●リプレイ本文
●基礎訓練
「‥‥何があったか知らんが、これだけ長期間放っぽかれたら、操縦技術が鈍るよな。 ‥‥まぁ、再開してくれたのは素直にありがたいが」
市川敬輔(eb4271)は苦笑い。不定期とはいえ、前回からかなりの時間が経った。
「もう秋か‥‥」
葉が見事な色に染まる道を眺めながら、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は声を漏らす。
「治療院創設の時に二人乗りでセレまで飛んだから、独自にかなり経験だけは積んだわよ。でも、何ヶ月ぶりかしら?」
腕が夜泣きしていたと語るエルシード・カペアドール(eb4395)
「私もシャルロットさんも、実戦を経験しましたよね」
前回の五月末から経験した戦いを思い浮かべる越野春陽(eb4578)。
「さて‥‥」
レイ・リアンドラ(eb4326)は新顔を見渡し、
「今回の初学者は比較的実力が高い方が多いので適正のある方には基本は自由意思に任せ、我流の箇所やまずい癖などを指摘する方向で行いたいと思いますが‥‥」
既にリーダー格なシャルロット・プラン(eb4219)に尋ねた。
「事実上、空戦騎士団の団長や幹部は空位との事。あなたの意見通り、捨て置く訳には行きません。誰も第一人者が居ないならば、私たちがなるべきです」
既に航空騎士位を得て久しい、優者の義務を果たさんともやや気負いもあるシャルロット。
「そうですね。私たちががんばらないと」
そう言うリュード・フロウ(eb4392)とて、既に参加メンバーの中では腕利きに入る。
一方、こちらは初学者達。
「えー。今回戦闘は無いのか?」
戦いで手柄を立て、航空騎士位を物にしようと準備してきたグレイ・マリガン(eb4157)。なんだか少しがっかりしている。
「実戦訓練と言っても、グライダーの話である。先ずは乗りこなすことが先決じゃ」
ドイトレは彼の誤解を解いている。
「自分は、力を試したいだけなんだが‥‥」
「グレイさん。無茶はだめです。未経験の事なんだから、経験者の方の指示及びアドバイスに全面的に従う方がいいですよ。教官の言うことを聞かず、勝手なことをやるのは論外です」
ハルナック・キシュディア(eb4189)は、逸りすぎるグレイに落ち着くよう声を掛ける。物はグライダーである。チャオットや普通のゴーレムみたいに、急に操縦不能になっても停止するだけでは済まないのだ。無茶をやって墜落すれば怪我で済めば御の字だ。
「だけど‥‥」
「グライダーの搭乗経験が無い状態から高い技術を身に付けた方のノウハウが、今の私達にとり最も価値のあるものですよ」
ハルナックは静かにそう言った。
「私も少々の段飛ばしの無茶はする積もりですが、基礎訓練と単独飛行訓練を飛ばして、いきなり実戦訓練なんて言うのは論外です」
ある程度の無茶をしても実力を示したいのはシュバルツ・バルト(eb4155)も同じ。しかし、それにも限度と言う物がある。答えを過程まで含めてそのまま書き写せ。と言われて実行できない者に、自力で回答する能力はない。
「ボクは基礎訓練だね♪」
ルヴィア・レヴィア(eb4263)は、何を見ても凄いすごいの連発。
「せんぷぁ〜い判らないんですー。ドジでのろまな亀ですみません」
教えてくれないならテクを盗んでやる。と言わんばかりの彼女のような者こそ、実は最も上達が早いのでは無いだろうか?
初日は、高所恐怖症など不適正者をチェックするための、教官や上級者の操縦による同乗体験飛行。器具を使っての地上訓練。おきまりの基礎訓練が開始される。
経験者で単独飛行が可能な者は、訓練補助や自己の勘戻しのための再訓練を行う。
「そこ!」
シャルロットの叱咤の声が飛ぶ。普段の柔和な物腰と異なりかなり厳しめの言動だ。いや、こうでなくては危険なのである。空は飛んでいるだけで命を落とす危険があるのだから。
敬輔とレイは、初学者の手取り足取り熱心だ。初学者ではないがクナード・ヴィバーチェ(eb4056)も熱心に基本訓練にいそしむ。
「こうしてグライダーに触れるのも、何カ月ぶりだろう。チャリオットに乗る機会は結構あるが、グライダーとなるとなかなか乗る機会に恵まれないからな」
しかし地上でのゴーレムの経験は確実に彼の腕を上げていた。以前は分厚い手袋をして触れていた感じがする。機体の反応が違うのだ。
「ああ、そうか‥‥」
教えつつ思わずそう口にするエルシード。教える側に立って、初めて発見した事実がある。そして、自ら発見した物は教えられた物よりも遙かに彼女をスキルアップ。また、教わる方も密かなる鍛錬の結果、侮れない進展を見せている者が少なくない。
グライダーの歴史は浅い。まだまだ教官側の人間も手探り状態なのだ。ただ、リューズ・ザジ(eb4197)の持ち込んだ『ピリカのドッキドキ☆地獄特訓のーと』が後進指導に役に立った。今後恐らく、要点やデータの蓄積はこれを土台としてまとめられて行くことだろう。
座学では春陽が天界の知識としての特殊飛行技術を開陳する。
基本としての宙返り。上昇宙返りの頂点で横転し切り返す、インメルマンターン。それと同じ事を降下宙返りで行うスプリットS。後方からの攻撃を交わす錐揉み運動のバレルロール。高度変化による速度と機有エネルギーの変換技術を駆使し、後方から迫る敵をオーバーシュートさせるヨーヨー。
「ターン技術は砲丸攻撃で普通に使いますし、すれ違いざまに槍を交わす騎士の戦いでも重要です。また敵は騎士とは限りません。後方から襲撃してくる魔獣の類もあるのです。そう言ったときにこれらの技術は活きてきます」
●応用訓練
初学者の基礎訓練が終わった後で、漸く応用訓練だ。実戦を想定した訓練だけに皆目つきが違う。一つ間違えば仲間を殺すかも知れないし、仲間に殺されるかも知れない。訓練とは言え、否、訓練だからこそ実戦よりも厳しい部分がある。
むぎゅっとにゃんこを抱きしめた後檻に入れた時雨蒼威(eb4097)は、航空弓士目指して猛特訓。想定される敵は魔獣である。先ずは地上で片手装てんの練習。
「意外とこれは難しいぞ」
通常利き手でグライダーを掴むことになるから、操作は利き手とは逆の手だ。まだ地上なので操縦しながらよりも簡単ではあるが、かなり手こずる。
「‥‥と、引く動作で体がぶれた。これじゃ操縦時には機体が大きく揺れそうだ」
それは状況によっては墜落や接触事故に繋がりかねない。
「蒼威卿。問題を識る事が解決の第一歩じゃ」
声を掛けたのはドイトレである。
「鍛錬で解決するか、装てん装置の開発など発明で解決するか、それとも画期的な運用方法を考案して解決するか。いずれにしてもなんらかの手段で乗り越えないと不可なのう。装甲チャリオットで有名な卿ならば、おそらく簡易な装てん装置を開発してくれることじゃろう。そうなれば未熟な者でも十分な戦力となる。‥‥期待したい」
「ふむ。装てん装置か‥‥」
蒼威はそちらの方向で検討に入る。
「ランスに限らず私が片手で扱える様な武器でグライダーに乗ったまま扱える物となると条件が厳しいですわね」
同様の事を考えていたジャクリーンが思案に加わった。
「取り回しだけじゃなくて、巻上げを補助する機構が開発されればより大きな物が搭載出来そうですけど」
「詰めてみる必要が有りそうだな。手伝ってくれるか?」
蒼威は頭を下げた。
上空から逆落とし、獲物を狙う猛禽類のようにスピードを上げて襲い来るのはエルシード。
「出来る!」
あの時とは実力が違う。経験が違う。日頃の鍛錬と治療院創設の時に二人乗りでセレまで飛んだ経験は、エルシードの能力を一変させていた。ぐんと迫る大地の標的を真っ向から見据え砲丸を切り離す。そして直後に引き起こし。
「おお!」
拍手と歓声が耳に届く。砲丸は見事標的を粉砕した。バガン用の盾の端を砕いて、バガンに見立てた岩に命中。一部が砕かれて破片が飛び散る。
「ぐ‥‥うぅぅぅ!」
だが、急上昇に移ったエルシードは、自分の体重が何倍にも為っている事に遭遇。思ったよりも後の行動が緩慢だ。やり方を工夫しないと弓兵の良い的になるかも知れない。
「上昇しては駄目だわ。投下後は水平移動」
二度目のチャレンジ。今度はさっきよりも負担が少ない。ただ、最高スピードに近いため、細かな運動は無理だ。いっそそのまま加速して離脱した方が安全に思えた。
「エルシードさん。基本的に砲丸攻撃は一撃離脱になるかしら」
積んだ砲丸の補給に地上に降り立ったはエルシードに、春陽が歩いて行く。
「そうね。特性上どうしてもそうならざるを得ないわ」
「空の戦いは、従来の騎士の戦いとは違った物になるでしょう。早急に空戦の戦い方、作法を新規に樹立することが必要では無いでしょうか?」
「春陽卿」
話に加わるププリエ・コーダ。
「スピードを落としたグライダーは良い的になる」
「空戦でも、馬上槍試合的な戦いが推奨ですか?」
「双方がその気ならば、問題はない。しかし、レイ卿の建白では魔獣対策と聞く。魔獣相手に騎士道の縛りはない」
ププリエはそう断じた。
「地球では、航空機搭載の射撃武器での攻撃が基本な為、相手の背後をとることが空戦の原則です。天界の戦では、空戦に参加する者達は皆その積もりで戦っておりますが、背後からの攻撃は騎士道上問題有りと思われますか?」
春陽は確認する。仮にも一国の正騎士、その見解は公の共通認識であろう。
「それが天界の作法なのか? 勿論双方が納得してのものならば、余人が喙を容れる謂われは無い。だが、作法が異なるならば問題となる。齟齬がないよう戦う前に申し合わせておく必要があるだろう」
つまり、双方の合意があることが騎士道に適うか背くかの分かれ道となると言うことだ。
「ププリエ卿。未熟者ですが、お手合わせを希望します」
威儀を正して申し込むレイとエリーシャ・メロウ(eb4333)。
「良かろう。その様子では空戦でか?」
「はい」
訓練用のランスが用意される。安全を確保するために、柄は実戦のものよりも折れやすく加工済み。穂先がコルクの玉で分厚く海綿を巻いている。それに顔料が含まされているのだ。
「反行戦か? 並行戦か?」
ププリエが尋ねる。反行戦とは槍試合のようにすれ違いざまに攻撃を応酬する戦い。並行戦とは併走しながら戦うやり方だ。前者は突撃による突きが主体になり、後者は得物を振り回すのが主体になる。
「反行戦を」
つまり、槍試合のグライダー版である。航空騎士の戦いとしてはまさに華。何人も文句が付けれない戦いである。
「良かろう。訓練ゆえそちらは介添えをつけろ。操縦不能でグライダーを失ってはドイトレに悪い」
「ププリエ殿。私が務めましょう」
リューズとリュードが名乗り出た。後部座席にあって、エリーシャやレイが操縦不能になった場合に機体を立て直す役目だ。
(「ププリエ卿のお手並みを拝見したい」)
それには実際にランスを交えるよりも良きポジション。墜落死を防ぐためにロープでエリーシャとレイの体が座席に固定される。リューズはエリーシャの、リュードはレイの介添え人だ。
「二度すれ違う。二度目に交差したときに勝負だ。一槍まともに命中させたほうを勝ちとする。最初はエリーシャ殿。次はレイ殿とだ」
ププリエは宣言し小脇に手挟んだランスを構え、グライダーを上昇させる。挑戦者達も倣って上空へ。機体は速度を増して行く。低い気温と風のため、ひどい寒さを覚えるはずだが、挑戦者達は胸の高鳴りのため寒さを覚えない。
「先を越されましたか‥‥」
地上ではシャルロットがうらやましそう。
二機はスピードを上げてすれ違い、コースを確認した。そして、再び同じコースを取り交差する。槍試合と同様、相手を自分の左に置いてランスを繰り出す。
「うっ!」
エリーシャは何が起こったか判らなかった。ププリエに向けて突き出したランスが失われている。そして、胸に強い衝撃を受けた。それでもなんとかグライダーを操り続けているのは、日頃の心身の鍛錬による賜物であろう。だが、これが実戦だったら‥‥。
エリーシャは自信を持つと同時に現在の実力を確認した。
(「凄い腕だ。‥‥ランスが接触した瞬間、エリーシャのランスが弾き飛ばされた。あれは攻防一体の業と言うべきだな」)
後ろから観戦していたリューズは、事の顛末をはっきりと網膜に焼き付けていた。隔絶した技量の差が無ければ、あり得ない。
次の挑戦者はレイである。同じく先ずすれ違ってコースを確認。ターンを行い二度目の交差。
(「消えた!」)
レイが思った瞬間。首筋に軽い衝撃。顔料がべったりと着いた。
「レイ殿。空は前後左右だけでなく上下もあります」
ププリエは交差の瞬間降下しつつランスの穂先を首筋にかすめたのだ。実戦ならば首の血脈を傷つける鎧外れの位置に。
それから休憩を挟んで、リュードと敬輔が中心となる編隊飛行訓練。
リュードもは言う。
「仮想敵は魔獣です。なのでどこから襲ってくるか判りません。編隊戦闘訓練では僚機との索敵→接敵→戦闘の流れを確認します」
敬輔は少し具体的だ。
「編隊を組むことにはいろいろと利点がある。一つは警戒の利。チームを組んで警戒方向を決めておく事により、早期の敵発見がしやすくなる。空戦は先手必勝って言うのがあるからな。一つは相互支援の利。役割を決め背後を支援する者がいれば、思い切った働きが出来る」
訓練の持つ意味を理解した後、実際に行う。参加者の練度は見る見る上がっていった。
●耐寒訓練
「集合!」
最終日の午後。ププリエが呼ばわった。
「ただ今より実戦型耐寒訓練を行う。予め断って置くが、この訓練は命の保証はしない。我と思わん志願者のみで実施する。チの国流は些か厳しいぞ」
そもそも軍とは戦争を通して鍛え上げられ、精強さを増すものである。よって実戦経験の無い軍は実力を軽んじられる。
中立国とは自分からは戦わぬ国。よって自然と実戦経験が無い騎士が多くなる。しかし、軽んじられては中立を守れない。ならばどうするか? その答えが実戦以上に苛烈な訓練である。
チの国の訓練は時には少なくない死人が出るほどで有名。その血がチの国の平和を維持してきたと言っても過言ではない。彼と戦うことが算盤に合わない多大な出血を強いられることだと認識されて、初めて戦わすに済むのである。
「チの国流の耐寒訓練をやられますか。それでは、自分の腕でどこまでやれるか、試させて下さい」
真っ先に名乗り出たのはグレイである。まだまだ未熟な腕ながらその意気や良し。
「‥‥死ぬぞ。その腕では生き延びる方が難しい」
ププリエは断じた。
最初にジャクリーンが問うた。
「耐寒訓練というのはグライダーに騎乗してのものでしょうか? そうでしたら参加させて頂きますが、陸上での訓練となると体力の問題で参加しても完遂は難しそうですし不参加とさせて頂きますわ」
「グライダーでの訓練だ」
ププリエの答えにジャクリーンは挙手。
「喜んで参加させて頂きます。未熟とはいえこの身はウィルの騎士、チの方々に遅れは取れません。歯を食いしばってでも最後までやり遂げんと誓います」
エリーシャが進み出る。
「今の私の実力がどの程度のものか知りたいし、チの国の訓練法も興味があるしね」
やるからにはトップを目指す積もりのエルシード
リュードは質問を挟む。
「途中での棄権は許されますか? 最後の判断の見定めもまた訓練だと考えます。騎士の勇気は蛮勇とは違うものなのですから。ましてや鎧騎士が駆るゴーレムは私物ではなく、預かっているものです」
「もちろんだ。己自身を見極めるかどうかも重大な評価事項だ」
ならばとリュードは一歩前へ。先日の経験で寒さ問題を痛感している春陽もそれに続いた。慎重だった敬輔、レイ、クナード、そしてシャルロットも訓練に加わる。
航空騎士と航空従騎士の主立った者が手を挙げた後、続いて蒼威がこう言った。
「俺も加えてくれ。これでも一領主として民を抱える身、また俺の望むものの為に実績と信頼と己自身の胆識は、火を踏んでも勝ち得る必要がある」
強い意志と実力に裏付けられた自信が相貌に現れる。
「よかろう。見極めは自分自身で行え」
こうして耐寒訓練は始まった。
「先ずこちらで用意した物に着替えてくれ」
ププリエが運ばせたのはフードのついたキルトの上下である。
「着用の後、そこの水槽に入り、然る後に飛行訓練に入る。各自己の限界を見極めよ。いいか、この訓練では体力と精神力と判断力を見極める」
ざわざわと声がする。水槽からは湯気が出ている。ぬるま湯だ。
「ん? これは‥‥」
蒼威は気づいた。只のぬるま湯では無い。これは暖められた塩水。
「始まりだ。続け!」
ププリエは真っ先に水槽へ。キルトは塩水を吸いしっとりと濡れた。その濡れた服でグライダー後部座席にまたがると、
「航空候補生グレイ・マリガン。卿にまだ単独操縦は任せられない。よって私が同行する。前に座れ」
まよよとグレイは覚悟を決めた。この冗談のような本気の訓練。これで死ぬなら自分はそれまでの男だ。
グライダーは一機、また一機と空を征く。強い風を受けて濡れたキルトは体温を奪って行く。スピードが上がると体感温度は零下に達したと思われた。
(「無茶だ。馬鹿げている」)
と、思いつつも。クナードは敢えてこの暴挙に身を任せる。
(「バラン殿について行くことを思えば‥‥」)
エリーシャはものかわと飛んで行く。同時に
「コースと姿勢を工夫して、体力を温存して! シュバルツ殿。顔色が悪いし機体がふらついている。無理せず棄権されよ」
近くの仲間に声を掛ける。
こうして挑戦者達は、ププリエの後を追い雲の中へ。体感温度はさらに下がって行く。雲をいくつも突き抜けて上空に出たププリエは、急旋回で輪を描く。
(「低体温症になるとやっかいだ」)
敬輔は鳥肌が立ち震える体を量り、ここが限界と見定めた。脱落の意志を示すバンクを行い、ゆっくりと引き返す。手を用意のカバーで風から守っていたため操縦はまだ危なげない。蒼威も素直に自分の限界を見切りそれに続いた。春陽もペットボトルに詰めたお湯が冷めてしまったので、大事をとって引き返す。
されど、まだ行けると訓練を続ける者もあった。リューズは青ざめた頬でププリエに追いすがり、エルシードもそれに倣った。
「なるほど、自分の限界を知ると言うのも大切です」
シャルロットはなるべく空気抵抗を受けない前傾姿勢で追ってきたため、かなりの体力を残していた。用意の温石も指先の感覚を確かな物に保たせている。
今のところ、参加者が退く勇気を持っている真の武人であったためと、エリーシャが事故を起こさぬように声掛けを徹底していたため、一人の事故者も出していない。
(「ふむ。個人の勇を恃む者ではないな」)
ププリエは参加者の一人一人を観察しつつ評価した。
さらに時間が経過し、結局最終的に残ったのは、シャルロットとエリーシャ。そしてレイであった。風を読み、風を利用する飛行を心がけていたレイもまた、体力を無駄に消費しなかったためである。
「訓練終了! これより帰還する!」
三人は慎重を期してププリエに続く。
さて、この訓練に参加した者は皆満身創痍であった。特にププリエ機に同乗していたグレイの状態が最も酷かった。意地を通し、気を失うまで弱音を吐かなかったためである。
グレイ本人は全く記憶にない事だが、脈が正常になるまで人肌で暖めてくれたのはププリエであったがこれは余談。
●空戦騎士団
耐寒訓練が終わった日の夕刻。シャルロット、レイ、エリーシャの三人はドイトレに呼ばれた。
「何事ですか?」
問うシャルロットに向けて、
「これから見ることは他言無用。まだ極一部の者しか知らぬでな」
ドイトレは唇立てた人差し指を見せる。かなり長い時間歩いた末にたどり着いた格納庫。
「‥‥きれいだ!」
エリーシャは思わず声を漏らした。目の前に見たこともないゴーレムがある。フォルムはスマートで美しい。
「これがコロナ・ドラグーンである。盟友リグに納めるためにここに運ばれてきた」
ドイトレは声を潜めるように話す。
「未だトルクにも数えるほどしかない。内密の試験のため、グライダー講習を中断しておった。バガンの何倍も強く、しかも空を飛ぶ」
「ドイトレ殿。これを見せても良いのか?」
尋ねるシャルロットに、
「貴殿らにはその資格がある。何せ、新生空戦騎士団の幹部であるのだからな」
「「え?」」
レイとエリーシャが唱和して聞き返す。
「卿(おんみ)らはいずれ、ドラグーンに乗る日が来るであろう」
困惑の三人の耳に後ろから届く声。
「で、殿下!」
カーロン王子がそこにいた。
「シャルロット・プラン。汝を空戦騎士団団長に任ずる」
片膝を着き、王子から鞘ごと渡されるサンソードを押し戴くシャルロット。騎士団長ともなれば、いずれは正騎士となって国運を担う者である。プラン家の復辟は半ば為ったも同然。思わず涙がこぼれる。
「レイ・リアンドラ。汝を航空騎士に叙し、合わせて空戦騎士団副長に任ずる。シャルロット団長を輔弼せよ」
「はは。ありがたき幸せ」
恩賜の剣を受け取るレイ。
最後にカーロンは、エリーシャに向かい
「エリーシャ・メロウ。汝を叙すのは私ではない」
手招きで現れたのはエルム・クリークとカイン・グレイス
「エリーシャ・メロウ。ジーザム陛下の名代として任命します。空戦騎士団副長としてトルクとウィルのために働いてください。そして、いつの日にかあなたがドラグーンを駆る雄姿を拝見したものです」
カインの手からサンソードが手渡された。
「新生空戦騎士団は、トルク家の物でもフオロ家の物でもありません。ウィルの剣としてウィルのために働く騎士団です」
賢人会議の意を承けて、トルクが譲歩した結果であった。尤も、このドラグーンの存在は、まだエーガン王ですら知らぬ秘密であると言う。
「父上も兄上も少しづつ変わって来た。しかし、強すぎるゴーレムの存在はトルクに対する疑念を大きくしかねない。いずれ時が来れば話せる日も来ると思う」
賢人会議に対する連名以来、一年前には考えられないくらい両家の仲は修復されている。しかし、トルクとフオロの対立が深刻であったのは事実である。密かに開発されていたドラグーンの存在は、一つ間違えばエーガン王やエーロン王子の猜疑心を煽りかねない。
カインは云う。
「ドラグーンがフオロに向けられたトルクの剣ではなく、ウィルの鎮めたる守り刀となる為には、あなた方の力が必要です。トルクでもフオロでも無い、ウィルの国の騎士団を建設せねばなりません」
「はっ。未熟なる我が身の全てに換えても」
レイが宣誓する。
「それがジーザム陛下の思し召しとあらば是非もございません」
エリーシャの献身。
「私は、再編に関しては海戦騎士団や冒険ギルドと連携を深め、実戦を繰り返し実績を築いていくべきではと愚考いたします。冒険者ギルドがフオロの物であると同時にトルクの物であるように、新生空戦騎士団もあれたら幸いに存じます」
シャルロットは団長としての方針の是非を問い。ジーザム名代を務めるカインと、フオロ家として融和を望むカーロンが頷くことで承認した。ただ、解決しなければならない問題は多い。
「‥‥私もいつか‥‥これに‥‥」
あこがれの光を宿して、エリーシャは見つめる。
「なぁに簡単だ。俺と五分に戦えるようになったら、直ぐにでも用立ててやる」
エルムは妹をからかう兄のように軽口を叩いた。
この日、航空騎士に叙されたのは他にリューズ・ザジ、ジャクリーン・ジーン・オーカー、市川敬輔、リュード・フロウ、エルシード・カペアドールと多きに渡り、グレンを除く参加者は、最低でも航空従騎士となっていた。これらのメンバーが今後、新生空戦騎士団の中核となって行くことだろう。
●送別会
陽精霊がほのかな光を残し、空から絶えた頃。騎士学院の学食を借りてささやかなる宴が開かれた。
準備の中心はリューズ。まだダメージの残る体を押して準備を進めた。質素なパーティーである。
主賓を迎え、エリーシャが代表して挨拶をする。
「ププリエ卿、ご帰国なさるのですか? 名高き正騎士にご指導を賜った栄誉、忘れはしません。ご恩は騎士として大成しお返し致したく存じます。ププリエ卿とチの国の未来に、竜と精霊の加護のあらんことを」
乾杯の声、歓談の歌。和やかな雰囲気の中人々が集う。
「‥‥握手を、していだいても宜しいでしょうか?」
リューズはププリエに申し出た。ププリエは口元を緩ませて
「ああ」
と応じる。握る手がとても力強かった。