●リプレイ本文
●吟遊詩人
マリーネ姫の無聊をお慰めせんとギルドに集まってきたのは、いずれも歴戦のつわものばかり。名簿に並ぶ名は、青海いさな(eb4604)とタント・シング(eb8416)を除けば皆それぞれに曰く付き。
「事は国事に関わります。他言無用の誓約が依頼をお願いする条件。皆様冒険者は騎士身分でありますれば、誓うの一言で十分です」
ギルドの係員は、いつになく難しい顔で話す。
「ハッハッハ! もちろんだとも。マリーネ姫の安産は、大船に乗った積もりでこのサー様に任せ給え」
対蹠的に陽気そのもののサー・ブルクエルツ(ea7106)。生まれてこの方悩みなんて抱いたことなど無い。と、思われるほどの明るさだ。彼に理由も理屈も要らないと係員は思った。
「‥‥姫の前で、その‥‥隠し所を覆う布きれは見せないように。追加であなただけは誓っていただきたい」
急にいじけるサー。例に漏れず錦の褌を堂々と晒し、後ろから見ると尻が露出している。ウィルの標準的な考えでは、貴人の前に出る格好ではない。
「‥‥これが‥‥これが‥‥格好いいのにぃ‥‥」
「あと、そこの妖しげなかぶり物もご遠慮願います」
「Σ!」
とどめの一言。塩を掛けたナメクジのように、隅っこで小さくなってしまった。
「もちろんです。カーロン王子殿下の依頼とあらば、いかなる場合でも承ります。名誉に誓って他言致しません」
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は、何のてらいも無くそう言い切る。余の者も、次々と誓約した。
誓約がすむと実は‥‥と、係員は裏の事情を説明する。
「近頃評判の姉妹の吟遊詩人がおりまして、その調査をお願いしたいのです。ご存じの通り、最近吟遊詩人の姿で不逞の輩を扇動する者もおります。王都にやってきた二人が、スパイであったら敵いません。役人も証拠は何もないので逮捕はできないとの事。客として関わり、怪しい所がないか探っていただきたい」
「‥‥なるほど、そんな裏があろうとは、な‥‥」
オルステッド・ブライオン(ea2449)は思慮深い面で深呼吸。
「‥‥では私は、正面から堂々と、その吟遊詩人とやらにマリーネ姫様に献上する歌を作ってもらおうか‥‥。聞けばマリーネ姫は幼少の頃身内を失い、また民とこの国の未来を憂いておられるという‥‥母親の抱く不安はおなかの子供に悪影響だという‥‥。ならば、姫様のお心を蝕まんとする闇を振り払うのみ」
剣を抜いてその平に接吻する。
「俺は直接接触の他にも、影ながら調査しようと思う。こいつが役に立ってくれるはず」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)は、隠身の勾玉を取り出し係員に示す。
「読唇術が使えるが‥‥。この世界は自動翻訳だったな」
会話を目で読みとることは無理に思えた。
「なに、こいつで」
気を取り直して取り出すのは、天界の利器携帯電話。バッテリーはまだ十分にある。
そこへ、
「私は監視と捜査に専念します」
任せて欲しいとディアッカ・ディアボロス(ea5597)
「わしも少しは手伝えるかのう? 歌を作ってもらうために調べていると言う名目で」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が依頼目的での調査として、立ち回り先や宿など訊いて回ることにする。
「で、必要な経費は‥‥色々と物入りになりそうだが」
オラースが確認する。
「勿論、全額王家から出ます。多少の散財も調査のためと証明できればお支払いします。何事もなければこれ幸い、あなた方は王家の費用で名を高める事ができましょう。決して無駄骨にはなりません」
「ハッハッハ! このサー様に任せてくれ給え。私の冒険。2倍なんていわず、2000倍くらい脚色して美化してくれたら嬉しいナ。ハッハッハ!」
サー様復活。今度は褌をズボンの中に入れていた。
●しふしふマンの冒険
ぱたぱた。羽音も高くユラヴィカは行く。
「確かこの辺じゃったか‥‥」
二人の吟遊詩人は街の宿屋に連泊と聞く。中堅層が住む地区で、旅の商人なども泊まる意外と立派な宿だ。用心棒が不審者を通さぬよう、棍棒を持って見張っている。
「すまんがのう。評判の吟遊詩人の宿はここかな?」
「ほう。お客さんか。あんたも天界人の冒険者殿か?」
ユラヴィカの身なりを見て、愛想良く答える。
「ああ、そうじゃ。わしの歌を作って貰いたいのじゃ」
「下手な宮廷絵師に頼むより、名が売れるそうだからな。あんたで5人待ちだ。宿の酒場で飲み食いして待つといい」
宿の一階は居酒屋である。ユラヴィカは相場通りに銅貨を一枚手渡すと中へ入る。
異種族の醜美は判らぬが、整った顔立ちの二人の吟遊詩人。羽帽子を被り杯を手にしているのはそばかすが目立つ若い乙女。
「できる‥‥」
幾多の修羅場をくぐってきたユラヴィカの目はごまかせない。あの身のこなしは、相当武術を鍛錬した者のそれである。それも実戦で身につけた物と言うよりは、正規の訓練を受けた者。どことなく気品が感じられるのはそのためであろう。
方や、その姉貴分であろう異国装束の女性は武人のそれでは無い。されど舞は武に通ずの譬え通り、こちらも一芸に秀でた人物であることは間違いない。
「‥‥次の方‥‥小さな戦士さん。あなたですよ」
にっこり笑うそばかすの女の子。
「えーと‥‥」
「妹のルシャンタです」
「わしの英雄詩を創って貰いたいのじゃが」
「ね。どんなのがいいの?」
聞かれるままにユラヴィカは話す。大魚釣りや、猪退治。シフールのとっては結構な冒険だが。だが、相手が聞き上手のせいか、気が付くと夢中になってしまい身振り手振りの派手な語りになっていた。
話し終えたユラヴィカに満たされた満足感。快い疲労に酒が美味い。
(「し、しまったのぢゃ。つい夢中になりすぎたのぢゃ」)
「しふしふ〜。ねえさま、曲をお願い。ダンスの拍子で‥‥」
ルシャンタが語り始めた。
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碧い瞳に 碧い髪 肌は赤銅 さながらに
星をば映す 両の眼に 尊き野心 燃えている
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ さぁ聞かせてよ
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ 今胸躍る
あなたの 不思議な 冒険を
大きな丸い 怪魚の目 船をも飲まん 様見えぬ
振るう勇気に 燃える頬 光の力 呪を放つ
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ さぁ聞かせてよ
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ 今胸躍る
あなたの 不思議な 冒険を
鼻息荒き 猪の 猛る吠え声 野に響く
鋭き牙は 血を啜り 猪突猛進 迫り来る
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ さぁ聞かせてよ
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ 今胸躍る
あなたの 不思議な 冒険を
縮れあがった もじゃ頭 仮面の怪人 何のその
白き魔獣を 供にする ゆかしき乙女 ロマンスも
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ さぁ聞かせてよ
しふ し・ふ・ しふ し・ふ・ 今胸躍る
あなたの 不思議な 冒険を
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「20Gになりまーす。ありがとうございました〜」
気が付くと、支払いを済ませて宿を出ていた。
「うわ〜ん。失敗なのぢゃ〜!」
●ビーカー人の末裔
三弦の異形のリュート。音も一般の物よりは明るい華やかな色だ。妖しいまでの大人の魅力を湛えたご婦人である。
「あ、あのう‥‥」
「あちきに用でありますか?」
広場で商売を始めた吟遊詩人がアシュレーに問い返した。
「あんたたち。噂の美人姉妹だね」
「ねぇさま。あたしら美人だって‥‥」
ほっかりと、そばかすが印象的な女性が笑う。うん。器量うんぬんは好みだろうけど、確かにこの笑顔は逸品だ。夜の色ボケ帝王と名高い愛妻家の彼でなければ、ここで新たなロマンスが生まれたかも知れない。しかし、彼の心に住み着いているのはルーシェ・アトレリア只一人。
ルーシェには換えられない。世の宝もまた富も、有名な人になることも、人の誉める言葉も心を動かさない。なぜならば、ルーシェで心が満たされているのだから。
「俺の物語を添削して欲しい」
そうして、語り出す言葉。一通り聞き終えた後、マレーヴァは奇妙なリュートをばちで叩く。
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こは天の国ブリタニア 遠き昔の物語
ロンディニームの砦より 進みて遙か南西の
ソールズベリの平原に かつて偉大なる王ありき
精霊を愛す王なれば 彼も精霊に愛されぬ
王が統(しら)す彼の土地は 精霊の加護ありて富み栄えん。
されどカオスの奸計に 民は精霊と王を怪しみて 遂にはこれを封じたり
嗚呼度し難し愚昧の徒 栄えを与えし精霊を 忌みせし民こそ愚かなれ
それより数えて幾星霜 栄えし国は地に埋もれ 今や一面の草の原
只石柱が往時を証す
時は過ぎ 時は満ち 勇者はまさしく挑み来たれり
鹿の角を焼いたノミ 鹿の肩骨で掘った穴 その痕まさに生々し
往時を忍ぶ石柱は 天を征する石の神殿 神と精霊の寝所なり
聖なる地ぞストーンヘンジ
天地(あめつち)に 輝く光が勇者を待てり
いにしえのビーカー人(びと)の流れにて
その名も高きアシュレー・ウォルサム
これに従うつわものは いずれも天下無双の士
無手の夜桜 騎士のジェームス 軽業戦士のイグニスに
バードのケンイチここにあり
魔法使いのロットとエリンティア 巨人騎士のマックスに
ジャパンの浪人陸奥と黒畑
宿世に集う十勇士 粛々と征く決戦の地
真に人は不実なり 力を願い力を恐れ 恩を仇で報いれば
精霊は人の子の敵とならん
思え 自然を司る精霊が 自然と分かたれ獄の中
されど 勇者は愛のため 悩みし精霊王のため
涙を願いに換えて弓を取る
精霊殺しの剣は断つ 永き迷いと苦しみを
嬰児(みどりご)が 産声上げし永い夜
癒しの御子の生誕を 諸人こぞりて祝う夜
最後の戦いが綴られん
最後の敵は妖精王 月の乙女を従いて
無礼ぞ奴(うぬ)と向かい討たば
勇者ら残らず戎衣(じゅうい)を染めて
血潮淋漓(りんり)と迸(ほとばし)る
されど鍛えに鍛えたる 勇者アシュレイの強弓が
精霊王を繋ぎ止めん
太古の呪いはかく消えて 王は願いに気付きたり
真の願いに気付きたり 未来を受け継ぐ者を見ゆ
王は死なず消えゆくのみ 勇者らに輝ける未来を託し
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●暁の騎士
男は黙ってエールを飲む。目を瞑り、楽の音に耳を傾け黙々と。
「戦士さん。あなたの番です」
「うむ」
オルステッドは立ち上がり、吟遊詩人をぐいと見据えて、言った。
「‥‥そう、これは言葉の力による冒険者の戦いなのだ‥‥。
‥‥異世界では、何度もこちらの世界で言うカオスの者どもと戦う機会があった。
特に、竜戦士の故郷の国や、私がよくいたノルマンという国では、国全土を巻き込んだ戦乱となり、私をはじめ冒険者たちも戦いに加わった‥‥
‥‥そして私はカオスの者を狩る騎士団に入団し、とうとうカオスを統べる王の一人と対峙する事になった‥‥。
‥‥それは想像を絶する死闘だった。巨大魔獣をけしかけられたり、主君の姫君をさらわれたり、主君と戦う羽目になったり‥‥敵はただ暴力を持つだけでなく、人の心にまで挑戦してきたのだ。
‥‥だが、仲間たちと協力して、ついに王を打ち倒すことが出来た‥‥
‥‥私に刻まれた『カン騎士団正隊員』『魔王殺し』の称号、それはいかなる悪も混沌をも滅する、仲間との絆の証なのだ‥‥
‥‥たとえどれほど濃く、深い闇であろうとも、夜明けは必ずやって来る‥‥」
意に反し、吟遊詩人の反応は特にない。ただこう答えた。
「主(ぬし)様は、深い悲しみを背負っておいでです」
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闇より冥(くら)き地の底に カオスの国がありまして
奈落の底の根本から 地上を呑まんと攻め寄せる
腐毒の花に盲(めしい)たる か弱き人ぞ世に踊る
人の心に挑みたる カオスの王の狡猾さ
真闇(まやみ)迫れるカンの国 カオスを統べる王の業
人は人にぞ刃向け 地上の義人絶える時
カンの正騎士ここに立つ 名はオルステッド・ブライオン
味方の死骸(むくろ)乗り越えて 彼は進みぬ修羅の道
巨大魔獣もなにあらん 正義に結ぶ丈夫(ますらお)の
磨きし腕と心には いかで敵せん至邪(しじゃ)の徒(と)は
天の怒りか地の声か カオスの王の断末魔
正義と愛と友情と 忠義に結ぶこの凱歌
今ぞ来りぬ朝の虹 四海の海は雄叫(おたけ)びて
九天の空は輝きて 『魔王殺し』を誉め讃わん
まなじり高きつわものの 名はオルステッド・ブライオン
世人(よびと)捧げん誉れの名 『暁の騎士』ここにあり
二度と開かぬ朝は無く 二度と戻らぬ平和無し
如何なる悪も混沌も 滅する人の絆ゆえ
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すっきりとまとまった詩には、なんの邪気も感じられなかった。こうして夜も更け、初日の接触は終わった。
●ハレンチな悪魔
夕刻。本日の一番手はサー。
「ハッハッハ! 君達が噂の吟遊詩人か! お初にお目に掛かる。私はサー・ブルクエルツだ」
「‥‥よ、よろしく。ルシャンタです」
なんだかタジタジの吟遊詩人。
「やっぱり何かやましいことがあるのぢゃろうか?」
ユラヴィカは隠れて様子をうかがうディアッカに訊いた
「‥‥いや、違うと思います」
相手がサー様だと、初対面の者は大抵ああなる。なので全く参考にならない。
「レディ。これは私からのプレゼントだ。遠慮なく受け取ってくれ給え」
お手製の粘土で創ったサー様像である。
「これでいつでも私と一緒に居られると言う訳だ」
「‥‥は、はい‥‥」
今にも泣きそうなそばかすの少女。
「ご参考までに聞いておきますが、有名になりたい理由は」
「もちろん☆彡 女の子からキャ〜ステキーって言われたいから。それ以外のものは眼中に無いなぁ」
率直極まり無い答え。
「あはは‥‥そうですか」
乾いた笑いが返ってきたが、元より気にするサーでは無い。
「では行くぞ」
一人でまくし立てること6時間。すっかり日が暮れた頃、話はようやく終末を迎えた。
敵は、良家の子女には近づけたくないHなデビルと呼ばれるカオスども。
獣の毛皮を纏いメタルロットを振り回すカオスや、サカイ商店の広告を褌にしたカオス。そいつらが隙あらば婦女子に邪な事をしようと試みる。一言で言えば、イエモトまっ青なハレンチな所行。
「で、対抗するにはこちらもパワーアップしなきゃいけない。私は超進化すべくヘビーヘルム、プレートメイル。そう言った重武装を一気に脱ぎ捨てた。今まで振っていたハルバードを3倍の早さで振るうためだ。鎧の下に隠されていた妖艶な踊り娘の衣装があでやかに光る。完成された肉体の美は、目にするうら若き娘達に歓声を上げさせずにはおかれない。たちまちキャーキャーと黄色い声が木霊したね。それから私はハルバードにむんとオーラを込めた。ピンクの光に包まれる。こうしてサーパワーを身に纏いサー様と化した私は、唸るハルバードで言語道断なデビルを一刀両断! それはもう、地元の娘っこ達はキャ〜サー様ステキッ☆てなカンジだね!」
実際に
「くー。くー」
「おや、ルシャンタ君。‥‥売れっ子とは辛いものだ。いい夢を見てお休み」
「ん‥‥うーん。好きです‥‥陛下」
寝ぼけたルシャンタは思い人の夢を見て、事もあろうにサーの差し出す手を取り頬をすりすり。
「ハッハッハ! 困ったなぁ。私には熱狂的なファンが多すぎてね。ルシャンタ君の思いに答えたら、大変なことになる。いやぁ〜もてる男は辛いよハッハッハ!」
「好‥‥き。くー。くー」
「まいったなぁ〜」
仮令如何なる問題があろうとも、サーの本質は限りない善意の人である。腕を枕に提供し、そのまま一夜が過ぎた。
「きゃぁ! なに? なあに! なんであなたがここにいるのよ!」
「ハッハッハ! 照れ隠しかいベイビー」
この後起こった惨状については、あまりのこと故特に秘す。
●監視
ディアッカは根を詰めて張り込んでいた。
初日は二回の宿屋に泊まり、二日目はサーの腕でうたた寝。これと言って不審人物との接触は無い。リシーヴメモリーで得られた情報も、不自然な物は無かった。
判ったことと言えば
「ルシャンタと言う女の子は、陛下と呼ばれる人に片思いです。二人はチの国からやってきました」
会話の端で得た情報を裏付ける物ばかり。
「それにしても、陛下とは誰でしょう?」
ディアッカは世界に何人も居ない称号に戸惑った。
●小さな英雄
次の夕刻。やってきたのはルエラ。
「実はカーロン王子殿下からの依頼で、マリーネ姫様の無聊を慰むるために、心躍る英雄譚を集めているんだ。残念ながら私は話があまり得意ではないので、マリーネ姫様がお喜びになるような心躍る英雄譚を作ってはもらえないだろうか?」
考え抜いた上での判断だ。真実こそが最も説得力がある。
「さようですか? 主様のご希望はいかがなものでありましょう」
マレーヴァの問いに、これまた正直に自分の体験談を話す。
「ある嘘つきの少年が自分の嘘がもとで牢屋に入れられ、魔物に襲われるが多くの仲間たちがこれを救い、自由を取り戻した」
彼女の息子となった『ククスラ・スラン』の物語である。話しながら注意深く観察する。話の途中、ククスの名前が出てきたときに、おや? と言うような反応があった。
「どうかしましたか?」
「いえ。私の国の人の名が出てきたので‥‥」
シシリス、パパス、カカットなど、音節がリピートするのはチの国の名前の特徴である。
「あなたのお国はチなんですか?」
「生まれは違います。でも、永く腰を落ち着けていたのがチの国でした」
不思議な笑みを浮かべるマレーヴァ。暗黙のうちに根ほり葉ほり聞くのが躊躇われる。
ジャン! 異形のリュートが鳴らされる。
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下町のいたずらっ子 ククスラ・スラン
ほんとはとってもとっても良い子
今夜街に オオカミの化け物が来るよと言った
嘘つきのいたずらっ子 ククスラ・スラン
ほんとはさびしいさびしい子供
今日も街で オオカミの化け物が来るよと言った
下町のさびしがりや ククスラ・スラン
ほんとに困った困った子供
牢屋の中で オオカミの化け物が来るよと言った
牢屋を襲う化け物は こうもり翼の黒い猫
操る魔物はオオカミ男 人喰い鬼と勢揃い
だけどだけど大丈夫 ルエラ母さんがここにいるよ
だけどだけど大丈夫 エデン兄さんがここにいるよ
お家を一つ壊しても ルエラ母さん守ってくれる
牢屋の奥に下っても エデン兄さん戦うよ
ごらんよククス見てごらん おまえは一人きりじゃない
ごらんよククス見てごらん 街のみんなが呼んでるよ
下町のいたずらっ子 ククスラ・スラン
ほんとにとってもとっても良い子
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●星祭りの密(ひそか)
七夕祭り。天界の星の祭りである。
「で、星の姫君と婿君を祭り、笹に飾り物をし願い事をかける行事なんだよ」
いさなは簡単に説明した。するとマレーヴァはバチを取り一つの歌を語り出す。
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たかい高いお山に ともしび光る
きょうは七夕 お星さま降るぞ
青い光と 赤い光と
緑と黄土 呼んでいるよ
皆みんな集まれ 提灯下げて
きょうは七夕 お星さま降るぞ
銀の花びら 金の花びら
夜空に咲くよ いっぱいに
歌えうたえ皆で 心を合わせ
きょうは七夕 お星さま降るぞ
――――――――――――――――――――
「‥‥これは?」
いさなが聞き返す。
「千年生きていると言うシフールのエリス・エレから聞いた、異国に伝わる童謡(わざうた)です。これが何を示すのか判りませんが、七夕と言う天界の祭りと関わりがあるようですね」
「七夕を知っているなら話が早い」
早速いさなは話を始める。祭りに使う、天にも届きそうなほどの大きな笹を取りに行った話だ。早速マレーヴァは話を膨らませて行く。
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異界の星を祭る夜 二人の愛を祈る夜
今日は彦星とヴェガの織り姫が 巡り逢える日
天に届け大笹よ 思い起こせよ大笹よ
二人をどうか逢わせて欲しい みんなの祈り届けて欲しい
異界の星を祭る夜 二人の愛を祈る夜
年に一度だけ天の川渡り 出会えるその日
金銀散らす天の幕 五色の旌旗(せいき)翻る
答えをどうか聞かせて欲しい あなたの言葉返して欲しい
異界の星を祭る夜 二人の愛を祈る夜
星は呼んでるよひらり手を振って ウインクしながら
小さな指で数えてみよう 夜空を旅する星達
葉ずれのメロディー 星の音 私は星のただ中を飛ぶ
異界の星を祭る夜 二人の愛を祈る夜
年に一度だけ天の川渡り出会えるその日
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
聴きながら、いさなは思い出していた。
「誰かの願い事を叶える手伝いってのは、アレだねぇ、‥‥誰がやったかわかってもらえなくても、誇らしいもんだよ」
しみじみとそう思う。
●夢の語り部
最後の番となるタントの話は楽しい内容であった。
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深くて寂しい森の中 妖精さんに逢うために
タントが歩いておりますと 現れ出たのは狩人さん
猫も一匹現れて 村まで連れてくれました
寂しく暗い森の中 村へと向かって行きますと
他にも迷った人が居て 一人はお髭の戦士さん
一人は赤毛の騎士様で そのまま村へと着きました
暗く沈んだ村の中 何があったか鳴き声が
狩場が魔物に荒らされて 鎮める為に已む終えず
明日の満月捧げます 若い娘の生け贄を
沈んで狭い箱の中 タントはドレスをまといます
村の娘の身代わりに 花嫁衣裳に手を通し
戦士と騎士様それぞれが タントを護って備えます
狭くて堅い陣の中 二人は魔物を倒します
迫るオーグラその時に こっちと猫さん叫びます
猫の精霊ケットシー 森の仲間も加勢する
堅くて強い武器の中 選び抜かれた牙と爪
剣(つるぎ)と手槍と電撃に オーグラ退治がなされます
村皆喜び歌います タントも一緒に踊ります
強くて優しい人の中 お菓子が大好きタントちゃん
花嫁衣装も好きだけど まだまだ食い気にゃ勝てません
小さな子供は精霊に 最も近しい人ですよ
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●お披露目
吟遊詩人がスパイである証拠が見つからぬまま英雄譚が出来た。
「そうか‥‥大儀であったな」
冒険者達はカーロン王子の労いを受ける。できあがった英雄譚は、内容を吟味の上、早速マリーネ姫に届けられた。
正装して参内する冒険者達。今回英雄譚を持ち込んだ者のうち、只一人サーだけが拝謁リストから除かれた。読み上げる冒険談のうち、姫が微笑まれたのは、奇想天外なサーのストーリーと、ルエラままの物語。また、いさなのロマンチックな詩を好まれ、タントのおとぎ話には幼子のような目をされた。なお、掛かった必要経費は王子より支払われ、加えて出来映えにより褒美を賜ることと為った。
いずれにしても、姫のお慰めには為ったようだ。
ところで全くの余談ではあるが、冒険者が褒美を貰っていたのと同じ頃、ウィルの教会にあるものが持ち込まれた。呪いのアイテムとして処分を頼まれた像は、サー・ブルクエルツにそっくりの粘土製であった事を付け加えておこう。