テロリストの黒き旗〜ロメル子爵への手紙

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月17日〜11月24日

リプレイ公開日:2006年11月27日

●オープニング

●ギルド総監の優雅な午後
 王都ウィルの昼下がり。冒険者ギルド総監カイン・グレイスは、久々にゆったりした時間を満喫中。
「これで久々にのんびりできるというものです」
 今日のお昼ご飯は冒険者酒場から取り寄せたパジリコスパゲティと豆のスープ。お口直しのデザートはミルクとハチミツをたぁ〜ぷり練り込んで焼き上げた甘〜いケーキで、これはカインを慕う貴族女子学院女学生からの貢ぎ物。飲み物は冒険者酒場で供しているような安価なハーブティーではなく、月道貿易でウィルに届けられた香り高いジェトの紅茶で、これも女学生からの貢ぎ物。
 で、美味しい物が並ぶ総監室の机の上では、カインがアシストに雇った地元民シフールのリルがちゃっかり、お相伴にあずかっていたり。
「総監室のケーキって、甘くておいしい〜!」
 おい、総監室を食堂か何かと勘違いしてないか?
「でも、カイン総監がこんなにのんびりしてるって、久々じゃないかしら?」
「それはもう、ここのところずっと月道のことで忙しかったですから」
 この秋、メイの国との月道が冒険者に開放されることが決まった。それからというもの、冒険者ギルドの冒険者を束ねる立場にあるカインは、関係者の間を駆けずり回って大忙し。月道利権関係の煩わしい手続きが多くて大変なのだ。その仕事もようやく一段落し、今はこうして一息ついている。
「余裕があれば、月道を通ってメイの国へ向かう冒険者達の壮行会も行いたかったのですが‥‥できなくて残念です」
 すると、開いた窓の向こうにやんちゃそうな顔が現れ、部屋の中を覗く。と思ったら、そいつはいきなり部屋の中に飛び込んで来た。
「よおっ、カイン! 久しぶりだな〜! 呼ばれたから来てやったぜ!」
 窓からのお客人といえば、これはもうシフールに決まっている。現れたそのシフールは、シフールサイズの皮鎧でびしっと身を固め、腰にはシフールサイズの長剣。結構に物々しい。
「え〜と、あなたは確か‥‥」
 同じシフールのリルにも面識がある相手だったが、以前に会ったのはかなり前のことなので、なかなか誰なのか思い出せない。
「オレを忘れたか? オレ様はサミアド砂漠帰りの傭兵シフール、クーリンカ様だい!」
「あ、そうだ! 思い出したわ! カイン総監のお知り合いだったわね!」
 クーリンカはリルの横に陣取り、机のお菓子に手を伸ばして口に運んでもぐもぐ。
「相変わらず、いい物食ってやんな〜」
 その食いっぷりに見とれていたリルだが、好奇心を覚えてカインに訊ねてみる。
「ねえねえ、この子はカイン総監がまだ修行中で諸国を遍歴していた頃、一緒にメイの国のサミアド砂漠を旅した仲なんでしょう? それじゃ、サミアド砂漠でも色んな冒険があったわけね!」
 カインは照れたように微笑んだ。
「生憎と、サミアド砂漠での事はあまり良く覚えてないのです。毎日が生き延びるのに精一杯でしたから」
「だってよ〜、おめーはいつもぶっ倒れっ放しだったからな〜。オレの方は大変だったぜ。こいつが砂漠で迷って干物になりかけてたから水飲ませてやったり、カオスニアンにとっ捕まって焼き肉にされかけてたのを助けてやったり、恐獣に喰われかけてたのを口の中から引っ張り出してやったり。おかげで毎日が楽しい冒険で、いや〜今となっては良き思い出だぜ」
「あの頃の私は砂漠馴れしていませんでしたから。彼は私の命の恩人です」
「で、本題ね」
 クーリンカは机の上に立ち、カインと顔を向き合わせる。
「このオレ様に頼みたいことがあるんだってな?」
「はい。貴方を歴戦の強者と見込んで頼みがあります」
 カインは話し始めた。

●不穏なる子爵領
 話は一週間ほど前に遡る。
「総監殿。今一度、ロメル子爵との話し合いの場を設ける事を提案します」
 とある女鎧騎士に、カイン総監は求められた。
「ロメル子爵の冒険者ギルド脱退について、脱退に至った理由と、それが子爵自身の意思だったのかの確認が必要なのです」
「それが出来るのならとうにやっているのですが‥‥」
 王都より遠く離れた西方に位置するロメル子爵領は、困難な状況を抱えている。国王エーガンの不興を買ったことから、領地の豊かな北半分はロメル子爵家より奪われて隣領の王領アーメルに組み込まれ、現在は貧しい北半分からの収益だけで細々とやり繰りしている。
 しかも、ロメル子爵領を取り巻く情勢は不穏だ。近くには盗賊・毒蛇団が支配下する西ルーケイの地があり、またテロリストと呼ばれる悪しき地球人の一派が動きを活発化させているという。
 ロメル子爵領に冒険者達が出向き、テロリストの動きに対抗するための協議を持ちかけたのは、およそ4ヶ月も前の話。しかしロメル家当主は病床に臥せり、満足に言葉を交わすことも出来なかった。
 そのロメル家当主の世話をしていたのが、佐熊達朗と名乗る地球人の中年男。ロメル子爵家に拾われて騎士として仕える彼は、水の精霊魔法の使い手でもあった。誰に魔法を教わったのかを尋ねられると、旅のウィザードから教わったと佐熊達朗は答えた。
 女鎧騎士は言葉を続ける。
「私も同行者の一人としてロメル子爵を訪ねたわけですが、不自然な点が多すぎます。ロメル子爵と佐熊達朗以外、誰一人として私達の前に姿を見せず、早々に追い返された事からするに、子爵は何かを隠している可能性が大です。恐らく、子爵に仕えていた天界人・サクマはその『何か』を知っているはず」
「で、どうします?」
「サクマ殿に手紙を書く許可を。手紙はシフール便で届けます。但し、多少金が掛かっても良いので自衛能力のある配達人を希望します」
「その手紙に返事が返って来ると思いますか? これまでの経過から考えるに、手紙は無視されることになるでしょう」
 女鎧騎士は押し黙る。次の言葉が発せられるまでに、かなりの間があった。
「しかし、このまま手をこまねいている訳には‥‥」
「その通りです」
 総監室の窓辺に立つカインは、背中を女鎧騎士に見せつつ、横顔の目線をちらりと向けて言う。
「冒険者ギルド総監の名で手紙を出すことにしましょう。自衛能力のある配達人も私が手配します。そして配達人には冒険者達を同行させ、ロメル子爵領の動向を探らせましょう」

●危険な任務
 話は現在に戻る。
「つまり、オレは冒険者を連れてロメル子爵に手紙を届けりゃいいんだな?」
「その通り。ただし、危険な任務ですよ」
 かつては冒険者ギルドに加盟していたロメル子爵領も、最近になって一方的に冒険者ギルドから脱退。これはロメル子爵領において、冒険者達の安全が保証されないことを意味する。
 現在のロメル子爵領は外部の人間の出入りを頑なに拒んでおり、領内に立ち入ろうとする者は全て、領地の境に設けられた関所で追い返されるという。
「場合によっちゃあ、関所の強行突破や抜け道からの潜入もアリか?」
「勿論です」
「後で問題になんねーかな? ロメル子爵が騎士の一団連れて冒険者ギルドに怒鳴り込んで来るとか」
「ロメル子爵家が問題にすればしめたもの。それを契機に交渉を行うことが出来ます。しかし、もしもロメル子爵が悪しき者達に付け込まれ、支配されているならば‥‥彼らは事件を表沙汰にすることなく、冒険者達の口封じを図るでしょう。何よりも心すべきことは‥‥」
「分かってるって。生きてロメル子爵領から帰って来ることだろ?」
 クーリンカの態度は、まるで恐れというものを知らぬよう。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2766 物見 兵輔(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6202 武藤 蒼威(36歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0937 黒畑 五郎(53歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4085 冥王 オリエ(33歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4412 華岡 紅子(31歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb9034 土師 達也(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●ロメル子爵領
 冒険者達は先ず王都から船に乗り、ワンド子爵領に向かう。船での移動中、時間はたっぷりあったので、仲間同士でじっくりと情報交換を行うことが出来た。
「ふむ。つまりはロメル子爵殿が何者かに脅されたり、騙されたりしている恐れがあるでござるな」
 と、口にする黒畑五郎(eb0937)は似たような話を、別件の報告書で読んだ覚えがある。
「そして、隣接する王領アーメルの東部では、ナーガが謎の地球人勢力に浚われた‥‥というか、自分から付いていったわけだ」
 言って、グラン・バク(ea5229)は目線をアシュレー・ウォルサム(ea0244)に向ける。アシュレーこそは、その現場に居合わせた冒険者の一人だ。
「シャミラは貢ぎ物でナーガをおびき出したんだ。でも、その貢ぎ物って何だったんだろう?」
「貢ぎ物か‥‥気になる言葉だ。そして、今から向かうロメル子爵領も」
 政情不安な近隣諸領で多発する数々の事件を知るに、まるでロメル子爵領が得体の知れぬ大きな力に呑み込まれつつあるような、そんな匂いをグランは感じざるを得ない。その大きな力が何なのか、危険を覚悟で見定めたくもある。
「ところでお前、さっきから何ぐるぐる動かしてんだよ?」
 と、クーリンカが訊ねた相手は土師達也(eb9034)。暇さえあれば手回し発電ライトを充電している。
「これか? 魔法や火を使わずに使える明かりだ。付け焼刃の俺の魔法よりは役に立つ」
 船がワンド子爵領に着くと、次は陸路で隣領の南ロメルを目指す。領地の境が近づくと、一行は二手に分かれた。即ち抜け道から潜入するA班と、関所を強行突破するB班に。
「で、これが抜け道への入口ですか?」
 白銀麗(ea8147)が初めて見る抜け道の入口、それは鬱蒼と生い茂る森の端に開いた、人一人がやっと通れるくらいの間隙だった。

●抜け道
 A班に属する物見兵輔(ea2766)、銀麗、アシュレーの3人が、抜け道に入る。抜け道はくねくね曲がって見通しが悪く、歩きづらい。回りの木の枝に体がひっかかって、がさごそと音を立てる。
「止まれ!」
 移動の途中。男の声と共に、仲間を先導するアシュレーの前に剣が突き出された。
「お前達、何者だ!?」
 いきなり現れた、鋭い目つきの男が誰何する。男は抜け道の番人で、アシュレーが初めて見る顔だ。番人はもう一人いて、そちらには見覚えがある。アシュレーは男の背後に立つ少年に声をかけた。
「リュー、俺だよ。覚えてるかい?」
「覚えてるよ!」
 少年は笑顔を向ける。このリューこそは、以前にアシュレーが北ロメルへの潜入捜査を果たした折り、抜け道の存在を教えてくれたカーラの付き人だった。
「俺はカーラの知り合いなんだ」
 アシュレーは初めて見る男の方に顔を向け、携帯電話の画像を示す。以前にアシュレーが接触したテロリスト関係者、少女カーラの画像だ。しかし男は、黙したままじろりとアシュレーを睨みつける。
「カーラは暫く戻って来れないよ」
 と、リューが言う。
「カーラはナーガ様の貢ぎ物になったんだ」
「貢ぎ物だって!?」
 その言葉に、思わずアシュレーは聞き返した。
「だってさ。カーラは地球のインドから飛ばされて来た子だろ? インドってば本当に面白い国でさ、今でもヒンズー教の神様の絵が映画スターのプロマイドみたいにあちこちで売られていて、庶民の間ではすごい人気なんだって。で、ナーガもそんな神様の眷属なわけ。それで、こっちの世界にもナーガがいて、やっぱり人々から崇められていたりするだろう? それで、カーラはナーガ様に身を捧げ、僕としてお仕えするために‥‥」
 いきなり、男がリューの方を小突く。
「おまえ! 喋りすぎだぞ!」
 さらに、男はアシュレー達に命じる。
「ここから先へは通せぬ! 引き返すがいい!」
「‥‥仕方ないな」
 アシュレーは呟き、目線で2人の仲間に合図を送った。そして3人の冒険者達は、今来た道を引き返す。
 暫くして、番人の右側の木がざざっと揺れる。
「何だ!?」
 番人の男が視線を向けるが、何もいない。なのに木の枝だけがざわざわ揺れている。
 さらに、男の左側で森の下草がざわざわ揺れ始めた。そちらに視線を向けると、大きな蛇がにょろにょろと進んで行く。
「‥‥‥‥」
 釈然せぬ思いながらも、番人の男は立ち尽くすばかり。

●関所破り
 アシュレーはインビジブルのスクロール魔法で、銀麗はミミクリーの魔法を使い、何とか抜け道を通り抜けたが、目くらましの手段を持たない兵輔だけは待機中のB班のところへ戻って来た。
「抜け道には番人がいる。が、2人だけは通過できた。俺はB班に合流する」
「では、行くか」
 B班は関所に向かって動き出した。
「‥‥9、10、11、12。向こうは12人もいるぞ」
 双眼鏡を関所に向けつつ、達也が皆に告げる。
「何だ、おめぇらは!? ぞろぞろやって来やがって!」
 見るからに柄の悪い関所の番人が、怒鳴り声を飛ばした。
「拙者らは諸国を旅する者。旅の途中でロメル子爵領のことを小耳に挟み、立ち寄った次第でござる。どうかお通し戴きたい」
 言葉と共に金袋を差し出す黒畑五郎。しかし、番人は受け取る代わりに怒鳴り返す。
「ここから先は何人たりとも通さねぇ!」
 五郎は仲間達を振り返り、目線で合図。──ここは、やるしかない!
 真っ先に動いたのはクウェル・グッドウェザー(ea0447)。
「!!!!」
 高速詠唱でコアギュレイトの呪文ち、それは怒鳴り声を張り上げた番人を呪縛。
「な‥‥!」
 番人は口を開いたまま、彫像のように固まって地面に転がる。その有り様に番人達は動揺。生まれた隙は一瞬だったが、五郎と武藤蒼威(ea6202)はその隙を突いて斬り込んだ。ジャイアントの浪人にして、人の身の丈ほどもあるサンジャイアントソード「アカツキ」を振り回す蒼威。その有り様は正に鉄の暴風。
「ぐえっ!」
「ぐあっ!」
 繰り出される峰打ちに、番人が一人また一人と弾き飛ばされる。
 蒼威が鉄の暴風なら、右腕に日本刀、左腕に小太刀の二刀流で暴れ回る五郎は鉄の旋風と言うべきか。
「小せぇの! 俺様が相手だ!」
 五郎に挑みかかりしはジャイアントの番兵。その手にする大剣が頭上から振り下ろされるや、五郎の手にする二刀がカニバサミのごとくそれを挟み込む。
「こ、小癪なぁ‥‥!」
 大口開いて叫ぶ敵。するとその表情が凍り付き、人形のようにばたりと倒れる。クウェルの放ったコアギュレイトがまたも功を奏したのだ。これで主立った敵は倒れ、残るは下っ端のみ。
「よし! 今だ!」
 軍馬に跨るグランが仲間達を先導。番兵どもが怯んだ隙に、冒険者達は次々と関所を突破。追いすがろうとする番人を、クウェルのソニックブームがぶちのめす。
「いくわよ!」
 トドメとばかりに華岡紅子(eb4412)が放つファイヤーボム。
 ボウウウウウン!!
 直径15mもの火球が番人達を呑み込み、関所の番小屋までも包み込んだ。
「うわあっ!」
 もはや何が起きたのかも判らぬ番人達。見た目の派手さに比してダメージは小さいが、番人達は戦意を喪失。地面にへたり込み、ただただ遠ざかり行く冒険者を眺めるのみ。

●余所者
 ここはロメル子爵領内の村。人夫に身をやつしたグランは兵輔と五郎にも同じ恰好をさせ、行き来する村人の中に入り交じりながら3人で村を偵察していた。
「何だ、あれは?」
 村人とは明らかに装いの違う者が、頻繁に村へ出入りしている。剣と皮鎧で武装し、馬に乗った者達。見たところ、盗賊のようだ。
 村のあちこちを見ると、食料と思しき物資が山積みされていたりする。
「まるで、戦の準備でもしているような‥‥」
 監察に勤しんでいると、陰険な目をした村人達が手に手に鍬や鉈を持ち、冒険者を取り囲んだ。
「お前ら、余所者だな!」
「こんな所で何していやがる!?」
「さては、悪王の手先か!?」
 うち、殺気立った一人が鉈を振り上げて打ちかかる。
「観念しやがれ!」
 それをがしっと受け止めたのが、グランの手に装着された龍叱爪。続いて、五郎が隠し持っていた刀を抜き、兵輔が特殊警棒をさっと伸ばす。
「あわわわわ!」
 慌てふためき逃げ出す村人達。所詮、冒険者の敵ではない。完全に迫力負け。
 しかし、暫くすると半鐘が騒々しく打ち鳴らされ、あちこちから声が飛ぶ。
「悪王の手先が侵入したぞ!」
「手分けして探せ!」
 これは不味い。しかし、そこは手練れの冒険者。武装した連中が駆けつけて来た時には、既にグラン達は姿をくらましていた。

●村の支配者
 村に近い森の中。土師達也は双眼鏡越しに、村人を集めて演説する男の姿を見る。黒塗りの鎧兜で武装した、見るからに剣呑そうな男。その声はやたらとでかく、耳のいい兵輔には離れていても楽に聞き取ることが出来た。
「ついにこの村は、悪王エーガンの手先どもに狙われ始めた! だがこの我、ギリール・ザン率いる義賊・毒蛇団とシャミラ率いる義勇兵団がある限り、村は安泰だ! やがては悪王エーガンと、もう一人の悪王ジーザムとの間で、大いなる戦いが始まるであろう。だがその戦いの後、今は亡きルーケイ伯の遺児が真の王として立ち、ウィルに平和をもたらすのだ! 我が民よ! 待ち望みし夜明けの時は近い!」
「ほんとかね〜?」
 と、軽口叩くクーリンカ。
「毒蛇団はいつから義賊になったんだよ? 口から出任せで、村人騙してやがんな。‥‥さて、と。もう少し暗くなったらロメル子爵の所へ行くか」
「頼りにしてるわ、傭兵さん♪」
 と、紅子はクーリンカのほっぺに、ちゅっ。
「うわっ! 照れるじゃねーか!」
 と、言葉が返ってきた。

●館への侵入
 関所や村で結構な騒ぎが起きたというのに、ロメル子爵の館は意外なほど警備が手薄だった。それでも、表門と裏門には見張りが張り付いている。
 真夜中。武藤蒼威は仲間達と共に館の裏手へ回り、見張りからは見えにくい場所を選んで、塀の上に縄梯子を放り投げた。縄梯子はうまく引っかかり、蒼威は縄梯子を伝って敷地内に侵入。さらに冥王オリエ(eb4085)、華岡紅子、白銀麗、土師達也が続く。残りの冒険者は館の外で待機だ。
「暗いわね。手元が良く見えない」
 と、紅子が言う。人工の灯りに乏しいこの世界の夜は、恐ろしいほど暗くなる。他の仲間にしても、よほど夜目が利く者でなければ、手元・足下が不安だ。
「ライト、使うか」
 達也がライトを点けた。これでだいぶ楽になる。
「でも、佐熊達朗はどこにいるのかしら?」
「多分、一番高い所にある部屋だ。洋の東西を問わず偉い奴の居場所は高い所と相場が決まっている」
 高い所に窓がある。銀麗はミミクリーの魔法で鳥に変身し、縄梯子を掴んで窓に近づいた。窓に鍵はかかっていない。建物の内側に入り、窓から縄梯子を垂らして仲間達を引き入れた。
「さて、この部屋は‥‥」
 登って辿り着いた部屋にはベッドが置かれ、そこに死人のように横たわる人影がある。ロメル子爵だ。その隣に置かれたソファに身をもたれ、眠りこけているのは佐熊達朗。
「鉢植えの植物でもあれば‥‥」
 思って達也は部屋を見渡すが、そんな物は無い。
「残念だな。グリーンワードで何か情報を聞き出せると思ったのだが」
 もっとも、明確な視覚や聴覚を持たぬ植物が、その体感によって感知できる情報は極めて限られている。
「おい」
 クーリンカが達朗の体を揺さぶる。達朗は目覚め、クーリンカの姿を見て、
「うわっ!」
 と、叫んだ。
「バカ! 大声出すな!」
 すかさず、オリエと紅子が達朗に駆け寄った。
「怖がらないで」
「私達は、あなたに手紙を届けに来ただけよ」
 ライトの光に浮かんだオリエと紅子の顔を見て、達朗は奇妙な安堵の表情を浮かべる。
「君達は‥‥日本人なのか?」
「そうよ」
「あなたと同じく、この世界に飛ばされて来たの」
 そして、紅子は訊ねる。
「もしかして、貴方はゼネコン汚職の中心人物として世間を騒がせ、逮捕寸前に行方不明になった佐熊達朗さん?」
 アトランティスに来る直前、銀座でホステスをしていた時に、紅子は彼の名をニュースで知っていた。
「そうだ! 私がその佐熊達朗だ! 汚職の発覚でそれまで築き上げた全てを失い、自ら命を絶とうと北海道の原生林を彷徨っているうちに‥‥気がついたらこんな世界へ」
 すかさず、オリエがその耳に優しく囁く。
「辛かったでしょう? よかったら、私達が力になってあげるわ」
 異世界に飛ばされ、ストレスも溜まっているはず。しかし同郷の日本人なら心を許すのでは? オリエはそう読んでいたが、その読みは当たった。
「頼む! この恐ろしい場所から私を連れ出してくれ! この村を支配するのは狂信者どもだ! 奴らはロメル子爵を麻薬漬けにして生きる屍に変え、この私を操り人形に仕立てあげて好き勝手に動かしているんだ! 子爵のご子息とその妻も麻薬の虜にされてしまったんだ!」
「麻薬を!?」
「そうだったのか!」
 納得する冒険者達。
「貴方は助かりたいのね?」
 オリエの言葉に頷く達朗。
「だから、彼らの言いなりに?」
「生き伸びるためには仕方なかった」
 オリエは悟った。佐熊達朗が依存する行動動機は自己保身なのだと。
 突然、ドアが乱暴に開かれた。
「貴様ら! 何者だ!?」
 入って来たのは見張りの男。短刀を引き抜き、冒険者達ににじり寄る。だが、背後から飛んで来た大きな壺が、男の後頭部をぶちのめす。壺を動かしたのは達也のサイコキネシス魔法だった。生まれた隙を突き、蒼威が拳でしたたかに男を殴り飛ばす。男は気絶して倒れた。
「んじゃ、手紙は置いとくからな!」
 クーリンカは机の上に手紙を置き、さらに言い放つ。
「よっし! 用事は済ませた、ずらかるぞ!」
 部屋を飛び出す冒険者達。
「待ってくれぇ! 私も連れて行ってくれぇ!」
 達朗も後を追うが、階段で足を踏み外し、
「うわああああーっ!!」
 叫んで下まで転げ落ちた。
「あっ!」
「達朗が!」
 オリエと紅子が立ち止まって振り返るが、クーリンカに急かされる。
「ヤツは放っとけ!」
 別の見張りが騒ぎに気付き、鐘を鳴らして手勢を呼び集める。屋敷から逃げ出した冒険者達の前に、武装した敵が続々と集まって来る。
「思いっきり強烈なの、いくわよ!」
 紅子が放つファイヤーボム。敵は火球に呑み込まれ、ばたばた倒れる。
「すげえ! すげえぜ!」
 と、感心するクーリンカ。
「さあ、今のうちに!」
 急いでその場から立ち去る冒険者達。その後も敵との戦いは続いたが、冒険者達は辛くもロメル子爵領を脱出。そして虹子はクーリンカより、『紅の爆裂淑女』の称号を授かった。