空戦覇道〜眠れる猛禽

■ショートシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月24日〜11月29日

リプレイ公開日:2006年12月02日

●オープニング

 王都でのウィルカップ開催により、ここのところトルクとフオロの両分国を行き来するフロートシップは数を増している。中には往復ついでに王都の南の騎士学院領に立ち寄る船もある。
「おお、見えてきたぞ。あれが騎士学院か」
 船の甲板に立つトルクの若い貴族は、高みから眺める景色に感慨深げ。
「若様。ここは寒うございます。それに、落ちて大怪我でもなされては」
 と、従者が主人の身を案じて声をかける。
「いや。ここは居心地がいい。ここから眺める景色は素晴らしいとは思わぬか? まるで鳥になって飛んでいる心地がする」
「そうは言いましても、宙に浮かぶ船というのはどうにも気分が落ち着きませぬ」
 従者は言う。ごく普通のアトランティス人なら、大抵はそんな思いを抱くことだろう。科学技術が高度に発達した地球でも、一昔前までは飛行機に乗ることは命がけの行為と見なされていた。
 もっとも、アトランティスのフロートシップは地球の飛行機のように高空を飛ぶわけではない。そもそも物資や人員の輸送という点からすれば、高空を飛ぶ必要などないのだ。家屋の屋根や森の木々などにぶつからぬ程度の低空で十分である。
「どうだ、お前も景色を楽しんでみないか?」
「いや、私は‥‥」
「そう怖がるな」
 主人に急かされ、従者も甲板の船縁に恐々と歩み寄る。見れば、船の前方にある発着所には、既に一隻のフロートシップが停泊している。
「おや? あれはずいぶんと平べったい形の船でございますな。私どもの船とは随分と形が違いますが」
「ああ、あれは色々といわく付きの船だ」
 その平べったい船は、関係者の間では『特注艦』と呼ばれている。正式な命名は未だ為されていない。
 水に浮かべる通常の船に魔法装置を取り付けた従来型のフロートシップに代わり、最初から空飛ぶ船として建造された新型フロートシップが、今では次々と建造されつつある。若い貴族が乗る船も、そんな新型のうちの一隻。船によってその形に多少の差異はあれども、標準的な新型艦は次の特徴を備えている。

 《1》船体の左右に張り出す、地球のジェット戦闘機の三角翼とエンジンに類似した魔法装置。
 《2》船体の上部後方に設けられた格納庫。
 《3》格納庫の上部に据え付けられ、望楼のごとく高々とそそり立つ艦橋。
 《4》艦橋より船首にかけて張り出したアーチ型のひさし。

 しかし、特注艦には艦橋と格納庫とひさしが無い。僅かに、申し訳程度の指揮所が甲板後方に設けられているのみ。だから、他の新型艦と比べて平べったい外観となる。加えて特注艦にはエレメンタルキャノン等の固定武装が取り付けられていない。
 そもそもこの特注艦は、トルク分国領と接するフオロ分国領ルーケイの地に配備されるはずの船だった。固定武装を持たず、戦闘には不向きの構造の船をわざわざ用意したのも、歴史的に対立を続けたフオロに対するトルクの警戒故にである。
 だが、本来ならとっくにフオロ王家に引き渡されているはずの特注艦も、フオロ王家の財政難により引き渡しは中止。現在はトルク側の管理下で冒険者の移動手段として利用されている。
 その特注艦の甲板上には会話を交わす2人の男がいる。それはフオロの航空騎士ガージェス・ルメイと、特注艦を管理するトルクの航空騎士サイク・クアドだ。

●航空騎士ガージェス
「武装無しとはいえ、この船は250トンもの搭載能力がある。それだけでも敵にとっては脅威ではないかね?」
 と、ガージェスが言う。
「武装した兵士1人を100キロの重さとして、ぎゅう詰めにして2500人運べる計算ですな」
 と、応じるサイク。
「もっとも衣食住の為の十分な居住空間を確保し、食料などの生活物資も詰め込む必要があります。また、船の運航に必要な人員も乗せねばなりません。運べる兵力は1度に100人といったところでしょう」
「ゴーレムであれば?」
「重量約1トンのバガンであれば‥‥まあ10体は載せられるかと。しかし、それだけの数を揃えるのは大変な仕事です。鎧騎士や整備士も大勢、手配せねばなりませんので」
「しかし兵力の輸送だけではなく、もっと大胆な戦法を考えてみないかね?」
 と言って、思わせぶりに笑うガージェス。
「たとえばゴーレムの力を使って船に100トンもの岩を詰め込み、それを敵の頭上から降らせるというのはどうだ?」
「面白いアイデアですな。戦うにおいて騎士道に則る山賊の類が相手なら、試すに値するでしょう」
 サイクの顔が微かに笑ったように見えた。
「そうだ。根城に立て籠もる山賊など、一瞬にして潰される」
 そこへ、一人の従騎士が早足で駆けつけ、ガージェスに何やら耳打ち。
「何!? 本当か!?」
 驚愕するガージェス。
「‥‥ドイトレめ! よくも我等を差し置いて!」
 自分にとって目の上の瘤である古参航空騎士の名を忌々しげに呟くと、サイクに告げる。
「カーロン王子殿下のご裁断により、休眠状態にあった従来の空戦騎士団に代わる新生空戦騎士団が発足した。しかも団長および副団長に抜擢されたのは全て、冒険者ギルドに籍を置く鎧騎士だ。あのドイトレが陰でこそこそと動き回っていたが、王子殿下がこうも早く奴の言葉をお聞き入れになるとは」
「やれやれ。先を越されましたか。しかし、団長も副団長も大変なのはこれからですな。矢は常に敵陣から飛んで来るとは限りませぬぞ。ことに権力争いの戦場においては」
 その言葉を聞き、ガージェスはサイクをじろりと睨み付ける。しかし厳しかったその表情はすぐに和らいだ。
「ここは我と縁深き王領ラント代官殿の力を借り、対策を立てるとしよう」

●エアルート整備依頼
 ここは王都の高級レストラン『シェリーキャンの恵み』。ラントの王領代官グーレング・ドルゴの行きつけの店であり、上客のための個室は密談にうってつけの場所。
 その日。冒険者ギルドの記録係が一人、この店の個室に招かれた。
「マレーア13人衆の一人、『黒の淑女メイア』です」
 今、王都で流行りらしいゴスロリドレスに身を包んだ女性は、招待主たるグーレングにたおやかな物腰で挨拶。次いで、テーブルを同じくするガージェスにも挨拶する。
「冒険者ギルドの誇る記録係集団、マレーアの噂は色々と耳にしておる。もっとも、最近は良からぬ噂が多すぎるぞ」
 と、重々しく言葉をかけるグーレング。
「流石はお代官様。情報通でいらっしゃいますわね」
 黒の淑女メイアは、くすっと笑った。
「その話はさておき、君をここに呼んだの理由は判っているな?」
「存じております。反国王派に対する国王派の巻き返しですわね?」
 その言葉を聞いてガージェスが口を挟む。
「国王派に反国王派、その言い方はもう止めようではないか。王国の分裂を唆すようで語感が悪い」
「判りました。では、今後は新興派に守旧派と呼ぶことにしますわ」
 そして代官と記録係メイアの密談は始まった。

 その後日。王領代官グーレングを依頼主とする依頼が、冒険者ギルドにて公開された。

『王都より王領ラントへ至るエアルートの整備依頼。日々、緊張の度を増すフオロ分国北方の情勢を受け、ゴーレムグライダーの偵察基地を王領ラントに設置。並びにエアルートの途上にあるアーメル領、シスイ領にも中継基地を設ける。よってエアルート上でのテスト飛行、並びに基地建設に携わる冒険者を求む。新人、ベテラン問わず、奮って参加されたし』

●今回の参加者

 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4313 草薙 麟太郎(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4404 カテローゼ・グリュンヒル(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

シャルロット・プラン(eb4219)/ 越野 春陽(eb4578

●リプレイ本文

●空の騎士道
「頼んだぞ」
 記録係に伝えるべき事を伝えると、アリル・カーチルト(eb4245)は仲間達の元へ。
「じゃあ、行くかい」
 先ず、冒険者達が向かうのは王都の城壁外にあるフロートシップの発着所。依頼主は国王陛下に協力なコネがあると見え、この依頼の為に王家のフロートシップが1隻、調達されていた。王家への納入当時は最新鋭のゴーレム機器だった船も、今では旧型となりつつある。
 依頼主グーレング・ドルゴとガージェス・ルメイは船の上で冒険者達を待っていた。早速、挨拶に進み出たリューズ・ザジ(eb4197)の顔を、グーレングは覚えていた。
「おお、そなたは‥‥確かリューズと申したな」
「はい。お久しゅう御座います。ルーケイ伯の戦勝祝賀会以来で御座います」
 あの時の立ち振る舞いが好印象を与えていたお陰で、グーレングとは話がやり易かった。
「時に、北方情勢については王都よりも、より近くに領地を持つグーレング殿の方が詳しいかと」
「北方か。確かに色々と情報は入ってきておる。トルクの支援で一息ついているものの、未だ困難な状況下にある事は変わらず。私も支援の手を差し伸べたいところだが、北部領主達は我ら新興派を敵視するが故に、それもままならぬ」
「なれば、彼らは新興派主導によるエアルート設置に対しても警戒を?」
 その問いかけへの答は、ガージェスから返ってきた。
「当然だ。新興派代官の中には王国の基たらん事を忘れ、私利私欲の追求に血道を上げ、あわよくば北方領主の土地を我が物にせんと企む者もいると聞く。あえてその名は上げぬが、我等志ある者までもがその手の輩と同一視されるのは困ったものだ」
「なれば、彼らの信頼を勝ち得ることこそ我等が急務かと」
「私も期待している。冒険者ギルドには貴公を始め優秀なる者達が大勢参加し、お陰で空戦騎士団の再建も成った。諸君らが守旧派と新興派の仲立ちとなり、その対立を解消させることが成れば、王国の未来は‥‥」
 話の途中だったが、ふとガージェスは近くに立つ草薙麟太郎(eb4313)の姿に気付いた。
「君は‥‥」
「すみません。空戦騎士団に関する建白を王家調査室の名で提出したのは僕です」
 と、麟太郎は詫びを入れた。
「ガージェス卿のように空戦騎士団再建の為に活動されている方がいたとは知らず、新参の者だけによる再建という形になってしまい、申し訳ありませんでした。と言っても今の僕は空戦騎士団とはほぼ無関係な人間なのですが」
「君は‥‥失礼、貴殿は王家調査室室長であったか。私の方こそ挨拶にも行けず、申し訳なかった。そしてこの件について、貴殿が詫びを入れる必要は無い。纏め役不在の中、お互い手探りで取り組んでいたのだ。話が十分に伝わらぬのも無理なからぬ事。紆余曲折はあったが、ともあれ空戦騎士団の再建が成ったのは喜ばしきことだ」
 にこやかに答え、ガージェスは付け加える。
「そして、貴殿はこの依頼に参加した。少なくとも空戦騎士団と無関係ではなくなった訳だな」
「はい。僕もテスト飛行に参加します」
「貴殿の腕前、後で魅せて頂こう。だが、飛行中に無茶はするな。貴殿は王国にとって貴重な人間だ。くれぐれも命だけは落としてくれるな」
「はい」
 一礼して下がった麟太郎と入れ替わり立ち替わり、やって来た鎧騎士カテローゼ・グリュンヒル(eb4404)がガージェスに敬礼して告げる。
「新空戦騎士団の団長殿が、こちらにもお見えになられた事と思いますが」
「ああ、今日の早いうちに訪ねてこられたが」
 ガージェスにとっては意外なことに、カーロン王子により任命された冒険者出身の騎士団長は、グーレングらのエアルート設置にも理解を示し、協力の意を表明していた。その誠実な態度にはガージェスもグーレングも好感を覚えたものである。
「その団長殿から伝言があります」
 と、団長の知人であるカテローゼは告げる。
「うっかり、剣を預けたままでした。こちらにお越し下さる機会があればお持ちになられてお越しください。三つある席の一つを空けて待っております──とのことです」
「うっかり、剣を?」
 ガージェスは今朝方の事を思い出す。ゴーレム導入に熱心なルーケイ伯与力と共に現れた騎士団長は、確かに自分の剣をこちらの従者に預けたままで帰っていた。
「‥‥あと個人的補足ですけど、お披露目の席とかで帯剣なしとかだと体裁悪いので、早めに忘れ物を」
「判った。今、剣を持って来させるので、それを団長殿に‥‥」
「いえ、私がもって返ちゃ駄目っていわれてます」
「そうか。では、私自らが団長殿に届けよう」
 急ぎ、ガージェスは忘れ物の剣を届けに、冒険者街へ向かうことになった。その事はグーレングに伝えおく。
「船の出航を暫く待たせておいて下さい。出来るだけ早く戻ります」
「そうか。早くも新団長に貸しが出来たな」
 と、鷹揚な笑みを見せるグーレングに対して、ガージェスは真顔で答える。
「いいえ、出来たのは大きな借りです」
 三つあるの席の一つとは副団長の座に他ならない。その地位をガージェスに与えるというのだ。たとえ相手の思惑がどうであろうと、ガージェスがその好待遇に感じ入らない訳がない。

●船上にて
 ガージェスが戻ると船は出航。その船上でガージェスはアリルに捕まり、色々と話を聞かされる羽目になった。
「俺は基地建設に医者として協力してぇ。空から移動が容易くなるのはいーが、病気やらナンやらも荷物と一緒に別の地域に運ばれ易くなった‥‥とかは笑えねぇしな」
 船荷と一緒に有害な害虫や植物の種までもが遠隔地に移動することもある。船の乗組員によって疫病が遠くの地にまで飛び火することがある。地球の航空関係者にとっては常識であり、注意は怠らない。しかし、アトランティスにおいてもエーロン王子が治療院を設立するなどして、防疫に乗り出している。その事を小耳に挟んでいたので、ガージェスも話に乗ってきた。
「流石に、そういう敵が相手では医者の助けが不可欠だ。航空基地が所在する土地においては、その土地での多くの出来事に目を光らせ、人々の噂話にも耳をそばだてねばならぬな」
 警戒すべきは敵軍や盗賊・モンスターの動きだけに止まらず。今後はその土地での流行り病、害虫の被害等にも注意せねばなるまい。
 逆に考えればエアルートの航空基地は、各地の情報を集めるための拠点と成り得る。エアルートが整備されれば、それだけ各地の情報も中央に集まりやすくなるわけだ。
「で、フロートシップだけどな。動かすにはどんな技能が必要なんだ? 航空だけで十分とか、実は大型船舶だとか地上車も含めて知識が要るとか、報告書で見た気がするがどれが本当か‥‥」
「ただ浮かべるだけなら余計な技能はいらぬ」
 と、ガージェス。
「しかし野を越え山や谷を越え、長き距離を安全かつ着実に移動させる為には、より多くの技能に通じねばならぬ。今、我々が乗っているような、普通の船を改造したフロートシップであれば、これだけの大きさの船が如何なる動き方をするかを理解し、視界の限度や死角についても把握せねばならぬ。また、船内の諸事についても管理が必要となる。故に、船舶の知識も必要となる訳だ」
「船内の気密を高めて、雲の中や上を飛べるのは作れないのか?」
「雲の上を? 万が一、墜落したら確実に死ぬぞ」
 その問いかけに、ガージェスは呆れ気味。
「もっとも、地上からの敵の攻撃を避ける為なら、高空を飛ぶ事が望ましい。但しそれは戦時においての話。平時においては街道や河川に沿い、低空を飛ぶのが航空騎士としての礼儀だ。外を見たまえ」
 ガージェスはアリルを甲板の船べりに連れて行く。丁度、船は5m程の高度を保ちながら街道の真上を進み、シスイ男爵領に入ったばかり。
「今よりさらに高く飛べば、あたかも地図を眺めるが如き見晴らしを得よう。だが、それは土地の領主にとって、領地の地図を外部の人間に漏らすようなもの。領地の安全に関わる問題となるのだ」
「成る程ねぇ。ところで話は変わるが、ゴーレムでロック鳥を駆って闘うとかできね?」
「面白い事を考えるな。ロック鳥に跨って空を飛ぶゴーレムか。絵としては面白いが、これまで行われた試しがない。冒険者でもなければ、そんな事は考えもせぬだろうな」
 ガージェスはそう言うが、どこか興味を覚えたような口振りである。

●中継基地建設に向けて
 その後、ガージェスは冒険者達と、中継基地建設の為の協議に入る。
「何よりも明かりが必要よ」
 と、中継基地建設の為の協議にて、加藤瑠璃(eb4288)は主張した。
「光は音などよりずっと遠くに届くもの。不意の吹雪に襲われたり、日没に間に合わなかった時、空港の明かりがパイロットを救うわ。櫓を作っているということは、もちろんそのあたりの事はわかってるでしょうけど。遠くからでも目立つよう、灯りはなるべく大掛かりな物を用意した方がいいわ。大雨で消えないよう、屋根もつけて」
「一番、手っ取り早いのは篝火だ」
 と、ガージェスは言う。
「当然、火の番人も必要だ。火事になってはたまらんからな」
 しかし、ガージェスも目印となる明かりの重要性は認識している。
「ランタンでは?」
 と、リューズが訊いた。
「真夜中であればランタンでも用は足せる。但し、夜明けや夕暮れ時など薄明時の目印としては心許ない」
 続いて瑠璃が提案。
「できればグライダーと通信できるといいんだけど‥‥、風信器のついたグライダーって未だあまり無いわよね。風信器は『あった方がいい』程度かもしれないわね。それから、できたら最低限の飛行ができる鎧騎士を、一人常駐させておく方がいいわ。もしグライダーのパイロットが瀕死で到着した時、連絡が不可能になるのはまずいもの」
「いや、欲を言えばきりがない。それにパイロットが瀕死になる程なら、グライダーも損害を受けているはず。まともに飛べる保証はない」
 その後でリューズからは、櫓には色を付け、方角が分かり易いように次の中継基地への目印を設けるという提案が出された。また麟太郎からは、迂回経路として使用できる基地を建設してはとの提案があったが、これは将来の課題として残された。

●飛行テスト
 シスイ男爵領の中央部に、第一の中継基地は造られる。基地予定地には現在、吹き流しを付けた丈の高いポールが1本、空からの目印として立つのみ。本格的な櫓や休息所を建設するのはまだ先の話だ。
「今後、このようなグライダーの中継基地は増えていくのでしょうか?」
 と、ガージェスに訊ねるリール・アルシャス(eb4402)。グライダーによる情報伝達の重要性は彼女も認識している。
「グライダーはまだまだ高値の花。ゴーレムニストも徐々に増えてはいるが、まだまだ足りない。しかし、ゴーレム兵器の普及は時代の流れだと私は見る。その流れが速まるか滞るかは、我々の努力次第だ」
 と、ガージェスは答えた。
「やがては空・海・陸の全ての騎士団にグライダーが‥‥」
「配備されるであろう。その時代を来たらせるのが、我々の使命だ」
 テストパイロットとして名乗りを上げた冒険者は5人。そして依頼主が調達したグライダーは2機。王家から借り入れた物だから、下手な扱いで破損させたらおおごとだ。先ずはパイロットの熟練度を確かめ、適格者を選抜する為のテストが行われる。
 最初にテストを受けたのはリール。グライダーに乗るや軽やかな動きで空に舞い、そのまま高みを増して行く。
(「ショアの方々はお元気だろうか?」)
 過去の依頼で世話になった人々や、親しき友を思いだす。暫くお会いしていないが、お変わりないだろうか。思い出深い港町ショアが位置する東方に目をやるが、森の木々が邪魔して見通しが悪い。さらに高度を上げようとすると、下の方からガージェスの声が聞こえた。
「それ以上は高く飛ぶな! それがシスイ男爵への礼儀だ!」
 我知らずため息を漏らす。グライダーを駆る者とはいえ、鳥の如く自由に空を飛ぶことはままならぬものらしい。
 続いてはカテローゼのテストだったが、彼女は真っ赤な襷(たすき)を肩に掛け、さらにグライダーの後部にも真っ赤な帯を取り付けていた。
「これは何だ?」
「ええと‥‥設定された航路を飛ぶ際、重要なのは速度や安定性よりも、その外見(そとみ)と思われます。つまり『傍目──地上側から見てそのグライダーが通過認可を受けたグライダーであるか、一目で認識できるような通行体制』をとらなければ領空の安全性を確保できないし、示せないということ‥‥です。これはその、視認による確認のテストで‥‥。えと、今後、余所に広げる時も重要になるので、そこら辺確認とっておけって言われました」
「新騎士団長にか?」
「はい」
「判った。そのテストも許可しよう」
 ガージェスの許しを得て、カテローゼはテスト開始。そこそこに技量はあったので、事故もなくテストは無事に終わる。テストの有り様を見て、ガージェスは閃いた。
「軍の伝令は紋章旗を掲げて馬を進めることもある。しかしグライダーなら、その後ろに細長い旗を垂らして識別させる方法も取れるな」
 この場合、旗は地上からしっかり識別できる程に大きく、しかしグライダーの飛行を妨げぬ程度に小さくなければならない。旗が大きくなればそれだけ空気抵抗も増す。
 また、定められたエアルートを外れることなく、決められた高度を守ることも、徹底させなければならない。地上から確認できない程の高さを飛んだり、確認者のいる場所からあまりにも遠く離れた場所を飛んでも意味がない。逆に言えば、必要以上に高い場所を飛んだり、規定されたエアルートから外れた場所を飛ぶグライダーがあれば、それは敵機である可能性が高いということだ。
 その後も選抜テストは続き、最終的にテストパイロットに選ばれたのは、加藤瑠璃と草薙麟太郎の2名となった。

●テスト飛行
「今の時分、防寒着無しでは凍えて墜落するぞ」
 テスト飛行の本番。ガージェスはそう言って、麟太郎に防寒着を貸し出した。準備を終えると麟太郎の乗るグライダーは空に舞い上がり、シスイ領の基地予定地から北西に進路を取る。高度は付近の森の木を越えぬ高さ。基地を発って暫くの間は、街道とエアルートが平行しているので飛びやすい。
「しかし、寒いな」
 今の時分、空気は冷たい。防寒着を着込んでいても顔面は露出しているから、なるべく顔を下方に向け、前方からの風をやり過ごす。
 後方にはフロートシップが続き、テスト飛行を見守っている。1時間以上跳び続け、そろそろ限界時間かと思われた頃、アーメルの基地予定地に達する事が出来た。
 ここで、テストは瑠璃に引き継がれる。地上に降りた麟太郎の顔は寒さで悴み、唇を動かして言葉を発するのもやっと。それでも、空を飛ぶのは気持ちがいい。飛んだ後の気分はいつになく昂揚していた。