っておきたいわね。北部領主達の不満が、フオロ王家による自分達の権益への侵害、即ち経済的理由に集約できるのなら、王家の財政状態を改善すれば解決の糸口もあるのだけど。もし倫理的理由があるならそれだけでは済まないから」
「ならばはっきり言おう。今やマルーカは過去の人間だ。例え過去に醜聞があったにせよ、今更それを蒸し返す必要は無い。これ以上、話をややこしくするな。北部領主達の主立った不満は、あくまでも貴公の言うところの経済的な理由からだ」