竜の力を継ぎし者〜ナーガ護送

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月21日〜10月26日

リプレイ公開日:2006年10月29日

●オープニング

●『竜との和平団』からの依頼
 人と竜との和平を進める『竜との和平団』の中心人物の1人、ハーベス・ロイ子爵を依頼人とする依頼が、冒険者ギルドに張り出された。
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チの国の学師、サフィオリス・サフィオン卿の助言に基づき、
聖山シーハリオンに向かう『竜との和平団』の随行要員を募集する。
今回のシーハリオン遠征の目的は、ナーガの長老との会見である。
会見場所は先に和平団が訪れた、シーハリオンを間近に臨む山の民の村となる。
また和平団はこの会見に合わせ、ウィルの某所にて保護された
3人のナーガ戦士達を長老の元へ送り届ける。
よって、護衛および世話役としてナーガ戦士の護送に加わる冒険者、
および会見場たる山の民の村にて、会見の準備に携わる冒険者を求む。
竜の眷属たるナーガは山の民が崇敬する種族であり、
中でもその長老には最大の敬意が払われる。
ナーガの長老自らが山の民の村を訪れることは希有の出来事であり、
山の民も最大級の歓待を為さんとする意気込みである。
会見の後には祝宴が予定されているが、冒険者においては品位と節度を保ち、
度の過ぎた非礼によりナーガの長老や山の民の面目を潰すことの無きよう願う。
なお、山の民には酒を嗜む風習無き故、祝宴においても酒は御法度である。
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●山の民について
 ウィル辺境での言い伝えによれば、山の民はいにしえの王族の末裔。遙か昔の戦乱の時代にその国を捨てて、どこの国の領土にも属さない聖山シーハリオンの麓に移り住んだと言われている。
 その生活は極めて質素。山の獣の毛皮や薬草を塩などと交換するため、辺境の町に下りて来ることもある。物々交換には山で採れた砂金を用いることもあるが、人の手で作られた金貨や銅貨は決して受け取らない。貨幣を不浄なる物と信ずるが故である。また、山の民には酒を楽しむ文化が存在しない。

●ナーガについて
 ナーガは大河の上流やシーハリオンの麓で暮らす、竜の末裔とも言われる誇り高き異種族。その男性は人間に似た身体に竜の頭を持ち、女性は人間の上半身に全長5mにもなる蛇の下半身を持つ姿をしている。男女いずれも全身を堅い緑色の鱗に包み、広げれば3m程になる翼を背中に生やす。また口から炎を吐き、自分と同じサイズの人間型生物に変身することもできる。
 ナーガの一部には竜語魔法の使い手がいて、魔法の力で身体を強化したりドラゴンに変身したりする。この竜語魔法の使い手たるナーガは、ドラゴンホーラーと呼ばれる。
 ナーガの性格はいたって温厚だが、自衛のための戦いに臆する事はなく、怒りが頂点に達したときのナーガは極めて凶暴だと言われている。
 竜の眷属たるナーガは、しばしば人間などに神聖視されることもある。様々な知識を貯えており、特に治水や自然に関する知識は高く、教えを乞いに彼等の元へ訪れる人間も数多くいる。
 ナーガは長老を代表とする合議制の共同社会を営んでいる。大河の上流にて、神殿遺跡と見まごう石造りの大きな住居に10家族ぐらいの単位で生活しており、そのようなコロニーが大河の上流各所に点在する。彼等の生活ぶりは大変静かで質素で、他の種族と積極的に関わる事は極めて稀である。

●ロイ子爵の懸念
「本当に大丈夫なのであろうな?」
 と、念を押すロイ子爵。これで何度目だろう?
「心配はいりません。ナーガは基本的に温厚な種族です」
 と、ロイ子爵の協力者たるチの国の学師、サフィオリスは答えた。
「もっとも、怒ったナーガは極めて凶暴ですが‥‥」
「そうだ、それが問題なのだ。フロートシップにナーガを3人も乗せて、暴れられでもしたら船が墜落しかねん」
「それを未然に防ぐために冒険者を雇うのではありませんか? もっとも、冒険者の中にはとんでもないバカをやらかす不届き者もいるようですが‥‥」
 ついつい余計な一言を付け加えてしまうサフィオリス。悪意は無いのだろうが困ったものだ。
「‥‥まあよい。心配ばかりしていても船は進まぬ」
 そこは冒険貴族との異名を取るロイ子爵。心を決めた。
「私も無事な道中であることを願い、力を尽くしましょう。もっとも使用する船は45万枚の金貨にも相当すると言われる王家のフロートシップ。万が一、不手際で墜落するようなことがあればその弁済に‥‥」
「‥‥もうよい」
 ロイ子爵は渋い顔になり、手振りでサフィオリスの言葉を押し止めた。

●今回の参加者

 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4153 リディリア・ザハリアーシュ(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4213 ライナス・フェンラン(45歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7846 レイナス・ギア(26歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8111 神崎 響哉(26歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

無天 焔威(ea0073)/ リーザ・ブランディス(eb4039

●リプレイ本文

●初めての依頼
 扉を開くと、そこは様々な種類の武具に身を固めた者達が、老若男女問わずたむろする広い部屋。
「ここがギルドか。凄いねぇ」
 辺りを見渡すと‥‥自分の装備が頼りなく思えて仕方なくなる。周囲の者達はゴツい鎧や綺麗な装飾のローブ。対して、自分は何の変哲も無いマントに普通の剣、そして元いた世界で愛用していた木刀のみ。
 まぁ、初心者なのだから仕方ない。そう神崎響哉(eb8111)は自分に言い聞かせ、掲示板に張り出された依頼を見る。しかし‥‥。
「‥‥よ、読めない」
 依頼書はセトタ語で書いてあるが、自分はまだ習得していない。仕方なく、近くにいた者に声をかけた。
「すみません。依頼書の文字が読めないんですが‥‥」
「何だ、お前もか。実は俺もだぜ」
 そう答えた相手はレイナス・ギア(eb7846)。
「俺もこの世界に来たばかりだし」
 どうしよう? さらに回りを見渡し、自分と同じ地球人っぽい雰囲気の男を見つけた。かなり派手目な恰好をしている。
「ん? 字が読めない? 代わりに読んでやろうか?」
 セトタ語を習得していた男に、幾つかの依頼書を読んでもらう。
「う〜ん。なんだか良く判らない依頼ばかり‥‥」
「なら、これなんかどうだ? これから俺が参加する依頼だが」
 男は1枚の依頼書を勧め、その内容を語り聞かせる。
「ナーガ、護送?」
 男に尋ねると、ナーガとはこの世界の稀少種族だと教えてくれた。
「これでも受けてみようかな」
 思い立った響哉は早々と手続きを済ませ、適当な椅子を見つけて腰を下ろし、初任務について思いを巡らす。会話は得意だし、これは早速異種族との交流を深める良い機会。楽しみだ。
「よし‥‥初任務。兎に角頑張ろう」
 呟くと、会ったばかりのレイナスに声をかけられた。
「俺も一緒だぜ。よろしくな。さあ、がんばるぞ〜」

●フロートシップ
 冒険者ギルドで手助けをしたついでに、時雨蒼威(eb4097)は初心者二人をフロートシップの発着所に案内してやった。
「さて、春から続く聖山の騒動の謎がやっとナーガから語られるのか、それとも様子見になるだけか‥‥どちらにせよ、これからだな」
 血塗れの竜の羽から続く騒ぎは、未だ騒動が静まるどころか根本的な原因さえ掴めていない。これからも事態は慌しく進展する予感があった。
 船に着くと、ナーガ戦士達がイリア・アドミナル(ea2564)と揉めている。
「どうしてこそこそと隠し事をするのだ!?」
 聖山シーハリオンでの事件から、空飛ぶ船に対してナーガ達が嫌悪感を持つことを懸念したイリアは、これから乗る船がフロートシップである事をナーガには秘密にしようとしたのだ。口止めを仲間にも要求したが、それが不味かった。
「こんな地面の上に船が転がっていれば、それが水の上を行く船でない事くらい、誰にだって分かるぞ!」
「仲間の非礼をお許し下さい」
 シャルロット・プラン(eb4219)が詫びを入れる。
「お察しの通り、これは空を飛ぶ船です」
「ふん! 最初からはっきりそう言えばいいものを!」
 と言いつつ、ナーガ達は船に乗り込む。
「初めて乗るフロートシップでおくつろぎ下さいというのは無理かも知れませんが、艦内のことは出来る限り説明させて頂きます」
「それにしても、何と不細工な乗り物だ」
 などと言いながらも、初めて乗り込むフロートシップはやはり珍しいようで、あれは何だこれは何だと、ナーガ達は盛んにシャルロットへ質問している。
「ほぉ〜、あれがナーガというものか」
 と、好奇心に満ちた目線をナーガに送っているのは、シフールのユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。その姿に惹かれて、地球人の新米冒険者2人がやって来た。
「こいつはすげぇ!」
「キミ、何でこんな所に?」
 訊ねられたので、ユラヴィカは答える。
「わしはこれまで、あまり上位のものではないとはいえ、何度かドラゴンに遭遇したことがあるし、現在も貰った卵から6本足の蜥蜴が孵って育っているところだったりもする。そのせいもあって、ナーガという珍しいものに興味を引かれたというか‥‥」
 答えるうちに、ユラヴィカは2人の地球人の関心が、シフールである自分に向けられているのに気付いた。
「そんなにわしの姿が珍しいか?」

●出航
 シャルロットが学師サフィオリスに確認したところ、彼がナーガ達に教えた一般常識の内容は、セトタ6国それぞれの大まかな国情。そして国の基であり、国政に携わる者が規範とする騎士道。さらには王侯貴族と庶民から成る人間社会の文化。等々。
「もっとも、その全てを彼等が熱心に聞いていた訳ではありません。それでも彼等は戦士だけあって、私の知る様々な会戦や一騎打ちの話を聞かせると、熱心に聞き入っていました。教育期間中、彼等はずっと冒険者街に留まっていましたが、暇な時にはお互いに武術の稽古をしたり、冒険者街で飼われているペットを見物したりで、さほど退屈はしなかった様子です」
「そして、我々は人と竜の融和の為に、彼等を聖山シーハリオンへ送り届けるというわけか。魔物を信用など出来るのだろうか‥‥と言いたい所だが、人間より聡明な種族相手には無用の心配か」
 ランディ・マクファーレン(ea1702)のその言葉を聞き、サフィオリスは注意を促した。
「くれぐれも彼等ナーガを、当人達の前で魔物扱いせぬよう願います。こと、ジ・アース出身の天界人には竜を敵視する傾向が見受けられるようですが、彼等ナーガを魔物扱いしてその怒りを買うことは、最も避けるべきことです」
「つまりは、それがナーガに対する非礼の最たるものということだな?」
「如何にも。また、彼等を人間よりも獣に近い、格下の存在として扱うことも禁物です。竜の眷属たるナーガの誇りを傷つけてはなりません」
「ご教授、感謝する。ともあれ、これは仕事だ。私情は挟まず行こう。非礼を働いてナーガ戦士の怒りを買い、フロートシップもろとも心中するのは御免だからな」
 全ての準備が整うとフロートシップは大地を離れ、シーハリオンを目指して飛び立った。

●ナーガ戦士
 ナーガ戦士達には船内の一室が与えられ、出入り口には冒険者の見張りがついた。
「それにしても狭い部屋だな」
 部屋の中でナーガが愚痴る。
「今日1日の辛抱だ。明日には山の民の村に着く」
 と、室内警護中のライナス・フェンラン(eb4213)が答えた。
「退屈だ。船の中を見回ってくるぞ」
 ナーガの一人が部屋から出て行く。船内の警戒に当たっていたリディリア・ザハリアーシュ(eb4153)がそれに気づき、ナーガに近づいた。
「どちらへ行かれますか?」
「なあに、ただの散歩だ」
 始終、人間が側にぴったりくっついているようでは、ナーガのストレスになる。そう思ったので、リディリアはナーガから十分に距離を置き、それでも決してその姿を見失うことなく警戒を続けた。ナーガは暫し倉庫のあたりをうろつき回っていたが、やがて船の甲板に出る。リディリアもその後に続いた。
 外は風が強かった。時速100キロもの高速を出せる船だが、巡行速度はその半分程度。それでも風当たりは結構に強くなる。
「こうやって外に出てみると、この船が本当に飛んでいるとはっきり分かるな」
 さしものナーガも驚いている様子だったが、そのまま大股で甲板を歩き回る。リディリアも後に続いたが、強い風のせいで歩くのに難儀する。
「そろそろお戻りになられた方が。あまり長い間、姿をお見せにならないと、皆が心配します」
 暫くしてリディリアが言うと、尊大な口調で返事が返ってきた。
「俺はナーガだぞ。か弱い人間とは違う。いらぬ心配をするな」
 実はリディリアは既に、3人のナーガ戦士と顔を合わせている。リディリアはミハイルの依頼を受けた冒険者の1人だった。あの時のナーガ達は、仲間の1人をカオスに操られた事で誇りを傷つけられたようだったが、今では精神的にも安定しているようだ。
 但し、あの依頼での出来事のことは、あえてリディリアも口外することを避けている。

●空飛ぶ船の中で
 ナーガ用の客室では、シフールのユラヴィカがナーガを相手に、ずっと話に興じていた。話題はもっぱら、しふ学校のこと。
「いやまったく。人間界にも増して、シフールの世界とはせせこましいものだ」
 と、町の片隅に身を寄せ合って暮らすちっぽけな住人達が織りなす話に、ナーガ達は呆れたような言葉を発するが、それなりに話を楽しんでもいる。一通り話を終え、ユラヴィカは求める。
「ところで、こうしてお近づきになれたのじゃし。ナーガの皆様の話もお聞かせ願えんかのぅ? 例えば、あちらの暮らしぶりとか、礼儀作法とか‥‥」
「ナーガの家は立派だぞ。人間の住む家など較べ物にならぬ程にな」
 と、ナーガの一人が言い、さらに別の一人が言う。
「我等の礼儀作法で最も大切なのは、これだ。即ち、『竜が斯くあるが如くに我等も生きよ』。即ち、竜の如くに力強く、竜の如くに堂々と、竜の如くに意気高く。そして我等が一族の中において何よりも尊ぶべきは、我等が長老達のお言葉だ」
 話に興じるうちに昼食時となり、冒険者の護衛達もその役割を交代する。
「船内の様子はどうだった?」
 部屋に入って来たディアッカ・ディアボロス(ea5597)にライナスが訊ねた。
「船内くまなく見回りましたが、今のところ異常はありません」
「そうか。では、後を頼む」
 やって来たランディとディアッカに室内警備を任せ、ライナスとユラヴィカは船内の警戒に回る。
「退屈しのぎに話のお相手をします。宜しければ、あなた方の長老様のことを教えていただけますか? 私達が長老様にお会いした時に、失礼のないように」
 ディアッカが求めると、ナーガは快く応じる。
「うむ。我等ナーガの一族には幾人もの長老がおり、その合議によって政(まつりごと)は行われる。長老の言葉は絶対で、我等一族の者は皆、その言葉に服従せねばならぬ」
「はて?」
 小首を傾げるディアッカ。
「どうした?」
「あなた方は長老に断りもなく山を下りたと、私は聞いていたのですが」
「うっ‥‥それは‥‥」
 ナーガ全員が言葉に詰まったが、やがて一人が言う。
「危急に際しては、いちいち長老にお伺いを立てずとも、自らの判断で正邪を判断し行動せよ。──と、長老からは教えられている。我等が山を下りたのは、急ぎ人間界に探りを入れねばならぬと判断してのこと。いずれ長老には報告に向かうつもりであった」
 残りのナーガ達も、そうだそうだと同意した。
「ところで、地球と呼ばれる天界には、こういう変わった品がある」
 と、ランディが手持ちの携帯電話を見せて話題を振る。
「使い方は、こうだ」
 カメラ機能を使い、手始めにディアッカを撮影。
「暇潰しの玩具としては良いのではないかと思う」
 と言って、携帯電話をナーガに手渡す。
「まったく、空飛ぶ船の次にはこれか。人間という生き物は、どうしてこうもおかしな代物を、次々と作りたがるのだ?」
 そう言いながらもナーガはボタンを操作して撮影を始め、やがて携帯電話は仲間から仲間へと手渡されて行く。早速に、はまったようだ。

 非番になると、リディリアは学師サフィオリスのところへ相談に行った。
「懸念すべきは、ナーガ3人が長老に無断で山を下りた点だ。やはり無断というのはまずいだろうか。長老の怒りを買うことも考えられる。ここは冒険者がフォローしたほうがいいのか、それとも3人が自らの意思で反省した態度を見せるほうがいいのか。ここでは人間が口を挟まぬほうがよいのかもしれぬし‥‥」
「これは彼等の問題です。我々は口を挟まず、彼等を見守ることにしましょう」
 と、学師は答えた。

●ナーガの長老
 王都を発った翌日。船は山の民の地に到着した。
 フロートシップの着陸地点は以前と同じく、山の民の集会広場。今、集会広場は人で埋まっていた。この辺境に、よくもこれ程の人々が住んでいたと思える程に。しかも人々の飾り付けも赤、青、白と色鮮やか。
「あの飾りはヒュージドラゴンの羽根で作られているのです」
 と、学師サフィオリスは説明する。
「何年かに一度、空からヒュージドラゴンの羽根が落ちてくると、山の民はそれを材料として飾り物を作り、大切に用いるのです」
 以前にも山の民の地を訪れていたイリアは、これまで学んだ山の民の礼法や注意点を皆に伝える。彼女はナーガや山の民への贈り物として、大量の塩および乾物類を中心とする食料品を用意してもいた。ちなみに彼女は当初、敬意の証として靴を献上することも考えていたが、下界の人間が履くような靴は山の民やナーガにはそぐわないとサフィオリスに諭され、この案は撤回した。
 到着したその日は皆が大忙し。会場の設営に、ナーガの長老を迎えて催される宴の下準備。日没までに何とか仕事を片づけると、早々と床に着く。山岳地帯の夜は特に冷え込んだ。
 翌日。朝の訪れと共に空は虹色に輝き、その輝きが消える頃。ナーガの長老は幾人のお供を従えて、空から現れた。大勢集まった山の民が平伏する中、ナーガ達は地面に降り立つ。その場所は予め丁寧に掃き清められ、さらに白い砂が敷き詰められていた。
「我は竜の眷属たるナーガの長老が一人。我は『教え導き見守る物』なり。人の子達よ、面を上げよ」
 それがナーガの長老の第一声。山の民の族長が恭しい態度で冒険者達を長老に引き合わせ、冒険者達は3人のナーガ戦士を長老に引き渡す。
「この、馬鹿者どもが! 儂(わし)に黙って山を下りおって!」
 3人が長老の前に跪くなり、長老は手に持つ杖でその肩を順繰りに打ち据えた。痛みを堪えつつ3人は顔をしかめる。
「お前達は当面の間、謹慎じゃ!」
 その場で長老の裁きは下された。

●贈り物
 ナーガの長老と冒険者の会見では、今後の協力の約束が両者の間で交わされた。頃合いを見て、時雨蒼威は長老の従者の一人に贈り物を手渡す。
「これを貴方に」
 贈り物は、月乙女の衣。贈る相手は見目麗しきナーガの乙女。
「貴方ならお似合いのことと思います」
 びしっと正装した蒼威だけに、その言葉はさまになった。
「有り難う、人の子よ。今日の記念として大切に使いましょう」
 相手は微笑んで受け取った。
 会見を通して得た蒼威の感触だと、ナーガ達はゴーレムやフロートシップを警戒し、人間には過ぎた力だと考えている。しかし、今回の会見において人間達が示した誠実さも、ナーガ達には認められたようだ。
 その後の宴は大いに盛り上がり、冒険者の誰にとっても良き思い出となった。
 それでも蒼威がようやく緊張を解いたのは、無事に王都へ戻ってからのこと。
「ともあれ、何事もなく済んで良かった。ナーガやウィルへの敵対者にとっては、今回ほどこれほど絶好の機会は無かったからな。上手く会談を壊せば、片や竜、片やゴーレム。‥‥争いが始まればどちらも磨耗する」