寵姫マリーネの宝物外伝〜不良冒険者タンゴ

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:10人

サポート参加人数:13人

冒険期間:02月21日〜02月24日

リプレイ公開日:2006年02月28日

●オープニング

 冒険者ギルドの業務が本格化し、多くの依頼が掲示板に張り出されるようになって早1ヶ月。王都ウィルでの行動も最初の頃と比べれば自由になったものの、用もないのに貧民街の辺りをぶらついたりするのは考え物。現場を衛兵に見つかれば少々厄介なことになる。
 一番面倒を起こさないやり方は、城やギルドや酒場などでの用事が済んだら、とっとと冒険者街に引きこもってしまうことだ。さすがの衛兵達も、冒険者専用の区画にまでは、容易く足を踏み込まない。
 しかし冒険者の中には、そんな事などお構いなしに行動する者もいる。
 ネコ耳飾りがトレードマークのジ・アース人、タンゴ嬢がそうだ。
 その日、タンゴは川沿いに道を下って冒険者街を抜け、貧民街の手前までやって来た。貧民街の路地は大勢の人々でごったがえしている。今の時分、運よく仕事にありつけた男衆は奉公やら労役に駆り出されているが、そうでない者達は道端に寝そべったり、安酒を呷ったり、中には賭博に興る者も。時たま物売りや芸人が通ると、家々の陰から子どもたちがわっと飛び出し、一時の楽しみを求めて群がり集まる。
 そんな光景を何気なく見やっていたタンゴの視線が、雑踏の中の一人に釘付けになる。タンゴに背中を向けていたので顔は分からないが、背格好に見覚えがあった。
「あれは、もしかして‥‥」
 吸い寄せられるように、タンゴは貧民街へ足を向ける。突然、その肩を乱暴に掴まれた。振り返ると、図体のでかい衛兵の怖い目と視線が合った。
「不良冒険者のタンゴだな! 貴様を逮捕する!」

 衛兵に連れて行かれた先はマリーネ姫の所。
「あなたはフオロ城の私の部屋に侵入し、部屋で飼っていた小鳥を篭から奪い、口にくわえて逃げていったそうですね? 飼育係の小姓が一部始終を目撃しているのですよ」
 その小姓もマリーネの側に立っていた。タンゴがじろりと睨むと、齢10歳ばかりのその少年は怯えた顔になり、取り巻きの侍女の背中に身を隠す。
「知らないわよ、小鳥なんて」
 タンゴが口答えした途端、マリーネの取り巻きの衛兵がその首根っこを掴んで怒鳴る。
「素直に白状しろ! この泥棒猫め!」
 タンゴの顔に、マリーネの顔がぐぐっと迫った。
「あなた、小鳥をどうしたの?」
「だから、小鳥なんて知らないわよ」
「しらを切るところをみると‥‥分かったわ、あなたが食べてしまったのね。窃盗の罪に証拠隠滅の罪、許しませんわ」
「だから、私は‥‥」
「連れて行きなさい」
 顔色一つ変えず、マリーネは衛兵に命じる。
「私は無実よん!」
 叫ぶタンゴを衛兵は引きずっていった。
 マリーネは侍女の一人を手招きして呼びつけ、告げる。
「冒険者ギルドに依頼を出します。ペンと羊皮紙を持ってきなさい」

 程なくして、冒険者ギルドの掲示板にマリーネ姫の依頼が張り出される。
『大切な小鳥を奪い、それを胃袋に収めて証拠隠滅を図りたる嫌疑の濃厚なる不良冒険者を尋問せよ。不良冒険者の素性と経歴をつぶさに調べ上げ、自白を引き出すべし。尋問に際しては、その手助けとなる各種道具を備えつけたる取り調べ室を提供する』
 取り調べ室とは即ち、拷問部屋のことである。
「やれやれ。マリーネ姫に目をつけられたのが運の尽きだねぇ」
 好奇心と同情とが入り交じった声で、ギルドの事務員は呟いた。王宮ではよくある話だが、不注意で小鳥を逃すか死なすかしてしまった小姓が、その罪をタンゴになすりつけた事も十分に考えられる。その事の真偽を質すも良し。だが、その罪が明かになれば、あのマリーネ姫のこと。年端もいかぬ少年にどんな厳罰が下されるか、分かったものではない。ならばタンゴに罪をひっかぶってもらい、小姓には何らかの見返りを要求するか? 伏魔殿たる王宮、その手の裏工作など珍しくもない。些細なコネが後で大きな意味を持つ事もある。それともタンゴに着せられた濡れ衣を晴らすために一肌脱ぐか? もっともタンゴが真犯人である可能性も、無きにしも非ず。
「さてさてこの一件を冒険者たちがどうやって丸く収めるか、彼らの腕の見せ所だねぇ」
 手枷をひょいと外し伸びをするタンゴ。
「まぁ、こんな牢くらい何時でも逃げれるし待ってみようかな」
 さて、どんな結果が出ることやら。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4919 アリアン・アセト(64歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8583 アルフレッド・アルビオン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

レオナ・ホワイト(ea0502)/ グラディ・アトール(ea0640)/ 月 紅蘭(ea1384)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ シルバー・ストーム(ea3651)/ 円 巴(ea3738)/ ゲオルグ・マジマ(eb2330)/ ウルリカ・ルナルシフォル(eb3442)/ 冥王 オリエ(eb4085)/ 山下 博士(eb4096)/ 鈴見 円(eb4205)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ グレナム・ファルゲン(eb4322

●リプレイ本文

●現場検証
 先ずは事件のあった部屋に小姓を呼び出して聞き込みだ。おずおずした少年を見て、ユパウル・ランスロット(ea1389)は安心させるように言い聞かせる。
「賊の手口を明かにするためです。今後も同じことがあれば、一大事でしょう?」
「心配はいらない。君のためだ」
 時雨蒼威(eb4097)もさりげなく、眼鏡を外して微笑んだ。
(「ここは優しく、優しく。あたかも美少年を誘惑する妖しい青年の如く‥‥あれ? 方向間違ってないか」)
 考えが妙な方向に。思わず小姓から目を離したら、ユパウルと視線がかち合った。
「何か?」
「‥‥いや、何でもない」
 気を取り直して小姓に促す。
「話してくれるね?」
「‥‥はい」
 小姓は話し始めた。
「僕は‥‥部屋の掃除をしていました。そしたら、猫耳の女が‥‥部屋の窓から忍び込んで来て、鳥篭から小鳥を奪って、口にくわえて逃げたんです」
「その時、君はどこにいましたか?」
「ええと‥‥姫様のベッドを整えていました」
 アリアン・アセト(ea4919)が早速にその動きを再現。
「こんな風にですか?」
 ベッドは壁際。整える時には自然と窓に背を向ける。
「で、賊の侵入にはどのように気がつきましたか?」
「‥‥‥‥」
「何か音でも聞こえましたか?」
「‥‥はい。音がしたんです」
「どんな音ですか?」
「‥‥足音です。足音に気付いて振り向いたら、賊が窓から‥‥」
 言いかけ、小姓は慌てて口をつぐむ。その顔に狼狽の色がありありと。しかしそれを気にせぬ風情を装い、アリアンはベッドに目を向けて言う。
「ベッドの整え方、見事なものですね。さすがは姫様にお仕えする小姓だけのことはあります。さて、質問を変えましょう。小姓として最も大切なことは何でしょうか?」
「それは‥‥それは‥‥ご主人様に‥‥正直であること‥‥」
 答える声はいつしか涙声に。麻津名ゆかり(eb3770)は少年の小さな体をぎゅっと抱きしめ、耳に囁いた。
「約束します。誰も傷つかないよーにみんなで頑張りますから、本当の事を話してもらえませんか? もしものトキは、あたしを犯人にしてもらってもイイですから‥‥ほら」
 仲間に借りた猫耳ヘアバンドを頭に付け、真剣な表情で頷く。
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)も言い添えた。
「全てを話し気持ちを楽にするがよい。わしはおぬしの過ちを責めるつもりはない。許す為に参ったのじゃ」
「ごめんなさい‥‥本当のことを話します‥‥」
 小姓の話によると、真実はこうだ。
 その日、小姓は部屋の掃除をしていたが、部屋に置いてある姫様のソファがとても座り心地が良さそうなものだから、ついつい身をもたれてそのまま寝入ってしまった。
 ハッとして目が覚めると‥‥さあ大変! テーブルの上に置いてあった鳥篭の扉が開かれ、中の小鳥が消え失せていた。
 バレたら姫様におしおきされる! で、とっさに考えた嘘。そういえば、猫耳の不良冒険者がお城でお仕置きされたって噂を聞いていた。ならば、あいつのせいにしてしまおう。
 ‥‥と、それが事の次第である。
「よくぞ正直に話してくれた」
 ハンカチーフを取り出し、少年の目に滲んだ涙をそっと拭うヴェガ。そしてにっこり笑う。
「男の子であろ? ヴェガは強い子が大好きじゃぞ」

●聞き込み
 では、小鳥を奪い去ったのは誰だ?
「俺の調べたところ、宮廷とは数々の策謀は元より、妬みや嫉妬故の泥仕合や足の引っ張り合いまでもが渦巻く世界。マリーネ姫の身辺とて、例外ではない」
 ユパウルが言う。彼の調べたところ、小姓同士の諍いも陰では絶えぬ様子。小姓の誰かが仕組んだ嫌がらせの線も濃厚だ。
「その日、部屋に出入りしていた小姓は、あの小僧の他にも何人かいたな」
 その日の当直で部屋周辺の警備についていた衛士が、リセット・マーベリック(ea7400)の質問に答える。リセットとは宿場町ウィーの視察行でも顔を見知った仲。見ず知らずの人間には明かさないことも、色々と教えてくれる。
「俺の見たところ、それらのうちの誰かが鳥篭の扉を開けて、窓から小鳥を逃がしたのだろう。よくある嫌がらせ事件だから気にするな」
「念のために聞きますが、タンゴさんらしき人物を見かけませんでしたか?」
「いいや」
 衛士は首を振った。
「しかしタンゴさんが犯人として挙げられた以上、警備に手落ちがあったということで、貴方にも累が及びはしませんか?」
 アルフレッド・アルビオン(ea8583)が訊ねると、衛士は大笑い。
「小姓がそう言い張った手前、姫様もタンゴをしょっぴいたまで。小姓の嘘がばれるのも時間の問題だと誰もが思っている。俺のことなら心配には及ばんよ。タンゴについては姫様の退屈しのぎになるよう、適当に可愛がっておけばいい」
 姫の取り巻きからの聞き込みを仲間たちが進める一方で、ファング・ダイモス(ea7482)はさりげなくその傍らに立ち、取り巻き同士の話の中に手がかりはないかと注意を払っていると、マリーネ姫に声をかけられた。
「あら? 貴方はお暇なようですわね。ならば私にお供しなさい。私も取り調べ室で不良冒険者を尋問します」

●拷問部屋
 階段を下りて城の地下へ。辺りの空気は陰気に冷たい。重たい木の扉がぎぎぎぃ〜っと軋んだ音を立てて開く。足を踏み入れるとそこは、恐るべき拷問道具の数々が並ぶ拷問部屋。今も天井から吊された哀れな犠牲者に、殴る蹴るの手酷い暴行が加えられている。
 どげしっ! どげしっ! どげしっ!
「あ‥‥」
 開く扉の音に気付いたユパウルは、天井から人の形にぶら下げられた鎧と外套をさっと隠す。さっきからユパウルが殴り蹴り続けていたのはコレだ。その隣には本物のタンゴが天井からぶら下げられている。
「なんとも強情な不良冒険者だ。いくら痛めつけても悲鳴一つあげぬとは」
 ユパウルの目の黒い眼帯が、尋問官としての迫力を醸し出す。が、タンゴはお気楽な顔して天井見つめたまま。
 マリーネはタンゴの服をめくり上げると、その下の体をしげしげと見つめて呟いた。
「傷も痣も一つもついていないですね」
「先ほど聖職者に治して頂いた。傷ついた体を痛めても慣れるだけ。だが完治した体を痛めつけると、新鮮な痛みとなり精神的に追い詰めるんだ」
 その言葉に、ユパウルの背後に控えたヴェガがにっこり笑って一礼。
「そういうものかしら?」
 小首を傾げたマリーネだが、すぐにファングに命じる。
「やりなさい。今度は貴方の番です」
「御意のままに。では、ゴーレムバスターでの力比べをば」
 ファングはタンゴを床に寝かせ、その頭上にゴーレム壊しの名を持つ巨大なハンマーをファングは振り上げた。
「白状せぬとハンマーで押し潰す!」
 大げさに叫んでハンマーを振り下ろす。
「あ、そう」
 タンゴは指一本突きだして、重たいハンマーを受け止めた。元より、ファングが手加減することを読み切っている。‥‥つーか、なめきっている。
(「うっ! これでは‥‥!」)
 焦ったのはファング。タンゴも下から支えてくれるだろうと当てにしていたが、これでは不自然な体勢で、ほとんど自分一人で重たいハンマーを支え続けなければならない。やがて歯を食いしばるファングの額に、脂汗がじわりじわり。
 どん! っと、マリーネが思いっきりファングの背中を押した。
「あっ‥‥!」
「みぎゃっ!」
 思わずファングはつんのめり、ハンマーはタンゴの顔面にめり込んでいた。
「うわっ! 顔に傷が!」
 慌てて叫んだユパウルだが、姫がいるのを思い出して慌てて取り繕う。
「顔に傷がつくと、上手く喋らせることができなくなる」
 ファングがハンマーを持ち上げたところへヴェガがそそっと進み出て、リカバーの魔法で治療。
「あら? こんな所にこんな物が」
 拷問部屋の片隅から目ざとく姫が見つけてきた道具は‥‥焼きゴテである。
「今度はこれを使いましょう」
 その言葉に思わず生唾をごくりと飲み込むユパウル。
「でも、これどうやって使うのかしら?」
 姫が疑問を口にするや、すかさずユパウルは焼きゴテを手に取り、
「このようにして苦しみを与えるのだ」
 焼きゴテの先っちょで、タンゴの体のくすぐったく感じる所を狙ってツン、ツン、ツン、ツン‥‥。
「にゃははは! 何するのん! にゃはははは! だめぇ〜!」
「あら、面白いですわね」
 姫を焼きゴテを手にして、ツン、ツン、ツン、ツン。しばし、笑い死に死そうなタンゴの叫びが拷問部屋に響き渡った。その尋問にも飽きると、姫は次なる道具を物色し始める。
「もっと面白いものはないかしら? この大きな鳥篭はどうかしら? それとも、この大きな車はどうかしら? あら、こんな所にトゲトゲの椅子が‥‥」
「それらは準備がかかる故、後のお楽しみということで」
「では、楽しみにしてますわ。尋問を続けなさい」
 ユパウルの言葉に素直に応じ、マリーネは部屋から出ていった。それまで離れて様子見していたアリオス・エルスリード(ea0439)が、すかさずタンゴに訊ねる。
「お勧めの場所は?」
 町に探りを入れていたらしきタンゴ、答えはてっきり貧民街の辺りだと思っていたが、返ってきた答は妙なものだった。
「貴族街の西の外れ、石塀の上の猫道よん」

 さて、仲間たちが尋問に励んでいる頃。カルナックス・レイヴ(eb2448)は誘いをかけた侍女たちと会食中であった。場所はフオロ城の近くにある『アドゥール亭』という名の料理屋。
「ここは魚料理が旨い店として評判ですの」
 侍女の言う通り、料理は旨い。
「いなくなった小鳥は、さる貴族様からの献上品でしたの。美しい黄色い鳥で、綺麗な声で囀りますのよ」
 話題はマリーネ姫や小鳥のみならず、カルナックスの職業のことにも及ぶ。
「悩みや罪の告白、人に言えない話を聞いてあげるのも、クレリックのの仕事だ」
「私たちの相談にも乗っていただけますか?」
 侍女から問われ、もちろんだとカルナックスは頷いた。会話は弾み、カルナックスの好印象もさらに強まった様子である。やがて食事会もお開き。店の者が愛想良く求めてきた。
「では、お代を」
 奢ると言った手前、払いはカルナックス。結構な額の金が飛んでいった。

●小鳥発見
 逃げた小鳥を捕まえようとファングは罠をこしらえ、餌を仕掛けて仲間と共に小鳥が現れるのを待った。が、集まってくるのは雀やツグミなどありふれた小鳥ばかり。お目当ての小鳥はてんでやって来ない。
 ふと、アリオスが思い当たる。
「タンゴに教えられた場所へ行ってみるか」
 仲間と共に教えられた石垣の所へ行ってみると、猫がいる。
「こーいう鳥さん知りませんか?」
 小姓から聞いた情報を元に、ゆかりはファンタズムの魔法で小鳥の姿を再現し、テレパシーで猫に訊ねてみた。簡単な意志疎通なら何とかなる場合もあるのだ。
(「こーいう鳥さん知りませんか?」)
(「塀の向こうだよ」)
 猫の答が返ってきた。塀の向こうにはさる貴族の家がある。半信半疑ながらも冒険者たちは貴族の家を訊ね、家にいた奥方に事情を話すと、奥方は目を丸くした。
「まあ! つい最近、家の中に迷い込んできた綺麗な小鳥が、マリーネ姫様のところから逃げてきた小鳥だったなんて!」
 小鳥は家の窓際に置かれた鳥篭の中にいた。

●事件の真相は?
「小鳥を奪ったのはタンゴではなく、窓から忍び込んだ野良猫ですって?」
「調査の結果、分かったのじゃ。しかしあの通り、窓からは光が射して逆光となる故、小姓にはシルエットしか見えず、猫の姿をタンゴの姿と見誤ったわけじゃ。しかし運よく小鳥は猫の口から逃れ、貴族の家の中へ逃げ込んだというわけじゃ」
 ヴェガの言葉を聞きながらも、マリーネは納得いかないといった顔つきで、事件のあった部屋の窓から外を見下ろす。部屋は城の高い場所にあり、忍び込むには石の壁をよじ登らねばならない。
「こんな壁を登ってくるなんて、たいした野良猫ですね。でも、そういうことにしておきましょう。犯人が野良猫である以上、人へのお咎めは無しです」
 そしてマリーネは、うやうやしく傅く奥方に声をかけた。
「無事に小鳥を連れてきてくれたことに感謝します。うんと褒美を取らせましょう」
「有り難うございます、姫様」
 最大功労者と見なされた奥方は多額のご褒美をいただいた。その代わり、冒険者の報酬はささやかなもの。
「ところで姫様、一つ訊ねて宜しいでしょうか?」
「何か?」
「この似顔絵の人物に心当たりはありませんか?」
 アリアンは携えた包みを解き、ユパウルに描かせた似顔絵を見せる。
「精霊の加護を得て、ジ・アースより当地へ渡られたミハイル・ジョーンズ教授です。ですが今日の日に至るまで、その行方が知れません」
「かような人物、私の知るところではありません」
 姫は素っ気なく答えた。アリアンは一礼して似顔絵を収めようとしたが、一緒に包んであったもう一枚の似顔絵が姫の目を引いた。それはアリアンがとある酒場で出合ったルー氏の似顔絵。
「あら? 誰かに似ていますね」
「え?」
「いいえ、何でもありません」
 姫が口にした言葉は、たったそれだけ。
「参考までに。これがタンゴの取り調べ記録だ」
「有り難う」
 礼の言葉と共にマリーネがユパウルから受け取った調書には、タンゴの経歴が詳しく記録されていた。ジ・アースで仕えた主君の名や、彼女の関わったさる領主家での仕事についてもしっかりと。
 そしてタンゴには、彼女が探していたであろうスレナスの事を知らせている。スレナスは今、ロッド・グロウリングの部下として働いている。
 部屋を立ち去り際、蒼威は小姓にさり気なく金貨を手渡し、その耳に囁く。
「また何かあれば俺を手伝ってくれるかい?」
「うん」
 すると、蒼威に同額の金貨を握らせた者がいる。タンゴだった。
「おつき合いは程々にね」
 こうして冒険者たちは、マリーネ姫の部屋を後にした。
「しかし、どうしてあんたは、あの家に小鳥がいることを知っていたんだ?」
 気になって、アリオスがタンゴに訊ねる。
「たまたま塀の上で猫と遊んでたら、窓の所に鳥篭が見えたってわけねぇん」
 本当だろうか? ふと、アリオスの心中に考えが浮かんだ。もしやタンゴは城の窓から忍び込み、部屋にいた小鳥を記念に持ち帰ると、今度はあの貴族の家の中に忍び込んで小鳥を置いていったのではないだろうか? タンゴがそこまでやったとすれば、彼女は相当なベテランだ。
「タンゴ、聞きたいことがある」
 アリオスはタンゴの耳に囁くようにして訊ねる。
「貧民街の近辺でお勧めの場所はないか? この国で何が行われているかを、俺はもっと知りたい。そのきっかけがあれば‥‥」
 するとタンゴはアリオスの額を指で押し、いなすように言った。
「あなた達には、まだ早いわよん」