黎明ルーケイ〜製鉄業事始め

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:9人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月04日〜11月07日

リプレイ公開日:2006年11月13日

●オープニング

●貴族の血を引く女
 大河は大いなる交通路。今日も数多の川船が行き来する。その中に、用事を得て西へと向かう貴族達の船があった。
 時は昼下がり。船の主たる貴族は、急に船足が鈍ったのを知り従者に問う。
「何事だ?」
「がめつい連中のお出ましです」
 川面を滑るように早々と近づく船がある。
「我等はルーケイ水上兵団! 我等が主、ルーケイ伯の正当なる権利の行使として、この船より通行料を徴収する!」
 相手方の船から呼ばわる声を聞き、船の護衛として乗り込んでいた傭兵が、見下したような物言いをする。
「ありゃ、河賊上がりの連中だな? かつての水蛇団も、ルーケイ伯に取り立てられた今では、ご大層にもルーケイ水上兵団を名乗るか。しかし、中味がそう簡単に変わるわけじゃなし。甘い汁吸わせてやることはねぇ」
 近づいてきた船に向かって、傭兵は怒鳴った。
「おい河賊上がりども! お館様はお急ぎだ! 通行料はツケに回しとけ!」
 居丈高に言い放たれたその言葉に返事が返ってきた。先ほどとは違い、うら若い女の声で。
「私と勝負しろ! おまえが勝ったら通行料は免除してやる!」
「ほほぉ」
 向こうの船に現れたその姿を見て、傭兵は笑いを浮かべる。声の主は歴戦の河賊よろしく右手に剣、左手に盾を備え、さらに革鎧と兜で身を固めている。そのしなやかな身体からは河賊女の荒々しい色香が漂うが、輝くような金髪に飾られたその顔には、どことなく貴族の姫君のような気品がある。その不釣り合いさが傭兵には可笑しく思えた。
「てめぇのような別嬪が河賊の汚れ仕事とは、いただけねぇな! てめぇはどこぞの人買いから売り飛ばされてきたか?」
 挑発的に言い放つと、傭兵は相手の船に飛び乗り、剣を振り上げて女を睨み付ける。
「力の差ってものを教えてやらぁ!」
 女の細腕、その剣など一撃でたたき落とせると踏んで、大きく踏み込み剣を振り下ろす。‥‥次の瞬間、傭兵は自分に何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。振り下ろした剣の下には何もなく、逆に自分の喉元には女の剣が押し当てられていたのだ。
「その喉、このまま掻き切ってやろうか?」
 殺気を孕んだ女の声。
「うう‥‥」
 傭兵は身動きも出来ずに唸る。
「そこまでだ。良い勝負を見せてもらった」
 勝負を見届けた傭兵の主人、貴族の旦那から声がかかった。
「通行料は所望の額を払おう。その代わり、私の護衛にこれ以上手出しはするな」
「判った。約束しよう」
 河賊の女は引き下がり、傭兵は気落ちしながらも主人の元へ戻った。
「ところで、君の名は何と言うのだ? 私には君がただの河賊上がりには見えないのだが」
「私はルーケイ伯が現地家臣団の第5位、リリーン・ミスカ。河賊の頭目ムルーガ・ミスカに育てられし娘。私の母は春をひさぐ女。父の顔を私は知らない。でも、私のこの体に流れるのは貴族の血だ」
「成る程な。河賊に拾われた、どこぞの道楽貴族の落とし種というわけか」
 女の答に、貴族はしばし好奇の眼差しを目の前の女に向け続けた。
 通行料の受け渡しが済むと、貴族達の乗る船は次第に船足を早めていく。遠ざかるリリーンの姿を見やりつつ、貴族の旦那はふと、以前に聞いた話を思い出した。
「そういえば、亡くなって久しきかつてのルーケイ伯には娘がいたそうだな」
 それを聞いて、連れの貴族が言う。
「まさか、あの娘が‥‥」
「いや、ルーケイ伯の娘は自害したと聞いている。ルーケイの反乱が国王軍により鎮められた折りにな。しかし生きていれば、あのリリーンくらいの歳になっているはずだ」
「しかし、仮にあのリリーンがルーケイ家の生き残りだとしても、ああも歳を食ってはもはや行き遅れですな」
 連れの貴族がそんな言葉を吐いた時には、リリーンの姿は川船の遙か後方に遠ざかっていた。

●反逆者の眠る地にて
 東ルーケイはクローバー村の南方、大河の川岸に近い野原に47個の墓標が並ぶ。ここは先の会戦で戦死を遂げた、フオロ王家への反逆者達を埋葬した墓地。木で作られた質素な墓標の前に、野で摘んだ秋の花を捧げると、リリーンは胸の前で両手を組み合わせ、今は亡き彼等に対して黙祷する。
 沈黙の時間はどれだけ長く続いたことだろう。
「リリーン様、そろそろ参りましょう」
 腹心のベージー・ビコにそう言われるまで、リリーンは両手を組み合わせたまま、動かぬ木彫りの像の如く墓標の前に立ち続けていた。
「彼等は今、何処にいるのだろうな?」
 問いかけるようにリリーンは呟き、ベージーは答える。
「彼等の魂は死後、天なる精霊界に昇り、新たな転生の時が来るまで地上の我々を見守っているはず。私はそのように信じます」
「私も幼い頃、そのように聞かされた。それを信じるか?」
「他に何を信じろというのです。リリーン様」
 二人は歩きながら話を続け、やがて墓地からさほど遠くない船着き場にやって来た。
「この土地は、製鉄業の発起人達に貸し与えるはずの土地。しかし、あの2人の冒険者よりもいち早く、この地に眠る反逆者達がこの土地の主人になってしまったような気がする」
「リリーン様もそう思いで? 実は、私もそのように感じていました」
「さて、そろそろ製鉄の話を進めねばならないが」
 辺りを見回してリリーンは言うが、街道と大河とに挟まれたこの辺りには、広がる野原と簡素な船着き場、そして立ち並ぶ47個の墓標以外にめぼしい物は無い。
「あの発起人達にどこまでやれるかな?」
「さあ、それは私にも‥‥」
「とにかく、あの2人からは金は貰ったし約束もした。ベージー、近いうちに依頼を出すから、その準備にかかって欲しい」
「いよいよ製鉄のための人集めですな」
 ふと、リリーンはほくそ笑む。
「そうだ。だがそれだけではない。製鉄業の他にもう一つ、依頼を出す。それは紅花村で計画されている、歓楽地計画の為の人集めだ」
 紅花村とは、かつて生首村と呼ばれていた村。河賊・水蛇団の根拠地であったその村は、冒険者出身のルーケイ伯により改名を求められ、最終的にその名前を紅花村としたのはリリーンだった。
「有能な冒険者とのコネ作りは大事だからな。最初は顔合わせということで、大盤振る舞いの酒宴といこう。会場は宴会も立派に出来る豪勢な大型川船。飲み放題の食べ放題、傍らに女も侍らせて酌もさせよう。望みとあらば男も侍らす。歌うもよし、舞い踊るもよし、ペットに芸をさせるもよし。さらに、有益なる献策を為したる者には報奨金を与えようぞ」
「それはまた豪勢な! リリーン様が本気を出したら、あの発起人2人も喰われかねませんぜ!」
「ふふ、この程度のことで喰われてどうする? あの2人がどう出るか、楽しみだ」
 製鉄と歓楽地、この二つの試みが互いに競い合う関係になった形だ。
 さて、製鉄業の発起人達はどう出るだろうか? リリーンに習い、豪勢な酒宴で人を集めるか、あるいは地道に真面目にこつこつと人材を集めるか? 既にリリーンには大金を渡しているから、発起人が必要と認めた経費はリリーンの懐から補われる。預けた金が続く間は。
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 役に立つ人材求む!

 先の先を見越して、製鉄と真面目に取り組みたい冒険者を歓迎!
 詳しくは2人の発起人に要相談!
 なお、ペットの持ち込みについても発起人に要相談!
 魔獣・猛獣ペットの持ち込みにはご注意あれ!
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●今回の参加者

 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4291 黒畑 緑郎(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4598 御多々良 岩鉄斎(63歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

イェーガー・ラタイン(ea6382)/ グレイ・マリガン(eb4157)/ 物輪 試(eb4163)/ ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105

●リプレイ本文

●製鉄基金
 製鉄業発起人の一人、リセット・マーベリック(ea7400)は冒険者ギルドに1千Gを預けていた。製鉄業起業のための準備金として。
 この度、その準備金はカイン総監預かりとなった。今後、製鉄関連の依頼に参加する冒険者はこの準備金を自由に使用できる。
 但しリセットの要望により、1人が一度に300Gを越える額を使おうとする場合には、その依頼の参加者の3分の2以上の賛成が必要という条件がつく。なお、今回の依頼報酬は1人あたり10G。発起人以外の参加者に支払われる。
 リセットは今回さらに、この製鉄基金に400Gを追加した。

●ウィルの鉄製品
「さてさて、やる事がいっぱいありますね」
 もう一人の製鉄業発起人、信者福袋(eb4064)は手始めに、鉄製品の相場を調べようと冒険者街から王都の街中に繰り出した。が‥‥。
「おまえさんの連れてるそれは何じゃ?」
 福袋の後からついて来るのはペットの幼い熊である。
「心配いりません。大人しい熊です」
「しかし熊を連れて商店巡りとは、冒険者はやる事が違うのぉ」
 店では主人に呆れられる。
「わ〜い! 熊だ、熊だ!」
「しっ! 近づいてはいけませんよ!」
 道を歩けば、はしゃぐ子どもにたしなめる母親の声が。
 そのうち警備兵までやって来て小言を言われる始末。
「まったく、近頃の天界人というものは‥‥」
 ぐだぐたぐだぐだ‥‥。
 もう一匹のペットのヒポカンプスは、陸上では普通っぽい馬に化けているからいいが、小熊でも熊を街中で連れ回すのは問題である。
 それはさておき、相場の方は確かめられた。
 サカイ商会の商品もそうだが、調理用ナイフや鍋などの日用品の売値は30C〜1Gが相場だ。武器になると売値の幅はもっと広がる。で、街の商人の言うところ、原価は売値の半額が基本らしい。
「ゴーレムの剣や鎧はどうやって作ってるんでしょう?」
 街の武器屋の親爺に尋ねると、親爺はもったいぶって答える。
「ああいうでっかい剣や鎧は、王家に代々仕えるジャイアントの鍛冶師がこしらえるのさ。流石にああいう大物を狂い無く鍛えるには、相当な腕がいる。王家もそういう鍛冶師だけは、絶対に手放そうとはせんものだ」
 ま、所詮は店の親爺の話だ。
 街から戻ると、福袋はワンド子爵領に手紙を出す。かつて依頼で知り合った、井戸掘りドワーフ様達との伝を求めてだ。彼らを通して鉱山のドワーフ様たちと繋がりが持てるかもしれないし、製鉄の際に出る汚水の問題でも何か大事な事を教えてくれるかもしれない。

●製鉄利権
 リセットは騎士学院を訪れ、自分の所有するゴーレムを預からせている担当者に頼む。
「現在、私が所有する2体のウッドゴーレムを、製鉄依頼の参加者が自由に使えるように手続を願います」
「それは出来ません」
「え?」
「依頼にはどんな人間が参加するか分からないからです。不注意で壊されたり盗まれたりした場合、その責任は誰が取りますか? まして悪意を持った人物の手に渡り、犯罪に使われでもしたら、学院もその責を問われます。ウッドゴーレムとはいえ、立派な兵器である事をお忘れなく。学院からの持ち出しは所有者である貴方が責任をもって行い、その上で依頼の参加者に貸し出して下さい。もちろん、参加者への監督を忘れずに」
 そういうわけで、リセットの願いは叶わなず。
 続いて彼女が訪れたのは、法律に詳しい騎士学院教官。
「製鉄依頼の過程と結果で得られた成果は、誰に属することになりますか?」
「最も重要なのは、貴方が主従契約を結んだルーケイ伯との間に、製鉄に関して如何なる契約が結ばれているかです。ちなみにルーケイ伯からは資金や物資による支援を受けていますか?」
「いいえ、全て私の持ち出しです。但し、土地だけはルーケイ伯に服属する地元領主から借りています」
「土地の借り受けは無償で?」
「いいえ。製鉄の諸経費も含め、1千Gを私が出して借り受けました」
「対価を払っている以上は、土地についても問題はないでしょう。全て貴方が自力で賄っているのですから、製鉄事業の成果は貴方に属します。ルーケイ伯は製鉄事業の全てを貴方に任せるか、もしくは貴方の納得する対価を払ってその成果を買い取るというのが、法的に見て順当なやり方になるでしょう。但し、製鉄事業で大きな利益が生じれば、それは人の欲をかき立てます。隙を見せれば手を突っ込んで押し広げ、利益をかすめとらんとする有象無象は世に絶えぬものです。ですから後の揉め事を避けるためにも、事業に関する契約は最初のうちにきちんと取り決め、権利の所属については子細に渡って明かにしておくことをお勧めします」
「ご教授、有り難う御座います」
 リセットは礼を述べ、50Gを示す。
「これは知識への対価として」
「しかし、これは多すぎます」
「では、学院への寄付として」
「判りました。そういう事であれば」
 教官は謹んで謝礼を受け取った。

●談判
 続いてリセットは信者福袋と共に、土地の貸し主の元に赴いた。
「製鉄に関して、あなた方に利権の取り分が出た場合、その利権をルーケイ伯に渡すよう願います。伯の同意は得ています」
「また、せっかちだね。うまいこと鉄が造れるかも判らないうちから。そういう話は事業が順調に進んで成果が出てから、持ち寄ればいいじゃないか?」
 ムルーガの物腰は柔らかいが、そこは元河賊の女頭目。にこやかな笑顔の裏で、したたかに計算を働かせているに違いない。やはり狙い目は製鉄の利益が出た時だろう。
「大勢の冒険者の手を借りねば成功は覚束無い事業ですから、後の利益配分のためにも権利関係を単純化しておきたいのです」
 と、リセットは重ねて言う。本音は無用の口出しを阻みたい事が伺われた。
「お互い、本音を話そうじゃないかい」
 ムルーガが真顔になって言う。
「あたしが望むのは面倒見ている民を殺させず餓えさせず、子を沢山作らせて、寿命が来るまで長生きさせてやることさ。パンを大きくする儲け話は大歓迎。だけど、鉄は畑を耕す鍬にもなれば、人を殺す剣にもなる。鉄を大量に作ればそれは野心ある者、敵意を抱く者を惹きつける。そいつらが現れた時、真っ先にあんた達とその事業を守るのは誰だい? あたしら『水蛇団』改め『ルーケイ水上兵団』さ。事業の安全を守る以上、伯に利権を渡せと言うなら、
その対価はしっかり払って貰おうじゃないか」
「おっしゃることは良く判りました」
 と、福袋。
「私どもといたしましても、今後とも良好な協力関係を保ちたく願う次第です。それに、大規模な木材の輸送などはお願いしないといけないですしね」
 色には出さぬが、上前をはねられずにしたいのは本音であろう。
 ムルーガの顔に笑みが戻った。
「これからも付き合いは長い。商談を焦るこたぁないよ」

●環境対策
「一応、私も錬金術を学んで来たので磁石や鉄の事はある程度知ってはいるのですが」
 と、言いながら、セレス・ブリッジ(ea4471)はリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)の作業を見守っている。
「地球人とは知識の差が大きいですけど、勉強になりますし」
「この廃液処理法、地球ではフェライト法と言うのだそうです」
 と、リュドミラが言う。
「教わった言語をそのまま使って恐縮ですが。まず、バリラと石灰を混合してソーダを作り、中和という作業を行った後、廃液を加熱します」
 バリラとは植物を灰にしたもの。ソーダとは地球で言うところの炭酸ナトリウム。
「次に廃液の中に石灰と磁石の粉、なければ砂鉄を微量加えます。そうすれば、廃液の中にあるジュウキンゾク(重金属)というものが分離して沈殿するそうですので、あとはこれを砂や木炭で吸着させ、回収すれば廃液を無害化できるそうです」
 リュドミラが今、行っているのは、その実験のためのソーダ作りだ。ちなみにこのフェライト法を教えたのは、天界人の女医ということだった。
 一方、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)はストーン魔法による廃液石化処理の実験中。泥水を染みこませた土塊に魔法をかけると、土塊はガチガチの石と化した。
「ううむ、これは凄い」
 と、見学中の黒畑緑郎(eb4291)が唸る。
「いやしかし、その60%が水で出来ているという人体が、魔法でガチガチの石人形になるのだ。水を含んだ土塊が石になるのは当然と言うべきか。さて、リュドミラ氏も色々と試しているようだが、私も魔法以外の手段で廃液を浄化できるか、色々試してみよう。とりあえず少量の廃液なら樽で、大量なら壁や底を防水した池を作って、汚水溜めとした上で処理するか‥‥」
 ふと、疑問が緑郎の心中に浮かぶ。
「廃液を満たした樽に石化の魔法をかけたらどうなる? 中の廃液もそのまま石化するのか?」

●沼鉄・石灰・木炭
 製鉄業の発起人達が言うには、ルーケイでの製鉄に必要なものは沼鉄と石灰と木炭、この3つだと言う。南ルーケイの沼沢地帯では、沼鉄が得やすい。
「で、これが沼鉄ですか?」
 村人の手によって沼地から引き揚げられた沼鉄は、現地調査を進めるルメリア・アドミナル(ea8594)の目には最初、褐色の土の塊としか映らなかった。しかし、触ってみると土ではなく石の手触り。
「見たところ不純物が多そうですね」
 住民達は網で沼の底を浚って沼鉄を得、炉で粗鉄とした後に、鍛冶屋が鍛えて鉄製品に作り上げるのだという。但し、これまでは自給分しか採取しておらず、沼地の底に眠る沼鉄の総量までは判らない。また、沼鉄が採れる沼は概して人の手が加わっておらず、水源や水田としての利用も為されていない。水質は他の沼と同様、生水で飲めば病を得る恐れが高い。
 次いでルメリアは仲間から借りたフライングブルームに乗り、石灰岩の採取場へ向かう。場所は紅花村からさらに西に位置する大河の南岸だ。
 石灰岩を焼成したものが石灰で、モルタルの原料ともなる。採取場にはかなりの石灰を採取した跡があったが、川岸に露呈する石灰岩層の厚さからして、採り尽くすのはかなり先だろう。石灰岩の欠片を手に取って調べると、純白に近い。純度は高そうだ。
 ついでに木炭作りの現場にも足を運ぶ。木炭の原料となる木材は、トルク分国領に近い南ルーケイの森で伐採され、木材として紅花村に運ばれたその一部から木炭が作られる。但し、炭焼き職人の腕によって、炭の質に結構なばらつきがあった。

●製鉄虎の巻き
 工房建設予定地付近には、小さな森や林があちこちに点在している。シュタールはそんな森の一つに足を運び、切り取った木の枝を携えて戻って来た。
「樫(かし)に楢(なら)、木質の硬い木ばかりで木炭にはうってつけだ」
 硬い木で作った木炭は、長時間に渡って燃え続ける。
「リュドミラさん、例のスクロールをこちらへ」
 持って来させたスクロールは製鉄の虎の巻。自分を始め、製鉄について良く知る仲間のアドバイスがリュドミラの手で纏めてある。これを教科書に、シュタールは皆に教えて聞かせる。たたら炉、築炉、木炭の作成法、天秤吹子や水車による送風、等々。但し、ここに集った冒険者達には技術の蓄積がなく、製鉄はゼロから始めるにも等しいのだ。
「今回は3日と短い期間なので殆ど何も出来ぬが、実験炉についてはホルレー男爵領の『まりえのアトリエ』でも共同で行う事を、一応提案しておこう」
 地球の練金術師、まりえの都合がつけばの話だが。

●砂鉄
「いつか必ず、あなた方の愛したルーケイを復活させます。霊あらばぼくに力を貸してください」
 山下博士(eb4096)は独り、47個の墓標に向かって敬意を表し祈りを捧げる。暫くして近づく足音。その方に顔を向けると、付添人のベージー・ビコがいた。
「済んだか?」
「はい」
「では、行くか」
 ベージーに案内人を頼み、その部下達を護衛として付き添わせ、博士は工房建設予定地に近い大河の岸辺で調査を始める。大きな丸石のそば、岩の裂け目、等。岩の裂け目に生える草の根に付く土砂も、丹念に監察。そうしてお目当ての物を次々と発見した。
 黒い細かな砂粒。携帯してきた地球製の磁石を近づけると、面白いように磁石に吸い寄せられる。砂鉄だ。
「ほお、面白い物を持っているな」
 磁石での作業を見てベージーが言う。
 続いて博士は、砂金採りのような比重の違いを利用したやり方で、砂鉄の選別を試みる。平たい皿に入れた川縁の土砂を川の水の中に入れ、大きな小石は手でのぞき、細かい土砂は水の中で円を描くように揺すって取り除く。
 暫く続けると、流されにくい黒い粒が皿の底に溜まって行く。もしやその中に金色の輝きが見えはしないかと目を凝らすが、ついぞ見付かることはなかった。
 集めた黒い粒に磁石を近づけて純度を確かめると、8割方が吸い付いた。つまり、比重を利用した選別方法でも、良質の砂鉄が入手可能と言うことだ。博士はにやりと笑みを漏らした。

●工房建設予定地
 ここは船着き場の近く。製鉄業発起人達に貸し与えられた土地。
「一つ。色々な試みが行え、小さくても様々な求めに応えられる、練度・忠誠度共に高い工房より始める。
 二つ。工房技術を上げる為の、様々な企てを為す。
 三つ。製鉄工房には簡単な総合工房を併設し、馬車・台車・大型鍬などを作製する。
 四つ。事業の進展で造る物や数の見通しが立った折りに、多人数の分業体制で生産の行える工房を併設、もしくはより条件の良い場所に建設する。
 以上を、我が輩は提案するぞい」
 冷たさを増す秋風、そよぐ草にも聞かせるように言い放ち、御多々良岩鉄斎(eb4598)は集まった仲間達に目をやる。反応が返って来ないので、ちょっと気後れ。
 だってここにはまだ何も建っていない。地均しもされていない野原が広がるばかり。
「まあこんな感じかの? 小さくても言うことを聞いてくれる工房から始めるのは、出来ることなのか、それとも無理なのか、ウィルの慣習に合うものなのか?」
「建物を造ることは出来る。大変なのは工房を続けて行くことだ」
 と、付添人のベージー・ビコが言う。岩鉄斎、それに答えて、
「まずはやってみんことには何にもならんし、できもせんことをやってもしかたないからの」
「できもせんことに、協力などするか」
 と、ベージー。
「俺も人集めに協力してやる。とはいえ、最初から腕のいい職人が来るとは期待するなよ」
「これを」
 と、リュドミラがベージーに差し出したのは、広げれば5mにもなる魔法用スクロール。その一部を使い、端の方から文字が書き連ねてある。これが製鉄虎の巻。
「天界人の皆様の知識による、製鉄法の記録です。この国の職人たちにもわかりやすい形で、うまく言い換えて記録しておけば、天界人考案の新しい方法を多くの人に伝えることができますしね」
「どれどれ‥‥何? タタラ製鉄?」
 ベージーは食い入るように目で文字を追っていたが、読み終わってニヤリと笑い、
「やるじゃねぇか」
 たった一言だけ口にした。