●リプレイ本文
●男のロマン
ばっと、枯れ草の中に身を放り出す。真っ青な空に浮かぶ雲。その雲の流れを仰向けに伏して眺める男子(おのこ)一人。防寒服を着込みヘルメット。そのいでたちは天界人だ。
(「もっとこの世界の事を知りたい。ゴーレムを駆り、大空を征し、いつかはフロートシップの船長だ」)
そのまま静かに時を待ち、やがて草を払って起きあがる。
「やっぱ、男のロマンだな‥‥」
トネリコの杖に身を預け、黒畑緑郎(eb4291)は立つ。ソーラー腕時計の時間を確かめ
「そろそろ時間だ‥‥」
逸る気持ちで、かなり早く着きすぎたのだ。
●どきどきノート
もう恒例となった風景。飛行場に集まる瞳は輝いている。
「何度来ても良いものね」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)がくすりと笑った。
「今度は教える立場だよね」
パスンと右の拳を左の掌に打ち合わせ、リーザ・ブランディス(eb4039)の顔が色っぽく赤らむ。
「にゃーっすヴィアでーす」
ルヴィア・レヴィア(eb4263)がお気楽ご気楽すっとんきょーな声を上げた。だが、力めてそうしなければ不可ないほどの緊張がありありと手に取れる。
「教官! 早くやらせて下さい!」
緑郎の気合い。
「リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)と申します。航空実習は初めてですが、精一杯頑張ります」
(「一月のうちに二度もグライダーに乗れる機会に恵まれるとはありがたい事だ」)
声には出さぬが、ぐっと拳を握るクナード・ヴィバーチェ(eb4056)
(「バガンなどには乗ったことがあるが、グライダーは初めてだ‥‥。行けるか?」)
まなじり高きリディリア・ザハリアーシュ(eb4153)。
ティラ・アスヴォルト(eb4561)とライナス・フェンラン(eb4213)は久しぶりの飛行を前に武者震い。皆、気負いの熱が伝わってくる。
シュバルツ・バルト(eb4155)やエトピリカ・ゼッペロン(eb4454)とて例外ではない。
(「私もああだったのかな?」)
ジャクリーンはすうっと息を吸い。
「グライダーはゴーレムやチャリオットと違い高空を飛ぶ為、操縦ミスは命に関わります。早く単独で飛びたいという気持ちは分かりますが基礎を疎かにしてはいけませんよ。既に単独飛行に移っている方達には出来るだけ多く飛んで慣れて頂く事が大事でしょうが自分の力を知る事も大事です」
気負いが事故に繋がらぬよう、注意を促した。
初学者のおきまりは、同伴体験飛行。ここで適性を見るのである。高所恐怖症の者以外は普通は何事もなく過ぎる。航空騎士は選ばれし者。何のビジョンも無く惰性で来るような奴は要らない。ウィルの命運をその背に担おうと言う覚悟の者以外、時間と経費の無駄でしかない。
「何よりもなれる事、これが大切だ。風を感じる感覚、自分が『飛ぶ』っていうのはどういうことなのか‥‥それを感じろ。最初っから何でもかんでもうまくいくやつのほうが少ない」
リーザは前席のリディリアに言うなり。高度を上げる。
「その目でしかと見よ!」
有無を言わさずマニューバーに入る。天界で言うバレルロール。別名を錐揉みと言う回避運動だ。高度を下げながら激しい横転を繰り返す。このまま地面に激突するような勢いで高度が下がって行く。
「わー!」
気が付くと叫んでいた。恐怖よりも爽快感が先に来る。ただちょっと寒いかも。
「どうだ?」
水平飛行に戻したリーザが訊いた。
「少し寒い‥‥」
寸毫も恐怖を覚えぬ反応に、リーザは大きく笑った。
「さすが、レッドスフィンクスの勇士だ」
「常に機体がどのような状況になってるかを感じ取るのです。それと、自分の限界を見極める事は大事な事ですから、くれぐれも無理はしない様にして下さいね」
豪快なリーザに対しジャクリーンは堅実。
「はい。自分にできることにはまだ限りがありますから、出来ることをコツコツ積み重ねていきたいと思います」
前に座るリュドミラは、とても素直だ。教官と生徒の組み合わせもも今回非常によい。
やがてカリキュラムは通常訓練に移る。
「わしも結構やるもんじゃのう」
エトピリカの飛行時間がぐんぐん伸びる。思ったよりも長く飛べる事に自信が着いてきた。だが、地上でそのことを話すと
「W杯関係者からの情報であるが、加減速や急旋回を行い続けるような激しい操縦を行うと消耗が激しいらしい。実戦では無理は禁物じゃ」
ドイトレから釘を差された。
「貴重な航空騎士、そう簡単に死なれては算盤に適わぬ。卿(おんみ)もまたウィルの宝じゃ」
「‥‥すると‥‥」
エトピリカの目に誇らしげな光が灯る。
「見事合格じゃ」
ドイトレは飛行時間と能力を査定して昇進を決めて行く。限界近くまで飛行して、ふらふらになったルヴィアには
「今はそれで良い。戦場に着くまで力を温存するのも騎士のつとめだ」
と励まし、見る見る腕を上げるクナードには
「良く精進したな。良い心がけだ。ウィルの為に頼むぞ」
と航空騎士の資格を渡す。彼の自力は本人の日頃の訓練の賜物。今回も何人かが航空騎士や航空従騎士の叙任を受けた。
「そういえば教官殿〜ボクらは機体そのものが少ないので基礎訓練・複座訓練大目だけど
団再建が本格化すれば人気も出るし機体も増えて把握しにくくなりますよね? 将来は部隊内でも鍛えられるように飛行経験が隊長やエースより多い先任官が必須になると思いマース」
「いずれそうなるじゃろうな。だが、一足飛びにそうはなれん。航空騎士は貴重でな。卿が航空騎士となり、グライダーを拝領するほうが、たぶん先になるじゃろう」
喜んで良い物か? 悲しんで良い物か? 座学質疑での、ドイトレの答えは微妙だった。
座学の最後に、
「エトピリカ・ゼッペロン殿。卿に航空騎士教本の編纂をお願いする」
ドイトレはにやりと笑い、彼女を指名した。
●実戦訓練
W杯関係者からの情報を元に、訓練計画が進められる。エトピリカは二人乗りで稼働限界超え時の安全を確保し、実戦以上に激しい飛行を行ってみた。一機を3機で追いつめて、訓練用の武器に見立てた棒の先が体に触れればOUTと言う鬼ごっこである。
リーザ、シュバルツ、ジャクリーンが組み、エトピリカのグライダーを追いつめる。エトピリカの同伴者はドイトレだ。
並行戦で挑むシュバルツ。互いに利き腕側に相手を捕らえようと、グライダーを操る。急旋回に急降下。上昇と下降を使った勢いを殺さぬスピード調整。
地上から見ると、まるで蝶が遊び戯れるような動きだが、当の操縦者は必死。寒さなんぞ感じる暇もない攻防だ。それにジャクリーンが加わり、エトピリカの頭から湯気が出る。状況把握し攻撃を躱す。反射神経だけが頼りだ。
「あたしも行くよ」
リーザが加わりさらに防戦一方。回避するための急旋回。視界から次第に色が薄れ、白黒の世界でエトピリカは戦う。辛くも凌いで離脱成功の瞬間。一気に世界が真っ暗になり‥‥。
気が付くとタンカの上だった。操縦中に気を失ったらしい。
「通常飛行と戦闘飛行では、ずいぶんと疲労度が違うよね」
リーザが改めて確認する。 実戦では下手をすると訓練の半分も乗れないかも知れない。
「貴重なデータを感謝します。これは天界人から聞いた話ですが、天界の戦闘機と言う奴でも、空中戦をやると燃料の消費が違うそうですよ」
テストの為にやってきたゴーレムニストがメモを取っていた。
●試作ゴーレム
志願者だけが守秘の宣誓をして、別の場所に移動する。目隠し移動の念の入れよう。
「外して良い」
ドイトレの声に、目隠しを外すと。どうにも不格好なウッドゴーレム。
「試作機で、コードネームは『アオイ』と言う。装甲チャリオットの提案者を始め天界人殿から、何度もチャリオットでゴーレムを搬送できないか? との要望があがって来て居る。搬送用チャリオットもまた試作品故、まだ欠陥だらけであろうが、全てはここからじゃ」
「‥‥運用性を追及した試作機ですか‥‥もう少しかっこよくならないかなぁ‥‥」
アリシア・テイル(eb4028)はぼやきを一つ。
「‥‥まるでガチャポン人形だ。ガラットみたいにひっくり返ると格好良くなるとか‥‥ないんだろうな」
緑郎は子供の頃見たアニメを思い出す。短足で丸っこい太っちょ胴長、足に比べて手が異様に長く見える。
「教官! 私にやらせて下さい!」
真っ先に緑郎が手を挙げたが、ドイトレは即座に却下した。理由は技量ではない、彼の体の大きさだ。
「狭いですね‥‥」
収納スペースの限界に挑戦する制御胞。パラかあるいは子供ならば問題なく入れる。
結局適任者は一人。しかし、いくら小柄でスリムと言えどもアリシアでも無理が掛かる。鎧を脱ぐとなんとか収まった。一緒に来た他の皆様だと、中に入ること自体が一種の拷問かも知れない。
「がんばりましょう!」
起動は軽く一度で動く。
「ゆっくりと歩いてくれ」
すらりと長い脚が自慢のアリシアである。自分の体格と異なるせいか動きがぎこちない。ちょっとユーモラスな動きだ。
ついで駆け足をしようとすると、
「え?」
何もないところで蹴躓いて、そのまま前転。天地がひっくり返ったかと思われたが、次の瞬間一回転して立っていた。
「無理をしないで」
慌ててシュバルツが声を掛ける。
お次は弓を射るテスト。セレ分国と同じ物を使い射撃を試みる。こちらは馴染んだ感じで、問題なく的へと飛んでいった。的こそ外したが至近に刺さる。感じは極めて良好である。
「休憩!」
ここで調整を兼ねた休憩時間。なんとか自力で這い出てきたアリシアであったが、よほど窮屈だったのか、
「うーん」
と伸びをする。肩の関節が音を立てた。
「どうだった?」
すかさずゴーレムニストが確認に来る。
「意外と反応は良い。あれで制御胞に余裕があって脚が長ければ‥‥」
「そうか、だが、それをやると重量オーバーだ。若しくは制御胞を乗せれない」
苦笑しながら説明する。
「それでですが、チャリオットの操縦は実績を鑑みてリディリア卿とクナード卿にお願いしたいと思います」
無理もない。GCRの活躍は、逐一ゴーレム工房に届いている。
休憩時間の終わりに、ゴーレムニストは静かに言った。
「今日、私のゴーレムであなたを殺すかも知れません」
「安心してくれ。私は死ぬかも知れないが、絶対に機体を壊さない」
リディリアはテストパイロットのおきまりの言葉を返す。用意されたチャリオットは、今回のために形を変えている。ゴーレムを固定するための装置が後付で備えられているのだ。
「何があるか判らない。一番手は俺に任せろ」
クナードがチャリオットに乗り込む。操縦席が背負う固定具が彼にとっても命綱。ゴーレムの体重がのし掛かれば、命があれば儲け物。
アオイに乗り込んだアリシアは、注意深く慎重に乗り、指示の通りに脚を出して座り込んだ。そこへ海戦騎士団から派遣された騎士がスタンバイ。
「破天準備のやり方でなんとかなりそうだ」
固定するためのロープの材質は羊毛。縦糸を重りでつるし織る縦織り機で作った伸縮性のある海戦騎士団で使っている特製の帆布。それを使って作られた伸縮性を持つロープで固定して行く。ちょっとやそっとでは外れそうもない厳重な固定に、
「少しは考えているな。装甲は薄っぺらそうな感じだけど移動砲台にもなるし、チャリオットに乗ったままチャージングしたらどんな威力が出るのやら‥‥」
クナードは独り言。
「今回は、人が歩く速さでの移動です。テストの段階を飛び越えないでください」
チャージングと言う単語に敏感反応するゴーレムニスト。
「将来はチャージング可能にするとしても、ずっと後の話です。今は人が歩くよりも遅いスピードで、技術を積み上げて行く時。開発という物は徒花が多いテスト結果で見込みがないとなればうち切られるのです」
しつこい位に釘を刺す。
「判った」
と繰り返すクナードに、
「事故があれば開発中止ですよ」
とうるさい声。
「テストの中心は、チャリオットか‥‥」
ちょっと不満は残るが、命を懸けているのはチャオットの操縦者である以上仕方ない。
ゆっくりと直進。脚の固定と座り姿勢の所為か、前につんのめることはない。ただ、変な感覚だ。
「やっくりと停止!」
「アリシア殿。どうですか?」
「大丈夫。全然平気だ」
次はゆっくりと進みながらコースを一周。このスピードでは平気だが、カーブでは体重移動を訓練しないと危険かも知れない。
固定具の緩みを調べテストを繰り替えす。
1.ゆっくりと動き少し動いて停止する
2.緩やかにカーブを描いて一周
単調な繰り返しの中で、固定具の緩みを確認し、アリシアとクナードの意見を聞いて行く。
チャリオットの操縦者をリディリアに変え、ルヴィアに変え、それぞれの感想を確認。
「よーし終了!」
目的の試験だけを終え、ゴーレムニストは宣言した。程なく用意の宴が行われる。酒も食い物も上等だ。和んだ雰囲気の宴の中、
「‥‥これだけなのか?」
緑郎が確認する。あまりにも地味で単調なものだったからだ。
「この企画で面白いのは開発の方向性が合っているかの試しで枝分かれする大元ってことだね。試して良好なら本格的に開発ってことなんだろうよ」
判っているルヴィアが説明する。
「その通りだ。開発という物は徒花だらけなんです。100も200も咲かせて、実が1つ成ればいい。あとは散って肥やしになる。いや、むしろ失敗の記録の方が貴重なんです」
開発現場以外ではつい成果だけを見てしまうが、千の失敗は千個の駄目なものが判明したと言うこと。それを導き出すのに時間と金を掛けるのが開発と言う物である。
参加者の意見を聞いてる最中、アリシアがぼそりと言った。
「‥‥チャリオットに持ち手が、あれば転倒防止になると思うんだけどなぁ‥‥」
早速記録され、設置が検討されたのは言うまでもない。
「ところで、グライダーでの搬送試験は‥‥」
緑郎の言葉に、
「考えているのは搬送ではなく地形克服です。非武装のグライダー2機。あるいは軽武装のグライダー4機で崖の上に持ち上げるような運用で、一人でもバランスを崩したり呼吸が合わなければ、全体を巻き込んで墜落するでしょう。今回は無理でした」
ゴーレムニストは遠回しに答えた。
●空戦騎士団
訓練が終わり、実力と飛行時間に応じて、航空騎士や航空従騎士の叙任が行われた。
そのただ中、エトピリカはいつになく真剣な口調で口を開く。
「私は空戦騎士団へ入団したくあります。どうか、貴官のお力添えを頂きたい。高き地位は望まぬ、何となれば後進の育成こそが我が望み!
私も冒険者の一員として様々な依頼に関わって参りました。そして、このウィルの国その物に尽くしたいと思い至ったのです。東方ではカオスどもの動きまたもや怪しくあるとのこと。この地に於ける暗雲とて、一向に晴れる気配はありませぬ。かかる国難に際して、天下万民手を取り助け合うは必定! 真に国を思う忠義の士が手を取り力を合わせるも必定!
これよりはいよいよ以ってゴーレムの力が必要となるでありましょう。而(しか)して、それを操る術は一朝一夕に身に付く物にあらず。況(いわん)やグライダーをして、その困難さは想像を絶する物があります。
幾度の訓練を経て、それを思い知ったが故に、改めて私は空戦騎士団として事にあたりたい! 願わくはすべて、後に続く者たちの為に!どうか、ご一考願います。
我が家名再興もまた私の成すべき事にありますが、しかし‥‥。高貴な行いには、自ずから高貴な名が付いて来るものです。今はただ、滅私の心にて、この国に忠を尽くすのみであります!」
自分自身の目的を持った者は強い。その赤心溢るる演説は、深い印象を与えたようであった。
「空戦騎士団は、騎士団に属する騎士の集まりではない。空戦騎士が創る騎士団である」
ドイトレは凛として言い放つ。
「そのあり方は、お主らが作り上げるもの。老兵は消えゆくのみじゃ」
その一方で空戦騎士団への加盟を拒む者も居る。
「ティラ殿?」
「あまりこういうことは言いたくはありませんが、現状を俯瞰するに、フオロ王家内の派閥闘争の場として、利用されてるようにしか見えません。よって、空戦騎士団が真にウィルの鎮めと万人が疑いなき日が来るまで、私は辞退させて戴きます。但し、私の力をウィルが必要とする日が来たれば、名も無き一人の騎士として国難に殉ずる覚悟です」
偽りのない騎士道の義。彼女もまた騎士であった。
「ならば航空騎士は受けよ。大空を征する者は、必ずしも一分国の枠に捕らわれることはないだろう。いずれ機は熟す。まず自らの心に恥じぬ騎士たれ。ウィルとウィルを取り巻く情勢は変わりつつある。今後はもっと重視される兵科となるであろう」
これにはティラも依存はなかった。
「ドイトレ殿。まずは参加への扉を開いていただきありがとうございます。しかし、先ほど消えゆくのみとおっしゃいましたが、まだまだ隠退は無責任です」
この時、リュドミラはまだ航空候補生にとどまっていた。
「もし可能であれば、これからもお願いいたします。いや‥‥寧ろこのような機会を増やしていただけるようお願いいたしたく存じます。ドイトレ殿が今おっしゃったように、情勢は変化しています。こう言うときは僅かな力でも大きな働きが出来ると思います。まだ未熟ですが、訓練を重ね、参加いたしたく存じます」
リュドミラは来るべき未来を信じて、心の伽藍に誓うのであった。